ヒーローの卵

 一夜明け――……保須総合病院。


「結月さん、もう起きてるかな?」
「昨日はあれっきりだったから心配だ……」
「あいつの"個性"は集中力が必要そうだから、まだ疲れて寝ててもおかしくねえな。俺ら助ける為に無茶してたし、俺を庇って怪我させちまった……」
「轟くん……」


 ――……


「おはよう!みんな、起きてる!?」
「結月さん!」
「結月」
「結月くん!」


 飛び込むように大部屋に入った。

 お揃いの病衣を着て、ベッドの上に座っている三人を見る。とりあえず、顔色は良さそうで安心だ。

「結月くん、体の具合は大丈夫なのか?」
「それどころじゃないの、飯田くん!」
「……は?」
「結月、昨日は悪かった。俺を庇って余計な怪我させちまって……」
「それどころじゃないからいいよぉ焦凍くん!」
「?結月さん、そんなに慌てて一体……」
「緊急事態」

 三人の言葉に答えながら、どこか隠れる場所がないか、きょろきょろと部屋を見回しながら答える。

「緊急事態……?」
「焦凍くんは一回会ったことあるよね?中也さんが念のためと与謝野先生を呼んでて」

 安吾さんが、中也さんは一旦横浜に帰ったって聞いたから、さっき電話をかけてみたところ……

『教授眼鏡にキレた反面、おまえの身に何かあったらまずいと思ってな』

 苦笑いと共に。健闘を祈るぜ――と最後にそう言って切った中也さん。

 健闘を祈るって!

「ああ、武装探偵社の専属医の……」
「私、結構な怪我しているからどこかに隠れないと」

 ついに私にも解体の危機が……!

「結月くん、まったく話が見えんのだが」
「お医者さんならむしろ治療してくるれんじゃ……」

 その治療が問題なの、でっくん!

「詳しい話は後で!とにかく与謝野先生がここに来たら『私はここに来たけど、やっぱり別の場所に行った』と焦凍くん伝えて。ポーカーフェスだから得意でしょ、そういうの」

 そう言って、奥の飯田くんのベッドと壁の間に隠れる。

「得意かは分からねえけど……」
「あ、でっくんはだめだよ、すぐ顔に出るから」
「う……」
「飯田くんは論外」
「ろっ……」

 顔を出してそう言って、慌てて引っ込める。……コツコツとヒールの音が聞こえて来たからだ。

 ノックの後に、ガラリと引き戸が開けられた。

「邪魔するよ――良い姿してるねェ、少年たち」
「「!」」
「……おや、アンタとは一度会ったことがあるね」
「どうも」
「こっちに理世が来てないかい?」

 びくっ!

「さっき来ましたけど、慌ててすぐにどこかへ行きました」

(ナイスっ焦凍くん!)

「ふぅん……そうかィ」

 考えるように鼻を鳴らして与謝野先生は……

「じゃあ、あの子の代わりにアンタたちを治療してやろうか――?」
「!ちょっ……ちょっと待っ」

 その言葉に慌てて飛び出すも、歩きにくいスリッパに躓いて――

「ぎにゃ……!!」
「!?結月さん大丈夫!?」

 思いっきり転けて顎から床に強打した。い……痛い。かなり痛い……。

「何やってンだい……」


 呆れた与謝野先生の声が、ため息と共に頭上から降って来た。


「まったく。それだけ元気なら、アタシの"個性"を使うまでもないよ」
「ごもっともです……」

 空いてるベッドに座って答える。
 焦凍くんが出してくれた氷を袋に入れ、氷嚢代わりに顎に当てた。じんじんするぅ……。

 私の怪我は、昨日のうちに普通に与謝野先生が治療してくれてたという。記憶にないけど。
「死んだように寝てたからねェ。それだけ精神をすり減らしたってことだろうね」
 だからか、体の疲労感はあるけど、頭はスッキリしている。

 朝起きて、隣でノートパソコンに向き合う安吾さんの姿を見て、一瞬で徹夜と把握するぐらいには。

「理世の怪我は傷は深いが、化膿はしてないから、しばらく安静にしてたら直に治るよ」

 与謝野先生のその言葉を聞いて、三人が良かったと言うように顔を綻ばせた。

「中原から連絡来た時はアタシも驚いたけどね。……さて、出張したついでに昨日出た負傷者の診察を手伝うから、アタシはもう行くよ」
「被害は多いんですか?」
「いや、ヒーロー殺しの件で警備が増えていたのが幸いだったね。ヒーローたちが体張って、あの脳無とやらを食い止めてくれたおかげで、民間人の死者は0人。あの規模の被害で負傷者は少ない方さ」

 その言葉に皆と笑顔で顔を見合わす。皮肉な事ではあるけど、何より人命の方が大事だ。

「そのヒーローたちに重傷者が多数だけど……まァ、今のアンタたちが心配することじゃないねぇ」

 その覚悟の上の職業だろう、と与謝野先生は言った。

「今回の件で身に染みて分かっているだろうけど。アンタたち、命は大事にしなよ。大事にしない奴は――」
「し、しない奴は……?」

 与謝野先生のただならぬ気迫に、でっくんは繰り返して、ゴクリと唾を呑み込んだ。

アタシがちゃあんと命の尊さを、その身に叩き込んでやるから覚悟しな」

「ひぇっ」そう小さく悲鳴を上げたのは私。
 目が本気だ……!与謝野先生は最後に満足げに笑って、部屋を後にした。

「な、なんか……綺麗な人だったけど、凄そうな人だったね」

 でっくんは閉まった扉を見つめながら言った。
 怖そうな人の間違いではないかと思う。

「与謝野先生の"個性"は治癒系なんだけど、さっきは本当に治療されるのかと思って焦ったよ〜」
「希少な治癒の"個性"があの探偵社にも……!でも、焦ったって?」
「さっきもそのようなことを言ってたな」

 でっくんと飯田くんの疑問に答えよう。

「与謝野先生の"個性"は、あらゆる外傷を治癒できる能力なんだけど、瀕死の重傷しか治せないの。つまり、ほどほどの怪我――今の私たちぐらいを治すとしたらまず半殺しにしないと」
「「……。え゙」」

 二人はぴしりと固まった。焦凍くんは「やべぇな」と、あまりやばくなさそうな顔をしながら呟く。

「でっくんなんて今までの無茶ぶりを考えたら、怒って三回は解体されてるね」 
「か、解体〜〜!?」

 良かったね、でっくん。与謝野先生が雄英の看護教員じゃなくて。

「飯田くんは今回の件を知られていたら、解体は確実だったよ」

 無謀な事をしたから。

「解体って、あの人は本当に医者なのか!?」
「医者だよ。とっても優秀な、ね」

 青い顔をするでっくんと、驚愕する飯田くんの良い反応に、くすくす笑った。

「命を大事に、か……。確かに、冷静に考えると……凄いことしちゃったね」
「そうだな」

 焦凍くんが頷き、再びでっくんは口を開く。

「あんな最後見せられたら、生きてるのが奇跡だって……思っちゃうね。僕の脚、これ多分……殺そうと思えば殺せてたと思うんだ」

 自身の脚を見ながら。その右足のふくらはぎには、しっかりと包帯が巻かれていた。

「あぁ、俺らはあからさまに生かされた」

 焦凍くんも同様に、包帯を巻かれた腕を見つめて。

 私の太股の傷はナイフを投げつけられたものだからともかく。
 確かに肩を切りつけられた傷は、血を摂取して行動不能にするためだけの、致命傷にならない攻撃だった。超痛かったけど。

 正直、私は生かされたと認めるのは癪だ。最後、助けられてるし。

「あんだけ殺意向けられて尚、立ち向かったお前はすげえよ」
「そうだね。挫けなかった飯田くんえらい」
「うん。なかなか出来ることじゃないよ」

 その場の視線が飯田くんに集まる。

「救けに来たつもりが、逆に救けられた。わりィな」
「いや……違うさ」

 焦凍くんの言葉に否定してから、俯く飯田くん。

「俺は――……」

 そう言いかけた時、がらっと再び引き戸のドアが開いた。

「おおォ、起きてるな怪我人共!特務課んとこのテレポ娘もおるな」
(テレポ娘……!)

 また新しい呼び名が!

「グラントリノ!」
「マニュアルさん……!」
「安吾さんも」

 現れたその三人の名前を、それぞれ口にした。
 飯田くんが"マニュアルさん"と呼んだヒーローには見覚えがある。消火栓の水を操り、消火活動していたヒーローだ。

「すごい……グチグチ言いたい……が」
「あっ……す……?」
「その前に来客だぜ」
「「?」」

 グラントリノさんが振り返った先。ドアの向こうから現れたのは、顔は犬の黒いスーツ姿の……

「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」

 犬のおまわりさん。

 と例えるには、見た目にも役職にも失礼だ。

 署長という役職に相応しく、ビシッとスーツを着こなして、ちょっと厳ついオーラを纏っている。(でも、ネクタイはダルメシアン柄で可愛い……)

「面構!!署……署長!?」

 でっくんが驚きの声を上げた。

 保須警察のトップの登場に、立ち上がる飯田くんと焦凍くんと同様に、私も背筋を伸ばして立った。どちらかと言うと安吾さんがいる手前。

「掛けたままで結構だワン」

 脚を怪我しているなか、慌てて立とうとするでっくんに面構署長は言った。……ワン?(低くダンディな声で……!)

「君たちがヒーロー殺しを仕留めた、雄英生徒だワンね」
「(署長がわざわざ……何だ?)」
「「(ワン……!!)」」

 語尾が気になります、署長。

「ヒーロー殺しだが……火傷に骨折と、なかなかの重傷で現在治療中だワン」
「!」

 その言葉になんとなく気まずい空気が流れた。
 今朝、起きて安吾さんに詳しく状況の話を聞いて、先に知ってはいたけど。

 最後の翼の脳無が襲って来たあの時には、既に肺には折れた肋骨が刺さっていたという。

 そんな状態で、あんなに動けたのは相当な気力と執念だ。(翼の脳無の動きが急に止まったのは、その流した血を摂取していたかららしい)

「雄英生徒なら分かっていると思うが。超常黎明期……警察は統率と規格を重要視し。"個性"を"武"に用いないこととした。そして、ヒーローはその"穴"を埋める形で台頭してきた職だワン」

 ちなみに、その"個性"に関する事を管轄するのに設立されたのが、特務課だ。
 ヴィランもヒーローも関係なく、"個性"全般を取り締まる政府の組織。

「個人の武力行使……容易に人を殺められる力。本来なら糾弾されて然るべきこれらが公に認められているのは、先人たちがモラルやルールをしっかり遵守してきたからなんだワン」

 署長が何を言いたいかは、分かった。

 ルールは大切だ。この超人社会が、社会として機能するために。

 社会と個人は違う。

 私たちが救うためとはいえ、ステインと戦った事は、社会からしてみれば知ったこっちゃないというわけで。(砕けた言い方をすれば)

 罰則があるなら甘んじて受ける覚悟はあるけど……。ちらりと安吾さんを見た。

「資格未取得者が保護管理者の指示なく"個性"で危害を加えたこと。たとえ相手がヒーロー殺しであろうとも、これは立派な規則違反だワン」

 それが警察の見解――昨日、車の中で安吾さんが言っていた事だ。

「君たち四名及びプロヒーロー、エンデヴァー、グラヴィティハット、マニュアル、グラントリノ。この八名には厳正な処分が下されなければならない」
「待って下さいよ」

 すかさず低い声が制止をかけた――焦凍くんだ。

「轟くん……」

 飯田くんが心配そうに見つめる中、焦凍くんは続ける。

「飯田が動いてなきゃ、ネイティブさんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ、二人は殺されてた。結月が怪我したのは俺たちを守ろうとしてだ。誰もヒーロー殺しの出現に気付いてなかったんですよ。あの状況で、規則守って見殺しにするべきだったって!?」
「ちょちょちょ」

 振り返ったでっくんが、慌てて焦凍くんを宥める。
 驚いた……いつも冷静沈着な焦凍くんが、こんなにも声を荒らげるなんて。

(焦凍くんだって、みんなが動けない中も、一人でステインと戦って守ってくれたのに。今も、みんなの為に怒ってくれてるんだ)

「結果オーライであれば、規則などウヤムヤで良いと?」

 動じず面構署長は淡々と言った。
 その円らな瞳は、じっと私たちを見つめている。
 何もそんな言い方しなくても……と、煽るようなその言葉に少しむっとしてしまう。試されているとしたら、質が悪い。

「――……人をっ、救けるのがヒーローの仕事だろ」

 一瞬、言葉を詰まらせながら焦凍くんは言い返した。

「だから……君は"卵"だ。まったく……良い教育をしてるワンね。雄英も……エンデヴァーも」
「この犬――……」
「待って、焦凍くんっ」
「やめたまえ。もっともな話だ!!」

 署長に向かう焦凍くんを慌てて止めに入り、飯田くんは声を張り上げた。

「まァ……話は最後まで聞け」

 手と共に、落ち着いた声で制止したのは、グラントリノさんだ。

「以上が――……警察としての公式見解、になるはずだったワン。特務課に直接連絡を入れて、手回しさせた子がいてね。……君だね」

 その署長の言葉と視線が向けられると、皆の視線も一斉に私に向けられる。
 ここで注目を浴びるのはちょっと居心地が悪い。

「手回しというほどでも……。グラヴィティハットの助言もあったからですけど」

 まあ、事前に連絡さえしておけば、何かあっても安吾さんがどうにかしてくれるだろう、という目論見があった事は否定できない。(私も太宰さんのこと言えないなぁ)

「彼女の通報を受けた特務課の者によって『緊急時"個性"使用許可』が出されていたそうだワンね――坂口さん」

 ここで安吾さんが口を開く。

「はい。これによって、彼らは署長が先ほどおっしゃっていた『無資格条件違反』には該当しません」

(通報を受けた……深月ちゃんだ!)

 さすが優秀なエージェント!

「じゃ、じゃあ……」

 でっくんが明るい声で切り出すも、署長から出たのは渋い声だった。

「だが、一つ問題があるんだワン」

 問題……?

「使用許可が出たのは直接通報した結月理世と、雄英生徒による情報提供で、現場にいるとされる緑谷出久の両二名のみだワン」
「……!」
「特務課としては人数を把握できない事態も緊急時と含めて、関わった彼ら全員を許可すると主張したのですが……」

 安吾さんの表情も苦々しい。深月ちゃんもそうだけど、安吾さんも私たちが罰則させられないように色々と動いてくれたんだろうな。

「さすがに我々警察はその曖昧な理屈では納得することはできないワン。そこで特務課と対立」
「議論してお互いの譲歩による結果。……あなたたちの行動を非公表にするという案が出ました」
「非公表……?」

 呟いたと同時に、安吾さんと目が合う。

「簡単に言えば、この件を隠蔽するということです。言葉は悪いですが……」
「処分云々は、あくまで公表すればの話だからワン」

 続けて面構署長も言った。……なるほど。問題自体をなかったことにするってわけか。

「公表すれば世論は君らを誉め称えるだろうが、処罰はまぬがれない。一方で汚い話。公表しない場合、ヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン」

 エンデヴァーなら、実力的にも辻褄は合う。

「幸い、目撃者は極めて限られている。特務課も応じており、この違反はここで握り潰せるんだワン」

 その言葉に、安吾さんは静かに頷いた。

「だが、君たちの英断と功績も誰にも知られることはない」

 英断と功績か――そう口に出した署長からは、気づけば、最初に出していた厳ついオーラは薄れている。

「どっちがいい!?一人の人間としては……前途ある若者の"偉大なる過ち"にケチをつけさせたくないんだワン!?」

 舌を出してサムズアップする署長に、ぽかんとした。

「まァどの道、監督不行届で俺らは責任取らないとだしな」
「申し訳ございません……」

 涙ちょちょぎれのマニュアルさんの側に来て、飯田くんは頭を下げる。(ということは中也さんも……?電話では何も言ってなかったけど、私も謝らないと……!)

「よし!他人に迷惑かかる!わかったら二度とするなよ!!」

 ZAPっと、飯田くんの頭を軽くチョップしたマニュアルさん。その様子だけで人柄の良さが分かった。(……私はチョップだけで済むかなぁ)

 頭を上げた飯田くんを含めて、皆で顔を見合わす。
 言わずとも答えは出ており、それぞれ頷いた。

「よろしく……お願いします」

 そして、署長たちに頭を下げた。

「あなたたちに決断を迫って申し訳ありません」
「大人のズルで君たちが受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが……せめて」

 安吾さんの言葉に続き、大きな体を二つに折る面構署長。

「共に平和を守る人間として……ありがとう!」
「救援及びヴィラン確保の貢献、感謝致します」

 警察署署長と特務課参事官補佐に、感謝の言葉と共に頭を下げられた。

 世間の称賛の声がもらえなくても、十分過ぎる――私は眉を下げて笑った。
 それにつられるようにでっくんも飯田くんも同じように笑みを浮かべ「初めから言って下さいよ」焦凍くんだけが少々不服そうに呟いた。


「――何はともあれ。お咎めなしで良かったね」

 ヒーローたちには申し訳ないけど……。四人だけになった部屋で、ふぅと息を吐きながら言った。

「結月が特務課に連絡してくれたおかげだな」
「私じゃなくて、どうにかしようと動いてくれた安吾さんたちだね」

 焦凍くんの言葉に答える。私たちのために奔走してくれた深月ちゃんにも、あとでちゃんとお礼を言わないと。

「結月さんとあの特務課の人って、その、どういう……」
「そういや、家族に特務課がいるとか言ってたな」

 聞きづらそうに疑問を口にしたでっくんに続いて、焦凍くんが思い出したように言った。

「私の両親が特務課のエージェントだったんだけど……」
「さぞかし優秀なご両親なのだな」

 飯田くんの言葉に、笑顔で頷く。

「五年前に二人とも事故で亡くなってね。さっきの安吾さんが私の後見人として引き取ってくれて、今は一緒に暮らしてる家族みたいな関係なの」

 一瞬の沈黙に「ご、ごめん……っ!」と慌てて謝るでっくんは予想通りの反応で。
「俺も……すまない」と、飯田くんまでも暗い顔で謝る。

「気にしてないから話したんだよ。安吾さんは両親の部下でお世話になったからって、私を引き取ってくれたんだけど、安吾さんを通じて武装探偵社の人たちや、グラヴィティハットたちと知り合えたから……」

 両親が亡くなった時は不幸だと思ってたけど、今の私は幸せかと聞かれたら、幸せだと心から言える。

「まぁ自分から積極的に話すようなことじゃないから、今まで話してなかっただけだよ」

 話したくなかったら適当にごまかすし。

「親戚はいなかったのか?」
「親戚はいたけど……両親自身による"個性"事故だったから、両親と同じ"個性"を引き継いだ私を引き取るのを渋ってねぇ」

 焦凍くんの問いに肩を竦ませて答える。今となってはどうでも良い話だ。

「……わ」
「謝るのはなしね」
「……かった」

 咄嗟に言い換える焦凍くんが面白い。

「……結月くんは立派だな。僕も見習わなくては」
「え〜急にやだなぁ、飯田くん」
「いや……君みたいな尊敬できる人と友だちになれて、誇りに思う。もちろん、緑谷くんや轟くんとも」

 その言葉に、でっくんと焦凍くんの顔も和らいだ。

「そういえば……、飯田くんはなんであからさまに私を避けたの?」

 笑顔のまま何気なく聞いた。

「唐突に切り出したな」
「あはは……飯田くんもたじたじだね……」

 ふと今思い出して。
 いそいそとベッドの上で正座をする飯田くん。いや、正座はしなくていいけど。
 別にもう怒ってないし、純粋な疑問なだけで。

「結月くんに体験希望先を見られたと思い、君は鋭いから追求されるかと……」
「でっくんの見解通りだったね〜」
「あの時は本当に周りが見えてなくて……」
「うん、すごく知ってる」
「君にあんな態度を取ってしまい、本当に申し訳なかったと思ってる」
「わかった。じゃあこの話はこれでお仕舞いね。なんかもっと言いたいことあった気がするけど、忘れちゃった」
「良かったな、飯田。思いのほか短く済んで」
「……ねえ、焦凍くんは私をどんな風に思ってるの」

 そのやりとりを見て、でっくんがおかしそうにくすくす笑っている。
 たぶん焦凍くんが真面目な顔で言うからコント感が増すんだと思う。(誰かに似てる気が……)


「じゃあ、私。診察の時間だからそろそろ戻るね。念のため精密検査して、異常なければ今日中に退院できるみたい」

 行ってらっしゃいとでっくんに見送られて、ドアを開けた時だった。

「!」
「……あ」

 目の前には、眼鏡をかけた女性が青い顔をして立っていた。
 宙に浮いた手はちょうどノックをしようとしたところだったらしい。

「母さん……!」飯田くんの声が響き、女性も「天哉!」と、声を上げた。
 
(飯田くんのお母さん……)

 彼女は私にぺこりと一礼した後、足早に部屋へ入って行く。

「母さん……僕は……っ」

 ぱちんっ、という音が部屋に反響した。

「天哉っ……警察から連絡が来た時、あなたが保須市のヒーロー事務所に行くのを止めなかったことを……母さん、すごく後悔したわ」
「……ごめんなさい……母さん……」
「……いいえ。母さんの方こそ、ごめんなさい……!天晴のことばかりで、あなたの気持ちに寄り添ってあげられなかった……。あなたは昔から、兄さんのことが大好きで、どんなヒーローよりも尊敬していたものね」

 そして、飯田くんのお母さんはぎゅっと飯田くんを抱き締めた。

「良かった……生きて……本当に……っ」

 その光景は、眩しくて……なんだかいとおしい。

 焦凍くんとでっくんが、そっとベッドから降りる。
 足の不自由なでっくんは、松葉杖と焦凍くんに支えられながら歩いて……。二人が部屋を出ると、音を立てないように静かにドアを閉めた。

「……飯田の両親も元プロヒーローだから、思うことは色々あるんだろうな」

 廊下に出て焦凍くんが言った。

「……あとで僕の母も着替えとか持って来てくれるんだけど、普通の主婦だから、事情を聞いてパニックになってないと良いけど……」

 でっくんは苦笑いを浮かべながら話す。

「俺のとこは姉が来る」
「轟くん、お姉さんいるんだね」
「ああ、兄もいる」

 兄弟がいるって良いなぁ。

「荷物は保須市のホテルにあるし、来なくて良いって言ったんだけどな」
「弟思いのお姉さんだね」
「エンデヴァーが来るより良いんじゃない、焦凍くん」
「あいつが来たら……すげえ嫌だ……」

 エンデヴァーが着替えを持って部屋に入ってきたところを想像したのか、焦凍くんの眉間に皺が寄って、うんざりした顔になった。

 適当に時間を潰すという二人と別れて、一旦、個室へと戻る。

(もし、お父さんとお母さんが生きていたら……)

 あんな風に怒って、心配して、泣いて、生きていてくれて良かったって言ってくれたかな。

 でも、うちの両親の事だから、お父さんが泣いて、お母さんが怒るっていう役割分担だったかも知れない。


「あ、理世。よかった、戻ってきて。探しに行こうか迷ってたところよ」

 ドアを開けると、誰もいないと思っていた部屋に、来客がいて驚く。

「深月ちゃん……!どうして……」

 今日は仕事モードで、首にスカーフとパンツスーツ姿の深月ちゃんがそこにいた。

「坂口先輩たちから話を聞いて、本当にびっくりしたわ。綾辻先生の監視を同期にホテルのランチで代わってもらって、駆けつけるぐらいにはね。とにかく、歩けるぐらいには理世が元気そうで安心した」


 ……最後の言葉を微笑んで言った深月ちゃんに、私も同じように笑い返した。
 こうして、心配して駆けつけてくれる人がいてくれるだけで――私は十分なんだ。


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