1−A:授業参観・後編

 でっくんたちが何をしているかは、影に隠れて見えないけど、これから何かを仕掛けるのは確かだ。

 その証拠に――……

「今からだって遅くねえって!もう一度プルスウルトラしようぜ!」

 上鳴くん。

「一度はヒーローを目指したんでしょ!?その気持ちを思い出しなよ!」

 耳郎ちゃん。

「そいつ怒らすと厄介だから、さっさと解放した方が身のためだと思うぜ!」

 瀬呂くん。……って、安吾さんがいる前で変なことを!
 皆が大きな声を上げて、先ほどのように犯人の気を引こうとしている。

「ダカラ、ダマッテクレト、ナンドイエバワカル」

 背後の犯人が片足を踏み鳴らし、苛立っているのが分かった。

「イチバンウルサイセイトノ、オヤヲシマツスレバ、オトナシクナルカナ……」

 犯人が保護者たちを見定めようとそちらを振り向いた瞬間。足元の格子の間からバチバチと蒼白い光が――(スタンガン!……透ちゃんか!)

「あっ……!」

 もう少しで犯人に触れるというとこで、靴の先が蹴り、スタンガンは落ちていく。

「ドウヤラ、ミエナイコバエガ、マギレコンデイタナ……!」
「理世……!」

 安吾さんの不安げな声が響いた。

 掴まれた手に痛みを感じながら、連れて行かれる。
 何をする気か……犯人は怒りを露に、乱暴に鍵を開けて檻の外へ出た。

「ヒトリヒトリ、ジックリクルシメタカッタガ、ヤメタ。ミンナ、ナカヨク、ジゴクニイコウ」

 マントの中から取り出したのは、ライター!?

「まさか……!」
「やめ……!」

 こちらの声を待つ事なく、犯人はライターを穴に放り込んだ。一瞬でガソリンに火が移り、勢いよく燃え上がる。

「っ……!」

 四方八方を揺らめく火柱に包まれた。
 熱風に息を呑む。
 感じる熱さに、頬がヒリヒリと痛い。

「出久ぅ!!」
「お母さん!!」

 風に煽られ、勢いよく燃える炎の向こうに、必死にでっくんが腕を伸ばす姿が見えた――。


 ***


「僕のせいだ……」

 ――作戦は失敗してしまった。みんな、僕に託してくれたのに……!

「わっ……痛っ!?」
「アホか、テメーは」
「かっちゃん!?」
「檻から黒ずくめ野郎が出て来て、クソテレポが暴れてやがる。今が絶好のチャンスだろうがよ!」
「……っ!」
「おい、丸顔!俺を浮かせろ!」
「う、うん……!」


 ***


 ……――とりあえず。

 やつが檻から出て、この状況で大人しく捕まっている理由はなくなった。

「オトナシクシテロ……!オマエモイッショニジゴクイキダ」
「大人しくしてろって言われて大人しくしないし!こっちは心中とか聞き飽きてる、のっ!」

 太宰さんでね!!

 脚で後ろに蹴り上げ、暴れると!思ったより呆気なく犯人の手は緩んだ。瞬時に"個性"を使って、無我夢中で飛んだ先には、

「っ!爆豪くん!?」
「邪魔だッどけ結月!!」

 飛んで来た爆豪くんと、宙で危なく衝突するところを再びテレポートで逃れる。

「半分野郎……!」

 チッと爆豪くんは舌打ちをした。

 眼下を見ると、熱に交じる冷気。
 溶かされる前に氷結していき、岸を繋ぐ氷の橋だ。
 氷結の勢いは止まらず、犯人の足元を凍りつかせるものの、その手が触れれば溶けるのではなく、消える。

 やっぱりこの犯人……

「爆豪くん!このヴィランの"個性"は無効化だ!」

 檻の上に降り立ち、叫ぶ。(太宰さん以外にいたなんて……心中といい、そんなとこまで被らなくても!)

「無効化アァ!?……関係ねえ!!」
「クッ……!」

 爆豪くんは頭上から体当たりするように犯人に掴みかかり、地面にうつ伏せに倒した。

「この黒ずくめ野郎が!!てめェ自身は大したことねえじゃねえか!!」

 馬乗りになって確保!私が暴れて解放されたように、デカイだけで自身は軟弱のようだ。
 あとは人質の保護者の方々を救出するだけ。まずは邪魔な檻に手を触れ、"個性"で飛ばす。

「出久!」
「お母さんっ、大丈夫!?」
「天哉!」
「母さん!もう安心してくれ!」

 炎の波の上、でっくんと天哉くんが氷の橋を渡ってこちらに来た。

「結月さんも怪我とか……!」
「私は大丈夫!」

 心配そうなでっくんに、笑顔で答えた。一瞬ほっとした表情を浮かべて、次にその視線は爆豪くんに向けられる。

「かっちゃん!」
「こんな雑魚、俺一人で十分なんだよ。クソが」
「勝己っ、アンタ、またクソなんて!」
「うるせえ、クソババアが!」

 駆け寄るお母さんは、爆豪くんに拳骨でも食らわしそうな勢いだ。

 今の今まで人質にされていたのに、強い……!

 その光景にでっくんと苦笑いをした後、私は保護者の方々に向かい合う。

「皆さん、順番に私の"個性"で安全な場所にテレポートさせます」
「おお!じゃあここは女性の皆さんから……」

 そう言ったのは、お茶子ちゃんのお父さん……

「何した、テメエ!!」

 爆豪くんの怒声のような、犯人を問い詰める声が響き、緩んだ空気が一瞬にして張り詰める。

「イッタダロウ?ナカヨクイッショニジゴクイキダト」

 そう勝ち誇って言った犯人の親指は、手にある小さな何かのスイッチを押していた。

「イップンゴニバクダンガバクハツシテ、ココハシズム」
「爆弾をしかけてあったのか……!」

 天哉くんが声を上げ、瞬時にざわめきが広がる。

(1分後……!!保護者は21人。私の"個性"で全員を飛ばすのに間に合うの……!?)

 いや、尚更悩んでいる暇はない!一刻も早く――。その時、保護者の中にいる安吾さんが微笑んだ。

「理世、私は最後で大丈夫です……!皆さんを早く……!」
「……安吾さん」
「出久……っ」
「……っ」


 私も、笑顔で答える。


「待ってて」
「大丈夫だよ」


 ――大切な人に、そんな顔をさせるのはヒーローじゃない!!


「「絶対、救けるから」」


 ――同じ言葉が重なった。

 でっくんと目が合う。そして、何かに気づいたように目を見開く。

「結月さんっ逆転の発想!!」
「え?」
「一度に全員を運ぶんだ……!!」
「あぁ!!」


 今度は私がハッと声を上げた。


(この間、授業で習ったばかりなのに、なんですぐ思い付かなかったんだろう――!)


「さぁご婦人から先に!僕につかまってください!」
「で、でも、あっ……」
「あかん!こんなんじゃ間に合わへん……っ」
「猛烈な炎を消すより、もっと合理的な……」
「八百万さん!!」

 対岸で消火器を創り、皆で消火活動をしていた八百万さんの前にテレポートした。

「理世ちゃんっ!」
「結月さん!!お怪我は……!」
「それより、八百万さんに至急創ってもらいたいものがあって――……」

 矢継ぎ早に説明する。

「……なるほど。そうしますと……そうですわ……!結月さん、私に任せてください!」


 心強い八百万さんの言葉に頷き返して、すぐさまその場を離れた。


「滑り台だよ、飯田くん!」
「す、滑り台?どうした、緑谷くんっ?こんな時に!」
「あ、ほら、こないだ救助の授業で……!」
「救助袋か」
「……そうか!つまりこの氷の橋を滑って避難するということだな!」
「うんっ!今、結月さんが八百万さんに何か大きなシートを作ってもらうように頼んで……」
「でっくん、八百万さんに頼んで来た!」

 二人に説明している、でっくんの近くに飛んだ。

「あとは爆発の時間までに間に合うか否か……」

 こちら側へ応援に来ていた常闇くんが呟いた。

「もうそろそろできますわ……!」

 一秒が長く感じる中、対岸から八百万さんの声が届く。
 上着を脱いだその背中から、シャツを破って現れたのは大きな布。

「防火シートですわ。麗日さん、瀬呂さん、お願いします」
「はいっ」

 お茶子ちゃんがタッチして、無重力状態にしたシートを、

「いくぞ、せーの……!」

 瀬呂くんが"個性"のテープの先につけて射出!

「受け取れ、ダークシャドウ!」
「アイヨ!」

 切り離されたテープをつけたまま飛んできたシートを、ダークシャドウが受け止め、でっくんに渡す。

「ありがとう!八百万さん……!」
「これぐらい、お安いご用ですわ!」
「みなさん、これの上に乗ってください!」

 素早く防火シートを広げて、まずは保護者たちに上に乗ってもらう。

「透ちゃん!」
「葉隠さん乗った!?」

 全裸で姿の見えない透ちゃん!

「乗ってるよ!」どこからかその声が返ってきて安心だ。

(そろそろ、爆発の時間……なんとかぎりぎり……)
「飯田くんの"エンジン"で引っ張って、僕たちが後ろから押すのがいいと思う。轟くんはギリギリまで氷結してほしい」
「わかった」

 氷結を続けながら焦凍くんは頷く。凍らせるそばから、炎で溶かされていく氷の橋。それでも、原形を保っているのは焦凍くんの高い能力があってこそ。

「犯人はどうする」

 常闇くんが聞いた。爆豪くんが犯人を引っ張り上げ立たせている。既に反抗する気をなくしているのか、ずいぶんと大人しい。

「おいていくわけにいかないけど……」

 でも、この犯人が本当に"個性"を無効化する"個性"なら、八百万さんが創ってくれたシートも無効化にしてしまう。

「ヘンな真似したら、俺が……」
「「!?」」

 爆豪くんが言いかけた直後、地面の下で爆発が起こった。
 地面がぐらりと揺れ「キャア!」大きく傾く地面に、保護者の悲鳴が響く。

「おい!下が崩れそうだ!早く避難しろ!!」

 対岸から尾白くんが叫ぶ。もたもたしている暇はない!

「くそっ……早くしろ……!」

 今の揺れで氷の橋にヒビが入り、炎に煽られながら必死に焦凍くんが懸命に補修する。

「行こう!緑谷くん!」

 天哉くんが先頭で、シートの両端を後ろ手で持ちながら、後ろにいるでっくんに呼び掛けた。

「でも、犯人が……!!」

 地面がぐらぐらと揺れる中、でっくんの視線は犯人へ。

「ボクハソノシートニハノレナイ。ボクガアヤマッテフレタラシートハキエルカラ。ドチラニセヨ、ボクハシヌツモリダッタ。ハヤクイケ」
「っ!……!!」

 でっくんの顔に浮かんでいるのは悲痛な表情だ。
 ……きっと同じ気持ち。犯人とはいえ、見殺しにするのはヒーローとして正しいこと?

 犯人自身がそれを望んでいたとしても――。

「うわぁ……!?」
「っ!でっくんッ!」

 今度は地面に亀裂が……!!

 その拍子に、でっくんのポケットから手紙が落ちる。(あっ……)
 羽のように舞い上がり――燃えて塵になる前に、咄嗟に手の中に転移させた。

「緑谷くん、まだか!?」
「デク!!モタモタすんじゃねえ!行けっ!!」
「ここは何とかする!!」

 爆豪くんの言葉に続いて私も叫んだ。

「っかっちゃん!結月さんっ!犯人を頼む!!」

 意を決したように、でっくんも叫ぶように答えた。

「最初から全開だ……トルクオーバー……レシプロバースト……!!」

 天哉くんのふくらはぎのエンジンから、爆音と共に黒煙が噴き出す。トルクと回転数を上げ、一度使うとエンストを起こしかねない爆発力を生む、天哉くんの超秘!

「ぐっ……!」

 瞬間の引っ張られた速度に負けないようにと、後ろからでっくんと常闇くんが支える。
 後ろの両端はダークシャドウが持ち上げ、焦凍くんが直前でシートに転がりこんだ。

 天哉くんの疾風のような駿足は、まるでジェットコースターのようだ。

 あっという間に氷の橋を滑り渡り、対岸の地面に先頭の足がついた。
 ほっとひと安心したところで、まだ終わりではない……視線を犯人に移す。

「何とかするっつって、この野郎はどうする気だ……!?」
「今考えてるっ……!」

 立ち昇る炎に飲まれそうになりながら、爆豪くんの言葉に焦りながら答える。

 これがもし、太宰さんを助けるとしたら……!

("個性"はすべてキャンセルされるから……)
「キャ……!?」

 その時、もう聞こえるはずがないと思っていた悲鳴が響いた。


 ***


(!……まずい!)

 ――目に映ったのは氷の橋が崩れ、炎に呑み込まれる光景。

 シートが橋を通り過ぎるあと一歩だった。

 足場を無くしたでっくんたちが、掴んだシートの端にぶら下がっている。

「くっ!!」

 天哉くんが察知して踏ん張り引っ張って、慌ててお茶子ちゃんたちも続くも……。
 その反動で、汗で手を滑らせたように――シートの端にいたでっくんのお母さんの体が飛び出し、宙に浮いた。

「キャ……!?」
「っ!?お母さ……!」

 もう聞こえるはずがないと思っていた悲鳴に、私が反応するよりずっと早く――。
 まるで、その事態を予知していたかのように、ひらりと黒いマントをはためかせた犯人がそこにいた。
 沈みかける氷の橋を足場に、犯人はその長身を活かし、放り出されたでっくんのお母さんを受け止める。

「っ緑谷くんのお母さん、こちらに……っ!」

 安吾さんが腕を伸ばして、力強く彼女を引き上げた。

 瞬きの間の出来事だった。

「あの黒ずくめ野郎……」

 そうぽつりと言った爆豪くんの言葉は、いよいよ崩れ落ちる大きな音にかき消される。
 炎に飲み込まれる前に、咄嗟に爆豪くんの手首を掴んで、一緒に宙にテレポートした。

 安吾さんは犯人にも手を伸ばすけど、手を伸ばせば掴める距離なのに、犯人は、その手を取らなかった。

 男は両手を広げ、炎の海に落ちていく。
 まるで、これが本望というように――。

「ッ……クソがぁ!!」
「なんで……っ」

 宙から見下ろしていると、こちらに犯人は顔を向け、マスクの下で笑ったように感じた。

「オメデトウ、コレデ、ジュギョウハオシマイダ」
「「…………は?」」

 そして、炎の中に消えて行く。最後に、ぐっと親指を立てて。

「「(2かよっ……!!!)」」

 映画至上でも屈指の名シーン!!

 何がなんだか分からないまま、爆豪くんと共に地面に降りると、そんな出来事は露ほども知らない皆の安堵の声が広がっていた。

「助かった……」
「大丈夫!?出久……っ」
「お母さんこそ……っ」

 大粒の涙を溢すでっくんのお母さんの姿がそこにあった。でっくんが涙脆いのは、お母さんに似たのかもしれない。

「犯人は……っ」

 でっくんの言葉に、何とも言えないという顔で爆豪くんと見合わせた。
 犯人はこれを「授業」と言ったように聞こえた。
 けど、本当なのか未だに信じられない。

 だって、本人はあの炎に呑まれて――……

「とりあえず学校に知らせねえと……!」
「それに、相澤先生を……」
「はい、先生はここです」

 皆の声に混じって聞きなれた声が聞こえ、そちらに視線が集まる。

「「…………は?」」

 倒壊したビルの陰から出て来たのは、普段通りの相澤先生だった。


 ――呆然。困惑。飲み込めない事態に、それぞれ立ち尽くす。何事もなかったように相澤先生はこちらに歩いて来て、保護者の方々と話している。(あれ、あれ、あれ〜?)

「みなさん、お疲れ様でした。なかなか、真に迫っていましたよ」
「いや〜、お恥ずかしい!先生の演技指導の賜物ですわ!」

 豪快に笑うお茶子ちゃんのお父さん。

「緊張しましたわ」

 責務から解放されたように、ホッと息を吐くのは八百万さんのお母さんだ。

「生徒たちの懸命な姿に、思わず私も参戦したくなって抑えるのに必死でした」

 元ヒーローの血が騒いだと、天哉くんのお母さん。

「爆豪さんがキレた時はどうなることかと思いましたケロ」

 梅雨ちゃんのお父さんに……

「すみません〜っ、つい……」

 爆豪くんのお母さんまで。

 さっきまで恐怖に戦いていた姿はどこへやら。
 和気あいあいに喋りだす保護者たち。

(いや……うん。もしかしたらって考えもしたけど……見事に)

 騙 さ れ た!!!

 安吾さんは、私のじぃーという視線にばつが悪そうな顔をする。

「まだ分からねえか?分かりやすく言うとドッキリってヤツだな」
「「はああぁぁ!!?」」
「は、犯人も……?」

 でっくんの言葉にはっと思い出す。
 そうだ、あの人。炎の中に……

「えー……この人は劇団の人です。頼んできてもらいました」
「ドウモドウモ、オドロカセテゴメンネ?」

 いつの間にかそこにいるし!!(どうやって生還したの!?ていうか何者!?)

 黒マスクのマント姿で可愛らしく首を傾げる犯人に「マジかよ〜っ」と、上鳴くんが脱力。

「どうりで手ごたえねえクソモブだったぜ」
「いやいや爆豪くん、感想そこじゃなくない!?」

 本当に劇団の人なのかな……今度はこの人をじぃーと見る。

「ちょっと待ってください!さすがにやりすぎなのでは……!?一歩間違えば、ケガどころではすみません!」

 躊躇いながらもそう抗議したのは八百万さんだ。

「万が一には備えてある。やりすぎってことはない。プロのヒーローは常に危険と隣り合わせだからな。ヌルイ授業が何の身になる?」

 対して淡々と答える相澤先生。

「それは……そうですけど……」
「……怖かったか?家族に何かあったらと」

 先生はじっと八百万さんを見据えて、ゆっくり口を開いた。

「はい、とても」

 それに、彼女は真摯に答えた。
 
「身近な家族の大切さは、口で言っても分からない。失くしそうになって初めて気づくことができるんだ。今回はそれを実感してほしかった」

 そう、相澤先生は生徒たちを見回しながら言う。

(その感情は、私はよく……知っている――)

 一旦目を伏せ。その感情を消化するように噛み砕いてから、再び顔を上げて相澤先生を見た。

 目が、合った気がした。

「いいか、人を救けるには力、技術、知識、そして判断力が不可欠だ。しかし、判断力は感情に左右される――。守りたいものがあるから強くなるというのは、真実ではなく、同時に事実でもある」

 守りたいから守れるんじゃない。でも、守りたいと思わなければ、きっと守れもしない。

「お前たちが将来ヒーローになれたとして、自分の大切な家族が危険な目にあっていてもヘンに取り乱さず、救けることができるか。それを学ぶ授業だったんだよ。授業参観にかこつけた、な」
 
 最後に相澤先生は「わかったか、八百万」と言い、八百万さんは「……はい」しっかりと頷いていた。
 たぶん、八百万さんだけでなく、この場にいた生徒たちが心の中で頷いただろう。……私も含めて。

「それともう一つ」

 相澤先生は続ける。

「冷静なだけじゃヒーローは務まらない。救けようとする誰かは、ただの命じゃない。大切な家族が待っている誰かなんだ。それも肝に銘じておけ」

 今度は全員で「はい」と返事した。

「で、結果的には全員救けることができたが、もうちょっとやりようあっただろ」

 その最後の言葉には、全員で「は?」と、顔を歪ませた。
 
「犯人は一人だぞ。わらわらしすぎだ。無駄な時間が多い。それにスタンガン?もっと合理的なもんがあるだろ。それから犯人の注意を引き付けるのに、話しかける一辺倒は芸がなさすぎる」
「相澤先生、お言葉ですけど。あんな厄介な"個性"の人を連れて来て、私たち頑張ったと思います」

 抗議!そこまで言うなら正解を教えてほしい。ちなみに私の制服のスカート、焦げましたけど。

「俺から言わせれば……今回、でかい反省点があるのはおまえだからな、結月。初手で動揺してあっさり捕まりやがって」
「………………」

 痛い反撃に、目を瞑って黙る。

「結月……口は災いの元だ」
「……常闇くん。それ、私が言う前に教えて」

 だって、太宰さん以外に"個性"を無効化する"個性"持ちがいるなんて思わなかったし、太宰さんだって自分しかいないって……。

(おや、おや、おや〜?)

「結月以外にも、他に色々言いたいことはあるが……」
「「(まだあるんだ………!!)」」
「まぁギリギリ合格点だ」

 一応もらった合格点という言葉に、皆の頬が緩み、笑顔が浮かぶ。

「今日の反省点をまとめて、明日提出な」

 浮かんだ笑顔がすぐに強ばった。疲れきっているのにさらなる追い討ち。

 プルスウルトラ……!

 不満の声が上がる中、天哉くんの手も上がる。

「あ、あの感謝の手紙の朗読は……!ドッキリをカモフラージュするための合理的虚偽だったのですか!?」

 天哉くんの口から自然と出たよ、合理的虚偽。

「あらためて手紙を書くことで、ふだんより家族のことを考えただろ?」
「確かに……!」

 あっさり、そして深く納得する天哉くん。
 昨日徹夜して四十枚から二十枚にまで絞ったんだから、君は簡単に納得しちゃだめだよ……!

 そこで、授業終了のチョイムが鳴った。

「それじゃ、今日はこのまま解散。保護者の皆様、ご協力ありがとうございました」

 相澤先生の礼に保護者の方々も礼を返して、皆はそれぞれの保護者の元へ向かう。

 私も安吾さんの元へ――

「天哉、最後の活躍すごかったわね」
「今日、母さんの100%絞りたてオレンジジュースを飲んだからかもしれません」

 誇らしげな天哉くん。

「大丈夫か、お茶子」
「ホッとしたら今頃……おええ」
「がんばっとったもんな!」
「……うん!」

 お父さんに背中を擦られているお茶子ちゃん。

「どうしてアンタは口が悪いの!」
「ババアに似たんだろが!」
「私はアンタにつられたの!」

 言い争っている爆豪親子。

「授業参観、私でよかったかも……。お母さん、人質役なんかやったら倒れちゃいそう」
「あぁ」

 焦凍くんのお姉さんは、眼鏡をかけて穏やかそうな綺麗な人で。

「轟さん。雄英ではヒーロー基礎学の授業はほぼ記録に残します。今回も。なので、よかったら記録映像を後日、お渡しできますが」
「えっ、いいんですか!?」
「ええ、ご家族で鑑賞してもらうぶんには構いません」
「ありがとうございますっ」
「ビデオのこと、お母さんに見せるって気づいてくれたのね。後で、焦凍からもお礼ちゃんと言うんだよ?」
「……わかってる」
「お母さん、きっと喜ぶよ」
「……あぁ」

 焦凍くんの頬が微かに緩んだ気がした。

「黙っててごめんね!これも授業の一環だって相澤先生に聞いて……私で協力できることがあるなら、がんばらなきゃって」

 申し訳なさそうに謝っているのは、でっくんのお母さんだ。

「もういいよ」
「でも……『大丈夫だよ、絶対救けるから』って言った時の出久、本当のヒーローみたいだったよ……!」

 そう言って、目を潤ませながら微笑んでいる。


「安吾さん、すっかり騙されたよ」

 皆の横を通り、安吾さんに向き合うや否や開口一番に言った。

「はは、これぐらいの演技は仕事で必要になることもありますから」

 しかし……と、安吾さんは続ける。

「理世は最初に気づいたような素振りをしてませんでしたか?」

 確かに、安吾さんが捕まるのは変だなとは思った。

「そこから色々考えてはいたんだけど、どうせ一緒だしって考えるのは止めたの」
「一緒とは?」
「本当の事件でも訓練でも、全力で救けるのは一緒でしょ」
「……それは一本取られました」

 まあ、途中で雰囲気に呑まれ、いつの間にか本気になってたんだけど……

「反対に安吾さんは、あの犯人役の"本当の正体"にいつから気づいてたの?」

 そう聞くと、安吾さんは目を見開き「おや、やはり気づきましたか」と、眉を下げて笑った。


 ***


「そうそう、あの人にお礼を言わなきゃ……!劇団の人って言うだけあって、中の人はすごくイケメンなのよ!」声も素敵なのよ!
「へ、へぇ、そうなんだ」


 ――ぞろぞろとバス停に向かう面々とは反対に、少し離れて立っていた犯人役の人に話しかけようとしたところ、先客がいた。

「さっきはありがとうございました!」

 でっくんたちだ。お母さんは最後に救けられたからだろう。
 犯人役の人にでっくんのお母さんは頭を下げて、でっくんもそれに続く。

「トウゼンノコトヲシタマデデスヨ。ブシデヨカッタ!」

 そして、その人をじっと見上げている。

「……ナンダイ?ワタシノカオニナニカツイテルノカナ?マァ、マスクヲツケテイルケド!」
「……あの、もしかして……プロヒーローの方ですか?」
「……ドウシテ、ソウオモッタンダイ?」
「最後にお母さんを救けてくれた時に――一瞬の迷いもなかったし、慣れてたように感じて。あ、あとすごい"個性"の持ち主ですし!」
「ワタシハヒーローデハナイヨ。タダノ"タンテイ"サ」
「……探偵?」
「ソレニ、ワタシガタスケナクトモ、キミハタスケテイタダロウカラ、ヨケイナコトヲシテスマナカッタネ」
「そ、そんな……!余計なことだなんて……僕はやっぱりまだまだ、まだまだまだまだだなって……」
「い、出久……」
「ケンキョハビトクダガ、ケンキョスギルノハイケナイヨ、ショウネン」
「は、はい!改めて……お母さんを救けてくれて、本当にありがとうございましたっ」
「フフ、シンパイショウノオカアサンヲタイセツニシタマエヨ、ミドリヤショウネン」
「…っはい!(オールマイトと同じ呼び方だ……)」

 ……犯人役の人と話を終えて、踵を返したところを見計らって「でっくん」呼び止めた。

「結月さん」
「まあ、理世ちゃん、いつも出久がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ」

 挨拶はそこそこに、本題の「これ……」と、ポケットの中から差し出す。

「あっ、僕の手紙!」
「さっきの授業中にポケットから落ちたのを拾ったの。朗読に必要なくなっちゃったけど……」

 お母さんに渡してね――でっくんに手紙を渡した。
「ありがとう」と、でっくんは笑顔で受け取り、なんだか照れくさいやとそばかすの頬をほんのり赤く染めて笑った。

 でっくんと彼のお母さんと別れて、私が向かう先は……

「ツギハ、キミガワタシニヨウガアルノカイ?」
「その演技はもうしなくて大丈夫ですよ」


 ――太宰さん。


 はっきりと言い切り、背の高い彼を見上げる。

「……うふふ。正解だ」

 黒マスクを外した下から現れたのは、端整な顔立ち。

「もっと早くに気づくべきでした……。私の"個性"を無効化して「ミイラがミイラ取りになった」という言葉で」

 "ミイラ"という単語のチョイスは太宰さんなりのヒントだったのだろう。

「そこを気づいてくれたなら、普及点というところかな」

 太宰さんは笑った。

「あの、太宰さん、色々と聞きたいことが山ほどあるんですが……」

 それはもう、ものすごく。

「では、帰りのフェリーでゆっくり話そうか」


 解答編は海の上で。





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犯人役は本来ではオールマイト先生です。
夢主のこの"個性"で話を書くには太宰さん必須でした。


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