遊園地パニック・前編

『おかあさんっ、次、あれのりたい!』
『ジェットコースターね』
『いや、待て。理世、あれは身長が足りなくて乗れないかも知れない。きっとそうだ。あっちのメリーゴーランドに乗ろう!』
『お父さんはね、高い所が怖いの』
『ぴょんってする"こせい"なのに〜?』
『お母さんん!!怖いんじゃなくて、ちょっと苦手なだけだよ。ほら、理世が乗りたがってたイルカさんがいるぞー!』


 ……――部屋に飾ってある写真を見て、その時の事を思い出す。
 三人笑顔で映っている写真の場所は、ズードリームランドで、これから天哉くん、でっくん、焦凍くんと遊びに行く場所だ。

(同じように、楽しい思い出にしたいな)

 爽やかな初夏の服に着替えて、身だしなみをチェックする。チケットは天哉くんが向こうでくれるらしい。
 歩きやすい靴を履いて、準備万端に家を出た。

 待ち合わせは、現地集合だ。

 まだ時間に余裕があるから、コンビニで飲み物を買って行こう。


「やあ、いい遊園地日和だな!なぁ緑谷くん!轟くん!結月くん!」

 張り切っている天哉くんの手には、すでにパンフレットを持っている。
 ポロシャツにジーンズと、カジュアルスポーティーな格好が天哉くんに似合っている。(三人の私服姿。初めて見るから新鮮だな〜)

「梅雨で雨が降んねえで良かったな」

 そんな焦凍くんは、青のカーディガン&Tシャツ、黒いクロップドパンツと、お母さんの病院に行くのについて行った時も思ったけど、オシャレ&イケメンだ。

「うん、良い天気だね。(結月さんの私服姿、やっべー!!)」

 でっくんは、緑の半袖パーカーにTシャツに、何故か"スーツ"と書かれている。
 ロールアップジーンズに、いつもの赤い大きなスニーカーはでっくんって感じだ。

「よし、じゃあ入園しよう!チケットを渡すぞ!」
「なんか飯田くん、引率の先生みたいだ」
「だねぇ」

 でっくんの言葉に笑いながら同意して、天哉くんからチケットを受け取る。

 入園のみかと思ったら、パスポートも兼ねているらしく「みんな、失くさぬようにな」と、注意を促す姿は、委員長というよりもはや先生の貫禄だ。

 ズードリームランド。

 動物をモチーフにしたメルヘンな遊園地。メインエントランスを抜けると、日曜日の今日は家族連れで賑わっていた。

「みんな、動物の耳カチューシャしてるんだね」

 でっくんが辺りを見回しながら言う。

「定番の耳からマニアックな耳まで色んな動物の耳があるんだよね〜」

 家族で来た時は、お母さんがキリンで、お父さんがサルで、私はウサギの耳を着けていた。

「うむ。俺たちもまずはカチューシャを着けるぞ」
「えぇと、それって僕も含まれてる?」
「もちろんだ、緑谷くん。遊園地に入ったら遊園地色に染まらなくては楽しめないぞ!ズードリームランドに一歩入ったからには、我々はもうズードリームランドの住人なのだ!」

 天哉くん、力説。遊園地を楽しむのにもどこまでも真面目だ。

「……そっちの方が良いな」

 二人のやり取りに笑っていると、ふと焦凍くんがこちらを見ながら言った。

「え?」
「前に会った時の服装より」
「ああ〜!まあ、あれは一応変装のつもりだったからねぇ」

 綾辻先生風の。……おや。(今、さりげなく褒められた?)

「二人はどの耳カチューシャにするんだ?」

 そこで天哉くんに聞かれ、ショップに並べられた様々なカチューシャを眺める。

「俺も着けるのか……これを」

 と、一つのカチューシャを手に取って焦凍くんは呟いた。「委員長的には」と、笑いながら返す。

「てんてんは何にするのー?」
「俺は馬にしようかと思う。もっと速く走れるようになりたいからな」

 なるほど。そして、なかなか似合っている。ついでにあだ名で呼ばれるも慣れてきたね。

「でっくんは……悩んでるね」
「うん。僕にはどれも似合わない気がして……」
「私はでっくんはうさぎが似合うと思う!」

 白いうさみみカチューシャをでっくんに見せて。

「う、うさぎ!?結月さんなら分かるけど……」
「うむ。僕も子供の頃に来た時はウサギを着けたな」
「でっくんのヒーローコスチュームってオールマイトをイメージしたうさぎみたいだから。それに、この間の救助レースでぴょんぴょんしてたし」

 そう話したら、でっくんは「じゃあこれにしようかなぁ」と、うさみみカチューシャを受け取った。
「ちなみにオールマイトのあの特徴的な前髪は、ヴィクトリーのVをイメージしてるんだよ」
 何気なく教えてくれて「そうなんだ!」と、初めて知った。

「結月、俺のも選んでくれ」
「焦凍くんは……やっぱりオオカミ?あ、でもクマやヒツジも似合って可愛いね!シカもかっこいいし。ネズミも意外性が。ううむ、どれも捨てがたい!」

 とっ替えひっ替え焦凍くんの頭に合わせて悩む。

「……。一応聞くが、真面目に選んでくれてるんだよな……?」
「私はいつだって真面目だよぉ」

 決して焦凍くんに色んな耳を合わせて楽しんでいるわけではない。

「お客様はやはりオオカミがお似合いだと思います!!!」
「「!」」

 その時、突然割り込んできた声は、店員のお姉さんのものだった。

「なんなら耳をお客様の髪色に合わせてカスタマイズさせて頂きます!いえいえ、お代は結構です!しばしお待ちを!」

 店員のお姉さんは裏に引っ込んだと思えば、すぐに戻って来た。早い!
 手には焦凍くんの髪色に合わせた色違いのオオカミ耳のカチューシャだ。

「私の"個性"によるものなんです」
「色を変える"個性"!?まるで元からその色のようだ!この"個性"を活用するなら……ブツブツ」

 早速ここでも、でっくんは考察し始めた。

「「………………」」

 ……ま、まあ。

「良かったね、焦凍くん。オリジナルのカチューシャ」
「良かったのか……?」

 焦凍くんは首を傾げながら、それを頭に着けた。

「すっごくお似合いです!私、体育祭で轟さんのファンになって……これからも応援してます!」

 ああ、なるほど。

「轟くんはすでに熱烈なファンがいるのだな……」
「さすがクラスの公式イケメン……。ちなみに結月さんは何にしたの?」
「ネコ!」

 じゃんっ、と着けて振り返る。

「おお、似合うではないか!」
「ああ、猫っぽい」
「うん!すごく似合ってるよっ!(うおぉ……ネコミミ!!)」

 これで晴れて、私たちもズードリームランドの立派は住人だ。

「下界のことは忘れて、遊園地を楽しもう!」
「下界……?どこだ」
「考えるのではない……感じるのだよ、焦凍くん」
「結月さん、それもちょっと違うような……」

 改めて、四人で園内を歩く。

「さて、どこから回ろうか。せっかくなら乗り物全部制覇しよう!」

 園内マップを広げて、天哉くんは計画を練る。
 今いる真ん中のエリアを囲むように、ジャングル・サバンナ・森・雪山と、計四つのゾーンに分かれている。

「雪山が気になる」
「轟くんの"個性"にちょっと似てるね」
「では、まずはそこに向かおう」

 マップ片手に天哉くんが案内してくれるようだ。慣れた足取りに尋ねる。

「天哉くんもズードリームに来たことがあるんだね」
「ああ、子供の頃によくな。ということは結月くんもかい?」
「うん、私も小さい頃に一度だけ家族と来て……楽しかったなぁ」

「そうか……結月くんと亡きご両親との大切な思い出がここには詰まっているのだな……」

 天哉くんは切なげに微笑む。馬耳付けて。当の私の感情おいてけぼりだ。

「も〜天哉くん、しんみりするのはなしっ。楽しく行こ!」

 そう元気よく言うと、三人の顔からも笑顔が戻った。思い出巡りではなく、楽しい思い出を新しく作りたいから。

 乗り物制覇の目標のため、途中に見かけたアトラクションに積極的に乗っていく。

「ちなみに焦凍くんは絶叫系って平気そう?」
「絶叫系……どんなのだ?」
「ジェットコースターとか。こんなの」

 上って降りると、腕で再現しながら説明すると、焦凍くんは「ああ」どんなものか分かったらしい。

「乗ってみねえとわかんねえ」

 ……いや、まあ、そうだけどぉ。

「これはどういう乗り物だ?」
「"オアシスのティータイム"だ。遊園地といえばこれに乗らなければな!」
「カップに乗ってくるくる回るんだ」

 焦凍くんの質問に天哉くんが答え、足りない説明をでっくんが補足した。

「三半規管を鍛える乗り物か」
「「違うと思う」」

 でっくんと綺麗にハモった。

「お、誰も並んでいない!すぐ乗れるぞ、三人とも」

 はしゃぐ天哉くんの後ろに続く。

「でっくん、ティーカップ得意?」
「実はあんまり……」
「私も。じゃあ一緒に乗ろっ」
「っうん」

 "個性"の反動が目眩だし。なんか天哉くんははしゃいで回しそうだから。二人に分かれて、メルヘンなカップに乗り込んだ。

「飯田、このハンドルはなんだ?」
「これを回せば回すほど速くカップが回転するんだ」
「じゃあ、回せばいいのか?」
「あぁ……お、始まるぞ!」

 開始のブザーが鳴り、ゆるやかで楽しげな音楽が流れると同時に、ティーカップを乗せた床が徐々に回り始める。

「わぁ、久しぶりに乗ると楽しい〜!」
「これぐらいなら全然楽しめるねっ」

 ほとんどハンドルを回さずにでっくんと二人で、うふふと優雅に楽しんでいると……

「「…………!!」」

 近くで猛烈にクルクルクルと回るカップがあった。でっくんと目を見張る。

「轟くんん……っ!いったい何を……!」

 楽しげな音楽に混じって、天哉くんの悲鳴が聞こえた。遠心力にカップの縁に必死に掴まって、すごい速さで回ってる。

「これはいかに速くティーカップを回す乗り物なんだろ……っ?俺たちが一番速いな」

 回しているのは焦凍くんだ。めっちゃハンドルを回している。

「ち、違うぞ……轟くんーー!」
「ティーカップってあんなに速く回るもんなんだね……」私、初めて見た…
「危険じゃないのかな……」僕も…

 見てるこっちが目を回しそう。唖然としていたら、ティーカップの動きがゆっくりになって終了した。


「悪かった、飯田……」
「いや……詳しく説明しなかった俺にも非がある」

 ――カップは回転の速さを競う乗り物ではない、と。近くのベンチでぐったりと天哉くんは座り込んでいた。

「焦凍くんは全然平気そうだね」

 あんなにクルクル回ってたのに。

「ああ、鍛えられたからな」

 ……どうやって!?(エンデヴァー!!)

 その訓練教えてほしいと思っていると「冷たい水を買ってくる」焦凍くんは颯爽と駆けて行った。超人……。

「でっくん、よくあんな焦凍くんと体育祭でやりあったよねぇ」
「自分でも不思議に思うよ」

 人混みに消える背中を見つめて、でっくんは眉を下げて笑った。私も喉を潤そうと、バックからペットボトルを取り出し、口にする。

「あ、それオールマイトのミニミニフュギュア付きのやつだよね!?」

 僕も買ったんだ、とでっくんもリュックから同じパッケージのボトルを取り出す。

「やっぱり!でっくんなら買ってるかなって思って私もこれにしちゃった」
「あと一種類でコンプリートなんだけど、今回も出なくて……――シルバーエイジバージョン!!!」

 オマケの中身をまだ見てなかったと、袋を開けたら、いきなりでっくんが叫んで、驚いた。

「うわぁぁ、結月さんすごいよ!!これレアなんだよ!!」

 目を輝かせて興奮するでっくん。

 そ、そうなんだ……。私には価値が分からないけど、オールマイトのガチフォロワーのでっくんが言うならそうなのだろう。(もしかして、あと一種類ってこれのことかな……)

「良かったらあげるよ、でっくん」
「えっ!?いいの!?あ、いや、でも悪いよ……!」
「私よりでっくんが持っててくれた方が、このオールマイトも幸せだと思うし」
「うわぁぁ!本当にありがとう!!」

 本当に嬉しそうで、こっちまで良い事をした気分になった。

「僕の……宝物にするよ!」

 そう言うでっくんの表情に、本当にオールマイトのことが好きなんだなって分かる。
 その直後、焦凍くんが戻って来た。天哉くんは冷たい水で喉を潤し、復活する。

「ありがとう、轟くん!二人も待たせたな。さあ、行こう」

 次に見つけたアトラクションは、おとなしめの乗り物で安心して乗れそう。

 メリーゴーラウンドだ。

 馬だけでなく、サイやライオンやゾウなど珍しい乗り物がある。

 私はあの日と同じ、イルカに乗った。

 天哉くんは馬に乗って、でっくんはライオン、焦凍くんはサイだ。

「……これは何が楽しいんだ?」

 サイにまたがって焦凍くんはシンプルな質問をする。その姿がシュールで笑う。
 スマホを取り出して、こっそりムービーを起動した。

「なにを言っているんだ、轟くん。ふだん乗れない動物に乗っている。しかも安全に。ほら、子供たちもあんなに楽しそうだろう」

 子供たちは楽しそうにはしゃいでいる。サークルの外では、その姿を思い出に残そうと、ビデオやカメラを向ける親御さんの姿があった。

「そういうものか……」
「結月さん、ムービー撮ってる」
「三人とも笑ってー」
「轟くん、笑わなくては!」
「急には笑えねえ」
「ははっ結月さんも撮ってあげるよ」

 でっくんの伸ばした手にスマホを渡す。カメラを向けられて、満面の笑みで手を振ってみせた。

「三人のスマホにも後で送るね〜」
「ありがとうっ」
「そうだな!思い出に写真もたくさん撮ろう!」
「写真は苦手だ……」

 そして、焦凍くんお目当ての雪山ゾーンへ。
 その名の通り、白い雪山がそびえ立つエリアであり……

「ペンギンだぁ〜!」
「着ぐるみか!」

 ペンギンの着ぐるみがいた。可愛い!一緒に写真撮りたい!

「緑谷、あれは中に小さい人が入ってるのか?」
「轟くん、遊園地に来たらそれは言わないお約束なんだ」

 一緒に写真を撮りたかったけど、周りに子供たちがいっぱいで無理そう……。
 しょんぼりしていると、ペンギンの方から近づいて来てくれた。写真を撮ろうとジェスチャーしてくれているらしい。可愛い!

「てんてん!写真撮っててんてんっ!」
「落ち着きたまえっ結月くん!1+1はー?」
「あの中の人、男の人だね……きっと。結月さん可愛いから……」
「緑谷、それは言わない約束なんじゃねえのか」

 ペンギンと写真を撮ってもらい、ルンルン気分でやって来たのは、室内系アトラクションだ。
 なんでもゲストは調査員という設定で、ボートに乗って氷の世界を冒険するというテーマらしい。

「みんなで一緒のボートに乗れるようだな」
「並ぶけど、回転率がよくて良かったね」
「青いボートがいいな〜」
「スタッフはコスチュームみてえの着てんだな」

 順番が来て、ボートに乗り込む。前に私と天哉くんで、後ろに焦凍くんとでっくんになった。

「行ってらっしゃーい!」

 防寒着のような服を着たキャストの人たちに見送られて、いざ、氷の世界へ!

「へぇ……よく出来てるな」

 氷で出来た洞窟の中を進む。焦凍くんも唸るほどのクオリティだ。

「本物みたいだね」

 でっくんも頷く。少しひんやりと効いた空調が、余計にそう感じさせた。

『氷の洞窟を抜ければそこは、動物たちの楽園!さあ、みんなで色んな動物を観察しましょう!』

 取り付けられたスピーカーから、そう音声案内が流れる。

「「おぉ〜〜!」」

 氷の洞窟を抜けた先は、真っ白な雪の世界だった。

「結月くんっペンギンがいるぞ!あっちにはアザラシだ!」
「可愛い〜!」

 ぬいぐるみのような模型が本物のように動く。写真を撮っていると、後ろからぴろりんと音が鳴った。

「……上手く撮れねえ」
「本当だ。ブレちゃったんだね」

 横から、焦凍くんのスマホの画面を覗き込んだでっくんが言う。

「焦凍くん、なに撮ったの?」

 振り向いて聞いたら「アザラシの子供」
と、一言。

「母に見せようかと……」

 ……そっか。可愛いから焦凍くんのお母さん、きっと喜びそう。

「僕、撮ったから送るよ!」
「私も!いっぱい撮った」
「……ありがとう」
「君たち、あっちにはイルカがいるぞ!向こうにはシロクマだ!あっあれはクジラか?」
「天哉くん、そんな必死に教えてくれなくてもみんな見てるから大丈夫だよ」

 雪の世界を抜けると、今度は夜の演出だ。

 プラネタリウムみたいに、天井に星が瞬いたかと思えば、オーロラが映し出されたりすごく綺麗!

「すごい!」
「ああ、美しいな……!」
「最新技術の映像だね!すごく立体的だ!」
「綺麗だな」

 ――そして。

 ここでボートにトラブルが発生した。がくんっ、と揺れるような振動が起こった。

『大変!ボートが氷山に激突したわ!海ではヒョウアザラシがこっちを狙ってる!!』

「皆!ヒーロー志望らしく落ち着いて!!」「まずは天哉くんが落ち着こうか」

 それより……ヒョウアザラシの顔がめっちゃ怖いな!(キバとかそんなリアルにしなくても〜前のボートのちっちゃい子は泣いちゃってる)

「ヒョウアザラシより、氷の海に落ちて低体温になる方が命の危険がある」
「轟くんの冷静な見解!」

 最後はシャチが現れて、助けてくれるという、ありそうでなさそうな感動的な演出だった。

 天哉くんが泣いた。

「ありがとう……ありがとうシャチ……!」
「「…………………」」

 シャチ(偽物)もこんなに感謝されたのは、きっと初めてだろうな……。
 ボートを降りた足で、そのまま隣のアトラクションへ向かう。

「やっぱり遊園地と言ったら絶叫系だよねぇ!」

 雪山をイメージしたコースに、楽しげな絶叫がここまで届いた。

「結月くんはジェットコースターが好きなのだな」
「テレポートだと移動時に風を切らないから、ジェットコースターは新鮮で楽しい」
「……なるほど」

 列に並ぶ。順番が来るまでグーパーで二名に分かれた。今度は私と焦凍くん、天哉くんとでっくんだ。

「並んでから聞くのもあれだが、緑谷くんは絶叫系は大丈夫なのか?」
「うん、これぐらいなら……。落ちる系はちょっと苦手かな」
「入試試験の時に、絶叫してたもんねぇ」
「あれは……忘れて……!あの時は予期せぬ事態だったというか……!」
「自分で落ちるのと、乗り物に乗って落ちるのとはまた違うからな」
「そろそろ順番が回ってくるぞ」

 焦凍くんの言葉に前を見る。次に来るコースターだ。わくわくしている私を見て、でっくんたちが一列目を交換してくれた。
 視界からは一番前が楽しめるけど、一番怖いのは最後尾なんだよね。

 危険防止のため、カチューシャを外して、いざ乗り込む。

 ガタガタと音を立てながら、コースターはゆっくり急斜面を上がっていった。

「いやぁ、ドキドキしてきたね、焦凍くん!」
「そうか?確かに斜度がすげえな」
「もうすぐてっぺんだよぉ!」
「……止まったな」

 一番上に差し掛かって止まると……「来るよー!」そこから一気にレールに沿って落ちて、加速する!!

「お――」
「わあ〜〜!!」

 山を回るように急カーブや落差を交えながら、猛スピードでコースターは走り抜ける。

「楽しいーーっ!」

 このスピードと横からかかるG!テレポートじゃ味わえない!

 そして、忘れていけないのは景色だ。

 高い所からの景色は格別!氷柱のトンネルを走り抜けると、目に飛び込む眩しいほどの青空。

「すげえな……!」

 気づけば隣の焦凍くんも笑っている。

「でしょう〜!」

 私も声を上げて笑った。初めての絶叫系、楽しんでくれているようで良かった!


「ジェットコースター、楽しかったねぇ!」

 あっという間に終わった、非日常体感。

 コースターから降りると、お決まりの撮られた写真を見る。
 どこで撮られるか全然気にしてなかったから、写真の私は落ちる瞬間、目線を下に笑っていた。まあ、可愛いく写ってるから良しとしよう。
 隣には、爽やかに風を受けてカメラ目線の焦凍くん。……んん!?「カメラを持った白クマが気になって見てたら、実際に撮られてたんだな」始めてですごいな!

 その後ろでは眼鏡を落とさないように両手できっちり押さえる天哉くん。この状況でこのポーズは笑う。
 隣のでっくんは目をぎゅと瞑って、逆に怖くないのかなって思うけど、ちゃんと両手を上げて楽しんでる。

「俺も楽しかった。確かにあの爽快感は普段体験できねえ」
「落ちるまでのドキドキ感……。落ちる瞬間の風を切る感覚……急カーブにかかるG……!」
「また乗りてえな……」 
「轟くんもジェットコースターが気に入ったのだな!」
「(二人ともうずうずしてる……!!)じゃあ二人でまた乗って来たら?どうかな、飯田くん」

 でっくんの提案に「良いの!?」と、声を弾ませる。

「そうだな!俺たちはこの辺でお土産などを見たり、他のアトラクションを楽しもう」

 時間を決めて待ち合わせしようと、天哉くんの了承も得て、しばし別行動だ。

「焦凍くん、行こう!」
「おう!」

 そうと決まれば、急いで乗り場に駆ける。


「……よっぽど気に入ったのだな」
「轟くんは新しい世界を知った感じだね」


 乗り場に向かうと、ラッキーな事にショーイベントが開催されるらしく、ほとんど並ばずに乗れそうだった。

「焦凍くん。ジェットコースターをさらに楽しく乗る方法を伝授してあげる」
「頼む」
「こう……手を上げて」
「こうか?」
「思いっきりきゃーとかわーとかおーとか叫ぶ!」
「……わー」
「めちゃくちゃ棒読みだね!」

 でも、普段大声を出す機会ないから叫ぶとスッキリして楽しいんだよ、と言えば、なるほどな、と納得した。

 次は焦凍くんと手を上げて……

 棒読みの絶叫と共に、コースターは走り抜けた。


「その後、三回も乗ったんだ!?」

 目一杯楽しんで二人と合流した。驚くでっくんの言葉に返す。

「うん、ショーイベントやっていたせいか、空いてて」

 三回目はキャストさんも「……。ようこそ!(この美形カップル、よっぽど絶叫系が好きなんだな……)」笑顔の下で「またこの二人が来たぞ」という顔をしていた。

「俺たちは観たぞ!なあ、緑谷くん」
「うん、動画を撮ったよ」

 次のエリアに向かいながら、でっくんに動画を見せてもらう。
 コースターからもちらりと見えたけど、動画には着ぐるみたちがわちゃわちゃしている姿が映っていて可愛いかった。

 次にやって来たのは、森ゾーン!

 モモンガの空中ブランコに、鷹なのか鷲なのかのバイキングが見える。
 回転しながら上下に動く鳥の乗り物では、焦凍くんが「回る乗り物が多いな」と、呟き……大樹のヒューストンでは「僕はちょっと……」と、言うでっくんに、私も一緒に待っている事にした。(落下はよく体験してるから)

「午前中だけで結構歩いたね〜」

 近くのベンチに座って、二人で休憩タイムだ。

「開園時に合わせて来たから、まだこんな時間なんだね」

 でっくんが腕時計を見ながら言う。このペースだと乗り物制覇もいけるかも知れないね、と笑い合った。

「あ……そうだ、結月さん。これ」

 そう言われ、でっくんに手渡されたもの。

「?」
「開けてみて」

 微笑むでっくんに紙包みを開けると、中からはペンギンのキーホルダーが出てきた。

「可愛い!これ……」

 驚いてでっくんを見る。

「オールマイトのミニミニフィギュアのお礼。良かったら」

 そう言って、でっくんは「へへ」と、照れくさそうに笑った。

「ありがとう、でっくん。大切にするね!」

 可愛いペンギンのキーホルダーを見つめて、どこに付けようか考えた。


「私、自転車に乗ったことないけど大丈夫かなぁ?」

 次に乗ろうとなったのは、森林のスカイサイクルという乗り物だ。
 頭上高くにあるレールの上を、固定された自転車で走る、というアトラクションらしい。

「そうなのか」
「移動に特化した私の"個性"で、自転車に乗る必要性が感じられないから」
「た、確かに……?(あれ、ついこの間も似たようなことが)」
「みんなは乗れるの?特に天哉くん」

 天哉くんも"個性"上、自転車より走った方が早いはず。

「乗れるぞ。子供の頃に家族でサイクリングに行ったりしたしな。"個性"と自転車を乗るのはまた別ではないか?」

 ……。なんかすごくまともな事を言われた気がする。

「でっくんも?」
「うん。お母さんからママチャリ借りたりするよ」
「焦凍くんは?」
「俺は中学の通学が自転車だった」

 期待して聞いたのに、まさかのチャリ通!

「たぶん、おまえが思うより人類は自転車に乗れると思うぞ」

 追い討ちをかけられた。ずーんと落ち込む。
「まあまあ、どんなものか試しに乗ってみようよ!」
 でっくんに励まされながら、乗り場に向かった。

 自転車は二人乗りで、でっくんとペアになって、隣あってサドルに股がる。

「固定されてるから本来の自転車に乗るのとは違うけど……」
「とりあえず、ペダルを漕げば良いのね」

 高い所を走るし、眺めはいいし、気持ちよさそう!

 ――そう思っていた5分後。

「結月くん!後ろがつっかえてるぞ!もっとペダルを回すんだ!!」
「超回してるよっ!!」
「いや、回ってねえ」
「僕たちも遅いけど、飯田くんたちが速すぎるんだと思う!時間差でスタートしたのに!」

 後ろの二人から煽り運転に遭いながら(乗る順番間違えた!)必死に漕ぎ、景色を楽しむ事もなく終了。
 結論……何が楽しいのか全っ然分からなかった。(ペダルを漕いで疲れただけだった……)


 休憩も兼ねてお昼にしようとなって、ぐったりしながらレストランに向かう。


「皆は何が食べたい?」
「僕はなんでも大丈夫だよ」
「蕎麦。冷たいやつ」
「蕎麦か……食べられる店は……」
「焦凍くんの舌を満足させられる蕎麦はここじゃ食べられないと思うから、普通にファミレスみたいな所を提案」


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