引きこもりハッカー

 どんなにヒーローが活躍しようとも……
 例え、"平和の象徴"と呼ばれるオールマイトを越えるヒーローが現れたとしても。
 この先、ヴィランの脅威が絶える事はないだろう。

 "個性"と人間が、存在しうる限り。

『週刊ヒーロー社会 BLUE』編集長、蒼之使徒氏より――。


「「ヒーロー殺し」が……」

 私がその名を聞いたのは、ニュースを見るより先に、安吾さんの口からだった。

「ええ。私は今、そのヴィランの動向を追っています」

 神妙な顔をしながら、安吾さんはスーツの上着を脱ぐ。
 夕飯を食べに一時期帰宅をしたのであって、今夜も徹夜らしい。
 超優秀な安吾さんは、彼しか対処出来ない案件を常にいくつも抱えている。

「ヒーロー殺しが現れた場所は東京の保須市。複数のヒーローを襲撃しました」

 ネクタイを緩め、椅子に腰かける安吾さん。私もお茶を二つ用意してから、テーブル越しに向き合うように座った。

「ニュースでも流れますが……、その中には、理世のクラスメイトのお兄さんがいます」

 心臓がぎゅっとなる。心当たりがあるなんてものじゃない。

「飯田くん……インゲニウム……っ」
「……知っていましたか」
「体育祭で、飯田くんのお兄さんがヴィランに襲われて早退したって聞いて……」

 そのヴィランがまさか、あのヒーロー殺しだったなんて……。
 
「お兄さんは……」

 恐る恐る、安吾さんに聞く。通称ヒーロー殺し――ステインは、これまでに17人を殺害、23人を再起不能に追い込んでいる。

「命は、取り留めました」

 その一言に安堵したのは、一瞬だけだった。

「ただ、ヒーローとしての今後の活躍は……」

 眼鏡の向こうの目が伏せる。
 ヒーローはいつだって危険や死と隣り合わせだ。
 ……そんな事は分かっていても。

「……っ」

 他人を傷つけ、大切なものを奪うヴィランを、許せないのは変わらない。

「理世。今から話すことは、まだニュースに流れていない内密な情報ですが、あなたにも少なからず関わることなので話しておきます」

 私が関わる……?首を傾げた。ヒーロー殺しとなんて関わりたくもないけど。

「事件の現場に赴き、私の"個性"を使ってヒーロー殺しを追跡してたのですが、途中で敵の追跡は不可能になりました」
「……?」
ヴィラン連合と名乗った黒霧の"個性"によって、その場から消えたのです」
「……!」

 黒霧――まだ新しい記憶に、忘れもしない名前。
 ワープで移動したなら、安吾さんの記憶抽出もその場で途切れてしまう。

「それって、ステインがヴィラン連合の仲間だったてこと……?」

 単独犯だと思われて来たステインが。

「まだ断定はできません。むしろ、見えた光景からその可能性は低いように伺えました。連合がステインを仲間に取り入れようとしている可能性が高い」

 ヴィラン連合が仲間を増やしているということ?それも強力な……――

ヴィラン連合って名の通り、奴らがまだ弱いままで良かったねー』

 その時、乱歩さんが言っていた言葉をハッと思い出す。(そういう意味だったのね、乱歩さん)

「あなたは主犯と思われる死柄木弔から、組織への勧誘を受けましたね。その真意が動揺を誘う為か、気まぐれなのか本気なのかは不明ですが、何にせよあちら側が不穏な動きをしているのは確か」

 安吾さんが言いたい事は分かった。

「行動を制限しろ、とまでは言いません。念の為、暫く周囲を注意して下さい。異変を感じたらすぐに、私や太宰くんに連絡すること」
「はい」

 安吾さんの忠告にしかと頷く。

 今さら向こうから来る可能性も少ないと思うけど、注意をするにこした事はない。

 前代未聞の雄英高校襲撃事件を起こしたヴィラン組織と凶悪な連続殺人鬼……。

 考えただけでも最悪な組み合わせだ。

「……では。食事を頂きましょうか」

 緊迫した空気を解すように、朗らかに安吾さんは言った。

「今日の晩御飯は何ですか?」

 私は小さく笑顔を浮かべて「今日は和食で肉じゃがです」と、答えた。

 安吾さんがお皿を用意し、私が盛り付けて食事をする。
 テレビを付ける時もあるけど、今は消えたままだった。きっと、どこもヒーロー殺しのニュースの話題だろうから。

「……安吾さん。私が飯田くんにできることってあるかな……?」

 今の私ができる事は、心配することしかない。

 連絡も今はするべきじゃないだろうし。(逆に迷惑だよね……)
 明後日、学校で会った時、なんて声をかけたら良いんだろう。

「そうですね……」

 安吾さんは、箸を一旦、箸置きに置く。

「私も正解を言えるわけではありませんが、理世は飯田くんとこれからも友逹であれば良いと思いますよ」
「友逹で……?」
「はい。特別何かを言ったりしなくても、変わらない関係があるというだけで心強いものです」

 変わらない関係……か。

「それって、安吾さんにとっては太宰さんと織田作さん?」

 そう聞くと、安吾さんはふっと綻ぶように笑った。

「そうですねぇ。友逹というには奇妙な関係ですが。織田作さんはともかく。太宰くんが僕を友人と思ってくれているかどうか怪しいところです」

 たまに太宰さんから嫌がらせをされてるからか、そう言って最後に苦笑いを浮かべる安吾さん。
 でも、太宰さんも安吾さんをなんだかんだ友達だと思っていると思う。嫌がらせだって、中也さんに比べれば可愛いものだもの。


 ゆっくりお風呂に浸かって、髪を乾かす。
 安吾さんは、私を一人にする事を心配しながら再出勤して行った。今さらな心配だ。お茶子ちゃんだって、雄英に来て独り暮らしをしている。

 軽くストレッチをした後、ベッドに仰向けになる。湿布のおかげでだいぶ筋肉痛も良くなった。

 天井をぼーっと眺めながら、今日一日を振り返ってみた。

 轟くんは、今後は定期的にお母さんのお見舞いに行くと言っていた。
 あとはお父さん――エンデヴァーとの問題もあるけど、あの体育祭で会った感じでは、轟くんが向き合うだけじゃ難しいだろうな……。(最後はなんか一人で盛り上がってたし)

 飯田くん……。

 スマホで飯田くんの連絡先を見るけど、もちろん向こうからの連絡はない。
 とりあえず、安吾さんのアドバイス通り明後日は友達として普通に接しよう。
 変に気を遣うのは、腫れ物に触れるような扱いで嫌かも知れないし。……私はそうだった。

 手にしているスマホで、今度はヒーロー殺しについて検索する。

 過去の事件についてのまとめや、"個性"の考察。
 ステインの"個性"の詳細は、まだ世間では明かされていない。
 相手の自由を奪う類いの"個性"だと推測されている。

「……あ、雄英体育祭の話題だ」

 そういえば、まだネットのコメントとか見てなかったなぁ。うつ伏せになって、怖いもの見たさでエゴサする。

「…………………………」

 ぱっぱっとスクロールして、ざっとコメントに目を通す。

 …………ふむふむ、……なるほど……。

「…………って、は!?」

 思わず一人すっとんきょんな声を出して、驚きにベッドから起き上がる。

『雄英のテレポートの子って、この子でしょ』

 というコメントと一緒に、一枚の写真が添付されている。
 その写真はランドセルを背負った小学生の私。
 目線など、どこからどう見ても隠し撮りだ。

「…………」

 ふつふつと湧き起こる怒り。

「これ貼ったやつどこのどいつ……!?(いつだコレ!!)」

 ステインが犯した犯罪からしてみれば、些細な犯罪かも知れない。

 でも、犯罪は犯罪。

 貼ったそいつは「他にもあるから欲しければ売るよ」って、ふざけたコメントをさらに書き込んでいる。

「盗撮魔め……!許すまじ……!!」

 ネットポリス?安吾さんに相談?いや、安吾さんは、今激忙しいからだめ。となると……

 ――あ。適任者を知っている。

 ぱっと思い出したその人に、明日会いに行こうと予定が決まった。

(どうせ、引きこもりだから明日も家にいるでしょう)

 正確には「布団の中」に。

 首を洗って待ってなさい、盗撮魔――と、安心して眠りについた。

「スヤ〜……」


 翌日。

 朝御飯を食べて、まずはのんびり掃除をしたり洗濯をしたり、家の事だ。(あまり早くに押し掛けてもあれだし)

 昨日の残りの肉じゃがとご飯をタッパーに詰め、味噌汁をポットに注いで持って行く。
 相も変わらず、ちゃんと食生活を送れていない気がするから。

 場所は武装探偵社の方角で、住宅街をちょっと進んだ先だ。

 テレポートで飛んで行けばすぐ。着いた場所は、ボロボロの二階建てのアパートの前。今時こんなボロボロなのも珍しい。

「こんにちはー!花袋さーん!!」

 ドンドンと薄いドアを叩く。

「ほ、保険なら間に合っている!」

 薄い壁から、か細い声が聞こえた。いや、生保レディじゃないし。

「花袋さん、入りますよ――」

 返事を聞く前に、テレポートで部屋に入る。決して不法侵入ではない。お約束の展開です。
 玄関でちゃんと靴を脱ぎ、ずんずんと狭い廊下を歩いて、スパーンッと襖を勢いよく開けた。

「埃っぽい……!」

 舞う埃を手で払う。

「もう、たまには換気をしたらどうですか。花袋さん」

 腕を組み、見下ろす。膨らんだ布団の塊がモゾモゾと動いた。

「…………なんじゃあ?誰かと思ったら理世嬢か?」
「お久しぶりです、花袋さん」

 にっこりと笑う。この人も変わらないなぁ。

「儂はてっきり知らん女子が入って来たかとつい布団に隠れて……」
「いや、花袋さん。万年布団に籠ってるじゃないですか」

 名前は田山花袋氏。元武装探偵社員で、国木田さんとは十年以来の付き合いらしい。
 今は引きこもり、というのも花袋さんの"個性"は安心した場所……つまり、布団の中じゃないと使えないという。

「して、理世嬢が儂に何の用じゃ?」
「お仕事の依頼です。報酬はご飯と掃除でどうでしょうか」
「……おお、肉じゃが!これぞ家庭料理!しかもご飯に味噌汁付きじゃと……!?」

 交渉成立した。

「むむ……なるほど、盗撮か。それは卑劣じゃ。許せんな!儂の"個性"でネット上に拡散された写真削除に、犯人を突き止めてやろう」

 むしゃむしゃとご飯を食べながら花袋さんは言う。一度ネットに拡散してしまった写真を削除するのは不可能というけど、花袋さんの"個性"ならそれも可能だ。

 いわば最強のハッカー。

 その能力なら犯人を突き止めるのも容易い。
 盗撮をした犯人と、それに群がるロリコンどもを一網打尽だ!

「理世嬢は料理上手なんじゃのう」
「社畜の安吾さんの体調管理しないといけないから、料理は頑張ってます」

 食器を洗いながら答える。家事全般そうだけど、十分過ぎるほど養ってもらっているから、これぐらいの恩返しはしないと。

「えらいんじゃなぁ。学業との両立もあって大変じゃろうに」
「ん〜でも……パルシステム利用してるから買い物行かなくてもいいし……安吾さん、お取り寄せ好きだからよくお総菜が届くし、賢治くんからは野菜のお裾分け貰うし、食器洗い機あるし、ルンバもいるし、洗濯乾燥機もあるしで――あんまり家事は大変じゃないかなぁ」
「……。さすが国家の特務課じゃ……」

 さてと、次はお掃除だ。花袋さんが作業に取りかかっている間、部屋の掃除をしちゃおう。
 
「それで、これがその写真です」

 花袋さんにスマホの画面を見せる。

「ほ〜小学生の理世嬢は愛くるしい小鳥のようじゃな」
「でしょう」

 お父さんが言ってた事は正しかった。
 可愛い子は狙われるのだ。

「よし、この儂にまかせておけ!」
「花袋さん、この布団干したいんだけどないとやっぱりだめ?」
「だめじゃ!儂はよしこに包まれておらぬと"個性"が使えんのじゃあ……!!」

 よしことは、布団の名前である。

 仕方なく布団を干すのを諦め、部屋の散らかったゴミを集めた。
 布団を被る花袋さんの前には数十台のパソコンが並ぶ。
 コミックだけの世界かと思っていたけど、それに触れずとも、花袋さんは同時に操る事が出来るのだ。

「むむ。これは……!」

 しばらくして、花袋さんが何やら呻いた。

「理世嬢!犯人を突き止めたのじゃが、他にもこやつは盗撮写真を撮っておったようじゃ」
「やっぱり!常習犯ね!」
「知り合いのネットポリスに通報しておこう。すぐに逮捕状が出るじゃろ」

 あのコメントに反応した人たちも調べてくれるようだ。

「さすが花袋さん!私がプロヒーローになって、個人事務所もったら在宅で良いからぜひ働いてほしいです」
「なんじゃあ、もう独立とか考えとるんか」
「まだまだ先の、いずれの話ですけど。最初は中也さんの所でずっとヒーローやりたいって思ってたけど、活動が基本横浜限定だから私の"個性"ならもったいないかなって」
「確かに。事件があればすぐに駆けつけられるのは、理世嬢の強みじゃからな」


 花袋さんにお礼を言って、オンボロアパートを後にする。

 さて、これからどうしようかな。

 大体暇だと探偵社に遊びに行くけど……。その時、目の前を小さな子供がきゃっきゃと通りすぎた。

(たまにはあの子たちの顔を見に行くか)


 次の目的地が決まった。


 横浜といえば中華街が有名だけど、カレーのおいしい洋食店が人知れず存在する。

「親爺さん、こんにちは!」
「あら、理世ちゃんじゃない!雄英体育祭見たよ!頑張ってたね!」

 黄色いエプロンがよく似合う、この店の店主の親爺さん。店内にはご自慢のカレーの匂いが漂っている。

「子供たちに会いに来てくれたのかい?」
「うん、そう。ちびっこギャングたちは元気?」
「そりゃあもう。もう五人増えたら明日には銀行の襲撃だってできそうだよ」
「それはヒーロー志望としては見過ごせませんねぇ。……それはそうと、私、お昼まだなんです」

 おいしそうなスパイスの匂いに、急にお腹が空いてきた。

「はいはい。3位のお祝いにカレーご馳走してあげるから、席に着いてちょうだい」
「わーい!親爺さん、ありがとう」

 親爺さんは、さらにおまけで牛すじを多めに入れてくれた。卵とソースをかけて混ぜて、辛いけどとってもおいしい。
 織田作さんはこのカレーが大好物で、辛いのが苦手な太宰さんいわく「ここのカレーは隠し味に溶岩を入れている」らしい。

「――ご馳走さまでした!おいしかった〜」
「良い食べっぷり」

 辛さにかいた汗を拭いて、お冷やで喉を潤す。

「しばらくしたら織田作ちゃんも来るみたいだから、ゆっくりしておいで」

 親爺さんの言葉に笑顔で頷き、外に出て階段を登った。ちびっこギャングたちの根城は、二階のこの廊下を進んだ所だ。
 驚かせようと、ノックなしでドアを勢いよく開けたところ――驚かされたのは、私の方だった。

「あいたっ」

 横から吸盤つきのおもちゃの矢が飛んできて、頭に命中した。

 なんだこれはと足を一歩踏み出したら、ちょうど着地した所に画用紙が。
「へ?」
 クレヨンで塗り潰されており、見事につるっと。

「「突撃――!!」」
「!」

 体勢を崩したところを狙って、一斉に子供たちが飛びかかって来た。

「あれ……いない!?」
「ふふふ、私を捕まえようとは無駄なことよ!」
「……って、理世姉ちゃんかよ!?」
「織田の兄ちゃんかと思ったのに!」
「わあ!理世お姉ちゃん遊びに来てくれたんだ!」
「体育祭、すげーかっこよかったよ!」

 話を聞くと、どうやら対織田作さん相手の作戦だったらしい。
 これは確かに……あと五人といわずに、五年後ぐらいには銀行の襲撃だってできそうだ。

「みんな、見ないうちに成長したねぇ」
「でも、織田の兄ちゃんには全然勝てないんだ」

 うーんと頭を悩ます五人の子供たち。当面の目標は織田作さんに勝つ事らしい。

「それは、君たちに足りないものがあるからだよ」
「オレたちに足りないもの……?」

 クレヨンの活用法など、なかなか良い作戦ではあったけど。

「優秀なブレイン。つまり参謀がね!」

 片目を瞑り、にっと笑った。子供たちも気づいて、同じように悪戯っ子の笑顔を浮かべる。

 さあ、作戦会議の始まりだ。


 ***


 花袋さんのアパートには負けるけど、古い建物は歩く度に床が軋み、ターゲットが来る事を教えてくれる。
 足音がドアの前で止まり、ガチャリとドアノブが回った。

「よう、元気か……、!」

 姿を現した織田作さん目掛けて、天井から吊り下げられた分厚い辞書が襲う。

 その光景はリアルホームアローン。

 さっきの私が受けたトラップと同じような仕掛けで、ドアを開けたら動くピタコラスイッチの要領だ。

 織田作さんはもちろんそれをいとも簡単に避ける。

 ブランコのように後ろから返って来たそれも、見ずに軽々と。……でも、それは、目眩ましの誘導作戦だ。

「えーい!!」

 織田作さんが指定ポイントまで移動したら、物陰から優と咲楽が飛び出して、その両腕に全体重をかけるように抱きついた。

「……む」

 そこにすかさず克己が紐を切り、天井から逆さまにしたバケツが落下する。
 すぽっと織田作さんの頭に被さり、視界を奪った。
 いくら織田作さんでも、視界を奪われ、両手を封じられたら簡単に動けまい。

 そこに幸介と克己が飛びかかって、織田作さんを床に倒せば、我々の勝利――

(って、えええ!?嘘ぉ!!)

 織田作さんは視界が塞がれているにもかかわらず、腕を優と咲楽に抱きつかれたままひょいひょいと二人のタックルを避ける。

 まるで、見えているかのような動き。

 織田作さんの"個性"!?と思ったけど、発動するような条件じゃない……はず。

 そこからは形勢逆転だった。

 腕を上げ下げして、二人の拘束を振り切り。「わっ!」バケツを幸介の頭に被せて確保。

「さあ、おまえたちのリーダーを捕まえたぞ。降参しろ」

 リーダーが捕まったら、我々の敗北である。

「くっそー!次は必ず仕留めてやる!」

 負けず嫌いな幸介の言葉に、織田作さんは嬉しそうに、微かに口元を緩ませた。

「あ〜惜しかったッ!」
「途中まで上手くいったのに〜」
「五人の息がぴったり合った、なかなか良い作戦だった。――後ろに良い参謀がついたな」

 織田作さんは、最後の言葉と共にこちらに視線を送る。
 う……隠れ場所までバレている。
 タンスの中からいそいそと外に出た。

「もうっ織田作さんっ。目隠しされても避けるとか反則ですよ〜!」

 どうやったんですか?って聞くと「経験の差だ」さらりと織田作さんは答えた。
 経験を積んでも、あんな動きはできないと思うけどな……。

「なんだか騒がしいけど、みんなどうしたのぉ?」

 ひょっこり顔を出したのは、六人目の最年長の子。
 小学校高学年なので、皆よりちょっと遅く学校から帰ってきたらしい。

「あ!織田作さんと、理世ちゃんだ!」
「Qちゃん、お帰り」

 黒と白のアシメントリーな髪色と、片目には星が浮かぶ、不思議な雰囲気の男の子。

 夢野久作――通称Qちゃん。

「Q兄ちゃん、お帰り!」
「ただいま」

 出迎えるちびっこたちに、Qちゃんはにっこり笑う。
 最初はどうなる事かと思ったけど、今ではすっかりお兄ちゃんだ。

「あ、そうだ。理世ちゃん、勉強教えて?」

 そのお願いに、二つ返事で頷いた。

 得意科目と不得意科目がはっきり分かれる私だけど、さすがに小学六年生の問題は余裕である。

「Qちゃんも来年、中学生かぁ」

 勉強を見ながら呟く。それに対して、Qちゃんは不満そうな顔をした。

「僕、中学生になりたくない」
「どうして?」
「だって、またみんなから怖いとか不気味とか、"個性"の事で嫌われるから」
「…………」
 
 Qちゃんの"個性"は、意味嫌われる"精神操作"系の"個性"だ。
 心操くんと似てるけど、似て非なるもの。
 自分を傷つけた相手を呪う能力――その恐ろしい"個性"に、両親は幼いQちゃんを捨てたと聞く。

 私は、家族は分かり合えたら良いと思っているけど、その人たちはもう、家族とは呼べない。

「この人形だって可愛いのに」

 Qちゃんは隣に座る人形を見た。

 片足だけの不気味な姿をした人形は「ケケ……」と、笑う。……まあ、最初は怖かったけど、今はコワ可愛いく見えなくもない。
 太宰さんが言うには、これも"個性"の一部らしい。捨てることも燃やせもしない、まさに呪いの人形。

「リボンとかつけてみたらどうかな?」
「あ、それもっと可愛くなるかもっ」

 それでも、本人にとっては大切な人形だ。

「私の学校にもね、違う学科だけど、精神操作系の"個性"の人がいるよ」
「騎馬戦で理世ちゃんと組んでた人でしょ?心操とかいう。でも、僕の"個性"とは全然違うよ。不気味じゃないもん」

 名前まで覚えてるという事は、少なからず興味を持ったという事だ。

「でも、今まで生きづらかったところはQちゃんと似てると思うな。心操くんはヒーロー志望だし」
「あの"個性"でヒーローを目指すなんて、僕だって否定するよ。ヒーローっぽくないもん」

 まるで自分自身を否定するように。

 まあ、Qちゃん自体はヒーローに憧れとか興味がないみたいだけど。
 というより、ヒーローとヴィランという、"個性"ありきの社会自体を嫌っている。

 こんな"個性"を持って生まれた、自分自身も――。

「本人も言ってたよ。それでも、ヒーロー科の試験に落ちても諦めずに普通科に入学して、体育祭の最終種目に残るぐらいにはガッツがあると思わない?」
「諦め悪いだけじゃないの、その人」
「そうだねぇ。今もヒーロー科転入を目指して頑張ってるよ」
「………………」

 何故、私がQちゃんにこんな話をしているかというと。

「もしも……、ヒーロー科に転入して、本当にヒーローになったら、すごくかっこよくない?」

 諦めてほしくないから。

「本当にヒーローになれたら……ちょっとだけかっこいいかも」

 酷い言葉を吐く人はたくさんいる。
 差別だって無くならない。
 でも、希望は忘れてほしくない。

 ここでQちゃんの居場所ができたように、今の学校で友達ができたように。

(今は、Qちゃんの味方だっていっぱいいるから……)

「本当になれたらだよ?ちょっとだけだよ?」
「そうだね」

 照れくさくなったのか、言い直すQちゃんが可愛くて、くすくす笑った。

「もうっそう言う理世ちゃんだってヒーロー志望でしょ。もし、僕がいじめられたら助けに来てね」
「私が助けに行く前に、ちびっこギャングたちが学校に殴り込みに行きそうだなぁ」
「あの子たちなら本当にやりそうだから、困るかも……」

 少しでもQちゃんが前向きになってくれたなら良かった。
 これは何がなんでも心操くんにはヒーローになってもらわないと!

(――ああ、そっか)

『誰かを救ったり、守るだけでなく。希望と夢を与えられることができるのが、ヒーローだと僕は思います』

 それは安吾さんが言っていた、特務課とヒーローの違い。

(むしろヒーローだからこそ、綺麗ごと上等)

 その意味が、やっとわかった気がする。


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