vs雄英教師

 期末テスト――筆記試験。

 中間テストの時より、緊迫した空気が漂う中、私も鉛筆を走らせていた。


 一日目、二日目、三日目――……


「全員手を止めろ。各列の一番後ろ、答案集めて持ってこい」

 最終日。見直ししてもきりがなさそうなので、早々に手を止めていた。ふぅと短く息を吐き出して席を立つ。(とりあえず、赤点は免れたかな)

「ありがとうヤオモモ!」
「とりあえず、全部埋めたぜ!」

 三奈ちゃんと上鳴くんが離れた八百万さんに向かって笑顔で言った。
 どうやら、手応えはあったようだ。

「結月もノート貸してくれてサンキューな!」

 分かりやすかったぜ!回収途中で瀬呂くんに声をかけられ「役に立ったなら良かった」と、私も笑顔で答えた。

 残すは明日の演習試験のみ。

 爆豪くんはああは言ってたけど、それは危害を考えない爆豪くんだからであって。
 対人なら無闇な怪我させないように気を遣うけど、ロボットなら安心して戦える。


 ……――対、ロボットなら。


『コスチュームに着替えて、実技試験会場中央広場に集合』

 翌日。黒板に書かれた指示の通り、私たちはヒーローコスチュームに着替え、バスに乗り込み、ただっ広い実技試験会場中央広場に到着した。

「それじゃあ演習試験を始めていく」

 そこには相澤先生のみならず、ずらりと並び、待ち構えている他の先生方。(おや、おや、おや〜?)

「この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃみっともねえヘマはするなよ」
「先生多いな……?」
「5……6……8人?」

 呟く耳郎ちゃんに、その隣で透ちゃんの浮いた手袋が人数を数える。

「超嫌な予感がするのは私だけかなー……」
「結月、言うな……。言霊になる」

 私の独り言を拾ったのは常闇くんだ。その発した声は珍しく焦燥を含んでいた。

「諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々わかってるとは思うが……」
「入試みてぇなロボ無双だろ!!」
「花火!カレー!肝試――!!」

 場が不穏な予感を感じつつあるなか、上鳴くんと三奈ちゃんだけはハイテンションだ。

「残念!!諸事情あって……」

 聞き慣れない軽快な声は一体どこから……
 !相澤先生の首に巻いた操縛布がなんかもぞもぞしている!

「今回から内容を変更しちゃうのさ!」
「「校長先生!」」

 相澤先生の顔を押し退け、ひょこっと元気よく飛び出したのは、我らが雄英最高責任者――根津校長だ。

 わぁ、肉球可愛い!……じゃなくて。

 私、校長先生と直に対面したの初めてかも。(思ったより小さい。けど、右目の傷とか、なんとなく底知れぬオーラが……)
 
「首元に入って来るのやめてくれませんか?」
「収まりが良いのさ」
「「(収まりが良いんだ……)」」

 根津校長はそう答えてから、操縛布を伝ってよじよじと降りて行く。(その隣で落ちても大丈夫なように気遣ってる13号先生、優しい)

「あの、変更って……」

 八百万さんが驚きながら尋ねた。ちなみに、当てが外れて笑顔のまま固まっている上鳴くんと三奈ちゃんがそこにいる。

「それはね……」

 根津校長は生徒全員を見回しながら、口を開く。
 それは急遽、会議で決まった事らしい――……

ヴィラン活性化のおそれ……か』
『もちろんそれを未然に防ぐことが最善ですが、学校としては万全を期したい。これからの社会。現状以上に対ヴィラン戦闘が激化すると考えれば……ロボとの戦闘訓練は実戦的ではない』
『そもそもロボは「入学試験という場で人に危害を加えるのか」等のクレームを回避する為の策』
『無視しときゃいいんだそんなもん。言いたいだけなんだから。だから不条理なんだよ』

「……――これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!」

 今後予想される、ヴィラン活性化に対応した結果だという。

「というわけで……諸君らにはこれから――チームアップで、ここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」
「先……生方と……!?」

 一気にテストの難易度が上がった。

 場がどよめくのは当然だけど、問題は組と対戦相手となる教師だ。
 自然と私は立ち並ぶ先生たちを順に見る。
 皆、現役バリバリのプロヒーロー……。あれ。

「オールマイト先生はいないんだね」
「そういえば……そうね」
「オールマイトが相手じゃあレベルが違い過ぎてテストにならないからじゃね?」

 瀬呂くんの答えにそっか〜と頷く。確かに演習とはいえ、オールマイト先生とは遠慮したいなぁ。

「尚、組と対戦する教師は既に決定済み」
(あ、相澤先生も嫌かも)
「動きの傾向や成績、親密度……」
(親密度……爆豪くんとはないな)
「諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ」

 その場はごくりと息を呑み込む。

「まず、轟と八百万」

 推薦入試組みだ。

「結月がチームで」
「!(轟さんと、結月さん……!)」

 この二人とチームは嬉しい!

「――俺とだ」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべている相澤先生。……それは嬉しくなぁい。

「次に芦戸と上鳴」

 笑顔のまま固まっていた二人が名前を呼ばれて、ぴくりと反応した。

「(え〜上鳴と!?)」
「(誰だ!?相手は誰だ!?)」
「根津校長が相手だ」
「やあやあ、よろしくね」
「「!?」」

 根津校長……どう戦うんだろう。

 三奈ちゃんと上鳴くん、あからさまにラッキーという顔をしたけど、可愛い見た目で騙されてはいけない。
 だって、相手は雄英のやり手の校長だ。(二人を見る円らな瞳……目の奥が笑ってない!)

「続いて、青山と」
「僕かい?」
「麗日」
「!?(あ、青山くんと!?)」

 これまた意外な組み合わせ。そして、その二人の対戦相手の教師は……

「僕です!」

 すっと前に出たのは13号先生だった。

「13号……先生」

 お茶子ちゃんがその姿を見据えて呟く。強力な《ブラックホール》の"個性"の持ち主にして、お茶子ちゃんの尊敬しているヒーローだ。

 相澤先生は次々と対戦相手を発表していく。

 口田くん・耳郎ちゃんvsプレゼント・マイク先生。

「YEAHHーー!!俺が相手だ!ま、肩の力抜いてエンジョイしようぜ!!」

 テンション高めのマイク先生に、若干引き気味の二人。

 梅雨ちゃん・常闇くんvsエクトプラズム先生。

「………………」

 打って代わって今度は静かな対戦相手だ。
 エクトプラズム先生は無言のままじっと二人を見つめている。逆にそれが、二人にプレッシャーをかけているようだった。

 瀬呂くん・峰田くんvsミッドナイト先生。

「フフ……よろしくね」

 色っぽくも挑発するような笑みを浮かべるミッドナイト先生。案の定、峰田くんが鼻の下を伸ばして喜んでいる。
 ミッドナイト先生にボコボコにやられたら良いと思う。

 透ちゃん・障子くんvsスナイプ先生。

「障子くん、頑張ろうね!」
「ああ」

 隠密と索敵に優れた二人だ。この対戦の意図は相性の悪い"個性"をぶつけた的な感じがする。
 スナイプ先生は遠距離射撃を得意とするからだ。

 砂藤くん・切島くんvsセメントス先生。

「勝つぞ、砂藤!!」
「当然だ!!」

 すでに熱い。クラスでも熱血の二人だ。
 セメントス先生は穏やかな顔だけど。「元気があって良いね。……さて、その元気がいつまで持つかな」と、最後にこっそり呟いたのを私は聞き逃さなかった。(セメントス先生が不敵だっ)

 天哉くん・尾白くんvsパワーローダー先生。

「パワーローダー先生か……」
「今まであまり関わりがなかったから情報が乏しいな……」

 尾白くんと天哉くんが考えるように呟く。
 二人の言う通り、パワーローダー先生は基本サポート科担当なので、ヒーロー科は交流する機会が少ない。
 私が知っている事は、その"個性"で雄英の施設拡張工事を手掛けているなど、ここでは無くてはならない存在だという事ぐらいだ。

(ん。天哉くんと尾白くんがペアということは……)

 残る、最後の二人。

「そして……緑谷と爆豪と結月」
「デ……!?」
「かっ……!?」
「「……ん!?」」
「で……、」

 様々な声がその場に上がり、皆の視線が一斉に私へ向く。

 ……んん!?

「相手は……」
「私がする」

 聞こえた声は頭上から。すぐさまドシンと地面が揺れ、現れたのは――

 オールマイト!!

 目の前に立つオールマイト先生は、まるで立ち塞がる壁のようだった。

「協力して勝ちに来いよ、お三方!!」

 ある意味サプライズ登場をしたオールマイト先生は、ニッといつもの笑みを浮かべているのに、感じたのはプレッシャー……!

(……。お三方……?)

「次に対戦順だが」
「待ってください待ってください待ってください!!!」
「「(必死だ……!!)」」

 何事もないように進めようとする相澤先生の声を慌てて遮る。

「なんだ、結月」

 いや、なんだじゃなくて!?

「今、私の名前がまた呼ばれた気がするんですけど聞き間違いですよね」
「残念ながら聞き間違いじゃねえ」
「HAHAHA」
「なんで私、2チームに入ってるんですか!?」

 真っ当な抗議。おかしい。一人だけ二試験やるなんて絶対におかしい!

「まあ、なんだ……」

 珍しく歯切れが悪く相澤先生は口を開く。納得できる理由を!(納得できる理由でも嫌だけど)

「この演習試験はそれぞれの課題も組み込まれている。おまえの課題は体力ということになってな」
「!?」
「結月……マジか」
「クソダセェ」

 嘘でしょう!?え……!?そんな課題にされるほど……?

「……――待って。じゃあ、合格の判定はどうなるんです?」
「詳しい試験内容はこれから話すが、もちろん両方とも条件達成だろ」

 条件達成の内容にもよるけど……

「……泣いて良いですか?」
「「(……うん)」」
「……泣くな。話を進めるぞ」

 泣いてやるぅ!

「と、とりあえず試験内容聞こうよ。理世の"個性"に有利な内容かも知れないじゃん?」

 励ますように耳郎ちゃんは言った。

「泣きたかったら俺の胸、貸すぜ?」
「上鳴くん。まったくもって面白くないよ。冗談は顔だけにして」
「空気読め」
「ウ、ウェ……」

 せめて、私の"個性"に有利な内容がいいな。そう願っていると……

「あ、あの、まさかオールマイトを倒すとかじゃないですよね……?どうあがいてもムリだし……!」

 焦りながら口を開いたのはでっくんだ。

「消極的なせっかちさんめ!」

 オールマイト先生はそれを笑い飛ばす。

「試験の制限時間は30分。君たちの目的は「このハンドカフスを教師に掛ける」or「誰か一人がステージから脱出」することさ!」

 根津校長の説明によると、ルール自体は私の"個性"は有利ではあるけど……。(相手は先生方だからな、一筋縄じゃないかないよねぇ……)

「先生を捉えるか脱出するか……なんか戦闘訓練と似てんな」
「本当に逃げてもいーんですか?」

 上鳴くんと三奈ちゃんの言葉に「うん」と校長は頷く。

「とは言え、戦闘訓練とは訳が違うからな!!相手は、ちょーーーーー格上」
「格……上……?イメージないんスけど……」
「ダミッ!ヘイガールウォッチャウユアマウスハァン!?」
「耳郎ちゃん、最高」

 真面目な顔で言った耳郎ちゃんとマイク先生の反応に笑う。おかげでちょっと元気出た。

「今回は極めて実戦に近い状況での試験。僕らをヴィランそのものだと考えて下さい」

 13号先生に、

「会敵したと仮定し、そこで戦い勝てるならそれで良し。だが」
「実力差が大きすぎる場合。逃げて応援を呼んだ方が賢明」

 スナイプ先生と相澤先生が言った。……逃げて応援を呼ぶ、か。

「轟、飯田、緑谷、結月――おまえら四人はよくわかってるハズだ」

 心当たりがあると思い出していると、続けて先生は私たちを見て言った。

(まあ、あの時はもうちょっと特殊な状況だったけど……)

 やむを得ず戦いはしたけど、退くのが最善だと頭では分かってはいた。

「戦って勝つか。逃げて勝つか……」

 でっくんが独り言のように呟く。

「そう!君らの判断力が試される!けど。こんなルール、逃げの一択じゃね!?って思っちゃいますよね」

 まあ……。なんか、いきなりオールマイト先生の口調がおちゃらけて……

「そこで私達、サポート科にこんなの作ってもらいました!!」

 テテテテン!!

「超圧縮おーもーりー!!!」
「「(声まね!未来の猫型ロボット!!)」

 旧の方ですね。

「体重の約半分の重量を装着する!ハンデってやつさ。古典だが、動き辛いし体力は削られる!あ、ヤバ。思ったより重……」

 オールマイト先生の体重の半分って、それだけで相当な重さだ。

「ちなみにデザインはコンペで発目少女のが採用されたぞ」
「発目さん!」

 ああ、あのドッ可愛いベイビーの。

「発目くんか……」

 珍しく天哉くんがげっそり顔をした。
 体育祭のトーナメントで散々振り回されてたもんね……。

「戦闘を視野に入れさせる為か。ナメてんな」

 吐き捨てるように言ったのは爆豪くんだ。
 先生方にも態度変えないのある意味さすがだよね……。

 気にも止めず「HAHA!」とオールマイト先生は愉快そうに笑う。
 その笑顔が、紙を捲るように違うものに変わった。

「――どうかな!」

 ゾクリ。オールマイト先生は同じように明るく言ったのに、何故かその瞬間、背筋に悪寒が走る。(い、今のは……)

「よし、チームごとに用意したステージで一戦目から順番に演習試験を始める」

 はっと相澤先生に意識を向ける。ちらりとオールマイト先生を再び見ると、いつもの穏やかな顔をしていた。

「砂藤、切島。用意しろ」
「はい!」
「出番がまだの者は試験を見学するなり、チームで作戦を相談するなり好きにしろ。以上だ」

 話が終えると、相澤先生は「結月、ちょっと来い」私に手招きした。(えぇ……まだ何かあるの……)

「尾白くん。俺たちの"個性"でできることを確認しておきたいのだが」
「もちろん」
「常闇ちゃん。作戦会議しましょう」
「御意」
「問題はミッドナイト先生をどうひんむくかだよなー!」
「違うだろ……クズかよ……」


 ――それぞれが待機するなか、私は相澤先生について行く。


「やーやー結月さん。無茶ぶりで驚いただろうからちゃんと説明しないと可哀想だと思ってね」

 連れて来られた先の足元には、可愛らしく片手を上げてる根津校長がいた。

「君とこうして言葉を交わすのは初めてかな。ステインの件でお礼を兼ねてお話したいと思っていたんだけど、なかなか慌ただしくてすまなかったね」
「いえ、私は大したことはしてないので……」
「いやいや、君と特務課の安吾くんのおかげで、始末――ごほん。ヒーロー公安委員会とスムーズにやり取りができたんだよ」

 始末書と言いかけましたね。

「今回の演習試験だけど、実は君を誰と組ませるか、どの教師に当てるか難航したのだよ」
「はあ、どう言った点で……?」
「まず、おまえの"個性"はこういった内容の演習に厄介だからだ」

 相澤先生が代わりに答えた。そんな心底面倒くさそうな目で見なくても……。

「A組は奇数だから、教師と一対一で対戦する案も出たんだけど、どうせなら君の"個性"を伸ばす方向で行こうと決まったのさ」
「私の"個性"を伸ばす方向?」
「プロヒーローは基本的にやること当たり前に出来てこそだが。ヴィランと戦闘の際、サイドキックや他のヒーローと連携する場面も多い」
「確かに。私の"個性"はサポート系だから、共闘に向いてますね」

 目標は何でも出来るヒーローだけど、この"個性"を最大限に発揮するのはサポートだと思っている。

「そういうこと。全く違う二つのチームをサポートしてクリアするのが、おまえの真の課題ってわけだ。納得したか?」
「いえ、理解はしましたけど納得はできません」
「……あぁ?」

 それとこれとは話は別だ!!

 そこで、根津校長にちょいちょいと手招きされる。相澤先生のじと目を感じながら、私は目線を合わせるようにしゃがんだ。

「相澤くんは口には出さないけど、本心は君に期待をしてるんだよ」

 ひそひそ小声で言う校長先生。

「え、そうなんですか?」
「最終的に君をどっちのチームに入れるかオールマイトと取り合いになってね。埒が明かないから、私の鶴の一声で両チームに入ることになったってわけさ――……」

『結月は轟・八百万チームに入れ、俺が相手します』
『いやいや、緑谷少年と爆豪少年の仲を取り持ってもらうのに結月少女はこっちのチームに入れよう?確かに彼女の"個性"は厄介だが、そこは私が力押しで……』
『結月はうちのクラスの生徒です。あいつの"個性"も性格もよく知っている俺が、徹底的に追い詰めます』
『それを言うなら結月少女は私の友人の……』
『今は友人関係ないでしょう』
『んー……じゃあいっそのこと両チームに入れちゃおうか』

 ――……

「……………………」

 まったく嬉しくない取り合いなんですけど!?(力押しとか追い詰めるとか酷すぎる……!!)

 君の長所も伸ばせるし、一石二鳥の案だろう――と、ドヤ顔で言う校長先生。むしろ。

(私が両チームに入ることになったのほぼ根津校長のせいじゃないですかぁ!!)

 やっぱりこの校長先生、可愛い見た目に騙されてはいけない――。


「……せめて、どっちか条件達成したら合格だったら良いのに……」

 先生方と別れて、ぶつぶつ不満をもらしながらモニタールームへと向かう。
 あ、と思い出してポケットからスマホを取り出す。演習試験の内容が急遽変更になったと一佳たちにも教えてあげないと。

「……青山くん?何してるの?」
「この窓硝子、ピカピカだからきらめいている僕が映ると思ってね☆」
「……へぇ〜」

 途中、硝子の前で色々なポーズを取っている青山くんに出会した。
 確かにそこにはキメ顔の青山くんを映し出されている。今はつっこむ気分じゃないのでそのまま通りすぎる事にした。

(青山くんはきっと鏡と友達だな……。……鏡)


 ――使えるかも。


「あ、理世ちゃん」
「結月さんも見学?」

 モニタールームには、待機しているリカバリーガールに、お茶子ちゃんとでっくん、透ちゃんと障子くん、三奈ちゃんと上鳴くんの姿もあった。

「八百万さんと焦凍くんと作戦会議したいと思って、二人を探しに来たんだけど……」

 どうやら二人はここにはいないみたいだ。

「結月は二試合で大変だよなー俺らは……なぁ?校長だし?」
「結月なら大丈夫だって!一緒に合宿楽しもうね!」

 上鳴くんと三奈ちゃんの分かりやす過ぎるこの余裕っぷり。
「すごい自信だが、大丈夫なのか……」
 障子くんも心配そうに呟く。

「二人とも。根津校長を甘く見たら……」
「「花火!カレー!肝試――!!」」

 聞いてないし!すでに頭は合宿にテレポート!

「理世ちゃんは八百万さんたちとは4戦目で、デクくんたちとは10戦目になるんやね」

 画面の隅に映し出されている対戦順位を見て、お茶子ちゃんが言う。

「インターバルがあるのが幸い」
「正直、かっちゃんとチームで戸惑ったけど、結月さんがいれば心強いよ……何とか三人で作戦を立てられたら良いけど」

 でっくんの言葉に「うーん」と苦笑いを浮かべて曖昧に答える。
 爆豪くんも入れて、三人で作戦会議をするイメージがまったく想像できない。

「最悪、私たちだけでも協力して頑張ろうね」

 オールマイト先生は三人でって言ってたけど……。

「私んとこも理世ちゃんがいてくれたらなぁ。青山くんと意志疎通ができる自信あらへん……」
「青山くんは謎だよねぇ」

 太宰さんの次の次あたりに謎な人物。

「あ!始まるみたいだよ!」

 透ちゃんの言葉にモニターに意識を向ける。
 開始のアナウンスが鳴って、モニターに映るのは模擬市街地を走る二人。
 その二人の前に突如コンクリートの壁が出現した。セメントス先生の"個性"だ。
 その先生は数キロ先の地面に、片手を添え、構えている。

「やっぱり。切島くんたちなら正面突破を選ぶよね」
「うん、でも……」

 唇に人差し指を置いて呟くと、でっくんが続いて言いかける。
 硬化した切島くんと、糖分を摂取してパワーアップした砂藤くん。二人の息が合った拳は、分厚いコンクリートの壁を粉々に砕いた。
 勢いは止まらず、二人は前に立ちはだかる壁を次々と破壊して行く。まるでドミノ倒しみたいだ。

「頑張れ!切島くん、砂藤くん!」
「やったれー!」
「……このままじゃだめだ」
「へ?」

 お茶子ちゃんと透ちゃんの熱い応援に、冷静に言うでっくん。

「このままじゃだめってどういうことだよ、緑谷」
「二人とも良い感じだよ?」

 上鳴くんと三奈ちゃんの問いに、でっくんはモニターを見つめたまま答える。

「切島くんと砂藤くんの"個性"は確かにすごいけど、時間に制限がある。対してセメントス先生は恐らくそれがない」
「切島たちの勢いは凄まじいが、よく見るとセメントス先生との距離が一向に縮んでいないな……」
「……あ!」
「セメントス先生、あの場から一歩も動いてないし、超圧縮おもりのハンデがハンデになってないよねぇ」
「ってことは……」
「時間が経てば経つほど、切島くんたちが不利になる」
「そんな……」

 お茶子ちゃんが最後に呟いた。

(このまま真っ向勝負を続けば、消耗戦。でも、逃走か奇襲のどちらかにすればまだ勝機はある……!)

「この実技試験は試験を受ける生徒の天敵になる先生を意図的にぶつけている――その課題をいかにしてクリアするが鍵なんだと思う」

 二人が早く、この試験の意図に気づくと良いけれど。

「耳郎ちゃんたちにはマイク先生。透ちゃんたちにはスナイプ先生を当てたのも分かりやすい相性だね」
「あ、そっか!スナイプ先生は遠距離攻撃だから自分は身を潜めて遠くから狙われたら……」
「その通りだよ」

 答えたのはリカバリーガールだ。

「自分たちの出番が来るまで対戦する教師たちとの相性をじっくり考えることだね」

 やっぱりそうかと、納得するでっくんはリカバリーガールから再びモニターに視線を移す。
 切島くんと砂藤くんは何とか踏ん張ってはいるけど、画面からも二人が消耗しているのが分かった。

 破壊する数が減って、新たな壁が増えていく。それは、やがて二人を取り囲むように……

「切島ー!砂藤!周り気づいて!!」

 三奈ちゃんの声は画面の向こうには届かず、二人はコンクリートの波に飲み込まれていった――

『砂藤・切島チーム。両者気絶によりリタイア』

 アナウンスが結果を告げる。

「マジか……!」
「先生、強すぎるよぉ……!」

 タイムアップの時間を半分も残した決着……。

「やれやれ、初戦から出番かい」

 そう言いながら、リカバリーガールは椅子からよいしょっと降りて、二人の元へ向かう。
 
「嘘……ここまで一方的に」

 画面を見つめたまま、お茶子ちゃんが口を手で覆い唖然と言った。

「セメントス先生に近づくこともできなかったとは……」
「容赦ないよ……!」

 障子くんと透ちゃんがごくりと息を呑む。

「"個性"の相性が悪過ぎたんだ」

 ――それに、僕らの相手は……!

 でっくんの視線に気づいて、お互い神妙に顔を見合わせる。
 試験だから何らかの勝ち筋は残してあるとは考えていたけど……。(……いや、まずは第一試合だ)

「私は八百万さんたちを探してくるね。しっかり作戦を考えて試験に望まないと……。でっくん、また後で!」

 モニタールームを足早に後にする。

 この分だと、もしかしたら早々に順番が回ってくるかもしれない。

(次は梅雨ちゃんと常闇くんか。対戦相手は、エクトプラズム先生)

 廊下を歩きながら、私はスマホを耳に当てた。


 ***


「受験者。我々はステージ中央スタートか」
「逃走成功には指定のゲートを通らなければならないのね。となると、先生はゲート付近で待ち伏せかしら」


『蛙吹・常闇チーム。演習試験、READY GO――!』


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