――拝啓、グラヴィティハット事務所の皆様。
先日は大変お忙しい中、充実した職場体験をさせていただきありがとうございました。
あっという間の一週間であり、命懸けの一週間でもありました。
〜中略〜
今はテストに向けて、勉学に勤しみたいと思います――……
「全く勉強してね――!!」
「してなーい!」
5月の後半を迎える頃、上鳴くんと三奈ちゃんの声が教室に響いた。
それは今朝のSHRの相澤先生の一言によって。
『優秀な君たちなら忘れていないと思うが、もうすぐ中間テストだ。ヒーロー科といえど、学生の本分も疎かにしないように』
たぶん、反応からしてクラスの何名かは中間テストの存在を忘れていたと思う。(私もでっくんの言葉で思い出したし)
普通なら5月の末に行う中間テストだけど、5月は職場体験があるので6月に後ろ倒しして、期末テストは通常通り7月に行うのが雄英1学期のスケジュールだ。
「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してね――!!」
「確かに」
「でもでも、中間は範囲狭いし、まだ日にちもあるからこれから勉強すれば大丈夫だよねっ!」
「確かに」
「だよな――!!」
アハハとお気楽に笑う上鳴くんと三奈ちゃん。(あと「確かに」しかいってない常闇くん)
本当に大丈夫かなぁ……初めての科目も多数あるし、赤点取ったら相澤先生と楽しい地獄の補習が待っているけど。
「八百万さんは中間テストに向けて勉強してる?」
「はい。テストに向けてというより、勉強は日常的にしてますので……」
さすが、八百万女史。
「焦凍くんは?」
「勉強自体、家であまりしねえ。授業受けてればこと足りるだろ」
「……。焦凍くん。私が言うのも何だけど、言葉には気をつけた方が良いと思うよ」
「?」
対照的なのに、頭が良いのは共通な推薦入学者の二人に挟まれて。
(私もかっこ悪い成績にならないように、頑張って勉強しなきゃ)
――だが、しかし。今はテストより、自分の身の安全の方が大事だ。
「……こっちには人質がいる……!ヒーローが人質を蔑ろにするのか?」
「デク……!テメェ……!!!」
遡ること、1時間ほど前――……
「今日のヒーロー基礎学は、職場体験の経験を活かした授業をやる。君たちの体験レポートを読ませてもらった」
講師は相澤先生で、場所は市街地演習場。
「結月。職場体験で遭遇した事件は?」
何をやるだんだろうと考えていたら、いきなり名指しで質問された。ヒーロー殺しの事件以外でとのこと。
「はい。銀行強盗が人質を取り、立て籠る事件に遭遇しました」
「次、尾白」
「町中で敵が暴れたと通報があり、駆けつけました」
「耳郎」
「は、はい。ビル内で敵が暴れたとの事件で――……」
それぞれの返答に、相澤先生は無言で頷く。
「この短い一週間で、特に事件に出会さなかった者も多くいると思うが、今三人が上げた事件は、身近に起こりうる可能性が高いものだ。よって、今日はそんな日常的に遭遇しやすい様々な事件を想定した演習訓練を行う」
最初の事件は『武器を持った敵との戦闘』
「ヒーロー役は麗日。敵役は飯田。前へ出ろ」
「は、はい!」
「はい!」
人選は予め相澤先生が決めていたらしい。
「敵の攻撃は何も"個性"だけによるものじゃねえ。違法の武器や正規のサポートアイテムが横流しされたケースもある。近年少なくなって来てはいるがな」
実際に私が職場体験で遭遇した敵は銃を持っていたし、ステインは刀やナイフなどの刃物が武器だった。
「今回は使用の武器はナイフだが、あらゆる可能性があるのだと頭に入れておけ。んじゃ、ヒーローは5分以内に敵からナイフを奪う、はいスタート」
「「(え、ええ……!?)」」
ピッとストップウォッチを押した相澤先生。困惑するお茶子ちゃんだけど、見てるこっちも困惑。合理的過ぎて途中の行程をすっ飛ばしているような……。
「俺は……敵だ!!」
「「(順応性高すぎるだろ……!!)」」
市街地の真ん中でナイフをちらつかせて叫ぶ天哉くん。相澤先生は敵に徹しろとか何も指示はしていない。
「誰でもいい!このナイフで傷つけてやる!」
ぶんぶんナイフを振り回す天哉くん。
成りきってる!めちゃくちゃ成りきってるよぉ……!
下唇を咬んで必死に笑いを堪える。
今は真面目な演習訓練だ。
そして、お茶子ちゃんも必死に笑いを堪えてるのが分かってえらい。
初めての戦闘訓練の時に「気の緩み」を指摘された故にだろう。
「その姿……お前はヒーローだな!?」
謎のポーズで挑発する敵。
困った事に天哉くんは笑わせようとしているのではなく、真面目にやっている。
「このナイフの最初の餌食にしてやろう!!」
事態は急展開。天哉くんはお茶子ちゃんに向かって、ナイフを振り回し駆ける。(ナイフはレプリカなので安心)
あくまでも武器を持った敵との戦闘演習なので、敵の"個性"使用は禁止との事だけど、素で走っても天哉くんは速い。
「(ガンヘッドのとこで学んだことを活かす!)」
冷静にお茶子ちゃんは後ろに跳ねて、距離を取って対処した。
次に天哉くんがまっすぐナイフを突く攻撃を、片足軸回転で躱して、ナイフを持つ手首と天哉くんの首を同時に掴むお茶子ちゃん。
「やあああ!」
「ぐっ!」
そのまま天哉くんを地面にうつ伏せに押し倒して。
ナイフを持つ手を捻り、落ちたナイフを足で蹴って遠ざけ――ここで終了。
「おお!すげえ麗日!」
「なんだあの淀みない動き!」
おおっと賞賛の声がその場に湧き立つ。
「すごいよ!麗日さん、ガンヘッドの"G・M・A"を取得したんだ!」
でっくんの言葉にあれがその動きかと感心してお茶子ちゃんを見る。
「ま、今のは簡単なデモンストレーションみたいなもんだ。ちゃんと職場体験で学んだことを身に付けていれば対応出来る事態。演習と言ったが、これは復習でもある――」
相澤先生はニヤリと笑って、場の空気が変わる。この先生がこんな笑い方をする時は、意地悪い時だけだ。
「しかし、相澤先生。事件に遭遇してない者たちも多いとおっしゃってましたが……」
起き上がった天哉くんがそう聞く。
「だから予めこちらで人選を決めたんだ。経験した者は応用して復習を。してない者はそれを見て学び、演習をする」
「おお!じつに合理的な授業ですね!」
天哉くんは目を輝かせるけど、こっちはそれどころではない。
「もう一度言うぞ。心当たりがある者には"出来て当たり前"の訓練にしてあるので、しかと取りかかるように」
その言葉にどきりとしたのはきっと私だけじゃないはず。(相澤先生、プレッシャーかけるなぁ……!)
反対にお茶子ちゃんは「う……上手くいって良かった……」と安堵していた。
でも、確かに敵役に真面目に徹するであろう飯田くんを選んでる辺り、組み合わせもちゃんと考えられてそう。
「次、行くぞ。ヒーロー、結月、青山、切島」
わ、さっそく呼ばれた。前に出る。
「敵、蛙吹、瀬呂」
梅雨ちゃんと瀬呂くんか……問題は演習内容の方だけど。
「演習内容は、敵が逃亡中というもの。先に敵役がスタートして、2分後にヒーロー役が追跡。10分以内にヒーローは敵を捕縛。その証がこの捕縛テープを巻き付ける」
「鬼ごっこみたいだー!」
三奈ちゃんが明るい声で言った。確かに鬼ごっこだ。
「残りの者はこっちの用意したモニターで観察。敵は今から3分後、ヒーローは5分後にスタートだ」
そう言って、相澤先生は再びストップウォッチを押す。さくさく進み過ぎじゃない……。
(でも、逃亡敵役が機動力が高い梅雨ちゃんと瀬呂くんってことは、やっぱり相手役も考えられてる)
出来て当たり前――か、面白い。思わずにっと口角を上げた。
とりあえず、スタートまでの5分、作戦会議!
「逃げる敵を追跡、捕縛か……こっちは結月がいるから機動力は抜群だけど、敵は瀬呂と梅雨ちゃんだからな」
「敵は先にスタートして逃げるから、こっちが不利だね」
切島くんの言葉に青山くんが続く。
「私、銀行強盗の事件に遭遇した時、逃げ出した敵を追いかけたの。たぶん私の課題はそれ。で、その時を応用した良い作戦があるよ」
「おお!マジか!」
さすが結月!という切島くん。でしょ?
「一つ確認したいんだけど、青山くんのネビルレーザーって1秒以上照射するとお腹が痛くなっちゃうんだよね?」
「ウイ」
「じゃあ間隔あければ大丈夫ね。作戦は……」
敵役の二人が先にスタートして、2分後にスタート!
「梅雨ちゃん、逃げ切るぜ!」
「ケロ!」
二人の後ろ姿が見えるか、見えないかの絶妙な距離。
「青山くん、行くよ〜!」
「OK!結月さん!」
作戦上、切島くんとは別れ、青山くんと共に空中にテレポートする。ちょっと不安要素はあるものの……
敵、追跡開始!
逃亡なので隠れてやり過ごす方法もあるけど、機動力抜群の瀬呂くんと梅雨ちゃんは大胆に町中を跳んで逃走。
「うおっ!」
「青山ちゃんのネビルレーザーね」
「おいおい、危ねえな!」
青山くんを連れて来たのはこのため。お腹が痛くならない程度に、間隔を空けて撃ってもらう。
縦横無尽に飛んで、無差別攻撃!
「ほらほら!今日の青山くんは凶悪だよ〜!投降するなら今のうちだよ〜!」
「僕から逃げ切れないよ☆」
「ノリノリね、理世ちゃんたち」
「嫌なコンビだぜ!梅雨ちゃん、二手に分かれるぞ!」
(そう来るか〜そうだよね、二人いたら二手に別れるよなぁ)
不安要素的中。嫌なパターンだけど、仕方ない。
「切島くん、敵は二手に別れて、梅雨ちゃんは左に曲がった!」
無線で切島くんに伝えて、視界は瀬呂くんを捉える。
「青山くん!後はまかせたよ!」
「まかされたよ!」
「コントロールミスったらごめんね」
「……え」
くるっとこちらに顔を向けた青山くんの表情は見ないフリして、瀬呂くんの所へ、――飛ばす!
すぐさま、私も梅雨ちゃんを追いかけ、角を曲がるも、……いない!
ここで見失ったのはきつい。隠れたのか、逃げたのかも分からない。
「ごめん、切島くんっ。梅雨ちゃん見失った」
『見つけた!まかせとけ!!』
返って来たのは力強い声。え、見つけた!?驚いていると、数分後。まさかの『そこまで』という相澤先生の声が響く。
10分経っていない。ということは…………
「いやぁ、まさか青山飛ばしてくるとはな」
「フフ……僕は夜空をかける流れ星さ☆」
そう、流れ星作戦!今付けたけど。
作戦通り、二手に別れたら青山くんを瀬呂くんの所にどんぴしゃにテレポートさせて、捕まえてもらうつもりだったけど。
見事、青山くんは瀬呂くんの背中に抱きつき、そのまま捕縛したらしい。
さすが私の天才的コントロール!
「本当は切島くんに待ち伏せしてもらって、青山くんのネビルレーザーで上手く誘導して挟み撃ちにする作戦だったんですけどね〜」
「俺も「敵役は二人一組で逃げろ」と縛りルールを付けるのを忘れちまったが……まあ、よくクリアしたな」
「相澤せんせ……!」
そんな他人事みたいな!通りでなんか思ったより難易度高く感じたよぉ。復習って言ってたから待ち伏せ作戦にしたのに。
「まあ、でも切島くんのおかげだねっ」
切島くんが梅雨ちゃんを見つけて捕縛してくれたから。
「切島ちゃん、上から落ちてきたからびっくりしたわ」
「落ちてきた!?」
「結月から連絡もらって、探すなら見通しの良い場所かなって思ってさ。ビルの上にいたんだけど、偶然梅雨ちゃんが走ってんの見つけて」
そのままビルの上からダイビングしたらしい。
「ほら!俺の"個性"、硬化だからそのぐらいの高さなら落ちても平気だし!」
そう言って、硬化した腕を見せる切島くん。
「切島くん……ぐっじょぶ!」
ぐっと彼にサムズアップした。
「という風に。捕まえる方法は単純に追いつめるだけでなく、待ち伏せや情報収集による先回りなど様々だ。自分にあった方法を模索しろ」
簡単な相澤先生の講評で締めて、次に行く。
「ヒーロー、耳郎、尾白。敵は口田。演習内容は町中で暴れてる敵の捕縛と居合わせた民間人の避難誘導。制限時間は10分。5分後にスタートだ」
ヒーローは敵を対処しつつ、民間人を避難誘導が課題だ。
民間人役5名をランダムで、でっくん、常闇くん、お茶子ちゃん、障子くん、三奈ちゃんに決まりスタート。
「うわあぁ、敵が……っ暴れてる!!」
でっくん、民間人の役はまってるなぁ。
対して敵役の口田くんもカラスを操って、自身も暴れているフリをするなど、役に成りきろうと頑張ってる。頑張ってる……!
「助けてーヒーロー!!」
三奈ちゃんが叫ぶ。
「みんな、こっちに逃げるんだ!!」
誘導役は尾白くん。なるほど。ということは、
「ちょっとばかし、頭に響くけどごめんねっ」
耳郎ちゃんが口田くんの前に立ち塞がる。
耳たぶのプラグをブーツに挿して、爆音攻撃。
慌てて逃げるカラスたちと、目を回す口田くん。そして、捕縛。
「実際に事件に居合わせて避難誘導したのは耳郎だったが、今回は"個性"の相性から耳郎が捕縛役、誘導役が尾白と適切な判断だな。ヒーローは敵退治だけでなく、被害を最小に防ぐために避難誘導も大事なことだ。忘れんなよ」
守れなかったら元もこうもないもんね。
「次はヒーローが八百万と葉隠。敵は上鳴。逃亡の際に人質を取った敵と仮定。その人質救出と捕縛。――始め!」
そして、人質役は峰田くん。(ランダム)
「(なんで人質役が峰田なんだ!?ここは女子だろ〜!!)」
「待ちなさい!」
「待てって言われて待つかよ!ちょうどいい!お前人質になれ!」
ちょっと寸劇っぽく始まった今回の演習訓練。敵役の上鳴くんがそこにいた峰田くんを人質に取る。
「ヒーロー!それ以上、近づいたらこいつがどうなってもいいのか?ビリビリの黒焦げだぜ〜」
「オイラの髪型がボンバーになっちまう〜!ヒーロー助けて!」
コントか。
「っく、なんて卑劣な!」
追いかけていた八百万さんの足が追うのをためらい、立ち止まった。
「あなたの目的はなんですか!?」
「へ?」
「目的です。代わりに人質を解放しなさい!」
「も、目的……目的……」
思わぬ展開らしい。上鳴くんは今必死に頭を働かせているだろう。
「……か、金だ!金を用意しろぉ!」
これで合っているのか不安なのか、自信なさげに叫ぶ上鳴くん。
「分かりました……」
そう言うと、八百万さんのお腹辺りから札束が次々と生まれる。
これには上鳴くんだけで見ているこっちも驚き。本物……じゃないよね?
「さあ!人質と交換です!」
「え、いや……」
上鳴くんが戸惑っていると、後ろから何やら衝撃を受けて前屈みに倒れる。
――透ちゃんだ。
八百万さんが上鳴くんの意識を引き付けてる間に、こっそり全裸になった透ちゃんが、後ろから襲ったのだろう。
その反動ですぽーんと峰田くんが上鳴くんの腕から飛び出し、その先は受け止めようとする八百万さん。(!八百万さん逃げて!峰田くんの顔がにやけてる!)
峰田くんが八百万さんの豊満な胸に飛び込む前に――「はい、そこまで」終了の合図に「ぎゃふん!」と峰田くんは寸前で地面に激突した。
上鳴くんが透ちゃんに確保されたからだ。
ナイス、透ちゃんと相澤先生!
「まずは人質解放が優先。八百万が意識を引き付け、葉隠の"個性"を上手く活用した良い作戦だったな」
ちなみに、札束はよく見ると偽物と分かる作り。
「じゃ最後だな。ヒーロー、爆豪、芦戸、峰田、障子。敵、緑谷、轟、砂藤、常闇だ」
ヒーロー役と敵役にでっくんと爆豪くんが分かれて荒れそう……いや、同じ組でも荒れるか。
「演習内容は銀行強盗だ。人質を取って立て籠ったと仮定し、人質解放と敵捕縛が目標。ちなみに今までの中で一番難易度が高いパターンだ。ヒーロー役はしっかり作戦を立て挑むように――」
銀行の室内も細かい所までリアルだなぁ。
人質役もリアル感を出す為に後ろで手首を縛られる。
「結月さん、痛くない?」
「うん、大丈夫だよ」
気遣うでっくんに笑顔で答えた。
さて、この演習、どうなる事やら。ヒーロー役に障子くんがいるから、中の様子はなんとなく把握は出来そうだけど。
「むこうには爆豪がいるけど、なんか人質救出のイメージがわかないんだよね」
「正面突破して来そう」
「さすがの爆豪もなんか考えるんじゃねーの」
人質役は私、耳郎ちゃん、青山くん、瀬呂くん。
部屋の角に集められ、待機。
現に中也さんは正面突破したけど、あれは中に太宰さんが捕まっているからであって……
――その時。
「「……!?」」
ドカンと爆発音が響いた。
破壊された入口に煙幕の中から現れたのは、敵……役の爆豪くん。
「正面突破かよ!?」
砂藤くんが叫んだ。まさか、本当にしてくるとは……!混乱に生じてヒーローたちが突入。
この方法って、定石なの!?
「ちょ、ちょっと爆豪!!」
そう、三奈ちゃんの慌てた声が聞こえたって事は爆豪くんの独断?
「っ!みんな目を瞑って!!」
瞬間。でっくんが叫んで、瞼の向こうから強い光を感じた。(閃光弾……!!)
「デク!!」
「かっちゃんッ!」
でっくんのおかけで私の目も守られた。
爆豪くんは単騎突進。もちろん向かう先は……おわっ!
「……こっちには人質がいる……!ヒーローが人質を蔑ろにするのか?」
そう低い声と共に。でっくんに引き寄せられ、盾にされる。
「デク……!テメェ……!!!」
一瞬怯む爆豪くんと目が合った。いくら人質が私だからって一緒に爆破しないよね?……よね!?
「閃光弾には(ダークシャドウが)やられたが、こちらの有利は変わらない」
「グスン」
「諦めろ、ヒーロー。人質を燃やされんのと凍らされんの、どっちが良い?」
焦凍くん…………それ、ヒーローじゃなくて人質を脅している。(青山くんがめっちゃ怯えてる)
「さて、君たちの敗北の原因だが……」
相澤先生のいつも気だるい表情が、今はヒーローたちをしかめ面で見下ろしている。
大事な人質を盾にされて、それこそ本番ならアウトという事で相澤先生によって強制終了。
「結月さん、ごめん!!咄嗟に盾みたいにしちゃって……!」
「いいよいいよ〜演習だし人質だし、でっくんは敵役だったしね」
それに、強引に抱き寄せられたみたいでちょっとかっこよかったし――ひたすら謝るでっくんに笑った。
「助けてくれたのはありがたいんだけど……理世、これ取れる?」
耳郎ちゃんだけは峰田くんと障子くんによって救出されていた。
もぎもぎをくっつけて長くしたとりもち棒みたいなもので、耳郎ちゃんをくっつけて障子くんが峰田くんごと引っ張って救出したとのこと。
「まかせて!」
もぎもぎは一回くっつくと取れないので、耳郎ちゃんだけをテレポートさせて取ってあげる。
「一言で言うなら連携。奇襲と目眩ましの閃光弾も悪くねえ。この演習には組合わせも考えてある……爆豪はこの意味を考えろ」
「……っス」
「お前たちもな。同じチームなんだから」
相澤先生は残りのヒーロー役の三人を一瞥した。
これは同じチームに、まとめるのが上手い切島くんとか、八百万さんがいたらまた違った結果になりそうだけど……。
連携がこのチームの隠れた課題だったのかな。
同じ方法で突入した中也さんたちは、連携抜群だったし。
「んじゃあ……」
相澤先生はちらりと腕時計を見る。
「授業はこれで終了か?さくさく進んだから結構時間余ってんけど」
「あとは生徒による講評の時間じゃね?」
切島くんと上鳴くんが言った。
「今度はヒーロー役と敵役を反対にして演習を行うぞ」
「「ですよねーー!!」」
「今日は週二日の3、4限の演習の日ですわよ、皆さん……」
八百万さんが呆れながら言った。いや、分かってはいたけど。
「次はヒーロー役か!やはり敵を演じるのは胸が痛い」
と、言った天哉くんは。
「「ノリノリで演じてたじゃん」」
皆から総つっこみにあっていた。
***
「――で。最後は"個性"で耳郎ちゃんに確保テープは巻き付けて、何とか成功はしたけど……結構やばかったぁ」
「確かに結月さんの"個性"でも、音の攻撃は避けられないよな」
放課後。食堂でパックジュースを片手に心操くんと談話する。
二回目は、私は上鳴くんと組み、敵役の耳郎ちゃん相手に避難誘導と確保演習だ。
心音攻撃の中、何とか上鳴くんと避難誘導を優先し、私は空中に逃げて上鳴くんの無差別放電……「させるか!」と、見抜いた耳郎ちゃんが先に爆音攻撃。上鳴くんは撃沈。
ずるい手だけど、私は"個性"で確保テープを耳郎ちゃんに巻き付けた。
「なんで爆豪くんはあんなにでっくんのことを目の敵にしてるのかなー」
「唐突だな。そんなに仲が悪いのか?」
「うん。今日の演習も……――」
そのままヒーロー役と敵役を交換して行われた、二回目の銀行強盗編の演習。
「てめェら全員ぶっ潰す!!」
「!?かっちゃんん!?ええ!?」
「なんで爆豪が外にいんだ?」
立て籠りのはずが爆豪くんは三奈ちゃんを連れて、まさかのヒーローたちに奇襲。逆に。
残した障子くんと峰田くんは、今度は峰田くんのもぎもぎを駆使して籠城戦。
戦法としてはすごいよ、戦法としては。
ちゃんと個々の強みを活かした役割分担しているし。
「あくまでも演習だからね……今日は」
「フリーダムだな」
砂藤くんと爆豪くんに分が悪い常闇くんが離脱し、人質解放に向かうも、もぎもぎによって潜入に苦戦。
外ではでっくん&焦凍くんvs爆豪くん&三奈ちゃんで戦闘。という名の乱闘。
「カオスだったねぇ」
「カオスだな……」
今度は制限時間まで相澤先生は待った。
勝敗とするなら、時間内に人質を救出出来なかったヒーローが負け。
「そうじゃねえ」
一言そう言った相澤先生の目は血走ってて、怖かった。
「クレイジーに見えたけど、あいつは馬鹿なのか?」
「頭はめちゃくちゃ良いよ。でっくんが絡むと思考回路が爆発するだけで」
そういえば、でっくんが成長した姿を見てからさらに酷くなった気がする。
「……あくまで俺の見解なんだけど」
ふと思案してた心操くんが口を開いた。
「なになに」テーブルに身を乗り出す。
「爆豪は焦ってるんじゃないか?」
「焦ってる?」
「緑谷の成長速度が早いから」
「良いことなのにねぇ。切磋琢磨に、個人の成長は全体のレベルアップにも繋がるのに」
将来の有望なヒーロー世代のために。
「それか、恐れてる」
「恐れてる……」
心操くんは続ける。
「二人は幼馴染みって言ってたよな。俺も最初は緑谷のことを甘く見てたから。態度とか表情とかで。体育祭のトーナメント戦で戦った時、自傷で洗脳を解いたのを……驚いたのもあるけど、えも言われぬ恐怖みたいのを感じた」
恐怖……。私にはぴんと来ない。
でっくんの自己犠牲精神が強そう所に、怖くは感じるけど。
「その心操心理がねじまがって現れてるんじゃないか?まあ、俺の勝手な推測だけどな」
「う〜ん。心操くん、鋭いからなぁ」
「単純にプライド高そうだし、負けず嫌いな性格っぽいよな」
「そうそう、当たってる。あと超自信家」
「それは結月さんもだろ」
「私のは長所だから」
まあ、なんだかんだ爆豪くんは裏付ける実力もあるのが何ともね……。
「結月さんはそういうのないよな」
「そういうの?」
「劣等感とか。ライバル視してるやつとかいないの?」
負けず嫌いな所とかはあると思うけど……。
「ライバルかぁ……しいて言うならやっぱり爆豪くんかな。あとは実力的に焦凍くん。あの二人に負けてるようならこの先、プロヒーローになっても敵に勝てない」
そう言うと、心操くんは「ああ、そうか」と何やら納得して笑った。
「なるほどな」
「え、なにー?」
「いや、今の聞いて結月さんは現実的なんだなって」
現実的……まあ、夢見がちじゃない事は確かだ。
「俺もだけど、みんなヒーローに夢見てる。プロヒーローになることを目標に日々努力してんけど、結月さんは違う。プロになってからの先を見てんだって気づいた」
「……だって、プロヒーローになって終わりじゃないでしょう?」
三年間はあっという間だし、私にだって何でも出来るヒーローになりたいという目標はある。
「ほら、それ。自分がプロヒーローになること前提の思考。やべえ自信家」
口許に手を当て、肩を震わせながら笑う心操くん。
「……。もうっそんなに笑わなくても〜」
唇を尖らしながら、じゅうとストローを吸い込んだ。
「――それより。本当に"個性"の特訓に付き合ってもらって良いのか?もうすぐ中間テストだろ」
「うん。勉強に本腰入れる前なら大丈夫」
天才の私はテストもばっちり――って言おうとしてやめた。また笑われる。
「心操くんは?勉強できそうだけど」
「そこそこは。ま、天才の結月さんほどじゃないよ」
「……またそうやって人の心読む!」
「いや、結月さんが分かりやすいだけだから」
心操くんと特訓の日程を決めて、途中まで一緒に帰る。
道端には紫陽花が咲いており。夏の前に、これからやってくる梅雨の気配を感じた。