立ち上がれ

「三人で守るぞ」

 焦凍くんのその言葉に、強く頷く。それは、決意と覚悟だ。
 でっくんは足を踏み出したと思えば、弾丸のようにステインに向かって飛び出した。

(やっぱりその動き。以前のでっくんと違う……!)

 まるで、爆豪くんのような機敏な動き。

 縦横無尽に左右の壁を足場に使い、ステインを翻弄する。("個性"を掴めそうって言ってたのはこれだったのね……!)

 焦凍くんも上手くでっくんの動きに合わせて、反撃しようとするステインに氷と炎で応戦した。

 それらを全て避けるステインは、予想はしていたけど、さっきより格段に動きが研ぎ澄まされている!

(手に持っているナイフを転移で奪おうって思ったのに、速すぎて照準できない……!)

「ぐっ!!」
「緑谷!」

 壁に打ち付けられたでっくん。襲いかかるステインに向かって、焦凍くんの炎が阻止する。
 行動不能にさせられたのかも知れない、助けに――「ごめんっ二人とも!奴はそっちに……!」

(ッあくまでも標的は後ろ……!!)
「止めてくれ……」

 背後から飯田くんの苦しげな声が届く。(っ今さら……!)

「飯田くん!気が散るから黙ってて!」

 この状況でこの台詞。さすがの私も声を荒らげる。

「もう……僕は……」
「やめて欲しけりゃ立て!!!」

 焦凍くんも同様に叫んだ。


「なりてえもんちゃんと見ろ!!」


『――恨みつらみで動く人間の顔なら、よく知ってるからな』

 その言葉は、きっと今の焦凍くんだからこそ贈れる言葉だ。
 
「ナイフ、だと……っ!」
「っ!?」

 焦凍くんが氷結を使おうと、炎を消すとそこに現れたのは一本のナイフ。

「(こいつ、炎を隠れ蓑に投げて……!!)」
「焦凍くん!ナイフは囮ッ」

 焦凍くんに当たる寸前に、ナイフはふっと消える。
 どこかでカラン、と地面に落ちる音した。(なんとか転移が出来た……!)

「!?っ違え!狙いはおまえだッ」


 ――結月!!


「……っ……」

 強い殺気に息を呑む。

 氷結の波を乗り越え、打ち砕き、暗い夜空を背に飛び上がったステイン。

 気づけば、すぐ目の前に迫っていた。

 誰かが、みんなが、


「結月くんッ――!!!」


 私の名前を叫んだ――……


「……ッ!……くん……!!」

 ――……何がなんだか分からないうちに。

「結月くんっ……!!」

 気づけば、地面に伏せていた。

 背中が痛いけど、それより腕が焼けるようにひりひりと痛む。

「結月くんっ!頼む、返事してくれ結月くん……!!」
「……生きてるよぉ……」

 さっきから飯田くんの必死な声は聞こえていたよ。
 痛みに答える余裕がなかっただけで。
 顔を上げると、その瞬間、体が不自然に動かなくなる。

 痛みで動けないとは違う――これがステインの"個性"。

(……てっきり焦凍くんにナイフを投げつけて、そのまま自身も襲いかかるつもりかと思ったけど)

 まだ慣れない能力を使って、隙ができた私の方に急遽ターゲットを変えたのかも知れない。

 いや、今はそんな事はどうでもいい!

「氷に、炎」
「(っ……んで避けられんだよコレが!)」
「言われたことはないか――?」

(焦凍くんが一人で戦ってる……っ!)

 最悪な状況。応援が来るまで、でっくんが動けるようになるまで、あとどのぐらいか。

「結月くん……。僕は、ヒーロー殺しの言う通りだった」
「飯田くん……?」

 飯田くんの方に視線をずらすと、ちょうどその顔がよく見える。

 唇を噛み締め、彼は泣いていた。

「君たちと違う。未熟者だ。足元にも及ばない……!」
「…………」

 ――飯田くん。私は、でっくんや焦凍くんたちと違って、優しくないから。
 慰めの言葉も励ましの言葉もかけてあげない。

 何より……今の君にはそれらは必要ないでしょう!?

「それでも、僕は、今ここで立たなきゃ……っ」

 強く握り絞めたその拳をほどき、地面に手をつける姿。

「二度と!!」

 飯田くんは立ち上がった。歯を食い縛って、真っ直ぐと見据えるその先は――


「"個性"にかまけ、挙動が大雑把だと」 
「化けモンが……」
「っ!焦凍くんっ!!」


 その瞬間、路地裏にエンジン音が響き、横を突風が吹き抜ける。


「っ……戦え!!飯田天哉――!!」


 速すぎて見えないその姿に、叫んだ。

 カキィンと鋭い金属音と共に、真っ二つに折れた刀が宙を飛んだ。
 一瞬にして、ステインと焦凍くんの間に入った飯田くんは、刀を折っただけでなく、強烈な回し蹴りを叩き込んだ!

 ステインは踏ん張るものの、その勢いに地面を擦りながら後ろに下がる。

「飯田くん!!!」
「解けたか。意外と大したことねぇ"個性"だな」
「轟くんも緑谷くんも、関係ない事で……申し訳ない……」
「また、そんな事を……」
「結月くんも、本当に申し訳ない……」

 続けて二人と同じように、私にも頭を下げる飯田くん。答えようとする前に、飯田くんは伏せていた顔を上げ、先に口を開く。

「だからもう。三人にこれ以上、血を流させるわけにはいかない」
 
 そこにはもう、恨みつらみの顔はない。
(相変わらず固いなぁ、飯田くんは)
 場違いなのに、思わずふっと笑みが溢れてしまう。

(少年コミックならそこは「一緒に戦う」だよ、飯田くん)


「感化され、とりつくろおうとも無駄だ。人間の本質はそう易々と変わらない」
「……!」

 背後で折れた刀が地面に突き刺さった音と共に、ステインが口を開いた。
 その血走った目が捉えてるのはただ一人、飯田くんだ。

「お前は私欲を優先させる贋物にしかならない!"英雄ヒーロー"を歪ませる社会のガンだ。誰かが正せばならないんだ」
(ニセモノ?正す?その誰かが自分だと……?)

 何を語るのかと思えば、ヴィランの口からヒーローに対する倫理観が出るなんて、嫌悪感しかない。
 その思想のために、人を傷つけて、殺めて、自分勝手に押し付ける。腹立たしい。

「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳貸すな」
ヴィランごときが何を言ってるんだってね」

 これだから思想犯は嫌なんだ。自分が"正しい"と思い込んでる分、質が悪い。

「いや、言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格など……ない」
「飯田くん……!」

 その言葉に思わず声を上げる。飯田くんの腕からツーと血が流れ、ぎゅっと握られた拳に伝う。

「それでも……折れるわけにはいかない……。俺が折れればインゲニウムは死んでしまう」

 強い意思を込め、その言葉ははっきりとステインに向けられた。

「論外」

 来る――鋭い殺気に、そう直感した瞬間、守るように炎が燃え立つ。
 
「馬鹿っ……!ヒーロー殺しの狙いは俺とその白アーマーだろ!応戦するより逃げた方がいいって!!」
「そんな隙を与えてくれそうにないんですよ」

 叫ぶヒーローの言葉に、焦凍くんは左を使いながら答える。

「さっきから明らかに様相が変わった。奴も焦ってる」

 そのステインは壁に折れた刀を突き刺して、その上にしゃがみ、こちらを見下ろしていた。

「焦凍くん、上!」

 その視線は標的の二人。

 殺す算段を考えているような……恐るべき並外れた執着心に、背筋に悪寒が走る。

「チッ……!」

 焦凍くんにも焦りが見えた。氷も炎もステインは易々と避ける。
 先ほどのでっくんの動きのように、左右の壁に跳び移り、駆け、翻弄するような動きをする。

 次に、どこから攻撃を仕掛けてくるか分からない――!

「轟くん、温度の調整は可能なのか!?」
炎熱ひだりはまだ慣れねえ何でだ!?」

 突然の飯田くんの問いに、余裕のない声で焦凍くんが返す。

「俺の脚を凍らせてくれ!排気筒は塞がずにな!」
「邪魔だ」

 頭上から、声が聞こえた。

 視線は動かせるのに体は動かせず、ステインの姿が確認できずにもどかしい。

「ぐぅ……!!」

 そのすぐ後に飯田くんの呻く声。伸ばされた手に、焦凍くんを庇ったのだと気付いた。

「お前も止まれ」
「っ飯田くん!!」

 サバイバルナイフが飯田くんの腕に突き刺さり、そのまま彼は地面にうつ伏せに倒れる。

「飯……」
「いいから早く!!」

 そうこうしているうちに、ステインは攻撃を仕掛けようとしている。

「焦凍くんっ数秒だったら作れる!」
「結月……?」

 なんだか分からないけど、焦凍くんが飯田くんの足を凍らせる数秒を作り出せばいいのなら――(大丈夫。怖くない、できる……!)

「まかせた!!」

 すぐさま返ってきた言葉に、焦凍くんは迷いなくステインに背を向ける。
 これは失敗出来ないと、集中にも身が入る。
 先ほど武器に使えるかとブーツに挟んだナイフを手の中に転移した。

 触れて飛ばす方が、安定感があるから。
 そして、狙うは致命傷が少ない部位。

(……大丈夫!与謝野先生にちゃんと教わった……!)


 ――……


「人体の構造を教えてほしい?」
「はい」

 雄英がヴィランに襲撃され、ヒーロー基礎学が再開された数日後。
 武装探偵社の医務室で、診察のように与謝野先生と向き合って座っていた。

「一応、中也さんから体術は教わってますけど、私の力じゃ攻撃力がないし、いざって時のために、確実な攻撃手段がほしいんです」
「……それが、"個性"で人体に何かを飛ばして攻撃する方法かい?」

 こくりと頷いてから、鉛筆立てに入っているボールペンを手に転移させる。

「これぐらいの物なら、腕とかにテレポートさせても命に別状はないですよね。人体を学んで、致命傷が少ない場所に確実に飛ばせるようになれば、ちゃんとした攻撃手段になると思うんです」

 それは雄英が襲撃されてから、死柄木の言葉もあって……ずっと考えていた。

 ヴィランと戦う方法。

 それには、"個性"をもっと使いこなすのが前提として。
 オールマイト先生によるサプライズの授業で、私はこの"個性"を攻撃に使おうと決意した。
 結果的に使わなかったし、ヴィランだと思っていたらオールマイト先生で本当に焦ったけど。(まあ、あれはオールマイト先生も悪い)

 攻撃に使おうと思った覚悟は本物だ。
 
「確かに、それは強力な攻撃手段にはなるね。……だけど、トラウマは大丈夫なのかい?」

 大丈夫と言ったら……正直嘘になる。

「だからこそ、人体を学ぶべきだと思いました。どこに飛ばしたら危険なのか、ちゃんと理解して向き合えば、怖くないと思ったんです」

 幽霊が怖いのは、なんだか分からないからだ。
 逆に怖いものをきちんと理解すれば、怖くなくなるんじゃないかという発想。

「……そうかい。アンタも大人になったね」

 与謝野先生の目が、優しく細められる。
 ふっと笑ってから「いいよ。教えてあげる」と、答えてくれた。

「ありがとうございます!」
「……まァ、アタシが教えてあげるより、適任者がいるけど……(理世を森医師せんせいに会わせたら、太宰のやつがうるさいか……)」
「?」
「いや、こっちの話だよ。アタシが借りてる大学病院の研究室に、人体模型や資料がたくさんあるから、そこで勉強しようか。今度の日曜でいいかい?」
「はい!」


 ……――臓器はもちろんのこと、太い動脈が流れていない場所に狙いを定める。

 そして、ナイフを飛ばすのも、浅いと攻撃にはならないし、深いと神経を傷つけてしまう危険性を考慮して。
 法律的にはこのぐらいの殺傷は問題ないだろうけど、気持ちの問題。

(コントロールの見せどころ……!!)

「……ッ!?」

 二人に襲いかかろうとしたステインの肩に、ナイフが現れた。

 怯んで後ろに退く。

 それは投げられたものじゃないと気づき、こちらに視線を寄越したやつと目が合う。私を行動不能にするなら、気絶させるか視界を防ぐべきだったね!

「……そうか、体が動かなくても結月の"個性"は使えるのか」
「ちょっとは役に立った?」
「ちょっとどころじゃねえな。おかげで……飯田!!」

 焦凍くんは前を向くと、すぐさま炎で牽制した。直後、飯田くんのふくらはぎのエンジンが再び吹く。

「ありがとう。結月くん、轟くん」

 そう言ってから、彼は腕に刺さったサバイバルナイフに噛みついた。

「!?待っ……!」

 私の"個性"で抜いた方が傷が開かない――制止も間に合わず、そのまま強引に引き抜く。血が吹き出た。まるで、腕なんてどうでもいいと言うように。

 そして飯田くんは、すぐさま立ち上がり、

「レシプロ……」――エクステンド!

 飛び上がった。

 蹴り上げる足の先にはステインがいて、そこには拳を構えたでっくんもいる。

「行け」

 見上げて小さく呟く焦凍くん。二人の攻撃が同時に迫り……ステインの脇腹と頬に、蹴りと拳が打ち込まれた!

「やった……!」

 二人による強烈な一撃。堪らずステインは意識を飛ば――していない!
 一瞬、手から離れた折れた刀を、殺気と共に掴む。

「くっ……!(空中では避けきれ……っ)」
「飯田くんッ――!!」

 その刃は飯田くんをすり抜ける。正確には、当たる前にその場から消えた。

「結月くん……!!」

 私と一緒に飛んだ飯田くんを――

「いくよ、委員長!」
「……頼む!!」

 USJあの時と同じように、背中を押してテレポートさせる。
 今度は、その攻撃が最大限に活かせる位置に送り届ける――!

「お前を倒そう!今度は……!犯罪者として――……」
「たたみかけろ!!」


 焦凍くんが下から叫んだ。


「ヒーローとして!!」


 落ちながら、その姿を見上げる。
 後ろに大きく曲げた飯田くんの脚が、獅子奮迅のごとく下からステインを突き上げた。

「がっ……」

 宙で一回転したステイン。呻いたそこに、炎が燃え過ぎ去る。

「!おおおおお」

 空中での戦いに、当然落ちるでっくんと飯田くんを受け止めたのは氷結だった。
 滑り台のように、ツルーと二人は滑っていき――ごんっ!「どわっ」「うぐっ」あ、今のは痛い。

「立て!!まだ奴は……」

 氷壁に頭をぶつけて悶える二人に、ステインを見据えたまま問答無用で言う焦凍くん。
 隣にテレポートで降り立って、同じように見上げた。

(いや、たぶん、ステインはもう……)

 そびえ立つ氷山の山頂で、その姿はうつ伏せに動かない。腕にも力がなく、だらんと落ちている。

「さすがに気絶してる……?っぽい……?」
「最後の飯田くんの下からの蹴り上げは強烈だったからね〜」

 唖然と皆で見つめるなか、でっくんの言葉にそう続けて言うと……

「「……。ん?」」

 三人の視線がステインから私に向けられた。

「あれ?結月さん……」
「おまえ、普通に動けてねえか」
「先ほどヤツの"個性"を受けたわりには、切れる時間が早すぎるような……」
「俺と一緒のB型なのに!」

 最後にヒーローの言葉も続いて、皆の頭の上にはハテナが浮かぶ。

 ここは、にっこりと笑顔を浮かべて。

「私、本当はでっくんと一緒のO型」

 カミングアウト。

「「えぇえーーー!!」」

 という驚きの声が路地裏に響き「さすがだよ」焦凍くんだけが、きょとんとした後にふっと笑った。

「でっくんと二人との間に時間差あるみたいだったし、ステインにB型と印象付けて、奇襲を仕掛けようと思ってね〜」

 私、よくB型に間違えられるし。何故か。

「あの状況で、大した女の子だよ」

 そうヒーローは笑って、立ち上がった。
 どうやら彼も、ようやくステインの"個性"の効果が切れたようだ。


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