「深月ちゃん、ありがとう」
看護師さんに呼ばれ、診察室へ向かいながら、隣を歩く深月ちゃんに言った。
「安吾さんから聞いたの。私たちの為に奔走してくれたみたいで……」
「結局、力及ばずって感じだけど」
「そんなことないよ!」
「でも、非公表と引き換えに罰則を受けずに済んで良かったと思う。受けるとしたら、たぶん数週間の自宅謹慎とかになってたと思うから……ヒーロー科にとって大きな遅れでしょ?」
確かに……。ヒーロー科ならその差は大きく開くだろう。
「着替えも持って来てくれてありがとう」
「坂口先輩に、理世に会いに行くならって頼まれたからね」
これで検査を通過できればいつでも帰れる。
職場体験に戻れるかなぁ。コスチュームはボロボロで修繕に出さなきゃだし。(まあ、大半は私が止血の為に裾を切ったからだけど)
診察室へと着いて、深月ちゃんとここでお別れだ。
「あ、そうそう」
深月ちゃんが何かを思い出したように口を開く。
「理世のクラスメイトから通報あったって言ったじゃない?調べたらね」
事件当事者の、私含めた四人以外。
「17名、全員から通報あったみたいよ」
全員、というとあの爆豪くんも。
「良いクラスね」
深月ちゃんの言葉に笑顔で答える。
「うん!自慢のクラス」
***
"ヒーロー殺し、ステインがついに逮捕!"
"何故、ステインはヒーローを狙ったのか!?"
"ヒーロー殺し、ステインの過去――"
並んでいる雑誌は、そんな見出しばかりだった。
無事、退院許可が降りたので、深月ちゃんが持って来てくれた制服に着替えて、やって来たのは売店。
お昼の病院食が味気なかったからおやつでも買おうという目的を忘れて、雑誌を手に取り、立ち読みする。
『三人の敵は、いずれも住所・戸籍不明の男です。その外見的特徴と、NHAテレビが偶然捉えた二人の男の姿から、先月、雄英高校を襲った"敵連合"との繋がりを指摘する声も上がっています。今日は犯罪心理学に詳しい"佐々城信子さん"にお越し頂き……』
近くにある待合室のテレビからは、脳無についてのニュースが流れた。
安吾さんも、繋がりはほぼ確定として見ていると言っていた事を思い出す。
(でも、死柄木の目的はオールマイト――平和の象徴を亡き者にすることだ)
対してステインはそのオールマイトに心酔している。
真逆の位置にいる二人が、手を組む事になったのはどういう事なのか。
『氏の主張――"英雄回帰"』
雑誌には、ステインの過去も書かれていた。
彼の思想も信念とやらも考え方も、私は全否定だ。ただ……嫌いだとしても、どんな人物だったかは知っておくべきだと思う。
ヒーロー殺し――ステイン。
本名、赤黒血染。
(……最後、何を言いかけたんだろう)
私を助けた理由を、聞いたとき。
(……考えても、答えが出ないことは考えない)
雑誌を閉じると、見つけたチョコぱんを手に取り、一緒にレジへと持っていった。
(――あ、でっくんだ)
男子三人の所へ向かう途中、誰かと電話中のでっくんを見かける。
でっくんもこちらに気づいて、目が合った。
「あ、ちょっと待って!今、結月さんに代わるから」
そう話したあと、ぎこちなく松葉を杖をついてこちらに歩いて来るので、慌てて駆け寄る。
「?」
笑顔でスマホだけ手渡された。誰だろうと、首を傾げながら耳に当てると……
「もしも」
『理世ちゃん!!!大丈夫なんーー!!』
「お……お茶子ちゃん」
大音量のお茶子ちゃんの声に、スマホを耳から放した。思わずでっくんを見ると、これにはでっくんも苦笑いを浮かべている。
『理世ちゃんの返事が全然返って来んから、デクくんに聞いたら、一緒にあのヒーロー殺しと遭遇したって聞いて、めっちゃ心配してたところ』
そういえば、お茶子ちゃんから個別にメッセージ届いてたかも。グループメッセージにももちろん顔を出してないし。
「ごめんね、心配かけて。それに、ありがとうお茶子ちゃん。怪我はしちゃったけど、今日退院できるから大したことないよ」
『退院ってことは入院してたってことだよね?全然大したことあるよ!じゃあ、デクくんたちも!?』
「……。あー……」
たぶん、でっくんは心配かけまいと入院については伏せていたらしい。ごめん、私、語るに落ちるタイプで。
「でも、私もみんなも超元気だよ〜!じゃあ、でっくんに代わるねっ」
逃げるようにでっくんにスマホを返すと「この流れで!?」と、困惑しながら受け取る。
「――うん、結月さんに安静にしてるように伝えるね」
(あ、なんか心配されてる。そこはでっくんだと思うけどなぁ)
「あ、うん。僕もちゃんと安静にするから」
と思っていたら、ちゃんとお茶子ちゃんはでっくんも指摘したらしい。
「じゃあ、また……」
「お茶子ちゃん、フルスロットルだったね〜」
電話を切ったでっくんに話しかける。
「うん、フルスロットルだった。結月さんは体を動かさなくても"個性"で動けちゃうから、無理しないか心配だって」
「あはは……まあ、テレポートで移動する分には負担はないし、無理はしない主義だから」
私がするときは、せざるを得ない状況ってだけで。
「結月さん、制服に着替えたってことは退院許可出たんだね」
「うん。三人に挨拶してからのんびり横浜に帰ろうと思って。ヒーローコスチュームは修繕中だから、職場体験はどうなるか分からないけど……」
私も怪我してるし。
「でっくんもこのまま部屋に戻る?」
「うん。飯田くんも診察に行ってて、そろそろ戻ってるかも」
でっくんとゆっくり歩いて三人の病室に向かった。
「あ、ありがとう……」
がらりと引き戸を開け、先にどうぞと促す。
「あ、飯田くん。結月さんも一緒だよ。今、麗日さんがね」
「緑谷……結月も」
でっくんの言葉を遮るように、飯田くんではなく焦凍くんが口を開いた。なんだか神妙な空気が流れている。
「飯田、今診察終わったとこなんだが」
「……?」
「左手。後遺症が残るそうだ」
焦凍くんの言葉を引き継ぐように、飯田くんが言った。
「両腕ボロボロにされたが……特に左のダメージが大きかったらしくてな。椀神経叢という箇所をやられたようだ」
左腕というと、最初にステインに刀を深く突き刺された傷らしい。
「とは言っても、手指の動かし辛さと多少のしびれくらいなものらしく、手術で神経移植すれば治る可能性もあるらしい」
その答えにでっくんと一緒に安堵のため息を吐くものの、飯田くんの顔は厳しいままだ。
「ヒーロー殺しを見つけた時、何も考えられなくなった。マニュアルさんにまず伝えるべきだった」
「…………」
「奴は憎いが……奴の言葉は真実だった」
「飯田くん、それは違う……!」
その言葉に咄嗟に否定すると「ありがとう、結月くん」飯田くんは微笑んで続ける。
「結月くんがあの時、ステインに否定してくれて……嬉しかった。それだけで十分だ。だからこそ、俺はあの言葉に甘えてはならない」
その目も口調も、真っ直ぐしたもので。(……本当に、面倒な性格なんだから)
「俺が本当のヒーローになれるまで、この左手は残そうと思う」
飯田くんのその言葉に「……あ……」小さくそう声を漏らしたのは、でっくんだ。
「飯田くん――僕も……同じだ」
そう言って、自分の右手を見る。体育祭で無茶をし過ぎた手。リカバリーガールが戒めと言ってた手だ。
グ……と、でっくんはその手を握り締め、
「一緒に、強くなろうね」
でっくんが飯田くんに贈った言葉。そして、お互い無言で強く頷き合う。
「焦凍くん。私たちも負けてられないねぇ。……焦凍くん?」
「なんか……わりィ……」
何故か謝る焦凍くん。
「何が……」
でっくんの頭にもハテナが浮かんでるみたい。
もしかして……自分との対戦ででっくんは無茶をしたから、焦凍くんはその責任を感じて――……
「俺が関わると……手がダメになるみてぇな……感じに……なってる……」
「「…………?」」
「呪いか?」
………………!?
責任は感じてたはいたけど、ちょっと違った!どこから来たのその発想!
「気を付けてくれ。次は結月に及ぶかも知れねえ」
焦凍くんから真剣でそう言われた。本気で心配している。
「……ふっ」
たまらず吹き出して、声を上げて笑った。でっくんと飯田くんも同じように声を上げて笑う。
「あっははははっ何を言っているんだ!」
「呪いって……なんの!?」
「轟くんも冗談言ったりするんだね」
「いや、冗談じゃねえ。ハンドクラッシャー的存在に……」
「「ハンドクラッシャーーーー!!」」
笑いすぎてお腹いたい……!涙も出て、人差し指で拭う。
「焦凍くん、天然だったんだね〜」
「天然?ってなんだ。養殖もあるのか」
「焦凍くん、誰かに似てると思ったら織田作さんだ!」
「誰だ」
そのやりとりを見てか、でっくんと飯田くんがくつくつと笑っている。
「織田作さんは武装探偵社の人で、焦凍くんみたいにクールな見た目なんだけど、中身はぽやんとしてて……」
「……ぽやん?ますます分かんねえ」
「話聞く限り、似てる感じするね」
同じように、でっくんは目尻に溜まった涙を指先で拭って言った。
「緑谷くんと轟くんもだが……結月くんと轟くんもずいぶん仲良くなったんだな」
そんなやりとりを見て、飯田くんがふと気づいたように言った。
ちょうど飯田くんが周りが見えない時だったし、私が焦凍くんを名前呼びにしたきっかけも知らないらしい。
その時、ピコンと頭に閃いた。
「ついに飯田くんも私にてんてんと呼ばれる気になった?」
「!?」
「てんてん?」
首を傾げる焦凍くんと吹き出すでっくん。
「ここで初日のフラグ回収とは……さすがてんてん」
「て……!べ、別に俺はてんてんと呼ばれたいわけでは……!」
慌てる飯……てんてん。その横ででっくんが焦凍くんに「てんてんは初日に結月さんがつけた飯田くんのあだ名で却下されたもの」と、丁寧に説明している。
「……だが、君がどうしてもそう呼びたいというならば。恩義もあるし、俺は甘んじて受けよう……!」
「いや、そんな覚悟決められても」
本人が嫌がっているのに無理やり呼ばないよ。爆豪くんじゃないんだから。
「ちなみに私のことは「クソテレポ」以外だったら好きに呼んで良いよ〜」
下の名前でも!
「では……、理世くん」
「……理世」
「……っ理世……ちゃん!」
「……ごめん。やっぱり今のままで」
思ったより恥ずかしかった……!両手で顔を覆う。
「……おまえでも照れるんだな」
「照れるよぉ!」普通に!
「し、下の名前で呼ぶのってなんか照れくさいよね……!(女の子を下の名前で呼んでしまった……!ひょー!)」
「天哉くんは意外にさらりと呼んだね」
「ん、名前を呼ぶくらい…………天哉くん!!?」
うん、私も呼ぶのは平気。
「あ、そうそう。おやつにチョコぱん買ったからみんなで食べよう〜」
すっかり忘れてたと、袋からパンをサイドテーブルに出して言う。
「わ、ありがとう!」
「結月くんの好きという……」
「初めて食べるな」
それと……
「ステインの過去が載ってる雑誌も。みんなも気になるかなと思って」
「"週刊ヒーロー社会BLUE"だ!中立な立場で書かれているから、僕もよく読むよ」
「俺も読む。ここは有名ヒーローに対しても忖度しねえしな。前に、エンデヴァーに対しても痛いとこ突いて書いてあって、スカッとした。(……ん、うまい)」
パンを食べながら淡々と言った焦凍くん。
「へ、へぇ〜(エンデヴァーのことになるといじわるだな、轟くん)」
「ヒーローに対しても忖度とかあるんだねぇ」
そういうのがあると、今のヒーロー社会に幻滅するのもちょっと分かっちゃうな。
「君は父であるエンデヴァーと仲は良くないのだな……」
「まあな。そのうち話すよ」
雑誌をテーブルの上に広げる。私は立ち読みしたので、パンを頬張りながら三人が読み終えるのを待った。
内容はこうだ――……
オールマイトのデビューに感銘を受け、ステインはヒーローを志す。(オールマイト先生も名前を出されてとばっちりだよね……)
『俺を殺していいのは、本物の英雄――オールマイトだけだ!!』
最後にそう咆哮して気絶したステイン。
どれだけ心酔していたのか分かる。
ヒーローであるオールマイトに、殺していいというぐらいには。
私立のヒーロー科高校に進学するも「教育体制から見えるヒーロー観の根本的腐敗」に失望。1年の夏に中退。
10代終盤まで「英雄回帰」を訴え、街頭演説を行うも「言葉に力はない」と諦念。
以降の10年間は「義務達成」の為、独学で殺人術を研究、鍛練。
この間に両親は他界。事件性はなしとされている。
文字だけ見ると「そんなことで」と思ったけど、現在のステインになり得るような、知られざる様々な出来事が他にもあったのかも知れない。
選んだ手段は絶対に間違えてるけど。
そして、ステインの主張「英雄回帰」とは……
ヒーローとは見返りを求めてはならない、自己犠牲の果てに得る称号でなければならない――など。
戦闘中に言っていた主張と、ほぼ同じような印象だ。
現代のヒーローは英雄を語るニセモノであり、粛清を繰り返すことで、世間にその事を気付かせる……と。
「……僕も。小さい頃、オールマイトのデビュー動画を見て、彼みたいになりたいと思って……ヒーローを目指したんだ」
記事を読み終えたでっくんが、ぽつりと言った。
始まりはステインと一緒。
「確かにステインの掲げるヒーロー像は……正直、理解できる。けど、ふざけるなと思った。俺を殺していいのはオールマイトだけだなんて、彼に何を求めるんだと。でも、あの時、気圧されて言い返せなかった自分が悔しい……!」
「…………」
静かにでっくんの話を聞いた。同じヒーローを尊敬するからこそ、感じた思い。
「ステインは独りよがりだと思う。僕、ずっと"個性"のコントロールができなくて……いや、今も未熟だけど。色んな人に迷惑や心配をかけた。自分を大切にしてヒーロー活動しないと、その人たちをまた悲しませてしまう。いくら理想のヒーローになっても、それって違うんじゃないかって」
「でっくん……」
確かに、ステインの掲げるヒーローはでっくんに近いと思った。
最初に彼に抱いた印象の、夢物語のヒーロー。(でも、今は……少しずつ変わって来てる)
「そうだな……。僕にも母や家族、君たちがいる。その人たちを悲しませないことは大切だと、身に染みてわかったよ」
そう微笑んだ天哉くんの顔は晴れやかなものだった。私も同感だ。
「そういえば……。戦ってる時、でっくんの動き、すごかったね」
「へ?」
「確かに爆豪くんみたいだったな!」
「ああ、言われてみりゃ……やっとコントロール出来るようになったのか」
注目の的になっていると気づいたでっくんは、アタフタと口を開く。
「その……コツは何となく掴んだんだけど、まだまだで……最後、失敗して腕にヒビが入っちゃったし……」
「でも、前はバキバキに折れてたからすごい進歩だよ!」
そう言うと、でっくんは照れくさそうに笑った。
「ちなみにコツって?」
「えっと……僕、今まで"個性"を使うのに、超必殺技を使うように身構えて考えていたんだ」
たぶん、それはでっくんが今まで無個性だった事もあるんだろう。
「でも、グラントリノに固いって指摘されて……それでもっとフラットに"個性"と向き合えば良かったと気づいた」
「ふんふん」
「使うという動作に固執してたから、一部しか伝わってなかった熱を、全身に満遍なく伝わるイメージして――電子レンジのたい焼きみたいに!」
「「…………?」」
電子レンジのたい焼き??三人で首を傾げる。
「あとはひたすらグラントリノと組手と、ステイン戦でぶっつけ本番」
……。あの動き、ぶっつけ本番だったんだ!?
「……さすがだ、緑谷くん」
「ああ、なんかすげえな、緑谷」
「え!?いや、やっとスタート地点に立った感じだし!」
あわあわと首を振るでっくん。
フラットに向き合う、か。思えば、私も空間転移を使う時はすごく意識している気がする。
そのせいで、今回のステイン戦は使った後に大きく隙が出来て、易々と攻撃を受けたわけだし。(誰かを助けた後に自分がやられたら元も子もない)
「なんか……すごく参考になった。私も触れないでテレポートする方法は訓練中だから」
ありがとう、でっくんと、思案しながら言う。
「っ!」
「……俺も。左はまだまだコントロールが未熟だからな……。参考にする」
焦凍くんも同じように思案しながら言った。
「そ、そんな轟くんまで!君たちに比べたら僕はまだまだまだで、参考になるようなことは……!」
「緑谷くん。謙遜し過ぎるのが君の悪い所だぞ。君の努力が参考になったと二人が言うんだから、それで良いじゃないか!」
ぽん、とでっくんの肩に手を置いて天哉くんは言った。同感だ。ぽかんとするでっくんに、同意するように頷いた。
「〜〜〜!うんっ、僕の経験が二人の参考になったらすごく嬉しいよ!」
そばかす頬が、ほんのり赤く染まる。
「――和気あいあいのところ、申し訳ないが……」
「「…………!!?」」
突然、気配なく現れた人物は……!!