中也さん、ありがとう――。
弾かれたように急ぎテレポートして、心の中でお礼を言う。
でっくんから送られて来た場所に向かいながら、スマホを耳に当てた。
(安吾さんっ……)
終わらない呼び出し音に、痺れを切らして通話を切った。この緊急事態だ。安吾さんも手が放せないんだ。
眼下の街を見下ろすと、街全体が混乱しているよう。
不安に胸がぎゅっと締め付けられる。
「お願い深月ちゃん出てぇ……!」
次にかけた電話番号に、小さく祈るように呟いた。
『もしも……』
「深月ちゃん!?緊急事態なの!」
『……!?』
通話が通じた瞬間、勢いよく話す。
「今職場体験で保須市にいるんだけど、ワケあってステインと鉢合わせするかも知れない」
『は……!?』
「グラヴィティハットから許可をもらったから今単独で動いてて」
『ちょ、ちょっと待って』
「電話を切ったら位置情報を送るから、ヒーロー要請と安吾さんには無茶しないから安心してと伝えておいて!」
一方的に矢継ぎ早に伝えて「じゃ」っと切ろうとしたら『切るなー!』深月ちゃんが電話の向こうで叫んだ。
『雄英生徒からさっきから何件も通報が来ているらしくて、こっちもなんとなく状況は把握してるわ』
一括送信――でっくんはクラスの連絡網に送っていたからだ。
『……その友達を救けに行くのね?』
「うん……!」
……沈黙。深月ちゃんが悩んでいるのが分かった。
『……ああっもう!』
(ごめん深月ちゃん……!)
『……分かった。本当は止めなきゃいけないんだけど……。特務課で推測されてるステインの"個性"の情報を念のため伝えておく』
ステインの"個性"……!
『ステインの"個性"は相手の行動の自由を奪うものだと言われてるけど、その発動条件は相手の血を摂取することじゃないかと推測してる途中なの』
「血を摂取……」
というと、吸ったり舐めたりとか?(吸血鬼みたいな)
ステインの姿は血のような紅い布を巻いて、全身に刃物を携帯していると聞く。
その"個性"のイメージとは合うけど………
(――焦凍くん!)
あの珍しい紅白に分かれた髪色は、間違いない。
昨日、保須市に滞在していると連絡が来ていたのを思い出した。
『坂口先輩も現場に向かってるし、こっちでもヒーローの応援の手配はしてるから……』
エンデヴァーの姿はなく、一人で走っている。
向かう先は、私と同じ方角。
『本当に無茶だけはしないで。相手があのヒーロー殺しだとしたら、子供だからって見逃してくれるとも限らない。間違っても戦って勝とうと思わないで。あなたはまだ学生で、本来なら……』
きっと、焦凍くんもでっくんの送信を見て――『って、ちょっと理世聞いてる?何かあったの!?』「あ、ごめん、大丈夫!」
慌てて返事すると、呆れたようなため息が返ってきた。
「ありがとう、深月ちゃん」
大丈夫。痛いのも死ぬのも嫌だから、無茶も無理もしない。
(でも、誰かが理不尽に傷つくのも、命を失うのも嫌だから)
「ごめん、もう切るね!」
最後にそう明るく言って、一方的に電話を切る。スマホをポケットに転移した。
「焦凍くん!!」
「!?結月、どうしてここ、に――」
焦凍くんが全部言い終わる前に、その手を掴んだ。
「お……」
強引にテレポートで宙に連れ出したのに、さすが焦凍くん。少し驚いたぐらいの冷静な反応。
言わずともこの状況だ。お互いに行き先は一緒と分かっているから、そのまま目的地へと急ぐ。
「たまたま移動途中で保須市に来てたの。グラヴィティハットも一緒だったけど、今脳無と戦っている」
「エンデヴァーも、たぶんそうだ」
先ほどツイッターで確認できた脳無は三体。
敵連合は、何体脳無を所持しているのか。
「さっき特務課から聞いたんだけど、ステインの"個性"は、相手の血を摂取して行動の自由を奪う可能性が高いって」
「血を摂取……それで刃物か」
焦凍くんが思案するように呟いた。位置情報の場所まで、あと少しの距離。
『敵の裏の裏をかけ』
中也さんの言葉を思い出す。
冷静に考えてみると、私にとって不利な戦場に今から向かうわけだ。
路地裏のような狭い場所では、テレポート先が限られてしまう。
(まずいな……何か作戦でも……)
「特務課って、どうやって聞き出したんだ?」
「私の家族が特務課だから、連絡した際に」
「……なるほどな」
大雑把な答えだったけど、話せば長くなる故に。
「それより、焦凍くん」
私は口角を上げて。
「一つ、作戦があるの――」
狭い路地裏を奥に進む。大通りの騒動とはまるで切り離されたような、暗い空間。
「ちくしょう!!やめろ!!」
でっくんの叫び声が、反響した。
(あれが――ヒーロー殺し、ステイン!!)
ビルの上から見下ろし、息を呑む。
最悪の予想が当たった。
地面に伏せてるでっくんと、飯田くん。
(飯田くん、やっぱり……!)
それにもう一人、ヒーローの姿。
意識があるところを見ると、ステインの"個性"による行動不能状態と推測。
いつ解けるのか、解き方があるのか、まだ詳細は未知数な"個性"だ。
(自分を含めて全員、生き残る――!)
「こいつらは殺させねえぞ、ヒーロー殺し」
焦凍くんが三人を後ろに、ステインの前に立ちはだかった。
左の炎による牽制と、右の氷を上手く使って、奥にいたでっくんとヒーローを転がして引き寄せる。
「轟くん、そいつに血ィ見せちゃ駄目だ!多分、血の経口摂取で相手の自由を奪う!皆やられた!」
でっくんの切羽つまった声。特務課の推測通りだ。
とにかく、まずは打ち合わせ通りに……
焦凍くんがステインの相手をしてくれてる隙に、三人を助ける。
二人なら両手を使って一緒にテレポートで逃げられるけど、行動不能は三人。
まずは一人か二人ずつ飛ばして、この場から離脱させるしかない。
焦凍くんが"個性"を使い、ステインの視界から見えなくなった時を狙って、確実に――。
「俺なら距離保ったまま……」
「良い友人を持ったじゃないか。インゲニウム」
!?攻撃の動作が見えない!
焦凍くんの避ける動作を見て、攻撃されたんだと気づくほどに。(暗いせいもあるけど、動きが速い!)
自身の『相手の血を摂取して自由を奪う』という"個性"を、最大限に活かすような攻撃と身のこなし。
ステインは長物のナイフで横に薙ぎ、焦凍くんの右足から発生した氷結が盾となった。
………刀!?
いつの間にか、宙に投げられた刀が目の前でくるくると回転している。
視線を上にやったステインと、目が合った。
(しまった……!?)
赤い瞳にぞっとする。死柄木とは違う、狂気の目だ。
やつが驚きに、目を見開かれたのは一瞬で。
「上にもう一匹いたか」
(っ焦凍くん!!)
それさえもフェイントにし、気を取られた焦凍くんの服を掴み、強引に引き寄せた。
ステインの、異様に太くて長い舌が、その頬に伸びる。
「っぶねえ」
寸前のところで焦凍くんの左から炎が噴き出し、ステインは後ろに跳び退く。
強い――脳無とはまた違った強さだ。
何人ものヒーローを犠牲にしただけある。私の存在もばれてしまった。
(だったら……!)
"作戦"変更!プランBだ!!
ステインの前にテレポートで現れる。やつが手にするはずだった、刀を"個性"で先に奪って。
「結月さんっ……!?」
「結月くん……!?何故、君まで……!」
背後からのでっくんと飯田くんの驚きの声に、答える余裕はない。
刀を構えて、ステインと向き合う。
殺気を纏った不気味な容貌に、額から冷や汗が流れた。
「……刀の構えがまるで出来ていないが。(……こいつも、死柄木が持っていた写真の娘……)」
「……コミック流」
立ち絵とかだとこんな風にかっこよく構えてる。
そもそも刀なんて握ったことないし。
(怖い……けど、女は度胸的な……!!)
覚悟を決めて、テレポートで距離を縮めたと同時に刀を振るう。
カキン!と刃物同士がぶつかり合った。
「よせ、結月くん!!」
飯田くんの苦しそうな声が背中に届く。
「何故……君たちは……何故だ……やめてくれよ……兄さんの名を継いだんだ……僕がやらなきゃ、そいつは僕が……」
(飯田くん――本当、君って人は……!)
「ッ!」
ステインが握るサバイバルナイフに、あっさり刀は弾かれた。
「愚かだ……あのまま逃げればいいものの。恐怖に打ち勝ち、立ち向かってきたことだけは評価してやる」
「……よく、喋るんだね」
意外と。
「結月さん――っ!!」
ステインのサバイバルナイフが、振り降ろされる光景が目に映る。
私は、逃げない。
「継いだのか、おかしいな……俺が見たことあるインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな」
「!?」
ステインがその"意図に"気づいた時には、もう遅い。
氷山に呑み込まれるように、その場は凍りついていく――。
目を見開くステインに向けて、私は笑ってみせた。
「――うっわ!寒い!!!」
「結月さん……!無事で……!」
体を両腕で擦りながら、皆の前にぴょんっと現れた。
「わりィ結月っ大丈夫か?」
「焦凍くんが謝ることじゃないよぉ。私が立てた作戦だし」
焦凍くんの氷結で、確実にステインの動きを封じる作戦。あの機敏な動きじゃ避けられそうだったから正解だった。
『焦凍くん。もし、私がステインと接近戦をすることになったら私ごと凍らせて』
『……おまえ……』
『大丈夫っ私はテレポートで簡単に脱出できるから。確実にステインを氷漬けにする作戦だよ』
――と得意気に言ったものの、身を削った囮作戦。
凍ったのはステインを巻き沿いにした一瞬だけだったけど、思った以上に寒かった。凍え死ぬ。
「この作戦は今後はなしだな」
「だね〜ありがとう、焦凍くん」
焦凍くんが手のひらから炎を生み出し、体を暖めてくれる。
さて、氷漬けにしたステインだ。窒息死しないように、首から上は焦凍くんも避けているはず。
さすがにやつの細胞が壊死しないうちに、応援が来てくれると良いんだけど。
「それにしても……飯田くん。随分と不様な姿だね」
「(結月さん、飯田くんに避けられた時のことをまだ根に持って……!?)」
「お前ん家も裏じゃ色々あるんだな」
「飯田くんが無駄に責任感を感じ過ぎ……」
てるだけじゃないの――最後まで言う前に起きた異変。
氷が弾ける音に、背後からの殺気。
「身を挺した良い作戦だったが、詰めが甘いと言われないか――?」
打ち砕かれた氷の中からステインが現れた。
いつの間にかその右手には刀を持って。
「嘘でしょう……!」
思わずひきつった笑顔になる。ぎりぎりまでやつが凍りつくのを見てから、テレポートで脱出したのに……!
「結月!」
弾ける氷を目眩ましに、ナイフがこちらに投げつけられていた。瞬時に焦凍くんの右足から生まれた氷壁が盾になる。
「己より素早い相手に対し、自ら視界を遮る……愚作だ」
「そりゃどうかな」
今度は、その左側から炎が噴き出す。
「結月っ、おまえは緑谷たちを――ッ!?」
そう叫んだ焦凍くんの声が、途中で呻いた。
ナイフ……!?
二本の小型のナイフが、左腕に深く刺さっている。
「今抜く!」
"個性"を使って、ナイフを遠くに転移した。やつの手に渡って、血を舐められないために。
「お前たちも良い……」
聞こえた声は頭上から。
(っ狙いはヒーロー!)
まっすぐ下に突き立てた刀は、動けないでいるヒーロー目掛けて。
「させない!」
ステインの側に現れて、肩に触れる。
「テレポートがいるのに空中から襲うなんて愚作!」
なんか前にも似たような台詞を言った気が――空中に放り出してから、連続テレポートですぐさま蹴りを、ステインの頭にお見舞いした。
ステインは器用に体を捻って、反撃に刀を振る。
思うように動けない、空中での反撃を避けるのは容易い。
「――っツ!?」
不意に感じた異様な熱さ。
遅れてきた鋭い痛みと共に、太股から血が伝って流れる感覚に驚いた。
「結月!」
「結月さんっ!」
焦凍くんとでっくんの、同時に焦る声が他人事のように聞こえる。
いつ刺された――目を見開いて思わずステインを見れば、その顔は笑っていた。
視線を刀を持っていない左手に向ける。
気づいた瞬間、背筋がぞっとした。
「ほう……察しがいいな」
刀を振る仕草はカモフラージュ。
私の意識をそちらに引き付け、刀を避けてテレポートする前に、素早く反対の手で下からナイフを投げつけたんだ。
ほんの少し攻撃が遅く感じたのは、宙で上手く体が使えないからだと思ったけど、違った。
ほんの0.数秒、私が"個性"を使うのを遅らすために。
(裏の裏をかけられたのは、私……!)
宙を落ちながら、目の前に刃が迫る。
「させるかッ――!!」
「……!でっくん……っ!?」
突然、横から現れたでっくんがステインに掴みかかった。
「緑谷!」
「なんか、普通に動けるようになった!!」
でっくんはそのままビルの壁にステインを引きずる。
(でっくんの動きが……!)
その光景に唖然としながら、地面に落ちる前に一度テレポートして着地した。
振動がナイフに伝わり、響いた痛みに顔を歪める。
先に抜いとけばよかったと後悔。それでも我慢できる痛みなのは、アドレナリンが出ているからかも知れない。
「結月、大丈夫か!?」
「平気」
冷静を保って答える。見ると予想通り、太股に焦凍くんと同じ小型のナイフが刺さっていた。
忌々しく思いながら、それを手に転移させて抜く。
「それより、でっくんが動けたのって……」
ナイフの血を、コスチュームの裾で拭き取りながら言った。
「ああ、時間制限か」
「いや、あの子が一番後にやられたハズ!俺はまだ動けねえ」
答えたのはヒーローだ。
ならば、別の理由か――そのまま裾を切り裂いて、傷口に巻いてぎゅっと縛る。簡易的な止血だ。
「焦凍くんも……」
「いや、俺はどうせ燃えちまうから」
ありがとな――彼は彼なりに、左腕を手で押さえて止血していた。
そっかと納得すると、小型ナイフの刃を上向きにして、ブーツの履き口に押し込んだ。
……さっき。一瞬でも、心が折れかけた自分に腹が立つ。
「ぐへっ!!」
「でっくん!」
「緑谷!」
一緒に戦っている二人がいるというのに!
(ちょっと敵が自分より上手だったというだけで……!)
ステインの反撃を喰らって地面に落ちたでっくんを助けるために、動く。
「下がれ緑谷!」
おいうちをかけようとするステインに向かって氷が走り、巻き添えを喰らう前にでっくんに触れて一緒に飛んだ。
「結月さん、足の怪我は……」
「私は大丈夫。焦凍くんの方が重傷だから」
「俺も問題ねえが、そんな軽口言えるなら、とりあえず結月も大丈夫そうだな」
笑顔を向けた私に続いて、フッと笑う焦凍くん。でっくんもほっとしたように頬を緩ませた。
打って変わって、三人でステインに向き合う。
やつが焦凍くんの氷結を避けて、後ろに下がった事による硬直状態。
一瞬の気を抜かず、対峙したまま口を開く。
「でっくん。君が一番最初に解けた理由って心当たりはある?」
「うん……!血を摂り入れて、動きを奪う――僕だけ先に解けたってことは、考えられるのは3パターン。人数が多くなる程効果が薄くなるか、摂取量か……」
最後の一つは、占いとしてもポピュラーな。
「血液型によって、効果に差異が生じるか……」
「血液型ね……。ちなみにでっくん、何型?」
「僕はO型」
でっくんが答えた後「血液型……俺はBだ」「僕はA……」続けてヒーローと飯田くんが答えた。(血液型だとしたら、この中ではO型が一番早く解けるってわけか)
「血液型……ハァ……正解だ」
ステインが肯定する。
敵本人に申告されても信頼度は欠けるところだけど、血液型で確定だろう。
嘘をついたところでメリットがないし。
「わかったとこでどうにもなんないけど……」
「いや……。私、B型で、解けるまで時間かかりそうだから気を付けないと……!」
そう言って、警戒するようにステインを睨んだ。
「さっさと二人担いで撤退してえところだが……氷も炎も避けられる程の反応速度だ。そんな隙、見せらんねえ」
結月の方は?焦凍くんに聞かれて「テレポートも同意見」と、答える。
「ステインは獲物をよっぽど逃がしたくないみたい」
後ろの二人を飛ばそうとした瞬間、前の誰かが犠牲になるのは明白だ。焦凍くんの腕に投げつけられたナイフがそれだ。
たぶん、まだステインはこれで本気を出していない。ヒーローたちを逃がしたところで、逆上して本気になられたら。
"誰一人死なずに生き残る"――その場合の最適解。
「一対一だと強すぎる"個性"だから、人数減った方が危険じゃない?通報はいってるし、何とか時間稼ぎできないかな」
中也さん早く来て!!
「俺もプロが来るまで、近接を避けつつ粘るのが最善だと思う」
「その近接を避けつつが難しいけど、僕らの"個性"を上手く合わせれば……」
近接格闘のでっくん。
中・遠距離戦闘の焦凍くん。
オールラウンダー支援の私。
チーム的にはバランスばっちりじゃない?
「轟くんは血を流しすぎてる。僕が奴の気を引き付けるから後方支援を!結月さんも怪我しているから、無理はしないでフォローをお願い!」
「でっくんもね〜」
「相当危ねえ橋だが……そだな」
――三人で守るぞ。
焦凍くんのその言葉に、ステインを見据えたまま強く頷いた。
「3対1か………甘くはないな」