職場体験、どこ行く?

 ヒーロー名が決まったところで(爆豪くんは保留)

 次は、職場体験の事務所選択だ。

 もぞもぞと寝袋から起きた相澤先生が、再び教壇に戻って説明する。

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択しろ。指名のなかった者は、予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件。この中から選んでもらう」

 相澤先生はプリントを配り、指名があった人には個別に渡していく。(80枚……!?)
 受け取った分厚いプリントに顔が引きつった。
 オファー結月宛の文字の横には1/80の頁数。(詰めすぎでしょ……)

 紙一杯に連なるヒーロー事務所の名前。詰めすぎて文字が細かい。

 どんなヒーロー事務所から指名が来たのか見るのを楽しみにしてたけど、これはちょっと目が滑る。(ぱっと見た限り、知らないヒーロー名ばっかりだ〜)

 ヒーローにそこまで詳しいわけでもないけど。とりあえず、あいうえお順に並んでるからお目当てのヒーローを探す事にした。

(く、く……あったぁ!)

『グラヴィティハット事務所』

 良かったぁと一先ず安堵。中也さん、指名してくれてた!

「それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ」
「俺ァ都市部での対・凶悪犯罪!」
「私は水難に係わるところがいいわ。あるかしら」

 今度は提出用の紙が配られた。

 私の元に来るのは最後なので、片肘を付きながら再びプリントを眺める。
 これから行きたい事務所を探す皆に、それはそれで楽しそうだなぁと思いながらパラパラとページを捲っていると……

「……!」

 不意に目に入ったヒーロー名に、目を見開く。

(ミルコから指名来てる……!!)

 女性のヒーローとしては、現状1位の実績を誇る格闘系ヒーロー。
 でも、ミルコって事務所を構えてないんじゃなかったっけ?サイドキックも取らない、珍しい独自の活動スタイルだったはず。
 何はともあれ、あのミルコの目に止まったなんて嬉し過ぎる。(爆豪くん戦を見てかな。でも、爆豪くんには全然劣るし……)

 そうこう考えているうちに用紙が回ってきた。どうしよう。これは悩む。がっつり格闘技を学ぶとしたらミルコの所……?
 いや、格闘技ならミルコに負けず劣らず中也さんだって、ヒーローの中でもトップクラスだ。

「今週末までに提出しろよ」
「あと二日しかねーの!?」

 二日間、考える時間はあるけど……。私が学びたい事は――用紙にペンを走らせた。

「先生!書けたのでもう渡しても良いですか?」
「結月、早っ!」
「ちゃんと考えて決めたんだろうな?」

 相澤先生が用紙を受け取りに、私の元まで来てくれる。

「大丈夫です」

 相澤先生は受け取った用紙を見ると、目を伏せ、納得したようだ。

「俺もお願いします」

 その後ろから先生に声をかけたのは、轟くんだ。裏返した用紙を手渡す轟くんも即決だ。
 後でどこに決めたのか聞いてみよう。
 相澤先生が教壇に戻る途中にも、今度は常闇くんが呼び止めて用紙を渡す。

「オメーら、決めんの早くね?」

 俺、どうすっかなーっという瀬呂くんの悩む声が聞こえた。


「焦凍くんは職場体験どこに決めたの?」

 2限目のエクトプラズム先生の数学の授業が終わり、気になっていた事を聞いてみた。
「……色々、唐突なんだが……」
 動揺しているっぽい焦凍くんの顔は初めて見るなぁ。

「焦凍くんも提出早かったから」
「いや、どっちかっつうとそっちじゃねえ」
「ヒーロー名がショートって名前だったから、これは空気を読んで下の名前で呼ばないとなって」

 嫌だった?って聞くと「嫌じゃねえけど……突然で驚いただけだ」そう視線をそらして焦凍くんは答えた。

「エンデヴァーヒーロー事務所」
「え?」
「さっきの質問の答え」

 今度は私が面食らう番だった。それを見て、焦凍くんはさっきの仕返しとばかりに満足そうな顔をする。

「……それはまた。思いきったね」

 お母さんと向き合ったと思ったら、今度はお父さんのエンデヴァーとは。

「赦したわけじゃねえし、赦す気もねえけど。あれでもNo.2だからな。その事実に向き合いたいと思ったし、学べるものは学んでおいて損はねえだろう」

 そう淡々と見解を述べる焦凍くんは……
 スタートラインに立ったと思ったら、踏み出す一歩が大きい。

「すごいね、焦凍くんは」

 お母さんの時もそうだったけど、向き合おうとして、こうしてすぐに行動に移す事はなかなかできることじゃない。

「別にすごくはねえだろ。そういう結月は体験先はどこに決めたんだ?」
「私は――……」
「おいおい、いつの間に結月と轟は仲良くなってんだ!?」

 答える前に割り込んだ声は、上鳴くんだった。

「(若干)隣の席同士だもの。元々仲良いよねぇ?」
「(……仲良かったのか?)」
「前は下の名前で呼んでなかったじゃん!」
「ヒーロー名、ショートだよ〜?空気読んで呼ぶでしょそこは」
「そもそも空気読む気ねえだろ、おまえ」

 いやいや、焦凍くんにだけには言われたくないね!

「で、理世は職場体験はどこにしたの?即決だったよね」
「私も気になってたよ!」

 ひょいっと現れた耳郎ちゃんと透ちゃん。八百万さんも「私も参考に聞きたいですわ……」と、興味深そうに呟く。

「俺だってまだ呼ばれてないのに……!」

 くやしがる上鳴くんは完全にスルーになっているので、私も空気を読んで一緒にスルーしよう。

「私はグラヴィティハット事務所」
「横浜……地元のヒーロー事務所か」

 轟くんの言葉に笑顔で頷いた。

 結局、最初に決めてた通りに提出した。中也さんのヒーロー事務所に行きたいってお願いしてた手前もあるけど、私が学びたいことを総合的に学べると考えた結果だ。

 何より実践を体験したい――その点、横浜はそれに適している。

 生まれも育ちも横浜で住みやすいし、観光地にもなってる素敵な町だけど、その反面、何故かヴィラン出現が多い不思議な地域だ。
 横浜には願いを書けば叶うという『白紙の文学書』が眠っている――そんな都市伝説があったり。
 人やヴィランを引き寄せる何かがある不思議な町、それが横浜だ。

 一週間の職場体験で、ヴィランと鉢合わせる機会は必ず来るはず。

「イケメンヒーロー事務所だよね!」

 良いなぁと透ちゃん。

「実は知り合いなんだ。体育祭とかでの技もグラヴィティハットに教えてもらったんだ」
「重力という強力な"個性"もお持ちですが、体術だけでもヴィランを倒してしまうヒーロー。そんな方に直々に教われるなんて、少し羨ましいですわ」
「直々ってほどでもないけどね」

 八百万さんの言葉に苦笑いを浮かべて返す。
 あんまり中也さんに教わると「蛞蝓臭が移る!」って、太宰さんがうるさいし。

「……うち、グラヴィティハットが趣味でやってるバンド、結構好きなんだ」

 耳のイヤホンを弄りながら、控え目に耳郎ちゃんが言った。

「私も好きだよ〜!歌上手いし曲もかっこ良くて良いよねぇ!」

 耳郎ちゃん、音楽好きだもんね。クラスで中也さんのバンドを好きな人に出会えて嬉しいな!

「耳郎ちゃんのこと伝えておくね〜」

 私の言葉に「そんないいって!」慌てる耳郎ちゃん。「は、恥ずかしいし……」と、何気に照れ屋さんだ。

 そうこうしているうちに、3時限目の授業が始まる。


 ***


「オイラはMt.レディ!!」

 午前の授業が終わり、昼休み――。

 三奈ちゃんの「みんなどこにするか決めたー?」の質問に、いち早く答えたのは峰田くんだった。

「峰田ちゃん、いやらしいこと考えてるわね」

 通り過ぎにチクリと言った梅雨ちゃんに「違うし!」すぐに峰田くんは否定するけど、説得力はない。

「芦戸もいいとこまで行ったのに指名ないの変だよな」
「それ」

 尾白くんの言葉に、机に項垂れていた三奈ちゃんが起き上がって言う。

「逆に結月さんはあんなに指名来てたのに即決もすごいよな」
「むしろ行きたい事務所に指名もらえるように体育祭頑張ったからね」

 尾白くんの言葉にそう答えると「アタシだって頑張ったのにな〜」と、再び三奈ちゃんは机に項垂れた。

「まあ、最近のヒーローはレベルが落ちてるって言われてるからねぇ。見る目なかったってことだよ」

 現にお茶子ちゃんと爆豪くんの対戦で、ブーイングしているヒーロー多かったし。

「私たちの世代で頑張ろうっ」

 三奈ちゃんの背中をポンポンと叩く。

「結月〜」
「ええこと言うなぁ、理世ちゃん。……デクくんはもう決めた?」

 そのままお茶子ちゃんは振り返って、でっくんに問いかける。

 自然と皆の視線はでっくんに……

「まず、この40名の受け入れヒーローらの得意な活動条件を調べて、系統別に分けた後、事件・事故解決件数をデビューから現在までの期間でピックアップして、僕が今、必要な要素を最も備えてる人を割り出さないといけないな……こんな貴重な経験そうそうないし、慎重に決めるぞ。そもそも事件がないときの過ごし方等も参考にしないといけないな。ああ忙しくなるぞうひょーブツブツ」
「「(芸かよ、最早)」」

 思考回路ただ漏れだね……。でも、なんかすごく楽しそう。

「でっくんもまだ考え中みたいだね」
「あっごめん!つい夢中になっちゃって」
「相当悩んでるわね、緑谷ちゃん」

 そんな梅雨ちゃんは、希望の水難救助系ができるヒーロー事務所を見つけて、後で相澤先生に提出するらしい。

「実は、私、もう決めてるよ……!」
「本当にー!?」
「どこ?」
「お茶子ちゃんなら、人命救助中心のところとか?」

 三奈ちゃんと尾白くんに続いてそう聞くと、何故かお茶子ちゃんは私を見て、にっと笑いかけた。

「え?バトルヒーロー《ガンヘッド》の事務所!?」

 お茶子ちゃんが告げたヒーロー名にいち早く反応したのは、もちろんヒーローに詳しいでっくんだ。

「でっくん、ガンヘッドって?」

 説明プリーズ。バトルヒーローでガンヘッドというヒーロー名を聞くと、今までのお茶子ちゃんのイメージとかけ離れている事だけは分かる。

「ゴリッゴリの武闘派ヒーローだよ!!"個性"は両腕の《ガトリング》角質を発射し、相手を威嚇しながら近付いて、肉弾戦に持ち込む戦法が得意なんだ。彼は独自の格闘技を編み出して、名前は〜〜……」
「「(さすが詳しい……!)」」

 でっくんに一聞いたら五ぐらい……いや十は返って来る。

「結構有名な解決事件だと、二年前の『ビューティーサロン事件』かな。たまたまそのサロンに訪れていたガンヘッドが〜〜……」
「結月!緑くん止めてーこのままじゃお昼休み終わっちゃうよ!」
「でっくん、ありがとう!よく分かったよ!」

 でもその『ビューティーサロン事件』は事件名からしてめっちゃ気になるな……!

「麗日さんがそこに!?」
「うん。指名来てた!」

 脱線しかけていた話が戻り。お茶子ちゃんは頷いて、左拳をシュっと突き出した。

「そうなんだ。てっきり13号先生のようなヒーロー目指してるのかと……」
「私も」

 意外だと、でっくんと二人でお茶子ちゃんを見る。

「最終的にはね!こないだの爆豪くん戦で思ったんだ。強くなればそんだけ可能性が広がる!やりたい方だけ向いてても見聞狭まる!と!」

 今度は右手を突きだして、ファイティングポーズ。

「……なるほど」
「それを気づかせてくれたのがね、理世ちゃんだよ!」
「私?」

 さっきみたいに、お茶子ちゃんが再びにっと笑いかける。

「理世ちゃんと爆豪くんの戦いすごかった!ガンガン攻める理世ちゃんがかっこよくて、私もああなりたいって思ったんだ!」

 照れくさそうにお茶子ちゃんは、はにかむ。

「確かにあの時の結月は別人かと思ったもんねー」
「良かったな、結月さん」
「うん。結果は負けちゃったけど、頑張ったかいあったねっ」

 尾白くんの言葉に照れ笑いを浮かべて言った。誰かにそんな風に思われるのは、なんだかくすぐったい。

「それはそうとデクくん。さっきから気になってたんだけど、震えてるね?」

 お茶子ちゃんが指摘するように、さっきからずっと、でっくんは小刻みにブルブルしている。
 たぶん皆も気になっていたけど、聞くタイミングを探っていたところをお茶子ちゃんが触れてくれた。

「ああ……コレ空気イス」
「クーキィス!!」

 よく見ると、確かにでっくんはイスから少し浮いて座ってない!

「まさか授業中ずっと!?そんな馬鹿な!」
「空気イスとか古くねーか?」
「効果あるの?」
「何言ってるんだ!空気イスは筋肉の等尺性収縮を応用した動けない状態でも手軽に出来るトレーニングだよ!」

 そうなんだ……。武闘派の尾白くんが熱心な説明してくれたけど、ピンと来ず。

「今のままじゃダメなんだ」

 でっくんは震えながらも真剣な顔でそう呟いた。

「二兎を追う者は一兎をも得ず」

 静かに呟く常闇くん。

「うるせぇ……」

 イライラ声の爆豪くん。

 ……爆豪くんが爆ギレしないうちにと、食堂に行こっかと皆いそいそと動く。

「…………」
「飯田くん、おはよう」

 いつもみたいに一緒にご飯を食べようと、真剣なその顔に声をかけた。

「!結月くんっ……」

 彼は驚いた顔をして、手元にあった用紙をさっと裏返す。

「……それ。職場体験、飯田くんはどこに決めたの?」
「……地域密着したヒーロー事務所にしようかと」

 私の質問と若干ずれた答え。「それより」話を変えるように飯田くんは切り出した。

「もうお昼だ。おはようはおかしいぞ」
「飯田くんに朝の挨拶ができなかったからねぇ。飯田くんもお昼だから一緒に食堂行こう」
「……いや。俺はこれを提出してくるから、先に行っててくれ」

 そう言って飯田くんは席を立つ。
 ……あからさまな態度で避けられたな。

「……飯田くん。大丈夫なんかな」

 隣に来て、お茶子ちゃんが心配そうに呟く。

「朝から無理してる感じはしてたんだ」

 でっくんも同様に……。

『兄の件なら心配ご無用だ。要らぬ心労をかけてすまなかった』

 今朝、飯田くんはでっくんにそう言ったらしい。
 お兄さんの件で気丈に振る舞っているといえばそうなんだけど……なんだか、私は突き放されているように感じた。

「そんな所で何してんの?結月たちも食堂に行こう!」

 三奈ちゃんたちに急かされ、とりあえず食堂に向かった。

 さっきの避けるような態度は、今は放っておいてほしいという事かも知れない。
 でも、先ほど飯田くんが咄嗟に隠した用紙に、書かれていた住所は――

(……よし。ここは、空気を読めないフリして飯田くんと話をしよう)

 適当に日替わりランチ(洋食)に決め、問題はこの食堂の中から、飯田くんをどうやって見つけるかだ。

「結月。誰か探してんのか?」
「飯田くん見なかった?」
「飯田?見てねえなぁ」

 砂藤くんにありがとうと軽く返し、きょろきょろと辺りを探す。大体席はクラスや学年ごとに固まっているから、いつもの席より離れた場所には座っていないと思うけど。

(見つけた!)

 放課後に突撃した方が良いかなぁ――と考えてたら、見つけたその姿に……

「おう!結月!ちょうど良かったぜ!」
「鉄哲くん?」

 そちらに行こうとしたら、ちょうど声をかけられた。

「体育祭でおまえが言ってた心操ってやつと、俺も話をしたくてな。一緒におまえも来てくれ!」
「ええ?」

 体育祭の騎馬戦の話なら――尾白くんのアドバイスを受け、鉄哲くんたちに心操くんの"個性"でハチマキを奪ったと、正直に誠実に話したはず。
 その時は彼らはくやしがってはいたけど、勝負だからと納得して、この話は終わったと思ったけど……。

「いや、私先約が……」
「さすがにヒーロー科の俺が普通科の席に行ったら驚かれるからな!」
「私もヒーロー科なんだけどぉ!?」

 聞いちゃいないし!!

 こっちだと鉄哲くんに後ろからがしっと襟を掴まれ、そのまま引きずられる。
 私の両手がお盆で塞がっているからだろうけど、その連行の仕方はどうかと。

「「……………………」」

 ほらぁ、めっちゃ周りの人たちに変な風に見られてるよぉ……。


 ***


「ねえねえ、なんであの子、首根っこ掴まれて引きずられてるの?あの子、この間の体育祭で3位のテレポートガールの子だよね?なんでテレポートしないの?引きずられてる姿、首を掴まれた猫みたいだねー」
「うん。きっと彼らにも事情があるんだよ!」
「(あの二人……体育会系男子とカースト上位の女子っぽい。……苦手だ)」


 ***


 ――ざわめきの中から、ちょいちょいテレポートガールっていう単語が聞こえてくる。私も有名になったなぁ。

 途中、切島くんとすれ違って。

「おう、切島!ちょっと結月借りてくぜ!」
「おー!……って、別に結月が俺のもんで貸すとかそういう意味で答えたんじゃなくて……っ!」

 いや、切島くん分かっているからそんなに慌てて弁解しなくても。
 それより友達ならこの人なんとかして。

「…………結月さん?」
「ごきげんよう、心操くんと普通科の皆さん」

 怪訝そうな表情の心操くんと、普通科の人たちが私たちを見上げる。
 諦めのため息を吐いてから。(飯田くんは放課後突撃しよう……)

「心操くん、一緒にご飯食べない?」

 にこっと笑って言うと、心操くんは隠しもせず、さらに顔をしかめた。


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