私の提案が通り、無難なレストランでお昼ごはん中……
「そうそう、皆はもう感謝の手紙は書いたかい?」
思い出したように天哉くんが聞いた。
「なんとか書いたよ。明日だもんね、授業参観」
「私も。便箋三枚ぶん」
「僕は便箋四十枚を越えたよ」
「「四十枚!?」」
もしかして本当に家族全員分に……?
それでも量がすごいけど、でっくんと驚いていると、
「俺は一応、姉貴に書いた」
ぽつりと焦凍くんが言った。
「お姉さんが来るんだ?」
「あぁ」
「そっか」
表情を変えない焦凍くんの代わりのように、でっくんが嬉しそうに笑う。
お母さんが来られないのは残念だけど、お姉さんが来られるのは良かった。
焦凍くんのお姉さん、どんな人か会えるの楽しみだな。話を聞く限り、弟思いの優しそうなお姉さんなイメージだ。
「聞いて!明日……、安吾さんが来てくれるの!」
「おお、それは良かったな!結月くん」
「来られるか分からなかったみたいだったもんな」
「なんか三ヶ月ぐらい前から、有給の計画を立ててくれたみたいで……」
「三ヶ月前って、僕ら入学してすぐぐらいだよね!?すごいや!!」
『フフ……日程は事前に相澤先生に教えて頂き、すでに有給を確保してあります……!』
授業参観のプリントを受け取り、そう得意気に言った安吾さん。まるで無実の罪を晴らしたかのように、勝ち誇った表情だった。
食後の会話もそこそこに、レストランを後にする。外に人が集まっているのは、ちょうどパレードが始まるみたいだ。私たちも観る事にし、人波をかき分け見やすい場所へ。
ズードリームランドのパレードってどんなのだったかなぁと、思い出していると……
軽快な音楽が流れ、始まった。
色々な動物の着ぐるみや、仮装をした人たちが歌い踊りながらやって来る。
「ん〜〜〜〜〜〜?」
「?どうしたのだ、結月くん」
「なんか、めっちゃ知ってるっぽい人がいる」
「へぇ、知り合いが?」
でっくんも私が見てる方に視線を向けた。
指を顎にかけ、目を細めて凝視。
いや、まさかね。でも、似てるなぁ……
「みーんなでアニマル〜♪楽しくズードリームラ、ン、……ド」
「………………」
探検隊の仮装して、踊りながら歌う道くんと、ばっちり目が合った。
***
「なんでここにいんだよっ理世!?」
パレードが過ぎ去り、わざわざ道くんは戻ってきた。
「それはこっちの台詞でしょ。高校生が遊園地に遊びに来るのは普通だし」
道くんは後ろの三人を見て「男三人と、ねェ……」と、怪訝に呟く。
「取り巻きか」
「違うしっ!失礼だよ!」全員に!
「オタサーの姫」
「……。みーんなでアニマル〜♪楽しくズードリー」
「俺が悪かったッ!だからそれヤメテ!!」
「「………………」」
慌てる道くんに、ムービーを撮っておけば良かったと思った。
「オタサーの姫とは?」
「さあ?」
「緑谷くんは知っているかい?」
「な、なんて言うか……とりあえず結月さんには当てはまらないというか、たぶん真逆に位置するというか……」
がっくりと肩を落とす道くん。私に見つかったのが運の尽きだ。
「この三人はステイン戦で一緒に戦ったクラスメイト。その時、助けたヒーローにお礼にチケットをもらったからこの四人で遊びに来たの」
「なんだ、そういうことか」
道くんに変な誤解をされたままだと嫌なので、一から説明した。
「箝口令が……」後ろででっくんがあわあわしてたので「道くんはグラヴィティハット事務所のヒーローで、事のあらましはすでに知ってるから大丈夫」そう説明すると、三人とも納得した。
「グラヴィティハット事務所には隠れた凄腕ヒーローがいるって噂だったけど、その人が……!」
さすがでっくん、よく知ってるなぁ。
「へっ、見込みあんな、緑のお前!」
凄腕と言われて、道くんもまんざらでもないらしい。
「その凄腕ヒーローの道くんがいるってことは……」
「ああ、もちろん。――潜入捜査だ」
「「!」」
道くんは声を潜めて詳しく話してくれる。
「違法な取引をここで行うってタレコミがあってな。潜入捜査ヒーローの俺に依頼が来たってわけ」
「道くんの物語はこれから黒づくめの男たちに後ろから殴られ、怪しい薬を飲まされて小さくなったところから始まるんですね」
「コナンかよッ!俺の物語はすでにヒーローになって華々しく始まってるっての!!」
「結月くんは誰に対しても結月くんだな……」
「あはは……だね」
「コナン……コナン・ドイルか」
「ちょっと惜しい、轟くん」
道くんはごほん、と咳払いをして、再び口を開く。
「だから、さっきはパレードのキャストに混じって怪しい奴がいないか見てたんだ」
俺はプロフェッショナルだからな、ちゃんと完璧に演じんだよ、と言う道くん。
さすがだなぁ!あのノリノリな笑顔に、周りは本物のキャストにしか見えないだろう。
あの姿を思い出すと……ふふ。「笑うなコラ!」
「とにかく。もし怪しい奴を見かけたら、近くのキャストに知らせるか、理世は俺に連絡しろよ」
道くんの言葉に皆で頷く。
「まっこれは俺の仕事だからな。お前らは気にせず学生らしく今日は楽しめ!」
じゃあなっとその場を離れる道くんの背中を見送った。(そういえば、道くん。鼻に絆創膏を付けてなかったな)
「違法な取引か……」
歩きながらでっくんが神妙に呟く。
「緑谷くん。気になるのはもっともだが、今日の我々の本分は彼が言ってた通り楽しむことでは?」
「あ、ごめんっ。そうだね」
「まあ、辺りに目を光らせるぐらいは良いだろ」
そう言って、焦凍くんは視線だけ周囲にやった。(違法って言うと、薬とかかな……?)
まあ、見た目はやんちゃ系男子だけど、道くんはヒーローとしては優秀だから万事解決するだろう。
私たちは遊園地に遊びに来た学生の本分を全うするため、アトラクション巡りを再開。
ジャングルゾーンでは、遺跡の脱出ゲームをしたり……
「真実の口だねぇ」
「この中に鍵がありそうだね」
「いや、もしかしたら罠かも知れない……ここは慎重に……」
「もう焦凍くんが手を突っ込んでる」
「轟くんっ危ないぞ!?」
『…ガガ…真実ヲ欲スル者。代ワリニ我二真実ヲ捧ゲヨ』
「真実の口が喋った!?轟くん、腕は無事か!?」
「無事だ」
『では、あなたの恥ずかしい秘密を一つ教えて下さい』
「急にすらすら喋った!?」
「……これは俺が言うのか?」
「焦凍くんが手を突っ込んだからねぇ」
「大丈夫だ、轟くん。どんな恥ずかしい秘密も僕たちは受け止めるさ」
「………………」
「(轟くん……もっと言いづらそうだ……)」
「……牛……」
「「……牛?」」
「牛さん……ヨーグルトが……好きだ」
「「……!!」」
――そのハイライトがここである。(個人談)
口元を手で覆い、恥ずかしそうにそう呟いた焦凍くん。(少女コミックに出てくるイケメンが照れるみたいに)
全国の轟焦凍ファンに見せたら、彼女たちは失神するだろう。いや、ファンじゃなくても10人中8人の女子は失神するかも。
残りの2人に私が含まれているのは、太宰さんで免疫が付いてるからだ。
(その後は「僕も好きだぞ!」とか「懐かしいね!小さい頃よく飲んでたなぁ」とか和気あいあい)
次は、ゴンドラでジャングルの奥地を探検するアトラクションを体験して……
「結月くん、ジャングルを上から探検するのは新鮮だな!」
「天哉くんはジャングルを上から以外に探検したことあるの?」
次に乗ったのは、アマゾン川の上を駆け抜けるジェットコースターだ。(川にはワニ付き)
「焦凍くん。あれはさっき乗ったジェットコースターとはまた違ったタイプで、くるっと回転するやつだね」
「確かにレールが回転してるな」
「まあ、一瞬だけどね〜」
「一瞬なのか」
――いい感じに乗り物を制覇して行き、ズーアイスを食べながら一休みする。
迷子の女の子に出会ったのは、そのすぐあとだ。
「つまり、迷子というわけだな」
「だから、ユカ、まいごじゃないもん!もうようちえんなのにまいごにならないもん!」
本人的には迷子ではないらしい。
天哉くんの言葉に、女の子――ユカちゃんはむぅと唇を尖らせ反論した。
一人でうろうろしていたところに、声をかけたら迷子じゃないと一点張りのユカちゃんだ。
詳しく話を聞くと、今日はお母さんと二人で遊園地に遊びに来たという。
そのお母さんがアイスを買いに行っている間の出来事……大好きなキャラクターの着ぐるみが通りかかって、追いかけたらユカちゃんは迷ってしまったらしい。
「う〜ん、迷子センターに連れて行くのが一番確実だよね」
「だからまいごじゃないもんっ、ただママとまちあわせばしょがわからなくなっちゃっただけだもんっ」
再び反論するユカちゃんに「ご、ごめんね」と、たじたじになってでっくんは謝った。
「それを迷子と言うんじゃねえか」
「っ……」
冷静な焦凍くんの指摘に、さらに不服そうな表情をするユカちゃん。「まあまあ」と、私が間に入る。
「とりあえず、お母さんとの待ち合わせ場所に連れていってあげようよ」
「うむ、そうだな。で、その待ち合わせ場所というのが……」
「リンゴのまえ!」
ユカちゃんがこれだけは覚えてると言わんばかりに、大きな声で答えた。リンゴ?
「リンゴの前……。あ、森のスィーツ屋さんってお店が今、期間限定でアップルパイ売ってるみたい」
「もしかしたらそれに合わせて、リンゴの飾りをされてるかも知れないな。近くだし、行ってみよう」
こうして五人になって、森のスィーツ屋さんを目指して歩く。
「ユカちゃん、可愛いぬいぐるみ持ってるね〜」
はぐれないようにユカちゃんと手を繋いだ。
「うんっさっきママにかってもらったの。ユカのおともだち!」
繋いでいないもう片方の手で、ユカちゃんはカンガルーのぬいぐるみを、ぎゅっと抱き締める。
***
「――ママ! !」
「ユカ……!!もう、どこにいたの!ママ、心配したんだからね……っ」
なんとかたどり着いた、お母さんとの待ち合わせ場所は……
「子供にはこれがリンゴに見えんだな」
焦凍くんがほぅとそれを見つめて言った。
ユカちゃんが言うリンゴとは、リンゴの飾りでも赤い風船でもなく。
芸術好きの園長の趣味(?)による、園内にある謎の赤い球体のモニュメントだった。
ユカちゃんが言うには、赤くて丸い物は全てリンゴらしい。
「良かったね、ユカちゃん、お母さんと無事に会えて」
でっくんは目線をユカちゃんと同じようにして言った。
ユカちゃんから事情を聞いて、何度も謝罪と感謝を繰り返すお母さんに「いえ、僕たちは当然のことをしたまでです。どうかお気になさらず」と、天哉くんが代表するように言う。
「もう迷子になんなよ」
「可愛い子は狙われるから気を付けてね」
「大好きな観覧車、お母さんと乗れるね」
「ユカ、お兄ちゃんとお姉ちゃんにありがとうは?」
「おにいちゃんとおねえちゃん、ありがとう!」
満面な笑顔のユカちゃんに手を振った。
「じゃあ、僕たち次はどこに行こっか?」
「アップルパイが食べたいっ」
でっくんの問いにすかさず答える。さっき訪れた森のスィーツ屋さんの限定アップルパイ、すごくおいしそうだったから。
「確かに、期間限定でおいしそうだったな」
「うん、おいしそうな匂いがしてたね」
天哉くんとでっくんも同意のようで、
「さっきアイス食っただろ……」
焦凍くんは若干呆れ顔をしつつ、再び森のスィーツ屋さんに向かう。
アップルパイは別腹だ!
「……うまい」
舌が肥えてそうな焦凍くんが、そう一言。パイ生地はサクサクで、りんごはほろりと甘酸っぱく……すなわち。
「美味……!」
「うん、うまいな」
「ぺろりといけちゃうね」
天哉くんもでっくんも同じように続き、最後の一口を名残惜しくも食べた。
(……ん?)
その時、目の前を、警備員らしき人たちが慌てた様子で走っていく。
「なにかあったのかな?」
「うむ……」
不思議に思いながら、警備員が走っていた方向を見つめる。
その直後、聞こえてきた喧騒。
ただ事ではない様子に「行ってみよう」と、皆で席を立って、向かった。
「「…………!?」」
――騒ぎの元は観覧車だった。
周囲が唖然と見上げるなか、私たちも同じようにぽかんと見上げる。
観覧車のゴンドラの上に、カンガルーが飛び跳ねていた。
……カンガルー?
「飯田。ズードリームランドには本物のカンガルーがいるのか」
「いや……俺の記憶にある限り、ここには生き物はいないはずだ」
「演出ってわけじゃないよね……」
「あれ……ぬいぐるみじゃない?」
よく見ると……先ほど、ユカちゃんが持っていたぬいぐるみに似ているような……。
そして、観覧車の回る速度が普段より速くなっている気がする。
まるで、カンガルーがジャンプして動かしているように。
「どうなってる!?操作が反応しない!」
「緊急停止もできません!」
アニマルでメルヘン的な光景に呆然と見ていたけど、キャストさんのその言葉に緊急事態だとはっとする。
「今はまだいいが、このまま暴走したら危険だぞ」
「あのカンガルーの仕業だろうか?」
「道くんに電話してみる」
「でも、どうしてぬいぐるみが……」
そのでっくんの疑問に答えるように「皆さん!!」と、割れた窓からユカちゃんのお母さんが声を上げる。
「突然、ユカの"個性"が発現したみたいなんです!」
「ユカくんの"個性"が……!」
そういえば、ユカちゃんはまだ"個性"が発現していないって言っていた。
「私の"個性"がぬいぐるみを操る"個性"で、夫の"個性"が機械を操る"個性"なんです!」
……なるほど。その二つの能力を受け継いだ"個性"だとしたら、この奇妙な現象にも説明がつく。
「……なるほどな。ま、発現しちまったもんはしょうがねえよな」
「道くん!」
事前に警備員から連絡を受けてたようで、すぐさま道くんは駆けつけてくれた。
道くんはまっすぐ観覧車を見据える。
「とりあえず、俺の"個性"で観覧車をコントロールする。んで、乗客を順番に降ろして安全確保だ」
「"個性"でコントロール……?」
「道くんの"個性"は《金属操作》なの」
道くんの"個性"によって、回っていた観覧車の動きがゆっくりになっていく――その時。
「!?危ないっ!」
カンガルーが、ゴンドラの上からキャストの二人に目掛けて飛び降りて来た。
彼らに邪魔をされたと思ったのかも知れない。
でっくんの言葉に弾かれ、テレポートで助けに向かい、でっくんもほぼ同時にカンガルーの前に立ち塞がった。
「ぐはっ」
「でっくん!?」
いくらぬいぐるみといえ、カンガルーはカンガルーらしい。
顎を蹴り上げられて空を仰ぐでっくん。見事なキック……!
あまり痛そうには見えなかったけど、今度はでっくんの頭を踏みつけるなど、野生的身体能力が侮れない!
「わわっ……!」
そのまま、反動をつけたカンガルーのキックが迫る。慌てて二人のキャストに触れて、テレポートで回避。
「皆さーん!安全のため、離れてください!」
離れた場所に現れれば、天哉くんが避難誘導する声がその場に響いていた。
「理世!あのぬいぐるみは観覧車に乗ってる嬢ちゃんのなんだよな!?」
「うん!」
それを聞いて、道くんが取り出そうとしていた拳銃をしまった。
「ヒーローたるもの、ぬいぐるみ一匹ぐれぇ無傷で確保しねえとな」
道くんは歯を見せて笑う。
今は予期せぬ"個性"発動で暴れているけど、あのカンガルーはユカちゃんの大事なぬいぐるみだ。
こちらに向かって跳ねてくるカンガルーに、道くんは素手で立ち向かう。
――直後、カンガルーはツルっと滑った。
「「……。ん!?」」
暴れながらツーーと滑るカンガルーの首根っこを掴み、持ち上げたのは焦凍くん。
「捕まえた」
いつの間にか、地面には氷が薄く張っている。
「……ヒーローの活躍、奪うなよ」
ぽつりと道くんが言った。
***
「ご、ごめんなさい……かんらんしゃにまだおりたくないって思ったら……っ」
泣きじゃくりながら、そうユカちゃんは話した。
その感情がきっかけなのか、偶然"個性"が発現して、そんな風に能力を使ってしまったのか定かではないけど……。
「"個性"の発現は、いつどこで起こるかわかんねーから気にすんな」
道くんがしゃがんで優しくユカちゃんに言う。そう、ユカちゃん本人には全く非がない。
「それに……、おかげで悪いヤツも捕まえられたからお手柄ってやつだぜ」
「わるいやつ……?」
偶然にも、観覧車に乗っていた男女が違法取引を行っていたというからびっくりだ。
不審な様子と持ち物に、警備員が引き止めて発覚したという。(違法植物の取引だったらしい)
確かに男女なら観覧車に乗ってもカップルに見えてカモフラージュできるし、ずる賢い手口だ。
「ほら、ともだちなんだろ?これから"個性"のコントロールできるように頑張れよ」
「……うんっ!」
焦凍くんからぬいぐるみに戻ったカンガルーを受け取り、ユカちゃんは嬉しそうにぎゅっと抱き締めた。
「あの……本当にお怪我は……」
「全然大丈夫です!ぬいぐるみだったから痛くなかったし、ちょっと驚いただけで」
心配そうなユカちゃんのお母さんに、平気だとでっくんは笑う。
「何はともあれ、怪我人も出なかったし、一件落着だな」
「天哉くんは避難誘導さすがだったね〜」
「ああ!先日の授業が活かせられたよ」
辺りもすっかり夕焼けになり、明日の学校を考えるとそろそろ帰らなくちゃならない。
なんだかんだ、乗り物系は制覇できて、満足しながら最後にお土産を見て回る。
「結月さんは何か買うの?」
「安吾さんに癒されそうな動物のグッズを買いたいなぁって」
あと、鏡花ちゃんに何かうさぎのものを……
「轟くんはお母さんに?」
「ああ……でも何が良いかわかんねえな」
「轟くんが悩んで選んだ物なら、どんな物でも母上は喜ぶと思うぞ」
「私もそう思うな」
「そういうもの……なのか」
帰りは途中の乗り換えの駅まで皆と一緒だ。
席に座れたのはラッキーだったけど、座ると疲れがどっとやってきた。電車の揺れに合わせて、舟を漕いでしまう……。
***
「飯田……父親みてえだな」
「緑谷くんも結月くんも寝てしまったが、ちょうど僕の肩は枕に良いのだろうか」
「緑谷は一緒だけど、結月は先に降りるから起こしてやらないと、……な」
「はは、今の揺れで結月くんは今度は轟くんの肩を枕にしたな」
「……よく起きねえな」
「結月くんは体力が乏しいから、よっぽど遊び疲れたのだろう」
「……子供みてぇ」
「それだけ楽しかったのさ。僕も今日はとても楽しかった」
「そうだな……。俺も、楽しかった」
***
――……結月、結月。
……まだ寝てたいと思いながら、そんな風に誰かに呼ばれて起こされる。
「おい、結月。次、降りる駅じゃねえのか」
「……?あー……本当だぁ……。起こしてくれてありがとう、焦凍くん」
電工掲示板に流れる駅名を見てようやく覚醒した。寝てたのかぁ、私。
しかも……
「ごめん、焦凍くんの肩を枕代わりにして寝てた」
「その前は飯田の肩を借りてたぞ」
「だから枕が変わった夢を見たのかな?」
「変な夢を見たな」
「俺と轟くんだと肩幅や高さが少し違うからかもしれんな」
……………。あ、なるほど。
「あは〜でっくんも寝てたんだねぇ」
どおりでつっこみがないと思ったら。
すやすやと寝ているでっくんの寝顔に、ふふと笑う。(そういえば、楽しみで昨日はよく眠れなかったって言ってたっけ)
「じゃあ、でっくんによろしく。また明日!」
「気をつけて帰れよ」
「家に帰るまでが遠足さ、結月くん」
――また、明日学校で!
今日は遠足だったらしい。天哉くんの言う通り、家に着くまでこのまま遊園地気分でいようかな。