「今のなに!?」
「すごい音……!!」
「勇学園が動き出した……?」
――時は同じく、出久たちAチーム。そして、Cチームも事態に気づく。
「すごい音がしたぞ!」
「今ので鳥たちが逃げちゃったよ!」
「……っっ」
「閃光弾……いや、フラッシュバンか」
結月は帰って来ねえけど、無事か……?
「おかしいわね、生体反応が見当たらないわ」
赤外は腕の上に浮かぶモニターを確認しながら言った。
「まさか、逃げられちゃったんじゃ!」
焦った声は多弾だ。今いる場所は、先ほど爆豪たちBチームを確認した地点で、確かに自分はこの辺り一帯にミサイルを撃ち込んだが……。
「いくらフラッシュバンとは言え、あれだけ広範囲に撃ったんだからそんなことは……」
万偶数も辺りに目を光らせ言う。
「この辺りで気絶してる筈なんだけど……」
「ハッ、本物のミサイル撃ち込んでおけば良かったな」
藤見が見下すように言った直後――
「おい、コラ」
その言葉に反応したように、突如その声は聞こえた。藤見たちは驚きそちらに振り向く。
「いちいちムカつく野郎だな」
布の下から現れたのは爆豪だ。彼だけではなく、Bチーム全員の姿がそこに現れた。
「ステルス製の布ですわ!咄嗟に私の"個性"で創りましたの。やはり……赤外さん、あなたの"個性"はレーダーのように探知に優れた能力ですね」
「あの一瞬で……!」
八百万の言葉に赤外は驚きに目を見開いた。「っ……」藤見は彼らの姿を見て悔しげな声をもらす。
そして静かに……彼のスーツに取り付けられた管にピンクのガスが充満し、手首に集まっていく……。
「覚悟は出来てんだろうなァ……!?」
「私にまかせて!」
臨戦態勢を取る爆豪に、素早く万偶数が前に飛び出した。
その金目から、同じような光を放つ。
すると、八百万、切島、障子がぐにゃりと力が抜けるように地面へ横たわった。
彼女の"個性"《弛緩》によるものだ。
「この隙に攻撃を!!」
「見て!」
「弛緩する前に跳躍!?」
多弾が指差す方向には、空中に浮いたまま停止する爆豪の姿だった。
それは弛緩の能力による副効果だ。
だらんと腕を下に伸ばしていた爆豪だったが、すぐさま復活した。
「たった3秒程度かよ!」
ばっと腕を、正確には手のひらを後ろに向けて、
「ちっちゃい"個性"だな、オイ!!」
爆破させた勢いで爆豪は突っ込む。
「馬鹿に――すんな!!」
藤見が迎え撃つ。
「ぶっ潰す!!!」
「舐めんなあぁ……!!!」
二人の拳が互いに迫る――「藤見、だめよ!!」
何かに気づいた赤外が、慌てて制止の声を上げるも――一歩遅く、藤見の手首に付いた管からピンク色のガスが噴射された。
「……!?」
それは爆豪に思いっきり降りかかった。
彼だけでなく、ガスは大きく広がり――八百万、切島、障子の3人もピンクのもやに包まれる。
「これはっ……?」
腕で口元を覆いながら八百万が呟く。
「藤見のバカぁ――!!!」
両手で鼻と口を押さえて。赤外の叫び声が、その場に木霊した。ガスはその場に留まらず、風に乗って広がり続ける。
「なんだこりゃ!?」
「いかん!吸ってはだめだ!!」
木にぶら下がるDチームの所に――。
「ピンクのガス……?」
「エロくない!?」
高台に一纏めにされているEチームの所に――。
「……なんだろう、あれ」
辺りを漂うピンクのもやに気づき、不思議そうにお茶子は呟く。
「分からないけど、近づかない方が良いわ」
梅雨の言葉に出久も頷いた。
「安全な場所へ行こう!!」
――場所は変わって。
森を一望できる遥か上の塔のような場所から、相澤とオールマイトは生徒たちを観察していた。
「あの、ガス……勇学園の生徒の資料を読みましたが、かなり厄介な"個性"ですよ。訓練は中止にした方が……」
緑一色の一帯に、ピンク色のガスはよく目立つ。相澤は隣のオールマイトにそう促すが。
「いや……この状態こそ、まさにサバイバルというもの」
次いでぐっと親指を立て、
「大丈夫!いざとなったら私が止めに行くさ!」
ニッと歯を見せオールマイトは笑う。白い歯が太陽の光に反射してキランと光った。
「頼みますよ……本当」
相澤は特につっこみも異議も唱えず、静かにそれだけ答えた。
合同訓練は続行――。
出久たちAチームは、ガスから離れるため、風上である丘陵を駆け上がっていた。
「……轟くん!」
一段下がった地面を走る、Cチームに偶然出会す。
「緑谷、今は争ってる場合じゃねえ」
「うん!」
「あのガス……なんだか分かるか?」
「たぶん、勇学園の人の"個性"だと思うけど……。効果までは……」
答えながら、出久は向こうに広がるピンクのガスを眺めた。ガスと言えば危険なイメージだが、あまりにも危険な"個性"は訓練では使わないだろう。
思い付く能力だと、ミッドナイトのように眠りを誘うような……
「それと、結月を見なかったか?」
「結月さん……?」
ついつい"個性"の事になると思考に没頭してしまう出久は、その名前に意識が向く。彼女は轟と一緒のチームだ。
「理世ちゃんなら見てへんけど……」
先にお茶子が答えて、梅雨と芦戸もうんと頷く。
「そうか……」
「結月さんに何かあったの……?」
「偵察に行ったっきり戻って来ねえ。何もなけりゃあ良いんだが……」
心配そうに呟く轟に、出久も同じような表情をした。(結月さんの"個性"なら、ガスからも逃げ切れるとは思うけど……)
そして、ふとその足を止める。「どうしたの、デクくん」気づいたお茶子が振り返って尋ねる。
「誰か、来る――」
暗い森の中から、こちらにゆっくり歩いてくる人影が……。
「ガスから逃げて来たのかしら?」
「おーーい!こっちー」
大きく声を上げ、手を振って、呼び掛けるお茶子だったが……
「こっ……」
途中で声が途切れた。ただならぬ気配がする。人影は一人ではなく、二人、三人と増え――
「「…………!?」」
それはよく知るクラスメイトだったが、明らかに様子も姿もおかしい。
ふらつきながら歩く足取り。まるで血の気のないような、蒼白いというより灰色の肌。
薄暗い木々に見間違えたのかと、出久たちは思ったが違った。
「「ゾっ…………」」
太陽の明かりの下、彼らは顔を上げる。
そこにはよく知る顔はなく、目と口を表すように黒い穴が三つ、ぽっかりと空いていた。
その姿は、まるで……
「「ゾンビだ――!――!――!!!」」
――そう叫び、パニック状態になる様子を。
「ふっ……はっはっは!」
一人、高笑いしながら影から見ている生徒がいた。
藤見召呂。この事態を引き起こした張本人である。
***
「え〜どれどれ……。藤見露召呂、"個性"《ゾンビウイルス》周囲にウイルスを撒き散らし、感染させる。感染すると、どんな攻撃でもダメージを受けない。代わりに思考が停止する。さらに凶暴化して、攻撃力まで増す。「あー」と言う」
「それって、今日ヒーロー科の1−A組に実習に来ている勇学園の生徒の"個性"ですか?」
なんか映画に出てきそうな"個性"ですね――。資料を読むプレゼント・マイクに、13号が隣から声をかけた。
「つかこれ、ヒーローが使う"個性"か?危険過ぎるだろ!!?」
「私もそうだけど、味方にも影響しちゃうから使い所が難しいわよね〜」
ミッドナイトが続けて言った。
「でも、本来"個性"にヒーロー向きも敵向きもありませんからね。使い方一つでどんな"個性"でも輝きますよ」
そう穏やかに言うのはセメントスだ。
「デハ、例エヲ出シテモラオウカ」
エクトプラズムが聞いた。
「そうですね……危機的状況をひっくり返したい時とか。混乱で一時的に優勢も劣勢もなくなります」
「なるほど……!上手くいけば状況を振り出しに戻すことができますね」
素直に納得する13号。
「じゃあ、セメントスは自分がゾンビになりたいと思うの?」
「ははは、私は遠慮しておきますよ。私がゾンビになったところで面白くないでしょう」
ミッドナイトの言葉にあっけらかんと笑うセメントスに「喰エヌ男ヨ……」と、エクトプラズムが呟いた。
「この中で一番、ゾンビに向いてるのはミッドナイトだな」
不意に話に入ってきたスナイプの言葉に「それはどういった意味か聞きましょう」と、口元に蠱惑的な笑みを浮かべるも、ミッドナイトの目は笑っていない。
「俺は若い頃、ゲーセンでゾンビを撃つゲームをよくやっていたが、ミッドナイトみたいのを何十体も撃ち抜いたぞ」
「ミッドナイトさん落ち着いて!!」
「ほらあれだろォ!?セクシーゾンビだよな!なっスナイプ!!」
どこからか鞭を取り出したミッドナイトを取り押さえる13号に、珍しくマイクがフォローに入った。
ちなみに、スナイプ本人は褒めているつもりで言っている。
「白衣とか着ちゃったり〜?俺、結構好きだぜ〜!」
「……そうね。確かに、カラオケで「本能」を歌った時に白衣が似合いそうって皆に言われたわ」
「ガラス叩き割ってー!!」
調子よく言ってミッドナイトの機嫌を治すマイクに、さすがだなと13号は感心した。
「もしも……、彼の"個性"が暴走して、1−Aの皆がゾンビになってたらどうしましょう?」
そう続いて13号は、もしもの話を口にした。
考えるようにその場が一瞬静かになり、最初に口を開いたのはマイクだ。
「案外、本当に"個性"使っちまって、今頃ゾンビランドになってたりしてなー」
「生徒たちは皆、パニックになるだろうな」
「そうなる前にすぐに相澤先生が止めに入るのでは?」
「ああ、そうね。その辺、すごく常識的っていうか慎重だものねぇ」
「ソレニ今日ハ、オールマイトモ担当シテイル筈」
「確かに、先輩とオールマイトさんがいるなら大丈夫ですね!」
13号は、頼りになる二人のヒーローの姿を思い浮かべながら明るく言った。
そして、今度は仕事そっちのけで、彼らは各々のゾンビに襲われた時のシミュレーション話で盛り上がる。
「あー!あー!」
「あ゙ー!」
今まさに、そこはゾンビランドになろうとしているとは知らずに――……
***
…………………………?
「キュイ……キュイ……」
「…………りっちゃん?」
――意識が浮上し、ゆっくり目を開ける。
りっちゃんの姿が視界いっぱいに映った。
その小さな手が頬に触れ、心配そうな鳴き声を上げている。
「起こしてくれたんだね……ありがとう、りっちゃん」
りっちゃんの背中を撫でてから、痛みを感じながら、地面に横たわっていた体を起こした。
頬や体についた葉っぱを払い、立ち上がる。
「私、どれぐらい気絶してたんだろ……?」
勇学園によるミサイル攻撃。
広範囲に発射されたそれは、ちょうどテレポート先に落ちたのが不運だった。
衝撃派に体がぶっ飛び、木に打ち付けられ……たぶん今に至る。
「でも、りっちゃんが無事で良かった」
それが何よりだ。腕を上げると、いつの間にか肩に乗っていたりっちゃんがつつつと移動して来た。
ぷっくりした頬をつんつんする。倒れた私を心配してくる良い子。
(って、りっちゃんと和んでる場合じゃないな)
今どんな状況か分からないけど、まずはチームの皆と合流するのが先決だ。(焦凍くんに怒られる…………ん?)
ふと、目に入ったのはピンク色のもや……ガス?
向こうにうっすら漂うそれは、なんだか分からないけど、なんだか分からないからこそ近寄らない方が賢明だ。
「!」
――その時、パキッと枝が割れる音がした。音が鳴った方に顔を向ける。
気配は感じるけど、それ以外の反応はない。
「誰かいるの……?」
すると、りっちゃんの耳がぴんっと立って「キィ……」と、まるで警戒するような声を発した。
猫のように威嚇する姿に、私も緊張が走る。
「……………………」
ゆっくり近づいてくる影。りっちゃんは私の髪の下に隠れるように滑り込んだ。
「……耳郎ちゃん?」
草影から姿を現した見知った姿に、ほっと安堵した。
「大丈夫だよ、りっちゃん!耳郎ちゃんは私の友達!――耳郎ちゃん、こんな所で……」
話しかける途中、なんだか耳郎ちゃんの様子がおかしいのに気づく。顔を俯き、ふらふらと歩く姿。
「もしかして、さっき爆豪くんにやられた後遺症が……!」
心配しながら近づくと耳郎ちゃんはばっと顔を上げた。
「――ッ!!?」
そこには、耳郎ちゃんの顔はなかった。
ぽっかり空いた二つの黒い穴が、悲しげにこちらを見ている。
同じく口のような黒い穴からは「あー」と、意味を成さない言葉がもれる。
「……じ……耳郎ちゃん……?」
その姿にひっと息を呑み、思わずテレポートで後ろに跳んで距離を取る。
「……あ……あー……」
「嘘……、だよね……?」
問いかけても「あー」以外の言葉は返って来ない。
生気を感じないその姿は、まるでゾ――……
今度はガサッと草が揺れる音がして、びくっと体を震わせた。次に現れたのは、耳郎ちゃんと同じチームでもある、
「上鳴くん!!耳郎ちゃんが……っ」
助けを求めるように上鳴くんを見るも。
「……うぇーい……うぇーい……」
「……!?!?」
上鳴くんまで一体何があったの――!――!――!!?
耳郎ちゃんと同じような姿になって、両手でサムズアップしながらこちらに来る上鳴くん。
しかも電気を纏っている。危ない!
「あ゙〜あ"〜」
「あー!」
「きゃあ!?」
後ろから突如バッと現れた青山くんと峰田くん。二人もまったく一緒の姿だ。
そして囲まれた。
(……なに、何が起こったの……私が気絶してる間に一体何が……)
「……!天哉くんっ!」
こちらに走ってくる、あの速度とロボットのようなフォームは紛れもなく天哉くんだ!
「良かった、天哉くんは無事……」
「アー!!」
嘘でしょう!?同じく変わり果てた姿にショックを受ける。
「!……あ……あ……あれ……?」
一瞬、襲われるかと思ったけど、天哉くんはそのまま私を通り過ぎていった。
(……!?)
手を怪しげにもみもみさせる峰田くんを蹴っ飛ばし、木に激突する。
「アア……!アア……!」
ドス!ドス!とバグったように、一心不乱に何度も木にぶつかる天哉くん。
意味不明すぎて逆に超怖い!!
「あー……」
「あ゙〜」
「うぇーい」
その間も襲うようなポーズで迫る三人。(上鳴くんはサムズアップだけど)
……みんな……どうして……っ
「ゾンビに――!――!――!!!」
叫びながら、テレポートでその場から逃げ出した。
向かった先は……――
「相澤先生ーー!!」
「!?」
「ッおぅ!?(結月少女か……!いきなり現れてびっくりしたぞ!!)」
「大変です……!みんながゾンビにっ……!秘密結社敵によるウイルス攻撃かも知れません!このままでは人類が滅亡の危機に……!!」
「……落ち着け、結月。敵の仕業じゃねえし、人類は滅亡の危機も迎えねえ」
「(結月少女がパニックを起こしている……!!それにしてもよくこの場所が分かったな!!)」
落ち着いて説明する相澤先生に、私も徐々に平常心を取り戻した。
「勇学園の藤見くんの"個性"で、あのピンクのガスを吸うとゾンビになっちゃうと……」
「そうだ。ゾンビ化した者に噛まれてもゾンビになる」
「凄まじい感染力!!」
なんていうパニック映画向きな"個性"!
私が助かったのは、風上でガスが届かなかったからだ。(あの時、りっちゃんが起こしてくれたのは危険を察知して……)
「とりあえず……訓練中の出来事なら良かったです」
「(まあ、起きたらクラスメイトがゾンビになってたらパニクるわな……)」
「じゃあ私、訓練に戻ります」
焦凍くんたちなら、きっと異変をすぐに察知して無事なはず。
「いや、ここまで広がっちまえば中止だ。……いいですね?」
相澤先生はオールマイト先生を見て言う。意見を伺うと言うよりは、有無は言わせないと目が言っている。
オールマイト先生は頷いて、ぐっと親指を立てた。
「心配しなくても大丈夫だ、結月少女!あとは私にまかせて、君は相澤くんと一緒にここで待ってなさーー」ーーーぃ!!
ふんっと体中に力を込めて、膝を曲げたと思えば。次の瞬間には、オールマイト先生は宙に飛び出していた。
す、すごい……もうあんな遠くに!
「オールマイト先生が止めに入ってくれるなら大丈夫ですね〜」
「頼みますよ、本当……」
小さくなった姿を見て、相澤先生が静かに言った。
「……それより、結月」
「?」
相澤先生にじっと見つめられる。
「なんでおまえ、肩にリス乗せてんだ」
正確には、私の顔の横にいるりっちゃんを。
「「………………」」
(二人、めっちゃ目が合ってる)
――事の成り行きを説明していると、不意に爆発音が響いた。
森の奥で、爆発による炎が膨らむ。
「「……………………」」
大炎上。えっと……オールマイト先生は、一体……。
「相澤先生……あれ、爆豪くんですよね」
「こりゃ、始末書もんだな……」
淡々と呟いた後、相澤先生は隣で疲れ果てたため息を吐いて項垂れた。
私は哀れみの目を向けた。
「……とりあえず、現場に行きますか」私のテレポートで
「……頼む」
相澤先生を連れて現場に向かうと、ゾンビ化は解けたみたいだけど、地面に転がる生徒たち。何があった!?
「結月!」
「焦凍くん……!」
「相澤先生も!」
「オールマイト先生はこっちに来たか?」
「いえ……あ、でも!知らない人が向こうでゾンビなってました!」
「……。(トゥルーフォームに戻ったのか……。何やってんですか、本当に)」
どうやら焦凍くんとお茶子ちゃんと三奈ちゃんだけは無傷みたいだ。
三人がこちらに駆け寄って来た。
「おまえ、ずっとどこ行ってたんだ。心配してたんだぞ」
「!?ねー結月なんで肩にリス乗せてんの!?」
「ほんまや可愛い!」
「ごめん、ミサイルに巻き込まれて気絶してて……」
「ねーねー!」
「……まあ、大事に至らなかったみてえだから良かったけどよ」
「その子どうしたのー!?なんでリスー!!」
三奈ちゃんの質問攻めに答えていると、土煙が晴れて……
「でっくんん!!?」
地面に無惨に倒れているボロボロのでっくんの姿が目に飛び込み、慌てて側に飛ぶ。
「でっくんっ、しっかりして……!酷い……ゾンビにやられて……」
「……いや、素のかっちゃんに……」
その言葉に、近くに立っていた爆豪くんを信じられないと見た。
「ゾンビより凶悪じゃない……?」
「うっせえわ!!」
でっくんは全身傷だらけで、顔も大変なことに……。「りっちゃん!でっくんの顔ちょいちょいしちゃだめだよっ」起きないから!「(……りっちゃん……?)」
相澤先生は至急で救急搬送ロボを呼んだらしい。
でっくんが一番重傷だけど、絶対爆豪くんにボコボコにされただろう藤見くんに、ほとんどの生徒たちがリカバリー送りだろう。(リカバリーガール、今日は大忙しだ……)
「結月さん……?」
「?でっくん、大丈夫だよ。もうすぐ搬送ロボが……」
「結月さんにこんな近くで看取られるなんて……これはきっと幻覚……」願望が……
「ちょっとでっくんっなに私みたいなこと言ってるの!?」
気を失ったでっくんは、他の皆も一緒に丁重に搬送ロボに運ばれて行った。
トラブルと共に授業は終了――。
そして私は……りっちゃんとお別れをしなくてはならない。
「りっちゃん、一緒にいてくれてありがとう」
手のひらからりっちゃんを地面に下ろす。
「結月のことを起こして助けてくれたんだってな」
ありがとな、りっちゃん――そう言って焦凍くんが隣にしゃがんで、指先を差し出すと。
握手するように、りっちゃんはちょこんと小さな前足を乗せた。
「「か、可愛いぃぃ……!!」」
お茶子ちゃんと三奈ちゃんと三人で悶える。
「イケメンと小動物の組合せ……えらいこっちゃや……!!」
えらいこっちゃよ、お茶子ちゃん!
「飼ったらだめなのー?相澤先生、だめなんですか!?」
「今まで前例がねえから何とも言えねえが……校長の判断だからな。まあ、あの人なら許可すんじゃねえか?」
「結月っ、一か八か校長にお願いしてみようよ」
そう三奈ちゃんは笑顔で言ってくれたけど……。
「今まで野生で育ってきたから、ここで暮らした方がりっちゃんの幸せだと思うんだ」
ここなら雄英が管理しているし、天敵もいない。りっちゃんにだって家族や友だちがいるかも知れない。
「理世ちゃん……」
「だから、お別れ」
寂しいよ。涙も滲んでくるけど、それがりっちゃんのためだと、私は思うから。
「またすぐ、訓練の時に会えるだろ」
いつもの調子で言う焦凍くん。彼なりの励ましに「うんっ」と、大きく頷いた。
「次、会うときまで元気でね、りっちゃん!」
「りっちゃん!また会おうね!」
「結月のこと、忘れちゃだめだよー!!」
手を振る。りっちゃんは駆けて、一回だけ立ち止まって振り返り……やがて、森の中に帰って行った。
「ううっ……」
「ちょっと麗日が泣いてんの!?」
「だって……こんなん泣くわぁ!」
「やめてよぉ、私も泣けてくるから!」
「あはは〜」
「おまえは泣かないのか?」
「私はお別れは笑顔でしたいから……それに……すぐ会える、でしょ」
「そうだな」
「(……来週の訓練もΩでするか……)」
いつもの日常をひっくり返した勇学園との合同訓練。
ゾンビパニックなサバイバル授業は、これにて幕を閉じる――。
***
「緑谷少年、止められなくてごめんね……ケーキ……」
「食べられましぇん……(包帯顔にぐるぐる巻きで)」
「……せめてもの慰めになると良いけど……」
「……?」
「君、搬送ロボが来るまで結月少女の膝枕で待ってたよ」
「!!……オールマイト、結月さんに膝枕してもらえる代償なら、この大怪我も納得なんですけど……」
「(結月少女の膝枕の価値高え……!!)」
「僕……全然覚えてないですっっ!!!」
「……。本っ当ごめんね……」