職場体験、最終日――。
「一週間のそう仕上げと行くか!」
中也さんの言葉に、やって来たのは鍛練場だ。
「理世。この一週間でどれぐらい力を付けたか、模擬戦で見せてもらうぜ」
向かい合うように中也さんと道くんが並んで、不敵な笑みを浮かべている。
「俺と道造」
vs
「僕たちと理世ちゃん、ってことですね」
中也さんの言葉を引き継ぐように敦くんが言った。
こちらが三チームなのは、ハンデらしい。
(ハンデがあっても中也さんは強敵だ……!)
"個性"あり、怪我上等のバトル。
参ったと言った方か、もしくは戦闘不能になったら負け。
雄英体育祭とかと同じルールだ。
もちろん、重傷に関わるようなものもアウト。「俺もお前たちも探偵社の女医の世話になりたくねえだろ?」中也さんの言葉に皆、無言で頷いた。
ヒーローシップというより、もはやそちらの理由の方が強い。
「人には踏み込んでならぬ領域が存在する。此度あれを喰らえば、生き乍らに人ならざる精神の深淵を突き抜けてしまうだろう……」
「龍くんの言い方が怖い」
作戦会議に5分くれるそうで、いつぞやのように敦くんと龍くんと三人で、頭を突き合わせる。
「私に考えがあるよ!」
「ほう」
「どんなの?」
「まずは道くんから落とす!!」
「おぉいっ!聞こえてんだけど、理世チャン!!?」
「弱い者から落とす。世の常識だな」
「まあ……僕も異論はないかな」
「……(よし。マジぶっ潰そう)」
聞こえるように言ったのも作戦のうちってね?
「んじゃ。5分経過したとこで、始めるぜ――!」
くつくつと笑っていた中也さんの声が、本気になる。
START !!
スタートと同時に私は飛んで、道くんに蹴りを食らわす。
普段の切り込み隊長は龍くんだけど、今日は私が速攻を仕掛ける!
「来ると思ってたぜ!」
「だって宣言したしっ」
道くんが操った金属の盾に、蹴りを塞がれた。コスチュームのブーツを履いてるから痛くはない。
「……!兄貴か!」
その後ろから伸びる黒布。その瞬間、銃声が続けざまに二発鳴った。
「二丁銃……」
「いた〜い!」
片方は私に、もう片方は黒布に――。いつの間にか道くんの手には、拳銃が掴まれている。
「安心しな!玉は鍛練用の偽物だ。当たればちっとばかし痛てぇけどな!」
「今、身に染みてるよ!」
距離を取って、後ろにテレポートしておでこを擦る。絶対これ赤くなってるよぉ。
「今のが実弾なら、頭蓋骨撃ち抜かれてたぜ?理世」
「っ〜〜……」
悔しいけど、その通りだから反論は出来ない。道くんはその"個性"も優秀だけど、射的能力も高い。
道くんが操る二丁銃は要注意だ。
「人虎が中也さんを抑えている間に行くぞ!」
「うんっ」
再び道くんに立ち向かう。サポートアイテムの液体金属と、二丁銃を操る器用さ。でも、
「くっ……!二対一はさすがにキツいぜ……!」
私と近接戦をしている隙に、龍くんの"個性"が道くんの足を掴んだ。
道くんはすかさず金属を操って黒布を切り裂くけど、体勢を崩したその脇腹に、蹴りを押し込む。
けど、それで倒れるほど道くんは軟弱ではない。
後ろに倒れる不安定な体勢のなか、片手は牽制に龍くんに向け、背中から回された反対の手が、引き金を引いた。
「っ!?これを避けただと!?」
「……ふ。ようやく、鍛練の成果が出たか」
(考えるより先に体が動いた、今!)
まるで、音が響く前の空気の揺れを肌で感じて、弾かれたようにテレポート出来た……
気がする!
一度、頭上にテレポートして、そのまま狙うは――
「……来いよ!トリックスター!」
すぐさま気づいた中也さんが、上を見上げてニィと笑った。
そのまま踵落とし、をすると見せかけてテレポート!
中也さんの横から首もとに手刀を決めようとしたところ、バシッと手を掴まれた。
「あ」
「意表を突いた作戦は良いが、俺の反応速度を甘くみられちゃ困るぜ?」
重力操作――!がくっと、空気に押し潰されるように体が重くなる。指一本でも動かすのが困難なほどの負荷だ。(中也さん、本気だぁ……!)
「うわ!?」
「理世ちゃん!」
中也さんに、敦くんに向かって投げつけられる……!
(今だ!!)
敦くんにぶつかる前にテレポートして……
「龍くん!!」
「分かってる!羅生門――早蕨!!」
「っなんだ!?」
地面を這って剣山のように生えた黒布が、道くんの体に巻き付き自由を奪う。
「金属操作……!」
無数のそれは、切っても間に合わない。
「てっ……!」
床に腹這いに叩きつけられた道くん。そこ目掛けてまっすぐ重力に従い落ちる私は、もちろんかなりの負荷がかかっていて。
「ッ!おい、まさか……!」
顔を上げた道くんが、こちらを見て声をひきつらせる。
逃げようとしてももう遅い。
「うげえっ!」
「あ痛たた……」
ドスン!と大きな音を立てて、道くんの背中に落ちた。
「道造!?最初からそれが作戦か!」
「あとは……中也さんのみ……!」
「行くぞ、芥川!!」
道くんがクッション代わりになったとはいえ、痛いものは痛いし、重力負荷で重くて息苦しい。
ここからは、私と道くんの我慢比べ。
「道く〜ん?大丈夫?背骨折れてない?」
天井を見上げながら尋ねる。潰された蛙のような声が背中越しに聞こえた。
「ぐ……苦し……マジ降りてくれ……」
「降参する?」
「す……、する……」
そう言い残し、がくっと息絶えた道くん。よし、勝った!
「中也さーん!道くんが降参しましたよ〜!私の重力操作を解除しないと道くん潰れますよ……!」
「アァ!?あくまで自分から退く気はねェってことかよ!良い性格してンな、おい!!」
それほどでも!
敦くんと龍くんの二人がかりにしている中也さんの声に、さすがに焦りが見えた。
「チッ」聞こえた舌打ちと共に、体が同時に軽くなる。
「よっ――と」
道くんの上から、床に立つ。反動的に体が羽のように軽く感じた。
「っお前らもコンビネーション、前より良くなったんじゃねえか……!」
近接格闘の敦くんと、中・遠距離戦闘の
龍くんの怒濤の攻撃。
「中也さん!私もいるのを忘れないで!」
「忘れてねーよ!」
三人の一斉攻撃を、中也さんはひらりと避けた。
上に引っ張られるように宙へ昇っていき、その足が着いたのは、天井だ――。
逆さまに立っている中也さんは、こちらをニィと笑って見下ろす。
なにそれ、かっこよすぎる……!!
「三人まとめて、相手してやる」
次に悪い顔で中也さんは笑った。重力遣いの本領発揮だ。
「来るぞ――迎え撃て!!」
龍くんの掛け声が響く。いつの間にか、模擬戦は白熱した戦いになっていた。
***
「おまえが、この一週間で成長したのはよく分かった」
少しぼろっとなった中也さんが言った。
まあ、私たちはもっとぼろっとなっているけど。
新人とはいえ、プロヒーロー二人と期待の天才ヒーロー志望(私)チームだ。
なんとか重力遣いから一本取った。
「重力がかかった状態を、逆手にとった発想はなかなかのもんだ」
中也さんの横で「窒息死するかと思ったぜ……」道くんがぐったりしている。
「ステイン戦で学んだんです」
体の自由を奪われたぐらいでは、私の能力を使うのには問題ない――と。
例えば、痺れとか痛みとか、集中を妨げるものにはコントロールに影響が出ちゃうけど。
これは大きな利点で、活用しない手はないと思った。(まあ、実戦では状態異常にかからないのが一番)
「なるほどな。何はともあれ、あの化物と戦って大きな経験値になったか」
経験は大事だ。あの戦いで分かった事はたくさんある。
助けようと必死になって、逆に隙が大きく出来た所とか。私が空中戦をする時は、相手より有利に立った気になって油断するとか。(ん、性格の問題?)
「……そういえば。私、中也さんに空中戦教わってないです」
脳無相手にやろうとしていたけど。
「あー……確かに俺は自分を無重力にして空中で戦える事はできるが、今のおまえの実力を考えるとな」
餅は餅屋だと中也さんは言った。
空中戦で一番大事なのは、身のこなしと立ち回り。学ぶなら実戦が一番良いらしいけど……知り合いに空を飛べるような"個性"の人はいないしなぁ。
爆豪くんぐらいだけど、本末転倒な気もするし。(鍛練に付き合ってくれないだろうし、頭下げるのは嫌だ)
……あ。一人それらしいヒーローが頭に思い浮かんだけど、知り合いじゃないしな。(でっくんの体験先のヒーローのグラントリノさん。空中移動ができる"個性"だ)
「俺も知り合いだと適任者は鷹見ぐれえしか……でも、あいつ後輩を指導するようなタイプじゃねえしな」
鷹見?
「ああ、ホークスさんですか」
「ホークス!?」
敦くんの言葉に思わず声を上げる。
「中也さん、ホークスと知り合いなんですか!?」
「あ、ああ……あいつとは同期だ」
「(理世ちゃん、めっちゃ食いついたぞ)」
そういえば、ホークスも中也さんと同い年の22歳だ。
中也さんと出身校が違うから盲点だった。
「クラスメイトにホークスの所に職場体験に行った人がいて、私の存在を認識してくれてたみたいで……」
「あの戦いは目に止まんだろうな。だが、あいつは九州で活動してんし……まあ、機会があったらおまえの事を話しておいてやるよ」
「わあ、ありがとうございます!」
ホークスなら良いアドバイスをくれそう。普通にホークスに会ってみたいっていうのももちろんある。
「んじゃ、職場体験はこれで終了だ。お疲れ」
「えぇーなんかあっさり終わるんですねぇ」
午前中で終了なの?と、時計を見て驚く。
「最終日は一応午前中で終わりなんだよ。帰宅時間も含まれているからね」
敦くんの言葉に確かにと思う反面、物足りなくも感じる。私は地元だから、帰宅時間ないに等しいし。
「自主練なら好きにここ使っていいぜ」
中也さんの言葉に考える。自主練か、そしたら"個性"の訓練でも……、
「理世。自主練するなら僕が相手してやろう」
「本当!?実はこの間、紅葉さんにアドバイスもらって、ちょっとは素早い攻撃に対応出来るようになったから試したい」
「それでさっき、俺の銃弾を避けたのか」
正直、びびったぜ、という道くんの言葉に、してやったりとちょっと嬉しい。
「ならば容赦はせずに行くぞ。今までのは軽く撫でたに過ぎぬからな」
……撫でた?
龍くんの表現は独特だなぁと思っていたら――なるほど。
「……痛っ痛い!ちょっと本当容赦ないんだけどぉ!?」
確かに黒布でびしばし叩かれた。
***
「はぁ、疲れた……。本当に龍くん、容赦とか手加減しないよね……」
龍くんと午後の鍛練も終え、久しぶりの我が家に帰る。(明日は筋肉痛かなぁ〜)
「ただいまぁ」
自然とそう口に出て、玄関のドアを開けた。
安吾さんは私が今日には帰って来る事は知っているけど、まだ帰って来ては……あれ。
(靴がある……)
という事は、安吾さんも帰って来てるのか。
「安吾さん?」
リビングを覗くと、いない。自室かなと思い、ドアをノックするも返事はない。そっと開けてみた。
(安吾さんんん!!?)
そこには、スーツ姿のままベッドにうつ伏せに倒れる安吾さんの姿があった。
(…………ね、寝てる?)
泥のように寝ている。いや、むしろ沼?微動だにしないから石かも知れない。
(い、生きてるよね……?)
脳裏に「過労死」という言葉が思い浮かび、慌ててベッドに近づく。
……良かった、息はしているみたい。
(安吾さん、よっぽど疲れてるんだな)
いつもお疲れさまです――そう心の中で呟いて、そっとその背中に触れた。
スーツのジャケットが皺にならないように"個性"で、ハンガーにかける。
次に安吾さんの下敷きになっている掛け布団を、同じように体にかけてあげる。
部屋を出ると、そっとドアを閉めた。
さて、安吾さんが目覚めたら食べられるように、おいしい夕飯を作っておこう。(……朝まで寝てたりして)
「今日は急遽休みをもらったんですが、うっかりこんな時間まで寝てしまいました」
「……。ん!?」
いつから!?朝から!?
その発言に驚きつつ、長時間寝ていたせいか、珍しくぽやんとしている安吾さんをしげしげと眺める。(寝癖がついてる安吾さん……レアだ)
「あ、ジャケットをハンガーにかけてくれたのは理世ですよね?最近、僕の周りで不可思議な現象が起きるんですよ……」
「不可思議な現象?」
「はい。勝手にメールが送信されてたり、記憶にない書類が片付けられていたり……しかも完璧に。飲みかけていた珈琲の中身が、目を離した隙に無くなっていることもありました」
なにそれちょっと怪奇現象っぽい。
「誰かが勝手にやったとかじゃなくて?」
「僕も最初はそう思って周りに聞いてみたんですが、誰もが首を横に振って……」
え、怖い。この手の話をする夏にはまだ早いよぉ。
「目を泳がせた青木くんに問い詰めたら、僕がやったというんですよ」
「………………」
問い詰められた青木さん……。
「そんな記憶は僕には微塵もありません。もしかしたら、一種の精神操作の"個性"による攻撃かと思ったんですが、違うと種田長官は否定して……何故か哀れんだ目をして今日は休みをくれたんです」
「………………」
それも不思議な話ですが、と安吾さんは笑う。
確か、種田長官の"個性"は「近くで"個性"が発動されたら分かる」というものだ。
その長官がきっぱり否定したという事は、"個性"によるものじゃないということで。
(話を聞いただけで、謎が解けてしまった――……)
安楽椅子探偵、ではなく。安吾さんを知る人なら誰でもたどり着く答え。
それ、絶対安吾さんが自分でやってる。
記憶にないだけで。(あまりの激務に意識が朦朧に……?でも、仕事は完璧にこなしてるのはどういうこと!?)
「村社くんは妖精の仕業ではと笑いながら言うばかりで……まったく不可思議な話です。……おや、どうしました?」
「私も……妖精の仕業だと思う」
まったく気づいていない安吾さんになんて言ったら良いかわからず、そう曖昧に答えておいた。
――後から八千代さんに電話で聞いた話。
『あーあの話!あれは安吾先輩、寝ながら仕事こなしてたんすよ!しかも完璧に電話対応まで!すごかったすよ。確かにずっと徹夜続きの激務だったけど……いやぁあれにはさすがの私もびびった〜アハハ!』
という軽い口調から飛び出した、恐るべき真相。(寝ながら仕事って……え?)
ついに安吾さんは人の踏み込んではならぬ領域に踏み込み、生き乍らに人ならざる精神の深淵を突き抜けてしまったのか、わりと本気で心配した。
「理世。確かチョコぱん好きでしたよね?一個2000円の高級チョコぱんがあるようです。お取り寄せしてみましょう」
「一個2000円!?いや、私、コンビニのチョコぱんが好きだから……!」
私が喜ぶお取り寄せをしようとするのは、いつもの安吾さんだ。