−観客席−
「えぇー!!どーいうこと!?結月ってあんな激しく動けんの!?誰か知ってる!?」
「マジか!!俺、知らねーわ」
「上着脱ぐなら麗日みたいなタンクトップ着ろよォォ」
「もしかして、運動音痴とか体力ないとか全部演技だったとか!理世ちゃん自称参謀だし!」
「……その可能性はないと思うが……」
「(無口な障子が否定した!)」
「私もそれはないと思うわ、透ちゃん。この間の救助訓練の時にロープで崖を登れなくて、相澤先生に補習って言われた時に絶望的な顔をしてたもの」
「結月さん……ぶれない人だ……」
「確かにこの世の終わりみたいな顔してましたわね……」
「結月さんに武術の嗜みがあったなんて……!すごいや……!!」
「理世ちゃん、すごい!!あの爆豪くんが押されとる!」
「あれは本当に結月くんなのか!?」
「結月ー!やれー!!ヤンキーに負けんなァ!!」
「すげぇ……」
「やるなぁ結月!」
「へぇ、それが君の本気ってわけか……!!」
***
――テレポートした先は爆豪くんの懐。
虎穴に入らずば虎子を得ず的な!
むしろ中途半端に死角を取ろうとした方が反撃を食らう。
爆豪くんの爆破は手のひらから出されるもの。間合いを詰められた方がやりにくいはず、と考えたけど、
「っつ!」
まさかの蹴りで反撃が来て、咄嗟に肘でガードする。鈍痛に顔をしかめた。
手の爆破のイメージだから、危うく反応に遅れるとこだった。
「その体術、一長一短じゃねえな……!」
「幼い頃から『可愛い子は狙われるから気を付けろ』って、護身術を教えられてきたからね!」
「意味わかんねえ!!」
会話を挟みつつも、集中力は鋭く研ぎ澄まされていく。一瞬の油断できない。
切れ味が増していく爆豪くんの動き……。
動きだけじゃない、爆破も威力を増していく。
でっくんの言う通り、動けば動く程、強くなっていく"個性"。
「っぅお!?」
「私が触れずに"個性"を使えること、忘れてない?」
放置したままだった体操服を、ちらりと視界に入れてノーモーション。爆豪くんの顔面に被せるように転移させた。
HIT!!――できた隙に、鳩尾に蹴りを押し込む。
体術とテレポートを駆使して戦う方法は、体力のない私に最適であり、幼い頃の護身術の嗜みがあったからこそ身に付いた。
両親から、何より自分自身をテレポート出来るように教え込まれたのもあの頃。
(私が、自分自身を守れるように)
そして――
「今はっ、重力遣い仕込みの体術だよぉ!」
「アァ……っ!?」
この戦い方を教えてくれたのは、横浜の重力遣いこと――中也さんだ。
『テレポートと体術を合わせたら、面白ェことになるんじゃねえか?』
両親から教わった守るすべを忘れない為に。
『おまえにやる気があるなら、俺が直々に教えてやるぜ?』
今度は爆豪くんに触れて、頭からひっくり返すようにテレポートさせる。
普通なら、方向感覚が分からず、なすすべもなくそのまま地面に衝突する――はずだけど。
「死ねぇぇ――!!」
瞬時に把握した爆豪くんは、体を捻り、両手を下に向けた。
『爆豪!!麗日戦でも見せた特大火力の爆破だ!!』
『火力を下に向けることによって、床を破壊し、一帯を巻き込む大規模な攻撃になる。飛び散る破片も含めて、結月の逃げ道を潰しに来たな』
『どこに飛んでも危険地帯かよ!!結月!!今度こそ無事か!?』
――何とか!!
爆豪くんの口癖に助けられた。その不穏な言葉に、咄嗟にテレポートした先は頭上。
ステージのどこかに飛んでいたら、無事で済まなかっただろうな……。
落ちながら煙幕が立ち込むそこを見下ろす。ステージに戻るにしても、これだけ視界が悪いと――
「てめェ、逃げんじゃねえよ!!!」
「げっ!」
追って来たし!!?
煙幕から飛び出して来た爆豪くん。両手を小さく爆破させながらの空中移動。(私が上にいるってよくすぐ気づいたな!)
いや、ドン引きなんだけど。
『まさかの空中戦突入!!!おまえのクラス、多彩過ぎねえ?』
『高度なテクニックが必要となるが……あいつらがどう戦うか見物だな』
実況、会場は大盛り上がりだけど、待って。こっちはそれどころじゃない。
「テレポートに空中戦挑むなんて、愚の骨頂……!!」
口ではそう強気に言ったものの、空中戦なんてやった事ないんだけどぉ――!!
「てめェを地面に叩き落とす……!!」
対して爆豪くんは生き生きと攻撃してくる。
怒濤の攻撃。上下左右にテレポートして避ける。
「防戦一方じゃねえか!オラァ!!」
宙の舵を取るのも攻撃も、なんて言うか自由自在、慣れたもの。才能なのか何なのか、さすがの私もイラッとして来た。
(攻撃は最大の防御……!!)
今度は避けるのではなく反撃。斜め上からの蹴りをお見舞いする。
「てめェのテレポートは1秒程度のタイムラグがあるな」
「……!」
喰らいながらもニヤリと笑う爆豪くん。
「っ本当に、目敏いよね爆豪くんは!」
(まさか、本当に気づくとか――)
宙を落ちながら、互いに攻防。
(好都合……!!)
確かに私の"個性"のテレポートの連続は、およそ1秒につき1度。だけど、それは同じ能力を連続で使った場合のみ当てはまる。
――つまり。
もう一つの能力の方と使えば、ほぼタイムラグなしで、連続にテレポート出来るということ。(多様は出来ない。どっちを使ってるか頭が混乱しそうなるし)
どこでもいい、自分の体に手を当てる。
「今度こそ死ねえぇぇ!!!」
人は勝ちを確信した時に油断する。その1秒を計算に入れて、爆豪くんは手のひらを向けた。
空間転移と座標移動の連続テレポートで、爆豪くんの背中に回る。
これぞ、瞬間移動。
(その首っ、もらった――!!)
間髪入れずに、彼の首に踵を落とした!
「……っぐぅ!!」
急所に入れた。しかも固いブーツの踵。さすがの爆豪くんも落ちるはず――がくりとその腕が落ちて、体も重力に従い落ちて行く。
(勝った……!!)
一緒に宙を落ちる。勝負に勝って、初めてこんなに嬉しいかも知れない!
そして、落ちる爆豪くんがそのまま地面に激突する前。触れて、ステージ上に飛ばした。
ボロボロのステージの上に降り立つ。
『爆豪動かない!!これは……』
会場がどよめくなか、ミッドナイト先生が手で制止して近づいてくる。
行動不能か判定をするため。
「…………油断してんじゃねーよ、バァカ」
「っ!?(気絶したフリ!?場外に飛ばすべきだった!)」
そう思った時にはもう遅い。爆豪くんの合わせた両手からは目映い光が弾ける。
閃光弾……!!
「っ……!!」
刺すような目の痛み。立っていられず、両手で目を押さえながら、その場に膝をつく。
目が痛い。――暗い。
「てめェのテレポートは視界が関わるんだろ。最初の対人訓練の時も、地図だけじゃねえビル内もよく観察してやがったし、煙幕も避けてテレポートしていたからな」
爆豪くんの言う通りだ。見えなければ、私は何も出来ない。
「てめェの負けだ――結月。降参しろ。でねえと……」
「ッ――!!」
小さな爆発音。――……降参って言おうとしたのに、私は今、何をした……?
「……!ば、爆豪くん、場外!!」
「……………………は?」
場外――ミッドナイト先生の言葉に、サァと血の気が引く。
無意識だった。
目が見えない恐怖に、音に驚いて、咄嗟に爆豪くんを飛ばしてしまった。
一歩間違えれば、事故を起こす"個性"。
その一歩を、私は、間違えたんだ。
頭がくらりとする。それは閃光弾の影響か、"個性"の反動か、罪悪感からくるものなのか分からない。
「勝者は……」
「っ私の負けです!今のは事故みたいなものなので、無効にして下さい……!」
ミッドナイト先生の審判を慌てて遮る。
「結月さん……。あなた、手が震えてるけど大丈夫?」
「大丈夫、です。あの、爆豪くんに怪我とか……」
「ええ、大丈夫よ。白線を越えた所に飛ばされただけだから」
良かった……。震える手を隠すようにぎゅっと握り締めた。
安堵したのに、まだ心臓が嫌な風にバクバクしている。意識を強く保たないと、このまま気絶してしまいそう。
「……結月さん、行動不能!よって爆豪くん、決勝進出!!」
私の様子を見て、ミッドナイト先生はそう審判を下した。それが正しい。本当なら、視界を奪われた時点で私の負けは決まっていたから。
『なーんか釈然としない決着だな……』
『……(結月の様子がおかしい……?)』
『まあ、とにかく。これで決勝は轟対爆豪に決定だあ!!!』
「待てや!!コラァ!どういうことだ!!!」
周囲からの歓声に混じって、爆豪くんの怒声が近づく。完璧主義な彼は、この結果に納得がいかないのだろう。
「てめェ……!」
「理由なら、ちゃんと後で話す、から……」
「っ……おまえ……」
そう答えるのが今は精一杯だった。
閃光弾を受けた影響か、周囲の音が酷く煩わしかった。
「――ほら、終わったよ。目の刺激は治癒じゃ治らないからね。しばらく休ませておけば表彰式には見えるようになるよ」
「ありがとうございます」
リカバリーガールに光を遮るために、目にぐるぐると包帯を巻いて貰った。
せっかく首の包帯が取れたのに、また太宰さんスタイルに逆戻りだ。
――こんな風に考えられるぐらいには落ち着いた。体の震えもないし、心拍数も安定している。
「爆豪くん、いるよね?」
「……ああ」
そっちか。声が返って来た方に顔を向けた。
「理由を話すって言ったから……。簡潔に話すと、私の中でやっちゃいけない事をしちゃったから私の完敗」
「……簡潔過ぎんだろ」
さすがにそうか。私は過去を思い出しながら口を開く。
「小さい頃に――」
5歳ぐらいの出来事。
その日は台風で、私は家の中でずっとお絵描きをして遊んでいた。
夜になって、父も仕事から帰って来て、その後すぐに起きた、雷の轟音と大規模な停電。
「雷と停電に驚いた私は……」
持っていた鉛筆を、父の腕に誤ってテレポートさせてしまった――
「……だが、そりゃあ"個性"事故に入んだろ」
「そうだね……。お父さんもお母さんもそんな風に言って笑ってくれた。でも、それってやっぱり、あってはいけないことだから」
自分の中で許してはいけない。
もし、あの鉛筆が目や心臓に突き刺さっていたら?
「それ以来、目視で確認できないと、怖くて"個性"が使えないくて……。何より、あんな不安定な状況で、爆豪くんを転移させたことなんてもってのほかだし」
あの時と似たような状況。
危険に繋がってた可能性も十分にあった。
意図的に使うのと、無意識に使ったのとでは意味合いは全く違う。
「分かったでしょう。あれは無効。視界を奪われた時点で決着は着いてて、私の完敗」
"個性"のコントロールには自信があったのに、些細なきっかけで引き起こした自分にショックを受ける。ヒーロー志望以前の問題だ……。
「…………」
「…………」
「…………」
「……爆豪くん?何か反応はないの」
こっちは視界が見えないから、返事がないと不安になるんだけど。
「……知るかよ」
「……え?」
「てめェの過去も事情も知るか」
「……それ、他で聞いた台詞だなぁ」
知るかと言われましても。怪訝に思っていると、椅子から立ち上がる気配がした。
「てめェのくせして、てめェの"個性"にビビってんじゃねえわ。ムカつくぐれぇ図太いのに、今さらしおらしくしてんじゃねーよカマトト女。さっきのじゃ全力のてめェを叩きのめしたことにはならねえ。さっさと克服して、俺に挑んで来い。そん時に完膚なきまでに叩きのめしてやる」
「…………。(カマトト女!?)」
初対面以来のえらい暴言を吐かれ、ドアが開く音と、バタンと閉まる音が響いた。言い逃げ……!残されて呆気に取られる。
「何だったんですかね……」
「青春さね」
今のは青春なの!?
まさか、爆豪くんなりの励まし方……?いやいや、まさかね。すごい暴言吐かれたし。(カマトト女なんて初めて言われたよ……。今時そんなこと言うの爆豪くんぐらいだよ……)
「あんたのはそれはトラウマって言うより、戒めに近いように感じるさね」
「戒め……?」
リカバリーガールから言葉に首を傾げる。
「その出来事があったからこそ、慎重にその"個性"と向き合い、コントロール出来るように努力して来たんだろう」
「…………」
「その戒めを持ち続ける限り大丈夫だと思うけどね、あたしゃあ」
リカバリーガール……。
「保健室のマダム……!」
「何言ってんだい」
リカバリーガールは呆れた声が返って来た。
戒めか……それでもいつかはその戒めを越えていかないと。
「……あの子もちゃんと戒めにしてくれれば良いけどね……」
あの子?そう言われて思い浮かぶ人物は一人しかいない。(でっくんのことかな……)
「そうそう、あんたは武装探偵社の連中と親しいらしいね。与謝野は元気でやってるかい?」
リカバリーガールと与謝野先生が知り合いなのは、話には聞いていた。
お互い医療従事者で、希少な治癒"個性"の持ち主だし。
「この間会った時は変わりなくお元気でしたよ」
潤くんが解体されたらしいし……とは言わなかった。
「あの子は学生時代は気が強くて、そりゃあ小生意気な娘だったんだけど、立派な医師になったものだよ」
(小生意気……)
与謝野先生の学生時代かぁ、ちょっと意外かも。気が強いのは分からなくはないけど、なんだかんだ優しいし、大人の女性という感じだ。
それから、少しだけリカバリーガールに与謝野先生の昔話を聞かせてもらった。
「そろそろ、決勝戦が始まりますか?」
「そうさね。小休憩も終わるし、ステージの修復も終わってるだろうし」
決勝戦。録画しているから、後からでも見られるけど、爆豪くんと轟くんの試合、見えなくてもその場にいたい。
観客席にいた方が様子が分かると思うし。
見えない中、自力で観客席まで歩いて行くのは……無理だな。
「あのぅ、観客席に戻りたいんですけど……」
「見えないのにかい?まあ、ここに居てもつまらないだろうしね。今誰か呼んであげるからちょっと待ってな」
「ありがとうございます」
その時、ドアのノックが控えめに叩かれた。
見えなくとも、自然と顔はそちらに向く。
「結月さん、大丈夫か?観客席にまだ戻って来てないみたいだったから、さ」
その声は……
「心操くん?」
その問いにああと答える心操くん。なんて言うグッドタイミング!
「ちょうど良かったっ!」
「?」
「介助して!!」
「……は?」
心操くんに説明して、観客席に連れて行ってもらえる事になった。
少し困惑しつつも、手を取ってくれて、ゆっくり歩いてついて行く。
「盲導犬って偉大なんだね〜」
「……俺は犬か」
繋いだ手一つで、安心して歩けるから。(心操くんが気を使ってゆっくり歩いてくれるのもあるけど)
「目は大丈夫なのか?」
「うん。一時的なものだから表彰式には見えるって。心配して来てくれてありがとうね、心操くん」
「結月さんも試合が終わった後、会いに来てくれただろ」
照れくさそうな声色に聞こえた。声だけでも、何となく感情って見えるんだなと思う。
「ここ、曲がるから……」
「りょうかい」
私は三位か……。心操くんに手を取られ歩くなか、思わず呟いた。
障害物競争でも三位だったし、立派な順位だと思ってたけど、やっぱりくやしいかな。
今の私が持っているカードを全て出し切ったわけだし。
「惜しかったな……あそこまで戦ったのに」
「そうだね……まあ、私の詰めが甘かったから」
人は勝ちを確信した時に油断するって爆豪くんに思っておきながら、見事自分に返って来た。恥ずかしい。私以外知らないけど。
「……俺も鍛えないとな……」
そう心操くんは呟いた。でっくんに背負い投げされた事を気にしているらしい。
「あっ、結月さん……に、心操くん……」
そして、噂をすればなんとやら。その声はすぐにでっくんのものだと分かった。
「緑谷……」
「えぇと……」
「「…………」」
沈黙が……。なんか気まずい空気が流れているのは、対戦同士だったから……?
「一時的に目が見えないから、心操くんに観客席まで連れて行ってもらうところで!」
意識的に明るい口調で切り出すも「そうだったんだ……」と、でっくんは複雑そうな声で返した。
「「………………」」
再び沈黙が……。なにこの気まずい空気……普通以上に肌に感じて、居たたまれないんだけど!
その時、ぱっと心操くんの手が離れた。
「じゃ、俺はこれで……。あとは同じクラスの緑谷に連れて行ってもらえば良いしな」
そう言って、心操くんが歩き始める音が聞こえる。
「あっ心操くん、ここまで連れて来てくれてありがとう!」
慌てて言うと、彼の笑った声が返って来た。
でっくんと二人、残される。
「でっくんはどうしたの?」
「あ、結月さんがなかなか戻らないから心配して……」
心操くんも似たような事を言ってたな。
「心配かけちゃったねぇ。ついでに観客席に連れてってもらってもいい?でっくんも怪我してるところ申し訳ないけど……」
「も、もちろん!大丈夫だよ!」
でっくんのギブスをしていない方の手に、手が取られたのが分かった。
何重にも巻かれた包帯の感触に……。
まだその手も力を入れられないらしく、そっと添えるように握った。