海のヒーロー

 濃い潮の香りは、船着き場独特のもの。
 青い空の下、青い海の上に――

「わぁ〜!」

 ずらっと港に船が並ぶ光景は、圧巻だった。

「すげえだろ。この辺りの地区の海難ヒーローたちが一同に集まるのは早々にねえぜ」

 他の海域の警戒が手薄にならないように、その間はサイドキックが警備をしており、定例会の日程もランダムで行うという。

「考えてみれば、海のヒーローって船の知識や海の知識もないとだめなんですよね」

 他のヒーローもそうだけど、海は特別危険が多いわけだし。

「その通りだぜ!トリックスター!」

 そう言って現れたのは、厳ついアザラシのような顔をしたヒーローだ。
 ウェットスーツのようなコスチュームの下からでも分かる、ムキムキの筋肉。
 この人がセルキーさん!そして、その後ろには……

「梅雨ちゃん!」
「理世ちゃん!元気そうで良かったわ」

 コスチュームに身を包んだ梅雨ちゃんがいた。

「セルキーのおっさん、今日はこいつを宜しく頼むぜ」
「お安いご用だ!」

 中也さんの言葉に快く答えたセルキーさんは、心も体もでかい、海のヒーローって感じだ。
 こう並んで見ると、ますます中也さんがちまっと……

「オイ、その顔。失礼なこと考えてンだろ?」
「何のことですか〜?」

 終わる頃に迎えに来ると言って、中也さんは横浜に戻るらしい。

「理世ちゃん、コスチュームじゃないのね」
「今、修繕中でねぇ」

 歩きながら梅雨ちゃんと話す。直ったらそのまま学校に届く手筈だ。

「理世ちゃんと轟ちゃんもヒーロー殺しと鉢合わせしたのよね。緑谷ちゃんも飯田ちゃんもみんな無事で良かったわ」
「何はともあれ、捕まって良かったよな!ステイン」

 セルキーさんの言葉に「はいっ」と頷いた。

「フロッピーから話は聞いてるぞ。そのテレポートの"個性"なら海上でも役に立つだろ。今日は存分に勉強して来い。まあ、なんだ……」

 セルキーさんはそう言って、顔近くに持ってきた両手を丸めた。

「今日はよろしくねっトリックスター!」
(ぶりっ子ポーズ!?)
 
 ぽかんとしていると「もう、船長っ。びっくりしてるじゃないですか」と、そう呆れて言ったのは、水兵さんのようなコスチュームが似合っている女性ヒーローだ。

「あまりの可愛いさにびっくりしたんだよな、トリックスター」
「えぇと、そんな感じです!」
「困らせないの、船長!」
「(可愛いわ……船長)」

 とりあえずセルキーさんは、厳つい顔とムキムキな体に似合わず、お茶目な人だと分かった。
 
「私はシリウス。船長のサイドキックをやってるわ。よろしくね、トリックスター」
「シリウスさんは私の監督係りなの」

 自己紹介してくれたシリウスさんは、美人で優しそうな人だ。(紅葉さんにとちょっと声が似ている)

「今日はよろしくお願いします。セルキーさん、シリウスさん!」

 まずはシリウスさんに普段の活動を教えてもらった。
「やる事は他のヒーローとそう変わらないの」
 船で海をパトロールし、海上保安庁からの依頼が来たらそちらに向かう。

 船の掃除や設備点検は毎日欠かせないので、最初のうちは皆、飽き飽きするのだとか。

「昨日は隣国からの密航者の依頼が来て捕まえたの。フロッピーも活躍したのよ!」
「すごいねぇ!フロッピー!」

 さすが梅雨ちゃん!

「少しでも船長たちの力になれて良かったわ」

 梅雨ちゃんは照れくさそうに頬を染めた。

「定例会では海上事件についての報告とか情報を共有したり、実際に海洋災害時やヴィランに出会した際の演習なんかもやるの」

 セルキーさんの主催で始めたのだと、シリウスさんは言った。
 水中に対応できるヒーローは少なく、地上よりも応援が集まりにくいため、今いる海難ヒーローたちの結束を強化しようという事で始まったらしい。

「すごいんですね、セルキーさんって」
「ええ。とっても頼りになる私たちの船長よ」

 シリウスさんは誇らしげに言う。

「船長は沖マリナーの船員からもすごく信頼されてるわ」

 梅雨ちゃんも同じように言った。船上という限られた場所では、信頼関係が何よりも大事なんだろうな。

「梅雨ちゃん、良いヒーロー事務所に職場体験できたんだね」
「ええ!本当に」

 梅雨ちゃんのその笑顔だけで、有意義な体験が出来たんだと分かった。

 定例会が行われる場所は、海にちなんで船内だ。

 ヒーローたちの会合のような場所には初めて参加するなぁと思いながら、席に座る。
 揃ったヒーローたちの顔ぶれを見渡していると……

(あっあのヒーローは……!)


「昨日の事件のようにヴィランが民間人を脅して従わせるケースは気を付けないとな」
「でも、誰がヴィランで民間人かは初見で判断はできないぞ」
「そもそも証拠がないと、こちらも確保できないしなぁ」

 話の中心になっているのは、昨日のセルキーさんたちが解決した密航者の件だった。

 私も報告書をもらったので、事件の詳細を確認する。

 依頼海上保安庁から、隣国の密航者で密輸ブローカー確保の依頼を受けたセルキーさんたち。
 怪しい漁船を発見し、証拠の密輸品を探す中、船についてる生け簀の中を覗き込んだところを、後ろから中に突き落とされたという。
 その船に乗っていた人物こそ、民間人を脅し、漁師のふりをした密航者の一味だった。

 閉じ込められたが、セルキーさんの"個性"は《ゴマフアザラシ》

 アザラシっぽいことは大抵出来るらしく、超音波のような音で「別の船を探せ」と仲間にメッセージを送る。

 対して、シリウスさんの"個性"は《グッドイヤー》

 人間には聞こえない高周波を聞く事が出来るため、船長の指示に従い、捜索したところ密航船を発見。

 主犯者はタコの"個性"のヴィランで、反撃にシリウスさんが人質に捕らえられるも、梅雨ちゃんは脅しに屈せず、ヴィランの居場所をセルキーさんたちに連絡。

 そして、危機一髪のところで脱出して駆けつけたセルキーさんが、ヴィランを倒した。

「これは人質うんぬんより、単純に貴様が油断したせいだな」
「なんだと、ギャングオルカ!!」

 ギャングオルカの手厳しい一言に、ぷんすか怒るセルキーさん。(あれかな、シャチとアザラシだから仲悪いのかな……)

 鯱ヒーロー《ギャングオルカ》

 神奈川県出身ヒーローで、神奈川県民には馴染みあるヒーローだ。(私も小さい頃にギャングオルカに会ったことがある)

 ちなみに「ヴィランっぽい見た目ヒーローランキング」では第三位。

「そう言うギャングオルカは、最近はどうなんだ?」
「俺の所は小競り合いぐらいだな。あとは……群れからはぐれてしまった子イルカを群れに戻してやったぐらいか」
「「(心暖まるエピソード!!)」」

 ギャングオルカ主演で映画化できそう……!

 見た目は怖いけど、水族館でよくショー出演とかするし、良い人だと神奈川県民は知ってるよ!

「ギャングオルカ……お前……素敵!!」
「微塵も可愛くないからいい加減それはやめろ!」
「なんだとォ!可愛いよな、フロッピー、トリックスター!」
「ええ、可愛いわ、船長」
「かわいいと思います」
「ほらみろ!」
「船長、二人は気を遣ってるんです……」
「子供にやるとバカウケだからな」
「何度も言いますが、バカにされてるんですってば」
「お前もちっとは真似してみろ。ちびっこに泣かれて困ってんだろ?こうやって首を傾げるとさらに可愛さが……」
「俺はやらん」
「「…………………………」」

 なにこの、ゆるふわ会合。

 いつもこんな感じ……らしい。そして、セルキーさんとギャングオルカはなんだかんだ仲良しみたいだ。

「――そういえば、その子らが職場体験の学生か」

 各自報告等が終わり、一旦休憩という時に、ギャングオルカが私と梅雨ちゃんを見ながら言った。

「俺んとこに来たのはフロッピーで。こっちのトリックスターはグラヴィティハット事務所に体験に来てて、今日は見学にな」
「ほう……あのグラヴィティハットが職場体験生を受け入れるとは珍しいな」
「なんでも地元が横浜で、前から知り合いだったって聞いたぞ。な?」

 セルキーさんに振られて「はい」と答えて、私はギャングオルカに向き合う。

「私、小さい頃にギャングオルカさんに会ったことがあるんです!」
「そうなのか」
「幼稚園の遠足で水族館に行った時に……」

 そのイルカショーに特別出演していたのが、若かりし頃のギャングオルカだった。

「もしや……、君の"個性"はテレポートではないか?」

 そう問いかけたギャングオルカに目を丸くした。

「そうです!わ〜すごいっ覚えてるんですか?」

 10年前ぐらい前なのに!あれ、でも、なんで私の"個性"がテレポートだって知ってたんだろう?

「あれは俺がまだ駆け出しの頃で、印象に残っていたからな。他の子供は俺を見て泣いていたのに、君はじぃーと俺を不思議そうに見つめて――……」


『びえーーん!!』
『こわいよぉ〜!』
『み、みんな、泣かないの!ね?ギャングオルカさんは優しいヒーローよっ』
『……………………』じぃー……
『(……。えらい見られている……)』
『……パンダのおさかな?』


「確かに白と黒でパンダのお魚ね」

 ふふ、と笑うシリウスさん。

「可愛いらしい思い出ね」

 梅雨ちゃんも同様にケロケロと笑う。

「そういえばそんな風に思ったような……」

 ギャングオルカに会って、頭を撫でさせてもらって、つるつるしてる!って思った事はよく覚えているけど。

「俺を見てまったく泣かなかったのに、イルカショーに参加したいって泣いてごねて、先生を困らせてたのが印象的でな――……」

『理世ちゃんっ、イルカショーの参加はプールに落ちたら危ないからもう少し大人になってからね?ね!』
『やだぁ〜イルカ〜おちてもわたしのテレポートでぴょんってだいじょうぶだもんっ』
『そ、それはそうかも知れないけど、ね?』
『イルカ〜〜!』
『……ならば、俺の頭を撫でさせてやろう。つるつるしてるぞ』
『ひっぐ……つるつる?』
『ああ、つるつるだ。特別だぞ』


「ということがあって、テレポートという珍しい"個性"もあってよく覚えているぞ。フフ……」
「〜〜っ」

 うわぁ、恥ずかしいっ!自分の都合の悪い事は忘れてたのか私!

「理世ちゃん、顔が赤いわね」
「……ちょっと熱くて〜」
「そう?エアコンがついてるから私たちは快適よね、フロッピー」
「ええ」

 二人ともくすくす笑ってるし!

「トリックスター、俺の頭も撫でてみたいだろ!」
「いやぁそうでもないです」
「なんでだ!?」
「可愛くないからですよ!」
「じゃあこいつは可愛いのか!」ビシッ
「指を差すんじゃない、セルキー」
「(船長の頭、撫でてみたいわ)」
「「(いつにも増して今日はゆるふわ会合だ……)」」


 定例会も終わって「次は演習を行うのよ」「二人にも参加してもらうからな!」というシリウスさんとセルキーさんの言葉に、梅雨ちゃんとワクワクしながら待った。

「本日の演習はこの客船で行う!!演習内容は『テロが爆弾を仕掛けて乗客を人質に取った』と仮定したものだ」

 なんかコナンにありそうな設定だ。

「たが、知っての通り乗客を用意する予算はないので、皆さんには船に隠された爆弾を探し出してもらいます」
(あ、予算ないんだ……)
「犯人が隠しそうな場所に爆弾を20個隠してある。各自多く見つけたもんが勝ちだ!優勝者には……賞品が用意してあるぞ!」

 その声に場は「おお〜!」と、盛り上がる。
 どうやら、優勝賞品を用意したのは初めてらしい。
「二人が参加するから、船長、急遽ゲーム形式にしたのよ」
 シリウスさんがこっそり耳打ちしてくれた。

「制限時間は30分!皆……頑張ってね!」きゅるんっ
「「(可愛くねーー……)」」

 皆が脱力するなか、スタートが切って落とされた。
 プロヒーローが参加の中、私と梅雨ちゃんはハンデという事で、シリウスさんを加えた三人チームだ。

「船長は犯人が隠しそうな場所って言ってたわね」

 まずは作戦会議。三人で分かれて探せるといえ、広い船内の中、探す場所を絞りこむ。

「テロが人質を取るという前提なら、脅しの爆発用に爆発させて分かりやすい場所と、自爆するのに、爆発させたら船に致命傷を与える場所とか、かな」

 テロは政治的主張のために、自らの命を差し出す覚悟の者も多い。
 "ヴィラン"と呼ばれず、"テロリスト"と呼ばれるのはその違いだ。

「分かりやすい場所なら甲板はどうかしら?船長は『船の中に隠した』じゃなくて『船に隠した』って言ってたわ」

 梅雨ちゃんが人差し指を口元に当てながら言った。

「二人とも、良い線いってるわ!」

 シリウスさんはにこっと笑う。致命傷を与えやすい場所なら、きっと操縦室か船底に近い下だ。

「じゃあ、手分けして探すことにしましょう。連絡を取るのにこの無線機を渡しておくわね」
「シリウスさんは……」
「私は耳についてるこれが無線機なの」

 そうシリウスさんは耳についてる魚のヒレを指差した。サポートアイテムだったらしいそれは、人魚の耳みたいで可愛い。

「あ、私、地下調べます!戻る時にテレポートですぐに戻れるし」
「じゃあ、フロッピーは甲板。私は操縦室を調べるわ」
「アイアイサー!」


 船乗りらしい挨拶に、私も「アイアイサー!」と、敬礼と共に言った。


 船の下に行くのは初めてだ。そもそもこんな大きな船に乗った事もない。
 雄英にはフェリーだし、昔家族で遊覧船に乗った事あるぐらい。

「へぇ……こんな風になってるんだ」

 物珍しく観察しながら、辺りを探す。

「見習いヒーローのトリックスターちゃんだっけ。こっちこっち」

 すでにこの場所に訪れていた、女性ヒーローに手招きされる。

「爆弾はこういう所に隠されやすいのよ」
「あっ本当だ」

 指差された場所を見ると、小さい四角爆弾もどきを発見した。

「その要領で探すといいよ」
「ありがとうございます!あ、これ……」

 最初に見つけたのは彼女だから、爆弾もどきを差し出そうとしたら「いいのいいの」と、笑って手を振られた。

「私は一つ見つけたし。たぶん、この演習の目的は、君たち見習いヒーローに船内の構造を知ってもらう意図もあるんじゃないかな?頑張ってね」

 そうさらりと言って、彼女は次の場所を颯爽と探しに行った。(素敵なヒーローだぁ)

『甲板に一つ見つけたわ』
『こっちもあったわよ』

 報告し合いながら、他の場所へ探しに行く。
 確か、ヒントとして同じ場所には二個までしか隠されていないってセルキーさんは言っていた。(怪しい所をしらみ潰しに探してみよう)


 ――30分経過。


「一番多く見つけた優勝者は…………ギャングオルカかよっ!!」

 壮大につっこむセルキーさん。

 たぶん、私たちが優勝できる事を願ってくれてたんだろうけど、残念ながら。

「超音波を駆使したからな」

 ギャングオルカの得意技だ。攻撃にも索敵にも万能!

「勝負は勝負だからな……優勝賞品は「魚介バーベキューセット」だ!!」
「………………」
「「(あ。これ、あの子たちとしようと思ってたんだな)」」

 魚介山盛り乗ったバーベキューセットを受け取るギャングオルカ。シュール!(サイドキックたくさんいるから、みんなでバーベキューするのかな?)

 演習も終わり、これにて本日の定例会は終了だという。

 参加させてもらい、ヒーローたちにお礼を言うと「頑張れよ!」「未来のヒーロー!」と、たくさんのエールを貰った。

「……私は魚介を食べ尽くしてるからこれは君たちにあげよう」
「良いんですか?ありがとうございます!」

 最後、ギャングオルカにそうバーベキューセットを手渡された。

「ギャングオルカ……ありがとね!」
「だから、それはやめろ!」

 ギャングオルカもバーベキューにどうかとセルキーさんは誘ったけど、仕事があると断って、事務所に帰って行った。

「見た目とは裏腹に照れ屋さんなのね、ギャングオルカ」
「そうかも。顔に出ないから全然分かんないけど」

 ギャングオルカの代わりに迎えに来た中也さんが参加し、海辺でバーベキューをする。

「明日で職場体験はおしまいだからな!前祝いだ!」

 そのセルキーさんの言葉に、しみじみとこの一週間を振り返る。
 色々なことがあって、長かったけどあっという間だった。
 地元だし、中也さんたちにはいつでも会えるのに。終わるとなると少し寂しく感じるのは何故だろう。

「船長たちに会えなくなるのはちょっぴり寂しいわ」

 そう言った梅雨ちゃんの声は、ちょっとだけ萎んでいる。

「いつでも遊びに来ればいいわ!ね、船長」
「おう!いつでも来い!」

 シリウスさんとセルキーさんの言葉に梅雨ちゃんは「……ええ!」と、満面の笑顔で答えた。

「ほら、二人ともまだたくさんあるからどんどん食べて!」
「新鮮でおいしいね〜梅雨ちゃん」
「本当にどれもおいしいわ。これってもしかして……」
「そうよ、船長が捕ったのよ」
「あ〜酒が飲みたくなるなァこりゃ」
「車で来たのが残念だったな。まあ、お前は酒癖が悪いからどっちにしろ、フロッピーたちがいる前で飲むのはアウトだ」
「はは、誰が酒癖悪いって?」
「……。いい加減自覚しろよ……酒癖の悪さ」

 楽しい時間はあっという間で、セルキーさんたちに挨拶して、梅雨ちゃんには「明後日、学校で!」と、手を振って別れた。

 帰りは行きと同じく、中也さんの車に乗り込み――………

「ったく。気持ち良さそうに寝てんなぁ」


 ……助手席で数分もしないうちに眠ってしまったようで。中也さんに起こされると、見慣れた横浜だった。ついでに龍くんたちのマンション前だ。

「ちゃんと今日の分のレポート書いてから寝ろよ?」
「はぁい。おやすみなさい」
「おやすみ」

 走り出す車を見送ると、芥川家の玄関前までひとっ飛び。

(そういえば、最終日は何するんだろう?)

 まあ、明日になれば分かるからいっか。チャイムを押して、開いたドアの向こうに「ただいま!」と、笑顔で言った。


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