雨降る日

 体育祭の振替休日も終わり――……
 今日の天気は雨だけど、風はないのでフェリーは運行する模様。

「行ってきま〜す!」
「行ってらっしゃい。気を付けて」

 昨夜は帰って来られた安吾さんに、見送られながら玄関を出る。

(今朝、太宰さんから来たメッセージなんだったんだか……)

 エレベーターを待ちながら思い出すのは、やたらテンションが高い太宰さんからのメッセージ。

『グッドモーニング!今朝は雨で水位が増して絶好の入水日和だね。今日の理世は登校が大変だろうから、番犬を用意したよ』

 番犬?なんですか?そう送るも、返事は謎のゆるいスタンプのみ。(入水日和には完全スルー。反応したら切りがない)

 まあ、太宰さんが意味不明なのは今に始まった事ではない。
 そして、そこには意味があったり、なかったり。

(……。なるほど)

 番犬の意味が分かった。

 マンションを出た所に、全身黒づくめの私服の某ヒーローが立っている。

「龍くん?」
「おはよう。行くぞ」

 振り返った顔には遮光眼鏡をかけて、いつもと違う雰囲気の龍くんだ。(ヒーローじゃなければ不審者として通報されそう)

 黒い傘を差し、有無を言わさず歩き始める。
 慌てて私もお気に入りの傘を差して、その後ろをついて行った。

 歩きながら龍くんは、事のあらましを話してくれる。

「太宰さんから任務を授かった。体育祭で理世が注目の的になるはずだから、近寄る虫を抹殺せよ――と」
「いやそれ、絶対曲解してるでしょ」

 任務って。抹殺って。まあ、確かに……龍くんがいたら面倒な声かけとかナンパとかはされないだろうけど。

 ……現に。

「あの雄英の制服の子、テレポートガールじゃね?」
「やっぱ可愛いな〜声かけてみようぜ!」

 ――ぎろり。

「「ひぃ!!」」

 こんな風に。

 ただでさえ龍くんは目付きが怖いのに。
 睨まれたのがちびっこなら確実に泣く。

「こえぇ〜!……って」
「ヒーローやつがれじゃん!(私服の)」
「!?やつがれではないっ!やつがれには黒獣というヒーロー名が……」
「や つ が れ……!!」

 不意打ちな男子学生の言葉に爆笑。やつがれは龍くんの一人称だ。

(何故に一人称がやつがれなのかは、昔読んだ感銘を受けた小説の一人称がやつがれだったらしいとかなんとかかんとか……)

 響きの良さがツボに入って、朝から笑いすぎてお腹が痛い。

「……笑いすぎだ」
「いたっ。ごめんって」

 "個性"で操った服の裾に小突かれた。
 
「あ!!テレポートのおねえちゃんだぁ!」

 今度は真っ赤な傘を差しながら。お母さんの手を引っ張り、女の子がトコトコとこっちに走ってくる。幼稚園の年長さんかな?可愛い。

「む」
「ふ……ふえっ」
「ちょっとちょっと龍くん!」

 慌てて龍くんを窘める。横では「あらあら」と、微笑むお母さん。良かった「うちの子に何して〜」とか怒らない優しそうな人で。

「ごめんね。このお兄ちゃん、怖い顔してるけど、本当は優しいヒーローなんだよ」

 女の子の視線に合わせて屈み、泣き出す寸前のところをどうにか宥める。

「すまん……」

 これには龍くんも素直に謝った。龍くんも条件反射で睨んでしまっただけで、悪気はない。

「……しってる。ヒーローやつがれ」
「……く」
「っ〜そう、ヒーローやつがれこと黒獣ね」

 吹き出しそうになるのを必死に堪えて、やんわり訂正。

「あのね、テレビみたの!テレポートのおねえちゃん、プリユアみたいでかっこよかった!」
(プリユア……!)

 満面な笑顔で言う女の子。今度は龍くんの方がくくっと笑いを堪えている。
 まず、龍くんがプリユアを知っているのに驚きだ。

「がんばってね〜!」
「娘と共に応援してます」

 バイバーイと手を振って親子と別れた。
 これは嬉しい応援。(プリユア……なるほど。たぶん爆豪くん戦を見てかな)
 小さい女の子にはあんな風に見えるのね。

「龍くん、プリユア知ってたんだね」
「銀が小さい頃に好きだったからな」

 銀ちゃん意外!でも、私も小さい頃は見てた気がする。
 雄英まで着いて行くという龍くんを説得し(目立つ!)なんとか雄英最寄りのフェリー乗り場で別れた。


「おっはよ〜!」

 二日ぶりという事で、元気よく教室に入る。
 すぐさま手前から返してくれる挨拶が、今日は返って来ない。

「おはよう、理世ちゃん」
「梅雨ちゃん、おはよう。飯田くん知らない?」

 いつもなら教室にいる時間。むしろ、飯田くんは一番に教室に来てる説がある。

「飯田ちゃん?私が来た時にもいなかったから、今日はまだじゃないかしら?」

 人差し指を口元に当てながら、梅雨ちゃんが教えてくれた。
 続けて「珍しいわね」という言葉に、梅雨ちゃんは飯田くんのお兄さんの件を知らないのだろう。正確には、インゲニウムが飯田くんのお兄さんだという事を。
 私とでっくんとお茶子ちゃんは、たまたま会話の流れで知ったけど、飯田くんの事だから自分の兄がヒーローだって、周りにひけらかしたりしないだろうし。

(飯田くん、今日は休みなのかな……)

 休みだとしてもおかしくはない、けど。

「あ、理世。おはよう」
「おーっす」
「おはようございます」
「三人共、おはよう〜」

 自分の席に向かうと、八百万さんと話していた耳郎ちゃん、上鳴くんと顔を合わせた。

「結月さんは今朝は大変だったんじゃありませんか?」
「え?」

 何の事かすぐに察せず、聞き返す。

「声かけ。あんたは体育祭で目立ってたし、順位は3位で容姿も目立つしさ」

 耳郎ちゃんの言葉にああと頷く。確かに。クラスのあちらこちらの席で、その話題で盛り上がっている。

「やっぱりテレビで中継されると違うね〜超声かけられたよ、来る途中!!」
「俺も!」
「私もジロジロ見られて何か恥ずかしかった!」
「葉隠さんはいつも何じゃ……」

 皆嬉しそう。まあ、ヒーローなら目立ってなんぼだしねぇ。

「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」
「ドンマイ」

 そんな中、梅雨ちゃんにもそう返され、頭を抱える瀬呂くん。どんまい。

「私は、今日は番犬がついていたからそんなにだったかな」
「「番犬……?」」

 八百万さんと耳郎ちゃんの不思議そうな顔で首を傾げる姿に、くすりと笑った。

「たった一日で一気に注目の的になっちまったよ」
「やっぱ雄英すげえな……」

 上鳴くんと峰田くんも例外ではなかったらしい。

「でも、女子には声かけられなかった……」
「オイラも……」

 ちーんと悲しそうな二人に、心の中で「どんまい」と送っておこう。

「……おはよう」
「おはよう、轟くん」

 轟くんとは今までも朝の挨拶ぐらいは交わしてたけど、向こうから声をかけてきたのは初めてかも知れない。ちょっと感激する。

「飯田なら俺が来てすぐに、カッパ着て走りに行ったぞ」
「……走りに?」

 轟くんのその言葉に、眉を潜めた。

「この雨の中?カッパ着て……」

 いや、走り込みを飯田くんがしていてもおかしくはないけど。学校に登校してから、授業前に雨の中を走りに行くなんて、明らかにいつもと違う。

「おまえが心配しているのは、インゲニウムの件だろ?」
「轟くん、知ってたんだ」
「これでも、プロヒーローを親に持つからな」

 色々情報は耳に入ってくる――そう轟くんはつけ加えた。

 程なくして、予鈴が鳴る少し前に飯田くんが戻って来たけど、ここからじゃ表情はよく分からない。(お昼休みの時に声をかけてみるか……)

 でっくんも一緒になったみたいで、目が合って笑顔で挨拶した。
 予鈴が鳴ると同時に登校して来たのは、お茶子ちゃん。
 お茶子ちゃん、ぎりぎりセーフ。同じく教室内も、ぎりぎりまで騒がしいけど……

「おはよう」

 ス……と静かに相澤先生が教室に入ってくる瞬間には。
 ピタッ――水を打ったように静かになり、皆は席に着いている。(この絶妙なぎりぎり感。ある意味神業だよねぇ……)

「!相澤先生、ミイラマンじゃない!」
「結月、私語」

 教壇に立つ相澤先生の姿を見て、思わず声を上げたらぴしゃりと怒られた。

「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」
「婆さんの処置が大げさなんだよ」

 梅雨ちゃんの言葉に、目元を小指で掻きながら普通に返す相澤先生。

「……私と梅雨ちゃんとの対応違くない?……」
「……当然の対応の差だと思いますわ、結月さん……」

 ひそひそと八百万さんの背中に声をかけると、同じくひそひそ声で、苦笑いと共にそう返された。

 私も包帯取れて良かったの意味を込めた「ミイラマンじゃない」だったのにな。(でも、本当に良かった。"個性"の方も大丈夫なのかな……?)

「んなもんより今日の"ヒーロー情報学"、ちょっと特別だぞ」
「「(来た……!!)」」

 その一言で、教室内の空気が一瞬で変わる。
 
「(ヒーロー関連の法律やら……只でさえ苦手なのに……)」
「(特別!?小テストか!?やめてくれよ〜……)」
 
 大半の生徒たちがごくりと息を呑み、相澤先生の次の言葉をドキドキしながら待っているみたいだ。

 ちなみに私はヒーロー情報学は得意科目の一つなので、堂々と構えている。

 特に法律問題。なんてたって私には法に働く安吾さんがついているもの。
 ちなみに師匠である太宰さんは、法律ぎりぎりセーフの手法を教えてくるので、ある意味それも勉強になっている。

「『コードネーム』」

 相澤先生はゆっくり口を開いた。

「ヒーロー名の考案だ」
「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」
(なんだか久しぶりだなぁこの感じ)

 スタンドアップ!!

 まるで裁判所から出てきた弁護士に、勝訴と書かれた紙を見せられた時のような喜びよう。
 相澤先生がぎろりと目を光らせたら、すぐに皆は着席した。……あれ先生、今無意味に抹消使いませんでした?("個性"使えるみたいで安心したけど)

「というのも先日話した「プロからのドラフト指名」に関係してくる」

 静かになった教室で真面目な話。

「指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から……つまりは今回来た"指名"は、将来性に対する"興味"に近い。卒業までにその興味が削がれたら、一方的なキャンセルなんてことはよくある」

 直後だんっと机を叩く音が響いた。

「大人は勝手だ!」

 峰田くんだ。確かに向こうから指名しておいて、一方的にキャンセルは嫌だなぁ。

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

 透ちゃんの言葉に相澤先生は頷く。

「そ。で、その指名の結果がこうだ」

 ピっとその手に持つリモコンのボタンを押すと、黒板に結果のグラフが映し出された――
 
 轟 4123
 結月 4012
 爆豪 3556
 常闇 360
 飯田 301
 上鳴 272
 八百万 108
 切島 68
 麗日 20
 瀬呂 14

 ……グラフを見て驚く。私、2位だ。
 自信はあったけど、さすがにこんなに指名が集まるとは予想していなかった。

「例年はもっとバラけるんだが、三人に注目が偏った」
「だーーー白黒ついた!」
「見る目ないよね、プロ」
「1位、轟。2位、理世。3位に爆豪って」
「2位3位逆転してんじゃん」
「表彰台で拘束された奴とかビビるもんな……」
「ビビってんじゃねーよプロが!!」
「まあ逆に言えば、爆豪くんに指名したヒーローって相当自信家だよね〜問題児を指名って」
「あ、確かに」
「んだとコラ!!なに笑ってんだアホ面!!」

 よっぽど指導力に自信があるんだろうな。爆豪くんの指名リスト、後で見せてほしい。

「さすがですわ。轟さんも……結月さんも」

 振り返って八百万さんが言う。その笑顔と声に覇気がない。

「ほとんど親の話題ありきだろ……」

 つまらなそうに轟くんは返した。

「それを言うなら、私も"個性"ありきじゃない?」

 指名を入れた大半が、分かりやすく便利で希少な"個性"目当てだと思う。

 ――それにしても。

「八百万さんより上鳴くんの方が順位高いのおかしくない?瞬殺されてアホ面モードになったのになんであんなに指名来てるの?」
「アホ面モードって……結月、あのな」
「上鳴、ドンマイ」
「俺に聞かれてもな……」

 純粋な疑問を轟くんにぶつけると、困りつつも答えてくれる。

「まあ、電気の"個性"はそれ自体が強力だからじゃねえか」
「ほら理世、昔から言うじゃん。バカとハサミは使いようだって」
「ああ〜!」
「耳郎、おまえ、いくらなんでも失礼だぞ!」
「上鳴さんのトーナメントでの成績は高くはないですが、騎馬戦では敵チームの牽制など活躍されてましたし……」
「それも八百万さんのフォローありきじゃない?」
「轟が自分の"個性"を活かす為に上鳴の"個性"を利用したから、やっぱりバカとハサミは……」
「峰田ァ!!お前だけは味方だと思っていたのに……!裏切り者ー!」
「最初のレースで結構避けられて、轟くんがくやしくて生み出したあれか〜」
「………………」
「結月がついに轟までバッサリ切り込んだぞ!」
「本当に命知らずだな、オイ」
「……くやしくて、か」
「まァまァ、轟。結月はこーゆーヤツだから許してやってくれ」
「なんで瀬呂くんが私の保護者みたいになってるの」
「……別に。こいつが元々こういうヤツなのは知ってる」

 二人ともこういうヤツって、どういう……口を開こうとしてやめた。
 相澤先生の髪が逆立っている。再び教室内は静まり返った。

「これを踏まえ……指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
「!!」

(楽しみにしてた職場体験だっ)

「お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってこった」
「それでヒーロー名か!」
「俄然楽しみになってきたァ!」
「まァ仮ではあるが適当なもんは……」
「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 相澤先生の言葉を引き継ぐように続いた、その声は……!

「この時の名が!」

 カツカツとヒールを響かせて……

「世に認知され、そのまま――」

 教室内でそのコスチューム姿は、体育祭より違和感がすごい。

「プロ名になってる人、多いからね!!」
「ミッドナイト!!」

 今日は三角眼鏡を頭にかけてるミッドナイト先生の登場だ。何故かセクシーなポージングで。それは峰田くんしか喜ばないと思います。

「まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう」

 俺はそういうのできんと、相澤先生は教壇の中から何やらごそごそしている。

「イレイザーヘッドってセンスありますけど、先生自身が付けた名前じゃないんですか?」

 先生の"個性"にぴったりだし、響きもかっこいい。相澤先生は寝袋を取り出しながら口を開く。

「ああ。俺のヒーロー名は……――」

『名前決めてないって!?よし、じゃあイレイザーヘッドだ!』
『メディア出たくないし、俺はこだわりないから。じゃあ、それで』

「マイクが付けた」
「「(先生自身はテキトーにつけてた!!)」」

 素敵なヒーロー名だから良かったものの……。(まあ、マイク先生はやっぱりセンスあるかも)
 
「将来、自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近付いてく。それが「名は体を表す」ってことだ。"オールマイト"とかな」

 最後にそう言って相澤先生は、寝袋に収まり床に転がった。
 いや、良いこと言っているんだけどね……。

 前から渡されるフリップとマッキーを受け取る。
 ここにヒーロー名を各々書くらしい。

(ヒーロー名……考えてなかったわけではないけど)

 命名は大事――しばしペンを持ったまま、思案する。


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