「よォ、来たな――理世」
グレーのベストに黒いチョーカーとジャケット。それに映えるオレンジの癖がかかったアシメントリーな長めの髪。
三白眼に目付きは悪いけど、龍くんほどに鋭くはない。
トレードマークの黒い帽子は、ポールハンガーにかけてあった。
横浜を仕切る重力遣いヒーロー《グラヴィティハット》
本名、中原中也。
「一週間。学校では教わらねェ、現場でのヒーローのいろはを教えてやる。覚悟しておけよ?」
中也さんはにっと笑って言った。
「一週間頑張ろうねっ理世ちゃん」
「甘やかしはせぬ」
その横に立つのは、サイドキックの敦くんと龍くんだ。
「分からないことがあったら何でも聞けよ!」
同じくサイドキックの立原道造――道くん。
道くんは潜入捜査を得意とするヒーローだ。
顔が割れると任務に差し支えが出るので、イレイザーヘッドのように滅多にメディアには出ないけど、度胸と頭の回転が早い凄腕ヒーロー。
見た目は鼻に絆創膏を貼ったやんちゃ系男子だけど。(それも意味があるらしい)
「はい!百聞は一見に如かずで頑張ります!」
「おし、良い返事だ。まずは荷物置いて着替えて来い。諸々の話はそれからだ」
「はーい」
「伸ばすな「はい」だ理世」
三奈ちゃんが相澤先生に怒られたと全く同じに龍くんに怒られた。
「……はい」
いけないいけない。挨拶はちゃんとしたけど、親しい間柄につい気が抜けちゃった。
「樋口、案内してやれ」
「はい!……理世、こちらへ」
樋口一葉――樋口さん。
この事務所で働く秘書みたいな人だ。
樋口さんに案内されて、更衣室へと向かった。
「まずは、理世」
「はい」
歩きながら話しを切り出した樋口さんに、しっかり返事する。
「芥川先輩に迷惑をかけないこと。これを肝に命じなさい」
「……。善処します」
樋口さんはアレだ。龍くんが太宰教なら、樋口さんは芥川教だ。
「樋口さんって、残念な美人さんだよねぇ……」
「なっ、どういう意味それは!ていうか早速タメ語!」
綺麗な金髪に、パンツスーツも似合っててかっこいいのに。
「ここが更衣室よ。ロッカーはここを使って。着替えたらさっきの部屋に戻って来ること」
「分かりました」
言われた通りに荷物をロッカーに置いて、ケースを開ける。
「あ、それと理世。先に確認したいことがあります。職場訓練中の寝泊まりについて」
本来なら近隣のホテルに泊まったり、ヒーロー側が用意してくれるものらしい。
「自宅から通っても良いし、希望するならホテルの部屋を取ってもいいって中原さんが言ってたけど……」
どうする?って言う樋口さんの問いに「大丈夫」と答える。
「龍くんと銀ちゃんの家に泊めてもらうので」
自宅から通うのも味気ないので、その間は二人の家にお泊まりさせてもらう事になっていた。
ちゃんと安吾さんにも話してある。
「……!先輩の家に泊まるなんて、羨ましい……っ!」
「……樋口さん?」
「い、いえ!ゴホン。分かりました。中原さんにもそのように伝えておきます」
そう言って、樋口さんは何事もなくキリッと出て行った……。ええ……。
「ほう……なかなか良いじゃねェか」
着替え終わると、中也さんに敦くんたちも褒めてくれる。コスチューム姿を学校以外で見せるのは初めてなので、少し照れくさい。
「あの青鯖と揉めに揉めて収拾がつかなくなったから、最後にゃあ両方の案を提出して会社に丸投げしたんだが……上手いことまとめたな」
「……!」
衝撃の事実……!
いや、私も二人に投げたけど、二人も会社に投げたんかーーい!(作ってくれた会社の方たち、お疲れさまです!)
「職業としてのヒーローについてなら、学校の授業でも教わっただろうからな。説明は省くぜ」
一応くくりは公務員とか、基本歩合制だとか。初めの方のヒーロー基礎学で習った授業を思い出す。現実的な内容で、皆つまらなそうにしてたのを覚えている。
「事件発生時以外のヒーローはやるこたねえと世間から言われてるが、逆だ」
中也さんは話す。
「探偵社みたいな依頼だって受けるし、犯罪の取り締まるだけでなく、抑制をすることや備えることも大事だ。特に、この横浜では大きな事件を起こしてる奴の影で、コソコソやってる奴も多いからな」
「それを実際に知るための職場体験でもあるということですね」
「そういうことだ」
中也さんは満足そうに頷いた。
毎日、事故や事件が起こるわけではない。むしろ現実的な仕事をこなす事も多いはず。
『そこ勘違いすると、挫折するぞ』
そう相澤先生も言っていた。
ヒーローは現実と、非現実が合わさった特殊な世界だ――と。
「まずは基本のパトロールにこれから行く。事故事件に遭遇したらおまえにもしっかり働いてもらうからな」
「らじゃーです!」
市街パトロールも犯罪抑制になる大事なヒーロー活動だ。
「ま、他に学びたいことがありゃあこれからスケジュールに組み込んでやるぜ?」
「ありますあります!」
教えてほしい事はたぶん山ほどあると思うけど、この職場体験で学びたい事はちゃんと考えて来た。
「体育祭で準決勝で戦った時の反省を省みて――意表や奇襲が得意な私の"個性"でも、相手の反射神経がずば抜けてたら戦うのが難しい。ってことで、私ももっと同等な反射神経がほしいのでそこを鍛えてほしいです。テレポートでも避けるにしても反応が遅かったら意味ないし。あとは大技を披露しちゃったので、またテレポートと合わせられるかっこいい技を教えてほしいのと……空中戦!せっかく空中も移動できる"個性"なのに盲点でした。空中戦も教えてください中也さん!」
とりあえずそんなところかなぁと一息に言った。
「お、おう……思ったよりしっかり考えてきてたんだな……」
「またとない機会なんで」
キリッと言ってみせる。
「はは。あの爆豪ってガキに負けてよっぽどくやしかったのか?」
「理世ちゃんにとってのライバルが彼って意外だね」
「ライバルっていうか、戦うのにちょうどいい相手なんだよね」
道くんや敦くんの言葉にうーんと答える。
高い実力に、人の嫌な所や弱点を見つけて容赦なくガンガン攻めてくるから勉強になるし、悪人面だからこっちも躊躇なく戦えるし。
「とりあえずの目標的な?爆豪くんに勝てないようなら、ヒーローになっても敵と渡り合えないかなって」
実力を考えると焦凍くんにもだな。
氷だけなら勝機はあるけど、炎を使われたら厳しいかなぁ。
きっと、今回焦凍くんはエンデヴァーの所で炎の扱いも学んでくるはず。
「理世にしては善い心がけだな」
「でしょ?」
「こりゃあプロとしてちゃんと答えねえとなァ」
くっくと喉を鳴らして笑う中也さん。
「それらを踏まえて鍛練してやる。ああそれと、パトロール行く前に先に伝えておくことがあったな」
そう言って一反言葉を切ると、次に口を開いた時は、中也さんの表情は真剣なものに変わっていた。
「先日、俺の車に爆弾が仕込まれた」
「!それって……」
「ああ、俺に恨みを持つ敵の仕業だろう。威力や仕掛けの簡易さから、宣戦布告の可能性が高い」
「僕たちはその犯人を調査中だ」
「俺らに喧嘩を売るって、上等だぜ」
「僕らがいるけど、いつ襲って来るかも分からないから、念のため理世ちゃんも注意して」
敦くんの言葉に、真剣な表情をしてこくりと頷く。
ヒーロー、しかも重力使いが率いる先鋭揃いの事務所に喧嘩を吹っ掛けるとか……。一体どんな敵が……
「安心したまえ」
「「!!?」」
「ッ!!その声は――!!」
突如、部屋に響いた聞き覚えがある声と古風な言い回し。
良い感じにカーテンをはためかさて現れたのは!
「「太宰さん!?」」
「太宰!!テメェどこから入ってきた!?」
「うふふ。私はずっといたよ……。このカーテンの裏にね!」
予期せぬ太宰さんの登場に場は混乱。
「ずっと!?え、いつから?」
「いや、さっきまでいなかった……よな?」
「ちょっと待て。全然気づかなかったぜ……」
「太宰さん……!」
敦くんと道くんと怪訝に顔を見合わせる。
テレポートの"個性"の私より神出鬼没ってどういうこと。
そして何しに来たの、太宰さん。
「中也の車に爆弾を仕掛けたのは、この私さ!」
「「(登場して早々に爆弾発言!!)」」
爆弾だけに!!
「ああなんだ、テメェか…………っテメェかよ!!!」
突如、中也さんの蹴りが太宰さんの頭上を掠める。
すごいノリつっこみだぁ!
正確には頭に直撃する前に太宰さんはしゃがんで避けた。
「無駄だよ。君の攻撃は間合いも呼吸も把握済みだ」
「加減したんだよ。器物破損罪に住居侵入罪で今日こそテメェをしょっぴいてやる……!覚悟しろ、この敵擬きがッ!」
「ちびっこヒーローが私を?冗談でしょ」
再び蹴り出される脚を、ひょっいと太宰さんは軽々避ける。
室内でこう暴れられたら、まあ当然。
「ああ……事務所が……っ」
樋口さんの悲痛な声と同時に、ドンガラガッシャンというギャグのような音が室内に響いた。
「さすが太宰さん……。見事な回避」
「「………………」」
……。おかしい。私は確か職場体験に来たはずなんだけど。なにコレ。
「私、体験先間違えたかなー……」
「……ごめん。この状況を前にそんなことないよって否定できない自分がいる」
「つーか、あの人は何しに来たんだマジで……」
答、嫌がらせ。
「じゃあ、トリックスター。ざっと周辺をパトロールしよう!」
「はいっ月下獣!」
敦くんの後ろを着いて行く。
ヒーロー名で呼び合うのは新鮮。本当は中也さんと行くはずだったらしいけど、あの状況に見かねた敦くんが、こっそり連れ出してくれた。
おかげでやっと本来の目的のヒーロー活動ができる。
事務所には龍くんだけだと不安要素があるけど、道くんがいるから大丈夫だろう。
道くんも敦くんと同じように常識人だから。
時おり人々に声をかけられて、手を振り返しながらよく知る町を歩く。
「この辺は治安が良い所だよね」
「そうだね。やっぱり中華街の裏道とか、郊外の方とか事件発生率が高いかな。小競り合いとかも」
人目が届きにくい所だと、麻薬や違法な物品の取引が多いと敦くんは言った。
荒事だけでなく、そういった犯罪行為を見つけたら取り締まるのもヒーローの役目だ。
「横浜だと港も要注意だね。船だけでなく、泳いで不法入国してくる敵もいるし」
「泳いで!?」
「うん。そういう"個性"で。この間は確か亀のような……」
亀!どこからか知らないけど、泳いでくるとかどんだけ体力があるとか、そうまでして不法入国する目的とか、色々謎だぁ……。
「中華街を通って、港まで行ってみようか」
パトロール中は気を抜いたらダメだけど、ちょっとお散歩気分だ。
「甘栗甘栗!」
「おいしいヨ〜!」
「社長サン社長サン!甘栗どう!?」
「いや、僕は社長じゃなくてヒーロー……」
「可愛いお嬢サン!アナタよ、お可愛いお嬢サン!甘栗甘栗!」
「可愛いも甘栗も間に合ってます!」
中華街を進む途中で、甘栗のしつこい押し売りに合った。
必死過ぎて怖い。こっちも必死に断りつつ、同じように困っている人たちがいたら助け、なんとか甘栗通りを抜け出す。
「ありがとう、月下獣!危うく甘栗を大量に買わされるところだったよ……」
「ヒーローって、こんな小さなことも助けてくれるのね!」
「あはは……どういたしまして」
「見習いヒーローさんもありがとう!」
「とんでもないです!」
理由は(甘栗)なんであれ、そう感謝されるのは嬉しい。うん、善い事をした気分。それはそうと。
「月下獣、甘栗の人たちちょっと規制かけた方が良いんじゃないかしら」
「本当だね、トリックスター。後で警察に相談しよう」
いきすぎた勧誘や押し売りも違法になるはず。
港に着き、しばらく歩いていると……今度は漁師っぽいおじいさんに声をかけられた。
「あんた、ヒーローの月下獣だろ?」
これはもしや、事件の相談……?そうドキドキしていたら。
「最近、変な人が網にかかって困ってるんだが、注意してくんねえかな……男で長身の……」
「「(絶対太宰さん……!!)」」
一瞬にして把握した。
そんな人、この横浜に……いや、日本中探しても太宰さんしかいないだろう。(世界中探したら一人ぐらいは似たような人がいるかも知れない)
「〜〜えっとですね、今度その人が網に引っ掛かったらここに電話してください」
そう言って、敦くんは名刺を取り出して渡した。武装探偵社の名刺だ。
「僕が言うより、効果があると思いますから」
確かに。敦くんより国木田さんが叱った方が幾分かは効果があるだろう。幾分かは。(国木田さんの胃に穴が開くかな……)
その後も港の周辺をパトロールし、ひと休みがてら海を眺める。
結構歩いたなぁとスマホの万歩計を見ると、すでに3000歩は歩いていた。普段はテレポートで移動する事が多いからせいぜい1000歩ぐらいなのに。「すごくない!?敦くん」「う、うん。すごいね……」
ポー……という汽笛の音と波の音に癒される。
今日は穏やか。平和だとヒーローは廃業になっちゃうけど、やっぱり平和が一番。
「月下獣。普段のヒーローがどんな感じかちょっと分かった気がする」
敦くんとこうしてパトロールして。
「テレビで流れるニュースの多くは敵と戦って、事故や災害に合った人たちを救うヒーローの姿だけど。こんな風に町の人たちと関わって、小さな問題でも取り組むのは大切なことだと僕は思うんだ」
ヒーローとしてじゃなく、一人の人間としても――そう微笑む敦くんが眩しいのは、きっと海に反射した光のせいだけじゃない。
「でも、なんでか僕だけが相談事をよく受けるんだよな……」
不思議そうに言う敦くんに笑う。そりゃあそうだよ。
「敦くん、道とかもよく聞かれない?」
「え?よく分かったね。道もよく聞かれるよ」
やっぱり。だって敦くん人が良さそうなオーラ出てるし、相談したら絶対親身になって聞いてくれそうだもの。
来た道とは違うルートを歩きながら事務所に戻る事にした。
そろそろお昼だね、僕たちもお昼ごはんを食べようか――そう言って、敦くんに連れられたのは、事務所近くの喫茶店。
「いらっしゃいませ――おや」
「こんにちは、広津さん」
店内は落ち着いた素敵な空間だった。
壁には美しい絵が飾られて、調度品はアンティーク。
よく行く喫茶店は探偵社の下のうずまきだけど、そことはまた違った大人の雰囲気。
事務所の近くにこんな素敵な喫茶店があったなんて、初めて知った。
「今日は初々しいヒーローとご一緒のようだね」
「あ、初めまして」
ぺこりと頭を下げる。
「ここの喫茶店のマスターの広津柳浪さん。事務所から近いし、よくお昼はここで食べるんだ」
敦くんは、次に私の紹介を広津さんにしてくれた。
「未来のヒーローということですな。では、今後とも当喫茶店をぜひご贔屓に」
そうさらりと言った広津さんは、ダンディーでいわゆるイケオジだ。かっこいい。
「たまに立原くんもバイトに来るんだよ」
「道くんが!?」
ヒーローなのに!って言ったら「本人的には潜入捜査の気分展開に良いみたい」だそう。潜入捜査をした事がないので分からないけど、そういうもの?
「ヒーローは副業が許されてるからね。ここだと事務所も近いし、賄いを食べられるし」
「芸能界が副業のヒーローは多いけど、喫茶店は初めて聞いた」
ウワバミとかグラビアやCMなど、積極的に芸能活動していてテレビでもよく見る。(そういえば、八百万さんの体験先がウワバミだっけ)
まあ、芸能活動はしてなくても、スポンサーのCMにヒーローが出る事はよくあること。
あのエンデヴァーもブラックコーヒーのCMに出演してたり。
「お待たせしました――」
そんな他愛のない会話をしていると、テーブルにランチが並ぶ。
ここの名物はナポリタンらしいけど、万が一コスチュームを汚したら嫌なので、私も敦くんと同じハンバーグにした。
太宰さんの乱入に一時はどうなるかと思ったけど、こんなおいしいお昼を食べられて幸せ。
「これは、当店からの特別サービスです」
ランチをおいしく頂いた後に出されたのはパフェだ。思わぬデザートに目を輝かせる。
「わぁ、ありがとうございます!」
「僕も良いんですか!?」
職場体験&新人指導の激励の意味を込めてらしい。敦くんが「ここはデザートもおいしいんだ」と言った通り、甘いもの好きな私も唸るほど美味……!
「おいしかったけど、量も多かったから食べ過ぎたかも……」
「確かに……いつもはデザートまでは食べないから」
敦くんと満腹になりながら事務所に戻る。
これは食事の運動がてら、鍛練をつけてもらわないと。……吐かない程度に。
「ただいまパトロールから戻りました!」「ました!」
中に入ると太宰さんの姿はなく、部屋の片付けもすっかり終わっているみたい。
「お、戻ったか。一緒に行けねえで悪かったな」
「いえ、大丈夫です」
出迎えてくれた中也さんの機嫌は良さそうでよかった。
普段の中也さんは良識ある良い人だ。
太宰さんが絡むとアレなだけで。
「午後は鍛練の相手をしてやる」
という中也さんの言葉に「お願いします!」と元気よく答えた。
やって来たのは事務所の下の稽古場。
中也さんと一対一で対峙する。
「中也さん。ちょっと本気を出してもらっても良いですか?」
私がそう言うと、中也さんはほうと目を細めた。中也さんと手合わせする時は、私のレベルに上手いこと合わせてくれていたから。
一度、本気のプロヒーローの実力を肌で感じてみたい。
「……いいぜ。泣いても知らねーけどな」
「私、簡単には泣かないのでご心配なく!」
「っは。そうかよ――!!」
始まりは急だった。
中也さんがたんっと足を踏み出したと思えば、まるで瞬間移動のように、すでに目の前にいる。
(あ、吐かない程度にってお願いすれば良かった――)
そんな事を今さらぼんやり思った。
「――……はッ!」
始まりが急なら覚醒も急だ。
ぱちりと目が覚めると、案の定、体中が痛い。
「いたた……」
「起きた?大丈夫?」
「あれ?銀ちゃん………って」
目の前には心配そうな銀ちゃんの顔だ。そして気づいた。膝枕されてる!
「銀ちゃんの膝枕だなんて、世の男子に羨ましがられちゃうね」
そう言いながら、よいしょっと起き上がった。
「ええ?そ、そんなことは……。それより、もう起きて大丈夫なの?」
「うん、ありがとう」
瞬殺。何が起こったか分からないぐらいに瞬殺だった。
パワーもあるけど速さもある。
中也さんに自身の"個性"を使うまでもなく伸されて。おかげで爆豪くんの準決勝の怒濤の攻撃が、可愛く思えるほど。
「銀ちゃん、大学から帰って来てたんだね」
「ええ。ちょうど兄さんから電話を受けて、理世の手当てをしてほしいって」
「龍くんが?」
意外という顔をすると、銀ちゃんがくすりと笑った。
「あれで兄さん。理世のことをすごく気にかけてるんだよ」
「本当に?なんかあっさり負けて情けないとか、もっと力をつけろとか言われそうだけど……」
龍くんは自分にも他人にも厳しいタイプだ。普段から容赦なく言ってくるし。
「でも、体力つけろとか体を鍛えろとかは言わないでしょ?」
「うーん、確かに……」
「兄さん、今でこそ医療の発達で体が良くなったけど、昔は肺の病気で体が弱かったから……」
……そういえば、昔の龍くんはよく咳込んでいた気がする。
「学校もよく休んでて、高校も入学してすぐ二年間留年しちゃったけど、今は夢だったプロヒーローになれることができた」
銀ちゃんは普段は口数が少ないけど、こうして龍くんの事を語る姿に、家族思いなのが伝わってくる。
谷崎兄妹とはまた違った(あの二人と比べるのもあれだけど)兄妹の絆を感じた。
「だから、自分と似たような体力が付きにくい体質の理世を目にかけてるんだと思う」
銀ちゃんから見た龍くんの姿はそうらしい。
「――起きたのか、理世」
「おかげさまで」
噂をすればなんとやら。
「さっそくだけど、龍くん。手合わせして」
「……起きてすぐにとは、何故の心境の変化だ?」
「別に。龍くんがいたから、反射神経を鍛えるなら、龍くんの攻撃を避けるのが手っ取り早く鍛えられるかなって」
「……よかろう。稽古場に戻るぞ」
くるりと踵を返した龍くんの後をついて行く。「頑張って」小声でエールを送ってくれた銀ちゃんに笑顔で頷いた。
龍くんの"個性"は《羅生門》
着ている衣服を変化させる"個性"だ。
("個性"名は本人命名。何故羅生門なのかは昔読んだ作者不明の小説かららしい。やつがれと一緒)
『"繊維"を自在に操る』
ベストジーニストの"個性"と似ているようで全く異なる能力。
時には刃に、時には黒い獣に姿を変え、攻撃にも防御にも特化した"個性"。
ちなみにコスチュームが長いコートでひらひらしているのは、リーチを伸ばすためらしい。
「始める前に……太宰さんから理世の指導に関して助言をもらっている」
「太宰さんから?」
私が最初に話した学びたい事をばっちり聞いてたらしい。さすが太宰さん!
「避ける="個性"で行うという独自の条件反射を作ること」
「条件反射……」
「つまりはパブロフの犬だな」
「……なるほど。いや、その例えはちょっと」
――自分が分かりやすいように文字にして簡単にまとめる事にした。
龍くんが倉庫から出してくれたホワイトボードに書き込む。
「今までの私は、」
攻撃が来る→避けなきゃ→テレポート!
「だったのを。これからは、」
攻撃が来る→テレポート!
「って、短縮するわけね」
「何故、"びゃっこ"と"らしょうもん"の絵を描く必要性がある」
「何となく」
びゃっことらしょうもんが攻撃してくるイラストを可愛いく描いてみた。
"びゃっこ"は月下獣をモチーフにした可愛いぬいぐるみの様な白い虎のキャラクターで、"らしょうもん"は黒獣の"個性"の黒い獣をデフォルメにした、これまた可愛いキャラクターだ。
そのキュートなデザインにヒーローグッズの中でも人気を誇り(ヒーローの給料より印税がすごいとか……)
私も見つけるとついつい集めてしまう。
「横浜には二人のキャラクターグッズ専門店があるよね」
「知らぬ。いつの間にか出来ていた」
話を元に戻して。
「でも、これだとどこに飛ぶか分からなくない?」
テレポートで避けるとなると、同時にどこかに飛ばなければならない。
今まで無意識にできなかったのは、テレポート先を考えなければいけないからで。
今までだと避けたと同時に、相手の死角に飛ぶことが多かったけど。
「今からやる訓練はそれも兼ねている。攻撃が来たらテレポートで避けるという条件反射を体に叩き込み……実戦でいちいち考えなくても適した場所に飛ぶという思考回路を脳に叩き込め」
単純な反射神経も鍛えられて一石三鳥の訓練だ。
「何事も一長一短じゃいかないってことだね〜」
龍くんの黒いコートが蠢いているのを、強く捉える。
「では、行くぞ――羅生門・黒波濤!」
黒いコートは無数の帯に。これをすべて躱すのは至難の技――……
「二人とも、中也さんがそろそろ今日の訓練は終わりって……理世ちゃん!?」
「あ、敦くん」
ちょうど龍くんに片足が捕まり、ぶらーんと逆さまに吊り上げられたところだった。
「よっ――と……」
"個性"で脱出は可能だけど、多用による疲労困憊にふらりとし、その場に座り込む。
「ボロボロだね……大丈夫?」
「休めば大丈夫〜」
ボロボロだけど、龍くんは衣服を帯状にしてくれたから怪我はしていない。
「中也さんにはちょっと休んでから行くって伝えておくね」
「ありがとう、敦くん。龍くんも付き合ってくれてありがとう」
「礼なら鍛練の成果で示せ。無論、職場体験中は付き合ってやる」
むしろ、私よりやる気満々の龍くんだ。あはは……と、から笑いした。
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※甘栗の押し売りはフィクションです。
甘栗試食をいっぱいくれるのは中華街あるある。(現在は違うかも)