プロローグ

「えー……そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間、一ヶ月休める道理はない」
「まさか……」

 朝のSHRで、早速切り出した相澤先生の話に教室内がざわめく。

「夏休み林間合宿やるぞ」
「「知ってたよ――やった――!!!」」

 これには私も皆と一緒にわぁと声を上げる。

「胆試そ――!!」
「風呂!!」
「花火」
「風呂!!」
「カレーだな……!」
「行水!!」

 次々と飛び交う夏の定番たち。(峰田くん……必死過ぎでしょ……)

「私は星の観測したいなぁ。焦凍くんは?」
「俺は特に思いつかねえけど、星の観測なら天気次第になるな」
「そうなんだよねぇ〜」

 夏より冬の方が星は見やすい。あとは花火もやりたいな。

「自然環境ですと、また活動条件が変わってきますわね」
「いかなる環境でも正しい選択を……か。面白い」
「湯浴み!」

 八百万さん、常闇くんに続いての、峰田くん……。耳郎ちゃんのイヤホンジャックで痛い目見たばかりというのに。

「寝食皆と!!ワクワクしてきたぁ!!」
「ただし」

 相澤先生が目を光らせ言うと、ぴたりと教室は静かになる。

「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ」
「みんな頑張ろーぜ!!」

 切島くんが檄を飛ばす。肩をギクっと震わせたのは、この間の中間テストで赤点を取った――

「補習はもうコリゴリだぁ〜!!」

 上鳴電気氏。

「補習で勉強したからきっと大丈夫だよね!!」

 芦戸三奈氏。

「夏休み中、補習とか勘弁だわ……」

 瀬呂範太氏。

「……………☆」

 青山優雅氏。

 の、計四名だ。(三奈ちゃん楽天過ぎる気もするけど、大丈夫かなぁ……?)

「クソ下らねー」
「女子ガンバレよ!!」


 6月。四国地方が梅雨入り宣言した頃。
 中間テストも終え、今度は期末テストに向けて備え初めなければならない。

 そんな今日この頃のヒーロー基礎学。

「よし、男子は全員終わったな。次は女子。八百万」
「はいっ」

 相澤先生に呼ばれ、八百万さんは凛々しく返事をした。

「理世ちゃん理世ちゃん、滑り台みたいで楽しそうだよねー」

 後ろから声をかけてきたのは透ちゃんだ。今日の授業は、救助器具の扱い方の訓練で、垂直式救助袋で滑る順番待ちに。

「私は小さい頃、テレビで見て怖いって思った記憶があるな〜」

 ストンと落ちて命懸けだと思っていたから。

「次、結月」
「はい」

 三階のビルに取り付けられた垂直式救助袋。
 中は螺旋状になっており、もちろんストンと落ちる事はない。
 むしろ、自分で体を回転させて、落ちるペースも調節できるし、最下端には保護マットがついてるから着地も安全。お年寄りや体の不自由な方でも安心して使えそう。
 実際に体験してみないと分からなかった事に、地味だけど有意義な授業だと思った。

 無事に着地すると、先に降りた面々が迎えてくれる。
 ふてくされた峰田くんを見て「どうしたの?」と聞くと「いつものことよ」と梅雨ちゃんは呆れ声で教えてくれた。

「緑谷がなんで女子はスカートじゃないんだって……」
「峰田くんん!?それ、君でしょう!違うよ、結月さん!僕は決して……!!」
「峰田くん、でっくんに君の煩悩擦り付けるのはやめなさい」

 でっくん、ちゃんとわかっているからそんなに慌てなくても大丈夫だよ。

「つーか、避難訓練なんてクソダリィ」

 そうぶつくさ呟いたのは、もちろん爆豪くんだ。

「何を言ってるんだ、ヒーローたるものいついかなる時でも人命救助は最優先だろう!その人命を救う救助器具を学ぶのはとても有意義な授業じゃないか!」

 天哉くんがすぐさま反論。

「知るか。人には向き不向きがあんだよ。俺がヴィランをぶっとばしてる間に他のヤツらがやっときゃいいじゃねーか」

 まあ、爆豪くんの言い分も一理あるな。だからと言って、学ばない姿勢は良くないと思うけど。

「なっ、君は本当にヒーロー志望なのか!?」
「飯田くん、落ち着いて!」
「まぁ、向き不向きがあるのは確かだな」
「轟くんっ?」
「爆豪が人命救助してるところは想像できねえ」
「この間の演習も散々だったもんねぇ〜」
「ああ」
「……っんだと、テメェら!」
「あー、わかる!逆にケガさせそう!」
「テメーを先にケガさせてやろうか!?」

 会話に入って来た上鳴くんに、手のひらの上で爆発を起こす爆豪くん。「まぁまぁ、爆豪も落ち着けって」そう切島くんが仲裁に入るも、一歩遅かった。

「……お前ら、今、何の時間かわかってんのか」

 騒ぎを聞きつけてやって来た相澤先生の声が響く。地を這うような声に、振り向かなくても怒っていると分かる。

「向いてるとか向いてねえとかさっき言ってたが、現場でそんな言い訳は通用しねえからな。やること当たり前に出来てこそプロヒーローなんだよ」

 相澤先生は爆豪くんだけでなく、その場にいる生徒全員に言い聞かせるように見回しながら言う。

「救助隊や警察が間に合わなかった場合、避難の誘導をするのも務めだ」
「誘導するくらいなら救出したほうが早いんじゃ?」

 聞いたのは透ちゃんだ。体操服の袖が上がっているので、ちゃんと手を上げているようだ。

「誘導するくらい大勢の場合ということでは?」

 答えたのは八百万さん。相澤先生は「そうだ」と小さく頷いた。

「一人や二人なら救出は難しくないだろう。だが、大勢いた場合は救助器具が大いに役立つ」

 確かに。救助に優れてる私の"個性"も大勢を救うのには不向きだし……。

「いざ、その時になって使い方がわからねえんじゃ話にならないだろ。だから、一通りの救助器具のカリキュラムがあるんだよ。わかったか、爆豪」
「……っス」

 名指しで言われたら返事しないわけにはいかないねぇ。しぶしぶと爆豪くんは頷いた。

「そうだ、大勢を避難させるのに救助器具と"個性"を組み合わせるのはどうだろう……?例えば結月さんのテレポートとか、麗日さんの何かを浮かせる"個性"とか、瀬呂くんのテープとか……峰田くんのくっつくボールも使えそうだ。プロヒーローなら……うひょお、組み合わせは無限のバリエーションがあるな……!」
(でっくん、楽しそう)

 すでに見慣れた光景。でっくんってヒーローオタクだけど研究オタクでもあるよね……。

「じゃ、次は……」

 相澤先生の声を遮るように、空からバリバリと音が響く。
 なんだなんだと皆で驚きながら見上げると。

「空から……私が来た――!――!――!!」

 降下したヘリコプターに、落ちてくる巨体。二度驚く。(今日は一際派手な登場だ!)

「オールマイト!?」

 でっくんが驚きに叫んだと同時に、ズシンと地面が揺れた。
 そりゃそうだ。筋骨隆々のオールマイト先生が空から着地したのだから。
 オールマイト先生はニカッと白い歯を見せて笑う。

「やぁ、遅れてすまないね、諸君!ちょっと出がけにヴィランを捕まえてきたものでね!」

 またか……と相澤先生が呆れて呟いたのを、私は聞き逃さなかった。

「まったくですよ。本来ならあなたの担当時間だったんですから」
「もうネットニュースになっています!お昼休みにチェックしました!銀行強盗を捕まえたんですよね!?」

 相澤先生のテンションとは真逆に、でっくんがハイテンションに目を輝かせて言う。

「おや、もう一つの立て籠りの方はまだニュースになっていないようだな」

 さらに立て籠りまで!

「っ……さすがオールマイト!」
「緑谷少年、賞賛はありがたいがもうお腹いっぱいさ。ヘリをいつまでも待たせておくわけにはいかない」

 ……ん?

「ヘリ?オールマイトを運んできただけじゃ……」
「緊急時でもあるまいし、私の登場だけで使うワケないだろう?」
「私、てっきりオールマイト先生が迷走を払拭するのにって……」
「私もパターンが尽きてヘリで来たのかと思ったわ」
「俺もついにそう来たかッて……」
「君たち聞こえてるよー!!」

 さすがにそのためだけにヘリは出動しないらしい。
 でも、あのオールマイト先生なら……ねえ?

「さ、これからヘリによる救助訓練さ!アーユーレディ!?」
「さっすがヒーロー科……」

 でっくんが感心したように呆れたように呟いた。
 さすが雄英、どこまでもお金をかけている。


 ヘリによる雪山救助訓練――


「雄英って……へっくしゅん!……雪山まであるんだね……」
「寒ーい!!オールマイト先生、早く救けに来て!爆豪くんっ救援が早く来るようにもっと爆発させて!」
「うっせ、やっとるわ」
「かっちゃんの"個性"は手のひらの汗腺からニトロのような物質を出して爆発させてるから、汗が出にくい寒い所だと爆発の威力も弱るんだ……」
「ご丁寧に説明して感謝すんと思ったかクソデク!アァ!?」
「え〜じゃあ寒い所では爆豪さんは無能なの?」
「おい……クソテレポ……んな寒ぃなら爆発させてあっためてやろうか?(なんで救援待つのにコイツらと同じ組なんだよ!!)」


 ヘリによる水辺救援訓練――


「水辺で溺れてると仮定し、救助者と救援者に分かれて……」
「はい、相澤先生」
「なんだ、結月」
「私、泳げないので救助者の役は演技ではなく実際に溺れるんですが」
「「!?」」
「………………泳げないだと?」
「はい。私の"個性"なら泳げなくても問題ないので」
「「(た、確かに……?ブレない!!)」」
「結月、おまえは救助訓練不参加」
「えーなんでー!?」
「泳げるようになるまで特訓に決まってんだろ!こっち来い!」
「えぇ〜」
「……。あいつ、アホだろ……」
「爆豪が真顔で言ったぞ!」
「相澤先生がマンツーマンで教えてくれるのね」
「HAHAHA!相澤くんはなんだかんだ優しいからな!」


 ***


「オイラ、海で溺れたら人工呼吸は女子にしてもらうんだ……思わず息の根、止まっちまうようなディープなヤツを……!」
「その前に、もう止まってんじゃねえ?」
「煩悩の塊……」
「結月〜生きてるー?」
「……死んでる」

 机に突っ伏していると、三奈ちゃんからツンツンされて返事だけする。体力の限界。
「生きてんじゃーん」
 ケラケラ笑う三奈ちゃんを、少しだけ顔をずらして恨めしげに見上げた。

「泳げるようにはなりましたの?」

 前の席から振り返る八百万さんに、うんざりしながら答える。

「浮いたりとかは出来るし、なったと言えばなったんだけど、プールの端から端が遠すぎて途中で力尽きる」
「……そ、それは」
「せめて半分の距離まで泳げるようになれって、課題出されて……相澤先生の鬼……」
「むしろ、先生なりに譲歩されてるんじゃないかしら……」
「じゃあ夏になったらみんなでプール行こうよ!結月の練習がてら!」

 しばらくして相澤先生が教室に入って来て、皆は席に戻り、背筋を伸ばす。私も同じように遅れて体を起こした。

「はい、おつかれ。早速だが、さ来週、授業参観を行います」
「「授業参観ー!?」」

 またさらりと唐突に!

「ヒーロー科でもそういうのあんだな」

 クラスがざわめく中、切島くんが言った。
 どこ吹く風で、相澤先生は後ろの席に回すようにと前の席にプリントを配って行く。

「プリントは必ず保護者に渡すように。で、授業内容だが保護者への感謝の手紙だ。書いてくるように」

 感謝の手紙?雄英でもそういうのやるんだと思っていると、一瞬静まり返った教室から笑い声がドッと響く。

「まっさかー、小学生じゃあるまいし!」

 いつもの明るい調子で、皆の総意であろう言った上鳴くん。

「俺が冗談を言うと思うか?」

 相澤先生のその一言で、再び場はシーンと静まり返る。ですよねぇ。

「いつもお世話になっている保護者への感謝の手紙を朗読してもらう」
「マジでー!?冗談だろ!」

 本気なのかと場は困惑。確かに感謝の手紙の朗読って突拍子もないし、何より……

「さすがに恥ずいよねぇ……」

 耳郎ちゃんの言葉に同意。そう、渡すだけならともかく。
 皆の前で朗読はさすがにちょっと……。
 そもそも、忙しい安吾さんが来られるかどうかも分からないけど。

「静かにするんだ、みんな!静かに!静かにー!!」

 ざわつく中、サッと立ち上がり腕をブンブン回して叫ぶ天哉くん。

「飯田ちゃんの声が一番大きいわ」

 ナイスつっこみ梅雨ちゃん。

「ム、それは失礼」

 素直に天哉くんはそう答えるも、勢いは止まらず続ける。

「しかし先生、みんなの動揺ももっともです。授業参観といえば、いつも受けている授業を保護者に観てもらうもの。それを感謝の手紙の朗読とは、納得がいきません!もっとヒーロー科らしい授業を観てもらうのが本来の目的ではないでしょうか!?」

 彼は一般論から外れると気になるらしい。
 確かにヒーロー科らしい演習とかでも良いのにな〜と私も思う。

「ヒーロー科だからだよ」
「それはどういう……」

 相澤先生はクラスを見回しながら、話す。

「お前たちが目指しているヒーローは救けてもらった人から感謝されることが多い。だからこそ、誰かに感謝するという気持ちを改めて考えろってことだ」

 最後に「ま、プロになれるかどうかまだ分からないけどな」と現実的な言葉を付け加えたのが先生らしい。

「……なるほど!ヒーローとしての心がまえを再確認する、そしてヒーローたる者、常に感謝の気持ちを忘れず謙虚であれ、ということを考える授業だったのですね!納得しました!!」
「納得はやっ」

 天哉くんの後ろの席のお茶子ちゃんが吹き出す。しかも、相澤先生が言った以上に好意的に汲み取って。
 
「ま、その前に施設案内で軽く演習は披露してもらう予定だが」
「むしろ、そっちが本命じゃねえ!?」

 上鳴くんの言葉に、全員で同意した。


 ***


「授業参観かぁ、感謝の手紙どうしよ」
「どうもこうも書くしかねえだろ」

 帰り道。少し困ったようにでっくんは呟いた。その隣を歩く焦凍くんが身も蓋もなく返す。

 そして、その隣を歩くのは私と天哉くんだ。

 何故、この組み合わせの帰り道かというと、天哉くんが私たち三人に話すことがあるらしい。その天哉くんが口を開く。

「最初は疑問だったが、素晴らしい提案だと思うぞ。日頃から家族に感謝の気持ちはあるが、こんな機会でもないと改まって言うことがないからな。そういえば、手紙に枚数制限はあるのだろうか?少ない枚数だと困るな、気持ちが書き尽くせないかも知れない」

 もしや、天哉くんはご家族全員に書くつもりだったりして……。

「すごいね、飯田くん。そんなに書けるんだ……。僕、どう書けばいいのか何も浮かんでないよ。ヒーローたちへHPからメッセージはよく送ってたけど、手紙ってあんまり書いたことないし」
「今の時代、手紙はあまり書かないよね〜」

 私も外国にいるカルマくんとの文通とか……ちょっと前まで鏡花ちゃんや、育てた野菜や果物をお裾分けで送ってくれる賢治くんへ、お礼をかねてやり取りしてたぐらいだ。(……ん?結構書いてる方?)

「そうなのかい?僕はたまにお礼の手紙を出すが」
「お礼の手紙!?」
「たまに、道で救けたおばあさんなどがお礼の品を送ってくださることがある。その時には必ずお礼状を出すようにと、両親の教えでね」
「さすがいいトコの……!」
「もうそのエピソードからして天哉くんだよね」
「そうか?普通だろう」

 照れくさかったのか、天哉くんは焦凍くんに同意を求める。

「いや、俺はしたことない」
「そうなのか……」

 きっぱり言われて、天哉くんはわすかばかり落ち込んだ。

「で、でも良いことだよ!こういう時にも役に立つしさ!」
「……そうだな!それにやはり手紙には心が込められる。そうそうこの間も……」

 でっくんの励ましの言葉に、気を持ち直した天哉くんは突然「あ!!」と、叫んで両手を天に突き上げた。

「ど、どうしたの!?飯田くん!?」
「びっくりした〜」

 その謎ポーズに。

「僕としたことが君たちに話があると言って、うっかり忘れるところだった!これ!」
「なんだよ?」
「遊園地のチケットを頂いたんだ、ネイティブさんから。僕たちにと」

 天哉くんが取り出した遊園地のチケットは……
「ズードリームランドのチケットだ!」
 両親と小さい頃に一度だけ行った事があって、懐かしく感じる。

「誰だ?」
「焦凍くん、もう忘れたの……」

 というか認識してたのかも怪しい。

「あのステインと戦った時にいたヒーローだよ!でもどうして?」
「お礼だそうだ」

 チケットはちょうど4枚あった。

「せっかくのご厚意だ。みんなで行かないか?」

 天哉くんの言葉に「いいねぇ!」「行きたいっ」と乗り気なでっくんと私に「まぁ、べつに」と、まんざらでもない様子で焦凍くんが答える。

「しかし、期限が来週までなんだ。三人とも、来週の日曜日は空いてるかい?」
「あ、僕は大丈夫だよ!文化ホールでヒーロー回顧展に行く予定だったけど、諸事情で延期になったみたいで……」
「でっくんが好きそうなイベントだね〜」
「そうなんだ!黎明期のヒーローを網羅した見逃せないイベントなんだよ!黎明期のヒーローの資料ってなかなか見られる機会がないんだ!それに入場者には特典で黎明期ヒーローの詳しいプロフィールがついたフォトブックがついてきてね……!!」

 焦凍くんの向こうで興奮を抑えきれない様子ででっくんが喋った。焦凍くんが驚いているようだ。
「よく舌噛まずに喋れんな」
 ……そこなの?

「まったく緑谷くんは本当にヒーローが好きなんだな……!」
「ごめん!!」
「私も日曜日、大丈夫だよ。でも、焦凍くんは日曜はお母さんのお見舞いだっけ?」
「ああ。日曜はいつも母の見舞いに行く日だが、その日は診察があるらしいから……」

 大丈夫だ、と焦燥くんは言う。

「うむ。ちょうど皆の都合が良い日なのだな。その日に決まりだ!」

 天哉くんがびしっと前に腕を伸ばした。

「……ふふっ」

 でっくんが楽しげに笑みを溢す。

「今度はどうした?」
「あっ、いや……みんなで……友だちと遊園地に遊びに行くの楽しみだなって」

 そう照れ臭そうに視線を下げて言うでっくんに、私たちの口許もふっと笑みが浮かんだ。

「あっ、もしかして、三人はそうでもないのに僕だけ行く気満々だったり……!」
「緑谷くん、君はあんなにすごい力を持ってるのに、ふだんはからっきしだな!」
「本当だよ」
「でっくん、私も行く気満々だよ〜超楽しみだよ」
「僕もだぞ!」
「俺は……遊園地に行くのは初めてだ」
「では、轟くんの遊園地デビューだな!ここは委員長として、遊園地を楽しむ手解きをしなければ!」

 張り切る委員長に「手解きがあるのか」と頷く焦凍くんを間に、でっくんと視線が合って再び笑った。

「……あっ、そういえば、飯田くんのうちは授業参観、誰が来るの?」

 場所や時間など、待ち合わせを決めた後。話は先ほどの授業参観に戻る。

「母だ。父は仕事だろうからな。緑谷くんの家は、どなたがいらっしゃるんだ?」
「ウチもお母さんだと思う。轟くんちと結月さんちは……」
「ウチは……誰も来ねえかもな」

 何気なく答えた焦凍くんに「あっ」と、でっくんは青ざめる。

「あの、ごめん……」
「そうか、先ほど母上は入院中だと言ってたばかりだったな……すまない」
「べつに、気にしてねえよ。謝ってもらうほどのことでもねえし」

 神妙に謝る二人に、焦凍くんはいつも通りクールだ。

「結月さんも……その……」

 でっくんの申し訳ないという視線が、今度は私に向いたので、気にしていないと笑顔を浮かべる。

「私の所は安吾さんが仕事の都合が付けば来てくれるけど、来れなくても誰か行けるようにはしてくれるとは思う」

 その際は太宰さん以外でお願いしたい。

 中学の時に太宰さんに来てもらった事があるけど、散々だったから。(深月ちゃんか織田作さん希望)

「安吾さんが来てくれると嬉しいけど、大事な仕事より優先されるのは私が嫌だし」
「しかし、子供の晴れ姿が見られないのはさぞかし残念だろう」
「てんてん……誰目線?」

 親戚のおばちゃんか。

「て……!」

 天哉くんに笑っていると、隣で焦凍くんがズボンのポケットに手を入れて、かさりと紙が擦れる音が聞こえた。

 先ほど配られた授業参観のプリントかな……

 前を向く焦凍くんの横顔を見る。そこにあるのは、いつもと変わらない、涼しげな表情だった。


 駅に向かう三人と別れて、港に向かう。

 授業参観に、感謝の手紙。

 天哉くんじゃないけど、安吾さんに感謝の気持ちを現すとしたら、数枚では足りないだろう。
 とりあえず――今日の夜は安吾さんは帰ってくる予定だから、このプリントを忘れずに渡そう。





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※小説では行けない二人の代わりに飯田くんが上鳴くん、峰田くんを誘って遊園地に行きますが、この4人で行く話になります。
小説と違い大きな改変なので、苦手な方はご注意ください。


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