それぞれの事情

「オッケー、もうほぼ完成」
『サンキューセメントス!』


 さっきまでレクリエーションで盛り上がっていた会場は、セメントス先生の"個性"であっという間に即席ステージが出来上がった。すごい!
 即席とはいえ、四方の隅には炎が燃え上がっていたりと本格的な造りで、これから行われるトーナメント戦を盛り上げた。

『ヘイガイズ、アァユゥレディ色々やってきましたが!!結局これだぜ、ガチンコ勝負!!』

 プレゼント・マイク先生の実況もさらに気合いが入っている。

「ドキドキして来た〜!」
「初戦とは緑谷くんもさぞかし緊張してるだろうな……」
「ね。心臓、口から飛び出してないと良いけど」

 お茶子ちゃんと飯田くんを隣に、生徒用の観客席で試合を見守る。

『頼れるのは己のみ!ヒーローではなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな!!心・技・体に知恵知識!!総動員して駆け上がれ!!』

「結月さん、さっきあいつと話してたみたいだけど……」

 後ろの席に座る尾白くんから、こそっと声をかけられた。

「大丈夫。でっくんの"個性"は言ってないよ。あ、もちろん洗脳もかけられてないし」
「そうか……いや、変なこと聞いてごめん」

 尾白くんの顔がどことなくほっとする。
 心操くんはまずは尾白くんの信頼を勝ち取って欲しいな。余計なお世話だけど……。

「でも、心操くんもやる気満々だったからね……」

 どっちに転ぶか分からないな、この試合。
 でっくんにとっても心操くんにとっても、身になる試合になる事を願うだけ。

『一回戦!!成績の割に何だその顔!ヒーロー科、緑谷出久!!』
 VS
『ごめん、まだ目立つ活躍なし!普通科心操人使!!』

 マイク先生の実況、自由すぎる。確かにでっくんの顔はカチコチに固いけど。(ここからだと表情まではよく分からないからモニターで確認)

『ルールは簡単!相手を場外に落とすか行動不能にする。あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!!』

 ここで初めてルールを聞かされる。

 場外に落とすかぁ……確かに私の"個性"では有利過ぎるルールだ。
 場外で良いなら"個性"をフル活用し、一位になれると断言できる。

『ケガ上等!!こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!!道徳倫理は一旦捨ておけ!』
「道徳論理を捨てるとは……僕に出来るだろうか」
「真面目か!!」ブフッ!
「飯田くん、そこは気にしなくて大丈夫だよ。ついでに素が出てるよぉ」

 マイク先生……真に受ける人(飯田くん)がいるんだから、ノリで言うのは気を付けていただきたい。
 
『だがまぁもちろん、命に関わるよーなのはクソだぜ!!アウト!ヒーローはヴィランを捕まえる為に拳を振るうのだ!』
「クソな場合は止めるからね〜〜」

 ステージを見渡せる位置にある即席の椅子に、どっこいしょとセメントス先生は座った。
 リカバリーガール頼りで安全対策に不安がある雄英にしては、心得た対策だ。

(でっくん、心操くん……二人とも頑張って)

『そんじゃ早速始めよか!!レディィィィィイイSTART!!』


 始まりの合図が響いてすぐ、


「何てこと言うんだ!!」


 でっくんの声が会場に響いた。そして、ぴたりとでっくんの動きが止まる。

「ああ緑谷、折角忠告したってのに!!」
「あっさり引っ掛かり過ぎるよ……!!」

 何を言われたかは問題じゃない。問いかけに答えるのが問題なのに。

『オイオイどうした。大事な初戦だ。盛り上げてくれよ!?緑谷、完全停止!?アホ面でビクともしねえ!!心操の"個性"か!!?』
「デクくん……!?」

 動かないという事は、完全に洗脳にかかったのだろう。
 このまま心操くんが「場外に行け」と命令をしたら、そこで決着はついてしまう。

『全っっっっっっ然目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべえ奴なのか!!!』

 この勝負――心操くんの勝ち、か。
 くるりと回り、でっくんは足を踏み出す。

『ああ――!緑谷!ジュージュン!!』

 二人のどちらにも勝って欲しいと思ってたし、お互い頑張って欲しいとも思った。

 けど、

「なんか……モヤモヤする」
「え?あの、心操くんに?」

 聞き返したお茶子ちゃんの言葉に「違う、でっくんに!」思わず怒気を込めて返してしまった。

「理世ちゃんっ?」
「心操くんのアレは勝負だから良いの。でも、忠告もしたのにあっさり引っ掛かっちゃうのはどうなの!?ねえ、尾白くん!」
「え!?あ、うん……俺もその気持ちはよく分かる」

 でっくんの事だから、あの返答からしても他人を侮辱されて怒ったんだろう。
 でも、自分だって"個性"を使わずに、必死にここまで来たくせに。
 尾白くんの気持ちを託されて。
 轟くんや爆豪くんにあんなかっこよく宣戦布告をしておいて――何もせずこんなあっさり終わっちゃって良いの?

 私がくやしい……!

「緑谷出久!!根性見せろーーー!!」
「結月くんはさっきからどうしたんだ!?」
「理世ちゃん、洗脳されたデクくんに声は届かないんじゃ……」
「ああ、あの状態じゃもう無理だ……悔しいけど。緑谷の……――」

 ……分かっている。分かっているけど、叫ばずにはいられなかった。
 一歩ずつ、彼の足は場外に近づく。

 その足がついに白線を越え――

「!?」

 突如、会場に爆風が起こった。一体何が……!?

「っ……!!!ハァ!ハァ…!」

『――これは……』

 でっくん……?まさか。

『緑谷!!とどまったああ!!?』

 ぎりぎりの所で踏みとどまり、肩で息をしている。振り返った顔には意思が……その瞳には光が宿っていた。
 
「理世ちゃんの声がデクくんに届いた!?」
「自分で言うのも何だけど、違うと思う!!」
「緑谷くんの指が腫れてるぞ!!」

 飯田くんが言うように、モニターをよく確認すると、その指が赤黒く変色している。

「指を爆発させて、洗脳を解いた……?」
「すげえ……無茶を……!」

 無茶……無茶は分かる。

「何で……体の自由はきかないハズだ。何したんだ!」

 心操くんが叫んだ。そう、その前にどうやって"個性"を使う事が出来たのか。

 洗脳がかかった事があるから分かる。

 頭をぼんやりとした霧みたいに包まれ、体を動かそうという意思がなくなる。……でっくんの意思の力が、心操くんの洗脳を上回ったってこと?

「………!!なんとか言えよ」

 心操くんがでっくんに問いかけるけど、今度は口を開く様子はない。

 振り出しに戻った二人の戦い。

「でっくん!心操くん!二人とも頑張れーーー!!」
「結月くんは本当に今日はどうしたんだ!?」
「今日の理世ちゃん、熱いね……!!デクくん、頑張れーー!!」
「負けるな、緑谷ーー!!」

 たとえ、声援が二人には届かなくても、私がそうしたかったから声を上げる。

「〜〜……!指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ」
「俺はこんな"個性"のおかげで、スタートから遅れちまったよ。恵まれた人間にはわかんないだろ」
「誂え向きの"個性"に生まれて、望む場所へ行ける奴らにはよ!!」

 ――心操くん。

 心操くんがでっくんに何度も問いかける言葉は……口を割らせるだけなく、きっと自身の本心だ。
 その言葉を黙って受け止める度に、でっくんの表情は、堪えるように辛そうだった。
 きっと、彼には心操くんの気持ちが痛いほどに分かるんだろうと思った。

 "無個性"だった、でっくんだから――。

 そして、表情は一転して、覚悟を決めたような表情になる。その手が、心操くんの肩を掴んだ。

「なんか言えよ!」

 そこからは取っ組み合いが始まる。殴りかかった心操くん。殴られてもでっくんは、掴んだ手を離さない。

「ぁああ!!!」
「押し出す気か?フザけたことを……!」

 場外の白線はすぐそこ。どっちが先に出てもおかしくない!

「お前が出ろよ!!」

 心操くんの手がでっくんの顔を押さえ付け、逆に隙が生まれた。
 その小さなチャンスを、今までのでっくんならきっと逃さない。

「んぬぁああああ」

 気合いの入ったかけ声と共に、見事な背負い投げ……!

「心操くん、場外!!」

 心操くんは場外の白線を越えるように、地面に叩きつけられた。

「緑谷くん、二回戦進出!!」

『最終種目!真っ先に二回戦進出したのは!!A組、緑谷出久――!!』

 ミッドナイト先生の声の後に、大きくマイク先生が報じ、歓声が湧き上がる。
 最後は狙ったかのように、綺麗な背負い投げだった。

「デクくん……ひやひやしたよ……」
「土壇場で逆転劇……!さすがだ、緑谷くん」
「爆豪も背負い投げられてたよな」
「黙れアホ面……」
「……え!?爆豪くん、いつでっくんに背負い投げられたの!?私知らない!」
「遠くから食い付いて来んじゃねーよックソテレポ!!」
「……一番最初の戦闘訓練の時。わりと始まってすぐだったかな……」

 お茶子ちゃんが小声でこっそり教えてくれた。

「あ〜!私と飯田くんが核を守っている時ね。あの時、無線で爆豪くん超キレてたもんねぇ」
「ふむ、あの時か」

 お茶子ちゃんを挟んで飯田くんと顔を見合わせる。あの爆豪くんから一本取るなんて、さすがでっくんだ。

『IYAHA!初戦にしちゃ地味な戦いだったが!!とりあえず、両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!!』

 徐々に会場から湧き上がる拍手。"個性"による派手な戦いではなかったけど、二人の思いがぶつかった、熱い戦いだった。

「私……、ちょっと会いに行ってくるっ」
「結月くん?って、もういない!」
「どっちに……?」


(応援するって言ったのに、でっくんにだいぶ肩入れしちゃったし……)

「うぉ!?」
「テレポートガールだ!」
「本当に神出鬼没だな……」

 広すぎる会場を、何度かテレポートを繰り返して移動する。商業科がドリンクを売り歩いているので、ぶつからないよう注意して。
 観客席から階段を降り、通路から選手入場口まで行くと、拍手に混じって聞こえてくる――

「かっこよかったぞ心操!」
「正直ビビったよ!」
「俺ら普通科の星だな!」
「障害物競争1位の奴と良い勝負してんじゃねーよ!!」

 普通科の人たちの激励の声が、

「この"個性"対ヴィランに関しちゃかなり有用だぜ、ほしいな……!」
「雄英もバカだな――あれ普通科か」
「まァ受験人数ハンパないから、仕方ない部分はあるけどな」
「戦闘経験の差はなー……どうしても出ちまうもんなあ……もったいねえ」

 観客席にいるヒーローたちの称賛の言葉が……

「聞こえるか、心操。お前すげェぞ」
(良かったね、心操くん)

 試合には負けちゃったけど、心操くんの実力は、多くの人たちに認められた。

「結果によっちゃ、ヒーロー科編入も検討してもらえる。覚えとけよ?今回は駄目だったとしても……絶対諦めない。ヒーロー科入って資格取得して……絶対、お前らより立派なヒーローやってやる」

 再び宣戦布告した言葉は、あの時よりずっと清々しく聞こえる。

(邪魔しちゃ悪いな……また今度にしよう)


 来た道を戻ろうとして――……曲がり角で思わぬ燃え盛る炎に出会した。


(エンデヴァー……!!)

 自身を誇示するような炎を身に纏い、堂々と歩く姿は、万年No.2なんて卑下の言葉はとても似つかない。

 勝者として上に立つ者の姿。突然の邂逅に、その姿を驚きに見上げた。

(そうか……次の試合は轟くん)

 目の前を通る瞬間、初めてこちらに気づいたようにエンデヴァーの目がちらりと確認した。

 その青い瞳は、轟くんの左側の瞳と同じ色だ。

 興味が無いという視線の投げ方が、彼のそれと似ていて――胸がぎゅっと痛くなる。

「……君はあのテレポートの"個性"の」

 まさかのエンデヴァーは歩みを止め、声をかけられた。

「はい、そうですが……」

 きっと、珍しい"個性"だから……――

「特務課の丸眼鏡の若僧が引き取った娘とは、君のことか」
(丸眼鏡の若僧……!!)

 思わず吹き出しそうになった。いや、分かる。分かりますけど!

「ええ、そうです。特務課の坂口安吾さんなら私の後見人の方です」

 エンデヴァーが安吾さんの事を知っていても、仕事上で関わったりするだろうし、おかしくはない。

「君はヒーローを目指すのだな」
「はい……?」

 意図が分からないその質問に、不思議そうに首を傾げてみせた。

「いや、あの特務課が、君の"個性"を手放すとは不思議に思ったのでな」

 なんだか言い方に少しトゲがあるような……。もしかしたらエンデヴァーは、あまり特務課をよく思っていないのかも知れない。("政府の犬"とか比喩するヒーローもいるし)

「君の"個性"は救助には役に立つだろう。奮励するといい」
「ありがとうございます」

 救助には……か。取るに足らぬ存在だと思われているみたいだ。(まあ、それは別に良いとして)

「あ、エンデヴァーさん」

 踵を返したヒーローを、今度は私が引き止める。

「あの、一つ聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「轟くん……焦凍くんは、何故、左側の"個性"を使わないんでしょう?」

 ――あなたの"個性"を。

「……ふん。何が気にくわんのか、あれは単なる子供じみた反抗期だ。そのうち右だけでは限界が来て、使わざる得なくなるだろう」
「本当に、そうでしょうか」
「……何が言いたい?」
「いえ。普段の焦凍くんからは、そんな考えを起こすようには見えなかったので」

 最後ににっこりと笑ってみせたら、エンデヴァーは胡散くさそうに少しだけ目を歪ませた。

「お引き止めしてすみませんでした」

 エンデヴァーは、今度こそ足を進める。轟くんに会いに行くのだろうか。

 左を使うように言うのかも知れない。

 父親から、"個性"を通してでしか見てもらえず、代わりのようにしか思われなかったら――。
 絶対的な安心と拠り所をくれるはずの家族が、苦しめる存在だとしたら、どうすれば良いんだろう。

 それは、どんな"個性"でも救う事ができない。

(誰かを救うということは、本当はとても難しいんだ――)


「結月さん……?」

 名前を呼ばれて、はっとする。エンデヴァーの背中を見送ったまま、通路で立ち尽くしていたらしい。

「心操くん。試合、お疲れさま」

 ぱっと笑顔を浮かべた。

 でっくんはリカバリーガールの所へ行くだろうけど、心操くんは目立った怪我はないから、このまま観客席に戻る所だったらしい。
「今は大丈夫でも、後から痛みが出ると思うから湿布は貼った方が良いよ」
 と、保健委員らしい助言をする。(結構勢いよく背中叩きつけられてたし。絶対打ち身だ)

「あんな大層な事を言って、結局負けちまってかっこ悪いよな……」

 心操くんはばつの悪そうな表情を浮かべて言った。

「負けたこととかっこ悪いことは、イコールじゃないんじゃない?」

 かっこ悪いとは思わなかった。
 心操くんは、ちゃんと戦ったから。

「あの試合だけが心操くんの全てじゃないでしょ。心操くんの活躍は、ヒーロー科に来た時にでも見せてもらおうかな」
「……はは、結月さんには敵わないな」

 笑って言うと、心操くんも肩を竦めて笑う。断言したのは、確信しているから。

「緑谷のところには行かなくて良いのか?」
「リカバリーガールの治療を受けたらすぐ戻ってくると思うから、私はこのまま戻るよ」

 心操くんと話ながら通路を歩いていると、前方から轟くんが歩いて来るのが見えた。

 お互い、無言ですれ違う。

 轟くんは、一度もこちらを見向きもしなかった。

「……何かあったのか、あいつ」
「…………」

 心操くんの問いに、答える事が出来ない。
 まるで、周りが見えていないようだった。
 振り返って、出口に向かうその後ろ姿を、ただ見つめる事しか出来ない。


 ――次の試合が始まる。


 轟くんの表情は、とても試合に望むものではなかった。


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