新幹線でGO!

 職場体験、当日。

(結局、飯田くんとまともに話さずこの日が来てしまった)

 バスの中から流れる景色を見る。向かう先はターミナル駅だ。

 職場体験中はコスチュームを着用のため、一旦学校に登校してコスチュームケースを持ってから、駅で各々職場体験先のヒーロー事務所へと向かう――という流れらしい。

「新幹線乗るの久しぶりだな〜!」
「地方のやつは飛行機乗れるから良いよな!」

 授業とはいえ、ちょっとした旅行気分。
 楽しげな会話に、車内は観光バスのようにも感じる。

 まあ、私は地元に帰るんだけど。

「理世ちゃんは今日は新幹線なのね」

 隣に座る梅雨ちゃんが言った。

「うん。交通費は学校持ちだし。交通機関は選べるらしいから、どうせなら新幹線に乗りたいなぁって」

 電車だと遠回りだけど、新幹線だとフェリーより早く着く。最短ルートを通っているのもあるけど、単純に新幹線は移動速度が早い。

「雄英ですと、通学は新幹線で通えますね」と、さらりと言った安吾さんに全力で断ったのは良い思い出。(さすがに新幹線での通学はハードルが)

「分かる!新幹線ってワクワクするよねー!」

 楽しげな透ちゃんの声に同意。私も新幹線好き。

「あー新横浜で降りるのか」
「そうだよ〜そこから電車に乗り換え」
「俺、結月と途中まで一緒だわ」

 瀬呂くんは東京駅で降りるらしい。

「アタシは逆方面!」
「同じく」

 三奈ちゃんと砂藤くんも新幹線組だ。

「梅雨ちゃんの体験先とは海からだと近いんだけどね」
「ええ。私は電車で乗り継いで行くわ」

 皆の会話を聞くと、東西南北、行き先がバラバラだ。
 一番遠いのは九州の常闇くんかな。

「お前ら、旅行に行くんじゃねえんだぞ……」

 ついに前方から、相澤先生が振り返って注意をした。


「――よし。全員いるな。じゃあ、切符を配るぞ」

 駅に着くと、賑わう構内の片隅に集まる。そのちょっと先では、同じように集まるB組の姿もあった。

「雄英の子たちだー」

 という視線を感じながら。全員が切符を受け取ると、相澤先生は最終確認する。

「コスチューム持ったな。本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」
「はーい!!」
「伸ばすな「はい」だ芦戸」

 元気よく返事した三奈ちゃんにすかさず先生の手厳しい指摘。「はい……」としょんぼりして答える三奈ちゃんに、隣でくすりと笑った。

「くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」

 あっさりとした先生の見送りに、それぞれ目的地に向かって歩き始める。

「楽しみだなあ!」
「お前九州か、逆だ」
「…………」

 人ごみの中に消えようとする、その背中を見つめた。声をかけるか否か迷っている。

 "気を付けてね"
 "無茶しちゃだめだよ"

 そんなありきたりな言葉さえも、一度拒絶されると、言うのに勇気がいると知った。

「飯田くん。……本当にどうしようもなくなったら、言ってね。友だちだろ」

 でっくんがそう声をかけて、その横でお茶子ちゃんがコクコクと頷く。

「ああ」

 飯田くんは振り返って、一言そう二人に答えた。

 そして、すぐに前を向いて歩き出す。

「良かったのか、声かけなくて」
「……焦凍くん」

 隣に並んだ焦凍くんを見る。彼も思うところがありそうな目で、小さくなった飯田くんの背中を見つめた。

「うーん……まあ、でっくんたちが代わりに言ってくれたから」

 苦笑いしながら曖昧な返事をする。

「焦凍くんも飯田くんのこと気にかけてるよね」
「恨みつらみで動く人間の顔なら、よく知ってるからな」
「……そっか」

 卑下とかではなく、客観的に分析しての理由に焦凍くんらしいというか何というか。

「じゃあ……俺も行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい。焦凍くんも何かあったら連絡してね。No.2の実力、私も気になる」
「ああ、分かった」

 一足先に、その場を離れる焦凍くんに手を振った。

「結月ー!おまえ、座席どこだった?」

 ちょうど見送ったタイミングで、瀬呂くんに声をかけられた。

「えっと……」

 先ほど相澤先生から受け取った切符をポケットから取り出して見ると。

「あ、隣の席だね〜」
「指定席だから、行き先同じ方面のやつはまとめて取ってるっぽいな。俺たちも行こうぜ」
「うん!あ、まだ時間あるからお菓子買ってかない?」

 駅弁食べたかったけど、お昼にはまだ全然早いし。
 午前中には横浜に到着する予定だ。

「遠足気分だな。賛成だけど。ま、買うならホームの売店だな」

 瀬呂くんの視線の先には相澤先生だ。さっさと帰ったのかと思ったけど、ちゃんと最後まで生徒たちを見送るらしい。

「相澤先生、行ってきます!」
「おう、行ってこい」

 先生に手を振り、瀬呂くんと共に新幹線の乗り場へと向かった。
 売店でお菓子と飲み物を買って、準備万端に新幹線に乗り込む。

「新幹線、ワクワクするねぇ。このまま瀬呂くんについて行こうかな〜」東京行きたい
「俺のとこ、結構体力勝負のとこだぜ」
「やっぱ遠慮しとく」
「撤回早すぎ」

 冗談を言いながら車内を歩く。切符と座席番号を照らし合わせると、ちょうど真ん中らへんみたいだ。
 
「お、雄英の制服」
「あの子たちって、体育祭で活躍した……」

 気づいた人たちから、またもちらちらと視線を受ける。体育祭の熱も落ち着いたから、以前よりは激しくないけど。

「ドンマイコールの……」
「ドンマイ少年!」

 それを聞いて思わず吹き出した。

「瀬呂くん、人気者だねぇ」
「うるせー」

 未だに言われる瀬呂くんに笑う。

「あっちはテレポートガールじゃない?」
「テレポートガールの子だ!」

「結月は「その時のヒーロー名が世に認知された」パターンをいくなぁ、こりゃ」

 今度は瀬呂くんが笑って、私が苦い顔をした。マイク先生の影響は大きい……。

「……まあ私はこれから新しいヒーロー名で活躍して、定着させ」
「お、ここだな」

 聞いてないし!――瀬呂くんは自身のコスチュームケースを頭上の荷台に乗せる。
 次いで「ほい」と自然に差し出された手。

「あ、ありがとう」

 その手にケースを渡す。代わりに荷台に置いてくれる瀬呂くんは、何気に気が利く系男子だ。

「瀬呂くん。私、窓側の席だけど、先に降りるからこっち座る?」
「お、そうか?サンキュー」

 席に座ると、程なくして新幹線は発車した。
 さっそく買ってきたお菓子をあけて、しばしの乗車時間を楽しむ。

「おまえ、お菓子もチョコあんぱんなのな」
「チョコが溶けないし、手も汚れないし、何よりおいしくて神な食べ物だから」

 ドヤァと瀬呂くんに差し出す。

「確かにうめーけど」
「でしょ。世はたけのこ派ときのこ派で分かれているけど、そこに私はチョコあんパン派の党を参入させる活動しててね」
「結月が言うと本気か冗談か判断が微妙なところだけど、まず世はその二つだけで分かれてねえ」
「さあ、瀬呂くんはどれ派!?」
「俺、マクロビ派」

 ……。女子か!

「なんか、健康的だねぇ」

 差し出されたマクロビティックのクッキーを頂く。

「俺、健康志向なの」って言った瀬呂くんを意外と見た。普段、あまり瀬呂くんとじっくり話さないし。(席も離れてるから機会があまりない)

「そういやぁ、結月。飯田とは仲直りできたのか?」

 予期せぬ言葉にきょとんとする。

「おまえらよく喋ってて仲良かったのに、ここ数日は絡んでなかっただろ」
「……まあ、喧嘩したわけじゃないんだけどね〜」

 飯田くんから一方的にというか。苦笑いを浮かべる。

「やっぱ飯田の兄貴の件となんか関係あんのか?」

 その言葉に驚いていると「ヒーロー殺しに襲われたインゲニウムって、飯田の兄貴なんだろ」と、瀬呂くんは付け加えた。

「うん、関係するかな。瀬呂くんも知ってたんだね」
「噂みたいな感じでだけどな。クラス中知ってると思うぜ」

 その言葉にさらに驚いた。皆そんな感じが全然しなかったし。

「飯田のことは心配だったけどさ。特に仲良い結月と緑谷と麗日が気遣ってんのは分かってたし。俺たちまでそうしたら、あいつも逆に気ぃ使うだろうから、あまり言動には出さなかったんだよ」
「そうだったんだ……」

 皆が影から飯田くんのことを見守っていた――この時、初めて知って。

「?どうした?」

 思わず溢れた笑み。

「うちのクラス、良い人しかいないなぁって思って」

 さすが将来有望なヒーロー科。それぞれ"個性的"だけど、皆、根は一緒。

「おまえ……一人忘れてんぞ。爆豪の存在を」

 瀬呂くんがわざと真面目な顔をして言うから、それがまたおかしくて笑った。(ちなみに瀬呂くんいわく、焦凍くんは悪いやつじゃないが良いやつでもないとのこと)

「私の中では爆豪くんは性格がアレなランキングの殿堂入りだから、除外前提で考えてた」
「いやぁ、あんなタイプ。俺の中学にはいなかったし、最初はあれでヒーロー志望かと驚いたもんよ」
「私の中学にもいないよ〜爆豪くんは特例中の特例みたいな人でしょ」

 きっと、今ごろ爆豪くんはくしゃみをしているに違いない――


 ***


「…………」
「なあ、あの雄英の制服。体育祭で暴れて拘束されてた1位のやつじゃね」
「あ〜めちゃくちゃ顔が怖かった!」
「〜〜ッ!!(どいつもこいつもウゼェ……!!!)」


 ***


「ね、瀬呂くんの中学時代ってどんな感じ?」

 ちょうどさっき話題に上がったので、聞いてみる。

「俺は今とあんま変わんねーかな。ワイワイ楽しくはやってたけど、"個性"が地味だからイジられたりもしたし」
「頑張ればスパイダーマンみたいになりそうなのにねぇ」
「だよなぁ!」

 スパイダーマンはアメリカで超人気ヒーローだ。彼が題材の映画にもなって、日本でも馴染みある人気ヒーロー。

「ちなみに何人かハデな"個性"のヤツも雄英に受験したけど、合格したのは俺だけだ」
「優秀なのに拭えない地味さって逆にすごいよね〜」
「ケンカ売ってる?」
「いやいや、褒めてる」

 ヒーロー基礎学の授業でも瀬呂くん、成績良いしね!

「そういう結月の中学時代は……、つってもおまえも変わらなそうだな」
「うん、私も今と変わらない感じかな。好き勝手自由にやってた」

 中学時代は楽しかった思い出が多い。
 友達はできたし、放課後は探偵社に遊びに行ったり。

「だろうな。八百万と同じ中学なんだよな」
「そうそう。八百万さんはすごかったよ〜学年どころか学内で成績トップで、生徒会長も勤めててね〜あの見た目もあってまさに高嶺の花って感じだった」

 私が八百万さんを初めて見かけたのは、入学式の新入生代表の答辞の時だった――……


「暖かな風に誘われ、桜の蕾も開き始め――」

 堂々とした佇まい。第一声の凛とした声が、その場を一瞬にして惹き付ける。

「……八百万さんって、すごいお嬢様なんだって……」
「……"個性"もチートだって、噂だぜ……」

 そんなどこからか、ひそひそ話が聞こえて来て。

(絵に描いたような才色兼備の人だなぁ)

 というのが、私の第一印象だった。
 今もそれは変わらない。
 まあ、ちょっと羞恥心が足りなかったり、無防備だったりと良い意味で印象が変わった部分もあるけど。

 そんな八百万さんとは一度も同じクラスになった事はなく……ただ、何度か会話は交わしていて、顔見知り程度の仲ではあった。

 初めて言葉を交わしたのは、確か一年の秋頃――……

(あ、八百万さんだ)

 いつ図書館に来ても八百万さんの姿を見かけたから、私はすごいと感心していた。
 いつもは熱心に本を読んでいる姿だけど、今は一際重そうな本を、本棚に戻そうと奮闘している姿だった。

 平均より背が高い八百万さんでも、一番高い棚に重い本を戻すのは大変だろうなと思い……

「ちょっと貸りるね」
「――え」

 その本に触れて、"個性"を使って本棚に戻した。

「――っていう。私が男なら恋が始まってそうなシチュエーションが、八百万さんと話した最初のきっかけ」
「へぇ〜!(むしろ百合展開っぽい気も……)」

 話を続ける。

「その"個性"……もしやあなたが結月さんですか?」
「ええ、そうだけど……」

 この時は、八百万さんの口から私の名前が飛び出して驚いた。

「いきなり失礼しました。私、隣のクラスの八百万百と申します」
「あ、ご丁寧に……結月理世です」

 そこで、なんとなくお互い自己紹介して。

「別のクラスに希少なテレポートの"個性"を持つ方がいると、噂になってましたので……」
「ああ、それで」

 笑顔で納得すると、今度は私から話を切り出す。

「八百万さんもすごい"個性"でしょ?《創造》だっけ。入学時から話題になってたよ」

 そう言うと、八百万さんは逆に渋い顔をした。

「私は……まだまだですわ。私の"個性"は、創るに当たって対象物の分子構造まで理解する必要がありますの」
「それで、いつも図書館で本を読んでたの?」
「はい。勉学は日々の積み重ねが大事ですので――」

「そう言った八百万さんの笑顔は眩しかったよ……」
「それ中一の時の話だろ?やっぱできるやつは普段から努力してんのなァ……」

 瀬呂くんと二人で遠い目をした。たぶん、お互い同じような適当人間だ。

「そういやぁ、八百万も結月のこと、中学時代からすごかったって言ってたな」
「八百万さんが?」

 聞き返すと、瀬呂くんは詳しく話してくれる。

「体育祭の時に結月の試合観ながら、確かその頃から"個性"を使いこなしてただの。人気者だったの。文化祭ではシンデレラを熱演してただの」
「……。それは照れるねぇ」

 八百万さんが褒めてくれたのは嬉しいけど、文化祭のくだりはいらない的な。

「シンデレラを熱演……」
「二度言わないで。結構恥ずかしいから……!」

 片手で顔を隠すと、隣からくつくつと笑い声が聞こえた。瀬呂くんめ。私をイジるなんて腕を上げたな。

「お!結月、あれ小田原城じゃね?」

 ふと、瀬呂くんが指を差す。

「えっどれ!?」
「っ!」

 身を乗り出して窓の外を見る。

「わぁ、本当だ!」

 難攻不落の小田原城!

 観光で訪れた事はあるけど、新幹線の中から見えるとは新しい発見。

「ちょ……おま、近い近い!」
「写真!写真撮りたいっ」

 写真撮って、安吾さんに送りたい!

「わーったから、少し離れ……」

 スマホを取り出すのにモタモタしていると、すぐに通り過ぎてしまった。

「あーあ……」
「(焦った……)」


 小田原という事は、次はもう新横浜だ。やっぱり新幹線は速いなぁ。


「――じゃあ、瀬呂くん。お互い良い職場体験にしようねぇ!」
「おーまた学校でな!」

 瀬呂くんと別れて新幹線を降りると、乗り換え口に向かう。
 
 そして、電車に乗り込めば――

「着いた〜というか帰って来た〜!」

 見慣れたかまぼこホテルに観覧車。賑わう人々に、平日でも観光客も多い。

 ここからは徒歩(テレポート)で、グラヴィティハット事務所まで向かう。

 事務所は大通りに面した一角で、シンプルかつ洗練された外観。
 レトロな探偵社とは反対のデザインだ。


「雄英高校から来ました、結月理世です!一週間、よろしくお願いします!」


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