「悔しいわ。理世ちゃん、三奈ちゃん、おめでとう」
尾白くんたちへの心痛めながらの説明が終わり――。
皆と会場を後にする中、珍しく表情に出して梅雨ちゃんは言った。
「結月は超目立ってたけどさ。爆豪、轟の氷対策で私入れてくれてただけで、実力に見合ってんのかわかんないよ――」
こちらも珍しく、隣を歩く三奈ちゃんは浮かない表情だ。
「実力なかったら、あの爆豪くんが一緒に組まないよ〜。私、"個性"なしで戦ったら三奈ちゃんに完敗する自信あるもん」
三奈ちゃん、めちゃくちゃ運動神経良いし。女子の中で一番素の身体能力が高いと思うな。
「"個性"なしならみーんな結月に勝てるからな〜。その励まし方ビミョー」
「そ、そんなことないしっ!励まされて!」
「理世ちゃん、日本語変よ」
「アハハ!焦る結月が面白かったから良いよ!」
なんかちょっと違うけど、三奈ちゃんが元気に笑ってくれてるから良っか。
「あっ結月!めちゃくちゃかっこよかったぜ!!俺も宣言通り、次の最終種目でかっこいい所見せねえとな!!」
「前々からすげーヤツとは思ってたが、いつのまにあんな必殺技を覚えたんだ?」
切島くんと砂藤くんの言葉に答える。
「まあ、能ある鷹は爪を隠すというけど、私の場合隠しきれずに天才ぶりが溢れちゃったわけで……」
「何言ってんだオメー」
「理世ちゃんって照れ隠しする時、照れ臭い程に自信満々に言うわよね」
「…………」
思った事をハッキリ言う梅雨ちゃん。
「なんだ、照れてんのか!中身も可愛い所あるじゃねーか」うりうり
「……っうるさないぁ瀬呂くん」
ニヤニヤと笑う瀬呂くんから逃げるように距離を取ると、飯田くんとお茶子ちゃんが何やら言い合っているのが見えた。
「飯田くん、あんな超秘持ってたのズルいや!」
「ズルとは何だ!!あれはただの"誤った使用法"だ!」
二人の激しい腕の動きが、競っているみたいでおかしい。
思わずぷっと吹き出す。
それに気づいた二人と、目が合った。
「理世ちゃん!!」
「結月くん!!」
「えぇっ何〜?」
急に勢いよく迫って来て怖いんだけど、二人とも!
「最後の超秘どういうことなん!?マジック!?理世ちゃんってマジシャンガールだったん!?」
「いや、麗日くん。あれは目にも留まらぬ速さでテレポートしてハチマキを獲ったのだろう。俺は君の速さに追い付いたと思ったが、さらにその上を行くとは……!!」
「いやいやいやいや。まずは二人とも落ち着いて?」
飯田くん、大丈夫。むしろ私を追い抜かしたから。ていうか、二人とも相澤先生の解説聞いてなかったんだね……。(そしてお茶子ちゃん、近い……!)
「ウエ〜〜イ(楽しかったアレ)」
「上鳴くんはどうしちゃったの?」
「上鳴のやつ。電撃を使い過ぎるとこうなるみたいで………ぷっ」
笑いを堪えながら耳郎ちゃんは教えてくれた。
上鳴くん……顔がアホになるだけじゃなくて、ウェ〜イしか言えなくなるのね。ウケる。
「それにしても……あの超秘を使った飯田くん、かっこよかったね!」
「そ、そうか?どうにも緑谷くんとは張り合いたくてな」
「男のアレだな〜〜……ていうか、その緑谷くん、デクくんは……」
――どこだ?
辺りをきょろきょろするお茶子ちゃん。
そういえば……さっきから見当たらないような。
「おい」
今度は誰って、声を聞けば分かるけど。
「なに、爆豪くん」
立ち止まると同時に振り返った。
「ちょっとヅラ貸せや、クソテレポ」
え゙――と思っていると、周りからさあっと人が遠ざかる。薄情!
そんな中、目が合ったのは上鳴くんだけだった。「ウェ〜イ(頑張れ)」両手でゆるくサムズアップされる。
私ピンチ!!
「爆豪くん、暴力反対〜」
爆豪くんに連れられて関係者通路の方へと向かう。もちろん人通りはない。(心操くんの言ってたことをすぐに身を持って知るとは……)
「あ?何言ってんだ、テメェ。いいからあの通路の先にテレポートしろ」
「えー?……って、でっくんと轟くん?」
なんであの二人が、あんな人気のない通路に向かおうと……。(よく見ると、でっくんが轟くんに連れて来られたみたい……?)
「……まさか、先回りして二人の会話を盗み聞きするつもり?」
「テメーだって気になんだろ?」
「そりゃあまあ、気にはなるけど……」
前科あるし……君で。
「いいから早くしろ、爆破すんぞ!!」
「脅し!!」
仕方なく、爆豪くんと共にテレポートして、通路の角に上手いこと先回りする。
ちょうど死角になって、轟くんたちには見えなかったはず。
「趣味悪いなぁ(人のこと言えないケド。いや、あれは偶然だ)」
「てめェも共犯だ」
にやりと笑った爆豪くん。
まあ、確かに轟くんがこんな人気のない場所に、でっくんを連れてきてまで何を話すか正直気になる。
……さっきの轟くんの様子も相まって。
爆豪くんの横に並んで、壁に背中を預けた。
爆豪くんに無理矢理付き合わされたから仕方ないよねぇ。
「――あの……話って……何……?」
程なくしてこちらに近づく足音が止まり、でっくんの不安げな声が聞こえる。
「早くしないと食堂すごい混みそうだし……えと……」
あ、私も敦くんたちと待ち合わせしているんだ。
こっそりポケットに入れてたスマホを取り出し、少し遅れるとメッセージを打ち込む。
「気圧された。自分の誓約を破っちまう程によ。飯田も上鳴も八百万も、常闇も麗日も――結月も感じてなかった」
轟くんの口から私の名前が出て来て、一瞬指が止まる。……さっき轟くんと話した内容か。
送信を押して、再びスマホをポケットにしまった。
「最後の場面、あの場で俺だけが気圧された」
――本気のオールマイトを身近で経験した、俺だけ。
「………それ。つまり……どういう………」
「お前に同様の何かを感じたってことだ」
……轟くんも勘が良いな。でっくんとオールマイトの間に何かがあるのは確かだって、私も考えていた。
「なァ……」
他のピースと合わせて出てきた答え。
まだ、それは確証が持てないけど。
「オールマイトの隠し子か何かか?」
そ……その発想はなかった!
轟くんの予想外の言葉に、すかさず隣にいるでっくんの幼馴染みである爆豪くんに小声で聞く。
「……え、そうなの!?……」
「……なわけねぇだろ!第一全然似てねーだろ、そこで気づけや……」
「……そうだよねぇ……」
「……トチ狂ったか、半分野郎は……」
「違うよ、それは……って言っても、もし本当にそれ………隠し子だったら、違うって言うに決まってるから納得しないと思うけど、とにかくそんなんじゃなくて……ブツブツ」
すかさず動揺しながら、でっくんも否定した。
嘘は言っているように聞こえないし、そもそも嘘をつくの下手そうだし。
幼馴染みの爆豪くんの証言もあるし、"少なくとも"隠し子ではないのは確かだと思う。
「そもそもその……逆に聞くけど……なんで僕なんかにそんな……」
「「そんなんじゃなくて」って言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがあるってことだな」
鋭く切り込む轟くんは、まるで氷の刃みたいだ。
「俺の親父はエンデヴァー。知ってるだろ。万年No.2のヒーローだ」
(エンデヴァー……!)
轟くんの口から出た大物ヒーロー名に驚く。
(そうか……。轟くんの左の炎の"個性"は、エンデヴァーからの……)
「お前がNo.1ヒーローの何かを持ってるなら俺は……尚更勝たなきゃいけねぇ」
親父は極めて上昇志向の強い奴だ――そう切り出して、轟くんは自身の過去を話した。
忌まわしげな口調は、左の"個性"を口にした時と同じものだった。
「ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが……それだけに生きる伝説、オールマイトが目障りで仕方なかったらしい」
No.2ヒーロー、エンデヴァー。
"事件解決数史上最多"の実績に、燃え盛る髭や、体のあちこちから噴き出す炎を含めて近寄りがたい外見。
本人も愛想はなく、オールマイトのように万人受けするキャラクターとは真逆のヒーロー――。
私の印象は、ほぼ一般的な印象と変わらない。
語れる姿は、家族から見たもう一つの知られざる側面。
「自分ではオールマイトを越えられねぇ親父は、次の策に出た」
「何の話だよ、轟くん……僕に……何を言いたいんだ……」
一方的に語られる不穏な話。
引き返すなら今なのに。私も爆豪くんも、どちらも切り出さなかった。
「個性婚、知ってるよな」
「……!」
その言葉に、場の温度がさらに下がるのを感じた。
隣の険しい表情の爆豪くんが視界に入る。
きっと、爆豪くんもすでに轟くんが何を言おうとしているか察しがついてる。
「"超常"が起きてから第二〜第三世代間で問題になったやつ……」
そして、私も……きっと同じ表情だ。
「自身の"個性"をより強化して継がせる為だけに配偶者を選び……結婚を強いる。倫理観の欠落した前時代的発想。実績と金だけはある男だ…親父は母の親族を丸め込み、」
――母の"個性"を手に入れた。
……時が止まったように感じられた。
"個性婚"――。私も、自分の両親がそうだったんじゃないかと、ふと考えた時期があった。
両親どちらも同じ"空間移動系"の希少な"個性"だったから。
でも、記憶の中にある両親は仲睦まじい姿だったから、そんな事を考えてた事なんて、今の今まで忘れてたぐらいで。
(現実に、轟くんは自分がそう生まれて来たと知ったんだ……)
「……何て顔してんだ、てめェ……」
「……それは、爆豪くんもだよ……」
本当に爆豪くんと共犯者になった気分だ。
人の触れてはならない事情に、土足で踏み込んでしまった罪悪感。
「……胸糞悪ぃ……」
爆豪くんは小さく呟いた。それは何に、誰に対してのものだったのか。
「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自身の欲求を満たそうってこった。うっとうしい……!そんな屑の道具にはならねえ」
「記憶の中の母はいつも泣いている……」
「『お前の左側が醜い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」
轟くんの口から、次々と吐き出される言葉だけが、暗い通路に反響する。
「――ざっと話したが、俺がお前につっかかんのは見返す為だ。クソ親父の"個性"なんぞなくたって……いや……使わず"一番になる"ことで。奴を完全否定する」
轟くんと爆豪くんが、どうしてでっくんへの対抗心が強いのか、ずっと気になっていた。
その轟くんの答えを、こんな形で知ってしまった後悔。
無言が訪れる。でっくんは何も答えない。
「言えねえなら別にいい。お前がオールマイトの何であろうと、俺は右だけでお前の上に行く。時間とらせたな」
そう言って、轟くんが場を離れる気配がする。
話が終わってほっとしていると……嫌な羽音が聞こえた。
目の前を飛ぶのは――
「ひゃぁ!」蜂!!
「っ声上げんなバカ!」
(だって刺されたら危ないし……)
小声で爆豪くんに叱られるも、時すでに遅し。
「結月……に、爆豪……?お前ら……」
こちらを覗く、轟くんの驚いた目と合う。
でっくんも「え!?」と、驚きの声を上げた。
「チッ」舌打ちする爆豪くん。
さすがに……ごめん。私のせいでバレちゃって。
「あの……轟くん……」
あんな大事な話を立ち聞きしておいて、言い訳はさすがに人として最低過ぎるから。
轟くんの目を真っ直ぐ見つめる。
ずっと"個性"事故かと思っていた火傷の痕が目に入り、その意味を知ってしまうとずきりと胸が痛い。
轟くんが、今までどんな思いを抱いて今日まで生きてきたか。
醜い"個性"が自分の半分だという心情も、私には計り知れない。
「実は……」
謝罪を口にする前に――何かを察したように轟くんの眉が寄り、心配そうに顔を覗き込まれた。
「爆豪に無理やり連れて来られたのか。さっきの悲鳴……。大丈夫か、結月」
「まさか、かっちゃん……!」
「俺は何もしてねぇわ!!勝手に勘違いすんじゃねェ!!」
上げた悲鳴が余計に勘違いさせたらしい。(半分間違ってはない。脅されたし)
爆豪くん。それこそ日頃の行いが悪いの見本だ。
「……まあ、爆豪くんに無理やり連れて来られたのはそうなんだけど」
「ってめ……!」
「轟くん、ごめんなさい。二人の話、立ち聞きしちゃって……」
素直に謝ると、轟くんはきょとんとする。
爆豪くんは謝る事はしなかったけど、珍しくばつが悪そうな顔をして、彼なりに申し訳なく思っている……んだと思う。
「……そうか。別に、聞かれて困る話でもねぇ」
怒る事なく、淡々とそう口を開いた轟くん。背を向け、再び歩き始めた。
「待てよ」
その後ろ姿を呼び止めたのは、爆豪くんだった。
「一番になるのはテメェじゃねぇ。俺だ」
ぴたりと足を止める轟くん。
口から出たのは謝罪ではなく、宣戦布告。
ぶ、ぶれなさすぎる……!
ちらりと半分振り返った轟くんの、青い瞳が鋭い眼光を放つ。
爆豪くんが轟くんに突っかかる事はあっても、轟くんは眼中にないというように、いつも涼しげな顔をしていた。
こんな視線を彼に向けるのは、初めてかも知れない。
「俺はお前の事情も、デクの野郎の事情も知っちゃこったねえ。俺の前に立ち塞がるなら、誰であろうとぶっ潰すだけだ」
「…………」
「半分の"個性"を使わずに一番になる?ハッ。やれるもんならやってみろよ」
――てめェの"個性"もてめェのもんにできねぇ野郎に、俺が負けるかよ。
再び張りつめる空気。
私には口を挟む事ができない。意見を言うほど、信念はないから。
思えば、爆豪くんがぶれないのはいつだってそうだ。
彼はいつだって、1番になる事を掲げて、折らない。
轟くんの事情を聞いた上での宣戦布告。
ある意味これは、爆豪くんにとっての誠意。
「僕は……」
少しの沈黙を破って、次に口を開いたのは轟くんではなく、――でっくんだった。
「ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ……。僕は、誰かに救けられて――」
自分の左手を見つめながら話す彼は、不意に顔を上げる。目が合った。
「ここにいる」
(……っ)
小さく微笑まれて、その意味を考える。
「オールマイト……。彼のようになりたい……その為には、1番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたらささいな動機かもしれない……」
それは、先ほどの轟くんに向けてのでっくんなりの返答。
「でも、僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人たちに、応える為に……!」
そして、轟くんだけじゃなくて。
「さっき受けた宣戦布告改めて、僕からも……僕も君に、君たちに勝つ!」
――三つ巴。互いが互いに、譲らない。
「てめェもだからな。クソテレポ」
傍観者のようにその様子を見ていたら、流れ弾のように唐突に爆豪くんに振られた。
爆豪くんの中では、私も潰す対象らしい。
轟くんとでっくんの視線も感じて、仕方なく口を開く。宣戦布告は、しない。上は目指すけど、三人みたいに1位を目指す理由とか信念とか、私は持ってない。
「売られた喧嘩なら買う」
かと言って、負けるのも好きじゃないから。
それだけ言うと、爆豪くんは「上等だ」と笑って踵を返した。
轟くんも今度こそ足を進め、それぞれ反対方向に歩いて行く。
気づくと、取り残されたのは……
「ごめんね、でっくん。邪魔しちゃって……」
「いや、僕は……」
でっくんは首を横に振った。しばしの沈黙に「……轟くん」先に口を開く。
「……」
「自分の"個性"と違う形で、向き合えたら良いのにね」
口に出してから、それは身勝手な思いだと気づいた。
過去は、変える事も捨てる事も出来ない。
どうすれば良いのか私には分からない。けど、一つだけ、分かる事がある。
(これからもずっと、その感情を抱えて生きていくなら……それはきっと、悲しいことだよ)
「そうだね……僕もそう思うよ」
だからこそ、でっくんは真っ正面から轟くんにぶつかったんだろう。
それは爆豪くんと同じように、彼のありったけの誠意だ――。