運動音痴と呼ばないで

「理世、あんたもしかして、運動お……」
「言わないで、耳郎ちゃん!」

 そう、これは仕方がないこと……。
 私が運動が苦手だとか、体力がないだとか。それはきっと、その分のパロメーターはすべてこの頭脳と美貌に……!

「見て!長座体前屈は一般女子の平均!!」
「……。いや、そんなことでドヤられても」
「理世ちゃん、見た目とギャップあるキャラやったんやね」

 ちなみに、この種目では梅雨ちゃんと耳郎ちゃんが大きな記録を出した。
 梅雨ちゃんは体も床につくほど柔らかかったけど、さらに蛙の特徴の長い舌を伸ばし、それを見て閃いた耳郎ちゃんは、耳のプラグを伸ばして。

 そして、場所は再びグラウンドに戻る。

 反復横跳びでは、峰田くんが左右に自身のもぎもぎを置いて、すごい速さで反復していた。(意外にやるな……)
 私は立ち幅跳びも反復横跳びも、"個性"を使って今度は楽々高記録!


「結月の"個性"強えよなぁ」
「機動力や移動性に優れた"個性"だよな」
「彼氏がいんのか……大事なのはそこだ」
「ああいうタイプはなぁ、オイラの勘じゃ意外にビッ……」


 ――っ?なんか今、背筋にぞわっと。
 "個性"の使いすぎ……?そんな副作用ないけど。

「セイ!!」
「∞!!?すげえ!!∞が出たぞ――!!!」

 ボール投げでは無重力の"個性"を持つお茶子ちゃんが「無限」というとんでもない数値を叩き出す。(良いなー無重力。重力操作の"個性"の中也さんと似ててかっこいい)

 ここまで皆それぞれが大きな記録を出している中、目立った記録を出していないのは――

「緑谷くん、ファイト〜!」

 外野からエールを送ると、緑谷くんは弱々しくも笑みを返してくれる。けど、すぐに思い詰めた顔になった。

「緑谷くんはこのままだとマズいぞ……?」
「本当にねぇ……調子悪いのかな」
「ったりめーだ」

 飯田くんと話していると、不意に横から入ってきたのは爆豪くんだ。

「無個性のザコだぞ!」
「「無個性!?」」

 飯田くんと一緒に驚く。

「え、何言ってるの」
「彼が入試に何を成したか知らんのか!?」
「そうだよぉ、あれは無個性じゃあ出来ないよ〜」

 飯田くんと交互に言うと、爆豪くんは「は?何言ってンだこいつら」という顔を全面に出してきた。いやいや、わけが分からないのはこっちだし。そもそも二人は知り合いなの?
 不思議に思いながらも、ボールを投げる緑谷くんの方に意識を移す。
 手を振り上げ、降ろす姿に強い気迫を感じた。今度こそ――

(……?)

 そう見えたのに。途中で違和感を覚えた時にはボールに勢いはなく、ぽとりと寂しく地面に落ちる。

「46m」

 先生の口から数字は、"個性"なしの爆豪くんの記録よりもずっと低い数字。(一瞬、"個性"を使ったように見えたのにな……)

 青ざめる緑谷くんに、何やら相澤先生は告げているようだ。

 "個性"を消した――そう言ったように聞こえた。
 先生は前髪をかき上げて、鋭く緑谷くんを睨みつけている。(相澤先生の"個性"って、"個性"を消す"個性"……?でも、どうして緑谷くんのを……)

 さまざまな疑問が頭に生まれる。

「つくづくあの入試は……合理性に欠くよ。お前のような奴も入学出来てしまう」

 今度はそう言ったのがはっきりと聞こえた。どういった意味で言ったのかまでは分からないけど。

「消した……!!あのゴーグル……そうか……!」

 緑谷くんは何かに気づいたらしい。ゴーグル……確かに、先生の首もとに巻かれた布の下から、それが覗いている。

「視ただけで人の"個性"を抹消する"個性"!!抹消ヒーロー、イレイザー・ベッド!!!」
「ああ!」

 緑谷くんの叫んだヒーロー名に、思わず弾かれたように声を上げた。

「結月くんは知っているヒーローなのか?」

 俺は聞いた事がないな、という飯田くんの言葉に「名前と"個性"ぐらいだけど」そう返す。

「イレイザー?俺……知らない」
「名前だけは見たことある!アングラ系ヒーローだよ!」

 口々にそう聞こえるように、あまりメディアでは見かけないヒーローなので、知名度は低い。私も詳しくはないけど、太宰さんの"個性"に少し似ていたから記憶に残っていた。

 私の"個性"の師匠である太宰さん。

 その"個性"は、触れたものの"個性"を《無効化》してしまうもの。
 対してイレイザーヘッドは、視ただけで"個性"を《抹消》する。

 どちらもすごい"個性"だ。

(それにしても、相澤先生があのイレイザーヘッドだったなんて……。雄英の教師だから見た目はああでも、それなりに実力あるプロヒーローだとは思ってたけど)

 先生は首に巻いてる布で緑谷くんを捕まえ、話しを続ける。内容までは聞こえないけど、緊迫した空気なのは伝わって来た。

「"個性"を消したってどういうことなんかな?」
「……緑谷くんは"個性"を使いこなせてないみたいで、反動で体を壊すから先生が止めたのかも」

 心配そうなお茶子ちゃんの言葉に、私なりの見解を話す。

「そんなっ、じゃあ緑谷くんは……!」
(そう。"個性"を使えなきゃ、このテスト。最下位は――)

「彼が心配?僕はね……全っ然」
「「ダレキミ」」
 
 突然現れた人にお茶子ちゃんとハモる。
 なんかやたらきらめいてた人。
 えーと、確か名前は白金、じゃなくて。

「指導を受けていたようだが」
「除籍宣告だろ」

 あ、そうそう青山くん。

「あっもう一回投げるみたいだよ!」

 お茶子ちゃんの言葉に慌てて緑谷くんを見る。
 青山くんの名前を思い出している場合じゃない!

 ――SMASH!!

 緑谷くんが投げたボールは、今度は一直線に空へ飛んでいった。まるで弾丸のように。
 巨大仮想ヴィランを吹っ飛ばした時のような威力だ。

「……やっぱり、すごい"個性"……」

 あっという間に見えなくなったボールに思う。

「やっとヒーローらしい記録出したよー」
「指が腫れ上がっているぞ。入試の件とい……おかしな"個性"だ……」
「スマートじゃないよね」
「……………」
「入試時も緑谷くんはあの"個性"で――って、爆豪くん顔すごい!?」

 爆豪くんに話しかけようとして、その顔に驚く。

「………!!!」

 なにそのめちゃくちゃな驚き顔。ギャグか。
 そう思っていたら、爆豪くんはいきなり手のひらから爆発を起こした。

「どーいうことだこらワケを言えデクてめぇ!!」
「うわああ!!!」

 緑谷くんに襲いかかろうとしている。助けた方が……いいよね?
 さすがに緑谷くんが襲われる前に、相澤先生が爆豪くんを止めてくれた。

「爆豪くんは突然どうしたんだ?」
「さあ……?」

 飯田くんの疑問に、肩を竦めてそう答えるしかない。さっきからなんなのか。
 爆豪くんは抹消で"個性"を消され、布にがんじがらめになっている。

 先生が操るその布は立派な武器で、

「炭素繊維に特殊合金の鋼製を編み込んだ「捕縛武器」だ」

 というものらしい。

 自由自在にそれを操る相澤先生は、器用な人かも知れない。
 抹消の"個性"もすごいし、最初はやばい人だと思ったけど、今のはちょっとかっこ――

「ったく、何度も"個性"を使わすなよ……俺はドライアイなんだ」
「「("個性"すごいのにもったいない!!)」」

 ……そんなキリッと言われましても。確かにさっき目薬さしてたな。

「時間がもったいない。次、準備しろ」

 急かされ、すぐにボール投げが再開された。

「うわぁ。緑谷くん、痛そうだね……」

 戻って来た緑谷くんの指は、ズキズキと音が聞こえそうなぐらい腫れている。

「指、大丈夫?」
「あ……うん……」

 お茶子ちゃんも心配そうだ。この後、最後の種目なのが不幸中の幸いなのかも。

「最後、結月」

 緑谷くんから後は滞りなく進み、すぐに自分の順番がやって来て、円の中に入る。

 いやぁ、その前の八百万さんは大砲を創造してさすがだった。握力では万力を創ってと、1位は八百万さんだと思う。

「見える範囲で……あそこら辺、かなぁ?まあ、やってみよう」

 独り言と共に投げるフォームだけして、ボールをテレポートさせる。

「……結月くん。どことなくフォームがおかしくないか?」
「確かに、どっかおかしいよな……?」
「何が違うんだ?」
「オッパイが揺れてねえ。やり直し」

 ……………………。

「……。ボール投げは二回だ。次、投げろ」

 二回目はフォームなんて余計なことはせず……受け取ったままテレポートさせた。
 一回目より記録が伸びた。良しっ!

 最後の種目は持久走。

 これは適当にテレポートを繰り返して進めば良いだけだから、私にとってはボーナスステージ。

 これで上位一桁は確実だろう。

「……結月。ちょっとおまえは"個性"使わずに走ってみろ」
「…………へ?」

 ちょうど一周したところで相澤先生にそう声をかけられた。なんですって……!?

「え、でも、これ"個性"使用の……」
「教師の指示だ。"個性"禁止。自力で走ってみろ…………オイなんて顔してんだ」


 ――そして。


「ぜぇ、ぜぇ……」ひ……ひどい。

 一人だけ"個性"禁止で走らされるなんて……。
 私、体力ない儚げ女子なのに……!

「結月、走るの遅っ!頑張れ〜!」
「おい、邪魔だモブ女!ノロノロ走りやがって」
「結月って、"個性"すごいのにまさかの運痴かぁ?」
「うう、うるさぁいっ……!」

 次々と抜かされる。あれ、轟くんはさっきもすれ違わなかったっけ……?
 八百万さん、その自転車後ろに乗せて……。
 爆豪くんと瀬呂くんは後で覚えておきなさぁい……っ!

「結月さん、大丈夫……?」

 最初の方からどんどんペースが遅くなり、ついには一番後ろの緑谷くんと並んだ。だいじょばない!

「それは……緑谷くんの、方じゃない……。痛みで走るの……、辛いでしょ……」

 息を切れしながら答える。緑谷くんの辛そうな表情に、この腫れ具合だもの。

 きっと、また折れて……――あっ。

「……ぎゃっ!」

 よそ見をしていたら疲れた足がもつれて転けた。痛い。

「結月さん!?」
「……たく。お前は"個性"の筋は良いが、体力がなさすぎる。せめて平均基礎体力はつけろ」

 慌てた声の緑谷くんに走るように言い、先生は見かねたのか側に来てくれた。
「立てるか?」
 その言葉にこくりと頷く。手は差し伸べてはくれないらしい。厳しい。

「"個性"を使って良いから最後まで完走しとけ」

 そう言われて、"個性"を使って少しだけ巻き返した。


 そして、結果発表――!


「トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」

 私はさすがに最下位ではないだろうけど、最下位の誰かが除籍になるのも……。

「ちなみに除籍は嘘な」
「「!?」」

 順位を確認する前に、さらりと先生は言った。

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

 相澤先生、とてもいい笑顔ですね……。

「あんなのウソに決まってるじゃない……ちょっと考えればわかりますわ……」

 そう呆れて言ったのは、予想通り1位の八百万さんだ。
 2位は轟くんと、さすが推薦組という結果。
 私は……まあ予想よりちょっと低い順位。最後はボロボロだったし、まあこんなものだよね。基礎体力?なにそれ知らない……。(終わり良ければ全て良し!)

「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ」

 簡潔に言って、くるりと背を向ける相澤先生。

(八百万さんはああ言ったけど、途中まで本気だったと思うな)

 そう思ったのは、雄英出身である敦くんと龍くんが在籍中に、二人以外見込みなしと除籍処分されたって話を思い出したからだ。

 絶対、相澤先生の事だと思う。

 むしろ他にそんな先生がいてたまるか。(まあ、その後に何名か復籍できたみたいだけど)

「緑谷。ばあさん(リカバリーガール)のとこ行って治してもらえ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ」

 そのまま立ち去るのかと思ったら、先生は緑谷くんに一枚の紙を渡した。保健室利用書と書かれている。

「結月、おまえも一緒に行って来い。普通に怪我の治療もしてくれる」
「あ、はい」

 先生、私が膝を擦りむいていたの気づいてたんだ……。まあ、あんな正面から転ければ怪我をしているぐらい予想がつくか。

 今度こそ、相澤先生はスタスタと行ってしまった。思わず緑谷くんと顔を見合わせると、入試の時のデジャヴュ感。

(厳しいのか優しいのか、まともなのかむちゃくちゃなのか――よく分からない先生)

 その少し猫背の背中を見送ってから、皆と一緒に校内に戻る。
 更衣室で着替えて、帰り支度をしてから、緑谷くんと一緒に保健室に向かった。


「えっと……保健室は……」
「こっちだよぉ、緑谷くん」
「!結月さん、詳しいね」
「"個性"使うのに重要になるから、道覚えるの得意なんだ〜」
「へぇ……!すごいやっ」

 ちょっとずつ緑谷くんと、他愛のない会話ができるようにまでになった。

「緑谷くんの"個性"って何なの?」

 オールマイトの"個性"にちょっと似てるよねってつけ加えて聞いたら、緑谷くんはびくぅっと酷く動揺する。まだ私に慣れてないの……。

「爆豪くんが君のこと、無個性だって言ってたけど……」

 気になっていた事をさらに聞くと、緑谷くんは「えぇと」と、困ったように口ごもる。

「あっ、話しづらいことなら……」
「そ、そんなことないよ!どう話そうか難しくて!……かっちゃんとは幼馴染みなんだけど」

 そう緑谷くんは口を開いて、事情を話してくれた。

「僕、じつはずっと無個性で、突然変異?みたいな感じに、最近になって"個性"が発動したんだ」

 だから、"個性"の調整がまだ0か1しか出来なくて――自身の怪我した指を見て、緑谷くんは苦笑いする。

 ……そういうことか。怪我の謎や相澤先生が"個性"を消した理由、爆豪くんがあんなに驚いていたわけが分かった。
 "個性"が突然発動するなんて初耳……それって世界的大発見じゃ?

「緑谷くんが変な研究所から狙われて、人体実験されないか心配」
「え!?何の話!?」

 冗談はさておき。

「でも、指先だけを犠牲にして"個性"を使うなんて、すごいね、緑谷くん」

 発想力もそうだけど。いつ見てもおどおどしてたから、その度胸に感心した。

「い、いや……僕なんかより結月さんの方がよっぽど……!ほら、入試の時だって、最後は結月さんにも助けてもらったみたいだし」

 遅くなっちゃったけど、あの時は色々と助けてくれてありがとう――そうあからさまに照れて早口に言う緑谷くんは、最後にふっと視線を影に落とす。

「……でも、助けてもらってばかりじゃダメなんだ……早く調整出来るようにしないと……!」

 独り言のような言葉だった。

 それは緑谷くんのこれからの課題だ。
 "個性"のコントロールはヒーローになるなら絶対だ。突然現れた"個性"なら、なおさら普通より過酷な試練だろう。

「まあ、最初は上手くいかないのは当然だよ。私も色々失敗したし」
「結月さんも……?」
「昔、自分の"個性"でちょっと事故を起こしたことがあってね。それ以来、目視で空間を認識してないと怖くて"個性"を使えないんだ」

 そう言って苦笑いを浮かべる。本来なら、正確な位置座標の情報があればテレポート出来る"個性"だ。
 もちろん、見えてる範囲なら全然大丈夫だし、日常生活ではそんなに困らないけど、ヒーロー活動となると話は別だ。

「私もプロになる前には克服しないと。緑谷くんの場合もっと大変だろうけど、一緒に頑張ろ」
「っ……ありがとう、結月さん」
「まあ、相澤先生がさっき言ってたけど、過酷な試練で嫌でもコントロール出来るようになると思うよ〜」
「そ、それはちょっと……」

 保健室に着くと、リカバリーガールに重傷の緑谷くんを先に治療してもらう。むしろ私は痛いだけでただの擦り傷。救急箱を借りて、自分で手当てした。

「チユ〜〜」

 独特な治療法にびっくりしている緑谷くん。前回は気絶してたもんねぇ。

「わ……すごい治った……けど……なんか……疲れが……ドッと……」
「私の"個性"は人の治癒力を活性化させるだけ。治癒ってのは体力が要るんだよ。大きなケガが続くと体力消耗しすぎて逆に死ぬから気をつけな」
「「逆に死ぬ!!!!」」

 治療の"個性"ってすごい分、リスクが高いのかも……。
 リカバリーガールに「ペッツだよ、お食べ」と貰ったそれを口にしながら、怪我には注意しようと、これまで以上に心に刻み込んだ。


「初日から疲れたねぇ〜……」
「うん……。疲れた……!!」

 隣では、緑谷くんはぐったりしている。途中まで一緒に帰ろうってなって、二人で歩いていると「わ!」緑谷くんは突然、驚きの声を上げた。

「指は治ったのかい?」

 その肩にぽん、と置かれた大きな手は、飯田くんのものだった。

「飯田くん……!うん、リカバリーガールのおかげで……」
「結月くんも怪我は大丈夫かい?」
「私は転けた際の擦り傷だから、全然平気」

 飯田くんはそのまま、じっと私を見つめる。ん?

「結月くん。50m走では流石だったよ。俺はこの"個性"で速さに自信があったが、過信し過ぎてたようだ。次は君の記録を越えてみせよう……!」

 そう意気込みを見せる飯田くん。いやぁむしろ、テレポートが速さに負けたらそれこそ名折れ……

「私の"個性"はテレポートに1秒のタイムラグがあるから、私はそれを越えられるように頑張るよ」
「目標は自分自身か……!お互い頑張ろう!」

 真摯な口調と笑顔が眩しい。飯田くんが文房具になったら定規だな。

「……飯田くんって最初怖い人かと思ってたけど、真面目なだけなんだ……」

 ぽつりと緑谷くんは呟いた。確かに、初対面は最悪だったかも知れないけど、二人は案外気が合いそうな気がする。

「しかし、相澤先生にはやられたよ。俺は「これが最高峰!」とか思ってしまった!教師がウソで鼓舞するとは……」
「私は途中まで本気だったと思うな〜」
「た、確かにやりかねない雰囲気だったかも。僕、最下位だったから除籍がなくなって本当に良かったよ……」

 今度は三人で歩きながら話していると「おーい」後ろから明るい声が。

「理世ちゃん!に、お二人さーん!駅まで?待ってー!」

 てけてけとこっちに走ってくる、お茶子ちゃんだ。

「君は∞女子」

 むげん女子!飯田くんの呼び名に「麗日お茶子です!」と、お茶子ちゃんは元気よく自己紹介した。

「えっと、飯田天哉くんに緑谷……デクくん!だよね!!」
「デク!!?」
「え?だってテストの時、爆豪って人が……」
「あの、本名は出久で……デクはかっちゃんがバカにして……」
「蔑称か」
「緑谷くんは爆豪くんのことは「かっちゃん」て親しげに呼んでるのにね〜」

「えーーそうなんだ!!ごめん!!」そう素直に謝りつつお茶子ちゃんは「でも」と、にこやかに笑う。

「「デク」って……「頑張れ!!」って感じで、なんか好きだ私」

 ざっくりしているけど、好意的な解釈はお茶子ちゃんらしくて素敵だと思う。

「デクです」
「浅いぞ!!蔑称なんだろ!?」

 そりゃあお茶子ちゃんにうららかな笑顔でそう言われたらねぇ。

「じゃあ、私は「でっくん」って呼びたい」
「でっくんです!」
「緑谷くんんん!?」
「飯田くんは……てんてん」

 天哉のてんてん。

「て……!?結月くん、ふざけてあだ名を付けるというのは……!!」
「……コペルニクス的転回……」
「コペ?」
「はははっ!」

 おかしくて声を出して笑った。

 大変な一日だったけど、クラスの皆と仲良くなれたし、楽しい初日だったかも知れない。(飯田くんにあだ名を激しく却下されたのはちょっと残念)

「――じゃあ、私はフェリーだから!」
「理世ちゃん、フェリーで通ってるん?なんかええなぁ」

 そんなお茶子ちゃんは独り暮らしで、雄英から近い場所に住んでいるらしい。

「結月さんは横浜から通ってるんだね。横浜と言えば……港町故、海外ヴィランの不法入国が多く、横浜専属で活躍するヒーローに加え、ヒーローとは別に"個性"使用許可を持った組織の武装探偵社が存在する特殊な地域……ブツブツ」
「詳しいね!?」

 何やらぶつぶつと呟き、自分の世界に入っていくでっくん。ちょっとびっくりしつつ感心する。

「だが、台風の時など大変では?」
「その時はテレポートで海を渡るよぉ!」


 最後に飯田くんの言葉に答えて「また明日!」笑顔で三人に手を振った。


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