職場体験、再開

 雄英高校、保健室にて。

「はいはい、イレイザーから話は聞いてるよ。あんたはともかく、緑谷って子は保健室の常連になるつもりかい?」
「これからは大丈夫じゃないかと思います……たぶん」

 リカバリーガールの小言を聞きながらの治療だ。

「チユ〜〜〜!」

 みるみるうちに傷は良くなる。それに反して疲労感も感じるも、これで元気に残りの職場体験が出来そう。

「あんまり無理するんじゃないよ」
「ありがとうございます」

 その時、ドアがノックされた。「はいよ」と、リカバリーガールが返事して、中に入って来たのは――

「私が見舞いに来たぞ!結月少女!!」
「オールマイト先生!」

 オールマイト先生は保健室に入ると、小さな丸椅子にちょこんと腰掛けた。
 大きな体との対比に、くすりと笑ってしまう。

「怪我は治してもらったかな?件の真相は私も聞いた。大っぴらには言えないが、君たちが友を救うために動いたことは、私は素晴らしいと思うぞ」

 にかっとオールマイト先生は笑った。

 担任の相澤先生や校長先生以外の、一部の教師の耳には真相が入ってしまっていると聞いたけど、その一部がオールマイト先生とリカバリーガールらしい。

「君の働きには校長も褒めてらっしゃったしな!」
「あ、それ知ってます。ヒーロー公安委員会に始末書提出しなくて良かったっていう……」

 相澤先生から聞いて。オールマイト先生は「きっと校長のアメリカンジョークさ!」HAHAHA!と、陽気に笑った。
 いや、あの校長なら私は本心だと思いますよ。

「……あの場に、君がいてくれて良かったのは確かさ。最後は緑谷少年を助けてくれたそうだな」
「その前に私は緑谷くんに助けられましたしね」

 笑顔で答えてから、でも……と言葉を切った。

「その後、すぐに私はステインに助けられたんです」

 その事は喉に刺さった小骨のように引っ掛かっていた。
 結局、あれを招いたのは自分の未熟さだ。

「君が気にするのも無理はないが、自身を責めることでもない。逆にこう考えてみてはどうかな?」
「……逆に?」
「他のヒーローたちが動けない中、君の勇気ある行動がステインを動かした」
「っ……」
「私はそう思うぞ」

 朗らかに笑うオールマイト先生に。すごいなぁ、と実感する。

「……はいっ」

 たったその言葉だけで。一瞬にして私の中にあったモヤモヤを吹き飛ばしてくれた。

「うんうん、良い笑顔だ」
「オールマイト先生は詳しくご存じなんですね」
「安吾くんから直接聞いたのさ。じつは当時、彼が君を引き取ったことも話だけは知っていてね」

 その頃から安吾さんとオールマイト先生って友人だったとは、結構長い付き合いだ。

「私は君の成長もとても楽しみにしてるぞ!」
「私"も"ということは、緑谷くんですか?」

 何気なく聞いてみた。その前には「助けてくれた」って言ってたし。

「ギクッ!い、いやあ、皆の成長を楽しみにしてるのさ!」

 明らかに動揺を示したオールマイト先生。でっくんといい、分かりやすいなぁ。

「じゃあ、そういうことにしておきます」

 くすくすと笑うと、オールマイト先生はばつが悪そうな顔をした。

「……緑谷少年は昔の私に似ててね」

 そう、ぽつりと。

 それで、でっくんのことを気にかけて……ちょっと"個性"も似てるし。私は、でっくんはもしかしてオールマイト先生の弟子かなって考えていたけど。

「確かに……ステインが理想とするヒーロー像はオールマイト先生ですけど、私は緑谷くんを思い浮かびました」

 オールマイト先生を見て、でっくんは連想しないけど。

「君の目から見た緑谷少年かい?」
「そうですね……体育祭の時とかの緑谷くんを見てても、自分の身は顧みずなところがあったので……」

 そして、誰かを真っ先に救おうとする姿。

「……そうか」

 オールマイト先生は静かに頷いた。
 気にかけているのなら、オールマイト先生もでっくんにハラハラさせられてるんじゃないだろうか。

「結月少女」
「?」
「これからも、緑谷少年を見守ってほしい。無茶しないようにさ」

 最後の方はお茶目に、オールマイト先生はそう言った。
 これからのでっくんは、誰かを悲しませる事をしないよう心がけると思うけど、それでも無茶をしそうな彼だから。

「はい!」

 大きく頷いた。

「じゃあ、私はこれで!」

 立ち上がって颯爽と保健室を後にしたオールマイト先生。
 いつも忙しそうで慌てているけど、ヒーロー活動と教師のWワークは思っている以上にハードなのかも。

「やれやれ。……まったく身勝手に託して……」

 作業していたリカバリーガールが、ドアを見つめて何やら呟いた。

「さあ、あんたもお行き。まだ職場体験の途中だろ?」

 リカバリーガールにハリボーを貰い、私も保健室を後にする。
 腕時計を見ると……ちょうど授業合間の、小休憩の時間だ。(そうだ……!)


 ――やって来たのは、普通科クラス。


(確か心操くんはCクラスだっけ。……いるかなぁ?)

 ちょいちょい視線を感じながら、ドアからひょいっと顔を出してみる。

「あ、こんにちは」
「っ!テレポートガール!?」なんで普通科に!?

 うん、やっぱり私の名前、テレポートガールで認識されてるねぇ。あだ名みたいなものだから良いけど。

「心操くんっている?」

 そう聞くと、その場にいた人達は一斉に後ろを振り返る。

「結月さんっ?」


 驚く心操くんに、笑顔で手を振った。


「驚いたよ……いきなり教室に来るとか。てか、まだ職場体験中じゃないのか?」
「リカバリーガールの治療を受けに来てたの。ちょうど心操くんいるかな〜って」
「ってことは怪我したのか」
「今はもうリカバリー受けたから全然平気だけどね」
 
 廊下だと私の存在が目立つらしく、人が少ない階段で心操くんと立ち話する。

「そういう心操くんこそ、頬の怪我どうしたの?」

 左の頬を指差す。そこにはガーゼが貼られていた。

「あ〜これは……」

 はたりと目が合う。ん?

「……いや、これは体育の授業でぶつけちまってさ」
「普通科は体育があるんだねぇ」

 ヒーロー科はヒーロー基礎学があるせいか、体育はない。嬉しいことに。

「結月さん、体育嫌いだろ」
「ご名答だね、心操くん」
「小中はどうしてたんだ?」
「何とかしてたよぉ、毎日」

 そんな他愛のない会話を交えながら、職場体験の内容も話す。

「へぇ……色んな体験ができんのはやっぱ羨ましいな」

 心操くんの口調は明るいが、それは素直な本音だと分かる。

 ヒーローを目指すなら経験は重要だ。

 心操くんがヒーロー科に転入したとして、それはゴールではなく、周りから遅れたスタートになってしまう。

「そういえば、心操くん。君の"個性"、どうやって私は解けたか分かった?」
「突然だなあ……」

 そう困ったように言いつつ、心操くんはすぐに答える。
 さすが、しっかり考察はしていたらしい。

「考えられるのは、結月さんは全員をテレポートできないって言ってたからな。無理な命令をしたから、とか?」
「たぶん正解」

 それで解けたかは定かではないけど、きっかけはそうだ。

「たとえば……私、スポーツできないけど、心操くんが私を洗脳して動かしたらできるようになるの?」
「……さあ、試したことないからな。能動的な命令が不可能なのは分かってる」
「じゃあ、今度試してみようっ」
「……は?」
「私も気になるし」
「いや、ちょっと待ってくれ!それってつまり、洗脳にかけられるってことだぞ?」

 戸惑う心操くんに「うん」と頷く。

「良いのか?……その、変なことされないかとか心配は……」
「えっ、心操くん、変なことする気?」

 大袈裟に身を引く素振りをすると「っするわけないだろ!」と、慌てて心操くんは否定した。

「今のはあれだ……言葉のあやというか、例えだ」
「しないなら問題ないよねぇ」
「〜〜……」

 はははと笑う。これがもし峰田くんなら全力でお断りだけど、心操くんだし。

「うちのクラスね、入学式をボイコットして個性把握テストしたの。まず、自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段ってね。心操くんの"個性"は何ができるかできないか、知るの手伝ってあげる」

 心操くんのその"個性"、鍛えたら最強になると思うんだよね。
「戦わずして勝つ」孫子の兵法みたいな。(となると現代の今孔明かぁ、心操くんかっこ良すぎ)

「そういやぁ入学式、A組の姿がなかったな」

 合理的手段、か――心操くんは何やらそう呟き、思い出したように笑った。

「……分かった。だったら遠慮なく結月さんのことを利用させてもらうぜ」
「あ、でも私、体力ない儚げ女子だから丁重に扱って」
「俺しかメリットないのもなんだよな。洗脳でバシバシ鍛えてやるから、覚悟しておいてくれ」
「待って。それ解いた後どうなるの。疲れるの?筋肉痛?」

 にやりと笑った心操くん。言った手前だけどちょっと怯えた。

 予鈴が鳴って、授業が再開される合図に、心操くんは教室へと戻って行く。
 その際に小さく照れくさそうに言った「サンキューな」という言葉は、しっかりと私の耳に届いた。

 私も戻って、残りの職場体験、頑張らなくっちゃ!

 廊下では13号先生とミッドナイト先生に出会して、相澤先生はミッドナイト先生の誘いによって教師になったという情報をゲットした。

「見る目ありますね、ミッドナイト先生」「あらそう?でも、男を見る目はないのよねぇ」
「え〜意外だぁ」
「あれですか、ダメンズウォーカー」
「私はダメンズも良いんだけど、最近の男は我慢ができないというか……」
「我慢?」
「あ、結月さん。教育上、今のは聞かなかったことにしましょうか」

 13号先生がそう言うなら、聞かなかった事にしよう……。
 先生たちと別れて、いつものようにフェリーで横浜へと戻る。


「おはようございます」

 事務所に着くと、まずは基本の挨拶から。

 見ると、すでに出勤している敦くんが机の上の書類と格闘していた。
 先日、龍くんが山積みにした書類たちである。

「芥川〜っ帰ってきたら、許さん……!」

 珍しく温厚な敦くんが怒りを露にしている。
 まあ、結構龍くんには感情をバシバシぶつけているけど。その龍くんは、今日は外仕事らしい。

 コスチュームの代わりに、動きやすい私服に着替えて。
「じゃあまずはお掃除でもしますか、樋口さん」
 ホウキを片手に樋口さんに言えば、樋口さんは何やらオバケを見たような表情をしている。

「!?理世、あなたまさか……!頭を強く打ったのね!?理世が自主的に掃除しようだなんて……!!」
「頭、打ってませんよぉー」

 だって、他にやる事なさそうだし。一応心配とお騒がせをかけたしなぁって。

「理世ちゃん……今日は事務的なことを教えてやれって中也さんに言われたんだ。とりあえず、僕の手伝いをしてもらってもいいかな」

 死んだ目をした敦くんに言われた。

「封書は開けてくれたり、書類は日付順に並べてくれるだけでも助かるから……」
「……分かった。まかせて」


 隣に座ると、書類の山に手を伸ばす。


「『ヒーローの皆様へ、定期検診のお知らせと申込み』だって」
「僕たちは与謝野先生に診てもらってるから、それは捨てて大丈夫。そういえば、理世ちゃんにはさすがに与謝野先生の魔の手が伸びなかったね」
「逃げてたら逆にそんな元気なら必要ないって言われちゃった。でも、命を大事にしないと解体するぞって暗に仄めかされた」
「あの人の脅しは本気だから気を付けて……」

 そんな風に敦くんの書類のお手伝いをしたり、樋口さんから事務作業の云々の説明を受けたりしていると、お昼に入る。
 広津さんの喫茶店にテイクアウトしようって事になって、私はサンドイッチにした。

「理世君が犠牲にならずに良かったよ。私もニュースを見たが、ステインの存在はヒーロー社会に一石を投じたな。その余韻がどのように広がるのか、君たちは注意して見た方がいい」

 広津さんはそう言って、店に戻って行った。
 ステインによって、ヒーロー社会はどんな風に変わるんだろう。

 ――午後。

 中也さんの収録は今日に延期になったらしい。「ついて来るか」という言葉に「お留守番してます」と、さすがに遠慮した。

 偶然にも、事務所に残ったことによって、まさかのヒーローと初対面を果たす――

「なんじゃ、中也はおらんのか。近くに来たついでに顔を見て帰ろうと思ったのに残念じゃ。代わりにお主がわっちの相手をしてくれるかのぅ?」

 ゲイシャヒーロー、紅夜叉くれないやしゃ――!!

 花魁のような着物姿。赤い艶やかな髪を束ねて、色っぽい化粧に、優美な立ち振舞い。

 思わずその姿に見惚れてしまう。

 女性のサイドキックを連れた紅夜叉は、たまたま仕事で近くに来て、事務所に寄ったらしい。

「ご無沙汰しております、紅葉さん」

 樋口さんがお茶を出す。

「お元気そうで何よりです」

 そう挨拶した敦くんは、何度か紅葉さんに会ったことがあるみたい。

「活躍は耳に入っておるぞ、敦。少しはプロヒーローらしくなってきたのぅ」
「あ、そうですか?」
「じゃが、お主はぼんやりしてる所がある故、うかうかして後輩に先を越されんようにな」

 そう言って、紅葉さんの視線がこちらを向き、目が合った。

「名は理世じゃったか。なんでも太宰の秘蔵っ子と噂じゃぞ」
「……それはどこで噂になってるんでしょう」

 森先生にもそんな風に呼ばれたけど、私が秘蔵っ子なのかは謎だ。なんか尾ひれはひれが付いているような……。

「どれ、珍しい"個性"のようじゃし、一つわっちが手合わせしてやろう」
「「え!」」

 私はともかく、敦くんまで驚いている。
 優雅に立ち上がって「鍛練場に案内せい」と、促す紅葉さん。

 急な展開だけど、プロヒーロー紅夜叉が手合わしてくれるなんて、滅多にないチャンスだ!


 ……滅多にない、チャンス……


(わぁ……鍛練だけど戦うとなると夜叉怖い。見た目的に)

 紅葉さんが仕込み傘を正面にトンと突いくと、その背後に現れたのは、仕込み刀を持った夜叉の姿だ。

 《金色夜叉》鏡花ちゃんと似たような夜叉の"個性"で、名の通りに金色の夜叉だ。
 あの時、私よく夜叉の前に飛び込めたなぁと思う。
 
「ふふ、そう怯えるでない。金色夜叉の刃は抜かぬ故、安心せい」

 みね打ちって事かな。だったら……、

「紅葉さん。私の"個性"は自分より速く動くものと相性が悪くて、反応を鍛えてるので打ち込んでもらって良いですか?」

 自分の弱点はステインによって再確認済み。

「……なるほど。善かろう。経験を積むのは大事じゃ。経験は嘘を付かぬからな。じゃが、手加減はせぬ。心して参れ」
「はい!!」

 いざ、尋常に――……来る!

 宙に浮かび上がり、急降下するように向かって来た夜叉。「った!」テレポートで避けたと思ったのに、鞘が脇腹に当たった。

(……!これ、避けられないわけだ!)

 瞬時に距離を取って分かったこと。
 目に止まらぬ速さの剣さばき。
 異形の夜叉だから、成しえる技術。

「夜叉が本気を出して剣を抜いていたら、この部屋の壁が傷だらけになってたのぅ」
(それ、そもそも逃げ場がない!)

「ッ!」

 夜叉自体の移動スピードはないけど、剣を振る動作と反応速度が異常に速い。
 単純にリーチが長いからあのステインよりも厄介に感じる。
 距離を取って対応すれば、やり過ごせるけど、それでは鍛練の意味がないから、ここは夜叉の懐に飛び込む。(まずはこの速さに慣れないと……!)

 玉砕覚悟ならぬ、避けられなくて攻撃を受ける覚悟で――「いたッ……!」吹っ飛ばされて、床に伏せた。

「度胸はあるが、お主は視界からの情報を頼りにしておる」
「テレポートの個性上で……」

 いたた、と立ち上がりながら答える。

「ふむ。だが、素早い相手と渡り合うには気配を感じることが大事じゃ」
「気配……?」
「肌で感じるということ。視界だけで判断してればどうしても反応が遅れる。並外れた動体視力を持ち合わせてれば別じゃが……」

 敦のように――と、紅葉さんは言った。

 確かに……そして、残念ながら私は持ち合わせていないので。

「それって、どうやって……」
「まずは意識することじゃ。今まで必死に目で追って追い付こうとしておっただろうから。まずは夜叉の攻撃がどこから来るか、勘で善い」

 勘か。いっそそれぐらい振り切った方が出来るかも。

「もう一度、お願いします!」
「……善かろう。行くぞ、金色夜叉」

 だって、私、勘は良い方だから――!

「!夜叉の攻撃を避けた!やるじゃない、理世!」

 見守ってくれていた樋口さんの声が耳に届く。

「やったぁ避けられた……!」

 続けざまの攻撃を。勘だから偶然かも知れないけど、感覚は何となく分かった。
 個性上、仕方がないといえ、いかに自分が視界に頼り過ぎていたかも。

「(驚いたのぅ。少しアドバイスしただけでこうも飲み込みが早いとは……。偶然か、それとも……)ようやった、理世。その感覚を忘れずでない。では、もう一度行くぞ」
「はいっ!」


 ――結果として避けれたのは二割程度だけど、まずまずだと紅葉さんは褒めてくれた。

「紅葉さん、ありがとうございました!」

 いたた……と思いながらお辞儀をする。
 出来た切傷に、今日のお風呂は染みるだろうなぁ。

「さすが太宰の秘蔵っ子なだけはあるのぉ。ふふ、気に入った。理世、わっちの所に来ぬか?」
「紅葉さんのところ?」
「理世が来れば鏡花も喜ぶ。二人してお揃いの色違いの着物など着たらさぞかし愛らしいのう。うむ、それが善い」

 来ぬかってそういう意味なの!?

「特務課の男の所に居るのもそろそろ飽きたのではないかえ?」
「いや、飽きるとかはぁ……」
「勝手に理世を勧誘するのは見過ごせないね、姐さん」

 返答に困っていると現れたのは……太宰さん?

 この事務所では立入禁止になっているけど、中也さんが不在なのを知っているのか、堂々と太宰さんは入って来た。
 どっちにしろ、気にせず入ってくるけど。(ていうか、本当に太宰さんって神出鬼没だよね……)

「なんじゃ、太宰。急に現れおって」
「姐さんが来てるって風の噂で聞いたから顔を見にね」
「風の噂、のう」

 にこにこと笑う太宰さんに、紅葉さんは胡散くさそうに見た。気持ちは分かる。

「まあ、今日のところは面倒くさい男も現れたことじゃし、帰るかのう。理世、今度はわっちの所へ遊びに来たら善い」
「あ、それはぜひ」

 帰って行く紅葉さんの後ろ姿をお見送りすると、不意に紅葉さんの足が止まる。

「お主が鏡花のヒーローと名乗れることを、楽しみに待っておるぞ」

 そう最後に言い残して、紅葉さんは事務所を後にした。……?

「名乗れること?」

 首を傾げると「プロのヒーローになるってことだよ」と、太宰さんが教えてくれた。

「鏡花ちゃんにとっては、君はもうヒーローだからね」
「――……そっか。じゃあ責任重大ですね」

 彼女のヒーローとして恥じぬように。

「姐さんの指導を受けて、何か掴めそうかい?」
「あ、はい。アドバイスもらって一歩前進って感じです」

 この方法で龍くんとの鍛練にも試してみよう。職場体験を終わる前に龍くんをあっと驚かせたいなぁ。


「ところで太宰さんは何しに来たんですか?」
「下水口になけなしの500円玉を落としちゃったから、理世に取ってもらおうと思って」
「えええ……」


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