未知との遭遇

「久々の授業、汗かいちゃった」
「俺、機動力課題だわ」
「情報収集で補うしかないな」
「それだと後手にまわんだよな。おまえとか瀬呂が羨ましいぜ」
「ま、機動力がねえヤツは結月に頼んで一緒に連れてってもらうべ」
「利害が一致しねえと連れてってくれなさそうだよなぁ」
「おい緑谷!!やべェ事が発覚した!!こっちゃ来い!!」
「ん?」


 ***


「久々の授業で走ったから汗かいちゃったよー」
「お茶子ちゃん、汗拭きシート使う?」
「ありがとう、理世ちゃん!」
「理世、ウチにもちょうだい」
「自由に使って良いよぉ」

 一応持ってはいるけど、体動かさないからあんまり汗かかないんだよね。

「理世ちゃんが方向音痴なのは意外だったねー」
「ん〜方向音痴っていうか、個性上、狭い場所とかごちゃっとした場所がね〜飛ぶ場所も限られるし。普通に地図は読めるよ」
「私、"個性"使用のキャパを上げんとだ……!」
「お茶子ちゃんはせっかくバトルヒーローの所で武術を習ったのに、今日は出番がなくて残念だったわね」

 先程のレースについての反省点など、皆で話しながら着替える。

「……はぁ」
「八百万さん、どうしたの?」

 ふと、髪をほどきながら八百万さんがため息を吐いた。表情も浮かないもの。

「あ……いえ、トップになれなかったのが少し悔しくて……」
「八百万さんは"個性"の活用法が良かっただけに残念だったよね」
「分かる!アタシもくやしいよ!あと少しで三位だったし、緑谷はいきなり成長してるしさー!」

 三奈ちゃんがその時の感情を思い出したように、唇を尖らせる姿がおかしくて、その場にくすくすと笑い声が起こった。

「――……ねえ。なんか隣、妙に騒がしくない?」

 ふと、素でも耳が良い耳郎ちゃんが怪訝そうに壁をじっと見つめる。隣って、男子更衣室?

「え〜どれどれ……」

 着替え途中のキャミのまま、耳をぴたっと壁にくっつけた。

 "見ろよ、この穴ショーシャンク!!恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!!"

「峰田くん……?」

 なんかろくでもない予感が……顔をしかめると、耳郎ちゃんも同じ表情だ。
 
 "隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室!!"

「「…………………」」

 見ると、そこには今まで気づかなかった小さな穴が。

 "峰田くんやめたまえ!!ノゾキは立派なハンザイ行為だ!"
 "そ、そうだよ!ただでさえ、峰田くんはギリギリアウトなのに……"
 "やめとけ、峰田。そういうの嫌がるだろ。結月とか"
 "クソくだらねえ"

 ……良かった。天哉くんを始め、でっくんや焦凍くんたちも止めてくれているよう――

「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!」

 …………………………。

「八百万のヤオヨロッパイ!!芦戸の腰つき!!葉隠の浮かぶ下着!!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァアアア!!最後は結月、の……」

 ――ドックン!!
 
「あああ!!!!」

 峰田くんが煩悩を叫ぶや否や、問答無用でプラグを穴に突き刺して、イヤホンジャックした耳郎ちゃん。素敵。
 
「ありがと、響香ちゃん」
「何て卑劣……!!すぐにふさいでしまいましょう!!」
「まったく峰田は女の敵だよ!!」
「ナイス耳郎ちゃん!(最後私の何を言いかけたの……?なにー!?いやいやいや、峰田くんに感化されたらダメだッ!)」
「(ウチだけ何も言われなかったな)」


 ***


「目から爆音がああああ」
「自業自得だ、言わんこっちゃない!」
「(結月さんなら……や、やっぱり……!)」
「(……。結月の………なんだ?)」
「(あいつは…………顔だけだろ)」


 ***


 本日の全科目が終わり、でっくんは用事があると足早に教室を後にした。
 私も皆と一緒に帰ろうとしたところ、

「てめぇ、何か忘れてんじゃねーか」

 爆豪くんの言葉に考えること、数秒。

「あ〜ジュースおごるんだったね〜爆豪くんはなんだっけ?青汁サイダーだ!」
「ペプシだ!鳥頭かてめェは!」
「…………」
「……常闇……気にすんな」

 まあ、言い出したのは私だしな……。
「先に帰ってて大丈夫」と、皆に伝えて鞄から財布だけ取り出した。

「峰田くんがファンタグレープで」
「よろ」
「上鳴くんがポカリね」
「おう!」
「覚えてんじゃねえか!!」

 騒ぐ爆豪くんを無視して、同じ階にある自動販売機へと向かう。

「あ〜結月ちゃんだぁ」
「どうも、お疲れさまです」

 途中、凡戸くんと宍田くんと出会した。

「凡戸くん、宍田くん、お疲れさま!」

 凡戸くんは体育祭で唯ちゃんと一緒に騎馬戦を組んだ人で、大きな見た目と裏腹にのんびり屋さんだ。
 宍田くんも見た目は猛獣風の荒々しいルックスだけど、言葉づかいは丁寧で良い人だ。実は良家のお坊ちゃまらしい。

「結月ちゃんも帰り〜?でも、鞄持ってないね〜」
「今日のヒーロー基礎学の授業でのレース賭けで負けて、今からジュースを買いに行くとこなんだぁ」
「それはそれは。私たちも午前中に行いましたが、レースということで私、ついついハイになってしまいましてな」
「僕もねぇ、頑張ったよ〜」

 この何とも穏やかで緩い会話。ほんわかしているこの二人に癒やされる。

「じゃ〜ねぇ〜」
「では、ごきげんよう」

 立ち話をそこそこに、二人に手を振って別れる。あの二人の性格を、爆豪くんに分けさせたい。

「――……ペプシないんだけどぉ」

 自動販売機の前で佇む。ファンタグレープとポカリは定番だけど、思えばペプシって嫌がらせなんじゃ。(コーラじゃだめなのか。違うの買って来たらうるさそうだし……)

 面倒くさい人だなぁ、とポケットからスマホを取り出して通話ボタンをタップ。

「爆豪くん?ペプシないんだけど、コーラじゃだめ?」
『三階の自動販売機に売ってんからさっさと買って来いや』
「………………」

 ぶちっと切られた通話。わがまま!

 三階って、三年生のクラスしかないけど、なんで爆豪くんそんな所に行ってるの?

 階段近くまでテレポートして、そこから自分の足で行く。初めて訪れる場所だからだ。
 ネクタイの色が違うとかないし、堂々としてれば一年か三年かなんて分からないよね。

「……あれって、一年のテレポートガールじゃない?」
「どうして、三年のクラスに……」
(なんか知られてる……!)

 いつの間にか有名人になったなぁと思いつつ、居心地悪いからさっさと買って戻ろう……。
 と、思ったのに自販機が見当たらない。どうも一階と場所が違うらしい。(しょうがない、誰かに道を……)

 あ、近くにいるあの耳が尖った男の先輩でいいや。

「すみませーん。この辺りに自動販売、機……!?」

 振り向いたその人は、長い前髪の間から鋭い目付きをさらにギンと光らせた。

 あ、これ声かける人選、間違った的な。

「…………」
「えっと……自販機探してたんですけど、やっぱりい」
「こ、こっち……」

 蚊の鳴くような小さな声で。

 くるりと背を向け、指差し歩く姿にどうやら案内してくれるらしい。案外良い……先輩?

「……何が良いんだ?」
「……。何が?」

 視線を合わさずに言う先輩。
 というか自販機に顔をつけて話す先輩。
 意味が分からなさ過ぎて逆に怖い。

「飲み物……」
「はい?」

 確かに用はその自販機にあるけど、先輩が遮って買えないんですが……。(やっぱり私、やばい人に声かけちゃった?)

「これが噂のタカりじゃないのか……?」
「へ?」
「え?」

 ………………。

 しばしの沈黙。こちらをゆっくり振り向いた先輩は、眉を潜めたままぽかんとしていた。
 ……いや、ぽかんとしたいのは私の方だよ!

「いくらなんでも初対面の先輩にタカるわけないじゃないですかぁ!私はただ自販機の場所を尋ねただけです」

 参考までに私のどこをどう見て、タカりだと思ったのか教えてほしい。

「……す、すまない……カースト上位の君が、まさか俺なんかに声をかけるとは思わなかったからつい……」
「カースト上位……?」

 またおかしな事を……。なんかこの先輩、色々と思い込みが激しくないか。

「私、別にカースト上位とかじゃないですよ。うちのクラスにカースト制なんてないですし」

 そうため息混じりに言いながら「先輩ちょっとどいて下さい」と、やっとお目当てのペプシが買えた。

 カースト制はないけど、これを買って来いって言った張本人が、ピラミッドのてっぺんに立ちたがる爆ギレ系男子だったのを思い出した。

「……そうか。すまない……俺の勝手なイメージだ。気を悪くしただろう……もし、俺を許せないと言うなら――」
「怒ってませんし、許してます!元気出してっ」

 ずーんと落ち込む先輩を必死に励ます。

 なんか敦くんと声が似てるなぁと思っていたら敦くんよりずっとネガティブだ、この先輩。

「先輩のクラスはカースト制なんですか?」

 話を変えるように切り出す。

「いや……ただ俺のクラスには君のようなカースト上位っぽくて、妖精みたいな人がいる」
「どんな人ですか、それ」

 つっこんだ。ついでに先輩のその奇行にもつっこみたい。
 今度は、側面の壁に顔をつけて先輩は話している。極度過ぎる人見知りなのかなんなのか……。

「先輩、ここまで案内していただきありがとうございました。じゃあ私、失礼しますね」

 きっと早々に退散した方がお互いのためだ。
 その背中に頭を下げて、踵を返したその時――水色の長い髪の女の人が「あ!」と声を出してこちらに駆け寄って来る。

「天喰くん!そんな所で何してるの?通形が探してたよ!それと、あなたテレポートガールだよね!?どうして二人は一緒にいるの!?知り合い?」
「え、え〜〜」

 次はなんかテンションがやたら高い人が、来た!

「は、波動さん……」
「私知ってるよ!お名前、結月理世さんだよね?ね、テレポートってどんな感じなの?どうしてテレポートする時は一緒に服も飛んでくの?通形みたいにすっぽんぽんにならないの?」
「すっぽんぽんになったら倫理的に問題あるじゃないですかぁ」

 通形って誰!?すっぽんぽんになるの……!?

「倫理的に問題があると一緒にテレポートするの?不思議!」

 答えた後も「どうして、そんなにジュースをいっぱい持ってるの?」とか「ねえねえ、もしかして、その瞳……」とか。

「近いです〜」

 なんでどうしてと、さまざまな疑問をぐいぐい聞いてくる先輩。可愛い顔とは裏腹に、嵐のような質問責めに恐怖を感じる。

「波動さん……結月さん、困ってるみたいだから」
「困ってるの?どうして?」

 だめだ、話が通じない!逃げよう。

「あっ消えちゃった!見た!?本物のテレポートだよ!あれ、私何しに来たんだっけ?そうそう通形が天喰くんのことを探してたよ!これ言った?ねえ、聞いて!」
「(彼女には悪いことをしたかも知れない……)」


 ――……初めて出会した三年の先輩、コワかった。

 それもこれも爆豪くんのせいなんだから!怒りのままにペプシを振りながら教室に戻る。

「遅えぞ、クソテレポ!」
「爆豪くんのせいで変な先輩に絡まれて大変だったんだから〜!」
「マジ?」
「上級生に目を付けられたか……」

 怒りを露にし、三人の元へ。

「はい。ちゃんとお望みのものを買って来てあげたよぉ」
「ん」

 爆豪くんにペプシを渡し、次に上鳴くんと峰田くんにそれぞれジュースを渡す。

「ありがとな!」
「サンキュー!」

 最後に残ったのは、ついでに自分用に買ったアイスミルクティーだ。

「……おい」
「なに、爆豪くん」
「この缶、てめェが開けろ」
「…………私、力ないから缶開けられ」
「自分用に買った缶はどうやって開けんだよ!!」
「…………ちぇ〜」

 バレたか。爆豪くん、妙に鋭い所あるんだから。

「くだらねえことすんじゃねえわ!」
「結月、爆豪の缶振ったんだな……」
「おまえもようやるよなァ……」

 爆豪くんは手を小さく爆発させて、缶に軽く凹むかどうかの衝撃を与えた。
 裏技で缶を叩くと炭酸が吹き出さないんだっけ。それより……

「君、そんな微調整もできるんだね……」
「爆豪のくせにコントロール繊細かよ」
「てめェは電気を纏うしか出来ねえもんな」

 爆豪くんのカウンターにちーんと落ち込む上鳴くん。

「しょうがないねぇ、"個性"が帯電だから」
「人生、どうにもならねえこともあるサ」
「二人とも、励ますならちゃんと励まして」

 爆豪くんは鞄を手に取ると、ぷしゅっと缶を開け、ごくりと飲みながら何も言わず出て行った。
 一言ぐらい挨拶すれば良いのに。
 まあ、されたらされたで困惑するけど。

「そういや、絡まれた先輩ってどんなやつだったんだ?」

 やっぱ男か?と聞く上鳴くんの言葉に「男の先輩と女の先輩」と缶を開けながら答えた。(まあ、主に女の先輩にだけど)

「どっちも苦手なタイプ……」

 確か名前は天喰先輩と波動先輩だったか。
(人見知りの先輩と不思議ちゃんの先輩)
 以後、関わりたくないなぁ。特に不思議ちゃんの先輩の方。苦手。

「へぇ、コミュ力抜群の結月にも苦手なタイプがいるんだな――……うぎゃ!?」

 そう言いながら峰田くんが缶を開けた瞬間、プシュー!
 すごい勢いで炭酸が噴き出して、峰田くんは頭から被った。

「あはは!引っ掛かった!」

 してやったりと笑う。

「結月!?おまえ、峰田の分も!?」
「ひでえよ!結月!オイラが何し……」
「更衣室で覗こうとして、私が怒ってないと思う?」

 私の言葉に峰田くんは「うっ」と言葉を詰まらせた。むしろ、これぐらいの可愛いイタズラで済んだ事をありがたく思ってほしい。

「……だって、あれはあんな所に穴が開いてんのが……」
「峰田、止めとけ」

 上鳴くんがゆるゆると首を振る。賢明だねぇ、上鳴くん。

「魔が差してすみませんでした」

 魔が差したというか峰田くんは魔しかないと思うけど……。まあ、耳郎ちゃんの成敗も食らったし、今日はこのぐらいにしとくか。

「ちゃんと濡れた所は拭いといてね」
「……はい」

 峰田くんは渋々と掃除道具入れから雑巾を持って来た。


「あれ、まだ三人残ってたんだね」

 それから数分後、でっくんは教室に戻って来た。

「おう、結月が賭けに負けてジュースおごってもらってたんだけど、どうせなら緑谷を待ってようって話になってさ」
「わ、ありがとう!……それにしても結月さん、賭けに負けたって……」

 急いで教室に入ってリュックを背負うでっくんに「ちょっとね〜」って曖昧に笑って答えた。

「結月はおまえが一位になるのに賭けたんだぜ」

 空気を読まない上鳴くんが早々にネタばらしした。ええ……。

「えっごめん!結月さん!僕のせいで!」
「いやいや、勝手に私が賭けただけだから。でも、でっくん、最後惜しかったね」
「本当に面目ない……。力の加減に集中してたら跳ぶ先の注意を忘れちゃって……」

 でっくんが揃ったところで、途中まで四人で一緒に帰る。

「もっと鍛練しないと……」
「期末テストも控えてるしね〜」
「その前に中間テストだね」
「あっ忘れてたっ」

 職場体験とかですっかり。

「べ……」
「ん」
「勉強会とかしたいね!えっと、みんなで!」
「あっ楽しそう!そしたらでっくん頭良いし、苦手教科教えてほしいな」
「僕で良ければ!でも、結月さんは言うほど成績悪くないよね」
「う〜ん、私の場合、得意科目と苦手科目がはっきり分かれるし」
「でも、それで成績良いならすごいよ!」

 でっくんとテスト範囲の予想を話しながら歩いていると、もうすぐ皆と別れ道だ。

「……でっくん」
「っへあ!?」

 軽く袖を引っ張り、慌てるでっくんをよそに、内緒話をするように耳に唇を寄せる。

「帰り道、気を付けてね。……本当は爆豪くんとでも一緒に帰れれば良かったんだけど……」

 二人の今の関係じゃ無理そうだから。

「!?!?……っえ、えっと……」
「あの翼の脳無がでっくんをさらったことが気になってて……」
「っ!」

 でっくんも私が何を言いたいか分かったようだ。

 "たまたま"、"偶然"、そこにいたでっくんをさらったのなら良いけど、もし偶然じゃなくて、何らかの理由があって狙ってさらったとしたら――。

「私の考え過ぎなら良いけどね」
「う、うん。気を付けるよ……ありがとう」

 じゃあっと体を離して、三人に手を振る。

「三人ともまた明日!」
「おう、またな!」
「じゃーなー結月!」
「ま、また明日!」


 結構、遅くなっちゃったな。さあ、今日の夕飯は何にしよう?


 ***


「お、おおい、緑谷ァァ!結月と何コソコソ話してたんだよ!?」
「へっ!?べべ別に大したことは!」
「嘘つけ!公衆の面前であんな密着してイチャつきやがって!そうなのか!?そういう関係なのか!?」
「イチャ!?峰田くん、違う!違うって!?語弊があるよ、その言い方!!」
「顔が真っ赤だぞ!!」
「こっこれはぁ……!!」


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