学生の本分

 喫茶、うずまき。

 上の階にある武装探偵社の憩いの場であり。
 外国からの留学生、ルーシーちゃんのバイト先でもある。

「………………」

 じぃー……

「……………っ」

 じぃぃー……

「ちょっと営業妨害よ、理世!」
「ルーシーちゃん。この英文の問題に躓いて……」
「知らないわよ!比較的人が少ない時に来て、勉強してると思ったら……」

 ため息を吐きながら、テーブルを拭くルーシーちゃん。

「まあまあ、良いじゃないの。こっちの仕事も落ち着いてるし、モンちゃんも休憩がてら理世ちゃんの勉強見ておやり」
「……おばさまが言うなら……」

 ちょっとだけよとルーシーちゃんは付け足して、向かいの席に座る。やったぁと教科書を見せた。

「そもそも、私はカナダ英語だし、日本の授業で習う英語とはまたちょっと違うのよ」

 そう言いつつも、分からないところは丁寧に教えてくれるのがルーシーちゃんだ。
 読み上げる発音も、本人的には訛ってるらしいけど、私にはスラスラと綺麗に聞こえる。

「学校の友達に教えてくれる子はいないの?」
「いるけど、ルーシーちゃんに教えてもらいたくて」

 そう答えると、しばしの沈黙。

「そ、そんな風に言ったって、私も忙しいの!いつもこんな風に教えてあげれるわけじゃないんだからっ」

 ルーシーちゃんは古典的なツンデレキャラだと思う。

「問題用紙を一目見たら解けるのに、勉強しなきゃならないなんて学生は大変だねえ」

 カウンター席でクリームソーダを飲みながら言った乱歩さん。

「この間、職場体験終わったばっかりなのにもう中間テストって、ヒーロー科はハードなんだね」

 隣のソファ席の向こう側から言ったのは、潤くん。
 武装探偵社の憩いの場であるここは、今日も例になく数名たむろっていた。

「理世、いざとなったらこれを使いたまえ」
「鉛筆?」

 私と背中合わせのようにソファ席に座っている太宰さんが、横から一本の鉛筆を渡して来た。
 なんの変鉄もない六角形の鉛筆だけど、頭にそれぞれ番号が書かれている。

「わぁ、コロコロ鉛筆ですね。太宰さんからのだとなんか効果がありそう〜」

 問題に躓いたらこれを転がし……

「もちろんだとも。これはとある不幸な死を遂げた一家から拝借した、とてもご利益あるえん……」
 
 太宰さんが言い終わる前に、その鉛筆を投げ捨てた。

「あ!何をするんだい!?せっかく夜なべして理世の為に作ったのに投げるなんて酷いではないか……」
「ご利益どころか気味悪いじゃないですかぁ!」

 転がった鉛筆をいそいそと拾う太宰さん。
 そんな曰く付きの有り難がるのなんて太宰さんぐらいだよ!(しかも太宰さんが元気ということは、そっちのご利益はなかったわけだ)

「この間の怨恨殺人事件の一家か。犯人もその後不審な自殺をしたという。鉛筆一本といえ、殺人現場から勝手に物を持って来てはだめなんじゃないか、太宰」
(しかも怨恨っ、殺人現場!)
「だめなんじゃないかというか、確実にアウトですね……」

 織田作さんの言葉に、潤くんが一連の流れに引きながら言った。

「あの事件はグロテスクなばかりでだめだったね!」
「そんなに酷かったンですか?」
「私は原型が残った綺麗なままで死にたい」
「谷崎、気になるなら資料室に写真がある」
「いやもう、太宰さんの言葉からして遠慮しておきます……」
「ルーシーちゃん、ここはこの文法であってる?」
「あなた……この状況でよく勉強できるわね……」


 ――そんな風にルーシーちゃんには英語を教わりつつ、とある放課後では。

 でっくんと約束していた勉強会。

 よく一緒にいるメンバーの天哉くんとお茶子ちゃんも誘って……

「その勉強会、私も参加しても良いかしら?」
「もちろん!」

 そこに梅雨ちゃんも参加。ちょうど帰ろうとした焦凍くんと障子くんも誘い、皆で近くのファミレスへとやって来ていた。

「天哉くんはオレンジジュースが一番好きなの?」

 ドリンクバーで天哉くんが選んだのは、いつも飲んでるオレンジジュース。

「いや、そんなこともないんだが、僕のガソリンだからね。飲み物はついオレンジジュースになってしまうんだ」

 天哉くんもたまには他のものを飲みたい時があるそうだけど、例えばコーヒーを飲みたいと思って自動販売機で買おうとしても、気がついたらオレンジジュースのボタンを手が勝手に押しているらしい。

「いざという時に動けないようでは困るから、やはりオレンジジュースで正解なのだと思う」
「なるほどね。砂藤くんもよく甘いお菓子を持ち歩いてるしね」

 しかも手作りだったりするからすごい。
 この間クッキーを貰ったけど、めちゃくちゃおいしかった。

「オレンジジュースの質で速さも変わったりとかする?」
「その辺りは気分的な問題だな。100%のオレンジジュースなら何でも大丈夫だ」
「へぇ〜じゃあ天哉くんのオレンジジュースをこっそり紛い物に変えちゃえば……」

 炭酸みたいにすぐバレることもあるまい。

「な……!?結月くんともあろう人が、そんな卑劣な真似は……やめるんだ!!」

 なんか前にもあったなぁこのやりとり。

「あはは、飯田くんの弱点見つけたり!やね!」

 お茶子ちゃんが勉強道具を取り出しながら、おかしそうに笑った。

「参加したものの……勉強会とはどうやるんだ?」

 それぞれが勉強道具を取り出したところで、障子くんの疑問に答える。

「それぞれしたい教科を勉強して、分からなかったら教えあったり……たまに喋ったり」
「なるほど……」
「うむ……では、僕は近代ヒーロー美術史の勉強するとしよう」
「ヒーローに関する科目は高校に入ってからだから、私も重点的に勉強しようと思ったの。飯田ちゃん、分からないことがあったら教えてくれるかしら?」
「ああ!もちろんだ、梅雨くん!」
「確かにそうだな……。新しい科目を俺もおさらいするか」
「障子くん、ヒーロー情報学なら私まかせて」
「そうか。なら、疑問があったら結月に聞こう」

 特に法律関係。安吾さんが詳しいからというのもあるけど、私自身も関心があるから学ぶのは好き。

「わっデクくん、ノートの書き込み率100%だね!?」

 100%?

「う、うん、何でも書き込む癖があって……」

 向かいの席のお茶子ちゃんの言葉に、隣のでっくんのノートを覗き込んだ。
 確かにすごい文字量。真っ白なノートがほぼほぼ文字で埋め尽くされている。

「よくそこまで書き込んだな」

 でっくんの向こう側に座る焦凍くんも、関心するように驚いた。

「日頃からしっかり勉強してるんだね〜。えらいね、でっくん」
「勉強は嫌いじゃないからってだけで……あ、そういえば結月さんの苦手な科目って?」
「私は英語と国語が特に……。今日は国語を重点的に勉強しようかと」

 英語はルーシーちゃんに教えて貰ってばっちり、とまではいかないけど、そこそこ良い線はいってるはず。

「僕、教えられると思う!」

 自信を持って言うでっくんが頼もしい。
 各々教科書を開いて、いざ勉強開始。

「でっくん。古文の意味がわからない……」

 早速。私が古文が苦手なのはごちゃごちゃした所が苦手なのと一緒だ。
 ぱっと読み取れなくて、文字に目が滑る。(そしてもう勉強したくなくなる……)

「えっと……古文は全部覚えなくても要点を覚えればわかりやすくなるかも。例えばこの文だと……あ、教科書にマーカー引いていい?」
「ぜひ」

 でっくんは蛍光ペンで印をつけてくれた。

「ここを現代語に直して覚えておくと、読み解けやすいと思う」
「……でっくんは天才ですか?」
「天才!?いやいや、大袈裟だよ!」

 なんかいきなり分かったような……気がする。でっくん、教え方上手!

 でっくんのおかげで古文の勉強が捗っていると「理世ちゃーん」と、向かいの席からお茶子ちゃんのヘルプの声が。
 
「私、数学があかん……高校に上がって一気にレベル上がり過ぎや……!」
「数学は繰り返し解くのが一番理解が深まるからね。一緒に解いてみよってことで、天哉くん席代わって」
「そういえば、結月くんは数学が得意だったな」

 天哉くんと席を代わって、お茶子ちゃんの隣に移動する。

「授業で指名された時、式を書かず暗算で答えて、エクトプラズム先生を狼狽えさせていた」
「……。いや、それは普通に先生が驚いたんじゃなくて?」

 障子くん。それとも本当にエクトプラズム先生、狼狽えてたのか……。(その後、ちゃんと式は黒板に書いた。暗算より苦戦したけど)

 お茶子ちゃんの隣に座ると、ふと焦凍くんのノートが目に入った。
 
「焦凍くんのノート、すっきりしてる」
「あ、ほんまに」
「轟ちゃんはまとめるのが上手なのね」
「授業でやったことを書いてるだけだ」

 焦凍くんがそっなく返すのは通常営業。それにしても、轟ノート。見やすくて良いなぁ。何かあったら焦凍くんにノート借りよう。

 お茶子ちゃんと二人三脚で数式を解いていく。
 私も数学が得意というか、正確には暗算が得意なので、確かこのやり方……と頭をフル回転して解いていた。

「結月……それ、漢字間違ってねえか?」

 次の科目に移ってると、焦燥くんの指摘が。確かに言われてみれば……?

「あ、本当だぁ……あれ、こうだっけ?……あれ?」

 なんか違う!

「こう」向かいの席から焦凍くんの手が伸びて、ノートの隅にスラスラと書き込む。

「そうそう、そうだ!ちょっと違ったねぇ」
「結月くん、現役高校生が漢字を間違えて大丈夫なのか!?」
「……。手がうるさい、てんてん」
「理世ちゃん、国語全般が苦手なのね」

 ほら……現代人はスマホに振り回されているから……。
 そんなどこかで聞いた常闇くんの言葉を心の中で言い訳しつつ、皆で教え合いながら勉強は進んでいく。
 
「飯田ちゃん、聞いても良いかしら」
「なんだい、梅雨くん」
「あ、障子くん。この法律、今年の4月から改正したみたいだよ。そのうち授業でやると思う。まあ、テストには出ないだろうけどね」
「そうなのか。よく知ってるな」
「うう……ここ全部覚えなあかんのか……」
「たぶん、中間の範囲的にはそこまで覚えなくても大丈夫じゃないかな」
「本当!?よかったぁ」
「期末テストの範囲内に入ると思うから、今から覚えておいても損はねえと思う」
「うう……やっぱり……」

 でっくんの言葉にほっと笑顔を浮かべて、焦凍くんの言葉にすぐにがくっと項垂れるお茶子ちゃん。
 焦凍くんの言ってる事も、まあ間違ってはいないけど。

「お茶子ちゃん、とりあえず中間テストの合格点を目指せば良いじゃない?」
「そうだよね……!まずは中間テストで合格点取らんと……!補習が待っとる……!」
「相澤先生の補習、厳しそうだもんね……」

 苦笑いを浮かべるでっくんの言葉に、そこは皆同意だ。


 三時間ぐらい勉強したところで、本日はお開き。
 外はこの時間でもまだ明るく、ずいぶん日が伸びたなぁと感じる。

 その後の私はというと。

 勉強はこんな感じで大丈夫だろうと、早々に来る期末テストの演習試験に備えて、"個性"の特訓に切り替えていた。


 そして、迎えた中間テスト――。


「始め!」

 一斉に裏側にしていた紙を返し、鉛筆を走らせる。

 ………………

 カリカリと鉛筆の音だけが聞こえる教室。カンニング等が行われてないかと言うよりも「お前らちゃんと勉強してきたんだろうな?」という無言な圧で見回る相澤先生。

 訓練や演習とまた違った緊迫した空気――「ぅ、ぅえ……」と、上鳴くんのショート寸前の声が聞こえたけど、大丈夫かな……。


 ――二日間の中間テストは終了。


 この調子だと相澤先生との楽しい地獄の補習は残念ながら受けられそうにいなぁ――なんて余裕で思いながら。
 
 中間テストの結果、私が目指したのは5位以内。
 順位を知るのは、もう少し先の話。


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