「――で。結月さんもだけど、なんでB組のやつが?」
席に着くと、心操くんが単刀直入に切り出した。
心操くんの前の席を譲ってもらい、そこに鉄哲くんが座る。
私は近くから椅子を持って来て、二人の間――いわゆるお誕生日席に座った。仲介役だ。
てっきり鉄哲くんが、心操くんに文句の一つも言いたかったのかと思ったけど、そうではないらしい。
「俺はB組の鉄哲徹轍だ!」
「知ってる」
「普通科がヒーロー科に殴り込みに来てよ」
「敵情視察ね。もしくは宣戦布告」
「根性あるヤツだと思ってたら、すげえ"個性"だし、結月から本気でヒーローを目指して、ヒーロー科転入を目論むガッツがあるヤツだと聞いてな!!」
「…………」
鉄哲くんの予期せぬ言葉に、心操くんも面食らったようだ。次いでこっちを見る。
「一体こいつにどんな風に話したんだよ、結月さん……」
「体育祭の騎馬戦でうちのチームがハチマキ奪ったって説明した時に、ありのまま話しただけだよ」
心操くんは普通科でも本気でヒーローを目指しているから。鉄哲くんたちには悪かったけど、確実に勝ちに行ける方法としてこの"個性"を使ったって、そんな風に話したら――……
「なんだそいつ!!普通科で見上げた根性だな!!」
「批判覚悟の上で……。同じくヒーローを目指す者として心打たれました……!」
「そりゃあ悔しいけど、ルール違反でもねえ勝負の世界だからな。正直に話してくれてサンキューな、結月」
「そうそう。恨んだりしないから安心して」
「――って。特に鉄哲くんと塩崎さんはなんか感情移入してえらく感動してた」
「……ったく。ヒーロー科はお人好しばっかなのか?」
呆れた口調で心操くんは言ったけど、満更でもない様子な気がする。
「ヒーロー科に転入して来たら、B組になるだろうからな!どんなヤツか直接話してみたかったてわけだ!!」
「ヒーロー科転入もまだ決まったわけじゃ……そもそもなんでB組確定なんだ?」
困惑する心操くんに「そうだよ、鉄哲くん!」すかさず待ったをかける。
その言葉は聞き捨てならない。
「心操くんは渡さないよ?うちのA組に入るんだから」
「……っ」
「オイオイ!!A組は一人多いんだからよ!うちに入るに決まってんだろォ!?」
「一人多いからだよぉ!何かと出席番号順で決まることが多くて最後の私があまるからね!心操くん入ったら偶数になってまとまる」
「(…………数合わせかよッ!)」
「A組に人数片寄りすぎだろ!?心操はB組だ!!」
「いやいや、心操くんは〜〜」
「心操……お前すげえな。ヒーロー科で取り合いになってるぞ」
「嬉しくないだろ、これ……」
鉄哲くんと不毛な言い合いをしていても仕方がないのでここら辺でやめておこう。(お昼休憩が終わっちゃう)
「で、結局。心操くんは転入できそうなの?」
「今さらそこかよ。俺だって知りてーよ」
まあ、そうだよねぇ。
「あ、そうそう。今日、ヒーロー科ではヒーロー名の考案をやったんだよー」
職場体験に行く関係で。心操くんにヒーロー科の情報を教えてくれと言われていた事を思い出した。
「B組もだぜ!」
「心操くんもまだ決まってないならしっかり考えておいた方が良いよぉ」
「へぇ。でも、楽しそうだな。参考までに二人のヒーロー名は?」
「俺はリアルスティールだ!!」
「名は体を表すか」
うん、分かりやすいの大事。
「私はトリックスター」
そう言うと二人して「テレポートガールじゃないのか?」という顔をした。
「まあ、心機一転にね。かっこいいでしょ?」
「俺は先に行くぜ!結月も心操も付き合ってくれてサンキューな!」
鉄哲くんはそう言って、にこやかに去って行った。腕時計を見ると、お昼休憩もそろそろ終わる頃。
「じゃあ、私も……」
そう立ち上がろうとしたら「結月さん」と、二人の男子生徒に声をかけられる。
?心操くん以外に普通科に知り合いはいないけど。
「その……体育祭の時は助けてくれてありがとな」
「すぐに行っちゃったし、今までお礼を言えなくてさ」
「お礼なんて気にしなくて良いのに〜」
……そう笑顔で言ったものの。
(誰だっけ……。私、体育祭で誰か助けたっけ??)
顔を見てもさっぱり思い出せない。
(無意識に助けたりしてるからなぁ。峰田くんを助けなければ良かったって思ってたことは覚えてるけど)
「最初の障害物競争で、倒れたロボに巻き込まれそうになった二人だよ」
ああ〜!焦凍くんが凍らせて。
「心操くんって思考も読めるの?」
「結月さんの顔にばっちり書いてあっただけ」
「「(俺ら忘れられてた……)」」
おかしい。私、結構ポーカーフェイスなのに。
午後の授業はヒーロー基礎学。
体育祭での経験を踏まえてという事で、いつもの授業とちょっと雰囲気を変えてUSJで行う壮大なサバイバルゲームだった。
ルールは簡単。各自ハチマキを首から上につけて、制限時間内により多くのハチマキを奪い獲った人が勝ち。
独自のルールとしては。
・USJ内にいれば、どこに隠れてもOK。
・各自協力プレーは可。
・制限時間は30分だが、残り10分を切った所で相澤先生が乱入。(相澤先生の快気後の運動も兼ねてとか……)
というバラエティ企画でありそうでなさそうな内容だった。
逃げるのも獲るのも有利な私だったけど……。
後半10分切って、相澤先生が乱入して来てからはやばかった……――。
「おーい、爆豪。結月ここにいるぞー」
「ええ!?ちょっと相澤せんせッ!」
「クソテレポ!!そこにいやがったかァァ!!」
というように、相澤先生は時には敵に居場所を知らせ、時には自分も参戦してという……ゲームでいうお邪魔キャラだった。(相澤先生……あれで怪我治ったばかりとか嘘でしょ……)
"個性"の抹消も無事に使えてたのを見て安心した。おかげで私、一回ハチマキ0になったけどね!
そして、放課後――。
ヒーロー基礎学の授業中もなんだか調子が悪そうだった飯田くんと、途中まで一緒に帰ろうと――いない!!
「飯田くん、用があるみたいで……」
後ろの席のお茶子ちゃんが言った。う〜ん。本当に用があったのか、避けられてるのか……。
「また明日、私も飯田くんに声かけてみるね!」
前向きなお茶子ちゃんの言葉に、私も笑顔で頷く。
「デクくんも一緒に帰ろう!」
「うん!」
皆に挨拶して、でっくんが扉を開けたところ――
「わわ私が独特の姿勢で来た!!」
「ひゃ」
「オールマイト先生!?」
「びっくりしたぁ……!」
横から飛び出して来たのはオールマイト先生。本当に中腰で独特の姿勢で、来た!
「ど……どうしたんですか?そんなに慌てて……」
「ちょっとおいで」
オールマイト先生は神妙な様子ででっくんをご指名した。
「そんなに時間は取らせないから、結月少女たちは緑谷少年を待っててあげてくれ!」
続けざまにそう言われ、フェリーの時間も余裕あるしと、お茶子ちゃんと教室で待つ事にした。
「オールマイトの用件なんやろね」
「ね〜」
今だと職場体験関連とか?見当つかないなぁ。(でっくんのヒーロー名がオールマイトと全然関係ないからそれ関連なら面白いけど)
「爆豪くんは職場体験どこにしたの?」
「あ?ベストジーニストんとこ」
提出用紙に書き終えた爆豪くんを見て、返ってきた答えに意外、と口にした。
No.4ヒーロー《ベストジーニスト》が爆豪くんを指名したのにも、爆豪くんが彼の所に行くのにもどっちにも。
「あ、そういえば焦凍くんの所にも指名来てたから、二人に指名出したんだねぇベストジーニスト」
そう言った瞬間、爆豪くんは勢いよく後ろを振り返る。
「アァ!?テメェ他んとこに行けっ半分野郎!!」
「俺は別の所に行く。もう提出もしたしな」
ちょうど帰ろうと立ち上がった焦凍くんが淡々と答えた。いつも思うけど、二人の温度差は激しい。
「ケッ。紛らわしい言い方すんじゃねーよ、クソテレポ!」
(君が勝手に勘違いしたんじゃない!?)
理不尽に怒られ、頬を膨らます。
「石が流れて木の葉が沈む」
常闇くん。お昼休みから、ことわざブームなの?
「常闇くんはどこにしたの?即決だったよね」
「ホークス事務所だ」
ホークス!!
「ホークスから指名来るなんてすごい!良いなぁ、かっこいいよね〜ホークス」
「理世ちゃん、ホークスのファンだったん?」
「ファンって名乗るほどでもないけど、今をときめくヒーローだし〜」
「ミーハーか」
「どんな職場体験だったか教えてね、常闇くん。あと撮れたらホークスの写真撮ってきて!私服がいい」
「……。ミーハーか」
「常闇、二度言ったぞ!?」
「――ごめん、二人ともお待たせって……どうしたの?」
「理世ちゃんにミーハー疑惑が」
「ええ?」
でっくんを交えて途中までの帰り道を歩く。(飯田くんもいないしで、今日は両手に花状態だでっくん)
「へぇ〜指名来たんだぁ、デクくん!」
「良かったねぇ!」
オールマイト先生は、でっくんに来た指名を急いで知らせに来てくれたらしい。
「指名の所にするの?」
「うん。オールマイトもすすめてくれたし(怖いけど……)」
職場体験。考えてみれば日にちはすぐそこだ。
「じゃあまた明日!」
二人に手を振って別れて、一人で歩きながら頭に思い浮かぶ事は。
(やっぱり、気がかりだな……)
飯田くんが咄嗟に隠した提出用紙。
書かれたヒーロー事務所の名前まではよく見えなかったけど、住所はちらっと見えた。
東京都保須市……ヒーロー殺しが現れた地区だ。
飯田くんに限って……とは思う。
正義感が強くて、生真面目で責任感がある性格だし。
何かちゃんとした別の理由があって、そのヒーロー事務所に決めたのかも知れない。
『規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー!!俺はそんな兄に憧れヒーローを志した』
『ここまで来たらNo.1で報告してみせるさ』
飯田くんのお兄さんに対する言葉を思い出す。
やっぱり、明日……飯田くんとちゃんと話がしたい。
そうすべきだと、私は思った。
……翌日。
「結月さん、おはようこざいます。今朝はいつもより早かったのですね……って、どうされたのですか!?」
――結月さんの顔が怖いですわ!!
「八百万、結月に触れるのは今はやめておけ」
……昨日の私は、そうすべきだと思っていた。
(飯田くん……私をあそこまで避けるなんて100年早いよ……!)
机に両肘をつき、手を組み思案する。
昨日、あからさまな態度を取った飯田くんと話がしたいと、いつもより早く家を出た。
一番早くに飯田くんは登校するから、その時を狙おうと思って。
「おはよう、飯田くん。今日は早いフェリーに乗れてね〜」
確かにちょっとあからさまな言い訳だったかも知れない。
私の姿を見て、驚く飯田くんに、他愛ない会話をしてから「そういえば、飯田くんももう職場体験先決まったんだよね?どこにしたのか気になって」と、本題の話をしてみた。
すると。
回れ右をし「ちょっと用事が……」と扉を開け、そのまま廊下へと飯田くんは出ていった。
「………………………」
逃げたよ!?
バレバレな態度に、これには私も唖然として、その場で固まる。まあ、それも一瞬だったけど。
(飯田くん……テレポートから逃げられるとでも……?)
私もヤケだった。逃げるなら追いかけるまで。
すぐさま"個性"で追いかけて、追い付いて。
飯田くんから返ってきた言葉は二つ。
「君には関係ないことだろう」
「僕のことは放っておいてくれないか」
言われた言葉を思い出して、再びイライラする。ショックを通り越してカチンと来た。
(廊下は走らず速歩きするくらいの冷静さはあるのに、逃げるってどういうことだ!)
「おはよう、……結月はどうしたんだ。夜叉姫のような顔をしているが」
「常闇さん。今は結月さんのことはそっとしておいてあげてください」
君には関係ないって、確かに直接的には関係していないけど。
「おはよー!……って、理世ちゃん、朝から激おこぷんぷん丸で何があったのさ!?」
「激おこぷんぷん丸とは……。葉隠。触らぬ神に祟りなし、だ」
放っておいてくれって、放っておけないから友達じゃないの?
「…………おい、結月は何があった」
「(爆豪が困惑してる!)理世ちゃん、よく知らないけどご機嫌ななめみたいだよ!」
とにもかくにも。拒否するならまだしも逃げるのはないよ、飯田くん……!
「はよ!……って、結月なんで怒ってんの!?なに、爆豪か!?」
「知るか!!朝来たらすでにこうだったんだよ……。アホ面、何があったかあいつに聞いてこい」
「え!?ムリっしょ!?やっぱ顔面整ってるせいか、怒ると迫力あって近づけねえつーか……」
こうなったら相澤先生に相談してみようかな……先生なら飯田くんの希望の事務所を見て気づくはずだし……
「――……さん、結月さん!」
名前を呼ぶその声に、はっとして気づくと、目の前に心配そうなでっくんの顔があった。
「結月さん、大丈夫?えっと、何かすごく考え込んでたみたいだから……」
ふと、でっくん越しに壁時計を見ると、針がだいぶ進んでいる。
「あ、うん。大丈夫。考え事も終わらせたところだから」
「良かった……。その、何か困ったことがあったら言ってほしいな。僕で良ければ、力になるから……!」
真剣な顔。あまりにも真摯な言葉に驚きつつも、その言葉になんだかほっとする。
「……ありがとう。じゃあ……あとで、話聞いてもらおうかな」
笑顔で返すと、安堵のため息が教室内のあっちこっちから聞こえたような……。
「はは……結月さんがあんなに怒ってるの初めて見たよ。皆もびっくりしたみたい」
でっくんの言葉に見渡すと、気にする皆の視線と合う。
あはーと笑ってごまかして、驚かせてごめんねと続けて言った。
普段はこんなに怒る事はないから、余計に驚かせたかも知れない。
「あ、怒ってても、私は爆豪くんみたいに当たり散らさないから話しかけてくれて大丈夫」
「アァ!?いつも余計な一言が多いんだよ、てめェは!」
「いつもの理世ちゃんだね!」
「何はともあれ良かったですわ」
「つっても最初に話しかけた緑谷、マジ勇者って思ったぜ!」
「何に憤っていたのか、気になるところ……」
「え?うちが来る前に何かあったの?」
最後に耳郎ちゃんが不思議そうに首を傾げて言った。(上鳴くん、勇者って……そんなに私恐かったの)
「さすがだな、緑谷」
「え?」
「いや……、原因は飯田か?」
「……うん」
焦凍くんに聞かれ、肩を竦めて答える。
「確かに気がかりだな」
「焦凍くんもそう思う?」
「ああ」
はっきり答えた焦凍くん。そろそろ相澤先生が来る時間なので、口を閉じる。
(飯田くん、君を心配してる人はここにもいるよ)
SHRに必修科目の普通の授業。特別な事は特になく、淡々と時間が過ぎて行く。
「飯田くんが結月さんにそんなことを……」
授業の合間の短い時間に、廊下ででっくんに今朝の出来事を話していた。
「さすがに逃げることはなくない……?」
「飯田くんなりに何かワケがあったんじゃないかな……」
「ワケかぁ〜」
窓の外を眺めながら言う。今日は昨日と違って快晴だ。
「結月さんには保須市のヒーロー事務所に行くことが知られたから、追求されるのを拒んだとか……」
でっくんがそう見解する。そうだとすると、それはそれで、飯田くんに保須市のヒーロー事務所を選んだ事に後ろめたさを感じているという事で。
「保須市のヒーロー事務所か……どこだろ?」
「えっと、確か「マ」がついたぐらいしか……」
「ノーマルヒーロー《マニュアル》か!保須市のヒーロー事務所は計8ヵ所あるけど、マがつくヒーローは彼だけ。何でもそつなくこなす、地に足をつけたヒーローだよ。飯田くんの性格から考えて、希望先としてはおかしくはないけど……」
「……………………」
ちょっと待ってでっくん。
「ん?」
「もしかして、でっくんって。全国のヒーロー把握してる……?」
驚愕しながら尋ねる。「マ」がつくと言っただけで、ネット顔負けの素早く引き出された情報。
「さすがに全国は……。イレイザーヘッドみたいにあまりメディアやネットに出ないヒーローもいるし」
その口ぶりだと情報を収集できるヒーローなら把握しているという事かな……。
そういえば、クラスの皆の"個性"もノートに書き込んでたっけ。(ヒーロークイズ選手権があればでっくんが1位だね)
でっくんのヒーロー知識量を知れたところで、授業が始まる前に教室へと戻る。
「結局、拒まれたら僕らどうすればいいのか……。余計なお世話はヒーローの本質って言っても」
"余計なお世話はヒーローの本質"……か。
それってでっくんの本質でもあるような気がする。もちろん良い意味で。
「人間関係って本当に難しいよねぇ〜」
「結月さんが言うなら僕なんてもっとだよ」
「え〜そんなことないよ」
今だって飯田くんに悩まされてるのに。
ちょっと強引だったな、とか。それこそ本当の意味での余計なお世話だったかな、とか。これでも悩んでいる。
「結月さんは誰とでも仲良くなれちゃうし、B組の人たちとも友達になって、すごいなって思うよ」
僕にはできないや、なんて眉を下げて笑うでっくん。
「だって私――友達になりたかったから」
それだけ。そう伝えたら、でっくんは不思議そうな顔をした。
***
「失礼しまーす」
放課後、職員室に訪れると……
「お!テレポートガールか。イレイザーだろ?今、呼んでやるから待っ」
「大丈夫です!そこに相澤先生がいるの見えましたから!」
「ん?そうか」
また大声で呼びつけそうなマイク先生に慌てて断る。私を出迎えてくれるのはこの先生しかいないのか……。
「入っても良いですか?」
「いいぜ!」
マイク先生に許可をもらい、相澤先生のデスクにまっすぐ向かう。
「どうした?」
私が近づくのに合わせて、読んでいた書類を無造作にデスクに戻し、体ごとこちらに向ける相澤先生。
書類が置かれたそこはさすが合理的。何もない!(逆に使いづらそうだけど)
「職場体験のことで……」
「なんだ、希望先を変更でもするのか?まあまだ間に合うが……」
「いえ、そうではなく。飯田くんのことなんですけど」
先生はややして「飯田の希望先か……」と、口にした。やっぱり相澤先生も気づいていたらしい。
「俺も気になったから、昨日話はしたよ」
その言葉に、飯田くんは昨日の放課後は相澤先生に呼び出されてたんだと気づく。
「引っ掛かるとこはあるが、保須に行ったからってヒーロー殺しとどうこうなるわけじゃねえ」
その言葉に私は「でも」と反論する。
「先生もご存じだと思いますけど、ヒーロー殺しの過去の事件の手口を見ても、保須市で再び犯行を及ぶ可能性が高いです」
ステインは出現した地区で必ず四人以上のヒーローに危害を加えていて、保須では飯田くんのお兄さんしか襲われていない。
今後、保須で現れる可能性は十分にありえる。
「職業訓練中は向こうのヒーローの監督下で行動する。危険度が高い事件には関与せんし、勝手な行動はできん」
「でも……四六時中一緒にいるわけじゃないですよね?」
しつこく食い下がると、相澤先生はしばし考えるような素振りをした後、口を開く。
「……おまえは飯田が復讐でもすると考えているのか?」
「はい」
はっきり答えた。相澤先生の目がじっと私を見返す。
「少なくとも私ならそうします」
「……!」
飯田くんの性格から見て、それはないとずっと考えていた。
でも、飯田くんがお兄さんの事を話しているところを思い出したら、性格とかそんな事は関係ないんじゃないかと思った。
もし、私が同じような立場になったら……。
大切な人、例えば安吾さんが同じ目にあったなら。
「当然じゃないですか」
私だったら、絶対に許さない。
相澤先生は一拍く置いてため息を吐いた。
「結月……滅多なことを言うな。これから俺はおまえに道徳を説かなきゃならねえだろうが」
そう言って、そんな面倒くさそうな顔をしつつも、ちゃんと指導はしてくれるらしいのが相澤先生だ。
「復讐っていっても、何も報復するとかじゃないです。敵はちゃんと捕縛して法で裁かれるべきだと思っているので」
それは単純に、両親や安吾さんが悲しむ事はしないと私は決めているから。
「私はやると決めたら、ちゃんと世の中のルールに沿って確実に上手くやる自信があります。けど、飯田くんはそうは思えないです。なんか思い詰めてるというか、周りが見えてないという感じがします」
「…………」
相澤先生は再びしばし考えるように口を閉じた。気がつくと、他の先生たちもこちらの会話に耳を傾けているのに気づく。
「……分かった」
そう、一言。
「あとで希望先のヒーローにこの事を伝えておく。ま、先方もインゲニウムの弟が希望して来たら薄々勘づくだろうが」
「ありがとうございます!」
でっくんが教えてくれた地に足をつけたようなヒーローなら、きっと飯田くんを気にかけてくれるだろう。
「今、保須市では次のヒーロー殺しの出現を見越して、他から応援を呼んで警備もしっかりと強化している。友人の心配するのはいいが、自分のこともちゃんと考えろよ」
「はい!」
最後にもう一度、相澤先生にお礼を言って「失礼します」と職員室を後にする。
あとは、飯田くんの職場体験中に、ステインが現れないよう祈るしかない。
***
「結月少女は友達思いの良い子だろう!!」
「オールマイトさん、いないと思ったらそんな所に隠れていたんですか」
「彼女はこの姿に疑念を抱いてる節があるからな……(体育祭の保健室で)」
「で。何であなたが自慢気なんですか」
「友人が引き取った子が立派に育っている……私が自慢したいほど嬉しくてね!」
「まあ、なんだかんだ面倒見が良い所はありますね、あれで。……――あ、お忙しいところ失礼します。私、雄英高校の教師の相澤と申します。ええ、どうも。職場体験の件で少しお話が……」
「(なんだかんだ面倒見が良いのは相澤くんもなんだよな〜)」