挑む!初戦

 心臓が高鳴り、感情が高ぶっている。
 目の前で繰り広げられた二人の試合は、それほどのものだった。

(全力……これが、全力の戦い……!)


「――……ちゃん。理世ちゃんっ」
「あ……」
「結月くん、大丈夫か?ぼーっとして」

 気づくと、お茶子ちゃんと飯田くんがきょとんとしてこちらを見ていた。

「理世ちゃんも心配だよね?デクくんの所へ行こう!!」
「……うんっ」

 お茶子ちゃんと飯田くん以外にも、梅雨ちゃんと峰田くんも一緒に、リカバリーガール出張所へと向かう。

 指を犠牲に"個性"を使うだけでも十分な無茶なのに、今回はそれを大きく上回っている。
 でっくん……後遺症とか、残らないと良いけど……。

「緑谷くん!!!」
「デクくん!!!」

 飯田くんとお茶子ちゃんは勢いよくドアを開けた。ノック……!
 ベッドに横たわるでっくんは、両腕を包帯でぐるぐる巻きの痛々しい姿だった。

「びっくりした……」

 そう驚いてるのは、隣に立つ金髪の人だ。
 痩せこけて、背の高いスーツ姿の男性。
 その顔を見てぎょっとする。吐血してますけど!?

「?初めまして……」

 お茶子ちゃんが不思議そうに挨拶した。
 ……初めまして……?

「あれ、どこかで……――って大丈夫ですか!?」

 独り言のように呟いた時、その人はさらに血を吐いた。

「だ、大丈夫大丈夫。私は雄英の職員だからね。どこか学校内で会ったんじゃないかな〜?」
「みんな……次の試合……は」
「でっくんっ」

 掠れた声だったけど、意識はあるようで、それに少し安堵する。

「ステージ大崩壊の為、しばらく補修タイムだそうだ」
「怖かったぜ緑谷ぁ、あれじゃプロも欲しがんねーよ」

 飯田くんが答え、峰田くんの若干失礼な言葉には、梅雨ちゃんがすかさず舌で突いた。

「塩塗り込んでくスタイル感心しないわ」
「でもそうじゃんか」

 峰田くんのように口には出さないけど、言いたい事は理解できる。

 自分の身を省みないやり方。

 自己犠牲がヒーローの性分かも知れない。
 でも……譲れない信念のためなら。誰かを救けるためなら、その命さえも簡単に差し出してしまいそうで怖くなる。

 ベッドの上のでっくんの姿を見つめた。
 
「……ごめん」

 私の視線に気づいたでっくんは、小さくそう謝った。

 それは何に対しての謝罪なんだろう。
 少なくとも、私に謝る事はない。

 小さく首を横に振った。
 
「うるさいよホラ!心配するのは良いが、これから手術さね」
「「シュジュツ――!!?」」

 激しく驚く飯田くんとお茶子ちゃん。
 心配なのは私も同じだけど……さらにリカバリーガールの顔にシワが寄って怖い。

「ほら!とっと出ておいき!!」

 追い出される形で、私たちは室内を退散した。

「デクくん、大丈夫だよね……?」
「リカバリーガールがいるもの、大丈夫よ」

 不安を口にするお茶子ちゃんに、梅雨ちゃんが優しく励ます。

「緑谷はヴィラン襲撃の時といい、無茶し過ぎなんだよ!心配するこっちの身にもなれっての……」

 怒ったように言った峰田くんがちょっと意外だった。
 下心の権化だと思っていたけど、友達の身を案じる良い所もあるんだと知って、ちょっぴり峰田くんを見直す。

「皆は観客席に戻ってくれ。補修タイムが終わったら、次の試合は俺だからな。先に控え室で待機してようと思う」

 そう言って飯田くんは、一足先に控え室へと向かって行く。

 次の試合は飯田くんと塩崎さんだ。

 そして、その次の三奈ちゃんと常闇くんの試合結果で、私の初戦の対戦相手が決まる。

「理世ちゃん、私たちは戻りましょう」
「私は……その辺ぶらぶらして来る。なんかじっとしていられなくて」

 梅雨ちゃんに呼ばれて、肩を竦めて答えた。


 ***


「理世ちゃんも初戦が近づいとるし、やっぱり緊張しとるんかな……」
「鬼メンタルの結月がかぁ?」
「峰田ちゃん。理世ちゃんだって、年相応の女の子よ」


 ***


 廊下を宛もなく歩いてると、自動販売機を見つけた。改めてミネラルウォーターを買う。

「…………ふぅ」

 冷たい水で喉を潤すと、少し気分が落ち着く気がする……。初めての色んな感情が渦巻き、気持ちが浮き立っている気がして、一人になりたかった。

(二人の試合、すごかったな……)

 二人の全力を出し切った、ぶつかりあった戦い。

『てめェは全力で来い。じゃねぇと意味がねえ。その全力ごと俺がぶっ潰してやる』

 今なら、爆豪くんが言っていた事の意味がよく分かるよ。
 私も、自分の持てる全てで戦いたい。
 早く試合をして、自分の力を試してみたい――そんな気持ちになった。

(でっくんの言葉は轟くんに向けたものだけど、私にも響いたんだよ)

 自分の力。そんな風に考えた事が今までなかった。
 轟くんとは正反対で「両親の"個性"」を受け継いだ事が、誇らしかったから。

 両親が生きていた証だと。

(私だけの"個性"――……)

「……結月?」
「っ!?」

 突然、肩に置かれた手にびっくりして、持っていたペットボトルを落とす。

「っと」

 床に落ちる前に、伸びた手が見事キャッチした。良かった、蓋は閉まってて。

「わりぃ。すれ違って声をかけても気づかなかったから……」
「ううん」

 ありがとう、そう言って轟くんからペットボトルを受け取る。

 一回戦前の轟くんと逆パターンだ。

 その顔を見ると、心なしか憑き物が落ちたような顔をしている。

「轟くん。試合、お疲れさま」
「……ん」
「着替えたんだね」
「ああ」

 最後に見た轟くんは、左の"個性"によって体操服が半分燃えてしまった姿だったから。

「おまえは……こんな所で何してたんだ?観客席とは反対だろ?」
「なんか落ち着かなくて、一人でぶらぶらしてた」
「考え込んでたみてぇだったけど」
「んー……二人の試合を見てたら、色々と考えさせられて」

 そう答えると、轟くんは不思議そうな顔をしてから。

「俺も……」
「……」
「考えようと思う」

 自分の左手を見つめて言った。

「さっき、控え室で飯田に会った。緑谷、手術なんだってな……」

 その言葉に小さく頷く。

「あいつが無茶苦茶やって、気づかせてくれたもんがある。あの戦いで、一瞬クソ親父を忘れた。だから、俺はちゃんとこいつと向き合わねぇといけねぇ」

 試合を経て――轟くんが、前に踏み出そうとしているのが分かった。
 
「……試合。二人とも、楽しそうだったね」

 でっくんには思う所はあれど。最後はお互いに笑い合って、全身全霊をぶつかり合っていた。

「……ああ。楽しかった」

 あの一瞬を思い出して、柔らかく微笑む轟くんに、本当はこんな風に笑う人なんだと知る。

「結月が緑谷のことを尊敬しているって言った意味。少し、分かった気がする……」

 そういえば前にそんなこと言ったっけ。よく覚えてたね、轟くん。

「あの無茶ぶりは尊敬できないけどね」

 それに笑って答えた。

『会場が修復出来たところで!お待ちかねの試合再開だ!!』

 マイク先生の実況が通路にも響く。

「轟くんも試合見るでしょ?」

 この試合の勝者が、準決勝で轟くんと当たる。

「ああ。結月、ここから上がった所で観戦出来る」

 そう言って轟くんに案内され、ついて行く。
 階段を上がって、はじっこ。
 轟くんはずっとここで観戦してたらしい。

『前回の試合では空回りだったが、今度は見せ場を作れるか!?A組、飯田天哉!』
 VS
『唯一B組で勝ち進んだ!このまま高みに登り詰めるか!?塩崎茨!』

 マイク先生、塩崎さんに怒られたから今度はまともな選手紹介だ。

『START!!』

 轟くんと壁に並んで観る。決着はあっという間に着いた。

『飯田!障害物で見せた超加速で塩崎のツルを楽々回避!そのまま塩崎を押して場外へ!!』
『それにしても速ぇな』
「塩崎さん、場外!飯田くん、準決勝進出!」

 ミッドナイト先生が勝敗を告げる。

「飯田くんの"個性"、この競技において強いね」

 飯田くんと対戦して、先制攻撃を仕掛けられたら……私の"個性"でも避けるのは難しそう。

「確かに、飯田のレシプロバーストは厄介だな」

 隣で轟くんが言う。最初の準決勝の対決は、轟くんと飯田くんで決まりだ。

「轟くんもあの速さで、よくでっくんからハチマキ奪えたよね……」

 あの時の君の反射神経も大概だと思う。

「あれは……まぐれに近ぇ」
「そうなの?」
「んな技、知らされずに走られたからビビった」
「………………」

 轟くんでもビビるんだ……?

 超冷静だった気もするけど。なんかよく喋る轟くんは印象が変わる。(もちろん良い意味で)

「むしろそっちの方がすごいと思う」
「そうか?」

 まぐれだとしてもよく獲ったよ……打ち合わせなしのアドリブで。


『前回の試合では高い運動神経を見せつけた芦戸三奈!』
 VS
『影のモンスターを従えし者!常闇踏陰!』

「この試合の勝者が、おまえの初試合の相手だな」
「うん……!」

 試合の観戦にも熱がこもるというもの。

『START !!』

「とりゃあ!!」

 先制攻撃を仕掛けたのは三奈ちゃんだ。
 大量の酸を浴びせるけど、常闇くんに届く前にダークシャドウがすべて叩き落とす。

(影だから酸は効かないのか……。物理攻撃も効かないし、攻撃・防御とも強いなぁ常闇くん)

 三奈ちゃん的には間合いを詰めたいところ。
 その運動神経を活かして、変則的に酸を飛ばすものの、ダークシャドウはそれらもすべて叩き落としていった。

「芦戸さん!場外!!」
「いつの間に!?くやしー!!」

 追い詰められた三奈ちゃんの片足が、場外の白線を越えている。
 たぶん、八百万さんの時と同じ戦法だろう。

「おまえの対戦相手が決まったな」
「常闇くん、強敵だねぇ」

 強敵な常闇くんと戦う最適解を、次の試合が終わるまでに考えないと。

『常闇、三回戦進出!!二回戦、最後の戦いはこいつらだ!!』

 切島くんと爆豪くんがステージへ上がる。
 守りの切島くんに、攻めの爆豪くんってところか。

「二人の試合を見たいけど、私はそろそろ控え室に向かうね」
「おう」

 じゃあ、と轟くんに手を振る。

「……結月」

 小さく名前を呼ばれて振り返る。轟くんは何やら思案しているような……?

「……頑張れよ」

 言葉を探していたような、その一言。

「あは、ありがとう轟くん。頑張るね!」

 轟くんなりの小さな激励。笑顔で答えると、その表情も僅かに柔らいだ。
 轟くんの問題は、簡単に割り切れるものじゃないけど……これがきっかけで、これからは良い方向に向かっていく事を願った。

(あれ、飯田くんだ)

 通路の端に寄り、スマホを耳に当てている。残念そうに手を下ろす姿に、電話は繋がらなかったみたいだ。

「ああ、結月くんか。今、兄に電話をかけてたんだが、仕事中だったようだ」
「そっか。お兄さんも飯田くんをすごく応援してるだろうね」
「ああ!ここまで来たら、No.1で報告してみせるさ」

 飯田くんの眼鏡の下の瞳は、キラキラと輝いている。(No.1で報告か……)

「ふふふ。飯田くん。私がまだといるということもお忘れなくね!」
「!そうか、次の試合はいよいよ君の出番か……!対戦相手は……」
「常闇くん。もうすぐ試合だから、控え室に向かおうかなって」
「今までの試合から見ると、常闇くんの優勢一方だったからな。結月くんの"個性"も有利ではあるが、彼は強敵だ」

 真面目に話してるのに、謎の手の動きの飯田くんに笑ってしまう。

「やるからには負けないよ。私も、応援してくれる人たちのためにも勝ちに行く」

 上を指すように、人差し指を立てた。

「勇ましいな、結月くん。ならば、決勝で会おう……!!」

 グッと拳を握る飯田くんに、私も強く頷き返した。


『カァウゥンタァ〜〜〜〜!!!切島の猛攻に、なかなか手が出せない爆豪!!』

 どうやら切島くんが優勢らしい。

 控え室ではモニターがないので、マイク先生の実況でしか試合の状況は分からない。

(常闇くん……どう戦おうかな?)

 逆に、常闇くんなら私に場外まで飛ばされる事を警戒するはず。
 ダークシャドウもいるから死角の警戒はばっちり。
 まあ、触れずに飛ばす事も可能だけど、反動も大きいし、面白くないしなー。

(……お腹空いた)


 ***


「結月さんっ!次の試合…………って、余裕寂々だね!?」

 持ち込んだおやつのチョコぱんを頬張っていると。
 突然、入って来たのはでっくんだった。

「んー!んっんん!んーんんんんんんんーんーんん?」
「!?ンンン!?」

 ちょっと待って、今、チョコぱん、飲み込むから――。

「でっくん、もう歩いて大丈夫なの?」
「あ、うん。手はこんなんですが、それ以外は大丈夫だよ」

 でっくんはの左手はギブスで、右手は包帯ぐるぐる巻きだ。

「でっくんも食べる?」
「あ、ありがとう。じゃあ一つ……」

 チョコあんぱんを差し出すと、でっくんは包帯が巻かれた右手で一つ取る。
 ぎこちなくも、何とか右手は動かせるみたい。

「んっ、おいしい……!」
「でしょ〜」

 毎日食べても飽きないおいしさ。

「手術、成功して良かったね」
「……リカバリーガールに怒られたよ」

 弱々しく笑うでっくん。そりゃあそうだよ。
 これが与謝野先生なら、怒って鉈を取り出しているところだ。そして三回は解体される。

「でっくんのやり方は私も肯定できないけど……」
「うっ……」
「でも、そんなめちゃくちゃなでっくんだからこそ。轟くんのきっかけになったのかも知れないね」

 誰かのきっかけになれるって、すごい事だ。
 それに、今までの無茶なやり方じゃだめっていうのは、自分自身が一番考えているだろうし。

「結月さん。心配してくれた君や、期待してくれた人を、僕が裏切ってしまったのは確かだから……」

 黙って耳を傾ける。

「僕なりの――。違うやり方を、ちゃんと見つけようと思う」

 俯いた顔を上げて、見つめられたその目に感じるのは、意志の強さ。
 ずっと、おどおどした雰囲気とは対称的な瞳を持っているって、思っていた。

「……だから、その……」
「……うん」
「こ、これからも……僕のことを……」
「……?」

『爆豪、エゲツない絨毯爆撃で三回戦進出!!』

 ――マイク先生の実況に意識が向いた。
 正直やっぱりというか、爆豪くんは勝ち進むな。

「でっくん、話の続きはまた今度聞かせて」

 席を立つ。いよいよ、出番だ。

「ごっ、ごめん!結月さんを応援しようと思ったのに、自分のことばかり……!今の話は大したことないから忘れて!本当に!」

 あたふたしているでっくんに笑っていると、その顔が急に真剣なものになった。

「結月さん……役に立つか分からないけど、僕は、常闇くんの"個性"の弱点を知ってるんだ」

 一旦そこで、言葉を切られる。私が教えてと言えば、でっくんは教えてくれるだろう。

「ありがとう、でっくん。私も自力で頑張ったお茶子ちゃんを見習わないとねっ」

 そう返すと、今度はほっとしたような表情に変わった。
 罪悪感を感じながらも、教えようとしてくれた所が君らしい。

「結月さんなら……きっと」

 私も大きく頷いて、控え室を後にする。

 高揚感に心臓が高鳴っているけど、さっきよりずっと、感情は落ち着いている。

 でっくんと話したおかげかも。


『さあさあ!シード枠により、お待ちかねの初試合!!』

 廊下を進む足取りは、いつもより地面を踏み締めてる気がした。

『噂のテレポートガール!!ヒーロー科、結月理世!』
 VS 
『まさにダークホース!!今回も一方的に勝利を収めるか!?常闇踏陰!』

 大観戦の中、ステージに上がる。

 この中で試合に勝利したら気持ちいいだろうなぁ――なんて。
 目を閉じて、一つ深呼吸してから、常闇くんを見据えた。

「誰であろうと、俺とダークシャドウは負けるつもりはない。例え、この試合に有利な結月であっても」
「奇遇だね〜常闇くん。私もだよ。試合に有利だろうと不利だろうと、ね」


 ――ただ、己をかけて戦うのみ。


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