――うわぁ、朝からごくろうさまだ。
No.1ヒーローのオールマイトが雄英の教師に!!
そんな見出しで、新聞、テレビ、ネットと。
ニュースは瞬く間に世間に広まった。
校門前にはマスコミが押し掛けており、手当たり次第、生徒たちに問答無用でインタビューを受けさせている。
雄英には通称"雄英バリアー"と呼ばれるセキュリティシステムがあって、校門より中には侵入できないらしい。
(……ん)
あ、相澤先生だ。あの背が高い、くたびれた真っ黒い姿は間違いない。
先生はマスコミに対しパッパッと嫌そうに手を動かし、適当なあしらい方をしていた。
「あなた小汚すぎませんか!?」
ざわめきの中、声を張り上げて呼びかけたリポーターの言葉に吹き出す。
そりゃあ私も最初どこの不審者かと思ったけど、本人に向かってはっきり言うとはさすがマスコミ。ゲスい。
相澤先生は気にしていないみたいだけど……いや、ちょっとは気にしてほしい。
「すごかったよなーマスコミ」
「昨日より増えたよね。ウチ、適当に喋って逃げてきたよ」
「私は見つかる前にテレポートで避けてる」
「そういう時の理世の"個性"って便利で羨ましいよ」
教室に着くと、挨拶を交わした流れで上鳴くんと耳郎ちゃんと今朝のマスコミについて話す。二人も例外なくインタビューに捕まったらしい。
教室のドアが開く音に、自然と視線が向く。
「あ、おはよう!勝己くん」
「今度は下の名前で呼ぶんじゃねえわ、……クソテレポ女」
「……私のあだ名、昇格したねぇ!」
「してねえわ!!」
チッと舌打ちをして、爆豪くんはさっさと自分の席に着く。
「どうしたの、理世。いきなり爆豪のこと下の名前で呼んじゃって」
耳郎ちゃんが驚き声で聞いて来た。
「なーなー俺のことも下の名前で呼んで良いぜ」
「爆豪くん元気かなって。良かったよ、キレて。元気だったね〜」
昨日、あんな場面を見ちゃったもんだからつい。(あの時点で立ち直ってはいたみたいだけど)
「なにそのペットがご飯食べなかったら心配みたいなノリ。まあ、ウチもあいつがキレなかったら確かにちょっと心配かも」
「なーなー俺のことも下の名前で」「上鳴うるさい」
耳郎ちゃんにぴしゃりと言われ、しゅんとする上鳴くん。昨日の訓練を見て思ったけど……この二人、なかなか良いコンビだと思う。
「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった」
SHR――教壇に立つ相澤先生は続けて「爆豪」と名指しで呼んだ。
「お前もうガキみてえなマネするな。能力あるんだから」
「………わかってる」
不服そうに小さくだけど、ちゃんと爆豪くんは返事した。
「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一件落着か」
今度はやっぱりというか、でっくんに相澤先生の矛先が行く。
でっくんも腕が負傷すると分かっていて使っちゃうんだもの。クレイジー過ぎる。
爆豪くんとの因縁もあったからとはいえ、所詮授業なのに……って思っちゃう、私は。
「"個性"の制御……いつまでも「出来ないから仕方ない」じゃ通させねえぞ」
相澤先生からゴゴゴと文字が聞こえて来そうなほどのプレッシャーが……!
「俺は同じ事言うのが嫌いだ。それさえクリアすればやれることは多い。焦れよ緑谷」
「っはい!」
最後の言葉は、先生なりの励ましの言葉だろう。
「さて、HRの本題だ……急で悪いが今日は君らに……」
本題?えーまた臨時テスト〜?
「学級委員長を決めてもらう」
「「学校っぽいの来た―――!!!」」
クラスのテンションが急上昇。薄々思っていたけどこのクラス、やたらノリが良いよね。
「ハイハイハイハイハイ!」
「委員長!!やりたいですソレ俺!!」
「ウチもやりたいス」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!!」
「ボクの為にあるヤツ☆」
「リーダー!!やるやるー!!」
「やらせろ!」
ほとんどの人たちが手を上げアピールする。あの無口で大人しそうな口田くんでさえ。
普通科の委員長だったら雑務っぽいけど、ヒーロー科となると集団を導くという意味合いに変わるらしい。(とりあえずそのマニフェストは却下だよ、峰田くん)
「轟くんは立候補しないの?」
若干隣の席の彼に声をかけた。
「興味ねえからな。そういうおまえも立候補しないのか」
「うん。私はリーダーじゃなくて参謀タイプだから」
「……意外だな」
意外ですか。バカにするでもく淡々と返されたものだから、こっちが反応に困る。そこはつっこむところかと。
(轟くんってよく分かんない)
冷たく鋭い目をしている時もあれば、こうやって普通に会話ができたり。
「轟くんって何に興味があるの?好きなものとか」
そう聞くと彼は「……好きなもの……」と小さく呟き、考えるように黙り込んだ。
「静粛にしたまえ!!」
よく通る飯田くんの声に意識が持っていかれる。
一瞬にしてクラスは静まり返る。
「多をけん引する重大な仕事だぞ……!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!」
え、ヒーロー科の委員長ってそんな重大な仕事なの?これが冗談ではなく、真面目に言ってるから飯田くんは面白い。
「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……!」
(聖務……?)
「民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら……――これは投票で決めるべき議案!!!」
「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」
飯田くんの手がこの中で一番やりたそうにびしっとそびえ立っているよぉ。
もう飯田くんで良いんじゃない。
今投票にしたところで票がバラけそうだし、余計収拾がつかなくなりそう。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」
「そんなんみんな自分に入れらぁ!」
梅雨ちゃんと切島くんが反論。何気に梅雨ちゃん、毒舌だ。
「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが、真にふさわしい人間という事にならないか!?」
「どうでしょうか先生!!!」って、熱弁する飯田くんに振られた相澤先生はというと……
「時間内に決めりゃなんでもいいよ」
担任!気がつけば寝袋へ収まっている。生徒たちに丸投げをし、睡眠に当てるとか自由すぎ……。(でも、良いかもあれ。安吾さんにプレゼントしたら小まめに睡眠取ってくれるかな?)
飯田くんの案が通り、投票ボックスに名前を書き終えた人から投票していく。
(さて、私はどうしよう?)
候補は二人いる。
八百万さんと飯田くん。
素が委員長タイプの二人。
八百万さんは委員長どころか、中学時代に生徒会長を務めていたし、飯田くんは飯田くんでさっきの提案といい、すでに委員長っぷりを発揮しているんだよね。
思えば試験会場から堂々と意見を言う度胸もある。
(よし――)
名前を書いて、清き一票を投票箱に入れた。
全員の投票が終わり、ドキドキの集計タイム。
何故か進行係は、立候補していないという理由で私が勤める事に。
「理世ちゃん立候補しないのなんか意外〜」
黒板に皆の名前を書いていると、轟くんにも言われた事を透ちゃんにも言われた。
いやぁと私は口を開く。
「みんなキャラ立ってるし、個性的だからまとめるのめんど……大変そうだなって」
「(あれ、今、面倒って……)」
「(今、面倒って言おうとした!)」
「(本音出たっ)」
「それに私、参謀タイプだから。……えっと次は、ばくごう……」
「漢字で書けやテメェ!!」
「だって爆豪くんの名字、画数多いんだもん」
「他のやつらだって似たり寄ったりだろうが!?チョーク貸せ!!」
「「……………………」」
さてさて、結果は。
「僕、三票―――!!!?」
まさかのダークホースに私もびっくり。
緑谷くんが3票、八百万さんが2票。
それ以外の立候補者は自分に投票した事による1票を獲得。結果、二人が委員長と副委員長に決まったわけだけど。(ええ……ちょっと飯田くん……)
「なんでデクに……!!誰が……!!」
ワナワナする爆豪くん。
「まーおめぇに入れるよかわかるけどな!」
「超同感」
瀬呂くんに同意だ。
「デクに入れたのてめェかックソテレポ!!」
「さあ、どうかなぁ?」
私じゃないけど、誰がでっくんに入れたかはすぐに分かった。
「♪〜(爆豪くんにバレたら恐いな……)」
そこの下手な口笛を吹いてるお茶っ子ちゃん!
「誰だか分からないがすまない……!票を無駄にしてしまった……!!」
「自分の票は他に入れたのね………」
「もったいねぇ。お前もやりたがってたのに……何がしたいんだ飯田…」
膝をつき落ち込む飯田くん。
八百万さんと砂藤くんの言う通りだよぉ。でっくんに票を入れたもう一人は、君だよね……。
「じゃあ委員長、緑谷。副委員長、八百万に決まりだ」
「でっくん、八百万さん、おめでとう!」
「うーん、悔しい」
「ママママジでマジでか…!!」
でっくん。昨日はあんなに勇ましかったのに、挙動不審になるクセは直ってなさそうだねぇ……。
横の八百万さんが不本意そうに見てるよ。
そして、終了時間ぴったりにもぞもぞ起きた相澤先生。ガチで寝てましたね。
「緑谷なんだかんだアツイしな!」
「八百万は講評の時のがかっこよかったし!」
何はともあれ一部(爆豪くん)を除いて、納得の結果にまとまった。
「ちょっとちょっと飯田くん!せっかく私が投票してあげたのに、あれはどういうことなの?」
めちゃくちゃ委員長やりたそうだったくせに。
――お昼時。結果に納得はしたけど、飯田くんには一言文句を言いたい。
彼の前の席に座りながら、じと目で見る。
ちなみに今日は日替わりランチの和食だ。
「あの1票は君だったのか!?」
「そうだよ〜!昨日の訓練でも同じチームになったし、入試時から見ても飯田くんが適任だと思ったから投票したのに」
「……!!!ありがとう!!結月くん!君がそこまで俺を評価してくれていたなんて……!!」
じーんと感動している。独特な手振りもそうだけど、意外と感情表現豊かだよね、飯田くん。
「飯田くんどうしたん?喉につまった?」
と、ちょうどお茶子ちゃんがシュールなつっこみと共に現れた。
手に持っているのは、私と一緒の日替わりランチだ。お茶子ちゃんは和食が好きらしい。
「あっ、委員長〜こっちこっち!」
今度はカツ丼を持ってうろうろしているでっくんに、手を振って手招きする。
「(委員長……!)あ、僕も一緒に食べて良いの?」
「むしろ、君を待っていたんだぞ」
「席取っておいたよ〜」
「デクくん、今日もカツ丼?好きなんやね」
でっくんは「ありがとう……!」と私の隣、お茶子ちゃんの前の席に座った。
本日の主役だ。
「いざ、委員長やるとなると務まるか不安だよ……」
「ツトマル」
「大丈夫さ」
「なんとかなるなる」
ネガティブな主役を三人で続けて励ます。
副委員長はしっかり者の八百万さんだから、フォローはばっちりなはず。
「緑谷くんのここぞという時の、胆力や判断力は多をけん引するに値する。だから君に投票したのだ」
「(君だったのか!!)」
「飯田くんも委員長やりたかったんじゃないの?メガネだし!」
「そうそう、まじめがねくん」
「(何気にざっくりいくよなあ、麗日さん。……結月さんも)」
「やりたいと相応しいか否かは別の話……。結月くんには申し訳なかったが、僕は僕の正しい判断をしたまでだ」
「飯田くんらしいねぇ」
「「僕……!!」」
でっくんとお茶子ちゃんの声がハモった。え、そこに反応?
「ちょっと思ってたんだけど、飯田くんて坊っちゃん!?」
「坊!!」
お茶子ちゃん、飯田くんをガン見し過ぎ。って思ったら、でっくんもだった。
飯田くん、カレー食べづらそうだよ。
「理世ちゃんはびっくりしてないね?」
「まあ、前から気づいてたし(そこまでびっくりすることでも……?)」
入学初日からやたらと「ぼ…俺」と言い直してたから、飯田くん。高校デビューかなぁって思ってた。
「飯田くんが坊っちゃんってこと!?」
「うん?私は一人称のことだけど……結局どうなの、飯田くん」
坊っちゃんなの?
「………そう言われるのが嫌で一人称を変えてたんだが……」
飯田くんは箸を揃えて置くと、しぶしぶという風に口を開く。
「ああ、俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」
「ええーー凄ーー!!」
代々ヒーロー一家ってかっこいいなぁ。
爆豪くんと同じ事を言うのは癪だけど、いわゆるエリートだ。
「ターボヒーロー、インゲニウムは知ってるかい?」
「!!」
その言葉にいち早くでっくんは反応した。
「もちろんだよ!!東京の事務所に65人もの相棒を雇ってる大人気ヒーローじゃないか!!まさか…!」
有名ヒーローなので私も知っているけど、普段の大人しい雰囲気とは違うでっくんのペラペラぶりに驚く。(それこそちょっと思ってたけど、でっくんってヒーローオタク……)
「詳しい…」
飯田くん本人もぽかんとしたけど、まあそれも一瞬で。
「それが俺の兄さ」
「あさらさま!!すごいや!!」
眼鏡をクイっとさせ、鼻高々!
「自慢のお兄さんなんだね」
「ああ、もちろんだ!規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー!!俺はそんな兄に憧れヒーローを志した」
お兄さんを語る時の飯田くんの表情はとてもキラキラしている。
憧れのヒーローがお兄さんかぁ。
なんか眩しいな。
「人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。上手の緑谷くんが就任するのが正しい!」
「なんか初めて笑ったかもね、飯田くん」
「ずっとキビキビしてたもんね〜」
「え!?そうだったか!?笑うぞ俺は!!」
「それはそうとお茶子ちゃん。ここ、おべんと付いてるよぉ」
「えっ!」
「じつは俺も気になってた」
「もー早く言ってよ、飯田くん!はっ、じゃあデクくんも!?」
「ご、ごめんっ、言い出すタイミングが……」
ウウウウゥゥゥウウウウ――!!
「えっなに!?」
楽しげな会話の最中に、突如と鳴り響く警報。
不安にさせる音にどきりと心臓が跳ねた。
「警報!?」
でっくんも声を上げ、お茶子ちゃんが飲んでいた味噌汁を吹き出す。
『セキュリティ3が突破されました』
『生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難して下さい』
警報に続いて流れたアナウンスがそう伝える。
「3!?」
「突破……!?」
皆が慌てて席を立つ。何がなんだか分からないけど、緊急事態なのは確かだ。
「セキュリティ3て何ですか?」
飯田くんの手の動きがおかしいのは彼も動揺……いや、通常運転だ!
「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!三年間でこんなの初めてだ!!君らも早く!!」なんだその手!
飯田くんの問いに、近くにいた先輩が教えてくれた。ちゃんとつっこみも忘れずに。
(侵入者――)
「いてえいてえ!!」
「押すなって!」
「ちょっと待って倒れる!」
「押ーすなって!!」
「いたっ!!急に何!!?」
「さすが最高峰!!危機への対応が迅速だ!!」
「迅速過ぎてパニックに……あれ、結月さんは!?」
――テレポートを繰り返して、向かった先は学校の屋上。
「侵入者ってマスコミだったのね……」
見下ろせば、大量のマスコミが騒ぎを立てていた。なんてお騒がせな。
「でも、どうやって侵入……」
少し離れた場所からその様子を見ている、フードを被ったちょっと怪しげな男の存在が目に飛び込む。
(野次馬……?)
「まったく、ろくなことしかしねぇ。あの連中は」
「ッひゃい!?」
背後から不意に聞こえた声にビクッと大きく肩が跳ねた。
驚いて振り返ると、すぐ後ろには気だるそうに立っている――
「あ、相澤先生……?」
めちゃくちゃびっくりしたよ!変な悲鳴を上げるぐらいには。
だってこんな場所に私以外いるなんて思わないし、気配、なかったよね……?
「あっそうだ、先生!食堂が警報で集団パニックになってます」
テレポートする前の光景を思い出して伝える。食堂にはお弁当組以外の全生徒が集まるもんだから、その分パニックが膨れ上がっていた。
「まかせるよ」
「……は?へ?」
短い言葉に呆気にとられる。
「危険がなかったことを皆に伝えれば良い。その為に確認しに来たんだろう?」
「まあ……」
いやいや、伝えれば良いって簡単に言うけど!
「俺は警察が来るまであいつらの対応をしなきゃならん。あのバカにまかせてたらさらに騒ぎが大きくなる」
相澤先生の死んだような目の先には……
「バッドマスコミュニケイション!!!」
って、叫んでいるプレゼント・マイク先生の姿が。
……あぁ……。
「じゃあ、結月。頼んだよ――」
「えっ!?あっ相澤先生っ!」
相澤先生は一歩片足を踏み出すと、すとんと真下に落ちる。
驚く間もなく、先生は首に巻いた操縛布を操り、器用に建物に引っかけて降りて行く。
(……すごい……)
寝袋に入っている人と同一人物かと疑った。
とりあえず、食堂に戻ろう。この事を上手く伝えられると良いけど。
「皆さーん、安心してくださーい!!」
犯人はマスコミですー!目立つように宙に現れて叫んでみるものの。
「いってぇ!!」
「ちょ待て人倒れた!!倒れたって!押すな!!」
「危ねーって!!」
……誰も見やしないし、聞きもしませんねぇ。
これでも声を張り上げて叫んだんだけど。
(やっぱり、飯田くんみたいに声が通らないと難しい。それに一気に注目も集めないと……)
さて、どうするか。
「結月くん!!やはり侵入者は……!」
「あっ飯田くん!」
あの人混みの中からビシッと伸びた手は、まぎれもなく飯田くんだ。
「先生方は!?対処に追われてるのか!?」
「たぶん!」
少なくとも相澤先生とマイク先生は!
「この状況を収める最適解なんかない!?飯田くん!」
その前に救出した方が良いかなと思っていたら――その必要はないみたい。
「結月くん!任せろ!!」
力強い声が返ってきた。
「俺を……浮かせろ、麗日くん!」
飯田くんは同じく人波に呑まれているお茶子ちゃんに手を伸ばす。
あともう少し――お茶子ちゃんの手のひらが、パンッと飯田くんの手に触れた。
宙に浮いた飯田くんはその際に落ちた眼鏡も気にせず、ズボンの裾をまくり上げた。
そのふくらはぎのエンジンが唸る。
「おぉ〜」
その勢いで回転しながら向かった先は非常口看板の上。
「皆さん……」
(あ、あのポーズは……まさか!)
「大丈ー夫!!ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません。大丈ー夫!!」
非常口のモチーフのポーズをする飯田くん!
……なるほどぉ!そのインパクトに皆は足を止め、彼に注目する。頭イイ!
「ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」
端的に紡がれる言葉に、パニックは一瞬にして収まった。
さすが、私が一票を入れた人!
見る目あるなぁ私――手の中にある飯田くんの眼鏡を見ながら笑った。
「……おい。その眼鏡、"触れずに"どうやって手にした」
「あ、爆豪くん」
「大胆な行動をして周囲の意識を一度に集めてから説明するか……考えたな」
「あ、轟くん」
爆豪くんと轟くんに左右に挟まれる。
なんだこの組み合わせ!?
***
程なくして警察が到着して、マスコミ集団は何とか撤退したらしい。
「ホラ、委員長始めて」
「でっでは、他の委員決めを執り行って参ります!」
副委員長の八百万さんに急かされ、委員長であるでっくんのガっチガチの進行が始まった。
「けど、その前にいいですか!」
なんだろうと、そのまま話に耳を傾ける。
「委員長はやっぱり飯田くんが良いと……思います!」
先程のどきまぎした話し方ではなく、今度はしっかりした口調で。
「あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は…飯田くんがやるのが正しいと思うよ」
「あ!良いんじゃね!!飯田、食堂で超活躍してたし!!緑谷でも別に良いけどさ!」
真っ先に声を上げ、同意したのは切島くん。ちゃんと最後にでっくんのフォローも入れる辺り、人間できてるよなぁ。私も見習わないと。
「非常口の標識みてえになってたよな」
「確かにインパクトあったよな!」
それに上鳴くんや砂藤くん。
他の人たちからも同意の声が続く。
(良かったね、飯田くん)
きっと飯田くんは委員長になる巡り合わせの――
「緑谷くん……!そういうことならば俺は……、結月くんを委員長に推したいと思う!!」
「はあぁ!?」
その言葉を聞いた瞬間、叫ぶだけでなく、思わず椅子から立ち上がっていた。
「なんでそうなるかな!?飯田くんっ!」
せっかく綺麗にまとまろうとしていたところを!
「あの時、君は真っ先に状況を把握し、皆に伝えようとしていた。冷静な判断力と迅速さ。俺はやはり君には及ばないと確信したからだ。緑谷くんが辞退してまで正しい思うことをするというなら、尚更、俺も自分の気持ちに嘘はつけない……!!」
「面倒くさい性格だね!」
言い出しっぺのでっくんも、さぞかし困惑しているだろう。
「えぇと、そういうことなら……僕ももちろん、結月さんはすごい人だし!」
ほらぁ、あたふたしてすごく困ってるよぉ。
「それに……、君は俺の眼鏡を救ってくれた!!」
「「(眼鏡……!?)」」
「飯田くんの本体は眼鏡なのかな」
命を救ってくれたと言わんばかりに。
渡した時にやたら感激しているなぁとは思ってたけど。(あの時どうやって触れずに手にしたって?企業秘密だよ、爆豪くん)
「そもそも迅速なのは私の"個性"の長所であって、窓際にいた飯田くんだって騒動の原因に気づいてたんでしょう。結果、最後にパニックを収めたのは飯田くんであって、私はお手上げだったし。あんなに任せろって頼もしく行動しておいてそもそも」
「何でも良いから早く進めろ……時間がもったいない」
まだ喋っている途中で、寝袋の中からゼリー飲料を吸っている相澤先生にめっちゃ睨まれた。
なんで私が!?理不尽……!
「……はあ……わかった。私が委員長になる」
「「おぉ!!」」
「辞任しますっ!!」
「「早っ!!」」
「次の委員長に飯田くんご指名だよ〜。異議は受け付けないし、飯田くんに拒否権はないよ〜。ね、でっくん」
「っうん!!」
そこまで言ってようやく。
「……歴代委員長二人の指名ならば、仕方あるまい!!」
(歴代……?)
何はともあれ飯田くんはやっと納得したらしく、今度は意気揚々と胸を張る。
なんか長かった……でっくんと目が合って苦笑いすると、彼も眉を下げておかしそうに笑い返してくれた。
「今度こそ任せたぜ、非常口!!」
「非常口飯田!!しっかりやれよー!!」
いつの間にか飯田くんのあだ名が『非常口飯田』になっている。
まあ、確かにあれはインパクトがあった。今思い出しても…………ふふ。
「では、飯田天哉!委員長として初仕事とし、委員決めを執います!!」
「私の立場は……!?」
生き生きしている飯田くんの横で、八百万さんがちょっと不憫だった。
「そもそも私、保健委員をやりたかったんだよね」
早速立候補すると「意外だな」って声が聞こえて来る。皆、私にどんなイメージを持っているの?
「私の"個性"なら、すぐ保健室に連れて行けるでしょ?私、自分に適したことをするのが好きだから(逆に言うと適さない事をするのは嫌い)」
座右の名は適材適所!
「ふむ、結月くんらしいな!では保健委員の一人は結月くんに頼もう!」
もう一人は力があって、何かあったら担いで連れて行けるという理由で障子くんになった。頼もしい。
「結月結月、オイラさっきのパニックで足をひねったみたいなんだ!一緒に保健室に……!!」
「……先ほど、普通に歩いていた気がするが」
「良いよ、峰田くん。保健室に飛ばしてあげる。私、コントロール抜群で滅多に失敗しないんだけど、万が一失敗したらごめん☆」
「失敗する気満々だろォ!?」
不在の八百万さんの席を挟んで声をかけてきた峰田くんよ。誰よ、最初マスコットキャラみたいって感想持ったの。私だよ。下心の権化め。隣の常闇くんも呆れてるよ……。
自分の委員もさっさと決まり、ふと思い出すのは先ほど見た光景。
セキュリティシステムである雄英バリアーは粉々に砕かれていた。
侵入経路はそこからだと思うけど、マスコミがそんな芸当するのだろうか。