可愛い子には実践をさせよ

「港に向かうとすれば、ここからだとほぼ一本道だ」

 敦くんを連れて、港に向かう道路を頭上からテレポートで進む。車の外見とナンバーは分かっているとはいえ、探すとなると大変なわけで……。

「あれだ!!」

 敦くんが繋いでない反対の手で、遠くの車を指を差した。

 その"個性"による虎眼は視程が広い。

 見つけたらこっちのもの――車を捉えて、テレポート!

「トリックスター。港は人で賑わっているから、巻き添えしないよう人通りが少ないこの場所で確保しよう!」
「了解!」
 

 ――ドコン!!


「っ!?な、車の上に何か落ちたのか!?」
「っ違う!何かがいる!!」


 車の上に着地。走る物体の上では感覚が難しく、静かにとはいかなかった。
 敦くんは腕を虎化すると、そのまま拳を握り、車の天井を突き破る!

 車内からヴィランたちの驚きの悲鳴が聞こえ、左右に大きく車が揺れた。

「大人しく止まれ!」

 あいた穴に向かって敦くんが叫ぶ。その直後、響いた二発の銃声。

「っ敦くん!!」

 後ろに仰け反る敦くんの姿が、スローモーションに見えた。

 敦くんが撃たれた――

 血の気が引いていく「……っ!」のも一瞬で。
 こちらに向けて、ニッと口角をあげて笑う敦くんの歯には、銃弾が噛まれている。

(銃弾を歯で受け止めて……!)

 敦くんの自身のヒーロー名にもなっている"個性"《月下獣》は、ただの虎っぽいことが大体できるだけじゃなく、"月下の虎"だ。
 身体能力も強化される特殊性がある"個性"。
 だからと言って、今のは簡単に出来る技じゃないけど。(やっぱり強化系は戦闘において強い!)

「……っ大人しく捕まる気はなさそうだな」

 振り落とそうと左右に暴れる車上で、敦くんは器用に銃弾を避けながら言った。

 テレポートで車を追いかけながら、思案する。

 人通りが少ないとはいえ、対向車にぶつかるか壁に激突するか。どちらにせよ、このままだと事故に……

 そう思った時には遅かった。

「!!!」

 横道から現れたのは一台のバイク。
 減速もブレーキもすることなく走る車。

 この距離とスピード。

 予知がなくとも、このままだと車はバイクに突っ込むと分かった。

「バイクごとテレポートを――!!」

 敦くんが叫ぶ。大きく頷こうとして、乱歩さんの言葉が頭に浮かんだ。

『ラムネのビー玉』

「――……そうか、分かった!」

 その状況になって。足りなかったパズルのピースがぴたりとはまるように閃く。

(でも、もうちょっと分かりやすいアドバイスが欲しいかなっ乱歩さん!)

「月下獣!この車だけを転移させる!」
「へ!?」

 車の上に降り立ち、だんっと両手をつける。

 やり方は、ラムネのビー玉を取り出す時と一緒。
 車だけ転移させれば、中のヴィランはその場に残る。
 どれだけスピードが出ていようと、運動エネルギーはキャンセルさせるから、車も安全に止まる。

「えいっ――!」

 車は道路の端に。車内にいたヴィランたちは、座席の高さ分だけ地面に落ちた。

 バイクと激突するぎりぎりだった。

 ヴィランたちが唖然としている間に、敦くんは素早く取り押さえる。

「え!?ヒーロー月下獣!?それにヴィラン……!!」

 腰を抜かしているバイクの人がひえぇと叫んだ。
 何はともあれ、一件落着――「あっ!?」

「っしまった!」

 敦くんに伸されたと思った一人が隙を見て、脱兎のごとく走り出す。
「僕はこいつらから離れられない!」

 ――トリックスター頼む!

「まかせて!」

 すぐさま後を追いかける!(テレポートから逃げようなんて、100年はや……)

 なにあれ!?ヴィランの足が変形し、まるでバネのような姿になった。

(あれがあのヴィランの"個性"!)

 足のバネを上手く使って、縦横無尽に逃げていくヴィラン

「きゃあ!」
「わあ!?」

 人々の間をすれすれに逃げる。被害が出る前に捕まえないと!

「くそっ……テレポートか!!追いかけて来やがる……!」

 ヴィランはぐるんと左に曲がる。
 その道にはよーく見覚えがあった。

「甘栗甘栗!!」
「こっちはオマケするヨ〜!」
「社長サン社長サン!甘栗どう!?」
「!?いや、俺は社長じゃなくてヴィラン……!!」

 ――そう、甘栗通り。

 甘栗を売り付けるのにヒーローもヴィランも関係なし!(強い!)

「甘栗の人たち……」

 甘栗の押し売りに阻まれた、ヴィランの背後に即座にテレポート。

「ナイスアシストっ!!」
「アゥ!!」


 その後頭部にドロップキックをかました。
 

 ***


「ヒーローの皆様。無事にヴィランを全員確保しました!ご協力感謝致します!」

 警察官の人たちが敬礼する。ヴィランは八名の強盗犯グループだった。

「おい、太宰。どこからがテメェの計算の内だ」

 中也さんが隣に立つ太宰さんに言った。そう、謎がまだ一つ残っている。

「何のことだい?」
「惚けんじゃねえ。テメェがたまたま銀行強盗にあって、あんなチンピラヴィランの人質になる玉か」

 同感。気になると、敦くんと龍くんと一緒に、じぃーと太宰さんを見つめる。
 その視線に気づいた太宰さんは「やれやれ」と、肩を竦めて笑った。

「銀行強盗にあったのは偶然だよ」

 太宰さんはゆっくり口を開いた。遡ること、話は昨日からだという。

「蛞蝓に塩をかけられるという本末転倒な方法で追い出された私は……」
「チッ。あのヴィラン野郎がさっさとこいつを撃ち殺していれば……」
「良い自殺方法はないか、思考に明け暮れていてね」
「「………………」」

 なんかもうどっちにつっこめば良いのやら。

「その夜、家に帰ろうとしたら、どこぞの飲み屋がツケの取立てに恐い人を雇ったらしく、待ち伏せしてて帰れなくて」
「……。相変わらずのクズだな」

 弟子はフォローができません、太宰さん。人間的にこの人はアウトラインだ。

「安吾の家に行って、泊めてもらおうと思ったら安吾も理世もいないし」
「職場体験中は龍くんたちの家に泊まってて……」

 苦笑いを浮かべて答える。それより安吾さん。家にいないという事は、また徹夜だったのかな……。

「まあ、合鍵貰ってたから勝手に泊まらせてもらったんだけどね」
「おしっ、理世!今すぐ被害届を出して来い」

 ちょうど警察がそこにいると、中也さんが嬉々として言った。

「合鍵持ってても不法侵入になるんですか?」

 なるらしい。

 昔、まだ私が"個性"のコントロールが未熟だった頃……
 何かあった時のためにと、安吾さんが太宰さんに合鍵を渡してたけど、家主に許可なしはやはり問題とのこと。

「待ちたまえ。今、安吾に許可もらうから」
「事後報告……」

 敦くんが呆れたように呟いた。

 不法侵入の件はとりあえず置いといて。太宰さんに続きを話してもらう。

「朝になってもまだ恐い人が待ち伏せしてたから、仕方なく銀行からお金を下ろそうとした矢先、強盗事件に巻き込まれたのだよ」

 どうやら太宰さんが巻き込まれたのは本当に偶然らしい。ヒソヒソと敦くんと龍くんに話しかける。

「……あれじゃない?太宰さんが滅多にしないことをしたから……」
「……なるほど。槍が降る代わりに……」
「……太宰さんなら通常ならあり得ぬ事態を引き寄せることもできよう……」
「君たち聞こえてるよ」
「あ、でも、太宰さんはいつから人質に、ヴィランが紛れてるって気づいたんですか?」

 他にも残っている疑問の一つ。「簡単なことだよ」太宰さんは答える。

「不自然に人質の一人に絡んでいて、何かをこっそり渡すのが見えたからね。そこで、私はピンと来た」

 太宰さんは人指し指を立てて、笑みを浮かべる。

「渡したそれは"個性"で、何らかの形を変えて奪ったお金じゃないかってね。銀行に入る時に、駐車場に停めてあったレンタカーが目に入っていたし。人質を逃走用の一人以外を解放したのが決め手さ。あの場で全員解放する必要性はないからね」

 すらすらと説明する太宰さんに、感嘆な声がもれた。特に龍くん。乱歩さんは当然すごいけど、太宰さんの洞察力と推理力も天才的だ。
 目に入っただけで車だけでなく、ナンバーも把握しているんだから。

「ご名答だ」

 そう声をかけて来たのは、よく知る刑事さんだった。

「あ、箕浦さんだ」
「ん?なんだ新しいヒーローを雇ったのかと思ったら、あの名探偵によくくっついていたひよっこか」
「ひよっこじゃないです〜」

 久しぶりだなぁこのやりとり。

「そんなヒーローみたいな格好で何してるんだ?」
「高校の職場体験で、グラヴィティハット事務所でお世話になってるんです」

 ヒーロー志望なんでと付け加えて答えたら、箕浦さんは「なんだ名探偵志望じゃなかったのか」と驚いている。
 私は前からそう言っているんですけどね。

ヴィランの一人に『物体を紙に封じ込める"個性"』がいてな」

 写真のように封じ込めて、好きに元に戻せる能力だという。

「探偵社が見たのは、その紙を渡してるところだろう」

 その紙もちゃんと回収して、すでに元のお金に戻しているらしい。
「名探偵にもよろしくな」
 最後にそう言って、箕浦さんは去っていった。

「人質に扮したヴィランたちは、お金と共に船で逃走。実行犯の方は車で逃走するフリをしてどこかに隠れて、ほとぼりが冷めた頃に合流する計画だったんだろうね」

「なるほど」と、敦くんと一緒に頷く。

 お金を持って逃走したヴィランも、元に戻せないと使えないので、横取りされる危険もない。
 ちなみに太宰さんが人質になったのは、本人いわく綺麗な銀行員のお姉さんの代わりになったとか。

「どうだかな。テメェのことだから嫌がらせが大半だろ」
「うん」

 けろりと答えた太宰さんに、襲いかかる中也さんを敦くんと龍くんが必死に押さえた。
 まだ警察もマスコミも辺りにいるため、ヒーローが民間人を襲うところを見られたらやばい。格好のスキャンダル!

 それを意地悪い笑みを浮かべて見ている太宰さん。
 それすらも計算の内だったら怖いなぁ。

「理世は良い経験はできたかい?」

 不意に太宰さんに聞かれた。

「あ、はい。やっぱりプロヒーローは対応力が違うなって思いました」

 それに、当たり前のようにラムネの瓶からビー玉を取り出していた方法も、今回みたいに活用できる事が分かったし。

 太宰さんは私の答えを聞いて、にっこり笑う。

「うふふ。なら良かった。……私も謀ったかいがあったよ」

 ……………………んん?

「え、今太宰さん最後なんて……」
「さて、私は探偵社に戻るかな。織田作が心配しているだろうからね」
「え、ええ〜?」

 太宰さんは踵を返すと、コートのベルトを揺らしながら行ってしまった。

 最後の最後に残った謎。

 太宰さんが強盗事件に巻き込まれたのは、本当に偶然だったのか。

 それは本人にしか分からない――。


 ***


「今日も疲れたぁ〜」

 銀ちゃんの部屋にひいた布団の上で、仰向けに寝っ転がる。
 その後、軽く龍くんと手合わせして、レポートを書いて、本日の職場体験は終了。

 学校に提出しなければならない実習レポートだ。

 昨日はパトロールと甘栗被害阻止と、書く事は少なかったけど……。(甘栗の人たちはヴィラン確保に貢献して賞状されたけど、強引な客引きの注意は受けてた)

 今日はオウム探しと銀行強盗事件解決の二本立てと、なかなかの文字数になった。
 お風呂から上がってほかほか状態で、このまま眠ってしまいそうだけど、スマホを手に取る。安吾さんに連絡しよう。

「あれ、常闇くんから来てる……」

 珍しいとメッセージを開くと、目に飛び込んで来た写真にぶはぁと吹き出した。

「ホークス!!」

 しかも私服!私服もイメージとぴったりでシンプルなのにお洒落でかっこいい!

 一瞬にして吹き飛んだ眠気。

 メッセージを読むと、どうやらホークスも「空中戦のテレポートの子」と、私の存在を認識してくれていたらしい。(空中はホークスの独壇場だもんね)

 これは常闇くんに丁重にお礼しないと。

 しかも、写真はアップと全身と二枚だ。全身のは常闇くんと一緒に写っていて、良い雰囲気。

 噂には聞いてたけど、ホークスって本当にファンサービスが良いんだなぁ。
 ポージングもキメ顔も完璧。
 これは皆ファンになっちゃうねぇ。ファンサービスって大事だと、勉強になった。

(私もプロになったら心がけよ)

 常闇くんにお礼のメッセージを送って、安吾さんにも送って……と。
 他のクラスの皆ともちょいちょいやり取りをしている。

 "走ってパトロール。授業より辛い"

 耳郎ちゃん。

 確か体験先は、デステゴロ事務所。よく工事現場の看板のモデルになっているヒーローだ。授業より辛いって恐ろしい……。

 "理世ちゃん!ガンヘッドがかわいい!"

 お茶子ちゃん。

 可愛い……!?ゴリッゴリの武闘派ヒーローって聞いたけど、一体何が!詳細プリーズ!

 "今日は一日ゴミ拾いで地味な一日だったよ"

 切島くん。

 鉄哲くんと事務所が被ったらしく、二人でゴミ拾いをしている姿を想像すると面白い。しかもコスチュームで。

 "今日はモデルの撮影をつき添ってさ。八百万は学ぼうって張り切ってたけど、やっぱりヒーローらしい活動したいなー。そっちはどう?』"

 一佳。

 八百万さんと同じウワバミ事務所だ。
 ヒーロー活動というより、芸能活動体験らしい。華やかで面白そうだけど、物足りない気持ちになるのはちょっと分かるかも。

 "こっちはなかなかヒーローが濃い人物で大変だけど、"個性"について少し掴めそうなんだ!"

 でっくん。

 でっくんの職場体験先のヒーローは、かなりの年配らしく、だいぶボケているらしい。(現役ヒーロー?大丈夫なのか)
 それでも、最後の前向きな言葉に、でっくんも頑張っているみたいだ。

 ……そんな感じで、それぞれに返信を送っていると、新しくメッセージが届いた。

(あ、焦凍くんからだ)

 "ヒーロー殺しが現れるのを見越して、昨日から保須市に出張してる"

 文面を読んで、驚く。あのエンデヴァーも動いたんだ……。不安が横切るけど、

 "それは頼もしいね!焦凍くんも気をつけてね。飯田くんに会ったらよろしく"

 送信ボタンを押す。飯田くん、職場体験どんな感じなんだろう……。

 そういえば、爆豪くんはどうしているかな。

 ベストジーニストの職場体験って、どんな感じか気になるんだよね。(龍くんの雄英時代の職場体験もベストジーニスト事務所だったし)

 ちょっとメッセージ送ってみよ。

 "爆豪くん、お疲れさま!職場体験はどんな感じ?向こうでもキレてるの?"

 送信。………………。

 "ブッコロス"

 速攻で返ってきた。……うん。成長の兆しが見えないね。まあ、まだ二日目だしね。

 お返しに、太宰さんが小遣い稼ぎに作って一部のネット民を「呪いのスタンプ」と、震撼させたそれを送っておいた。(もちろん全然売れてない。むしろよく承認された)

「あれ。理世、まだ起きてたんだね」
「うん。でも、もう寝るところ」

 お風呂から上がって、銀ちゃんが部屋に戻ってきた。
 スマホがピロリンと鳴ったけど、ちらりと確認すると爆豪くんだったので未読スルーしよう。

「じゃあ、私も寝るから電気消すね」
「はーい。おやすみなさい」
「おやすみ」

 本当は電気を消した後も、眠りに付くまでだらだら会話するのが楽しいけど……
 さすがに疲れもあって、目を閉じると、すぐに眠りに落ちる――……


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