体の力が抜ける。無意識に力を入れて観ていたらしい。
お茶子ちゃんは救急ロボによって、リカバリーガールの所へ搬送された。
爆豪くんは、静かにその場を後にする。
『ああ麗日……ウン。爆豪、一回戦とっぱ』
隠しもせずに気の抜けたマイク先生の声。いや、気持ちは分かるけど……。(私情すごいな)
『さァ気を取り直して、一回戦が一通り終わった!!小休憩挟んだら、早速次行くぞー!』
気を取り直したマイク先生のアナウンスと共に、でっくんが立ち上がった。
「次、僕だから控え室に行ってくるね」
次の二回戦。最初の試合は、でっくんと轟くんの試合だ――。
「でっくん」
私はその裾を掴んで引き止めた。
「……?結月さん?」
引き止めたは良いけど、言葉が出て来ない。何を言いたくてでっくんを引き留めたのか自分でも分からない。飯田くんも不思議そうに見ている。
たった今、激戦を見たからなのか、その後ろ姿に不安になった。
「……結月さん、大丈夫だよ」
大丈夫――優しく微笑んででっくんは言う。
「……うん。行ってらっしゃい」
やっと出た言葉は、それだった。
「ありがとう、結月さん。行って来ます!」
控え室へと向かう、その後ろ姿を見送る。
無茶だけはしないで欲しいと思う。
「麗日くんは悔しかったな……」
「でも、お茶子ちゃんは十分過ぎるほど頑張ったよ」
結果が全てとは言うけど、同じヒーロー科として誇らしく思う。あの爆豪くんが警戒するほど、お茶子ちゃんは追い詰めた。
「爆豪くんはやはり強いな……」
「うん……。お茶子ちゃんであれなら、私が勝ち進んで爆豪くんと当たったら、木っ端微塵にされそう」
試合という大義名分を盾に。
(でも、あまりに危険ならセメントス先生が止めてくれるよねっ)
「おーう。何か大変だったな、悪人面!!」
噂をすればなんとやら。爆豪くんが戻って来たらしい。
「組み合わせの妙とはいえ。とんでもないヒールっぷりだったわ、爆豪ちゃん」
「うぅるっせえんだよ、黙れ!!」
「まァーしかし、か弱い女の子によくあんな思い切りの良い爆破出来るな。俺はもーつい遠慮しちまって……」
「完封されてたわ、上鳴ちゃん」
「……あのな、梅雨ちゃん……」
「フンッ!!(どこがか弱ェんだよ)」
皆にいじられながら、爆豪くんは元の席に座った。
次の試合は、切島くんと鉄哲くんの二回戦進出をかけた戦いだ。
『対決方法はアームレスリング!!腕相撲だ!!』
セメントス先生が即席の台を作り、二人は肘を立て、強く手を握り合う。まだスタートは切っていないけど、お互い"個性"で強化した腕だ。
すでにミシミシいっているように見える。
「決着着けんぞ……!」
「ここで負けたら男じゃねえ……!」
同じような笑顔で、二人は合図を待ち……
『START!!』
切島くんと鉄哲くんが叫びながら、互いの力を競い合う!
『……何とも地味な光景だなァ。なんか他になかったの?』
『引き分けの時は簡単な方法って昔から決まってんだろ』
『そーいやぁ、俺らの時は落ちたら負けの足相撲だったな!』
『……。(思い出したくねぇ)』
…………真剣な二人をこっちも真剣に見ているんだから、実況で気になる私語の会話をするのはやめて欲しい。
(ちなみに落とされたのは相澤先生だっ。YouTubeで視聴済み。勝って喜ぶ若かりし頃のマイク先生と、落とされて仏頂面の若かりし頃の相澤先生の対比が面白かった)
「んんんんんんんんんんん」
「んんんんんんんんん゙っ」
切島くんと鉄哲くんの腕は、台の上で左右に揺れながら、どっちも譲らない。
すごい力を込めているのが、目に見えて分かった。
むしろ、台の方がもたなそう――そう思っていたら、切島くんが鉄哲くんの腕を台に叩き付ける!
『あ――おォ!!今、切島と鉄哲の進出結果が!!』
台にヒビが入り、砕けた破片が飛び散った。
紙一重の力の差、勝ったのは……
「うおおおお」
拳を掲げ、勝利の雄叫びを上げる切島くん!
対して鉄哲くんは、地面に膝をついて項垂れ「ぐおおおお金属疲労が……!!もっと鉄分を摂っていれば……」と、くやしそうに叫んでいた。(……金属疲労?)
『引き分けの末、キップを勝ち取ったのは切島!!』
「いい……勝負だった!」
「ケッ」
切島くんは立ち上がろうとする鉄哲くんに、スッと手を差し伸べた。汗だろうか。二人がキラキラと光って見える。なんか、良いな……。
「素晴らしい友情だな……!」
「クラスを越えた熱き絆……」
「リアル少年コミック!」
飯田くんと常闇くんの言葉に、私もノリで続いてみた。
がっちり手を握り合い、お互いの健闘を讃える姿は、ザ・青春。ミッドナイト先生もうんうんと頷き、見入っている。(やっぱり、この人。これが見たくて教師になったんじゃ……)
「二人まだ始まっとらん?」
「うら……」
「お茶……」
名前を呼ぼうとして、その顔を見て声が引っ込んだ。
「――見ねば」
腫れぼったい!!
「目を潰されたのか!!!早くリカバリーガールの元へ!!頼む、保健委員!!」
「飯田くん、落ち着こう」
潰されたというより、この腫れぼったい瞼は……
「行ったよ、コレはアレ。違う」
そうコレはアレだ。(お茶子ちゃん、目を擦っちゃたんだね〜)
「違うのか!それはそうと悔しかったな……」
「今は悔恨より、この戦いを己の糧とすべきだ」
常闇くん、かっこいいな。「タシカニ」と納得する飯田くんはナゼカタゴトなの。
「うんっ」
お茶子ちゃんはそう力強く頷くと、表情が引き締まった。
健気な姿に、思わず手が伸びる。
「お茶子ちゃん、試合すごかったよ!頑張ったね」
隣に座ったその頭を、優しくポンポンと撫でた。
「!!!」
「…………お茶子ちゃん?」
「美少女に、頭ポンポンされる破壊力すごっ……!!」
そ、そう?喜んでくれたなら良かった。
イケメンの方がすごいと思うけど、うちのクラスじゃポンポンしてくれるタイプのイケメンはいないだろうしな……。
「あ、そうだ。お茶子ちゃん、これ口付けてないからあげる。まだ冷たいから瞼に当てると良いよ」
「ええの!?わ、ありがとう!」
そう言って、お茶子ちゃんにペットボトルのミネラルウォーターを渡す。
お茶子ちゃんが戻ってくる少し前に買って来たもの。瞼の腫れもそうだけど、水分流しただろうから、ちゃんと補給しないとね。
「理世ちゃんって、妹とか弟おる?」
お茶子ちゃんは瞼にペットボトルを当てながら聞いてきた。
「いないよー?私、一人っ子だし」
「そうなん?理世ちゃんってなんだかんだ面倒見が良いから、てっきり下におるんかなって思った」
兄弟はいないけど、織田作さんが孤児を保護していて、その子たちと遊んだりしているからかな?そう言った意味では慣れてるかも知れない。
『これで、二回戦目進出者が揃った!つーわけで……そろそろ始めようかぁ!』
「緑谷くんと轟くんか……。強敵だぞ、緑谷くん」
「うん、あの氷結。デクくんどうするんだ……?」
轟くんの事情を知ってしまったため、私にとっては不穏な戦いが続く。
『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!!まさしく両雄、並び立ち今!!』
――緑谷VS轟!!
会場がさらに盛り上がるなか……二人はただ、お互いを見据えていた。
『START!!』
開始同時に、二人の"個性"がぶつかり合う!
轟くんの氷結に対して、でっくんの超パワー。指を弾き、生まれた風圧は、襲いかかる氷の塊を砕いた。
それは冷たい暴風になって、会場を吹き抜ける。冷えた空気に身震いした。
(そうだね……でっくん。轟くんの氷結は広範囲。対抗するには、"個性"を使わざるを得ない)
『おオオオ!!破ったあああ!!』
マイク先生の実況と共に、でっくんの姿がモニターに映し出される。その中指は赤黒く腫れていた事がわかった。
再び、轟くんは氷結を放つ。
『まーーーた破ったあ!!!』
「ちっ……」
次は人差し指。……まさか、全部の指を犠牲にして戦うつもり?
(轟くんの氷結は強力だけど、"個性"は身体機能だ。彼にも何らかの"限度"はあるはず)
それを見越して、でっくんは耐久戦に持ち込むつもりなのかも知れないけど。
「……自分を犠牲にして耐久戦って、正気の沙汰じゃないよね……」
「……理世ちゃん?」
轟くんの"個性"の限度が来るのが先か。
でっくんの指が全滅するのが先か。
「耐久戦か。すぐ終わらせてやるよ」
「!」
氷結がでっくんに押し寄せる。再び超パワーで押し返すけど、これで彼の右手は全滅した。
『轟、緑谷のパワーに怯むことなく近接へ!!』
氷結を使いながら走る轟くんに、でっくんは両方を対策しなければならない。
足元の氷を、今度は左指を犠牲にして防ぐ。それに轟くんは予想済みだろう。
氷が弾けるなか、飛び上がる。
間一髪避けたでっくんだけど、轟くんは着地したと同時にすかさず氷結した。避けた直後の不安定な体勢から、身体能力で回避は不可能だ。
"個性"を使わず得ない状況に追い込んだんだ……。
対して轟くんは、それを見越して背面に氷を張らせる。場外に吹っ飛ばされないように、だ。
(耐久戦を持ち込んだのは、でっくんじゃなくて轟くんだ――)
でっくんが"個性"を使える回数は、拳銃の中に残る弾を数えるより容易い。
「……っ!」
一際大きな爆風が会場に起こった。バキバキと氷が飛び散る音が響く。
「……さっきより、ずいぶん高威力だな。近付くなってか」
立ち上がった轟くんは無傷だ。
「守って逃げるだけでボロボロじゃねえか」
対してでっくんは、轟くんが言った通りに今の攻撃で左手ももうボロボロだ。
(轟くんは、本当にこんな戦いで良かったの……?)
「悪かったな。ありがとう緑谷。お陰で……奴の顔が曇った。その両手じゃもう戦いにならねえだろ。終わりにしよう」
『圧倒的に攻め続けた轟!!とどめの氷結を――……』
「どこ見てるんだ……!」
予想外のでっくんからの攻撃に、驚くどころか目を疑う。だってもう、指がっ……!
「ぐっ……!」
風圧に押された轟くんは、場外寸前で背面に氷を張ってぎりぎり留まった。……息を、呑む。
「てめェ……何でそこまで」
「震えてるよ、轟くん」
折れた指で、再度"個性"を使うなんて無茶なんてものじゃない。
正気の沙汰を通り越して、狂気にすら感じる。
その痛みに今は堪えたとして、その後は?
リカバリーガールの治癒を以てしても、元に戻らない可能性だってあるのに。
「"個性"だって、身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう……!?で、それって、左側の熱を使えば解決出来るもんなんじゃないのか…………?」
でっくんの見解通り、轟くんの体の右側には、霜が降りているように見える。
(……!もしかして、でっくんは轟くんに左を使わせようとして……)
強引に、向き合わせようと――
「……っ!!皆……本気でやってる。勝って……目標に近付く為に……っ一番になる為に!」
痛みに堪えるその声は、轟くんに向かって叫ぶ。
「半分の力で勝つ!?まだ、僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!」
――全力でかかって来い!!
腫れて赤黒くなった手をぐっと握り締めて……。
どうしてあそこまで出来るのか。そのやり方も、私は正しいとは思えない。
でも、理解したいと思うから、目を反らさずに、二人の戦いを見届ける。
「何の……つもりだ。全力……?クソ親父に金でも握られたか……?」
轟くんの食い縛った歯から漏れるのは白い息だ。その様子からも、その体にだいぶ負担が来ている事が分かる。
「イラつくな…………!」
轟くんは駆け出した。
(動が鈍い。やっぱり、限界が近づいて……)
逆にでっくんは機敏に反応し、姿勢を低く、轟くんの懐に、入る!
『モロだぁ――生々しいの入ったあ!!』
普段の轟くんなら避けられた攻撃だ。
鳩尾に入った拳によって、轟くんは吹っ飛ばされた。
同時にでっくんの顔が酷く歪む。
その拳から血が飛び散り、痛み分けですらなっていない。「……っ」思わず口元を手で押さえた。
痛いのは戦っている二人なのに、苦しかった。
受け身を取って、腰を低く轟くんは立ち上がる。
拳が入った場所を押さえながら数回咳き込み、その表情に陰りが見えた。
再び右足から氷結を向けるも、威力は弱い。でっくんは軽く避ける。
「氷の勢いも弱まってる」
追い詰められてるのは、果たしてどちらなのか。
それでも、両者は一歩も引かない。
何度目かの攻防。手が動かなくったのか、でっくんは自分の口に指をかけて、弾いて風圧を起こした。
「何でそこまで……」
「期待に応えたいんだ……!」
叫ぶと同時に、でっくんは走り出す。
「笑って、応えられるような……カッコイイヒーローに……なりたいんだ」
あの時の……
『彼のようになりたい……その為には1番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたらささいな動機かもしれない……』
その言葉を思い出す。
(それはもう、ささいだなんて動機じゃないよ)
「だから全力で!やってんだ、皆!」
ボロボロの両腕の代わりに、でっくんは頭突きを轟くんにかました。
「君の境遇も、君の決心も、僕に計り知れるもんじゃない………でも」
体がふらついている。いつ、倒れてもおかしくない。それでも、その足はしっかりと地面に立つ。
「全力も出さないで、一番になって、完全否定なんて、フザけるなって今は思ってる!」
「うるせえ……」
対して轟くんの右側は、ここからでも分かるほど震えていた。
きっと、自分自身でも気づいていて、それでも使わずに、轟くんはここまで来たんだ。
「だから……僕が勝つ!!君を超えてっ!!」
――成すがままだった。
でっくんの攻撃を避けもせず、受け止めもせず、そのまま轟くんは後ろに吹っ飛ばされた。
まるで……心ここに在らずのように、私にはそう見えた。
「親父を――……」
「君の!!」
――力じゃないか!!
その氷のような壁を溶かすのではなく、むちゃくちゃに壊した彼だったからこそ。
その思いが、言葉が、今――届いた。
『これは――……!?』
「炎が……!」
燃え上がる。炎がごうごうと音を立て。
激しくも、遠く肌に感じる熱は暖かい。
「使った……!」
「ネツキタ」
熱で、轟くんの右側に降りた霜も溶けていく。
使わなかった左の"個性"を、でっくんは使わせた。
……いや。それでも、それはきっかけで、使ったのは轟くんの意志だ。
「勝ちてえくせに…………ちくしょう……。敵に塩送るなんて、どっちがフザけてるって話だ……」
その枷を、でっくんはぶち壊したんだ……!
「俺だって、ヒーローに……!!!」
「――……!!」
轟くんは笑って、でっくんも笑う。
「焦凍ォオオオ!!!」
直後、空気をぶち壊すような一際大きな声が会場に響いた。
「やっと己を受け入れたか!!そうだ!!良いぞ!」
縁に駆け寄り、轟くんに向かってエンデヴァーが叫ぶ。
「ここからがお前の始まり!!」
「俺の血をもって、俺を超えて行き……」
「俺の野望をお前が果たせ!!」
呆れるほど自分本意な言葉を並べて。
けど、今の二人にはそんな言葉は届かない。
だって、これは二人の戦いだ。
自分が思い描く、ヒーローを目指すための――。
『エンデヴァーさん。急に"激励"……か?親バカなのね。付き合いねーから意外だぜ』
その戦いも、もうすぐ決着が着く。轟くんの右側から氷結が広がり、左側の炎も勢いを増した。
「ミッドナイト!」
危険を察知したのか、セメントス先生が叫んだ。
お互いの紛れもない、全身全霊の全力がぶつかり合う瞬間。――セメントス先生が"個性"を使って、二人の間に壁を造り上げたまでは……分かった。
「……っつ!!?」
会場を揺るがす大爆発。今までにない爆風が会場から空に轟音と共に吹き抜ける。
吹っ飛ばれそうになり、隣のお茶子ちゃんと体を支え合った。
「何コレェェ!!!」
あちらこちらから悲鳴が上がる――……
………………?
落ち着いた頃に目を開けるも、煙で何も見えない。
二人は……!?
「威力が大きけりゃ良いってもんじゃないけど……すごいな……」
セメントス先生の姿は確認できた。
「っ〜〜……!」
ミッドナイト先生も頭を打ったのか、痛そうに擦っているけど無事みたいだ。
『何今の……お前のクラス何なの……』
『散々冷やされた空気が瞬間的に熱され、膨張したんだ』
『それでこの爆風てどんだけ高熱だよ!ったく何も見えねーオイこれ勝負はどうなって……』
マイク先生の言う通り、肝心の二人の姿が見えない。煙が薄くなるのを、会場全体が無音になって、静かに待つ。
「緑谷くん……場外」
「!!」
やがて、ミッドナイト先生が伝える。
場外の壁に打ち付けられたでっくんの姿が、目に飛び込んだ。……そして。
「轟くん――……三回戦進出!!」
茫然とその場に立つ、轟くんの姿がそこにあった。