職場体験、二日目。
「おはよ〜」
「おはよう、理世」
「思ったより早く起きてきたな」
リビングに着くと、すでに身支度を済ませた二人の姿があった。
「銀ちゃん。昨日は夜ご飯作ってもらったから、今日は朝ご飯は私が作ろうと思ったのに起きれなかった……」
ごめん、と謝ると銀ちゃんはふふと笑う。
「いいのよ。それに今朝は兄さんが作ったから」
「えっ?」
食卓に並んだ和食と、龍くんを見比べる。おかげで目がぱっちり冴えた。
「僕とて料理ぐらいできる。それより早く顔を洗って来い」
「うんっ」
龍くんに促されて、洗面所へと向かった。
龍くんお手製の朝食を食べて、制服に着替え、身なりを整える。学校……ではなく、向かうのは事務所。
「行ってきます!」
銀ちゃんに見送られて、龍くんと家を出た。
「ヒーローは出勤する時はもうコスチューム着てるんだね」
「人による。人虎や中也さんは事務所に出勤してから着替えているな」
「へえ〜」
そんな話をしていると、見知った後ろ姿に大きく声をかける。
「織田作さーーん!」
「理世、に、芥川か」
「!?」
……――え?
織田作さんが答えたのと同時だった。
龍くんの裾が刃になって、織田作さんに襲いかかったのは。
「っちょっと龍くん!?ヒーローが民間人襲っちゃだめだよっ!」
ヒーロー以前の問題だけど!
「襲ったのではない。挨拶だ」
「挨拶……!?」
いやいや、明らかに織田作さんの喉元目掛けて、黒い刃が飛んでいったのを私は見た。
織田作さんの"個性"があったから良かったものの。
織田作さんの"個性"は《予知》
5秒以上6秒未満の未来を予知ができるらしい。その"個性"で、龍くんの攻撃を見ずに避けたのだ。
「ああ、挨拶だ」
「!?」
織田作さんも真面目な顔で同じ事を言った。否、織田作さんは常にその顔だ!
「いつも芥川と顔を合わせる度にこうしてくるのでな」
「それ狙われてるよ織田作さんっ!」
ちょっと犬がじゃれてくる程度に言ったけど……!
「太宰さんは言った。僕は百年経っても貴様に勝てぬと。実力をこの手で計りたく、いくら頼んでも手合わせをしてくれぬ故。出会したらこうして仕掛けている」
「いつも言ってるように、俺は大した男じゃない。才能も実力もお前の方が上だろう」
「……その澄ました態度が気に食わぬ……」
……なるほど。噛み合わない二人の会話に理解した。お互いが延々と平行線なために招いた結果だ、これは。
とりあえず、その元凶は太宰さんだと決めつけて間違いない。
「それより、織田作さんは朝早くから仕事ですか?」
話題を変えるように言うと「ああ」頷いて、織田作さんはジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出した。
「この行方不明のオウムを探している。もし、見かけたら連絡をくれ」
写真には白くて頭の毛だけが黄色いオウムが写っている。武装探偵社といえど、普通の探偵社のように、ペット探しの依頼もよく来ていた。
「偉い人のオウムなんですか?」
朝から探すなんて。
「いや、商店街の八百屋のオウムだ。鳥は朝が早いからな。この時間に探した方が効率が良いと思った」
「そうなんですね。確かに朝になると鳥って鳴いてますもんね〜」
「ああ。ニワトリもオウムも似たようなものだろう」
「「………………」」
それは、違うんじゃ……?
「それとは別に、太宰を知らないか?」
「太宰さん?」
「昨日から見てなくてな」
また太宰さん、どこかで自殺でも……。
「昨日は太宰さん、午前中グラヴィティハット事務所に現れたけど……帰ったんだよね?」
「ああ。理世たちがパトロールに行った数分後には、中也さんに節分の日の如く塩をかけられ追い出されていた」
「………………」
『樋口!塩持って来い!塩!』
『は、はい!』
『塩なんて蛞蝓の天敵持って来ちゃって大丈夫なの?』
『テメェにかけんだよッ青鯖!塩焼きだオラァ!!』
――リアルにその光景が目に浮かんだ。(だから樋口さんは掃除機持ってたのね〜)
「もし太宰を見つけたら、それも知らしてくれ。無断欠勤で国木田が怒っていたからな」
「分かりました」
あっちでもこっちでも……さすが太宰さんだ。
「じゃあ、俺は行く。理世、職場体験頑張れよ」
最後にそう言って立ち去る織田作さんに、手を振った。
「鶏と鸚鵡の違いも分からぬ男に、僕が劣るというのか?」
「まあ、天然入ってるのが織田作さんの良い所だし……」
私はぽやんとしている織田作さんしか見た事ないけど、太宰さんが言うんだから実力は確かなんだろうな。
「先程のコスチュームの話だが、この様にいつ何時敵に会うか分からぬ故にだ」非番の時は着用せぬが……
「……その辺りの意識高いよね、龍くん」
「あ、おはよう。理世ちゃん」
「おはよう、敦くん」
事務所に入るとキラキラした敦くんの笑顔に出迎えられた。なんだか癒される。
「中也さん、おはようございます」
すでに奥のデスクに座っている中也さんは、コーヒー片手に新聞を読んでいた。
「おはようさん。今朝はちゃんと起きられたか?」
「なんとか……着替えて来ますね」
更衣室に向かうと、樋口さんが身支度しているところだった。
「樋口さん、おはようございます」
「おはよう、理世」
ロッカーにそのままかけてあるコスチュームを手に取る。
「それで……理世」
「はい」
「芥川先輩の家はどんな感じだったのかしら?」
「どんなって……普通でしたよ」
着替えながら答える。銀ちゃんも一緒に暮らしていし、龍くんの自室は見てないし。
「あ、でも……今朝は龍くんが作った朝食を食べました」
「先輩の手料理ッ!!」
そう言いながら樋口さんはロッカーにいきなりゴンッと頭突きをした。「大丈夫ですか、樋口さん」色々と。
「写真は!写真は撮ったの!?」
「えぇ?」
「今時の女子高生はすぐに写真を撮って、やれツイッターややれインスタ映えとかするでしょ」
「いや、私ツイッターもインスタもやってないですし〜」
それに普通の和食の朝食――「先輩の手料理、羨ましい……!」聞いちゃいないし!
「朝はまずは掃除から始めるんだ」
という爽やかな笑顔の敦くんと一緒に。
気を取り直したところで、掃除から今日の職場体験が始まる。
ヒーロー事務所といえ、普通の職業体験的な……。
「やっべー!ぎりぎり!」と慌てて出勤して来たのは道くん。「立原、また貴様は……」という龍くんの言葉から毎度の事らしい。
うん。普通な日常だぁ。
***
「お掃除終わったら、次は何をするの?」
ふぅ、と拭き掃除に使った雑巾を干しながら、敦くんに聞く。
「そしたら……」
「いえ、どうせなら細かい所から他の場所も掃除してもらいましょう」
キリッと言った樋口さんの言葉に思わず「うげぇ」って顔に出そうになる。(掃除ばっかり。私の適材適所じゃないのに〜)
「人手があるうちに掃除したい所が山ほど……」
どうにか逃れる方法は――
「あっ!あれ!」
「え!何!?」
私が指を差した方向に、二人は同時に振り向いた。
「……オウム?」
樋口さんが首を傾げた。窓から見えるビルの上に止まっている、白いオウム。
織田作さんが探しているオウムに違いない!
「今朝、織田作さんが依頼でオウムを探してたんです!きっとあのオウムですよ!」
「確かに野生のオウムなんていないし、じゃあ探偵社に連絡を……」
「あっ飛んでっちゃう!中也さん、私追いかけて良いですか?」
樋口さんの言葉を遮り、今度は郵便物をチェックしている中也さんに声をかけた。
「ん?ああ、そうだな……クソ太宰以外の探偵社と協力することもたまにあるからな。よし、手伝ってこい」
「はい!じゃあ行ってきます!」
テレポートでその場から消えて、すぐにオウムの後を追いかける。
「張り切ってるなぁ、理世ちゃん」
「さすが追跡に便利な"個性"………はっ」
――逃げられた!!
無事に掃除の魔の手からも逃れられて、空を飛ぶオウムの後を追いかける。
再び屋根の上にオウムは止まった。
人に飼われていたなら人慣れしているかな?と思い、じりじりと近寄るけど、再び飛び立って逃げてしまう。(うーん、ちょっと可哀想だけど、強引に捕まえちゃうか)
考えながら追いかけ、彼(彼女?)が次に止まったのは電線だ。その時、ごみ捨て場に置かれたダンボールがふと目に入った。
(良いもの発見!)
まずは、ダンボールを空間転移の"個性"で目の前にテレポートさせると、折り畳まれたそれを箱に組み立てる。
その中に、これまたオウムを転移させれば――捕獲成功!
「もうちょっとしたら飼い主さんに会えるから、大人しくしててね」
突然の事でオウムも少し騒いだけど、今は静かだ。
ダンボールを抱えて、急いで探偵社の所に向かった。
「お手柄だ、理世。ありがとう」
社には織田作さんが戻っていて、オウムが入っているダンボールを手渡す。
「俺はずっとオウムを飛べない鳥だと思っていてな。地上を探していても通りで見つからないわけだった。ちょうどニワトリとオウムは違う鳥だと、国木田から説明を受けていたところだ」
「まったく。鳥の違いが分からんやつはお前ぐらいだぞ、織田」
(龍くん。これで織田作さんはニワトリとオウムの違いが分かるようになったよ……)
呆れながら国木田さんは「理想」と書かれた手帳を閉じる。
え、まさか鳥の違いもその手帳に……
「それにしても、理世ちゃん。ヒーローコスチューム似合ってるね!写真撮っても良いかな?ナオミに見せてあげよう」
潤くんの言葉に「良いよぉ」と、ポーズする。
「ヒーロー名は何にしたんだ?」
「トリックスターです」
「……随分、胡散臭い名前にしたんだな」
「ひどい!国木田さんっ」
「トリックねえ」
「俺は良いヒーロー名だと思うぞ」
「おや、テレポじゃないのかい?」
「テレポートガールじゃないンだね」
「心機一転に」
そんな何度目かのやり取りをしていると、ドアがキィと開いた。
その場にいた全員の視線がドアに向く。
何故ならそのドアの向こうは、社長室だから。
「理世ちゃんの晴れ姿をぜひ見てほしいと思って、社長をお呼びしました」
おっとりとした笑顔で言ったのは、社長秘書の春野綺羅子――春野さん。(いきなり!?)
社長が現れた瞬間、国木田さんと潤くんが起立と言うように立ち上がる。
二人ほどでもないにしろ、織田作さんと与謝野先生もまっすぐに立ち、変わらないのは乱歩さんだけだ。
私も皆にならって背筋を正す。
「……うむ」
福沢諭吉社長――鋭い眼力を持ち。
いつも和装で武の達人。実は猫好きという意外な一面も持ち合わせている。
そして、子供には優しい。
「お久しぶりです、社長!」
「子の成長は早いものだ……。職場体験中と聞いた。それでヒーロースーツと」
「はい。グラヴィティハット事務所でお世話になってます」
「うむ。ヒーローへの道は困難だと聞くが、困ったらいつでも社を頼ると善い」
「ありがとうございます」
きっちりとお辞儀して、社長は深く頷き社長室へ戻って行った。
バタンと扉が閉まると同時に、少し緊張した空気が和らぐ。
さて、社長にも挨拶したし……
「じゃあ、私もそろそろ戻ります」
あんまり遅いと龍くんに怒られちゃう。
「理世ちゃん。職業体験、頑張ってね」
「怪我したらいつでも来な」
怪我したら病院に行こう。
「八百屋にもオウムは理世が捕まえたと報告しておこう」
「地域貢献は小さなこととは言え、大事なことだ。その心がけをこれからも忘れずにな」
「はい!」
皆の言葉に笑顔で答えて、ドアノブに手をかけると、最後に乱歩さんに引き止められた。
「名探偵の僕から、今日の君へのアドバイスをあげよう」
アドバイス?首を傾げながら、乱歩さんの次の言葉を待つ。
「ラムネのビー玉」
「???」
ますます首を傾げた。
ラムネのビー玉――。事務所へ戻りながら、頭の中で反復して考えてもさっぱり分からない。でも、乱歩さんの言う事だから絶対意味があるはずだ。(とりあえず頭の片隅に置いて覚えておこ)
「ただいま戻りましたー」
事務所に戻ると、なんだか緊迫した空気なのが分かった。
「何かあったんですか?」
「ちょうど今、銀行に強盗が押し入り、人質を取って立て籠り中と連絡があったんだ」
「同時に繁華街で敵が暴れている」
「!」
答えてくれた敦くんと龍くんの言葉に、緊張感が走る。
「樋口と立原は警察及び特務課と連絡を取り合って情報収集。俺は繁華街の方の敵を取り押さえる。銀行強盗の方は敦と芥川――それに、理世も行って来い」
「理世もこちらの現場に?」
手早く指示する中也さんに、龍くんが異議を唱えるように言った。
「ああ。人質解放ならこいつの"個性"が役に立つはずだ。それとも何だ、お荷物を抱えて敦と二人だけじゃ解決できねェってか?」
「何を……」
「お荷物にはなりません!」
龍くんと同時に中也さんに抗議した。
「ならさっさと行って来い!後輩に現場を教えンのも自分の成長に繋がる。俺もこっちを片したら後から向かうから安心しろ。ま、その前に解決してくりゃあ助かるんだがなァ」
「はい!」
「了解です!」
「無論、速攻で片付けます」
二人と一緒に、現場である銀行へと急ぎ向かう。
二人の真ん中で、背中に触れて一緒にテレポート移動。
人質の安全確保のために、速攻解決しなければならない。
遠目からでも警察が集まっていて、すぐにそこが現場だと分かった。
「ヒーローが来たぞ!」
立ち入り禁止の手前にいる人々から、そんな声が耳に届く。
銀行周囲は数十人の警官たちが警戒を怠らず、静かで張りつめた空気が。
銀行はシャッターが下ろされていて中の様子は分からない――出入口の一ヶ所を除いて。
「逃走用の車を用意しろ!人質がどうなってもいいのか!?」
そこから叫ぶ敵。
足元に銃を突きつけられている人質の姿を見て、私たちはひゅうと息を呑んだ。
「痛いなあ、そんなに銃を突きつけないでくれたまえ」
「ッ太宰さーーん!!」
「「(何やってんのあの人――!!――!!――!?)」」
目を擦る。ビルの上から見たから見間違いかも知れない。
「……。人質って太宰さん?」
「あれは紛れもなく太宰さんだね……」
見間違いではなかった。
織田作さんが探していたけど、まさか銀行強盗の人質になっているとかさすが太宰さん。
常に皆の予想の斜め上を行く。
「おのれ敵め……!!太宰さん、今僕が救けに……!!」
「待てって黒獣!」
「落ち着いて〜!」
衣服を獣に変化させ、今にも突っ込みそうな龍くんを二人で押さえる。
「あの太宰さんが簡単に人質になると思うか?」
「絶対何かあるよ。むしろ太宰さんの罠……じゃなくて作戦かも」
「……確かに、あの太宰さんが易々と敵ごときに捕まるとは思えぬな……」
三人でうーんと頭を付き合わせる。
「三人寄れば文殊の知恵」とは言うけど。太宰さんの天才的な思考回路が分かるはずもなく。
「まずは状況確認だ。他にも中に人質がいるかも知れない」
敦くんの言葉に、真剣に頷いた。
「確認できた敵は五人です。"個性"はまだ不明。ご覧の通り、銃を所持しています」
警官の一人が答える。銃は厄介だ。超人社会とはいえ、その手の武器は未だ力を持つ。
「他の人質は皆無事です。事情を聞いたところ、逃走用に人質を一人に決めるのに、あの男性が自ら名乗りを上げたそうで……」
「太宰さん、自ら人質に……」
敦くんが呟く。太宰さんが簡単に人質になるなんて不思議だったけど、そんな事情があったんだ。
「何でも、自分とヒーロー、グラヴィティハットは犬猿の仲だから、自分を救うのに躊躇するだろう。それに、自分の"個性"は"無効化"だから、自分を盾にすればヒーローたちが救出に苦戦するだろう……と」
「「………………」」
前半はともかく。後半の言葉には思わず無言になる。
「これは……人質救出が太宰さんが故に困難だな……」
苦い顔をする敦くんの言葉に「うん」と頷く。
「あの敵が太宰さんに触れてる限り、私の"個性"で拳銃を奪うのも敵をテレポートさせるのも、無効化されて出来ないし……」
「僕の"個性"で人質を取ってる敵を奇襲しようにも、奴に触れた瞬間、無効化される」
「逆に言えば人質を取ってる敵の"個性"も無効化されてるってことだよね。でも、あと敵は四人いるから、人質救出と同時にその四人も攻略しないと……」
思案していた敦くんが顔を上げる。
「こんな作戦はどうかな。僕が足を虎化させて一気に距離をつめ、人質の敵を倒す。物理的に。これなら太宰さんの無効化の影響は受けないし。同時に黒獣は残りの四人を、トリックスターは黒獣のフォローを。ただ、敵は拳銃を持ってるし、君は無茶しないでほしい」
敦くんの言葉に、素直に「分かった」と答えた。
「逃走用の車を用意が出来て、奴らが乗り込む時がチャンスだな。しくじるなよ、人虎」
「そっちも」
コンビネーションは抜群のこの二人。軽口を言い合う姿も頼もしく見えるよ!
「――良い作戦だが、あの青鯖にんなまどろっこしいやり方は必要ねェな」
「「グラヴィティハット!」」
後ろから現れたのは、帽子をかぶった中也さんだった。
ここにいるという事は、もう一つの事件は既に片付けて来たということ。早い……!
「ついて来い。正面突破するぞ」
「!」
「正面突破って……」
「人質がいるのにですか!?」
その言葉に驚く暇なく、すたすたと銀行の正面入口に向かう中也さん。慌てて三人でついて行く。
「――っ!?」
一蹴りで中也さんは、入口の自動ドア及びシャッターもろとも突き破った。
(本当に正面突破したー!!)
たぶん私たち以上に驚いてるのは、敵たちだ。
「な、なんだ!?」
そんな混乱の声が室内に響く。
「まったく、こっちには人質がいるというのに乱暴な登場の仕方だね。無闇な損壊はヒーローといえど、褒められたものじゃあない」
「うるせぇ。探偵社と違って保険降りンだよこっちは。壊したのは壁と違って比較的費用が安い出入口だしな」
普通に会話している二人に、その場は唖然。
中也さんの行動は、普通の人質救出なら考えられない大胆なものだ。
こういうやり方もあるのか、相手が太宰さんだからか……微妙なところ。
「ッ!グラヴィティハットだな!てめェとこの男、犬猿の仲だと聞いたわりに救けに来たのかよ!!」
敵は挑発するように言って、銃口をさらに太宰さんの後頭部に押し付けた。
他の敵たちも冷静さを取り戻し、臨戦体勢を取る。
「トリックスターは下がってて」
私を庇うように敦くんは前へ出た。
敵には銃を持ってる奴や、手が何本もあって、それぞれ刃物を持っている異形系など。警察の話通り、五人いる。
「ッチ。よりにもよって厄介な野郎を人質に取りやがって……」
中也さんは苦々しく言ってから、びしっと指を差した。
「言っとくがなァ……好き嫌いで救ってんじゃねーんだよ、俺たちは。命懸けて、戦って救ってんだよ」
ヒーローなめんな――最後に中也さんはそう言った。
一連の台詞にずきゅんと。
「中也さん……かっこいい……!!」
「……さすがだ、先輩」
「僕、これからも中也さんについていきます……!」
撃ち抜かれたのは三人。「やだ、敵なのに素敵!」いや、敵側にも一人いた。(!?)
中也さんは尊敬できるヒーローだ。
敵にじゃなくて、太宰さんに向けて言っているっぽいのがちょっと気になるけど。
「……はあ〜」
太宰さんは大きなため息を吐いて、項垂れる。
「大嫌いな私を、ヒーローだから救けなくちゃいけないと苦悩する中也が見たかったのに」
「アァ!?」
「君の好感度が無駄に上がっただけで、全く面白くない、――ね!」
「「!?」」
太宰さんは、最後を力を込めて言ったと同時に、背後にいる敵の顎を蹴りあげた。
そのまま前方に宙返りし、何事もなかったかのように床に着地。
初めて見る太宰さんの身軽な動きにぽかんとする。反対に、それが合図のように一気に状況は動いた。
太宰さんの一撃で意識を飛ばした敵の手から、放り出された銃を素早く敦くんがキャッチ。
他の敵がすぐさま銃を撃つけど、その弾は中也さんの手のひらに当たって、重力操作で床に落ちた。
異形系の敵が、刃物を振り回すも、龍くんが"個性"で刃物を叩き落とす。
(すごい……)
プロってやっぱりすごい――!
それぞれが示し合わせたように、迅速かつ適切な対応。後ろに下がって、その光景を真剣に見た。
ただ見守っているだけじゃなくて、糧にしないと。
「さて、理世と敦くんには別のお仕事だよ」
声をかけられ、はっと太宰さんの方を見る。
「犯人はここにいる全員のみじゃない。解放された人質に紛れて、奪った金と共に逃走する計画だ」
「え!?」
「詳しい話はあとで。車はレンタカーで白のワンボックス。ナンバーは『神奈川県・わ・12-34』港で乗り捨てて、船で逃亡する気だろうね。君たちはこの情報を元に追跡し、確保したまえ」
「何勝手に指示してんだテメェ!」
「警察からの事情聴取も簡単なものだから、もう終わって既に車で逃走しているはず。早く追わないと、船に乗られたら他の乗客に紛れられて厄介だよ?」
「わ、分かりました!理世ちゃん行こう!」
「うん!」
考えるのは後だ。敦くんの手を掴んで、その場から――飛んだ。