ヴィラン

 ヒーローが活動するのは昼夜問わず。
 誰かがヒーローを必要とする時、いかなる時でも彼らは駆けつける――。


 今朝の横浜はなんだか騒がしいと思ったら、どうやら中華街にヴィランが現れたらしい。
 通学中だけど、ちょっと寄り道して……。

 "二人" の活躍を見に行った。
 
「何しでかしたんだ?」
「暴行だとよ」

 中華街特有の赤い大きな看板の上で、ゴリラみたいなヴィランが雄叫びを上げていた。
 ヴィランの動きに合わせて、大きく上下に軋む看板。今にも落ちそう。

「おい。獲物だぞ、人虎」
「動物の異形型見たら獲物って言うのやめろよな、お前!」

(敦くんと龍くん、また言い争ってる)

 ケンカするほど仲が良いという言葉はあるけども。

 建物の上に居るのは、新米コンビヒーロー《双黒》こと(二人を括る時に太宰さんがそう呼んでいる)ヒーロー《黒獣》と、ヒーロー《月下獣》の二人だ。

 この横浜を仕切るヒーロー事務所、グラヴィティ・ハットの期待の新人ヒーロー。

「建物に被害が及ばないうちに速攻でいくぞ」

 本名、中島敦。

「無論」

 本名、芥川龍之介。

 二人は私の兄弟子で、雄英のOBで、言わば先輩ヒーローだ。

「さてはお嬢ちゃんも彼らのファンネ!?」
「え?あ、はい」
「私もファンネ!二人とも良いコンビネ!」

 隣から中国人に声をかけられた。

 本当にこんな喋り方する人いるんだ!?と驚きつつ、よく見るとコック服に片手にはお玉。どうやら騒ぎを聞き付け、慌ててお店から飛び出して来たらしい。

 根っからの二人のファンと見た。

「魔都と呼ばれる横浜の治安も、グラヴィティハットオフィスのヒーロー達がいれば安心ネー!」
「ですね〜!」

 うんうんと頷くコックさんに私も同意。

 黒獣が"個性"を使ってコートを操り、ゴリラヴィランを捕縛。そこに月下獣が"個性"の虎化した腕でぶん殴っているところだった。
 コンビとしての連携はなんだかんだ抜群なんだよね。

 ヴィランは早々に警察に引き渡され、二人に拍手と黄色い声援が送られる。
 未だ慣れない顔の敦くんと、愛想のない龍くんを見届け、私もフェリー乗り場へと向かった。


「なぁ結月!」

 登校して席に着くと、すぐさまやって来たのは上鳴くん。
 不安そうな表情に「?」と、首を傾げる。

「俺って、もしかして結月に嫌われてる?」
「ええ?」

 朝からどういう質問?

「一昨日メッセージ送ったのに、全然既読にすらならねえんだけど……」

 これで合ってるよな?と、そう言って上鳴くんはスマホ画面を見せた。

 確かにその三毛猫のアイコンは私だ。

 画面上には「今度どっか遊びに行こうぜ」というメッセージはあるけど、私の所には来てないし、行かないなぁと思う。

「現代人はスマホに振り回されているな……」
「常闇くんも枠は現代人に入るけどね」

 近くの席の、常闇くんの呟きにつっこんだ。
 席が近くだし、常闇くんとはちょいちょい言葉を交わすけど、独特の感性中二病っぽいは、嫌いじゃない。ダークシャドウも可愛いし。

「私、友達以外は反応しないからなぁ」

 スマホをいじりながら言う。たぶん、A組のグループメッセージから送って来れたんだろうけど、そういう拒否設定にしてあったのを思い出した。(女の子たちとは個別に交換したし)

「友達になろうぜ!!後悔させねーからさ!!」
「後悔ねぇ……」

 まあそこまで拒否する理由もないので、上鳴くんと友達になってあげた。
 よっしゃーと喜びながら自分の席に戻っていく。チャラいな。
 
「結月さんは猫を飼ってますの?」
「あ、アイコンの?うちで飼ってる猫じゃないんだけどね〜」

 写真の猫の名前は『先生』

 安吾さん、太宰さん、織田作さん行きつけのバーで飼っている三毛猫で、店内大掃除の時にうちで預かった際、撮った写真だ。(太宰さんいわく、賢いから先生と呼んでいるらしい)

「猫とか動物は好きだよ」
「私は図鑑を眺めるのが趣味なんですけど、動物図鑑も面白くてよく眺めるんです。馬と兎は実は骨格の作りが一緒だったり……」
(話の内容、マニアック!!)

 さすが勉強熱心な八百万さん。自身の"個性"に関わること以外(生物は創り出せないらしい)も知識が豊富とかすごい。

 八百万さんの話は面白くて、盛り上がっていると、あっという間に朝の短い時間が過ぎた。

 予鈴と共に、相澤先生が気だるげに入って来る。

「おはよう」

 ぴたりと静かになる教室。相澤先生は私語に厳しく、授業が滞りなく進まないと怒る。

 SHRから始まる今日一日。

 雄英の学校生活にも馴れてきて、いつもの日常になりつつあった。


 ***


「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイトともう1人の、3人体制で見ることになった」

 ヒーロー基礎学の担当は、担任の相澤先生とオールマイト先生だ。なった、という言い方に特例なのかなぁと考える。

「ハーイ!なにするんですか!?」

 瀬呂くんが元気よく手を上げ、相澤先生に質問した。
 先生は「RESCUE」と書かれた札を見せながら答える。

「災害水難なんでもござれ。"人命救助訓練"だ!」
「レスキュー……今回も大変そうだな」
「ねー!」
「バカおめーこれこそヒーローの本分だぜ!?鳴るぜ!!腕が!!」
「水難なら私の独壇場。ケロケロ」
「おい、まだ途中」

 色んな席から声が飛び交ったけど、相澤先生がギロリと一睨みすれば、皆慌てて口を閉じた。ドライアイなせいか、血走っている目に睨まれると結構な迫力がある。(経験済)

(今日はレスキュー訓練かぁ)

 救助は私の"個性"の本領発揮だけど、水難だと水中の距離感が掴みにくいから苦手なんだよねぇ。

「今回、コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」

 相澤先生のリモコン操作で、壁からコスチュームが入った棚が出てくる。
 私のコスチュームは特に活動を制限するものじゃないから、トランクケースを手に取り、更衣室へと向かう。
 女子は全員、一緒になった。

「バスに乗るって入試試験の時みたいだねー!」
「どんな所でやるのかわくわくするね!」

 きゃきゃっと喋りながら着替える三奈ちゃんと透ちゃん。

「レスキュー訓練なら結月さんの"個性"が活躍しますわね」
「状況にもよるけど、基本サポート系の"個性"だからね〜」

 八百万さんと話ながら、着ている制服に手を当てる。

「わっ、理世ちゃん。"個性"でそんなこともできるんやね!」

 "個性"を使って制服を脱ぐ私を見て「すごいっ」と、お茶子ちゃんが目を輝かせた。

「便利でしょ!脱ぐのも着るのも自由自在でね、まあちょっとテクニックはいるんだけど、寒い冬とか布団から出なくても着替えられて〜〜」
「"個性"の使い方が私欲過ぎますわ、結月さん……」

 複雑な服とかは無理だけど『転移先に物体がある場合は弾かれる』という法則を応用した技だ。
 自分をテレポートさせる時と一緒。
 "そっち"の法則を使わないと、テレポート先に突然人が現れたりなどで、事故に繋がっちゃうから。

「まあこんな高度なことができるのも、私が天才と……」
「結月ならヴィランが奇襲して来ても、ばっちりコスチュームで戦えるね!」

 遮られたというかスルーされたというか、ナチュラルに。

「うーん、奇襲は嫌かなぁ」

 三奈ちゃんの言葉に苦笑いを浮かべる。奇襲を仕掛けてくるなんて、向こうは準備万端のやる気満々のわけだし。

「そしたら、理世ちゃんはいつもコスチュームを持ち歩かないといけないわね」
「ウチはたまに私服で戦ってるヒーローもギャップがあって良いと思うけどな」
「ベストジーニストとか私服もオシャレだもんねっ」
「私は逆にヴィランに遭遇したら服脱がないとだよ〜!」

 その言葉に、皆の視線が手袋とブーツだけの透ちゃんに集まる。
 ヴィランと遭遇した瞬間、服を脱ぎ捨て戦う透ちゃん……!

「透ちゃん、かっこいいね!(勇ましいというか……女の子としてはアレだけど)」

 ぐっとサムズアップすると「照れるぜっ」と喜ぶ透ちゃん。今の季節はまだ良いとして、冬はどうするんだろう。

「ほら、皆さん。着替えが終わりましたら行きますわよ」

 聞こうと思ったら、副委員長の八百万さんが急かす。確かに、相澤先生は時間にも厳しい。慌てて皆で更衣室を後にした。

 校内を出て、良い天気だな〜とバス乗り場に向かう。

 ちょっと先で、切島くんや瀬呂くんたちの歩いてる姿が見える。救助訓練だからか、お茶子ちゃんみたいにヘルメットはなしで、シンプルな格好にしている人も多い。(轟くんとか。あの氷のカバー、肩から下だけだ)

 青山くんのマントがないのは、三奈ちゃんに穴をあけられて修復中だからだろうけど。
「青山くん、マントない方がスッキリして良いんじゃない?」
 そう声をかけたらすごく不服そうな顔をされた。(あのマントは青山くんのアイデンティティーらしい)
 
「ん、デクくん体操服だ。コスチュームは?」
「戦闘訓練でボロボロになっちゃったから……」

 お茶子ちゃんの質問に笑顔で答えるでっくん。爆豪くん……。
 聞けばコスチュームはお母さんの手作りだったという。お母さんもだけど、それをちゃんと着るでっくんも優しい。

「修復をサポート会社がしてくれるらしくてね。それ待ちなんだ。このへんは……」
「え、買い直したの!?それ爆豪くんに費用請求したら良いよ!なんなら私が"個性"で請求書送り付けてあげる」

 不必要にボロボロにした爆豪くんに弁償させるべきっ

「あ、ありがとう、結月さん。でも、それはちょっと……あとが恐いと言うか…」
「理世ちゃん怖いものなしやね」
「皆ーー!こっちだーー!」

 歩いていると、目的のバスはすぐに分かった。
 飯田くんが警備員さながらに、ピッピッとホイッスルを吹いて整列を取っているから。
 青空の下、生き生きしているなぁ。

「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順で二列に並ぼう」
「飯田くんフルスロットル………!」
「張り切って委員長してるね〜飯田くん」
「君たち二人に指名されたのだから、恥じぬ働きをするさ!」


 ……………………


「こういうタイプだった、くそう!!!」
「イミなかったなー」

 全員がバスに乗り込み、最後に乗り込んだ飯田くんはくやしそうに座席で項垂れた。想定した座席じゃなかったね、どんまい。

 バスは発車して、前方は賑やか組が多いからワイワイと楽しそう。
 対して後ろは無口な人たちが多く、隣の轟くんなんて目を閉じている。(寝てる?)
 つまんないなぁと思いながらスマホをポケットから取りだし、ヒーローニュースをチェックした。
 そういえば、今朝の敦くんたちニュースになっているかな?検索すると、気になる見出しを発見した。

 オールマイト先生が、朝から三件も事件を解決したらしい。
 通勤がてら手早く解決するなんてさすが。

「――救助とか支援っつったら、やっぱ結月だよな」

 切島くんの口から私の名前が出て来て、スマホから顔を上げる。
 どうやら"個性"の話をしているらしい。

「戦っても強いよ〜私」

 座席からひょいっと顔を出して言った。「へーそうなんだぁ」と、何故かそろって微笑ましいという顔を向けられた。む、信じてないわね。

「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」
「ケッ」

 次に切島くんの口から出てきた名前に、斜め前の席の爆豪くんは褒められたのに面白くなさそうだ。
 初日に会った時もそうだったけど、爆豪くんは素直じゃないよねぇ。ツンデレどころかツンギレ。轟くんは寝てると。(ああ、轟くんと一緒にされたから気にくわないのか)

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!!」
「ホラ」

 人気うんぬんもそうだけど……

「建築物破壊して賠償金額すごそう」
「保険入るわ!!!」

 その保険会社、倒産するな。

「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
「君のボキャブラリーは殺すしかないよね〜」
「アァア!!?」

 前を向いたり後ろを向いたり、忙しいね〜爆豪くん。あはは。

「(かっちゃんがイジられてる……!!信じられない光景だ、さすが雄英……!)」
「うるせぇ……」

 あ、隣の轟くんが起きた。はたりと目が合う。

「……おまえが隣だったのか」
「気づくの遅っ!?(なんなの、このイケメンっ)」
「もう着くぞ、いい加減にしとけよ…」
「「ハイ!!」」

 相澤先生の低い声に、騒がしかったバス内がピタリと静かになる。心なしか皆の背筋もビシっと伸びた。


 バスは目的地に到着し、自動ドアから敷地内に入ると――目の前の光景に圧倒。

 
「すっげーーー!!USJかよ!?」
「雄英にはこんな施設もあんのか!!」

 すごーい!ゲート前から見渡す限りでも某テーマパーク並みに広く、訓練の目的に合わせてエリアが分かれている。

 さすが雄英。お金かけてるなぁ〜が次の感想に出てしまう。

「水難事故、土砂災害、火事……etc. あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も……」

 あっ、あの丁寧な口調と宇宙服のようなコスチュームは!

ウソU災害S事故ルームJ!!」
「「(USJだった!!)」」

 本当の!

「スペースヒーロー13号だ!災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わーー私好きなの13号!」

 やたら解説口調のでっくんの横で、お茶子ちゃんがうおおおと興奮している。

「私も好きっ良いよね〜13号」

 本物の13号は間近で見ると、思っていたより大きい!
 実はあまり知られてないけど、中の人は女性なんだよね。(なんかの番組を観ている時に、安吾さんが「彼女は……」って語って知った)

 皆が施設を見渡している中、相澤先生と13号先生は何やら小声で話している。
 ……あれ、そういえばオールマイト先生の姿がない。
 もしかして、他の事件も解決しに行って遅れてるとか……?(オールマイト先生ならありえる)

 顔をしかめた相澤先生と話が終えた13号先生は、こほんと一つ、咳払いをした。

「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」
「「(増える……)」」

 増えていく。13号先生の事だから真面目な話なんだろうけど。

「皆さん、ご存知だとは思いますが、僕の"個性"は『ブラックホール』どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その"個性"でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
「お茶っ子ちゃん、頭もげそう……」

 すかさず口を開いたでっくんの横で、超高速でコクコクと頷いているお茶子ちゃん。

「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう"個性"がいるでしょう」

 その言葉にどきりとした。

 この中で自分のことだと瞬時に思った人は何人いるだろう。
 どんな"個性"でも、使い方次第で危険はある。
 その中でも"個性"のほんの少しのコントロールミスが、そのまま事故や危険に繋がるのが私の"個性"だ。

 そして、攻撃に使うとなったら、手加減が難しく――殺す方が簡単な"個性"。
 対ヴィランといえ、殺しはヒーローとして原則アウトだ。人としても。

「超人社会では、"個性"の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているように見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる『いきすぎた"個性"』を、個々が持っていることを忘れないで下さい」

 優しい語り口でそう論す13号先生は、自身の"個性"の強力さや危険性を常に自覚をしているんだろうな……。
 先生の"個性"は、救出時に加減を間違えたら、人を吸い込んでしまう可能性がある。

「相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います」

 相澤先生のテストって、そんな狙いもあったんだ。対人戦闘は言わずもがなだけど。

「この授業では……心機一転!人命の為に"個性"をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと、心得て帰って下さいな」

 最後に「以上!ご清聴ありがとうございました」ぺこっとお辞儀をする13号先生。

(13号先生、かっこいい……!)

 自分の"個性"に過信せず、現役で人命を救う、レスキューヒーローとして活躍している姿に。

「ステキー!」
「ブラボー!!ブラーボー!!」

 その場は拍手喝采だ。

「そんじゃあまずは……」

 切り出した相澤先生に、どんな救助訓練するんだろうと次の言葉を待っていると。

 不意に、違和感を感じた。

「……?」

 なんだろう、この感じ……?"個性"を使った時と感覚が似てる。
 何気なく後ろを振り返ろうとしたら、

「一かたまりになって動くな!」

 それより先に、相澤先生が叫んだ。

 眼下の広場の噴水近くに、黒い靄のようなものが渦巻いている。

(なに、あれ……)

 胸に込み上げる不穏な予感。
 そこから現れたのは――

「13号!!生徒を守れ」

 先生の緊迫した声が響く中、そこから次々と人が溢れ出てくる。

 いや、"ただの人"じゃない。

「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「違う、あれは――!」

 切島くんの言葉に咄嗟に否定の言葉が出たけど、そこで詰まる。

「動くなあれは、」

 まさか、とか。何故、とか。頭の中で巡って……


ヴィランだ!!!!」


 相澤先生の言葉に、疑いようのない現実になった。

(ヴィラン……!!)

 黒い靄が蠢き、人の形を取る。あれは、自身が靄の"個性"……?

「13号に…イレイザーヘッドですか…。先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」
「やはり、先日のはクソ共の仕業だったか」

 ゴーグルを身に付けた相澤先生が忌々しげに言った。

 先日……あのマスコミ騒動の事か。

 ……そうか。学校側も懸念から、三人体制で授業を行うつもりだったんだ。(何故かオールマイト先生はこの場にいないけど……)

 ……――ゾッとする悪寒が背筋に走る。

 顔や体中に手を付けた男が、こちらを見上げている。
 その不気味な見た目にじゃない。
 初めて体感するけど、分かる。本能が警告する。


 あれは"本物"の殺気だ――。


ヴィランンン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎんぞ!」

 その間にも次々とヴィランは黒い靄から現れる。
 私の"個性"と似た、空間移動系の"個性"だ。
 だとしたら、さっきの違和感はそれ……?

「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」

 八百万さんの問いに、13号先生は煮え切らない言葉を返す。センサーが反応していないとすれば……

「上鳴くん!君、電気の"個性"だよね。何か違和感とか感じない?」
「え!?いや、そういえば……なんか電波を感じるよーな、気がしないでもないよーな……」
「上鳴、はっきりしなよ」

 こっちも煮え切らない答えが返ってきて、耳郎ちゃんが呆れる。どちらにせよ……

「現れたのはここだけか、学校全体か…何にせよ、そういうこと出来る"個性"がいるってことだな」

 轟くんが私も考えている事を口にした。
 この状況でも、変わらず冷静な轟くんに安心する。

「校舎と離れた隔離空間。そこにクラスが入る時間割……バカだが、アホじゃねぇ。これは、何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」
「…………」

 奇襲は嫌だな、なんて話をしていた矢先。
 ならば、どこまで情報を入手しているのか。

「私たちの"個性"も知られてる……?」
「だとしたら、結月。気をつけろよ。おまえの"個性"が一番、敵側にとって厄介だからな」
「うっ……うん」

 轟くんの言葉に固唾を呑んだ。

「13号避難開始!学校に電話試せ!センサーの対策も頭にあるヴィランだ。電波系のやつが妨害している可能性もある。上鳴、お前も"個性"で連絡試せ」
「っス!」

 素早く指示を出す相澤先生が、振り返る。

「結月。お前は"個性"で直接学校に知らせに行け。できるな」
「はい……!」

 有無を言わさぬ物言いに、ゴーグルの上から視線を合わせて頷いた。
 先ほどの轟くんが注意を促したように、私の"個性"ならすぐに助けを呼べる。

「先生は!?一人で戦うんですか!?」

 ヴィランたちを見据えているその背中に、心配そうに言葉を投げ掛けたのはでっくんだ。

「あの数じゃいくら"個性"を消すっていっても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、敵の"個性"を消してからの捕縛だ。正面戦闘は………」

 その分析を聞いて、不安になる。

 いくらプロヒーローといえ……多くのヒーローが活躍する反面、命を落としてしまうヒーローだって多い。

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
 
 問題ないというように、相澤先生は答えた。

「13号!任せたぞ」

 そして、首に巻かれた捕縛武器を手に、階段を一気に跳び降りる。
 一直線にヴィランの群れに飛び込むその姿を見て……私も決意する。
 先生の身体能力の高さなら、つい先日目にしたばかりだ。むしろ、心配するなら早く応援を連れてくるべきだろう。

 集中するように、深呼吸する。

「委員長、みんなをよろしくね」
「……ああ!結月くん、そっちは頼んだ!」

 固くなっている飯田くんの肩を後ろからぽんと叩いた。

 頭の中で想像する。一度目で見て確認しているから大丈夫、怖くない。

 ここから壁の向こうにある景色。空間。

 飛びたい場所を頭に描くように想像する。
 手足を動かすように"個性"を意識した時――弾かれたように頭に痛みが襲った。

「痛ッ!?」
「結月さんっ!?一体何が……!」

 よろける体を、後ろにいたでっくんが支えてくれた。
(今のなに……?なにが起こったの?)
 初めての現象に混乱する。

「させませんよ」
「!!」

 低い声が響いたと思えば、行く手を阻むようにゾワッと黒い靄が前方に広がった。

 ……たぶん、このヴィランのせいだ。

 似たような"個性"同士、空間に干渉しあって弾かれたとか、たぶんそんな感じ。
 だって今までこんな現象、起こった事がない。

「どうやら、あなたは私と似たような"個性"の持ち主のようですね。私も同質の"個性"に会ったのは初めてで驚きましたが……残念ながら力量は私の方が上のようです」

 黒い靄は人の形を作りながら、視線を私に向けて話した。
 向こうも何かしら感じたらしいという事は、やっぱり"個性"が使えなかった原因はこのヴィランのせいだ。厄介な存在。最後の言葉がくやしくて、無意識に唇を噛んでいた。

「初めまして、我々はヴィラン連合」

 黒い靄は、あくまでも丁寧な口調で自己紹介をして来た。

「せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴――オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
「……!?」

 目的はオールマイトって……身の程知らずも良いところじゃない?

「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるハズ…ですが、何か変更あったのでしょうか?まぁ…それとは関係なく…」

 淡々と喋る中で、ヴィランは不穏な気配を醸し出す。

「私の役目はこれ」

 "個性"を使ってくる……!同時に私も使えば、少なからず妨害ができ――

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 前方に爆発が起こった。

 先に攻撃をしかけたのは、爆豪くんと切島くんだった。勇敢というべきか無謀というべきか――黒い靄がゆらりと揺れる。

「危ない危ない……。そう…生徒といえど、優秀な金の卵」
(効いてない…!靄だから?)
「ダメだ、どきなさい!二人とも!」

 13号先生の焦った声が響く。

 前に二人がいたら、先生の"個性"は使えない。
 黒い靄が広がり、飲み込まれる……!


 ――散らして、嬲り殺す。


 そんな言葉が朧気に聞こえた気がした。
 せめて、近くにいる彼だけでも……!


「でっくんっ!」
「結月さ……――」


 伸ばした手は、宙を掴む。
 その手も、声も、闇にかき消された。


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