正しい"個性"の使い方

「爆豪くんめ!勝手に飛び出してしまった……何なのだ彼は!もう!!!」

 爆豪くん。開始早々の独断単独行動――。

『お前らは大人しくそこで核を守ってろ!手出しすんじゃねぇぞ』

 協調性なさそうだとは思ってはいたけどね。「はあ……」ため息が出た。腕を組み、飯田くんと共に待機。あれだけ私情を持ち込まれ、ガン無視されたらこっちのやる気も失せる。

「緑谷くんと爆豪くんは幼馴染みと聞いたが、なんであんなに拗れているんだ……」
「一方的に爆豪くんがでっくんを敵視しているように見えるけどね」

 何がそんなに気にくわないのか。

 確かにお互い真逆なタイプだけど、馬が合わないというだけでは説明がつかない気がする。たとえば、爆豪くんのプライドを刺激する何かがある……とか。

(考えたところで答えは分からないし、結局私には関係ない話か……)


 数分後。


「オイ爆豪くん!!状況を教えたまえ!どうなってる!?」
『黙って守備してろ……!ムカツいてんだよ、俺ぁ今ぁ……!!』
「気分聞いてるんじゃない!!おい!?切れた……!!マジか奴!!」
「鼓膜破れるかと思った〜……」

 飯田くんが無線で爆豪くんに連絡を試してみたところ、これだ。私の無線とも繋がっているから、怒声が耳に痛い。

「爆豪くんはナチュラルに悪いが、今回の訓練に関しては的を射ているわけだ……ふむ」

 爆豪くんがあんなに爆ギレしているって事はでっくんと戦闘中の可能性が高い。
 という事は、爆豪くんはでっくんにしか眼中がないから、ここに来るのはきっと、お茶子ちゃんだけ。

 核を守りきるか、お茶子ちゃんにこの確保テープを巻き付ければ捕らえた証明となる。

 私と飯田くんの"個性"を考えても負ける事はないだろう。お茶子ちゃんには悪いけど。(組み合わせの"個性"にもよるけど、ただでさえヒーロー側は不利なのに、ハンデなしの2対3ってハード)

「ならば、俺たちもヴィランに徹底すべきではないだろうか?結月くん」

 ……大丈夫かなぁ、でっくん。爆豪くん、容赦なさそうだから、また大怪我とか……。
 度が過ぎたら止めるってオールマイト先生が言ってたから、その辺りは安心なのかも知れないけど。

「結月くん?」

 あーもうっ、気になってもやもやして来た!

「飯田くん。私ちょっと様子見てくる。お茶子ちゃんが来たらよろしくね」
「そうか!君の"個性"はテレポート!偵察には打ってつけだな。ここは俺にまかせてくれ!悪に染まってみせる!!」
(?悪に染まってみせる?)

 アーマーを被った飯田くんの表情は分からないけど、身振り手振り頼もしい言葉が返ってきた。最後の言葉は謎だったけど。

 ビル内部のおおよその間取りは最初に把握しているので、真下にテレポートするように一階ずつ降りて行く。

 室内に響く爆発音が居場所を教えてくれるので(……いた!)二人はすぐに見つかった。
 派手に暴れてるみたいだけど、冷静さ失っていないよね?爆豪くん――

「……「要望」通りの設計なら、この籠手はそいつを内部に溜めて……」

 爆豪くんは狙いを定めるように、腕の籠手をでっくんに向けているところだった。
 漂う不穏な空気に、あの攻撃は危険だと肌で感じる。

「――当たんなきゃ死なねぇよ!」

 爆豪くんがそのトリガーを引く寸前、背後にテレポートし、その肩に触れた。
 再び"個性"を使う。瞬間、大規模な爆発。

「っ……!」

 狭い室内で爆風に体が煽られ、後ろに尻餅をつくように倒れた。
 土煙に噎せ、ごほごほと咳をしながら、辺りの視界が晴れるのを待っていると……。
 やがて、散乱した瓦礫と壁にぽっかり空いた、大きな穴が目に映った。

 コンクリートの壁が貫通して、その先の市街地の景色がよく見える。

「そんなん……アリかよ」

 その反対側で――半壊した壁を見つめながら、でっくんがへたり込んだ。

「やり過ぎでしょう!」

 爆豪くんを睨み付ける。さっき言ってた通り、本当に当てるつもりはなかったのかも知れないけど、そういう問題じゃない。

 いくら実戦とはいえ、壁に穴を開ける威力の攻撃を、人に向けるというヒーロー以前の倫理観。

 ましてや、同じクラスメイト……幼馴染みじゃないの?かすっただけでも大怪我になるのに、信じられない。

「邪魔すんじゃねぇよッ!クソ女!!」

 爆豪くんに胸ぐらを掴まれる。女子の胸ぐらを掴むのもだし、モブの次はクソか。

「…………」

 爆豪くんと違って私は冷静だ。無言のまま睨み上げるだけに止めるのは、ここで私がまた反論したら、ただの喧嘩に発展するだけだから。

『放しなさい、爆豪少年。結月少女、君の咄嗟の判断で緑谷少年は怪我をせずに済んだ。ありがとう』

 無線からオールマイト先生の声が響いて、爆豪くんに解放される。
 舌打ちして往生際が悪い。顔をしかめながら服の皺を整えた。

『爆豪少年。次それ撃ったら……強制終了で君らの負けとする』

 最初に足を引っ張るなって言ってたのはどこの誰だったか。

『内戦において、大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く!ヒーローとしてはもちろんヴィランとしても、愚策だそれは!大幅減点だからな!』

 オールマイト先生の言う通りだ。
 それに爆豪くんの実力なら、とっととテープを巻いて、確保できたはずなのに。

「爆豪くん。もういいでしょう?ヒーローにテープを巻き付けて確保………」
「まだだ!!」

 爆豪くんの叫びに遮られた。

「まだ全力のてめェをねじふせてねぇ……。"個性"使えよ、デク」

 すでに彼の目に私は映っていない。何なの!?どうしてそこまででっくんに固執するのかわけが分からない。

『結月くん!大丈夫か!?何が起こってる!?』

 無線から心配そうな飯田くんの声が届いた。
 ちらりと爆豪くんの方を確認すると、彼は一方的に痛め付けている。同じチームなら助けに入れるけど、敵チーム。授業の趣旨に反する。

 オールマイト先生が今度は止めに入らないのは、これは訓練のうちに入るから……なのか。
 その光景から視線を逸らすと、胸がチクリと痛んだ。

「今、戻るよ」
「おおぅ!?」

 と、短く返事をしたと時には飯田くんの隣だ。

「さっきの揺れは爆豪くんか?」
「うん……。もう放っとくことにした。というか手に追えない」
「こちらは予想通り麗日くんが現れた!このまま卑劣に時間いっぱい粘って……」
「――はい!!!」

 …………「はい」?

 飯田くんが言い終わる前に、部屋に大きく響いたお茶子ちゃんの声。一体なんの返事……?
 隠れていた柱の後ろからお茶子ちゃんは姿を現した。
 そして、柱にぴたっとしがみつく。

「気をつけて、飯田くん……!」

 何か仕掛けてくる――。それは明らかで、目の前の彼女を警戒したけど。

 違った。
 
 響く轟音。「きゃあ!!?」下から凄まじい衝撃が突き抜ける。

 これって……えっもしやでっくん!?

「っ飯田くん!」

 床が崩れ落ちる――急ぎ飯田くんを捕まえ、無事な床にテレポートで着地した。

 吹き抜けのように空いた穴。

 ここ5階……!!爆豪くんに劣らずなんて乱暴な攻撃だよ!
 私の"個性"がなかったら落っこちて……

(……あれ?)

 私の"個性"じゃなかったら。もし、それも計算に入れてのものだったら――。

 はっと前方のお茶子ちゃんを見る。

「理世ちゃん!飯田くん!ごめんね、即興必殺!」

 ちょうどお茶子ちゃんが、衝撃でもげた柱を振り上げたとこだった。

「麗日くん……!?君は怪力の持ち主だったのか!?」
「飯田くん落ち着いて!あれ、無重力!」
「彗星ホームラン!」

 ホームラン!?

「フルスイング!!」
「ホームランではなくないか――!――!――!?」
「その前に柱はバットじゃないからぁ――!――!――!!」

 崩れた床の破片の数々が、彗星のごとくこちらに飛んでくる!
 咄嗟に飯田くんの後ろに隠れた。
 ごめん、盾にして。でも、そのフルアーマーなら大丈夫だと思って。

「回収!!!」
「ああ――核――!!!」
「あ〜……やられちゃったね〜……」

 その隙に自分を浮かせたお茶子ちゃんが、核にしがみついて……ヒーローチームの勝利条件達成だ。

 こっちが圧倒的有利のはずだったのに、土壇場の荒業でひっくり返された。


『ヒーローチーム……WーーーーN!!』


 オールマイト先生がAチームの勝利を告げる。

 ――お茶子ちゃんはキャパオーバーで嘔吐し、その背中を甲斐甲斐しく擦る飯田くん。
 腕を負傷して気絶したでっくんは、救護ロボに運ばれ保健室へ。
 爆豪くんは……私が様子を見に行くと、負けたのが相当ショックなのか、その場で愕然としていた。


「まあつっても、今戦の一番のベストは飯田少年だけどな!!!」次点は結月少女!

 そしていきなり始まる講評の時間。
 場所を移し、地下にあるモニタールームにて。

「なな!!?」
「やったね、飯田くん!」
「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」

 梅雨ちゃんが疑問を口にすると「何故だろうなあ〜〜〜?わかる人!!?」オールマイト先生はその質問を待ってましたと言うように、うきうきしながら皆に問いかける。

「ハイ、オールマイト先生」

 スッと上がった長い手は八百万さんだ。

「それは飯田さんが一番状況設定に順応していたから」
(そういえば……途中でなんかヴィランになりきってたな、飯田くん)

 スラスラと八百万さんは自身の見解を口にする。

「爆豪さんの行動は、戦闘を見た限り私怨丸出しの独断。そして先程、先生も仰っていた通り屋内での大規模攻撃は愚策」

 鋭い指摘にも、爆豪くんは反論どころか黙ったままだ。

「緑谷さんも同様の理由ですね。麗日さんは中盤の気の緩み。そして、最後の攻撃が乱暴すぎたこと。ハリボテを核として扱っていたらあんな危険な行為できませんわ」

 正論にお茶子ちゃんはしゅんとしている。

「結月さんは……」

 八百万さんと目が合う。なんて言われるかちょっとワクワク。

「的確な判断や冷静な対応はさすがでしたが、ヒーロー側に甘いようにお見受けしました。仲の良いクラスメイトとはいえ、私たちは切磋琢磨する立場。結月さんの"個性"と実力なら、もっと二人を追い詰められたはずですわ」

 おっと思ったよりはっきり言われた。う〜ん、別に甘くしたつもりもないけどな。そもそも3対2じゃ、やっぱりきつかったと思うし。

「買い被り過ぎだよぉ〜」
「褒めていません」
「……………………」

 手厳しい!

「相手への対策をこなし且つ『核の争奪』をきちんと想定していたからこそ、飯田さんも結月さんも、最後対応に遅れた」

 確かにあれはむちゃくちゃな攻撃だった。
 お茶子ちゃんに聞くと、あの作戦を考えたのはやっぱりでっくんらしい。意外と策略家?

「……!!」
「!(あ!飯田くんが震えてる……!)」

 隣を見ると、飯田くんは胸に手を当てジーンと感動していた。そんなに。

「ヒーローチームの勝ちは『訓練』だという甘えから生じた反則のようなものですわ」

 しっかり結論まで、きっちり言い終えた八百万さん。
 場は誰も何も言わずシーンとしている。
 ぐうの音も出ねぇとはこのこと。

「ま……まあ、飯田少年もまだ固すぎる節はあったりするわけだが……まあ……正解だよ、くう…!」

 オールマイト先生はグッとサムズアップしているものの、その顔には「思ってたより言われた!!!」と、書いてある。

「常に下学上達!一意専心に励まねば、トップヒーローになどなれませんので!」

 堂々とそう口にする八百万さんは、絵に描いたような優等生だ。


 ボロボロになったビルから場所を移し、第二戦。
 ヒーロー、Bコンビの轟くんと障子くんvsヴィラン、Iコンビの透ちゃんと尾白くんだ。

 透ちゃんは手袋とブーツを脱いでる姿がモニターに映っており、隣で尾白くんが困惑しているのが分かった。透ちゃん。本気なのは分かるけど、女の子としてはまずいかも知れない。

 苦笑いを浮かべながらモニターを眺めていたら、思いのほかあっという間に勝敗は着いた。

「さ、寒いっ!何も建物ごと凍らせなくてもぉ……っ!」

 両腕で体を暖めるように擦りながら、モニター越しに轟くんを恨めしく見る。
 地下だから冷気は下に流れ、余計に寒い。

「仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず尚且つ敵も弱体化!」
「最強じゃねェか!!」

 オールマイト先生も切島くんも、ガタガタと震えながら言葉を紡いでいた。

 障子くんを外で待機させた轟くんは、自身が凍らせたビルに堂々と入って行く。
 個性把握テストでは、その種目に適したものを創り出して、反則的に1位になったのは八百万さんだけど、対して轟くんは"個性"を使用したのは数種目だけ。

 それでいて2位という順位だ。

 素の身体能力が高いと思っていたけど、"個性"の方もビルを丸々凍らせるほどの威力……。しかもまだ未知数。

「透ちゃん、素足だし全裸だし大丈夫かなぁ。凍傷とか」

 モニターでは本気を出した透ちゃんの姿はまったく確認できない。尾白くんの方は核の近くで足が凍りつき、動けないでいる。

「……ケロ」
「!梅雨ちゃん大丈夫!?はっ蛙の"個性"だから寒さに弱いんだ!寝ちゃだめ、梅雨ちゃーん!」
「結月さん、毛布を創りましたわ!」
 
 地下の私たちも被害を受けてる間に、轟くんがあっさり核に触れてヒーローチームの勝利。
 そのまま彼は左手の"個性"を使い、熱で氷を溶かして行く。(本人は戦闘では使わないって言ってたけど、左手の"個性"も未知数だよねぇ)


 やっと地下室でも気温が上がってきた頃、四人が戻って来て講評が始まった。


「透ちゃん、大丈夫?素足だし」
「あ、理世ちゃん。ちょっと足の裏が痛かったけどへーきだよ!心配してくれてありがと!」

 思ったより元気な様子の透ちゃんに安心する。

「めっちゃ寒くて凍るかと思えば、めっちゃ熱くて火傷しそうになってさ〜轟くんにしてやられたって感じ!」
「ああ、何も出来なかったよ……」

 明るく話す透ちゃんとは正反対に、尾白くんはくやしそうに呟いた。

「今回のベストは言わずもがな、轟少年だな!」
「先手必勝ですごかったよな!!」
「対抗策が見つかんねーよ!」

 オールマイト先生の言葉に、興奮気味に切島くんと瀬呂くんが続く。

「そもそも核がある部屋だけを凍らせれば良かったんじゃないかな〜」

 何気なく言ったら、轟くんが反応してちらりと視線を寄越した。

「それは何故かな!?結月少女!」

 そして、オールマイト先生がめちゃくちゃうきうきしながら食いついてきた。

「敵の居場所が分からないならともかく。せっかく障子くんの"個性"で居場所が把握できるのだから、その一室だけ凍らせればこと足りるので」

 まあ、私ならそうするってだけだけど。
 溶かす手間もあるし、透ちゃんが熱かったって言ってたから、かなりの熱量も使ったはず。

 ビルごと凍らせた轟くんの性格って、大雑把なのか慎重なのか、どっちなんだろうね?

「確かに。轟さんの"個性"の威力は素晴らしいものですが、障子さんの"個性"との連携によって、最小限の攻撃と労力で済みますわね」
「そうそう、おかげで地下はかなり寒かった」
「それは……そうでしたけど、私情ですわ、結月さん」
「……悪かった」

 轟くんは私の方を向いて短くそう言った。あまり悪く思ってなさそうだなぁ。まあ良いけど。

「良い意見も出たことだし、どんどん次行くぞ!!」

 ヒーロー、Gコンビの耳郎ちゃんと上鳴くんvs ヴィラン、Cコンビの八百万さんと峰田くん。

 結果は八百万さんの"個性"で作った鉄骨と、峰田くんのもぎもぎで入り口を塞ぎ、籠城戦によるヴィランチームの勝利。
 ヒーローチームも索敵に長けてて、すぐに核の場所を突き止めていたから残念だ。
 
 続いて。ヒーロー、Hコンビの梅雨ちゃんと常闇くんvsヴィラン、Eコンビの三奈ちゃんと青山くん。

 結果はヒーローチームの勝利。

 ヴィランチームの二人がヒーローチームを捕まえようと、核を離れたのが敗北の原因だった。
 常闇くんと、彼の"個性"――ダークシャドウが二人の相手をしている隙に、梅雨ちゃんが核を発見してタッチした。
 ダークシャドウ自身も意識を持つらしく、実質二人との戦いに加えて。三奈ちゃんの"個性"の酸が、青山くんのマントを穴だらけにしてしまうなど、二人の連携も宜しくなかったのも敗北の原因の一つだろう。(青山くん、ショック受けてたな〜。今も落ち込んでいる)

 最後。ヒーロー、Fコンビの砂藤くんと口田くんvsヴィラン、J コンビの切島くんと瀬呂くんの対決だ。
 これは瀬呂くんがテープで罠を仕掛け、切島くんが前衛で戦うという見事なコンビネーションで、J コンビが勝利した。


「お疲れさん!!緑谷少年以外は大きな怪我もなし!しかし、真摯に取り組んだ!!初めての訓練にしちゃ皆上出来だったぜ!」

 すべての組みが終わり、最初の集合場所に集まって、オールマイト先生の締めの挨拶を聞く。

「相澤先生の後でこんな真っ当な授業……何か拍子抜けというか……」
「真っ当な授業もまた私たちの自由さ!それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!着替えて教室にお戻り!」

 …………あれ、それだけ?

 もっと何かあるかなと思ったけど、オールマイト先生はそう早口で切り上げると、背を向け風のように行ってしまった。

「?急いでるな、オールマイト……。かっけぇ」

 ぽかんとするその場に、峰田くんがぽつんと呟いた。


 ***


 教室に戻ると、先に着替え終わった人たちで先程の訓練について盛り上がっている。
 話の中心はでっくんと爆豪くんの対決だ。

 張本人の二人は……いない。爆豪くんの事だから、さっさと帰ってしまったのかも知れない。

「でっくんはまだ戻って来てないの?」
「お!結月、お疲れ。緑谷はまだだぜ。俺たちも待ってんだ」

 集まっている輪に声をかけると、切島くんが答えてくれた。

「結月もかっこよかったぜ!!あの時、颯爽と現れて咄嗟に緑谷助けてさ。ヒーローって感じだ!!」
「……俺も、あの時のおまえの行動は尊敬する」
「ありがとう。ヴィラン役だったのが惜しいよね〜」

 切島くんはともかく、障子くんにまで
そんな風に言われると……なんだか照れくさい。

「おお緑谷来た!!!おつかれ!!」

 切島くんの言葉に、皆の視線が一斉に戻って来たでっくんに注がれる。

「いや、何喋ってっかわかんなかったけどアツかったぜ、おめー!!」
「へっ!?」
「よく避けたよーー」
「一戦目であんなのやられたから俺らも力入っちまったぜ」

 切島くん、三奈ちゃん、砂藤くんが一斉にでっくんに話しかけるもんだから、当の本人は困惑気味だ。

「でっくん、人気者だね〜」
「ほんまやねー」

 戸惑うでっくんを、お茶子ちゃんと一緒に微笑ましく眺める。

「騒々しい……」
「常闇くん、机は腰かけじゃないぞ。今すぐやめよう!!」
「ブレないな、飯田くん!」
「麗日、今度飯行かね?何好きなん?」
「おもち……」
「昨日、相澤先生に注意されたばっかりなのに懲りないよねぇ上鳴くんも」
「え、なに結月が俺に焼きもちを……」
「断じて違う」

 誰が上手い聞き間違いをしろと!

「あれ!?デクくん怪我!治してもらえなかったの!?」
「あ、いや、これは僕の体力のアレで……」

 でっくんの腕にはギプスがついており、昨日のリカバリーガールの言葉を思い出す。
 昨日の今日もあり、一気に治療ができなかったのだろう。でっくんと目が合う。

「あ、結月さん。さっき訓練で助けてくれてありがとう。敵チームだったのに……」
「それは、良いんだけど……」

 結局、でっくんはボロボロになっちゃったし……。

「それで、かっちゃんは……」

 爆豪くんが先に黙って帰ったと聞くと、でっくんはすぐに追いかけて行った。

(複雑な幼馴染み関係だよね)

 私もそろそろ帰ろうかなぁと腕時計を見る。フェリーは電車と違って、本数が少ないのが難点だ。
 自分の席から鞄を取ると、皆に挨拶して教室を出た。

 でっくんとは時間差で教室を出た、と思う。

 ただ校門まで距離があるので、いつものごとくテレポートでショートカットしたのがまずかった。

「――人から授かった"個性"なんだ」

 そこには、でっくんと爆豪くん、二人の姿。
 聞こえてきた秘密を打ち明けるような言葉に、咄嗟に近くの柱に飛んで身を隠す。

「誰からかは絶対言えない!言わない……でも。コミックみたいな話だけど本当で……!」

(まずい時に居合わせちゃった、よね……)

 聞いてはいけない話。

 こういう時、この"個性"は便利だ。隠密活動とか諜報活動とか。
 ちなみに今隠れたのは、立ち聞きするつもりではなく思わずで。あくまでも……咄嗟に……。(と、自分に言い訳しつつ……)

『全然モノに出来てない状態の"借り物"で』

 ……なるほどね。でっくんの話に納得した。

 "個性"の力をコントロールできない理由が、突然変異だなんてちょっと不思議に思っていたから。いや、人から授かった"個性"っていうのも十分不思議だけど。

(とりあえず、これ以上聞くのは良くないよね……盗み聞きだし。正直、気になるけど……)

 この場から離れようと決意し、"個性"を使おうと

「だからなんだ!?今日…俺はてめェに負けた!!!そんだけだろが!そんだけ……」

 ――したのに。

 爆豪くんの激しい声が耳に突き、動けなくなる。

「氷の奴見てっ!敵わねえんじゃって思っちまった…!!クソ!!!」
「ポニーテールの奴の言うことに納得しちまった…」
「足引っ張んなって言っておきながら、引っ張ったのは……!!」

 感情を露に次々と吐き出される言葉たち。
 足引っ張んなよ――それは、訓練が始まる前に私が爆豪に言われたもの。(一応、気にしてたんだ……)

「なあ!!てめェもだ……!デク!!こっからだ!!俺は……!!こっから……!!いいか!?俺はここで一番になってやる!!!」

 強がりでも、見栄でもない。

 それは、爆豪くんの信念――本気でそう宣言しているんだと分かった。

(一番、か……)
 
「俺に勝つなんて、二度とねえからな!!クソが!!」

 最後にそう吐き捨てたのはらしいけど。
(私も結局最後まで聞いちゃった……)
 今度は本当にテレポートして、その場から離れる。

 予定の時刻にぎりぎり間に合い、フェリーに乗り込んだ。

(爆豪くんか……)

 窓側の座席に座り、海を見ながら考えるのは先ほどの出来事。
 今までの言動から負けず嫌いとか、自尊心が強そうとか、そんな印象を思っていたけど……むしろ筋金入りだった。

『いつかちゃんと自分のモノにして。"僕の力"で君を越えるよ』


 対して、でっくんは――……


「ねえ、安吾さん。"個性"を譲渡する"個性"みたいなのってあるのかな?」

 夕食時、向かいの席に座る安吾さんにふと聞いてみた。安吾さんはビーフシチューを掬ったスプーンを口に運ぶ前にぴたりと止める。

「そうですね……、"個性"は無限大ですから、中にはそのような"個性"もあるかも知れませんね。僕はそう言った"個性"にお目にかかった事はありませんが……どうかしたんですか?」
「ううん、そういう"個性"があったらコミックみたいだなぁって」

 珍しい"個性"だと思うけど、"個性"を管理する特務課の安吾さんも知らないなんて……。
 ……いやいや、詮索するのは止めよう。
 勝手に聞いた揚げ句、プライバシーに首を突っ込もうとしている。

「あっ今日はね、初めてのヒーロー基礎学でオールマイト先生による戦闘訓練をしたんだけど、私はヴィランチームで……」

 頭から追い出すように、今日あった出来事を安吾さんに話した。


 ***


「――お久しぶりです、俊典さん。坂口です。今、大丈夫ですか?……そうですね。僕は元気です。ええ、その理世が今日、気になることを言っていたもので…。太宰くんに似たのか、あの年齢にしては鋭いものですから……。……はい、くれぐれも。僕が言うのもおかしいですが、宜しくお願いしますよ。もちろん。僕には彼女の後見人として、見守る義務がありますからね」


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