「おつかれっつうことで。明日、明後日は休校だ」
体育祭は閉幕したけど、生徒たちは制服に着替え、教室に戻ってHRだ。
二日間のお休み……何しようかの前に、とにかく今は休みたい。
どっと疲れが出た気がする……。
「プロからの指名等をこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」
指名かぁ、途中までそんな事すっかり忘れてたな。順位は三位だし、結構頑張ったからきっと指名してくれるよね、うん。
「あれ!?結月、もう帰っちゃうの?」
帰りの身支度をしていると、早々に三奈ちゃんに声をかけられた。
「これからどこかでお疲れさま会やろうってなったんだけど、結月も行こうぜ」
「そうそう、3位の主役」
上鳴くんと耳郎ちゃんに誘われるも、
「いやぁ疲れたから私は帰るよ〜」
笑顔を作り「ごめんね」と断る。皆、元気だねぇ。
「まあ結月、"個性"も体も使ってすげえ動いてたもんな!おつかれ!」
真っ先にそう言って笑う切島くんは不動の良い人。
「では皆さん。明々後日までごきげんよう」
「「ごきげんよう(……?)」」
教室を後にし、廊下を歩いて行く。
いつもならテレポートでパパっと校門までショートカットしちゃうけど、気力を使い果たしたのか、"個性"を使うのもしんどい。
だからと言って、このまま歩くのもだるい。
考えてみれば"個性"多用はもちろん。久しぶりに体術は使ったし、爆豪くんが暴れた時も仕事したし(応援を呼びに行く)今日は超頑張ったな、私。
(いっそのこと、今この瞬間に能力が開花して、一気に家までテレポート出来れば良いのに〜)
「結月さん!」
そんなくだらない事を考えていると、呼び止められた。
「あ、心操くん。おつかれさま」
「良かった。ちょうど会えて」
その言葉から察するに私に用?
「結月さんにお願いがあるというか……」
「お願い?」
「いや、なんていうか……今後のためにヒーロー科について知りたいっていうか……授業内容とか色々教えてほしいんだ」
ああ、そんなことかと私は二つ返事で答える。
「良いよー」
「……そうか!じゃあ、連絡先交換してくれ」
「うん」
ポケットからスマホを取り出して。
「心操くん、A組には喧嘩売ったし、B組にも良い印象与えてないし、私しかいないもんねぇ」
「……。ああ、そうだよ!……あんたも大概良い性格してるよな」
「ありがとう」
「一応言っとく。褒めてねえ」
そう言い合いながら、お互い連絡先を交換した。
「……まあ、それだけじゃないけど……」
「ん?」
「ありがとな。今度、改めて連絡する」
そう言って去っていく心操くん。
その後ろ姿を見て、案外彼がヒーロー科に来るのは早いかも知れないなと思った。
「ぐぬぬぬ……!クっソ取れねぇじゃねえか、オールマイトォ……!!」
「…………」
結局テレポートで校門まで行くと、今度は何やら格闘する爆豪くんに出会した。
確かに教室ならまだしも、帰るのに歯に金メダルをかけた状態では帰れないねぇ……。(なんでずっとつけたまんま何だろうと思ったら、取れなかったのか。……オールマイト先生……)
「爆豪くん」
「アァ!?――っ」
爆豪くんがこっちを振り向いた瞬間、メダルを手に転移。
「……クソテレポ」
「はい」
そのまま彼に差し出す。なんだかんだこれを手に入れる事が出来たのは、君の実力なのに。
「……やるよ」
「……。えっ」
「てめェにやる、ソレ」
そう言って、爆豪くんは後ろを向いてスタスタと歩き出す。金メダル――!!
慌ててその背中を追いかける。
「いやいやいや!私もらっても困るし、爆豪くんのだよ!?」
「知るか。俺はずっといらねえっつてんだよ」
「知ってるけど!オールマイト先生が持っとけって言ったんだから一応持っておこうよ!」
私に押しつけられても!
「メルカリで売っちゃうよ〜」
「好きにしろよ」
「……爆豪」
ぴくり。その低い声に、爆豪くんの足が止まる。同時に張りつめる空気。
「と、轟くん…?」
何を思って爆豪くんに声をかけたかは謎だけど、今はまだ彼に轟くんは混ぜるな危険だ。
「……何の用だ」
喉から低く唸るような声。
いつもと違う、静かにキレてる感じが逆に怖い。
ハラハラしながら二人を見守る。
また修羅場になって、先生たちを呼びに行くの私疲れてるから嫌だよ……!
「……悪かった」
轟くんからの突然の謝罪。彼なりに申し訳なく思っているのは、分かった。
「……ッッ!!テメッ今さらっ……」
だけど、今は!轟くんに首を横に振って、必死に目で訴える。
―轟くん、今はあかん。
―……?
「あの時、俺は」
伝わらなかった!!
「っそれより!爆豪くんさっきの話!メダルなら私が預かってあげる!」
慌てて轟くんの言葉を遮る。咄嗟に口を開いたものだから、勢いでメダルを預かるなんて言っちゃったよ。
「……結月?」
こうなったら仕方あるまい。
「君が納得したらこのメダル取りに来て!大丈夫っメルカリには売らないから!じゃあそういうことでまた明々後日までごきげんよう。轟くん、途中まで一緒に帰らない?若干隣の席同士、たまには親睦を深めましょ☆」
「「………………」」
明るい口調に早口に言葉を並べて、一触即発の空気をわざと壊す。……二人の視線がなんか痛いけど、君たちのせいだよ!?
「ちっ……最初からそうしとけや」
爆豪くんはくるりと背を向け、今度こそ歩いて行く。ほっ。その背中に「オツカレ!」と、ニコニコと手を振って見送ってから。
「…………轟くん?」
瞬時に不満げな顔を作り、横に立つ轟くんを見た。きょとんとしているけど!
「今、危ないところだったんだから。爆豪くんの地雷を踏みつつ、火に油を注いで炎上ならぬ大爆発だよ?」
「気づかなかった」
(気づいて!)
悪い、と轟くんは素直に謝った。しゅんとしているらしい轟くんの姿に、あっさり溜飲が下がる。
「……まあ、轟くんも責任感じてるのかも知れないけど、爆豪くんのことは気にしなくて良いんじゃないかな」
途中までの帰り道。二人で歩きながら話す。
爆豪くんだって、轟くんの事情は知ってるわけだし。
たとえ、最後の時に轟くんが左を使ったとしても……本調子じゃない轟くんと戦って、勝っても負けてもそれはそれで納得しなさそうだし。
「爆豪くんも分かってるから、あんなに荒れてるのかもねー……」
勢いで預かってしまった金メダルをどうしたものかと、リボンを掴んでぶんぶん回しながら言った。
「……爆豪のこと、よく理解してるんだな」
ぴくり。今度はその言葉が私の怒りを買う。
「はあぁ!?爆豪くんのことなんて1ミリも理解出来ないよ!!」
そこ勘違いされると嫌だからここは全力否定。
そもそもなんであんなに強さとか勝利に固執してるのか理解不能だし!(性格が"個性"に引っ張られてるんじゃないかと思ってる)
「理解したくもないね」
「……。そうか。なんかわりぃ」
本当だよぉ〜
「私としては轟くんもよく分からない人の括り」
青山くんと同じ。
「……よく、言われる」
よく言われる!そう言った轟くんが少し面白くて、ふっと笑ってしまう。
確かに周囲はそう思うだろうな。
背景には複雑な家庭環境があったといえ。
授業とかの関係以外は話さないし、もちろん自分の事も話さないから、クラスでもクールなイメージがついているし。
「でも、今は私。轟くんのこともっと知りたいと思うし、助けになりたいと思ってるよ」
憎いだけだった"個性"と向き合った轟くん。
過去を乗り越え、新しい一歩を踏み出そうとしている。私は、そんな人の味方になりたいし、助けになりたいと思う。
(あの時、差し出された手を私は掴んだ)
私がそうしてもらったように。
今度は私がもう片方の手を誰かに差し出して、誰かに恩を返していけたら、きっと素敵な事だから……。
「私にできることがあったら言ってほしいな」
そうじゃなくても同じクラスメイトで席が近い、若干隣同士。友達の力になりたいと思うのは、きっとごく自然なこと。
「明日……、母に会って来ようと思う」
唐突に切り出した轟くんの言葉に驚き、目を見開く。
「……お母さんとはいつから……?」
「俺に火傷を負わせた後、入院させられてから一度も会ってない」
――自分の存在がお母さんを追いつめてしまうから、会わなかった。
(……ねえ、轟くん。そんな風に思える君はすごく優しいんだよ)
轟くんが追いつめたんじゃない。
お母さんを恨んだって悪くない。
「母は、きっとまだ俺に……親父に囚われ続けてる。だから、俺がこの身体で全力で再び"ヒーローを目指す"には会って話を……」
「……うん」
「たくさん話をしないと、だめだと思ったんだ」
夕陽が轟くんの横顔を照らす。
「たとえ、望まれてなくたって救け出す――それが俺のスタートラインだと」
それは轟くんが表彰式でオールマイト先生に言ってた"清算"だ。
「そう、思った」
(オールマイト先生が言ってた通りだ)
こちらを見る轟くんの顔を見て思う。
「轟くんが決意したことなら、それは轟くんにとって正しいことだよ」
長年、会っていないお母さんに会いに行く決意をしたのは、すごく勇気がいる事だ。……でも。
「大丈夫」
轟くんなら。轟くんのお母さんがどんな風に思ったとしても、今の彼ならきっと受け止められる。(それでも。もし、必要なら……)
「――お母さんに会いに行こう!」
口を衝いて出たそれは、まるで私も一緒に行くというように取れる言葉。
今度は轟くんが目を見開く。
感情が先走った。今のは違って……と口籠ると、その顔がフッと綻んだ。
「――……ああ。一緒について来てくれるか」
今度は私が、再び目を見開く番だ。
「……うん!」
嬉しさが込み上げてきて、大きく頷いた。
「なら、待ち合わせは最寄りの駅でいいか?」
「もちろん。その駅なら横浜からもそう遠くないし」
話がとんとん拍子に進み、待ち合わせ時間を決める。
途中、轟くんが何かに気づいた顔をした。
「連絡先、交換しといた方がいいな」
「?轟くん、A組のグループメッセージに参加してるからそこから私とやりとり出来るよ」
A組クラスメイトの連絡網。
たまに皆で他愛ない会話して盛り上がったりするけど、そういえば轟くんは参加しているとこは見たことなかったかも。(爆豪くんは切島くんの呼びかけでたまにいるけど)
「俺と結月は友達じゃねえから……」
「え!私と轟くんは友達じゃないの……!?」
この流れで突然のカミングアウトにショックを受ける。
友達だと思ってたのは私だけだった!
「前に上鳴に言ってただろ」
上鳴くん?……ああ!噛み合わない会話にやっと思い出した。
「あれかぁ、よく覚えてたね、轟くん。今は解除したからメッセージ届くよ」
「……友達になったということか?」
「まあ、そんな感じかな」
「家族としかやりとりしたことがねえから、その辺はあまり詳しくねえ」
さらりと言ったその言葉に、轟くんの今までの学生時代が見えた気がした。
きっと、それが今までの轟くんの当たり前だったんだ。
「じゃあ後でメッセージ送るね。そしたらやりとり出来るから」
「おう」
これからの学生生活は……
「……これって、緑谷とも連絡できるか?」
「もちろんできるよ!……でっくんはこのオールマイトのアイコンの〜〜」
また違った、轟くんにとってより良いものになると良いな。
「ありがとう、轟くん。港まで送ってくれて」
「別に大したことじゃねえ」
じゃあ、明日――と別れる。「結月」少しして呼び止められて、振り返った。
「……いや、また明日」
「?また、明日」
轟くんに手を振る。到着している定期便のフェリーに向かう途中、この日の海は、なんだかいつもより穏やかに見えた。
「遅い!」
穏やかでない顔が待っていた。
「龍くんっ?」
「理世ちゃん、お疲れさま」
「敦くんも!」
船着き場に佇む黒と白の二人のヒーロー。目立つ。フェリーに乗り込んだ人たちから注目を浴びている。
「二人も警備、お疲れさま」
そういえば、敵の襲撃もなく、無事に体育祭が終わって良かった。
どうやら、二人は私を待っててくれたらしい。
「どうせ横浜に戻るなら一緒に帰ろうって思って。一応連絡も入れたんだけど……」
「あ、ごめん。気づかなかった」
本当はスカートのポケットに入れてたからバイブで気づいたけど、立て込んでたから見る余裕がなかったというか。
「早く乗り込むぞ。そろそろ出港する」
龍くんと敦くんの後に続き、フェリーに乗船した。
「理世ちゃん、体育祭3位おめでとう!あんまり活躍見れなかったから後で録画でちゃんと観るね」
程なくしてフェリーは出港し、デッキのはじっこで三人で並びながら話す。
「……まあ、褒めてやらんこともない」
優しい敦くんはともかく。厳しい龍くんが珍しい。しかも優勝じゃないのに。(フェリーが横浜に着くまで嵐が来ないと良いけど)
「銅メダルもらったよ!」
二人は金も銀も取っているから、逆に銅は珍しいんじゃないかと思って取り出して見せる。
「「金メダル!?」」
「あ、間違えた。こっち」
「ちょっと待って!その前になんで金メダルを?」
「金メダルはあの悪鬼羅刹の悪ガキのものでは?」
「(常闇くんと同じ例え方!)色々面倒なことになってね〜」
この金メダルは紛らわしいから家に帰ったら丁重にしまっておこう。(そして忘れるというオチ)
「思い出すなぁ、雄英体育祭」
海を眺めながら敦くんが言う。
一年目は敦くんが優勝で、二年目は龍くん。三年目は再び敦くんが優勝した。(何気に敦くんは普段はちょっとヘタレなのに本番に強い。タフネスだし)
「ふん。最後の三年目、僕は貴様に報いを返しておらぬ。今ここで返すか」
「「待って。船が沈む」」
せめて陸地で。むしろもうコンビ組んでるんだし、水に流そうよ……海だけに。
「二人が毎年、体育祭に向けて張り切ってる理由が分かった」
観てる側としても十分楽しかったけど、
「体育祭、すっごく楽しかった!!」
実際に自分があの場に立って……。
皆と競い合って、応援して、全力で戦って。
敦くんと龍くんの顔が綻ぶ。特に龍くんはレアだ。これは本当に嵐が来るんじゃ……。
「毎年、種目が変わるから来年もきっと楽しいと思うよ」
「来年は優勝目指しちゃおうかな〜なんて」
「大口を叩くならそれ相応の実力を身に付けてから言え」
「いひゃいっ」
龍くんに頬をぎゅっと引っ張られる。痛いからやめて!
「まあまあ。そこは有言実行ってことで」
引っ張られた頬っぺたを撫でていると、敦くんが笑いながら言った。
「あ、安吾さんから電話だっ」
震えるスマホに画面に表示された名前。
応答ボタンを押して、耳に当てた。
『ああ、理世ですか。体育祭、お疲れ様です。3位おめでとうございます』
すばらしい成績ですね――そう褒めてくれる安吾さんの言葉は嬉しいけど、何だか後ろの慌ただしさに気になる。
「安吾さん、取り込み中?」
そう聞くと『実は……』安吾さんは申し訳なさそうに切り出した。
『緊急な事件の調査が入ってしまいまして……。本当は今晩、理世のお祝いをしたかったのですが、帰って来れそうにありません』
本当にすみませんと謝られる。
「なんだぁそんなことね」
対して私はからりと笑ってみせた。だって、安吾さんが多忙なのは知っているし(社畜)重要な仕事だから優先なのは当然で、全然構わないのに。
「大丈夫だよ〜安吾さんが仕事をこなして、ちゃんと元気に家に帰って来てくれれば私はそれで良いよ」
『それは、もちろんお約束しますよ』
安吾さんが受話器越しに笑ったのが分かった。
「安吾さん、お仕事?」
「うん、緊急な事件みたい。家には戻れなさそうだから、太宰さんと織田作さんにお祝いしてくれるように頼んだって」
「太宰さん……」
お祝いって言っても優勝じゃないし、ちょっと大袈裟だなぁとも思うけど。
「二人は?夕飯食べにおいでよ」
龍くん、太宰さんに会いたいみたいだし。
「……敵次第だな」
「だよな」
少し残念そうな龍くんに、同様に敦くんが隣で頷いた。う〜ん確かに。体育祭の警備は終わったけど、ヒーローに休みはないに等しい。
5月とはいえ、陽が落ちれば海風は冷たい。船内に入り、座席に座る。
「着いたら起こしてあげるから、理世ちゃん寝てて良いよ」
船の揺れと、敦くんの穏やかな声が心地良く。「う、ん……そうする……」うとうとしてた目を閉じると、このまま気持ち良く眠れそう……。
***
この時は、まだ気づかなかった。
安吾さんが動く程の事件。
私はすでに、耳に入れていた事を――。