1−A:授業参観・前編

 翌日、授業参観当日。

 教室に入ると、どこか浮き足立っているような雰囲気だ。気恥ずかしい気持ちは、高校に上がってもヒーロー科でも、小中の時と変わらない。

「爆豪くん、おはよう!爆豪くんとこは、今日はお母さんが来るの?」

 ワクワクを隠しきれないで話しかけたら、思いっきり爆豪くんは怪訝に眉を潜めた。

「……だったらンだよ」
「いやいや、聞いただけ〜」

 ア!?と睨む爆豪くんをよそに、自分の席へ向かう。(爆豪くんにそっくりなお母さん……楽しみ〜)

「おはようございます、結月さん」
「おはよう、理世」
「おはよう〜」

 八百万さんと話していた耳郎ちゃんとも朝の挨拶を交わす。

「今、チョコお餅の話をしててさ」
「チョコお餅?」
「はいっ、これが意外とイケましたの!」

 詳しく話を聞くと、昨日、八百万さんは買い物の際に梅雨ちゃんとお茶子ちゃんと偶然出会したそうだ。
 その際にお餅の特売があって、お一人様お一つまでとの事で、お茶子ちゃんは二人に協力してもらったとか。(ワケあり?の万引き事件にも出会したらしい)

「理世んとこは誰が来るの?」

 話は変わって、耳郎ちゃんが聞いた。

「うちは……お父……お兄ちゃん、的な?」
「「?」」

 うーん、なんて説明したらいいのやら。というか、ちゃんと説明すると話が長くなるというか。

「……俺に説明を求められてもだな」

 私の視線に気づいた焦凍くんが、困ったように言った。

「まあ、来たら分かると思う」

 二人も会った事がある人だ。含みがある返答に、二人はますます不思議そうな顔をした。
 チャイムが鳴って、耳郎ちゃんは自身の席に戻っていく。

 条件反射的に他の皆も席に着く。SHRの時間だ。

 ……………………。あれ?

「相澤先生、来ないね?」

 静まり返っている教室で、最初に口を開いたのは透ちゃんだ。チャイムが終わると同時に、きっかり相澤先生は入ってくるのに。

「ケロ。遅刻かしら?」

 窓側の席の梅雨ちゃんが、廊下を見ながら言う。

「なっ、見本であるはずの教師が遅刻とは……!これは雄英高校を揺るがす、由々しき事態だぞ、みんな!!」

 一大事だと叫ぶ天哉くんだけど、立ち上がって機関車のように腕を回す君が一大事だ。

「まー、相澤先生だって、相澤先生である前に人間だし。たまにはそういうこともあるんじゃね?」

 瀬呂くんは椅子を後ろに倒しながら言った。
(あの相澤先生がねぇ……)
 壁時計を見ると、すでに3分は回っている。

「しかし、瀬呂くん!我々が目指すヒーローとは一刻を争うものだろう!?救けを求める人にとっては、命をかけた時間……一秒とえど遅刻は大罪だ!」

 天哉くん、さらにヒートアップ!どこかの理想主義者の眼鏡の人と同じような事を言うなぁ。あっちは予定が狂わされるのが嫌なだけだけど。

「何かあったのかな……?」
「ボソボソ言ってよじゃねえよ、クソが」
「ごめん、かっちゃん。でもさ」
(何かあったとしたら……相澤先生ならなんだろ)

 オールマイト先生なら、通勤途中でヴィラン確保とかよくある話だけど。(相澤先生もプロヒーローだし、事件に出会したとか?)

 考えていると、SHR終了のチャイムが鳴った。
 鳴り終わっても開く気配のないドア。10分経過……さすがに。

「そういえば、そろそろ保護者が来てもいい時間じゃありません?」

 再びざわつく教室に、八百万さんが訝しげに口を開いた。

「そだな。でもまぁ始まるまで時間はもう少しあるし……」
「でも、まだ一人も姿を見せないのは……」

 楽観的に言った切島くんに、さらに不安げに八百万さんは返した。

「どこかで迷ってるとか?」
「雄英、広いからねー」

 耳郎ちゃんと三奈ちゃんが言った。

「よし、僕が委員長として職員室に行ってくる。みんなはそのまま待機していてくれ」
「なら天哉くん、私が行こうか?その方が早いし」

 立ち上がる天哉くんに言った。職員室なら、このままテレポートで一瞬だし。

「うむ。では、結月くんに……」

 ――その時、天哉くんの言葉を遮るように、教室内で着信音やバイブが重なって響き渡った。

「なになに!?」
「なんだ?」

 驚きながら、皆がスマホを手に取る。私もスカートのポケットに入れていたそれを取り出した。

「相澤先生からだ……!」

 でっくんが言ったと同時に「俺も」「私も」と声が続く。同じく指を滑らせ確認すると、例にもれずに相澤先生からだ。

『今すぐ模擬市街地に来い』

 そのメッセージに首を傾げる。(どういうこと?確かに送信先は相澤先生……)

「市街地?なんで……」
「……あっ、オレ分かった!相澤先生、あっちでまとめて授業……つーか手紙の朗読と施設案内するつもりなんじゃね!?合理的に!」

 ピコン、と頭に電球を浮かんだように言った上鳴くん。

「それなら事前に言っておくと思うけど……」

 それこそ相澤先生なら合理的に。

「そういうことならばしかたがない……みんな、手紙を忘れずに!」

 私の呟きは天哉くんの大声でかき消された。
 なんか他に理由がありそうな気がしないでもないけど……。まあ、向こうに着いたら分かる事か。手紙をポケットに入れる。

 模擬市街地と言うと、バスで行かなければならない。

 天哉くんが張り切って引率し、乗り場で待機していた無人バス……というか、雄英十八番の運転手ロボくんが運転してくれる、模擬市街地行きのバスに乗り込む。

「最初からあっち集合にしとけっての。めんどくせえわ〜」

 峰田くんの率直な愚痴だ。「ハハ……」前の席に座るでっくんはそれに苦笑いを浮かべたものの、すぐに考え込んだ表情になった。

「どうした、緑谷くん」

 その様子に気づいて、その隣に座る天哉くんが尋ねる。

「うん……なんか、そういう二度手間なこと、相澤先生がするかなぁって思ってさ」
「やっぱり引っ掛かるよね〜あの合理性を権化した相澤先生のやり方っぽくない的な」
「結月さんもそう思う?」
「確かに、相澤先生らしくはないな」

 目をシパシパと瞬きさせながら頷く天哉くんに「そうだな」さらにその隣に座っている焦凍くんも静かに同意した。

「緑谷、結月も考えすぎ考えすぎ!ハゲんぞ?」
「ハゲないし!」
「きっとうっかりしてたんだよ、うっかり相澤だよ」
「八平衛か!」

 隣でお茶子ちゃんが吹き出した。その隣の梅雨ちゃんが淡々と言う。

「それ、相澤先生の前でも言えるの?峰田ちゃん」
「絶対言わねえから、絶対言うなよ!」
「うっかり言っちゃったらごめんね☆」
「うっかり理世ちゃんや!」
「さっきハゲるって言ったの謝るから!」

 焦る峰田くんをよそに、天哉くんがハッと口を開く。

「もしかしたら、何か先生なりの考えがあるのではないか?」
「考え?」
「あぁ、ヒーローが呼ばれる時はいつも突然。だから、そのとっさの対応を今から訓練しているとか」

 ……なるほど。じつはすでに訓練は始まっていたパターンか。うん、雄英が好きそう。

「あぁ、それはあるかもしんねえな」

 焦凍くんも頷くなか、天哉くんは返事ではなく、小さく欠伸した。

「眠いの?めずらしいね」
「あぁすまない、振動に揺られているとつい……」

 昨日は一番天哉くんが張り切っていたから、きっとその疲れが残って……

「昨日、夜更かしをしてしまった。手紙が長すぎると時間をとってしまっていけないと気づいて、四十枚からなんとか二十枚まで絞ってみたんだ」

 全然違った。

「絞ってそれ!?いや、二十枚削ったのもすごいけど!」

 驚くでっくんに、天哉くんは真剣な様子で首を振る。

「もう絞れない……感謝の気持ちがぎゅうぎゅうすぎて、一文字も削れないんだ……!」
「道理でポケットが膨らんでると思ったぜ」
「本当だねぇ」

 こともなげな焦凍くんの言葉に見ると、確かにそのポケットはパンパンだ。
 天哉くんが取り出した封筒を見て「私のサイフもそんくらいパンパンやったらな〜」と、笑うお茶子ちゃんにくすりとする。

「別に削らなくても、発表の時に抜粋して話せば良かったんじゃない?」

 続いて何気なく言ったら、天哉くんはハッとショックを受けた顔をして、


「その手があったかーーー!!!」


 悔しそうに叫んだ。(なんかごめん)


 ***


 程なくして、バスは模擬市街地のバス停に到着した――けど。

「相澤先生、いないねぇ〜」
「見当たりませんわね……」

 てっきり待ち構えているだろうと思ったのに。

「……なんか匂う」
「オ、オイラじゃねえぞ!」

 障子くんの言葉に峰田くんがすかさず否定した。障子くんは自身の触手の先に鼻を複製している。

「違う、……ガソリンのような匂いだ」
「どっかで交通事故とかの演習でもやったんじゃねえの?」

 上鳴くんがそう言った直後――

「……!?」
「なんだっ?」
「施設の奥から!」

 聞こえたのは小さな悲鳴だ。その悲鳴が止まないうちに、別の人たちの叫び声も聞こえてきて、慌てて皆と駆け出した。
 異常事態?ビルが建ち並ぶ道路を抜けると、障子くんが言っていたように、ガソリンの匂いが濃くなっていった。

「っ……なんだよ、あれ……」

 立ち止まった切島くんが茫然と呟いた。

 開けた視界の先の光景――広い空き地と、忽然とそこに現れたような大きな穴だ。半径数十メートルはあるだろう。

(!……檻!?)

 その穴の中央に、ポツリと残された大きな四角い檻。
 一見、宙に浮いてるように見えたけど、違う。まるで、塔のように削り残された地面にその檻は置かれていた。
 檻は無人ではない。中には閉じ込められた大勢の人の姿――

「安吾さんッ!!」

 その中にその姿を見つけた瞬間、叫んだ。
 見間違うはずがない。今朝と同じスーツ姿。

「理世……!!」

 気づいた安吾さんも、こちらに向かって叫んだ。
 動揺を抑えるように手をぎゅっと握りしめる。(檻に囚われているのは授業参観に来た保護者たち……!)

 一体、どうして――
 
「お茶子ー!!」
「父ちゃん!?」
「焦凍……っ」
「っ……」
「天哉……!」
「母さん……!」
「出久……!」
「お、お母さん……?」

 囚われた人たちの助けを求める声が重なる。

「っ、待ってお茶子ちゃん!」

 駆け寄ろうとするお茶子ちゃんの腕を慌てて掴んで止めた。

「っ、くさ……っ、ガソリン……!?」

 お茶子ちゃんが鼻を押さえて顔をしかめる。
 覗き込むと、深い穴の中には澱んだ液体が……。あの檻にしても、これは、用意周到に仕組まれたものだと分かった。
 
「なんだよ、これっ?なんで親があんなとこ……」
「つーか相澤先生は!?」

 混乱とざわつきが広がるなか、辺りを探す。
 いるであろう第三者の姿を――。すると、どこからか冷ややかな機械的な声が響く。

「アイザワセンセイワ、イマゴロネムッテルヨ。クライツチノナカデ」
「「!?」」

 機械で無機質に変えられた、敵意があるとはっきり感じられる声だった。それぞれが咄嗟に身構える。

「暗い土の中って……」
「相澤先生、やられちゃったってこと……?」

 あの相澤先生が……?

 正直、信じられない。でも、この非常事態でも姿を見せない事と、先ほど送られて来たメッセージは確かに相澤先生からのものだった。

 その事実を認識すると、嫌な風に鼓動が早くなっていく。

「ウソだよ!なんかの冗談だろ!?もうエイプリルフールは過ぎてんだぞ!つーか、お前誰だよ!?姿を見せろ!」

 上鳴くんの言う通り、確かに声の主の姿は見当たらない。

 どこかに隠れて……

「サワグナ。ジョウダンダトオモイタイナラ、オモエバイイ。ダガ、ヒトジチガイルコトヲワスレルナ」
「人質……」
「違う、この周りじゃない。声はあの檻の中からだ」

 姿を探す私たちに言ったのは、触手に耳を複製させた障子くんだ。「中……?」檻に視線を向ける。

「ソノトオリ。ボクハココニイル」

 その言葉と共に、恐れ戦くように保護者たちが退いた。

「「っ!?」」

 その後ろから……影のように黒い人影がゆらりと現れた。人質と一緒に檻に入っているという、異様な光景だった。

 隅に逃げる保護者たち。ぽつりと一人、佇む黒。

 その人物は黒いフードつきのマントと、黒いマスクに黒い手袋と、肌が一切見えない黒で覆われていた。

 まるで死神のよう。

 背が高く、体格からして男のようには見える……けど。

「サキニイッテオクガ、ガイブヘモ、ガッコウヘモレンラクハデキナイノデアシカラズ」

 こちらの行動を見透かしたように言った。

 後ろに回した手の中に、こっそりスマホを転移させていたけど……

「電波が入らない……!」

 天哉くんがスマホの画面を見ながら言う。同じようにスマホを手に取っていたでっくんたちも苦い顔をしていた。

「アァ、モチロン、ソコノデンキクンノ"コセイ"デモムダダ」
「マジか、くそっ……」
「テレポートガールノキミモ」
「……私たちの"個性"は把握済みってわけね」
「ニゲテ、ソトニタスケヲモトメニイクノモキンシダ。ニゲタラ、ソノセイトノホゴシャヲスグニシマツスル」

 だから、自身も檻の中に……?

「あかん!檻が頑丈でどうにもできひんわー!!」

 檻の中で、がっしりした体格の人の好さそうな男性が格子を掴み、ガチャガチャと揺らしながら叫んだ。

「と、父ちゃん!!」
(お茶子ちゃんのお父さん……!)

 次々と檻の中から助けを求める声が続く。

「た、助けて、百さーん……!」
「お母様があんなに取り乱すなんて……気をたしかに……っ」
「ゲコッ、ゲコッ」
「危険音……ケロ……」
「理世……っ!私には、どうすることも出来ません……!」
「安吾さん……っ」

 あの超優秀な最年少参事官補佐である
安吾さんさえ、手も足も出せない状況。

「……………………」

 ……?あの安吾さんがあっさり捕まる……?(なにか……なにか、)

「あなただけが頼りなんです……っ!」

 ――理世!!

「……っ!!」

 ……待ってて、安吾さん。必ず、私が救い出すから……!!


「なんで……なんでこんなこと……!?」

 焦燥とも怒りとも取れる声で、でっくんが檻の中にいる男に問いかける。

「ボクハ、ユウエイニオチタ。ユウエイニハイッテ、ヒーローニナルノガ、ボクノスベテダッタノニ。ユウシュウナボクガオチルナンテ、ヨノナカ、マチガッテイル」

 責め立てるような口調で犯人は話す。

 てっきりヴィラン連合に関わっている者か、事件に感化された模造犯かと考えていたけど、単なる逆恨みによる犯行……?

「セケンデハ、ボクハタダノオチコボレ。ナノニ、キミタチニハ、アカルイミライシカマッテイナイ。ダカラ――」
「要するに八つ当たりだろうが、クソ黒マントが!!」

 犯人の言葉を遮り、怒声のように爆豪くんは叫んだ。

「かっちゃん!?」
「めんどくせえ、今すぐブッ倒してやるよ……!」

 手のひらで爆発を起こし、檻へ行くつもりなのか、淵の前に駆け出す姿に慌てる。

 万が一ガソリンに引火したらどうするの!?

「オット、ヒトジチガイルノヲワスレルナ」
「キャア!」

 そう言って、犯人は一番近くにいた女性を引き寄せた。(爆豪くんに似てる……?)
 爆豪くんは「チッ」と舌打ちをして、二の足を踏んだ。

「勝手に捕まってんじゃねえよ、クソババア!!」

 捕まっているお母さんに対してブレない!

「クソババアって言うなっていつも言ってるでしょうが!!」

 すごい!お母さんも言い返した!

 その場の空気にそぐわない怒号に、爆豪くんのお母さんに皆の視線が集まった。

「……すげー、さすが爆豪の母ちゃん」
「ヘンな感心してんじゃねえ、クソ髪!!」

 数秒の沈黙を最初に破ったのは切島くんだ。……空気ぶち壊すけど、この流れで私も言っても良いかな。

「噂通り爆豪くんに(顔が)そっくりだね、お母さん」

 あ、逆か。爆豪くんがお母さんに……

「あん時、気色ワリぃ笑顔を浮かべてたのはそれかッ!クソデクの野郎が吹き込みやがったな……!!」
「気色悪いってひどいっ」
「「……………………」」
「……オトナシクシテイロ」

 微妙な空気の中、犯人は爆豪くんのお母さんを突き放した。どことなくテンションの低い声だった。

「ずいぶん、肝の据わった母上だな」
「うん、相変わらずだな、おばさん……」

 驚く天哉くんに、でっくんも苦笑いを浮かべて答えた。次いで、小さく息を吐き出し、きりっとした表情で犯人を見据える。いい感じに緊張が解れたみたいだ。

「……それで、あなたの目的は何ですか」

 でっくんは落ち着いた声で男に問いかける。
 犯人の方もマスクの下で、じっと見つめ返しているように見えた。

「……モクテキハ、ヒトツ。カガヤカシイキミタチノ、アカルイミライヲコワスコト。ソノタメニ、ダイジナカゾクヲ、キミチノマエデ、コワシテシマオウトオモッテネ」
「……それだけのためにかっ?」

 いつも温厚な尾白くんが怒りを露に言う。

「俺たちが憎いなら、俺たちに来いよ!家族巻きこむんじゃねえ!」

 その隣で切島くんも怒鳴る。そんな二人を嘲笑うように犯人が鼻で笑ったのが分かった。

「ボクガコワシタイノハ、キミタチノカラダジャナイ。ジブンヲキズツケラレルヨリ、ジブンノセイデ、ダイジナダレカガキズツケラレルホウガ、キミタチハイタイハズダ。ヒーローシボウノキミタチナラネ」
「……あなたもヒーロー志望だったのなら、こんなバカなこと、今すぐやめなさい!」
「そうだよ!こんなことしてもすぐ捕まるんだからね!」

 たまらず叫んだ八百万さんに、三奈ちゃんが憤慨して続いた。

「ニゲルツモリハナイ。ボクニハ、ウシナウモノハナニモナインダ。ダカラ、キミタチノクルシムカオヲ、サイゴニミテオコウトオモッタンダ。キミタチモ、ダイジナカゾクノサイゴノカオヲ、ヨクミテオクンダナ――サァ、ダレカラニシヨウカ……?」
「やめて!!」

 お茶子ちゃんが必死に叫んで制止した。

 一番厄介なタイプ。このまま人質を道連れにされたら……。(ううん、そんなことはさせないっ!)

 この場合……人質が複数なら、救出より犯人を引き離した方が早い。

 私の"個性"なら――……

「……かと言って、犯人に気づかれずにお母さんたちを逃がすこともムリそうだ……檻の周りに死角になりそうなものもないし……。それにここから檻までは数十メートルはある。檻に辿り着くまでにすぐに気づかれる……〜〜っ、ダメだ、思いつかないっ」

 でっくんも同じように必死に思考を巡らせていたらしい。

「緑谷、もっと声小さくしろ。気づかれる」
「あっ、ごめん、つい……っ」
「緑谷くん、なにかいいアイディアは浮かんだのか」
「いや、まだ……」

 天哉くんがでっくんの前に立ったので、その影に隠れてこっそりでっくんに話しかける。

「でっくん、逆の発想だよ」
「逆の発想……?……そうか、結月さんの"個性"で……!」

 さすがでっくん、一言でピンと来たらしい。
 でっくんと作戦会議すると、天哉くんに伝えると……

「みんな、結月くんと緑谷くんの作戦が気づかれないように犯人の気を逸らそう……!」
「わかった、任せろ」
「なるべく早く頼むぜっ」

 天哉くんの言葉に切島くんと上鳴くんが答えて前に出る。さらに、三奈ちゃんたちも。

「結月さんの"個性"で犯人を引き離すから、その間に僕らは人質救出すれば良いんだね?」
「うん。飛ばした犯人を確保してもらって、今度は檻だけを転移させるから……」
「そこに、轟くんに氷の橋をかけてもらえば……!なら、犯人確保と人質誘導の二手に別れよう」

 テンポよく進む会話。大まかな人選を考え、最後はこくりとお互い頷いた。

 檻の中を見据える――作戦決行だ!!
 
 この作戦の要は、私。まず、私が上手くいかない事には始まらない。

 "個性"を使い、檻の中にテレポート!

 すかさず男に触れて、爆豪くんたち犯人確保組の所へ――

「……あ、あれ?」


 "個性"が、発動しない……!?


「キミノ"コセイ"ハ、ボクニハキカナイヨ」

 "個性"が効かない、って。そんな、まさか――

「……くっ!」

 反応が遅れた。伸ばした手首を素早く後ろで捻られ、檻に押し付けられる。
 ガシャンと音が立ち、小さな悲鳴に混じって安吾さんの焦る声が聞こえた。

「ミイラトリガミイラダネ。ヒトジチガヒトリフエタ」
(嘘でしょう!?"個性"が使えない……!)

 "個性"は使っているのに、テレポートが出来ない。
 どうするか考えなきゃならないのに、頭が真っ白になる。

 そこに浮かび上がった答えは――

(まさか、太宰さんみたいな"個性"を無効化する"個性"……!)

 確かに太宰さんに触れられた時と同じように"個性"が発動しない。いや、「君の」と言ってたから、限定したものの可能性もある……?

(どちらにせよ、最悪な状況……!)


「理世ちゃんっ……!」
「結月くん……!!」
「んで、あいつが捕まってんだ!!」
「嘘でしょ……理世が捕まるとか……」
「結月っテレポート出来ないの!?」
「……もしや、犯人の"個性"によって、結月さんは"個性"が使えないのでは……!!」
「そんなことがあんのかよ!?」
「ど、どうすんだよ……緑谷ぁ!!」
「っ……(結月さん……!!)」


 ……――皆にも動揺が伝わっているのがここからでも分かる。作戦失敗。あの時、すぐに反応してたら回避できた事態なのに。
 格子の間にちょうど体を押し付けられて、身動きができない。

(この状態から"個性"なしで抜け出せる?いや……この狭い檻の中で暴れたら、人質にも被害が及ぶ)

 逆に人質にされるなんて……!

 自分の失態に唇を噛み締めていると、声が届く。

「あのさ、そういう美しくない犯罪はよくないと思うんだよね☆それより、僕の美しい顔を見ていれば犯罪を起こそうという気にならないと思うんだ」
(あ、青山くん……っ?)

 キラリンと星が出そうなウィンクをして、踊るように前に出た青山くんに、ぽかんとした。


 ――その場にそぐわないその発言が


「ねえ、君もそう思うよね?口田くん!」
「あ、あの、その……うん」
「なんで無口な口田くんに振った!?」
「口田、困ってんじゃねえか!」


 ――一石を投じ


「緑谷くん……君、救けたいんだろ」
「っ……青山くん……それって……!」


 ――流れを変え


「こういう時……俺たち、つい結月に頼っちまうよな……」
「っつても、それが自分の適材適所だって、あいつは得意気に笑うんだよなァ」
「さっきみたいに気を引いて、結月が自力で抜け出せる隙作れないかな!」
「そうか!あいつ、武術の嗜みがあるもんな!」
「少なくとも、大人しく囚われの身でいるやつではないのは確か……」
「とりあえず、また時間稼ぎすっか!?緑谷!」
「デクくん!私に出来ることがあったら言って!何でも言って!」
「緑谷くん!人質の方々も結月くんも全員、救けるぞ!知恵を貸してくれ!!」
「みんな、なんで……僕は……」


(……皆の雰囲気が変わった……?)


「結月も捕まってる今、手も足も出せないのはみんなわかってる。お前の奇襲にかけるしかないんだ」
「奇襲って、」
「そういうの得意だろ、どうにもならない何かをぶっ壊すのは」
「……っ」


 ――反撃の一歩になる。


「……っ(でっくん……っ)」

 確かに今、でっくんの真っ直ぐで強い瞳と目があった。
(何か、作戦でも……?)
 ……そうだ。私一人が捕まったところで。


「ナニヲシヨウトムダダトイウノニ」
「喧嘩売る相手、間違ったかもよ?」


 私だって、隙を見て逃げ出してみせる!!


 ***


「スタンガン?」
「うん、なるべく目立たないように小型で威力のあるものを作ってほしいんだ」
「……それが最善ですわね。捕まってる結月さんに感電する心配もありませんし。わかりました――……塗装は目立たぬように土色にしてみましたわ」
「私はこれと葉隠さんを浮かせばええんやね?」
「うん、これができるのは葉隠さんしかいないから」
「ちょっと待って!今、全部脱ぐからっ」
「ひょー……!!JKの生脱ぎ……!!身体は脳内補充!!」
「非常事態でもブレないわね、峰田ちゃん」
「ふごぉっ!」


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