雄英体育祭、翌日の朝。私は…………
「……痛い。全身が痛い……!」
筋肉痛に、悶えていた。(普段、使ってない筋肉を使ったため)
どうにかベッドから起き上がり、とりあえず湿布を貼ろうとリビングに向かう。ふあとあくびが出た。(結構遅くまで騒いでたからちょっと寝不足)
昨日は太宰さんと織田作さんだけじゃなくて、武装探偵社の皆もお祝いに来てくれて――……
「理世ちゃん、3位おめでとう!」
「兄さまのお手製料理をお持ちしましたわ!」
「僕は実家から送られて来たお肉をお持ちしました!」
「俺はケーキを買ってきた。社長からのお祝いだ」
潤くんとナオミちゃん、賢治くんと国木田さん。
純粋に祝いに来てくれた人たちと。
「やあ、理世。暇だから遊びに来たよ!」
乱歩さんはただ単にお祭り騒ぎしたい人。
「めでたい日にはやっぱりこれじゃないかい?」
一升瓶片手にやって来た与謝野先生はただ単に呑みたい人。
昨日は横浜の治安も平和だったから、途中から敦くんと龍くんも来てくれて楽しくはあったんだけどね……
「ほら、国木田ぁ!お酒足りてないンじゃないか」
「国木田くぅん、せっかく与謝野女史が注いでくれてるのに呑まないのかい?私、国木田くんのかっこいい所が見たいな〜」
「……お、俺はこれ以上は……!」
「だざいさん!!やつがれはまだまだいけます!」
「芥川もうやめとけって!呂律も回ってないし」
「「…………………………」」
その光景を潤くんとドン引きして見ていた。(賢治くんはニコニコ見てる)
いや、お祝いって大袈裟だなぁって自分で思っていたけど、主役そっちのけでこれはどうなのかなって。
「だいぶ呑んでるのに、太宰さんと与謝野先生はまったく顔色変わってませんね」
「潤くん、あれアルハラだよアルハラ。探偵社アウトだよぉ」
「うん。ボクらの会社もコンプライアンス部門が必要かも知れないね……」
それはそれで違反ばかりになりそう。太宰さんが。
「ほらほら次、君の番だよ!」
「あ、はぁいって、いつの間にキングボンビーついてるし!ちょっと目を放した隙に乱歩さんどうやって……!?」
「ふふ。ゲームでも手は抜きませんことよ」
「ナオミちゃんもグル!?ひどい!」
「キングボンビーがつくとどうなるんだ?」
「ええと……なンていうか、簡単に言うと色々不幸が訪れると言いますか」
「それは嫌だな……ついたらどうすればいい?」
「織田作さん。一応言っておきますけど、ゲームの話ですよ〜」
「ゲームの話か」
――キングボンビーが現実についたら嫌だという話ではなく。
ああいう大人(アルハラ)にはなりたくないなという結論。(酔っ払いに絡まれて国木田さん可哀想に……今日無事に出勤できたかなぁ二日酔いとか)
国木田さんの事だから「予定は狂わすまい!」って、這ってでも出勤してそうだけど……。
(……あれ?)
リビングの方から人の気配がする。皆は昨日のうちに帰ったし、もしかして安吾さんが帰って来て……
「あ、理世、おはよう。思ったより早く起きたわね」
青い鮮やかな髪をまとめて、いつものスタイリッシュスーツではなく、ラフな格好にシンプルなエプロン姿。
「深月ちゃん?あれ、どうしたの?」
普通に朝食の準備をしているらしい深月ちゃんが、普通にそこに立っていた。
「坂口先輩が『理世はああ言ってくれましたが、気丈に振る舞っているだけかも知れません……!』って心配してたから、私が代わりに様子を見にね」
「……。なるほど」
辻村深月――深月ちゃん。
安吾さんの後輩、つまりは特務課の優秀なエージェントだ。
「……深月ちゃん。なんか焦げくさくない?」
「あー!パン焼いてたの忘れてた!」
……こう見えても。訓練生時代に若かりし頃の安吾さんに引き抜かれたぐらいには。(ちなみに安吾さんは高校時代にスカウトされたという。最年少参事官補佐!)
私が安吾さんと暮らすようになった際に、同性の相談が出来るような人がいた方が良いという事で、何かとお世話になった人。
最初の頃は安吾さんが仕事で帰って来られない時に、お泊まりしたり一緒に過ごしてくれたから、ここにいるのに違和感はない。(今思えば、その頃は深月ちゃんは新米だったから仕事の一貫だったのかも)
私にとっては年の離れたお姉ちゃんみたいな存在だ。
今は危険な"個性"を持つ"探偵"の監視役を務めていて、最近は滅多に会えなかったから会えて嬉しい。
「ごめん……。目玉焼きの黄身、くずれちゃった」
「大丈夫っ口に入れば一緒」
しょんぼりする深月ちゃんの変わらない姿に笑った。
「安吾さんから見て、私はどういう風に見えてるのかな。そんな健気キャラじゃないのにね〜」
いただきまーす、と深月ちゃんが用意してくれたちょっと不恰好な朝食をいただく。(焦げたパンはちゃんと深月ちゃんが食べるらしい)
「私もそれ言ったんだけどね」
さらりと言った言葉に気にせず「だよね〜」と相づちを打つ。
「でも、深月ちゃんは綾辻先生の監視は大丈夫なの?」
深月ちゃんの監視対象の綾辻行人先生は……探偵でありながら『第一級危険個性』を持つ超危険?人物だ。(ちなみに私は『第一級稀少個性』治癒系統もこの括り)
"個性"の詳細は知らないけど、綾辻先生本人とは昔会った事がある。
『……ほう。君が坂口くんが引き取ったという娘さんか』
ハンチング帽に遮光眼鏡。眼鏡の奥の目がどこまでも鋭くて、目で人を殺す"個性"かと一瞬思ったほど。
「いや、物理的に無理で……」
「へ?」
私の問いに深月ちゃんは頭を抱えながら話す。
「綾辻先生が人形愛好家なのは知ってるでしょ?何でも日本海に来る船上オークションで、珍しいアンティーク人形が出品されるらしいの。それを耳にした綾辻先生は、特務課の目を掻い潜り……」
深月ちゃんは一旦コーヒーを飲んで、そこで言葉を切る。そこまで聞いて、すでに私の顔も引きつっている。
「今は瀬戸内海のどこかの上」
苦々しい顔をしたのは、コーヒーのせいじゃないのは確かだ。
「それって、すごくまずいんじゃ……」
「そう!特務課的には非常にまずいんだけど、法律的には個人の自由を拘束する法はないし、今は人権団体もうるさいし……。だからと言って、万が一何か事件が起きて綾辻先生が関与していたら、責任は特務課に来るという際どい状況!」
「特務課、司法省と仲悪いもんね……」
文部科学省もそうだけど、"個性"に関する法律も国が追い付いていない部分は多い。
「でも、綾辻先生も分かってるだろうし、その辺りは大丈夫じゃない?」
「甘いわね、理世」
深月ちゃんの目がキラリと光った。
「綾辻先生は自分が不利な状況にならないとなれば、自ら事件に巻き込まれに行くに決まってる!」
「……。それは困ったね」
深月ちゃんの力説。苦労しているんだろうなと今の会話でよく伝わった。
向いてる方向が違うけど、乱歩さんと同じようにクセが強そうなのは分かる。(探偵ってみんなこうなのかな……)
「じゃあ、事件が起きないように祈るしかない的な……」
「ええ、祈ってて!」
船上オークションに希少なアンティーク人形。そこに乗り合わせた探偵……ミステリー好きとしてはそそられる舞台だ。
「そういえば、理世は今日は何かあるの?」
「うん。友達が病院にお母さんのお見舞いに行くから付き添いに」
「そっか」
その笑った深月ちゃんの顔は、なんだか嬉しそうな顔だった。
両親の"個性"事故の影響で、小学生時代は虐め……とまではいかないけど、周りから距離を置かれていたのを知っているからだろう。
環境が変わって、中学で新しい友達ができた時は、私以上に深月ちゃんが喜んでくれた気がする。
「だから深月ちゃんはもう帰っていーよ」
「言い方ー!」
怒る深月ちゃんに私はくすくすと笑った。
この感じが懐かしくて、ちょっと怒られたかったって言ったら、今度は呆れられるかな。
***
(この電車を乗り継いで……)
轟くんとの待ち合わせ場所へと向かう。時刻は予定通り。
今日の私は完璧である。理想という手帳が似合うほどに。
何が完璧かというと、変装だ。
(キャスケット帽と遮光眼鏡で……綾辻先生風スタイル)
昨日の今日で声をかけられるのは想定の範囲だ。
特に私は目立っていたと思うし!
いちいち声をかけられたら煩わしいので、変装してみた。昨日の体育祭のイメージとはがらりと違うからか、今のところ誰にも声をかけられてはいない。(それはそれでちょっとさびし……いやいや)
もうすぐ轟くんとの待ち合わせの駅だ。
メッセージを送ったら「中央口を出た所で待ってる」と返って来た。
轟くん、早い。私も約束より5分前に着く予定で来たけど。
駅に着き、中央口を出ると、轟くんの髪色は目立つからすぐに分かった。
「と………」
声をかけようとして、ぴたりと立ち止まる。
そうだった、忘れていた……重要なことを。
「轟くん……だよね。雄英の」
「昨日の体育祭、見たけどすごくかっこよくて〜感動しちゃって〜」
――轟くんがイケメンということを!
(見事にキラキラ女子に逆ナンされてる……。他の子たちもチラチラ見てるし)
そりゃあそうか。昨日の雄英体育祭の準優勝のイケメンが一人で無防備に立っていたら。(動じない轟くんさすが。これが上鳴くんだったら舞い上がって一気にウェイモードになりそう)
「良かったらこれから一緒にお茶でもしませんか?」
「いや、わりィけど……」
「あ、待ち合わせ?もしかしてカノジョ!?」
(うあぁ、このタイミング……非常に出ていきづらい!)
変装で私だとすぐには分からないだろうけど。このまま見ていてもどうにもならないし、仕方ないな……。
「じゃあせめて連絡先を――あれ、消えた!?」
「うそうそ!どこ行っちゃったのー!?」
ちょっと強引なやり方だけど、轟くんの後ろにこっそりテレポートして、そのまた轟くんを触れてその場から離れる。
これが一番、荒れない方法。
しつこいナンパとかに会った時の、私の常套手段だ。
「…………結月か」
「この"個性"は滅多にいないから私だね〜」
「普段と雰囲気が違うから一瞬分からなかったぞ」
「変装してるからね〜」
轟くんは突然のテレポートより、私が誰か分からず驚いたらしい。
「変装?敵にでも狙われてるのか」
「まあある意味敵と同じぐらい厄介かも。轟くんも今あったでしょ、ナンパ。あと声かけとか、それ対策」
「……ああ、昨日の体育祭か」
何て事ないように轟くんは言った。
「俺もあんな風に声をかけられるとは思わなかったな」
「いやいや、逆だよ!轟くんはもっと自分の見目が良いことを自覚しても良いんじゃない?」
「この火傷の痕もあってか、女子にはよく怖がられてたと思うし、それはねえと思うけど……」
変わらない表情でさらりと言った轟くんにはっとする。
今、私、嫌なことを言った。
「ごめん、轟くん。無神経なことを言って……」
せっかく一歩を踏み出そうとする轟くんの、足を引っ張るような事を。
「?謝るようなことは言ってねえだろ。別に俺は気にしちゃいねえ。これから、この痕も全部ひっくるめて清算しに行くんだしな」
――一緒について来てくれるんだろ?
その言葉に「うんっ」頷いて、歩き始めた轟くんの背を追った。
「病院までは無料送迎バスが出てるみたいだね」
えっと、バス乗り場は……
「徒歩、30分だから歩いて行ける距離だな」
………………うん?
「あのぅ轟くん。バスで行かない?私、昨日の体育祭で筋肉痛が酷くて」
「そうなのか。なら、乗り場はあっちだ」
轟くん……あえてつっこまなかったけど、私が平均基礎体力があったとしても。
徒歩30分は、普通、歩く距離じゃないから……!
「筋肉痛か……ガキの頃になった以来してねえな」
「……。だろうね、轟くん」
程なくして無料送迎バスが到着して、乗り込む。
轟くんと隣同士、空いてる席に座った。
案の定というか何というか、他の乗車した人たちの視線を感じる。
視線の先は轟くんだけど。
幸い行き先が病院だからか、落ちついた人たちが多く、騒ぎにはならずに体育祭を見た感想や、応援の言葉が何回か飛び交ったぐらいだ。
隣の轟くんの視線を感じて「?」首を傾げた。
「いや……おまえ、本当にバレねえなと思って」
まったくね!
「なんだかちょっとさびしくなってきちゃった」
「眼鏡を外してみたらどうだ?」
「じゃあ轟くんが代わりにかけてみて」
「初めてかけるな」
「似合う!」
「そうか?……気づかれねえな」
「ちょっと帽子も脱いでみようか」
「おう」
「「あ、テレポートガール」」
そうバス内から急に声があがって、私は思わず吹き出して「どうも〜」と挨拶した。
「やっと気づかれたな」
「気づかれてなんか安心しちゃった」
轟くんとそんな他愛ない会話をして、バスは病院へと到着する。
郊外から離れた、自然に囲まれたこの病院なら、養生するのにぴったりな空間だと思った。
病院の敷地内へと足を踏み入れる。
「なんでだろうな」
轟くんがぽつりと言った。
「さっきまで何ともなかったのに、急に緊張して来るのは」
素直な言葉に、その表情を見て、私も緊張が移りそうになる。
その肩をぽん、と叩いた。
「そういうもんだよ〜」
意識的に明るく言う。緊張は笑い飛ばすのが一番だと思うから。
「大丈夫。まだ口から心臓が飛び出してないから」
「おまえは飛び出したことがあんのか」
「私もまだないかな」
病院内へと入ると、広く清潔な空間だ。受付へと向かう轟くんに、出迎えてくれた看護師さんはちょっと驚いてるようだった。
轟くんのお母さんの入院先は315号室らしい。
受付を済ませ、エレベーターで三階へと向かう。
他の患者さんも乗っているので、なんとなく私語は慎み、無言で三階に着くのを待った。
その時間が、やけに長く感じられた。
「轟くん。待合室があるみたいだから、私はそこで待ってるね」
立ち止まって切り出したのは、部屋の少し手前で。
「ああ。……行ってくる」
轟くんの顔は、緊張はしているけど、どこか凛々しい表情だった。
大丈夫――。そうは思っても、どうか上手くいきますように、と願わずにはいられない。
スライド式のドアの前に立ち、ノックをしてから、轟くんは引き戸に手を伸ばす。
その扉を開けるのに……少しだけ躊躇った手が、震えているのが分かったなら。
「……大丈夫だよ、轟くんなら……」
自然と出た小さな声はどうやら伝わったらしい。
こちらを見て、轟くんは小さく微笑む。
覚悟を決めたように息を吐き出してから、その手は戸を開く――。
(……さて。私は轟くんが戻って来るのを待つだけだ)
明るく、穏やかに過ごせるようにイメージをしたのだろう、待合室の隅のソファに座る。
そして、待っている間に読もうかと鞄から本を取り出した。乱歩さんの友人である、ポーさんの新作の推理小説だ。
たくさん話さないと――そう轟くんは言っていた。
なら、少し時間がかかるだろう。本を膝の上に乗せる。
読もうと思ってたのに、開く気が起きず……そのままぼぅと表紙を眺めていた。
「――おやァ、誰かと思ったら、理世じゃないかい。昨日ぶりだねェ」
「与謝野先生?」
気が付けば……そこには白衣を着て、後ろで髪を束ねた与謝野先生が目の前にいた。
どうしてここに?と驚きながら聞くと「妾は医者だよ、病院にいたらおかしいかい?」逆に聞き返された。
「今日は勉強会があってねェ。それでここの病院まで足を伸ばしたってわけさ」
隣に自然な流れで座る。
与謝野先生は探偵社の仕事の片手間で、そういった勉強会に参加したり、病院へヘルプにもよく行くという。
強すぎる"個性"に使用を制限されているから。
その"個性"を使わずにも人を救けられるように、努力されているのだろう――そう国木田さんが前に言っていたのを思い出す。昨日の一面とは、正反対の姿だ。
「二日酔いは大丈夫だったんですか?」
「いやァさすがに今朝起きたら頭が痛くてねェ。久しぶりに薬を飲んだよ」
当の本人はからりと笑う。むしろあれだけ飲呑んで、その程度で済むとかどんだけお酒に強いんだ。
ザルと言われる太宰さんとどっこいどっこいじゃ……。
「で。アンタの方はここで何をしてるんだい?知り合いの見舞い?」
「友達のお母さんがここに入院してるんです。それで……」
「なるほど、付き添いってわけかい」
はい、と頷く。
「……って言っても、私が強引について来たみたいな感じなんですけどね」
苦く笑いながら。
「色々事情があって、話を聞いて……。今日会いに行くって決意した姿を見たら、なんかいても立ってもいられなくなっちゃって――思わず会いに行こうって言ってました」
あの時は考えるより、言葉が口から出た気がする。
「そのわりには、珍しく暗い顔をしてたじゃないかい?」
その言葉にどきりとした。暗い顔してたかはともかく。図星を突かれた気がして。
「妾が聞いてあげるから、思ったことを全部白状しちまいな」
白状って……女の勘の鋭い与謝野先生に、きっと隠し事は通用しない。
「……思ったこと……」
無駄な抵抗はやめて、早々に口を開いた。
「……力になりたいと思ったのは本当なんです」
でも。とこかで自分との境遇を比べて……お母さんと和解してほしいと思った。
酷い仕打ちをした父親は仕方ないけど、生きて会えるうちに、なんて一方的な感情を重ねて。
「会いに行こうと思って、会いに行けるってことに羨ましく思ってる自分にも気づいて……自己嫌悪してまして……」
今度は自嘲めいた笑いだ。
轟くんの過去を知っておいて、自分でもそれは筋違いの感情だと思うのに。
「アンタが感傷的になるのも仕方ないンだよ」
与謝野先生は言う。
「"まだ五年しか"経ってないンだから。思い出して泣くくらい良いじゃないか」
「……」
口調は変わらないのに、与謝野先生は優しい声色だから……
「あとは時が解決してくれるさ。慣れるとか忘れるとかじゃないよ。ゆっくり受け止めていくって意味だ」
人に優しくされると、涙が出てくるのは何故なんだろう。辛い言葉をかけられた時の方が、よっぽど我慢できる。
「ヒーローの卵だろうと、急いで大人になろうとしなくていいンだよ。まァ、その子が帰ってくる前に涙は引っ込ませた方が良いかもね」
「……はい……。って、言ってることがさっきと逆じゃないですかぁ」
泣けばいいとか、涙を引っ込ませろとか。いや、笑ってないでですね。
(……轟くん。お母さんとたくさん話、できたかなぁ)
「結月。待たせた……」
「あっ轟くん、おかえり!」
しばらくして戻って来た轟くんを、ぱっと笑顔でお出迎えする。
横で「本当に涙を引っ込めたねェ」と、与謝野先生が感心したような呆れたような口調で呟いた。(言った張本人!)
轟くんは当然、私と一緒にいる与謝野先生を見て不思議そうな顔をしているので。
「こちらは与謝野先生。横浜の武装探偵社の専属医で、さっき偶然ここで会ったの」
そう簡単に紹介する。轟くんは「あの武装探偵社の」という顔をしてから「どうも」と、ぺこりと頭を下げた。
与謝野先生の方はというと「ああ、昨日の体育祭の2位の子かい」と言ってから、ふーんとかヘェとかなるほどねェとか、何やら勝手に納得して笑っている。
なんなの!?
「妾はこれで失礼するよ。この子、こう見えて難儀な子だから、これからも仲良くしてやってね」
ぽん、と肩に手を置かれた。
「いやいや、難儀な子って」
「はい。俺でよければ」
さらりと答える轟くんに、気恥ずかしくなる。
与謝野先生はその言葉に満足してか、にこっと笑ってからその場を離れて行った。
「……難儀な子なのか?」
その後ろ姿を見送ってから聞いてきた轟くんに「そんなことよりも」と、その質問にはスルーだ。
「……お母さんと、話せた?」
そっちの方が何倍も重要。
「ああ」
どこか晴れやかな顔で、轟くんは頷いた。
「驚くほどあっさりと笑って、赦してくれたよ」
――ぽつりぽつりと、轟くんはあった事を話してくれる。
お母さんが泣いて謝ってくれたこと。
会いに来てくれたことを喜んでくれたこと。
そして。
『大きくなったわね――焦凍』
成長した姿を見て、驚いて、名前を呼んでくれたこと。
「幸せであり、救いになるって……」
轟くんが何にも捉われずに、つき進む事が。
そして、その言葉は轟くんも救った。
「良かったね……!本当に良かったよ」
轟くんがお母さんを大切に思っていたからこそ、ずっと苦しんでいたのだから。
できる事ならば、家族は分かり合えた方が良い。
「……ありがとうな、結月」
穏やかな顔で轟くんは言う。ゆるゆると首を横に振った。
嬉しいのに、素直に受け取れなくて。
「私は勝手について来ただけだし」
肩を竦めて言う。それを見て、轟くんはフッと笑った。
「当たり前みてえな顔してついて来て、今さらかよ。結月がいてくれて良かったと思ったから礼を言ったんだ。素直に受け取っとけ」
あの時、俺の背中を押してくれたのは誰でもないおまえだろ?――そう言われてしまえば。
「……ずるいなぁ、その言い方」
私も笑うしかない。
……うだうだ考えるのは止めにしよう。
せっかく、轟くんが自らのスタートラインに立ったのだから。
「結月」
「ん?」
「……何かあったら俺を呼べよ」
少しだけ目線を外して。照れくさそうに轟くんは言った。
「うん、呼ぶっ」
分かるよ、轟くん。結局、皆思う事は一緒。
(――誰かの力になりたい、救けたいって思う気持ちは)
私も轟くんも、でっくんも、みんな……。
私たちは、"ヒーロー志望"なのだから――。