抜き打ち個性把握テスト

 ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ――。

 そう言った相澤先生の顔は、面白そうに、それでいて意地の悪い笑みを浮かべていた。

「最下位除籍って……!入学初日ですよ!?いや、初日じゃなくても……理不尽過ぎる!!」
「まず、先生にそんな権限あるんですか?」
「ある」

 ……あるの!?
 当然の不服を申し出るお茶子ちゃんに続いて聞いてみたところ。
「そういう契約で俺は教師になったからな」
 ニヤリと笑う先生。うわっ悪い大人だ。

「自然災害……大事故……身勝手なヴィランたち……いつどこから来るか分からない厄災。日本は理不尽にまみれている」

 表情を戻し、先生が淡々と話す内容は真面目な話。

「そういうピンチを覆していくのが、ヒーロー」

 プロヒーローだからだろうか。その言葉には説得力があり、素直に受け止める事ができた。

「放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間。雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。"Plus Ultra"更に向こうへさ――全力で乗り越えて来い」

 それは、入試の時にプレゼント・マイク先生にも贈ってもらった言葉だ。

「(洗礼と言うには重すぎる……これが最高峰……やるしかない!)」
「(もっと行けんな)」
「(100か0か――僕はまだ"調整"なんて……)」

 ――皆の顔を見てみると。

 やる気満々の人や不安そうな人とそれぞれだけど、さすがヒーロー科。
 凛々しい表情を浮かべている人たちがほとんどだ。

(私も頑張ろう。初日に除籍だなんてカッコ悪いし)

 何より安吾さんや、私を応援してくれている人たちの期待を裏切りたくないもの。

 8種目。不利な種目もあるけど、要は得意な種目で高記録を叩き出して、最下位を回避すれば良いだけの話。
 むしろ、これが"個性"禁止の体力テストなら、私が最下位になってた可能性が非常に高かった。"個性"使用で助かった……。

「さて、デモンストレーションは終わり。こっからが本番だ――」

 第一種目は50メートル走。
 出席番号順に二名ずつ走るらしく最初の走者は……、

「青山優雅、芦戸三奈。位置につけ。使える"個性"なら活用して、出来ないと判断したら自力でな」

 三奈ちゃんと、なんだか無駄にきらめいてる人だ。

「フフ……皆、僕の"個性"の使い方を参考にすると良いよ」

 その人は得意気に言って、後ろ向きにスタート地に立つ。

「"個性"を使っていいってのは――こういう事さ!」
「お腹からレーザーが!」

 正確にはおへそ、から?

 スタートと同時にジャンプした青山くんは、レーザーの勢いで後ろに飛んでいく。
 速い!あ、途中で背中から落っこちた。
 起き上がり、再びキラキラしたレーザーを放って後ろに飛んでゴールするけど、普通に走った三奈ちゃんの方が速かった。

「5秒51!!」
「一秒以上射出するとお腹壊しちゃうんだよね」
「「(なんだこいつ)」」
「次は飯田天哉、蛙吹梅雨」

 飯田くんにとっては有利な種目だろう。
 ふくらはぎのエンジンが唸り、良い走りを見せた。結果は3秒04。

(あ、これ、最下位は除籍の危機だけど、皆の"個性"を見られるのは面白い)

「ケロ……」

 梅雨ちゃんは5秒58だ。四足歩行でのなかなかの走りっぷり。走るというよりは跳ねるに近い。その姿はまさに、

「梅雨ちゃんの"個性"って、もしかして蛙?」
「ええ、そうよ。跳ねた方が速いの。理世ちゃんの"個性"はどんなものなのかしら?」
「フフフ……見たらすぐ分かるよぉ。走る時見ててね。あ、でも私走るの一番最後だぁ」
「最後まで楽しみにしてるわね。ケロ」
「次、麗日お茶子、尾白猿夫」

 お茶子ちゃんと、立派な尻尾を持つ尾白くんの番。

 お茶子ちゃんは何やら服や靴にぽんぽんと触れている。なるほど、無重力にして軽くしているのね。
 そして、全速力で走っている。必死だ。なんか可愛い。
 尾白くんはその尻尾を器用に使って、跳ねるように走っていた。

 その後は男子が続き……

「次、上鳴電気、切島鋭児郎――」
「俺、普通に走るしかねえ!!」
「安心しろ……、俺もだ!!」

 地味に、じゃなくて……

「次、口田甲司、砂糖力道――」

 滞りなく測定は進んでいく。

 そんな中。口田くんと一緒に位置についた砂藤くんが何かを飲んだ。
 あれって……スティックシュガー?
 砂藤くんの体がみるみるうちにムキムキになっていく。

「うおぉーー!!」

 スタートが切り、雄叫びを上げながら、凄い勢いで砂藤くんはそのままどこかへ走り去ってしまった。

 ……?

「「…………。(あ、戻ってきた)」」
「次、耳郎響香、障子目蔵。早く着けー」

 なんだったんだろう……。皆と共に頭に「?」を浮かばせる。(砂糖摂取するとパワーアップする"個性"とか?)

「耳郎ちゃん、頑張って!」
「ありがと!でも、ウチも活用できる"個性"じゃないから全速力しなきゃ」

 声をかけると、耳郎ちゃんは苦笑いを浮かべながらスタート地点に向かった。
 一緒に走る男子の障子くんは腕が特徴的で、背が高くがっしりした体格の人だ。見た目同様、力強い走り。

「次、瀬呂範太、常闇踏陰」

 肘にテープのようなものがついている瀬呂くんに、常闇くんは黒い鳥のような外見。
 羽根は見えないけど、もしや飛ぶのか!?と期待する。

「すんませーん、先生!」

 スタートを切る前、何やら瀬呂くんが手を上げ先生に呼び掛けた。

「もうちょっとそっちの方に立ってもらっていいスか?……あざーす!」

 先生は言われた通りに、瀬呂くんが示す位置に立った。
 不思議に思っていると、測定ロボットが「スタート!」の合図をし――

「へへっ楽勝!」
「ダークシャドウ……」
「アイヨ!」

 瀬呂くんはスタート地から肘のテープを伸ばし、先生に巻き付けた。そして、まるでメジャーが巻き取られるようにゴールへと一直線に飛ぶ。
 一方の駆け出した常闇くんの体から、黒い鳥の形をした影のようなモンスター?が現れた。(しかもしゃべった!)
 影のモンスターが先にゴールすると、繋がっている常闇くんも引っ張られるようにゴール。

 二人とも高記録だ。

「おいおい!常闇はともかく、瀬呂はずるくね!?」
「そんなのアリなのー!?」

 上鳴くんと三奈ちゃんが驚きながら声を上げる。

「ずるくねえって!」
「俺とダークシャドウは一心同体」
「ですよね?先生」

 瀬呂くんが確認すると、先生は無言で肯定するように頷いた。

「使えるもんは教師でも使うってか。……まあ、悪くねえ発想だ」

 にやりと笑う先生のその言葉に、やりぃ!と得意気に笑う瀬呂くん。
「やるなっ、瀬呂!」
 皆の注目が集まり嬉しそうだ。

 私はそこから離れてクールに佇む、常闇くんに声をかける。

「常闇くんの"個性"、面白いね」

 あ、私、結月理世ですと付け加えた。
 ほとんどの男子とは自己紹介がまだだったと気づく。

「なるほど……。結月、おまえも闇に魅入られたか」
「……?」

 闇?

「よろしくナ」

 再び常闇くんの中から現れた影は、ダークシャドウというらしい。
 愛嬌があって結構可愛い。物体はあるらしく、不思議な感触のその手と握手する。(常闇くん以外も触れられるってことは、攻撃や救助にも活躍できそう。万能そうな"個性")

 それにしても――……次に、相澤先生を見る。

 瀬呂くんのテープに巻き付かれても、彼がそこを支え目掛けて飛んだ時も。
 先生は地面から一歩も動かないどころか、"重心のブレ"もなかった。

「次、轟焦凍、葉隠透」
(実は、すごいヒーロー……?)

 轟くんと透ちゃんがスタート地点に着く。
 透ちゃんの浮いて見える体操服がシュールだ。

(轟くんか……。八百万さんの話では推薦入試の成績上位だったみたいだけど、一体どんな"個性"……)

「!」スタートを切った瞬間、驚きに目を見開く。

 轟くんの右足から勢いよく生まれる氷。その氷の波に乗るかのようにあっという間に彼はゴールしてしまったからだ。(すごい……氷っていう見た目もかっこいいし、さすが推薦)

 周囲から称賛の声が上がるけど、轟くんは表情一つ変えない。どこ吹く風で、彼は徐に左手で氷に触れると、蒸気と共に氷はじわじわと溶けていく。

「右が氷で左が熱の、複合個性……!?」

 すごい!強そう!

「なにあのチート"個性"!あいつもずりぃだろ!!」

 いや、上鳴くん。ずるくはないと思う。

「しかもイケメンとか……くっ」

 そう言って恨めしそうに彼は轟くんを見た。
 ああ、そっちが本音っぽい。

「次、爆豪勝己、緑谷出久」
「ハッ」
「……」

 次の走者である爆豪くんが轟くんとすれ違う瞬間、嘲笑うように短く笑った。(轟くんは顔色一つ変えてないけど)
 不敵な笑みを浮かべてやる気満々の爆豪くんに対して。隣のもさもさ、じゃなくて地味め――じゃなくて。
 緑谷くんの表情は暗い。やっぱり彼はあがり症なのかなぁ。あんなにすごい"個性"を持っているのに。(詳細は謎だけど)

「爆速!!」――ターボ!!

 爆豪くんは両手を爆破させ、その勢いで前に進む。活用方法はすごいけど、緑谷くんの妨害しちゃってない、あれ。

 緑谷くんはというと、普通に走っている。

 なんで"個性"を使わないのか不思議だ。
 巨大仮想ヴィランに飛び上がったぐらいだから、一気に走り抜けられるのに。
 あ、でも……そのあと大怪我していたし、やっぱり"個性"に慣れてないのかな?不思議。

「峰田実、八百万百、結月理世――最後は三人まとめてだ」

 合理的に。マスコットキャラみたいな男の子の峰田くんと、八百万さんと一緒にスタート地に並ぶ。

 八百万さんは"個性"の《創造》でつくった電動キックボードを用意。

「あれもありなのかよ!?」
「有りだ。"個性"を使用してるからな」

 だそう。そう考えると八百万さんの"個性"、万能だ。

(自らの体から創り出すから、その際に脱ぐ勢いで服を捲った八百万さんを、女子皆で慌てて隠すという珍事件が起きた)

 私はというと、スタートの合図を余裕で待つ。
 合図と同時に"個性"を使って、ゴールラインにテレポートするだけ。

「一瞬で移動した!?」
「ジャスト1秒!やっぱすげーな!!」

 声高々に褒めてくれたのは切島くん。
 きっと彼も性格が良い人だ。
 それはそうと、やっぱり1秒切らなかったかとタイムを見る。
 この中で最高記録を出したけど、この1秒はテレポート時に起きるタイムラグだ。

「理世ちゃんの"個性"はテレポートね」
「正解!」

 梅雨ちゃんの言葉に笑顔で頷いた。
 
「ちょっと放してください、峰田さん!」

 そんな八百万さんの小さな悲鳴に、振り返ってぎょっとする。
 彼女の腰に峰田くんが引っ付いているからだ。え、何しているの!?

「オイラ天才!結月でも良かったけど、体はやっぱ八百万の方が……んぎゃっ!?」

 最後まで言い切る前に峰田くんを宙にテレポートさせ、頭から落とす。

 めちゃくちゃセクハラ発言!

「助かりましたわ……結月さん」
「先生!今のありなんですか!?」

 八百万さんにくっついてゴールするなんて反則では!強く抗議する。

「"個性"使用だから有りだ。……まあ、倫理的には問題あるが」

 そういえば、八百万さん黒くて丸いものがついててそれに峰田くんがしがみついていた。
 それが彼の"個性"で、正体は頭の葡萄みたいな髪の毛(?)らしい。
 もげるんだ。そしてくっつくんだ……。
 なんにせよ、八百万さんは災難だった。

 次の種目は体育館にて行うという。

 さて、どうしよう。歩きながら他の種目の"個性"の活用方を考えるのは皆同じ。

 握力測定。テレポートという"個性"でどう活用すれば……。
 よーし、ここは瀬呂くんを見習って、発想の転換だ!

(………………よし、この種目は捨てよう☆)

「すげぇ!!540キロて!!あんたゴリラか!?タコか!!」

 聞こえて来た凄まじい記録。自分の数値と見比べて驚愕する。(天と地だ……!)

 出したのは障子くんらしい。見るからにガタイが良さそうだもの。
「タコってエロイよね………」
 ……。峰田くんのその言葉は聞かなかった事にしよう。

(そもそも体力テストで何故に握力があるのか)

 使い道だって崖から落ちそうになった時ぐらいじゃないの。私の"個性"ならその窮地に陥る事はないから、必要性が――「手を抜くとは良い度胸だな、結月」「っ!?」

 一人心の中で愚痴ってたら、気配もなく相澤先生が後ろから現れた。

 私の数値を覗き見している。確かに捨てようと諦めはしたけど、手は抜いてはいない。断じて。
 証明するように、もう一度先生の前で測定してみせた。

「んんんっ〜〜……っ!」
「……………………」
「ほ、ほらぁ……さっきと同じ数値……」

 ぐったりしながら数値を見せる。

「……。ああ、疑って悪かった」

 今フッて鼻で笑ったし!!

「次、上体起こしと長座体前屈だ。早よな」

 最後にそう言ってさっさと先生は行ってしまう。なんなの。怪訝に思いながらも、上体起こしの相手を探す事にしよう。

 ちょうど尾白くんが砂糖くんに足を押さえられ、上体起こしをしているところだ。
 尻尾をバネのようにして驚異的な速さで体を起こしている。す、すごい……。

(私も早く計測しないと、誰かあまってる人は――あっ)

「口田?くん!上体起こしのペア探してるなら一緒に――」

 すぐ側にいた大柄な男の子に声をかける。

「……っ………っ!」
「……?」
「……っ……っ……っ!」
「??」

 口田くんは口をパクパクさせながら、身振り手振りをして、最後にペコリとお辞儀して行ってしまった。
 ……ど、どういうこと!?

「……口田は、もう終わってしまったからと謝っていた」

 ぽかんとしていた私に声をかけたのは、口田くんよりさらに大きな障子くんだ。

「障子くん、読心術でも使えるの?」
「……いや、俺の"個性"で耳を複製して声を聞いた」
「なるほど〜」

 障子くんは腕の先に付いた口で話し、他の先にも耳を"複製"してみせる。(索敵、探索に優れてそうな"個性")

「口田くん、声が小さいだけでしゃべってるんだね」

 私にはまったく聞こえなかったけど。

「……ああ。たぶん、無口なんだろう」

 ……たぶん、それ障子君もだよね?

「ちなみに障子くん、上体起こしは?」
「……口田と済ませた。……すまん」

 相手は君かい!

 ……まずい。このままペアを見つけられなければ、奇数のクラスで余った一人は先生と当たる宿命。(あの先生とやったらまたなんか言われそうで嫌だ)

 その時、向こうできょろきょろしている緑谷くんが目に入った。

 私はすぐさま目の前に飛ぶ。

「緑谷くん!上体起こしのペア探してるなら、一緒にやろっ」
「っ!?うああっ!あわわわ結月さんん……!?」

 ……。いくら目の前に突然現れたからってちょっと驚き過ぎじゃ。

「もう終わっちゃった?」
「ま、まだだけど……で、でも上体起こしは……!(体が触れあう!足を押さえるのに!)」

 挙動不審な仕草に距離を置くように後ろに下がる緑谷くん。……さすがにその反応は傷つく的な。
 私、嫌われてるのかしら……。

「えぇ!?いや、違っ、違くて……!!」

 緑谷くんは慌ててブンブンと首と手を横に振る。

「その………結月さん……す…すごく、可愛いから、緊張しちゃうっていうか……」
「………………」

 ――な、なるほど。もじもじと赤くなりながら言われた言葉に、一瞬、思考停止する。
 そんな風に言われると、さすがの私も照れるというか……。

「やだなぁ緑谷くん!私が可愛いのはデフォルトだよぉ〜そんな当然のことで緊張しなくても〜あはは!」
「えぇ?あ、そ……そっか……あはは」

 笑い飛ばすように言うと、緑谷くんは戸惑ったように苦笑いを浮かべた。分かりやすいなぁ。

 緑谷くんから先に測定してもらい、彼の足を押さえる。記録はごく一般的な男子の数値。今回も"個性"は使わなかったようだ。

 じゃあ、次は私の番ね!

「……えっと……結月さん?」
「もう無理っげんかい……!」
「まだ始めたばかりだよ!?」


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