「「相澤先生!!?」」
そこには、私たちを見下ろす相澤先生の姿があった。部屋に入って来た気配あった!?というか……
「相澤先生っどうしてここに……!?」
「俺はお前らの担任だからな。生徒が何かしでかしたら、呼び出されるのは当然だろ」
でっくんの言葉にとげとげしく相澤先生は返した。その頭に怒りマークが見えるのは、きっと気のせいではなく。
その怒りの矛先は……
「飯田ァァ……!!」
あわわわ。
「待って!相澤先生!」
「あの、飯田くんはもう十分反省しています!」
「落ち着いてください」
三人で天哉くんを庇う。すると、相澤先生の怒りのオーラがフっと消えた。
「先に警察から詳しい話を聞いて来た。マニュアルに挨拶に行ったら、ちょうどお前の母親にも偶然会って話をしたしな。自分のした事が理解できてるようなら、俺からは何も言わん」
「……はい」
相澤先生の言葉に天哉くんはしかと頷いて、
「お前たちも同様だ」
向けられた言葉に、同じように私たちも頷いた。
「今回は大人たちの責任でもあるからな」
ちらり、とばつが悪そうに視線を、相澤先生は私に寄越した。
「…………」
結果的に、私の懸念が当たったような形になってしまった。
「飯田は今日にでも退院するみたいだな」
「はい。一旦実家に戻るようにと父が……職場体験も中止にせよと」
すみません、と謝る天哉くんに「それは構わん。どのみちその怪我じゃあ中止だろ」と、先生は答える。
急な退院だけど、折檻とか大丈夫かな……。
焦凍くんのお父さん、エンデヴァーの話もあって、ヒーロー一家は厳しそうなイメージ。
「父にも酷く心配させたようで……、戻って自宅で養生します」
その言葉にどうやら怒ってとかではないらしくて、少し安心した。
「轟は念の為もう一日入院して、明日退院と聞いた」
「はい、俺はこのまま職場体験に戻ります」
焦凍くんの言葉に相澤先生は頷く。
「緑谷は脚の怪我だから様子見て退院か。お前、その怪我は――」
「ち、違います!!」
再び相澤先生が不穏な気配を醸し出して、慌て否定するでっくん。
「一部違くはないけど……ステインにやられた怪我がほとんどで……!!」
その姿に苦笑いを浮かべた。入学時から散々、注意されて来たもんね……。
「冗談だ。どうやらやっとコントロールが出来るようになって来たようだな」
冗談!相澤先生の言葉に「聞いてたんですか……」と、でっくんはがっくり肩を下ろした。慌て損。
「お前ら、各自ばあさんにリカバリーしてもらえよ。んで、結月はこれから戻るところか」
「はい。職場体験に戻れるか分かりませんけど、どのみち横浜に帰ります」
「迎えは?」
「いえ、一人で電車で……」
「ならついでだ。車で来てるから横浜まで送ってやる」
「やったー」
「良かったな。結月くん」
飯田くんの言葉に笑顔で返す。
「俺はお前たちの入院費やらの申請すんのに手続きしなきゃなんねえから、ロビーで待ち合わせするぞ」
「費用って学校持ちなんですか?」
今回の交通費は学校持ちだったけど。
「授業の一貫である職場体験中の怪我だからな。労災みたいなもんだ。ま、ヒーロー協会から控除されるから学校側は痛くも痒くもねえ」
あ、そうなんだ……。
なんか一気に現実に戻された感覚。いや、今までも現実にいたけど。
「――じゃあ、遅れたら相澤先生に怒られそうだからもう行くね。三人ともお大事に」
「結月くんもお大事にしてくれ」
「結月さん、また学校で!」
「無理すんなよ」
三人に手を振って、部屋を後にする。
「えぇと316号室は……」
廊下を歩いていると、おろおろしているふくよかな女性を見かけた。緑かかった髪色。おや、誰かに似てるぞ……?
「あの……」
「!」
「もしかして、緑谷出久くんのお母さんですか?」
「ええ、そうです!出久の母ですが……」
やっぱり!でっくんはお母さん似なのかな?
「私、出久くんと同じクラスの結月理世です」
でっくんのお母さんに頭を下げて、挨拶する。
「じゃあ一緒にヒーロー殺しと鉢合わせしたという……!」
「はい。あ、出久くんは元気ですよ。病室はあちら……」
「あの!うちの出久ご迷惑かけませんでした!?警察から箝口令って言われたけど、私なんだかよく分からなくて……!」
さらにあたふたするでっくんのお母さん。
(これは……でっくんに会わせる前に説明しといた方が良いかな……)
簡単に事の経緯を説明すると、でっくんのお母さんは顔を青くしたり、涙を流したり、安堵したり、感情表現が豊かな人だった。
「あの子、昔は無個性でね。急に"個性"が出たって言われても、あのリスキーパワーでしょう。やっていけてるかどうか心配で……」
今までのでっくんを見てると、そりゃあお母さんも心配するよね。
「段々コントロールできてるみたいなのでこれからは大丈夫だと思います。それに私、何度も出久くんに助けられてるんです」
「出久が……?」
「はい!今回も危ないところを助けてもらったし、クラスでも出久くん、一目置かれてるますよ」
一度は委員長にもなったしね。でっくんのお母さんは、今度は嬉しそうに涙を流して、ハンカチで拭く。
「ありがとう。学校での出久のことを色々教えてくれて」
「いえいえ。じゃあ病室に案内――」
「理世ちゃん!!これからもうちの出久と仲良くしてやってね……!」
「あ、はい。こちらこそ……」
「お母さん!?病院に着いたって連絡来たのに遅いと思ったら、結月さん捕まえて何して……」
「出久!足を怪我してるのに歩いちゃだめじゃない!」
「いや、なかなか来ないから!」
「ふふ」
仲の良い親子だなぁと、二人のやりとりを微笑ましく眺めた。
「出久くんのお母さん、迷ってたみたいだから声かけたら立ち話しちゃった」
「!そうだったんだ……ごめんね、結月さん。引き止めちゃったみたいで……(出久くん……!!)」
「ううん。お母さんすごく心配してたみたいだから、安心させてあげてね。じゃ」
再び頭を下げて、でっくんのお母さんに挨拶してから、その場を後にした。
***
「理世ちゃん、可愛いくてすごく良い子ね……!出久!頑張るのよ!!」
「えぇ!?なななにを!?」
「お母さん、応援してるから!」
「えっえぇーー!!」
***
ロビーに向かうと、相澤先生は背が高いし黒いのですぐに分かった。
「すみません!先生、遅くなって……」
「いや、俺も今終わったところだよ」
「今、緑谷くんのお母さんに会いました」
「緑谷の母親か。USJの時は電話口でパニック起こしていたらしいが……」
「あ、今も軽く混乱してました」
駐車場に出ると、相澤先生はまっすぐ黒い車に向かう。私はその助手席に乗せてもらった。
シートベルトを締めて、車は発進。
「相澤先生って学校へは車通勤なんですか?」
「そうだよ」
途中、火事が起こった場所を通り過ぎる。
あの混乱で消火が遅れたため、建物の損害が目立つ。
事件は終わったけど、終わりではない。
これから、街の復興をしなくてはならない。
「……おまえは遠征でこっちに来てたのか」
そんな事を考えながら景色を見てたら、相澤先生に聞かれた。
「遠征っていうか、グラヴィティハットが趣味でやってるバンドの収録を渋谷でするっていうのでついてきて……」
その途中で。そういえば、収録は改めてするのかな。
「ちゃんと職場体験やってんだろうな……」
「やってますよぉ!この間は銀行強盗の一人を捕まえたり」
「ほぅ」
「職場体験中は黒獣に鍛練をつけてもらってます」
「そうか」
この時間だから道は渋滞しておらず、快適に車は進む。
「何にせよ、今回おまえらに万が一のことがなくて良かったよ」
「そうですね……みんながいてくれたおかげと、ステインは本気じゃなかったから」
最後の最後まで。
あの時の凄まじい気迫と、脳無に向けて躊躇いもなく殺した姿を見てしまえば。
私たちは見逃されたんだと、嫌でも分かる。
「実力差が分かるなら上等だ。今は……いずれ越えればいい」
相澤先生が静かに口を開いて言った。
(いずれ越えられるのかな……)
善悪は置いといて、目的の為にあそこまで自身の"個性"を活かしたステイン。
私はまだ、この"個性"を全然活かせてないと思い知る。
「なんだ、また落ち込んでるのか」
「別に落ち込んでませんよ……ちょっと考え事をしてただけです」
しかもまたって……。
「どうやったらもっと強くなれるのかなーって考えてました」
プロヒーローになってあんなのと戦うとなると、三年間は短い気がした。
相澤先生が初日に言ってた「時間は有限」って言葉を、今ならよく理解出来る。
「強く、か……。おまえはてっきり救助系のヒーローを目指すと思ってたよ」
「この"個性"ですし、目指す所はそうですけど……でも本来ヒーローって、なんでも出来てこそのヒーローですよね。私もとりあえず、なんでも出来るようになりたいです」
それこそ、"ヒーロー"って名乗るなら。
「トリックスター」
「……っ」
唐突に先生は、私のヒーロー名を口にした。その横顔を見る。
「確かにおまえが目指すヒーロー、適材適所に臨機応変と、その状況に対応して活躍するヒーローなら、それなりに何でも出来る実力がねえとだな」
……………………
「えっと……先生、あの時寝てたんじゃあ……」
あの時、私はあの発言は自分の目指すヒーローだと一言も口にしていない。
いや、間違ってはいないけど……。
(こっそりした宣言的なものがバレてるとか恥ずかしいな……)
「器用貧乏にならねえように、一つ一つの課題をしっかりクリアしていけ」
「あ、はい!」
「まずは体力をつけろ」
「……」
「返事」
「……はい」
しぶしぶ返事した。
「あっ、相澤先生って敦……月下獣と黒獣の担任だったんですよね。雄英ではどんな感じでした?」
話題を変えるようにすぐさま口を開く。
それに、相澤先生とゆっくり喋る機会なんて滅多にないし。
「あいつらは教えたことの飲み込みは早かったな。んで、二人で勝手に競い合って、気づけばそれなりに実力を身に付けていた……って感じか」
「へぇ、じゃあ優秀だったんですね〜」
さすが敦くんと龍くん。私の兄弟子。
「いや、競い合うと同時に足の引っ張り合いもして非合理的だった」
「……あぁ」
それ、今もそんなに変わらないんじゃ……?
「相澤先生って、昔から合理的主義だったんですか?」
「……さあな」
……?
「そういや……坂口さんにも会ったけど、あの人はいつも忙しいそうだな」
「ですね。今は敵連合の行方を捜査中ですが、あのワープの"個性"と安吾さんの"個性"は相性が悪くて難航してるみたいです」
「記憶抽出か」
「はい。ワープだと追跡が途切れてしまうし、24時間以内の記憶しか見れないそうなので、時間との勝負みたいで」
「なるほどな」
安吾さんが常に忙しい理由の一つ。
「まあ、なんだ。今回はおまえが先に特務課に連絡してくれたおかげで大事にならずに済んだ面もあるからな」
「安吾さんと、電話を受けてくれた辻村さんが頑張ってくれたおかげです」
「根津校長も褒めてたぞ。ヒーロー公安委員会に始末書提出しなくて済んだと」
「……。それ私情ですよね?」
思いっきり校長の。思わずつっこんだ。
「今後も何かあったら信頼できる大人を頼れ。おまえたちはまだ学生だからな」
「じゃあ、相澤先生でも良いですか?」
「……俺は担任だからな。だが、あまり面倒ごとは持ち込むなよ」
「相澤先生って、結構教師に向いてますよね」
「あー?」
窓の景色を眺めながらくすくすと笑った。
気づけば横浜市内だ。見慣れたかまぼこホテルと観覧車が見えてくると、帰って来たんだなぁとなんだかほっとする。
「先生はどうして教師になったんですか?」
「質問タイムは終いだ。もう着くぞ」
駅近くで良いか、という言葉に「はい」と答える。あとはテレポートで飛んでいけばいい。
「送ってくださり、ありがとうございました」
車を降りて、頭を下げる。
「おまえも怪我してんだから、無茶すんなよ」
「はい。先生もお気をつけて」
発進する車を見送った。
――……さて。
「トリックスター、ただ今戻りました!」
「っ理世ちゃん!おかえり!」
事務所に戻ると、真っ先に敦くんと龍くんが出迎えてくれる。
「驚いたよ!まさかあのヒーロー殺しに遭遇した上に戦ったなんて……何はともあれ、理世ちゃんが無事で良かった」
「子供だけでよもや戦うことになったとはな」
「あれ、二人は……」
「あ、僕たちは箝口令が敷かれる前に知っちゃってね」
不思議に思っていると、敦くんが補足した。なるほど。
「だが、ステインの捕縛に一役買ったと聞いた。よくやった」
「それについて、龍くんに一つ残念なお知らせがあります」
「……なんだ」
「龍くんとの鍛練、まったく活かせませんでした」
成果が間に合わなかったというか。(そう考えるとでっくんはすごいよね。あんな短期間でものにしちゃうんだから)
龍くんの眉間に皺が深く寄る。
… … … …
「当たり前だ!!」
びくっ。沈黙を破り、突然声を張り上げた龍くん。
「技術は一長一短で身に付くものではない。千里の道も一歩からと言う。故にこれから鍛練をするぞ!」
なんか逆に意気込んでいる!
「龍くん、見て。私、怪我してる」
「"個性"を使う分には問題なかろう」
「そうだけど、さすがに昨日の今日は〜……」
引きずられそうになった時、それを制止してくれたのは、こちらに慌てて来た道くんと樋口さんだった。ナイスタイミング。
「戻ったか、理世!ったく、心配かけやがって」
「そうですよ!立原はともかく芥川先輩に心配かけて!」
「俺はともかくって……」
しょうがないね、道くん。樋口さんの世界は龍くん中心で回っているから。
「そう言いつつ、樋口さんも結構心配してたよーな……」
「人虎っ!」
アタフタしながら照れる樋口さんは、可愛かった。
「罰則?んなもんねえよ」
「え、そうなんですか!」
次に中也さんへの挨拶――というか謝罪をしたところ、返って来た言葉に驚く。
あれ、監督不行届で体験先のヒーローは罰則になるんじゃ?
「おまえ、自分から救援に行きたいから許可しろって騒いだくせにもう忘れたのか?それに俺は許可した。それのどこが規則違反になる」
「あ」
……確かに。保護管理者の同意の元の指示だ。
「まァ、危険性が高い事件だったから、警察にゃあ厳重注意は受けたが――……」
『君はまだ若い故に、今後は保護監督者としての意識をウンタラカンタラ……』
『へーい』
『(面構署長にあんな態度を取るなんて……!!)』
『(すげえな……グラヴィティハット)』
『(昔、不良だったという噂をネットで見たが……)』
「ほぼ説教だったから聞き流したけどな!」
(強すぎる……!中也さん……!!)
ま、まあ、何にせよ。罰則を受けないなら良かった。
「んで、理世。おまえの今後の職場体験についてたが」
「あ、はい」
「コスチュームの着用がねえと、パトロールみてえな人の目に触れされる活動はできねえ」
「ですよね〜」
ヒーローコスチューム着用が見習いの証のようなものだから。
「残り三日間。おまえも怪我してるからな……」
顎に指をかけて考える中也さん。
「あ、じゃあ、明日午前中にでも雄英でリカバリーガールの治療受けに行こうかな」
相澤先生が言ってたのを思い出した。それが治ればまともに動けるし。
「ああ、あのバアさんまだ現役なのか」
「バリバリ現役ですよ」
杖をついてるけど、チャキチャキしてお元気なイメージがある。
「そしたら鍛練も気兼ねなく出来るなしな。あとは地味だが、ヒーローが事務的なことは何をするか教えてやるか」
「はいっ」
「あと明後日だが、ちょうど海難ヒーローたちによる定例会を行う日がある」
「定例会……?」
なんでも、海の治安を守るヒーローたちが、情報共有や海上特有の問題など話合う定例会だそうだ。
「うちは参加しねえが、横浜は海に面してるから会報だけは届くんだよ」
見学しに行ってみるか?という中也さんの言葉に「わぁ見学してみたいです!」と、元気よく返事をした。
面白そうだし、私の"個性"は海の上でも一応活躍できるし、勉強になりそう。
「好奇心旺盛なおまえなら二つ返事すると思ったぜ。じゃあ、会長のセルキーのおっさんに連絡を……」
セルキー……?あれ、その名前。最近、どこかで聞いた事あるような――
「あっ梅雨ちゃんの職場体験先!」
「ん?」
「クラスの友達が、確かそのヒーローの所に行ってます」
「へぇ、じゃあ会えるんじゃねえか?」
梅雨ちゃんと会えるの楽しみだなぁ。あとで連絡いれてみよう。
「――よォ。セルキーのおっさん、今大丈夫か?」
(フレンドリー!)
「じつは明後日の定例会に、うちに体験に来てる生徒を見学させてほしくてな。そっちに体験に来てる生徒と同じクラスらしいぜ。名前は結月理世。ヒーロー名はトリックスターだ。……おう、サンキューな」
中也さんは通話を切った。
「つーことで、今日は安静にしとけ」
「わかりました。じゃあ失礼します」
部屋を後にして、思いがけず時間が空いてしまった。
こういう時の私の行き先は、もちろん――
「で、暇潰しにここに来たってわけか」
「だって、事務所にいても邪魔になるだけだし、自宅に戻っても一人で寂しいじゃないですかぁ」
来客用のソファに座って、ナオミちゃんが淹れてくれた紅茶と茶菓子をいただく。
「ここも邪魔になるという発想はないのか……」
「あら、国木田さん。お客様もいないことですし、良いではありませんこと?」
ナオミちゃんがそう一言。
「まあ……良いが、客人が来たら席を譲れよ」
「はいっ」
探偵社でナオミちゃんの発言力はなかなか強い。
「それにしても、最近のおまえは厄介事によく巻き込まれるな」
「一応言っておきますけど、好きで巻き込まれてるんじゃないですからね、私」
「理世……私は心配してるのだよ。じつは、君は私ではなく、ミイラを目指しているんじゃないかと」
「太宰さんもミイラもどっちも目指してないです」
最近包帯巻くことが多いけど!
「それはさておき……。運よくエンデヴァーが駆けつけてくれて本当に良かったね」
さすがNo.2だと言う潤くんに、探偵社の皆はニュース通りの事しか知らないらしい。(太宰さんと乱歩さんは知ってそうだけど……というか真相を見抜いてるというべきか)
「ねえ、国木田さん。国木田さんは崇高な理想を掲げるステインに対して、どう思いましたか?」
書類の束をきっちりまとめてる国木田さんに尋ねた。
同じ理想主義者としての見解が気になる。
「言語道断だ」
国木田さんはキッパリ言い放った。
「理想とは他者に求めるものではなく、自分に掲げるものだ。己の理想の世界を作りたければ、まずは自分がその手本にならなくてはならない。それを放棄し、他者を犠牲にして成そうなど、ただの迷惑噴霧器でしかならんな」
堂々と言ったそれは、まさに国木田さんの生き方そのもの。
国木田さんは現実を往く理想主義者にして、理想を追う現実主義者だという。(さすが国木田さん!格が違う)
「女性に理想を求め過ぎの国木田くんがそれ言う?」
「なっ」
「え、そうなんですか」
「見てごらん、理世」
「!あっ貴様、俺の手帳をいつの間に!!」
どれどれ………………………………
「……。国木田さん。どん引きです」
「うっ……」
つらづらと書かれた条件に。
せっかくかっこいいこと言ってたのに台無しだよ……。(これだから理想主義者は!)
「……あら、電話が鳴ってますわ。どなたのかしら?」
「私みたい」
制服のポケットから取り出して誰だろうと画面を見ると――……心操くん?
「友達からだ」
そう言って通話に出る。
「もしもーし」
『……なんか思ったより元気そうだな。それならそれで安心したけど』
「うん、元気だよ〜。どうしたの、心操くん?」
『ヒーロー殺しステインと遭遇した、高校生4名のうち一人って結月さんだろ?ついでにもう一人は緑谷』
「えっそうだけど……よく知ってるね?」
A組の皆なら知っているだろうけど、心操くんは誰から聞いたんだろう。
『結月さんはまだ動画観てないのか』
「動画?」
『ネットでその時の映像の一部始終が拡散されてるんだ。一般人が撮影したみたいなんだけど、モザイクがかかってないから、知ってる人が見たら二人だって分かるよ』
心操くんの言葉に鳥肌が立った。
あの場で撮影した人物がいたこと、それをネットに上げられていたなんて。
『検索すればすぐ出てくると思う。アップと削除のイタチごっこになってるっぽい』
「教えてくれてありがとう、心操くん。とりあえずニュースに書かれている通りで、私もでっくんもみんな無事だから」
『職場体験中の出来事だろ?災難だったな』
「うん、じゃあまた……学校で会ったら」
そう言って通話を切った。
「あら、理世ちゃん。殿方から心配のお電話ですの?」
ナオミちゃんの冗談も今は右から左に流される。
「ステインに遭遇した時の動画がネットで拡散されてるらしく、それに私が映ってたって……パソコン借りても良いですか」
「まあっ個人を特定できる動画をネットにアップするなんて最低ですわ!兄様」
「うん、検索してみるよ」
潤くんがキーボードを叩く隣で、パソコンを見つめた。
動画検索すると「404エラー」が続くなか、新たにアップされたであろう動画も混ざっていて、心操くんが言っていた通りイタチごっこになっている。
「これだね」
潤くんは、一つの動画をクリックした。
『贋物……正さねば――……誰かが……血に染まらねば……!』
映し出されたのは、ステインが気を失う少し前の時のもの。
確かに、横たわる脳無の側で私とでっくんの姿を確認できる。
顔がはっきり分からないのが幸いだった。
「……画面越しでも、恐ろしい気迫が伝わってくるね……」
潤くんがごくりと唾を飲み込んで呟いた。
「何が奴をそうまでさせたんだろうな」
次に織田作さんが言った。
「花袋に削除を頼んでみるか……。だが、ネットやパソコン内部に保存してるものは消去出来るが、外付けのもので保存されていたら手の出しようがないからな」
気がつくと、他の皆もパソコンを覗き込んでいて……
「なるほど……じつに手が込んでるね」
私の横から顔を出して言った太宰さん。
「撮った者はどこかの"鼠"の手先かな」
その顔には薄く笑みを浮かべている。
「はなっからそれが目的だろ」
すると、乱歩さんが続くように突然、口を開いた。
「他に何かあるんですか……?」
二人の意味深な言葉に、一抹の不安が過る。
きっと、二人にはすでに多くの事が見えているのだ。
「この動画はエサだね」
「……エサ?」
「悪意を集めるのさ――彼らは個々に散らばる悪意を集めて、一つの巨大な勢力にするのが狙いだ」
巨大な勢力って……
「まさか、敵連合!?」
「だから僕が言っただろ?弱くて良かったねって。回りくどい面倒なやり方だよ。それに、」
――考えた奴は、相当手練れだね。
考えた奴。あの愉快犯的な死柄木がこんな手を考えるだろうか。
もしかして、他に黒幕が……その時、ぽんと頭の上に手が置かれた。
「理世。この件は大人たちの仕事だよ。君は、君が今やるべきことをやればいい」
見上げると、微笑んでいる太宰さんの顔が目に映った。
……そうだよね。私が今心配しても、どうにもならない事だ。
(再び敵連合が表舞台に現れる日も近いかもって思っていたけど……――)
***
「いつの世も、楽しすぎるね」
それは、黒い影が静かに忍び寄るように。