プロローグ

 職場体験が終了し、雄英に戻って来た私たちは――再びいつもの日常を迎えていた。

「あ、梅雨ちゃんだ!おはよう」
「あら、理世ちゃん。おはよう」

 靴から上履きに履き替える梅雨ちゃんの後ろ姿に声をかける。

「この時間にここで会うの珍しいね」
「弟が寝坊して今朝はちょっと大変で、いつもの時間の電車に乗れなかったの」
「五月雨くん?」
「ええ。今ちょうど両親が出張してて……」

 梅雨ちゃんは五人家族の長女だ。

『父の頑馬に母のベル。弟の五月雨に妹のさつきよ』

 そう結構前にご家族の写真を見せてもらったけど、ケロケロ一家で梅雨ちゃんの家族だと一目で分かった。

『弟は10歳で、妹は6歳なの』

 梅雨ちゃんの表情は変わらないけど、目は口ほどに物を言う。二人の写真を見る優しい目元で、梅雨ちゃんの兄弟愛はしっかり伝わった。

「じゃあ、梅雨ちゃんが今家のことを任せられているんだね。えらいなー」
「そうね、ちょっと大変な生活だけど、楽しいわ」

 両親とも共働きで出張が多い仕事らしく、弟たちの面倒に、家事もこなして――代わりに家を守る梅雨ちゃんには尊敬だ。

「理世ちゃんだって、一緒に暮らす安吾さんの為に家のことはしてるんでしょう?」

 そう聞く梅雨ちゃんはまだ数少ない私の事情を知る人。
 家族の事を話している時に聞かれたので、その時に包み隠さず話したからだ。
 自分から大っぴらに言わないけど、クラスの皆には聞かれたら話すつもりでいた。

「料理はちゃんとしてるつもりだけど、あとは楽させてもらってるし」

 ルンバとかハイテク家電たちに。便利な世の中。

「理世ちゃん。私、思ったことは何でも言っちゃうの」

 それに、お世辞も嘘はつかないわと前置きする梅雨ちゃんに、首を傾げる。

「理世ちゃんはとても立派よ。そうやって大したことのないように捉えてる所も、理世ちゃんのすごい所よ」
「……っ」

 朝から梅雨ちゃんからの思わぬ言葉。

 どう返して良いか戸惑って私は「ありがとう」とだけ返した。「どういたしまして」そうケロケロと梅雨ちゃんは笑う。なんだかくすぐったいな。

「おはよう、結月ちゃん。お、今日も可愛いねえ」
「なにそのチャラ男的挨拶!」

 思わず吹き出した。教室に向かう途中、廊下を歩いてると後ろからそう声をかけて来たのは、取蔭ちゃんだ。

「ん、元気そうで安心した」

 ステイン事件に巻き込まれたのを知って取蔭ちゃんも心配してくれてたらしい。
 普段は大人っぽいけど、笑うとギザギザ歯が見えて、取蔭ちゃんはチャーミングだ。

「お隣さんは……蛙吹ちゃんね!トカゲとカエル同士、今度ゆっくり話しましょ」

 取蔭ちゃんは隣を歩く、梅雨ちゃんに視線を移して言う。

「ええ、ぜひ。それに梅雨ちゃんと呼んで。切奈ちゃん」

 にっこり答える梅雨ちゃんに「ありゃ、下の名前を覚えてくれてたなんて感激ね!」と、おどけたように答える取陰ちゃん。

 私も二人はきっと気が合うと思う。ネイチャー的にはもちろん、二人とも社交性抜群だ。
 
「じゃあ今日もお互い頑張りましょ!」

 そう言って手をひらひらさせて、取蔭ちゃんは私たちを足早に追い抜かす。前を歩く吹出くんにこっそり近づき「おっす、吹出!」と、驚かすように声をかけた。

「わっ!驚かすなよ、取蔭!」

 吹出くんは顔?をびっくりした時の吹出しにして驚いている。いつ見ても彼は摩訶不思議……。

「ふふ……理世ちゃんは誰とでも仲良くできて楽しいわね」
「誰とでもじゃないよ〜」

 梅雨ちゃんの言葉に笑う。例えば爆豪くんとか……仲良くできるのなんて切島くんぐらいだろう。

「(理世ちゃんも十分、爆豪ちゃんと仲良いと思うけど……)」
「……でも、私。雄英に来たら友達いっぱいできたらいいなぁと思ってたんだ」
「私もよ。私、中学の時は――……」

 梅雨ちゃんは頷いた後、そう思った出来事を話してくれた。

 先程の家庭の事情と、ヒーローになるための勉強も重なって時間が取れず、なかなか友達ができなかったという。

「そんな中、一人の子が私に付きまとい始めたの」

 名前は万偶数まんぐうす羽生子はぶこちゃん。

「その子もいつも独りだったわ」

 ――私と同じ、と梅雨ちゃんは言う。

「睨んだ相手を3秒間弛緩させる"個性"を使って来たり……」
「……えっと、それはどういった目的で……?」
「私を見て、舌舐めずりして来たり……」
「そ、それは……」
「恐かったわ」
「真意が分からないもんねぇ」

 梅雨ちゃんはあっけらかんと話すけど、そりゃあそうだ。

「けれど……私、なんとなく分かったのよ」
「その子の本心が?」
「ええ。だから、勇気を出して言ってみたわ」

『お友だちに、なりましょうか?』
『馬鹿な蛙!!!私は陰険で捻くれ者よ、何が友だちよ!!友だちは選びなさいよ、こんな私を友だちなんて……なんて……』
『梅雨ちゃんと呼んでも良いかしら!!?』
『ええ、梅雨ちゃんと呼んで』

 こうして、二人は友達になったという。

「その羽生子ちゃんは梅雨ちゃんとずっと友達になりたかったんだね」
「不器用な子だったのよ。高校は別々になっちゃったけど、羽生子ちゃんはずっとお友だち」

 いつかその子に会ってみたいなぁと言うと、梅雨ちゃんは「ええ、私も理世ちゃんならきっと羽生子ちゃんと仲良くなれるわ」と、嬉しそうに笑った。

 ちなみに、羽生子ちゃんも別の学校のヒーロー科に進学したという。

(お互い、離れていても、目指す場所は一緒か――素敵だなぁ)


「おはよう!」
「おはよう、二人とも!今朝は結月くんと梅雨くんと一緒だったのだな!」

 天哉くんの言葉に、昇降口で一緒になったと梅雨ちゃんと共に答えた。

 皆と朝の挨拶を交わしながら、自分の席に着く。

 予鈴が鳴って、今日もきっと、慌ただしいいつもの一日が始まる――。


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