全力で行く

 私とでっくんと尾白くん。三人だけの作戦会議。

「操る"個性"か……。強すぎない?」
「ああ。でも多分、初見殺しさ。俺、問いかけに答えた直後から記憶がほぼ抜けてた。そういうギミックなんだと思う」
「私も同じだったよ」
「うっかり答えでもしたら即負けだね……」

 でっくんは机に肘を立て、両手を合わせながらぞっとするように言った。
 早速さっきうっかり答えそうになってたしね……。まさに初見殺し。

「いや、でも万能ってわけでもなさそう。結月さんはどうやって解けたんだ?」
「私は無理な命令をされたからだと思う。簡単に言うと、皆をテレポートさせろって命令されたんだけど、全員をテレポートさせる力はないからね」

 嘘は言っていないけど、本当も言っていない返答。複合個性だという事は、あまり喋らない方が良いと言われているから。

「操られた者が出来る事しか命令出来ない、か……当然っちゃあ当然だけど。俺は心操が鉄哲のハチマキを奪って走り抜けた時、鉄哲チームの騎馬とぶつかったみたいで……したら覚めた。そっからの記憶はハッキリしてる。途中からだから何がなんだか分からなかったけど」

 尾白くんが途中で洗脳が解けた理由。

「衝撃によって解ける……?」
「の可能性が高い」
「私、青山くんを足で蹴ったんだけど、もっと強く蹴り飛ばせば良かったのか〜」
「それは惜しかったね……」

 でっくんが小さく笑う。心操くんの口ぶりから、てっきり衝撃を与えてもだめなものと思ってたけど……。
 個性上か、なかなか心理戦が上手だ。

「となると……ある程度強い衝撃じゃないとダメなのか。そもそも一対一でそんな外的要因は期待できないけどな」
「とにかく、心操くんの問いに答えないのが一番だね」

 いっそ耳栓とか良いかも。

「まァ俺から出る情報はこんなもん」
「私も。あんまり"個性"の話はしなかったから」
「二人ともありがとう!ものすごいよ!」
「すごい勝手なこと言うけどさ」

 椅子からそれぞれ立ち上がり、尾白くんはでっくんの肩に拳をトンとつける。

「俺の分も頑張ってくれな」

 ぽかんとしたでっくんだったけど、すぐに「うん!!」と、力強く頷いた。
 尾白くんの思いを、でっくんも託されたようだ。

「尾白くんは私とでっくんが対戦したらどっち応援してくれる?」

 少し意地悪に聞いてみたら、尾白くんはすぐさま口を開く。

「もちろん。二人とも応援するさ」

 迷わずにそう答えた尾白くんに、くすりとでっくんと笑う。
 二人ともか――さらりと言うところがさすが尾白くんだ。

「でも、僕たちが対戦するとしたら決勝戦だね」
「私はシード枠だからすぐだけど……お互い厄介な強敵がいるしねぇ」
「轟と爆豪か……」

 尾白くんの言葉に、でっくんの顔が陰る。
 心操くんに勝ったら次は轟くん。轟くんとは一悶着あったばかりだ。

「とりあえず、緑谷は考えるのは心操に勝ってからにしろよ」
「あ、うん。そうだね」

 尾白くんは元気づけるように明るく言い、でっくんの顔に笑顔が戻る。

(次の試合、心操くんの"個性"のからくりを知ったでっくんが有利。対して心操くんはどう戦うのか……)

 初戦で集中するため、ここに残るという彼を残して、尾白くんと共に控室を後にした。

「結月さんはこの後どうするんだ?」
「私の試合はずっと後だし、息抜きがてらレクを見てみようかな。女子皆も応援してるだろうし」
「参加はしないの?」
「参加か〜体力使う競技は嫌だなぁ」
「(結月さん……少しは体力付ければいいのに……)」

 通路を抜けると、ちょうど飯田くんに出会した。何やら腕いっぱいにオレンジジュースの缶を抱えている。

「ん、これか?俺の"個性"はエンジンだからな。燃料はオレンジジュース100%なんだ」

 確かに食堂でもよくオレンジジュースを飲んでたなぁと思い出す。
 普通に好きなのかと思ったら燃料なんだ。

「ちなみに炭酸系はエンストを起こす」
「なるほどぉ〜飯田くんのオレンジジュースをこっそり炭酸に変えちゃえば……」
「結月さん。すぐにバレると思うよ(口に含んだ瞬間に)」
「な……!?結月くんともあろう人が、そんな卑劣な行為に手を出すとは……やめるんだ!!」

 真に受けて必死な飯田くん面白すぎる。
 だめだ、笑いが堪えきれない……!

「結月さんに遊ばれてるぞ、飯田」

 笑っている私を横目に、尾白くんは苦笑いを浮かべた。

「あっじゃあ、飯田くん!私と勝負しよう!」
「む、一体何の勝負だ?」
「(唐突だな……)」

 会場に出ると、ちょうど借り物競争の出場者を募集しているのが目に入ったからの思い付きだ。

「種目は観察力と交渉力……そして、機動力が試される借り物競争で……!飯田くん、さっきの走りは見事だった……そんな君に私は挑戦したい……!」
「(借り物競争ってそんな競技だったか……?)」
「まさか、君から挑戦状を叩きつけられるとはな……。受けて立とう!!結月くん、勝負だ!!」
「(うん。飯田ならそうなるよな……)」
「尾白くんもどお?一緒に借り物競争」
「いや、俺は二人を応援してるよ……」
「そっか〜残念」
「結月さんは自信満々というか楽しそうだね」
「作戦があってね〜尾白くん。まず眼鏡というお題を引いて、飯田くんの眼鏡を奪う!飯田くんは眼鏡がなくて『めがね、めがね〜……』ってオロオロしている隙にゴール!……完璧☆」
「……。まず、どこからつっこむべきか……。(結月さん、妙にテンション高いな……いつかの麗日さんみたくフワフワしてるぞ、キャラが)」

 まあ、私が眼鏡がなくて慌てる飯田くんを見たいだけだけど!

「まずは眼鏡というお題を引かなきゃ成り立たない作戦?だよな」
「大丈夫!私、引き良いし」
「結月くん!エントリーを早くしたまえ!!」
「おっ、飯田だけじゃなく結月も参加すんのか」
「お互い頑張ろうぜ!」
「レクといえ、負けねえぜ!」

 そこには瀬呂くんに上鳴くん、砂藤くんに峰田くんも参加するようだ。

「理世ちゃーーん!頑張って!!」
「ファイトーー!!」

 お茶子ちゃんと透ちゃんの声が耳に届いた。
 皆が元気いっぱいに応援している。(八百万さん……後ろの方で元気なさそうだなー……恥ずかしくて?)

 大きく手を振ると、ふてくされてしゃがみ込んでる耳郎ちゃんも小さく手を振り返してくれた。

「結月ばっかり応援されてずりぃ!!」
「ずるくないっ峰田くん。これが人徳の差!」

 雄英の借り物競争といえ、大体こういうのは借り物が成立しやすい眼鏡が入っているもの――。
 スタートを切り、用意されたお題を定めると、近くにテレポートして紙を拾う。

(眼鏡はこれだ!)

『包帯』

「………………」

 包帯って、これ入れたの太宰さん!?!?

「背脂ってどういうことだよォォーー!!」

 隣でお題を見た峰田くんが、愕然と叫んだ。

 さすが、雄英流の借り物競争。私のお題の包帯は普通だった。
 観客席に聞くより、リカバリーガールの出張所にあるはずだから、そっちの方が早いはず。

(えっと、場所は……)

『雄英の借り物競争は中にはとんでもねーお題もあるからな!引いちまったヤツはあら残念!!』

 マイク先生、レクリエーションの実況もノリノリでやっている。

 ……あ。

『貸すのも貸さないのも自由!でもお題の物を持ってたら貸してや……おおぅ!!?』
「マイク先生!相澤先生を貸してください!!」

 出張所を探して向かうより早い――実況席にテレポートすると、ビシッと紙を見せた。
 突然の私の出現に、マイク先生はめっちゃ驚いたけど(良い反応)お題を見るとニヤリと笑う。

「良いぜ〜!貸す!!イレイザーならそこで寝っ転がってるだけだからな!」

 気前よくそう言って、両手でサムズアップするマイク先生はよく分かってらっしゃる。

「おい!イレイザー起きろ!!お前の可愛い生徒がお前を借りに来たぞ!!」
「あ?何言ってん……」

 寝袋でミノムシ状態の相澤先生と目が合う。

「…………結月」
「相澤先生、可愛い生徒のために借り物競争へのご協力お願いします!」


 敬礼して、満面な笑みを作ってで言った。


「え〜私、2位!?」
「結月くん。この勝負、俺の勝ちのようだ……って、相澤先生!?」

 相澤先生を(無理やり)連れて、テレポートしてゴールしたけど、まさかの先客がいて驚く。

 1位は飯田くんだった。しかも……

『1位はヒーロー科1−A 飯田だ!お題は眼鏡でクリアー!類は友を呼ぶ!!眼鏡は眼鏡を呼ぶのか!?』

「眼鏡のお題引いたの飯田くんだったのぉ!?」
「む!ちゃんと借りたものだぞ!」
「無理やり連れて来ておいて2位とはな……結月」
「ひぇっ」

 包帯を巻かれた隙間から、相澤先生の眼力がすごい。無理やりは当然として、2位にも不服だったみたい……。

「結月くんは……相澤先生を連れて来たが一体……」

 飯田くんに不思議そうに聞かれて、答える前にマイク先生の実況が響く。

『イレイザーヘッドが登場!!お題は包帯だ!!結月、お題は見事クリアーしたけど惜しかった〜2位だ!!』

「なるほど!相澤先生に巻かれているのは包帯!しかも実況席はここから近いしな!」
「俺は包帯本体か。むしろこんなの無効だろう。俺は貸す許可もついてく許可もしてねえ」
「マイク先生が借りて良いって……」
「俺はマイクの持ち物か。あいつ……」

 良かった。相澤先生の怒りの矛先が『グッジョブ!ミイラマン!!』って、ノリノリで実況しているマイク先生に向かってる。

「3位かー1位狙えたと思ったんだけどな」
「拳藤!無理やり連れて来たと思ったらこれかよ!」

 似たような会話に振り返ると、声の主は一佳と物間くんだった。

「一佳はお題何だったの?あ、待って当ててみせる。連れて来たのが物間くんってことは……お題は根暗!」
「誰が根暗だってえぇ!?」
「あー近いような……正解はひねくれ者だ」
「惜しい。それじゃあ物間くん連れてくるね」
「だろ?」
「君たちいい加減にしろよ!?」

 その後も次々と参加者がゴールするけど、峰田くんの姿がないって事は、難航しているらしい。……背油……。

「ったく、睡眠の邪魔しやがって。終わったんなら俺は戻る」
「あっ先生、テレポートで送ります!」

 すっと、後ろを向いて歩く相澤先生を慌てて追いかける。

「相澤先生、ありがとうございました」
「俺は何もしてねえ。おまえが無理やり連れて来たんだろう」
「そうですけど」

 そう言われると、苦笑いを浮かべるしかない。

「何を悩んでいるかは知らんが」
「え?」

 その言葉に、思わず聞き返した。

「紛らわしたくて参加したんだろう。……なんだ、無意識か」
「……単純に楽しみたかっただけです」

 断言する言い方。相澤先生に言われると、図星を突かれたような気になるのは何故だろう。

「そうか。何でも良いが……。俺は実況席で見てるよ」

 相澤先生に触れて、実況席にテレポートで送り届ける。

 一人になり、会場の壁に背中を預けた。

(見てるよ、か……)

 どんな意味合いで相澤先生がそう言ったかは分からない。ただ、その言葉には暖かさを感じられた。

(紛らわしたかったかぁ……)

 色んな事情を知ってしまって。

 自分の信念にまっすぐな人たちを見て、その温度差に、自分がここに立っているのが少しだけ居心地悪く感じた。
 レクリエーションは変わり、続いては大玉転がしだ。
 障子くんと口田くんが参加するらしい。
 一人でこうしていてもつまらないし、皆と応援して来ようかな……。
 
「結月さん、そんな所で一人で何やってるんだ?」
「……そういう心操くんは?」

 つい質問に質問を返してしまった。特に何かしてたわけじゃなかったし。

「普通科はほとんどレクに参加してるから、気分転換がてら見てた」

 気にせず答えながら心操くんは、隣に並んで背中を壁に預ける。

「普通、俺の"個性"を知ってるやつは身構えるんだけど」
「だって、かける理由もかける気もないでしょう、心操くん。別に私にかけても良いけど、あとで痛い目見ると思うから覚悟の上でね」
「はは……そりゃあ怖いからやめとく」

 から笑いする心操くん。賢明な判断だ。

「さっきの借り物競争で、まさか担任を連れてくるとはな」

 続けて心操くんは「あの緑谷ってやつと変わらず予想外なことをしでかすよ」と付け加える。

「でっくんは心操くんの"個性"を知ってるから……次の試合、君が不利だよ」
「知ってる」

 探りを入れて来たのかと思って言ったら、あっさりと心操くんは答えた。
 まあ、尾白くんもあの場にいたし、自分の"個性"がバレてる事ぐらい予想つくか……。

「私も、一つ聞いていい?」
「内容によるけど」
「心操くんは、どうしてヒーローを目指しているの?」

 心操くんのヒーローを目指すその強い想いは、どんな理由から来るのか気になった。

「……結月さんと一緒だよ」
「え?」
「自分の"個性"を人救けに活かしたいって思ったから。それで……ヒーローに憧れちまった。それだけ」

 どことなく、照れ臭そうに言った心操くん。
 私と一緒と言うけど、少し違う理由。(ああ、そっか……)

「憧れか……うん、それは大きな理由だ」

 単純だからこそ、純粋で強い理由。

 でっくんはオールマイトに憧れて、爆豪くんは強さに憧れた。
 轟くんだって、お父さんを否定するためって言ってたけど、それならヒーローを目指さないという否定の仕方もあったはずだ。
 エンデヴァーにとってはそっちの方が堪えるだろう。

 それでも、ヒーローを目指すという事は、轟くん自身がなりたいと、ヒーローに憧れを持っているから――。

(だからこそ、あんなに苦しそうなんだ……)
 
「その口振りだと、結月さんはないのか?」
「どうなんだろう……好きなヒーローとかはいるけど。私、ヒーロー以外の人たちに救けてもらって来たから」

 憧れがないという事は執着もないとう事で。感じてた温度差はそれだったのかなぁとぼんやりと考える。

「目指す理由なんて人それぞれだろ」
「……」
「憧れとか、崇高な理由がなきゃヒーローになっちゃいけないわけじゃない」

 キッパリ言い切った心操くんの肯定するような言葉は意外だった。

「むしろ心操くんから見たら、許せない理由だと思ったけど……」
「別に。理由がなんにあれ、結月さんなりのヒーローを目指せば良いんじゃないか?」
「……適当だなぁ」

 笑いながら言うと「適当じゃない」と心操くんが不意にこちらを向く。

「俺も、結月さん自身がヒーローに向いてると思った」

 ……私、自身。

 "個性"がヒーロー向きと言われる事はしょっちゅうだけど、私自身がヒーローに向いてるって言われたのは、でっくんに続いて二人目だ。

「それに……結月さんにもちゃんと信念があるって分かるから。見てて悪い気はしない」
「……参考までに聞きたいんだけど、どの辺りが?」
「そういう自覚がない所、とか?」
「……!」

 にやりと笑って、歩き始める心操くん。
 その後ろを慌てて追いかける。

「え〜ちゃんと教えてよぉ!」
「だから、ちゃんと教えただろ?」
「それだけじゃ分かんない」

 自覚がない所って、自分が可愛い所とか天才な所とか、色々自覚しているけどなぁ。

「結月さんと緑谷って、昔からの仲なのか?」
「え?違うけど」

 話題変えられたし。

「でっくんとは雄英で知り合ったよ」

 正確には入試試験?

「……一応言っておくけど、さすがにでっくんの"個性"は勝手に教えられないよ。まあ、私もよく分かんないけど」

 そう言ったら、すぐに心操くんに「違う」と否定された。

「……あいつのことは、あだ名で呼んでたから」
「あぁ、友達がデクくんって呼んで、私は略してでっくんって呼ぶようになって……」

 そう説明すると「ふうん」と彼は呟く。ピコンと閃いた。

「心操くんにもあだ名付けてあげようか?」
「は?別に、俺は……」
「そうだねぇ、心操くん……人使くん……」
「…………」
「しんくんとひーくん、どっちが良い?」
「…………………どっちも変わらず安直だな」

 なんか今、えらい間があったけど。

「あだ名なんて分かりやすくて呼びやすいのが一番じゃない?」
「……確かに。理には適ってるな」

 あと響き。お茶子ちゃんならお茶っ子ちゃんとか。

「あ、そろそろ競技も終わるね。心操くんはそろそろ準備しないとか」
「ああ。(結局あだ名で呼ばないのか……)」
「まあ、さっき励ましてくれたから……その分ぐらいの応援してあげる」

 もちろん、でっくんも応援するけど。尾白くんのようにスマートにはいかないけど、二人とも応援したい。

「励まされたってことは落ち込んでたのか」
「……別に落ち込んでたわけじゃなくて、ちょっと考えごとをしてた的な……」
「やっぱり、結月さんは問うに落ちずに語るに落ちるタイプだなっ」
「………………」

 心操くんの笑い声が青空の下に響く。

 ちょっとくやしい思いはあれど、楽しげな彼に、悪い気は……しない。

「結月さん、俺は負けない。どんな手を使ってでも勝ちに行く」

 最後、心操くんにそう宣言されて、彼と別れた。

 負けられないのはでっくんも心操くんも同じ。二人だけじゃない。トーナメントに参加している皆がそうだ。

 たった一つの頂点に上り詰めるために。

 全力で来い――爆豪くんのその言葉を思い出す。

(私は何に引け目を感じて、悩んでいるとか)

 そんな事は、今はどうでも良い。全力で戦う――ただそれだけ。

 それが今の私の、相手に対しての誠意だ。


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