バチバチ

「んだよロボならラクチンだぜ!!」

 ――放課後。一佳から教えてもらった情報を、早速皆に伝えると、やったあ!と上鳴くんと三奈ちゃんが満面な笑みを浮かべた。

「おまえらは対人だと"個性"の調整大変そうだからな……」
「ああ!ロボならぶっぱで楽勝だ!!」
「私は溶かして楽勝だ!!」
「あとは勉強教えてもらって」
「「これで林間合宿バッチリだ!!」」

 赤点組に希望が見えたらしく、良かったねぇとその姿を眺める。(それにしても変わり身早いな!)
 
「……でっくん、どうかしたの?」

 何かを決意しているような、その横顔に尋ねた。

「あ、いや……僕も頑張らないとなって」

 そう言って笑うでっくんは、中間テストの成績はクラスでも上位なのに、慢心しないというか謙虚というか。

「人でもロボでもぶっとばすのは同じだろ。何がラクチンだ、アホが」

 苛立ちを含んだその声は、帰ろうとしていた爆豪くんからだった。
 
「アホとは何だ、アホとは!!」
「うるせえな、調整なんか勝手に出来るもんだろ、アホだろ!」
「!」

 上鳴くんが言い返すと、さらに声を荒らげる爆豪くんに、驚く。少なくとも、いつもならここまで噛みついてこないのに。
 その視線は、すでにきょとんとしている上鳴くんたちではなく。

「なあ!?デク!」
「!」

 その突き刺すような視線をでっくんに向けていた。唐突に矛先を自分に向けられて、隣のでっくんも困惑の表情を浮かべている。
 じっと見つめる爆豪くんの赤い瞳には、はっきりと怒りを感じられた。(いきなりどうしたって言うの爆豪くんは……)

 分からないけど、彼の中でずっと鬱憤として溜まっていたものが、今爆発したんだと考える。
 
「"個性"の使い方……ちょっとわかってきたか知らねえけどよ。てめェはつくづく俺の神経を逆なでするな」
「あれか……!前のデクくん、爆豪くんみたいな動きになってた」
「あ――確かに……!」

 お茶子ちゃんの言葉に三奈ちゃんが思い出したように頷いた。
 救助レースの時のでっくんの動きが、誰の目から見ても爆豪くんの動きを彷彿させるという事は、当の本人の目にはそれ以上に強烈に映っていたわけで。

「体育祭みてえなハンパな結果はいらねえ……!次の期末なら個人成績で否が応にも優劣つく……!」
(これは……)
「完膚なきまでに差ァつけててめェぶち殺してやる!」

 でっくんをライバルと認識したというより、敵意にも近い。その視線に、バチバチと火花が散っているのが見えた。

 まるで、火が着いた導火線のように。

「轟ィ……!!てめェもなァ!!」

 私をすり抜け、後ろに立っていた焦燥くんにも、その敵意は向けられた。

 ……あれ、私は?

 爆豪くんの視界に確実に入ってたのに、私には見向きもせず……そのままドアが壊れそうな程に乱暴にスライドさせて出て行く。

 教室は唖然と静まり返っていた。

「……久々にガチなバクゴーだ」
「焦燥……?あるいは憎悪……」

 沈黙を最初に破ったのは、切島くんだった。常闇くんの言葉に思い出す。(焦燥と憎悪……心操くんもそんな風に言ってたな)

「結月は何も言われなかったな」

 こういう時はおまえにも絡んでくるのに、という焦燥くんの言葉は同じく思っていた事だ。

「まあ……体育祭では負けてるし、自分より格下の存在だと思ったのかもね」

 それならそれで。適度なライバル視なら張り合いを持てて良いけど、爆豪くんのは度が過ぎているし。

「それは違うと思う」

 まっすぐと見つめられ、でっくんはハッキリと口にした。

「かっちゃんは結月さんの実力をちゃんと認めているよ」

 ……そうなのかな。幼馴染みのでっくんが言うならそうなのかも知れないけど。

「でっくんはあんまり爆豪くんのことをライバル視してないよね」

 そもそも、爆豪くんからでっくんに対しての感情は分かりやすいけど、でっくんから爆豪くんへの感情はよく分からないというか、見えない。
 単刀直入に聞くと、でっくんは困ったような笑みを浮かべる。

「そんなこともないけど……なんていうか、かっちゃんは僕にとって身近な憧れっていうか」

 でっくんがオールマイト以外に憧れる存在がいたなんて意外だ。それが爆豪くんだなんて余計。

「爆豪はオールマイトに全然似てねえぞ」

 焦凍くんも私と同じように思ったらしい。
 彼の憧れるヒーローもオールマイトだ。

「そりゃあ全然似てはないし、嫌な奴だけどさ」

 焦凍くんの疑問に小さく笑ってそう答えて「でも」と、でっくんは言う。

「昔からすごい奴なんだよ――」


 ***


「幼馴染みって距離が近い分、拗れやすいのかな〜」
「緑谷は身近な憧れって言ってたから、爆豪にとっては身近なライバルだったのかもな」

 帰りの電車の中。切島くんと隣同士に座り、揺られながら、先ほどの光景について話していた。

『途中まで一緒に帰ろうぜ!』

 そう誘ってくれた切島くんは、ちゃんと私が電車で帰るか心配してくれたらしい。(信用されてないのかな?)

「そういやぁ、一番最初の戦闘訓練の時も、有利のはずの爆豪が追い詰められてたような顔してたし。その辺、緑谷強えもんな」

 でっくんと爆豪くんの複雑な幼馴染み関係を不思議に思っているのは、切島くんもその一人だ。

「今回の期末テストで白黒決着がついて、和解できればいいな!」
「和解、なのかなぁ?そうなれば良いけど……」

 勝敗がはっきりするだけじゃだめな気もする。なんて言うか……根本的な解決にはならないというか……。

「そういえば、爆豪くんとの勉強会はどこでやるの?」
「ん、爆豪の地元の図書館でやることになった」

 図書館。ものの数分で爆豪くんが騒いで二人が追い出される光景が目に浮かぶなぁ。

「よく切島くんも爆豪くんから勉強を教わろうと思ったよねぇ」
「?アイツ、中間3位で頭は良いぜ」

 頭の良さと教え方の能力は比例しないんじゃ……。
 まあ、逆に言えばあの爆豪くんが教える気になったのは切島くんだからだろう。

「切島くんって中学時代もムードメーカーで友達も多かったでしょ」
「いや、そんなことねえよ。ムードメーカーっつうなら……芦戸の方だな」
「三奈ちゃん?」

 ばつが悪そうな切島くんから出てきた意外な名前に、首を傾げる。
 確かに三奈ちゃんはクラス一のムードメーカーだ。

「俺と芦戸、実は同じ中学なんだ」
「結田付中?そうだったんだね」

 初耳。そんな風に見えなかったと驚いていると、中学時代はクラスが違って、あまり交流はなかったと切島くんは話す。(私と八百万さんみたいな感じか)

「芦戸は性格も明るいし、見た目も派手だし、中学では知らねえヤツはいねえぐらい人気者でさ。でも、それだけじゃねえちゃんとスゲーヤツなんだよ」

 そう三奈ちゃんの事を話す切島くんは、まるで憧れのヒーローを語る時のように瞳がキラキラしている。

「中学時代から三奈ちゃんは三奈ちゃんだったんだね」
「ああ!対して俺は、中学時代は地味で卑屈だったし良いとこなしでさ……。だから、今は自分に後悔しねえ漢気ある男になろうって決めたんだ!」
「……そっか」

 ニッと切島くんは歯を見せて笑う。今の切島くんがいるのは、三奈ちゃんの存在が大きいのかも知れない。

「三奈ちゃんもかっこいいけど、切島くんもかっこいいね」
「へっ、いや、俺も?」
「だって人って変わろうって思ってもなかなか変われないものでしょ?」

 今の切島くんから、中学時代の姿がまったく想像できないもの。
 三奈ちゃんから影響を受けたとしても、きっと切島くんに今の自分の素質があったんだと思う。

「そ、そうか?なんか、結月に言われっと照れるな」

 切島くんは照れくささからか、頭を掻きながら軽く笑った。

「俺、結月んことも尊敬してんから」

 ……それは爆弾発言だ。いやいや、むしろ尊敬しているのは私の方じゃない?

「私を?」
「おう!」

 切島くんは力強く頷いた。

「入試試験会場、俺も結月たちと一緒のエリアだったんだぜ」

 それも初めて知った。

「巨大ロボが現れて、みんな一目散に逃げる中さ。怪我しそうなヤツを颯爽と助けて、すぐに次の逃げ遅れたヤツの所にも向かって行って、それが当然って感じで行動しててすげえなって」
「見られてたのは照れるねぇ。私はこの"個性"だから」

 場がパニックになっていたとはいえ、あの場所に切島くんがいたなんて全然気づかなかった。
 赤髪とそのツンツンヘアーは目立ちそうなのに。

「一応、言葉も交わしたんだけど……」

 !?

「待って。今思い出すから」

 焦りながら必死に記憶の糸を辿る。(入試の時に言葉を交わしたとなればそういないはずなのに!)

「はは。あの時の俺はまだ……」

 う〜んと頭をフル回転して思い出そうしていると、笑う切島くんがふと言葉を切った。

「切島くん?」
「いや、いつか芦戸が胸張って言い振らせるように――俺、ちゃんと乗り越えるからその時まで待っててくれ!」
「??」

 話がまったく見えず不思議に思いながらも、力強く切島くんが言うので「分かった。待ってる」と、私も強く頷き返した。


 切島くんとは乗り換え駅で別れて、今朝より人が少ない駅構内を歩いて行く。(電車だと乗り換えが面倒なんだよねぇ)

 エスカレーターを上がり、ホームで電車を待とうとしたところ――

「「あ」」

 同じように驚きながら、同時に声を上げた。

「わぁ、すごい偶然だね〜物間くん。家どこなの?(うわぁ、面倒な人に会っちゃったな〜)」
「ここで会ったら100年目だよ、結月さん……!お昼はよくも僕のランチをすり替えてくれたね!」

 案の定、お昼のことを問い詰められた。

 やって来た電車に一緒に乗り込む。

 物間くんも神奈川県出身で、海寄りの私と反対に陸地寄りらしい。途中まで一緒だね。(長い旅になりそうだ……)

「明日、もちろんスペシャルランチを奢ってくれるよね?まさか卑劣な手口を使っておいて、罪滅ぼしがないなんてヒーロー志望の結月さんともあろう者がしないよね!」

 明日はお弁当にしようかな。

「物間くん」
「……なんだよ」
「アジフライおいしかった?」
「はあ?今はそんな話をしてるんじゃなくて……!」
「おいしくなかった……?」

 しおらしく聞くと、物間くんは「まあ、おいしかったけど……」不本意そうにも答えた。

「ならそれでもう良くない?」
「良くないよッ!」
「むしろこっちは感謝してほしいぐらいなんだけど。物間くんの高慢無礼な発言に目を瞑っただけでなく、揚げたてのアジフライのおいしさまで教えてあげたんだから」
「〜〜っ!本っ当、君って口が減らないよね……!」
「ありがとう」
「褒めてない!!誰が褒めるか!」

 物間くんとそんなやりとりをしていると、電車内でクスクスと笑い声が響く。
 むぅ、これじゃあ本当に瀬呂くんが言ってた通りに物間くんと漫才コンビみたいだ。

「……君のせいで笑われたじゃないか……」

 恥ずかしそうに声を潜めて物間くんは言う。ついでに私のせいにしてるし。

「……ね、物間くんはなんでそんなにA組に対抗心バチバチなの?」

 気になっていた事を聞いてみると、ふんっと鼻を鳴らして答える。

「僕たちは同じヒーロー志望のライバルだ。ライバルを蹴落とそうとするのは当然だろ?」
「そこは同じ目指す者同士、高めあって行こうとは思わない?」
「それはB組の面々で十分できる。君たちA組ばかり無駄に目立って注目を浴びて、不愉快なんだよ。僕らだって同じヒーロー科だ。"個性"も実力も劣ってないし、負けてもいないのに」

 誰一人――そう呟くように言った物間くんの返答は、思ったより真摯なものだった。

「君たちと僕らのクラスが直接対決したら、僕らが勝つだろうからぜひ行ってほしいものだよ」

 変わらず皮肉じみた口調だったけど、少しだけ物間くんに対して分かった事がある。

「物間くんって仲間思いなんだね」
「……なんだよ、いきなり。上げて落とす策か?」
「違うよぉ〜普通の感想。物間くんってちょっと爆豪くんに似てるかもって思ってたから」
「あんなヒーロー失格要素を煮詰めたような男と似てるとか、失礼過ぎだよ君!!」
「ごめん」

 でもほら、プライドがエベレスト級に高い所とか。

「爆豪くんなら俺が勝つって言うけど、物間くんは"僕ら"って言ったから」

 仲が良い円場くんや旋回くんの話を聞いてると、物間くんはクラスの中心にいるまとめ役らしく、性格悪そうな感じではないんだよね。

「当たり前だろ?僕たちB組全員、君たちA組より全てにおいて優秀なんだから」
(やっぱりA組が絡むと思考回路が……)

 事も無げに不敵に笑いながら言った物間くんは、やっぱり物間くんだった。

「A組だって負けないよ〜」

 学力という点と人間性という点で、それぞれ危うい人は何人かいるけど……。

「なら、勝負するかい?今度の期末試験で赤点組が出るかどうか!」
「………………」
「あれ、結月さん?A組は優秀ならこの勝負、どうってことないだろ?」
「うー……」

 物間くんに煽られ……というかうるさくて一方的に取り付けられた勝負。
 ……正直、中間赤点組にちょっと不安が過った。いやいや、雄英に合格したんだし、皆やれば出来る人!


 ***


 その日の夜――

「〜♪」

 ………………。

「――ああっ!」

 切島くん!!

 ゆっくり湯船に浸かっていたら、唐突に切島くんとどこで出会ったかを思い出した。

 後半、巨大ロボが暴れている時に救助してた人だ。

 確かに一言、言葉も交わしている。

(黒髪で髪型も違うし、今と全然雰囲気が違ってたから気がつかなかった……)

 今と雰囲気が違うのも何か理由があるみたいで、鍵は三奈ちゃんが握っているらしい。
 切島くんが待っててくれって言っていたから、その時が来るまでのんびり待っていよう。


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