エピローグ

「……オールマイトさん、そんな所で隠れて見てたんですか?」
「いや〜相澤くん、みんなよく頑張っていたな!最後まで手に汗握る展開だったよ!!……でも、私も混ざりたかった……」くぅーっ
「……。なんで犯人役代わったんですか」


 ***


「……では。まずは太宰さんがなんで犯人役をやっていたのか、です」

 海風に髪が煽られながら、太宰へさんに単刀直入に聞いた。
 同じように海風ではためくスカートは、雄英から新しく支給してもらったもの。

「じつに簡単な理由だよ。安吾から話を聞いて、面白そうだったからオールマイトさんに頼んで犯人役を代わってもらったのさ――……」


『あ、もしもーし。オールマイトさん?』
『太宰くんかい?君から電話なんて珍しいな』
『安吾から聞いたんだけど、授業参観で模擬事件の犯人役を何でもオールマイトさんがやるんだって?』
『おっと、これは結月少女には内緒にしといてくれよ』
『もちろんだとも。ものは相談なんだけど……その役、面白そうだから私やりたい』
『ンン!?君がかい!?』


「……。本当に、じつに簡単な理由ですね」

 本来ならあの役はオールマイト先生がやるはずだったと聞いて、なんとなく納得。
 前もオールマイト先生、ヴィラン役もしてたし。(というか、太宰さんもオールマイト先生と知り合いだったの?)
 
「私もまさか、太宰くんが犯人役を買って出るなんて思いませんでしたよ」

 そう言う安吾さんも、今朝最終打ち合わせした時に初めて知ったらしい。

「だって、人質を取って心中する役だよ?私にぴったりじゃあないか」
「「そこですか」」

 だから妙に演技にも熱が入っていたというか……最後も迫真だったし。

「でも、私が犯人役をやったことで、理世は良い勉強になっただろう?」
「……そこを突かれるとそうですけどぉ」

 口ごもると太宰さんはくすりと笑う。

「今のところ、私と同じ"個性"は生まれていないようだけど。いつ同じような"個性"を持つヴィランや、何らかの作用で君の"個性"を無効にするヴィランが現れるか分からないからね」

 忘れてはいけないよ――と言う太宰さんの忠告に「はい」と、素直に答えるしかない。

「……あ、そういえば、なんで太宰さんが氷の橋を渡っても消えなかったんですか?」

 太宰さんの"個性"は体質みたいなもので、自分の意思でON/OFFはできないというのは知っている。

「私の"個性"は私が触れた"個性"を無効化するが、それは私が直接触れているものにも同様に能力が及ぶ。服とかね」
「だったら……」

 尚更、太宰さんが焦凍くんの"個性"でできた氷の橋に乗ったら消えるんじゃ?

「そりゃあ靴下はいて直に靴には触れてなかったからねえ」
「……ああ……」

 なんて事ない答えだった。

「じゃあ最後はどうやって生還したの?」

 最大の謎。確かにあの時、太宰さん扮する犯人は炎の中に飲まれて行った。(映画のワンシーンを再現しながら)

 今、私の目の前にいる太宰さんは火傷もしてなければ、ピンピンしている。

「あれは防火服を着てたのさ。君たちが相澤先生の登場に気を取られてる隙に、すぐにセメントス先生の"個性"で消火して、私は普通に脱出したってわけ」
「……なるほど」

 全身黒い布で包まれた理由は、身を隠す以外にそんな理由もあったらしい。
 相澤先生が、万が一には備えてあるって言ってたけど、セメントス先生が待機してたんだ。凝った演習というか、太宰さんが好みそうな最後ではあるかも。

「あの時、安吾は無意識に私に手を伸ばしたねえ」
「……つい、反射的に」

 クスクス笑う太宰さんに安吾さんは照れてるみたいだ。

「しかし、少年少女が必死に立ち向かう姿は眩しいね!それに、君のクラスはなかなか面白い人材が揃っていて楽しめたよ」
「誰か太宰さんの目に止まった生徒はいましたか?」

 何気なく聞くと「そうだねえ」と太宰さんは考える素振りをする。

「緑谷少年……あの子はなかなかキレる子かな。磨いたら面白そうだ」
「確かに、でっくんは色々すごいですけど」

 太宰さんもそんな風に評価するなんて……

「彼はヘドロ事件の時といい、自殺愛好家の素質がありそうな所が良い」
「……ああ!あの助けに行った!」

 でっくんだったんだ!

 確かに捕まっていたのは爆豪くんだったし、でっくんの性格なら無謀でも助けに行ってもおかしくない。
 そうなると、爆豪くんがでっくんをやたら敵視するのも納得だ。
 あの場で助けようとされるなんて、あのプライドが許さないはず。(なるほどねぇ……)

 それはさて置き。自殺愛好家に同じ素質がありそうと気に入られるのは、でっくんもさぞかし迷惑だろう。

「でっくん、上手くみんなをまとめてましたしね〜……そう考えると今回の私、良いとこなかったなぁ」
「理世、私はそうは思いませんよ」

 項垂れて船の縁にもたれた。安吾さんは優しいからそう励ましてくれるものの。さすがの私も、明らかな自分の失態には落ち込む。

「身投げするのかい?なら、私も一緒に……」
「しないですッ!」
「……太宰くん……」

 静かに落ち込ませてもくれやしない!

「あの時、私に『絶対救けるから』と言った理世はヒーローでしたから」
「安吾さん……」
「私に『喧嘩売る相手、間違ったかもよ?』と言い放った理世も……」
「そんなかっこつけて言ってませんっ!」

 なんですか、その謎の中二病ポーズは。
 そもそも太宰さんに後ろで手を拘束されてたし!

「はあ……安吾さんはこれまで太宰さんとどうやって付き合って来たの……」
「とりあえず突っ込みはかかせませんね。突っ込まないと収拾がつかなくなり、太宰くんは無限に暴走しますから」

 ――それこそ、金槌で後頭部を叩いて突っ込むぐらいでないと。

「じゃあ安吾さん、金槌持ってたりしない?」
「生憎、持ち合わせてないんですよ」
「ないなら仕方ないねえ」

 笑いながら太宰さんは言う。

 たぶん、織田作さんもいれていつも三人でこんな感じで過ごしてきたんだろうな。
 そして、突っ込みが安吾さんだけというその苦労が、その若さににして貫禄を身に付けたのだろう……。

「あ、そうそう。君、緑谷くんの手紙は拾ってたけど、自分の分も落としていたよ」
「さっき着替えた時に失くしたと思ったんですが、太宰さんが持っててくれたんですね!」

 ありがとうと太宰さんから紫陽花模様の便箋を受け取った。
 いつの間にか失くして、いつの間に太宰さんが拾ってくれたらしい。
 授業で必要はなくなったけど、この手紙を渡す人物は目の前にいる。

「安吾さん。日頃の感謝の気持ちを手紙に綴りました。あとで、一人の時に読んでね」

 そう言って、海風にさらわれないように両手でしっかり持って渡す。
 やっぱり、照れくさくて誤魔化すように笑ってしまう。

「安吾、読んだらきっと泣いちゃうね。ハンカチを用意した方がいいよ」
「太宰さん、もう、泣いてる……!!」
「……気が早くないかい?」
「潮風が……目に染みただけです」

 丸眼鏡の下から目頭を押さえながら言う安吾さん。
 安吾さんもそんな月並みの台詞を言うのだと、新しい一面を知った。


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