ヒーローが活動するのは昼夜問わず。
誰かがヒーローを必要とする時、いかなる時でも彼らは駆けつける――。
今朝の横浜はなんだか騒がしいと思ったら、どうやら中華街に敵が現れたらしい。
通学中だけど、ちょっと寄り道して……。
"二人" の活躍を見に行った。
「何しでかしたんだ?」
「暴行だとよ」
中華街特有の赤い大きな看板の上で、ゴリラみたいな敵が雄叫びを上げていた。
敵の動きに合わせて、大きく上下に軋む看板。今にも落ちそう。
「おい。獲物だぞ、人虎」
「動物の異形型見たら獲物って言うのやめろよな、お前!」
(敦くんと龍くん、また言い争ってる)
ケンカするほど仲が良いという言葉はあるけども。
建物の上に居るのは、新米コンビヒーロー《双黒》こと(二人を括る時に太宰さんがそう呼んでいる)ヒーロー《黒獣》と、ヒーロー《月下獣》の二人だ。
この横浜を仕切るヒーロー事務所、グラヴィティ・ハットの期待の新人ヒーロー。
「建物に被害が及ばないうちに速攻でいくぞ」
本名、中島敦。
「無論」
本名、芥川龍之介。
二人は私の兄弟子で、雄英のOBで、言わば先輩ヒーローだ。
「さてはお嬢ちゃんも彼らのファンネ!?」
「え?あ、はい」
「私もファンネ!二人とも良いコンビネ!」
隣から中国人に声をかけられた。
本当にこんな喋り方する人いるんだ!?と驚きつつ、よく見るとコック服に片手にはお玉。どうやら騒ぎを聞き付け、慌ててお店から飛び出して来たらしい。
根っからの二人のファンと見た。
「魔都と呼ばれる横浜の治安も、グラヴィティハットオフィスのヒーロー達がいれば安心ネー!」
「ですね〜!」
うんうんと頷くコックさんに私も同意。
黒獣が"個性"を使ってコートを操り、ゴリラ敵を捕縛。そこに月下獣が"個性"の虎化した腕でぶん殴っているところだった。
コンビとしての連携はなんだかんだ抜群なんだよね。
敵は早々に警察に引き渡され、二人に拍手と黄色い声援が送られる。
未だ慣れない顔の敦くんと、愛想のない龍くんを見届け、私もフェリー乗り場へと向かった。
「なぁ結月!」
登校して席に着くと、すぐさまやって来たのは上鳴くん。
不安そうな表情に「?」と、首を傾げる。
「俺って、もしかして結月に嫌われてる?」
「ええ?」
朝からどういう質問?
「一昨日メッセージ送ったのに、全然既読にすらならねえんだけど……」
これで合ってるよな?と、そう言って上鳴くんはスマホ画面を見せた。
確かにその三毛猫のアイコンは私だ。
画面上には「今度どっか遊びに行こうぜ」というメッセージはあるけど、私の所には来てないし、行かないなぁと思う。
「現代人はスマホに振り回されているな……」
「常闇くんも枠は現代人に入るけどね」
近くの席の、常闇くんの呟きにつっこんだ。
席が近くだし、常闇くんとはちょいちょい言葉を交わすけど、独特の感性は、嫌いじゃない。ダークシャドウも可愛いし。
「私、友達以外は反応しないからなぁ」
スマホをいじりながら言う。たぶん、A組のグループメッセージから送って来れたんだろうけど、そういう拒否設定にしてあったのを思い出した。(女の子たちとは個別に交換したし)
「友達になろうぜ!!後悔させねーからさ!!」
「後悔ねぇ……」
まあそこまで拒否する理由もないので、上鳴くんと友達になってあげた。
よっしゃーと喜びながら自分の席に戻っていく。チャラいな。
「結月さんは猫を飼ってますの?」
「あ、アイコンの?うちで飼ってる猫じゃないんだけどね〜」
写真の猫の名前は『先生』
安吾さん、太宰さん、織田作さん行きつけのバーで飼っている三毛猫で、店内大掃除の時にうちで預かった際、撮った写真だ。(太宰さんいわく、賢いから先生と呼んでいるらしい)
「猫とか動物は好きだよ」
「私は図鑑を眺めるのが趣味なんですけど、動物図鑑も面白くてよく眺めるんです。馬と兎は実は骨格の作りが一緒だったり……」
(話の内容、マニアック!!)
さすが勉強熱心な八百万さん。自身の"個性"に関わること以外(生物は創り出せないらしい)も知識が豊富とかすごい。
八百万さんの話は面白くて、盛り上がっていると、あっという間に朝の短い時間が過ぎた。
予鈴と共に、相澤先生が気だるげに入って来る。
「おはよう」
ぴたりと静かになる教室。相澤先生は私語に厳しく、授業が滞りなく進まないと怒る。
SHRから始まる今日一日。
雄英の学校生活にも馴れてきて、いつもの日常になりつつあった。
***
「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイトともう1人の、3人体制で見ることになった」
ヒーロー基礎学の担当は、担任の相澤先生とオールマイト先生だ。なった、という言い方に特例なのかなぁと考える。
「ハーイ!なにするんですか!?」
瀬呂くんが元気よく手を上げ、相澤先生に質問した。
先生は「RESCUE」と書かれた札を見せながら答える。
「災害水難なんでもござれ。"人命救助訓練"だ!」
「レスキュー……今回も大変そうだな」
「ねー!」
「バカおめーこれこそヒーローの本分だぜ!?鳴るぜ!!腕が!!」
「水難なら私の独壇場。ケロケロ」
「おい、まだ途中」
色んな席から声が飛び交ったけど、相澤先生がギロリと一睨みすれば、皆慌てて口を閉じた。ドライアイなせいか、血走っている目に睨まれると結構な迫力がある。(経験済)
(今日はレスキュー訓練かぁ)
救助は私の"個性"の本領発揮だけど、水難だと水中の距離感が掴みにくいから苦手なんだよねぇ。
「今回、コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」
相澤先生のリモコン操作で、壁からコスチュームが入った棚が出てくる。
私のコスチュームは特に活動を制限するものじゃないから、トランクケースを手に取り、更衣室へと向かう。
女子は全員、一緒になった。
「バスに乗るって入試試験の時みたいだねー!」
「どんな所でやるのかわくわくするね!」
きゃきゃっと喋りながら着替える三奈ちゃんと透ちゃん。
「レスキュー訓練なら結月さんの"個性"が活躍しますわね」
「状況にもよるけど、基本サポート系の"個性"だからね〜」
八百万さんと話ながら、着ている制服に手を当てる。
「わっ、理世ちゃん。"個性"でそんなこともできるんやね!」
"個性"を使って制服を脱ぐ私を見て「すごいっ」と、お茶子ちゃんが目を輝かせた。
「便利でしょ!脱ぐのも着るのも自由自在でね、まあちょっとテクニックはいるんだけど、寒い冬とか布団から出なくても着替えられて〜〜」
「"個性"の使い方が私欲過ぎますわ、結月さん……」
複雑な服とかは無理だけど『転移先に物体がある場合は弾かれる』という法則を応用した技だ。
自分をテレポートさせる時と一緒。
"そっち"の法則を使わないと、テレポート先に突然人が現れたりなどで、事故に繋がっちゃうから。
「まあこんな高度なことができるのも、私が天才と……」
「結月なら敵が奇襲して来ても、ばっちりコスチュームで戦えるね!」
遮られたというかスルーされたというか、ナチュラルに。
「うーん、奇襲は嫌かなぁ」
三奈ちゃんの言葉に苦笑いを浮かべる。奇襲を仕掛けてくるなんて、向こうは準備万端のやる気満々のわけだし。
「そしたら、理世ちゃんはいつもコスチュームを持ち歩かないといけないわね」
「ウチはたまに私服で戦ってるヒーローもギャップがあって良いと思うけどな」
「ベストジーニストとか私服もオシャレだもんねっ」
「私は逆に敵に遭遇したら服脱がないとだよ〜!」
その言葉に、皆の視線が手袋とブーツだけの透ちゃんに集まる。
敵と遭遇した瞬間、服を脱ぎ捨て戦う透ちゃん……!
「透ちゃん、かっこいいね!(勇ましいというか……女の子としてはアレだけど)」
ぐっとサムズアップすると「照れるぜっ」と喜ぶ透ちゃん。今の季節はまだ良いとして、冬はどうするんだろう。
「ほら、皆さん。着替えが終わりましたら行きますわよ」
聞こうと思ったら、副委員長の八百万さんが急かす。確かに、相澤先生は時間にも厳しい。慌てて皆で更衣室を後にした。
校内を出て、良い天気だな〜とバス乗り場に向かう。
ちょっと先で、切島くんや瀬呂くんたちの歩いてる姿が見える。救助訓練だからか、お茶子ちゃんみたいにヘルメットはなしで、シンプルな格好にしている人も多い。(轟くんとか。あの氷のカバー、肩から下だけだ)
青山くんのマントがないのは、三奈ちゃんに穴をあけられて修復中だからだろうけど。
「青山くん、マントない方がスッキリして良いんじゃない?」
そう声をかけたらすごく不服そうな顔をされた。(あのマントは青山くんのアイデンティティーらしい)
「ん、デクくん体操服だ。コスチュームは?」
「戦闘訓練でボロボロになっちゃったから……」
お茶子ちゃんの質問に笑顔で答えるでっくん。爆豪くん……。
聞けばコスチュームはお母さんの手作りだったという。お母さんもだけど、それをちゃんと着るでっくんも優しい。
「修復をサポート会社がしてくれるらしくてね。それ待ちなんだ。このへんは……」
「え、買い直したの!?それ爆豪くんに費用請求したら良いよ!なんなら私が"個性"で請求書送り付けてあげる」
不必要にボロボロにした爆豪くんに弁償させるべきっ
「あ、ありがとう、結月さん。でも、それはちょっと……あとが恐いと言うか…」
「理世ちゃん怖いものなしやね」
「皆ーー!こっちだーー!」
歩いていると、目的のバスはすぐに分かった。
飯田くんが警備員さながらに、ピッピッとホイッスルを吹いて整列を取っているから。
青空の下、生き生きしているなぁ。
「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順で二列に並ぼう」
「飯田くんフルスロットル………!」
「張り切って委員長してるね〜飯田くん」
「君たち二人に指名されたのだから、恥じぬ働きをするさ!」
……………………
「こういうタイプだった、くそう!!!」
「イミなかったなー」
全員がバスに乗り込み、最後に乗り込んだ飯田くんはくやしそうに座席で項垂れた。想定した座席じゃなかったね、どんまい。
バスは発車して、前方は賑やか組が多いからワイワイと楽しそう。
対して後ろは無口な人たちが多く、隣の轟くんなんて目を閉じている。(寝てる?)
つまんないなぁと思いながらスマホをポケットから取りだし、ヒーローニュースをチェックした。
そういえば、今朝の敦くんたちニュースになっているかな?検索すると、気になる見出しを発見した。
オールマイト先生が、朝から三件も事件を解決したらしい。
通勤がてら手早く解決するなんてさすが。
「――救助とか支援っつったら、やっぱ結月だよな」
切島くんの口から私の名前が出て来て、スマホから顔を上げる。
どうやら"個性"の話をしているらしい。
「戦っても強いよ〜私」
座席からひょいっと顔を出して言った。「へーそうなんだぁ」と、何故かそろって微笑ましいという顔を向けられた。む、信じてないわね。
「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」
「ケッ」
次に切島くんの口から出てきた名前に、斜め前の席の爆豪くんは褒められたのに面白くなさそうだ。
初日に会った時もそうだったけど、爆豪くんは素直じゃないよねぇ。ツンデレどころかツンギレ。轟くんは寝てると。(ああ、轟くんと一緒にされたから気にくわないのか)
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!!」
「ホラ」
人気うんぬんもそうだけど……
「建築物破壊して賠償金額すごそう」
「保険入るわ!!!」
その保険会社、倒産するな。
「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
「君のボキャブラリーは殺すしかないよね〜」
「アァア!!?」
前を向いたり後ろを向いたり、忙しいね〜爆豪くん。あはは。
「(かっちゃんがイジられてる……!!信じられない光景だ、さすが雄英……!)」
「うるせぇ……」
あ、隣の轟くんが起きた。はたりと目が合う。
「……おまえが隣だったのか」
「気づくの遅っ!?(なんなの、このイケメンっ)」
「もう着くぞ、いい加減にしとけよ…」
「「ハイ!!」」
相澤先生の低い声に、騒がしかったバス内がピタリと静かになる。心なしか皆の背筋もビシっと伸びた。
バスは目的地に到着し、自動ドアから敷地内に入ると――目の前の光景に圧倒。
「すっげーーー!!USJかよ!?」
「雄英にはこんな施設もあんのか!!」
すごーい!ゲート前から見渡す限りでも某テーマパーク並みに広く、訓練の目的に合わせてエリアが分かれている。
さすが雄英。お金かけてるなぁ〜が次の感想に出てしまう。
「水難事故、土砂災害、火事……etc. あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も……」
あっ、あの丁寧な口調と宇宙服のようなコスチュームは!
「ウソの災害や事故ルーム!!」
「「(USJだった!!)」」
本当の!
「スペースヒーロー13号だ!災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わーー私好きなの13号!」
やたら解説口調のでっくんの横で、お茶子ちゃんがうおおおと興奮している。
「私も好きっ良いよね〜13号」
本物の13号は間近で見ると、思っていたより大きい!
実はあまり知られてないけど、中の人は女性なんだよね。(なんかの番組を観ている時に、安吾さんが「彼女は……」って語って知った)
皆が施設を見渡している中、相澤先生と13号先生は何やら小声で話している。
……あれ、そういえばオールマイト先生の姿がない。
もしかして、他の事件も解決しに行って遅れてるとか……?(オールマイト先生ならありえる)
顔をしかめた相澤先生と話が終えた13号先生は、こほんと一つ、咳払いをした。
「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」
「「(増える……)」」
増えていく。13号先生の事だから真面目な話なんだろうけど。
「皆さん、ご存知だとは思いますが、僕の"個性"は『ブラックホール』どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その"個性"でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
「お茶っ子ちゃん、頭もげそう……」
すかさず口を開いたでっくんの横で、超高速でコクコクと頷いているお茶子ちゃん。
「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう"個性"がいるでしょう」
その言葉にどきりとした。
この中で自分のことだと瞬時に思った人は何人いるだろう。
どんな"個性"でも、使い方次第で危険はある。
その中でも"個性"のほんの少しのコントロールミスが、そのまま事故や危険に繋がるのが私の"個性"だ。
そして、攻撃に使うとなったら、手加減が難しく――殺す方が簡単な"個性"。
対敵といえ、殺しはヒーローとして原則アウトだ。人としても。
「超人社会では、"個性"の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているように見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる『いきすぎた"個性"』を、個々が持っていることを忘れないで下さい」
優しい語り口でそう論す13号先生は、自身の"個性"の強力さや危険性を常に自覚をしているんだろうな……。
先生の"個性"は、救出時に加減を間違えたら、人を吸い込んでしまう可能性がある。
「相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います」
相澤先生のテストって、そんな狙いもあったんだ。対人戦闘は言わずもがなだけど。
「この授業では……心機一転!人命の為に"個性"をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと、心得て帰って下さいな」
最後に「以上!ご清聴ありがとうございました」ぺこっとお辞儀をする13号先生。
(13号先生、かっこいい……!)
自分の"個性"に過信せず、現役で人命を救う、レスキューヒーローとして活躍している姿に。
「ステキー!」
「ブラボー!!ブラーボー!!」
その場は拍手喝采だ。
「そんじゃあまずは……」
切り出した相澤先生に、どんな救助訓練するんだろうと次の言葉を待っていると。
不意に、違和感を感じた。
「……?」
なんだろう、この感じ……?"個性"を使った時と感覚が似てる。
何気なく後ろを振り返ろうとしたら、
「一かたまりになって動くな!」
それより先に、相澤先生が叫んだ。
眼下の広場の噴水近くに、黒い靄のようなものが渦巻いている。
(なに、あれ……)
胸に込み上げる不穏な予感。
そこから現れたのは――
「13号!!生徒を守れ」
先生の緊迫した声が響く中、そこから次々と人が溢れ出てくる。
いや、"ただの人"じゃない。
「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「違う、あれは――!」
切島くんの言葉に咄嗟に否定の言葉が出たけど、そこで詰まる。
「動くなあれは、」
まさか、とか。何故、とか。頭の中で巡って……
「敵だ!!!!」
相澤先生の言葉に、疑いようのない現実になった。
(敵……!!)
黒い靄が蠢き、人の形を取る。あれは、自身が靄の"個性"……?
「13号に…イレイザーヘッドですか…。先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」
「やはり、先日のはクソ共の仕業だったか」
ゴーグルを身に付けた相澤先生が忌々しげに言った。
先日……あのマスコミ騒動の事か。
……そうか。学校側も懸念から、三人体制で授業を行うつもりだったんだ。(何故かオールマイト先生はこの場にいないけど……)
……――ゾッとする悪寒が背筋に走る。
顔や体中に手を付けた男が、こちらを見上げている。
その不気味な見た目にじゃない。
初めて体感するけど、分かる。本能が警告する。
あれは"本物"の殺気だ――。
「敵ンン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎんぞ!」
その間にも次々と敵は黒い靄から現れる。
私の"個性"と似た、空間移動系の"個性"だ。
だとしたら、さっきの違和感はそれ……?
「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」
八百万さんの問いに、13号先生は煮え切らない言葉を返す。センサーが反応していないとすれば……
「上鳴くん!君、電気の"個性"だよね。何か違和感とか感じない?」
「え!?いや、そういえば……なんか電波を感じるよーな、気がしないでもないよーな……」
「上鳴、はっきりしなよ」
こっちも煮え切らない答えが返ってきて、耳郎ちゃんが呆れる。どちらにせよ……
「現れたのはここだけか、学校全体か…何にせよ、そういうこと出来る"個性"がいるってことだな」
轟くんが私も考えている事を口にした。
この状況でも、変わらず冷静な轟くんに安心する。
「校舎と離れた隔離空間。そこにクラスが入る時間割……バカだが、アホじゃねぇ。これは、何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」
「…………」
奇襲は嫌だな、なんて話をしていた矢先。
ならば、どこまで情報を入手しているのか。
「私たちの"個性"も知られてる……?」
「だとしたら、結月。気をつけろよ。おまえの"個性"が一番、敵側にとって厄介だからな」
「うっ……うん」
轟くんの言葉に固唾を呑んだ。
「13号避難開始!学校に電話試せ!センサーの対策も頭にある敵だ。電波系のやつが妨害している可能性もある。上鳴、お前も"個性"で連絡試せ」
「っス!」
素早く指示を出す相澤先生が、振り返る。
「結月。お前は"個性"で直接学校に知らせに行け。できるな」
「はい……!」
有無を言わさぬ物言いに、ゴーグルの上から視線を合わせて頷いた。
先ほどの轟くんが注意を促したように、私の"個性"ならすぐに助けを呼べる。
「先生は!?一人で戦うんですか!?」
敵たちを見据えているその背中に、心配そうに言葉を投げ掛けたのはでっくんだ。
「あの数じゃいくら"個性"を消すっていっても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、敵の"個性"を消してからの捕縛だ。正面戦闘は………」
その分析を聞いて、不安になる。
いくらプロヒーローといえ……多くのヒーローが活躍する反面、命を落としてしまうヒーローだって多い。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
問題ないというように、相澤先生は答えた。
「13号!任せたぞ」
そして、首に巻かれた捕縛武器を手に、階段を一気に跳び降りる。
一直線に敵の群れに飛び込むその姿を見て……私も決意する。
先生の身体能力の高さなら、つい先日目にしたばかりだ。むしろ、心配するなら早く応援を連れてくるべきだろう。
集中するように、深呼吸する。
「委員長、みんなをよろしくね」
「……ああ!結月くん、そっちは頼んだ!」
固くなっている飯田くんの肩を後ろからぽんと叩いた。
頭の中で想像する。一度目で見て確認しているから大丈夫、怖くない。
ここから壁の向こうにある景色。空間。
飛びたい場所を頭に描くように想像する。
手足を動かすように"個性"を意識した時――弾かれたように頭に痛みが襲った。
「痛ッ!?」
「結月さんっ!?一体何が……!」
よろける体を、後ろにいたでっくんが支えてくれた。
(今のなに……?なにが起こったの?)
初めての現象に混乱する。
「させませんよ」
「!!」
低い声が響いたと思えば、行く手を阻むようにゾワッと黒い靄が前方に広がった。
……たぶん、この敵のせいだ。
似たような"個性"同士、空間に干渉しあって弾かれたとか、たぶんそんな感じ。
だって今までこんな現象、起こった事がない。
「どうやら、あなたは私と似たような"個性"の持ち主のようですね。私も同質の"個性"に会ったのは初めてで驚きましたが……残念ながら力量は私の方が上のようです」
黒い靄は人の形を作りながら、視線を私に向けて話した。
向こうも何かしら感じたらしいという事は、やっぱり"個性"が使えなかった原因はこの敵のせいだ。厄介な存在。最後の言葉がくやしくて、無意識に唇を噛んでいた。
「初めまして、我々は敵連合」
黒い靄は、あくまでも丁寧な口調で自己紹介をして来た。
「せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴――オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
「……!?」
目的はオールマイトって……身の程知らずも良いところじゃない?
「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるハズ…ですが、何か変更あったのでしょうか?まぁ…それとは関係なく…」
淡々と喋る中で、敵は不穏な気配を醸し出す。
「私の役目はこれ」
"個性"を使ってくる……!同時に私も使えば、少なからず妨害ができ――
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
前方に爆発が起こった。
先に攻撃をしかけたのは、爆豪くんと切島くんだった。勇敢というべきか無謀というべきか――黒い靄がゆらりと揺れる。
「危ない危ない……。そう…生徒といえど、優秀な金の卵」
(効いてない…!靄だから?)
「ダメだ、どきなさい!二人とも!」
13号先生の焦った声が響く。
前に二人がいたら、先生の"個性"は使えない。
黒い靄が広がり、飲み込まれる……!
――散らして、嬲り殺す。
そんな言葉が朧気に聞こえた気がした。
せめて、近くにいる彼だけでも……!
「でっくんっ!」
「結月さ……――」
伸ばした手は、宙を掴む。
その手も、声も、闇にかき消された。