TEAM UP

「ということで。焦凍くん、囮ね」
「囮……」

 どことなく不服そうな表情で呟く焦凍くんに、再度私は「おとり」と宣告する。

「轟さんが囮ですか……」

 八百万さんも意外そうにそう口にした。

 施設の一室――二人と集合して、モニタールームで見た切島くんたちの試験の様子を踏まえ、私なりの考えを話した。

 切島くんたちみたいにカフスを取り付けに行くのが、ヒーロー志望らしいかも知れないけど。逃げるのも賢明な判断の一つって、相澤先生も言っていたし。

「要は俺が抑えてる隙に、結月と八百万が脱出するってわけか。確かに、相手の"個性"が厄介な以上、それが妥当かもな」
「それなら、私も轟さんと一緒に……」
「いや、俺の"個性"で巻き込んじまう可能性もあるから、八百万は結月と行動を共にしてくれ」
「そこからさらに二手に分かれたら脱出成功の確率も上がるし」
「……そうですね。分かりましたわ」

 頷く八百万さんだけど、その晴れない表情に少し引っ掛かった。

「あっ、もしかして八百万さんも何か作戦考えてた?」
「その、私は……」
「緊張してんのか?」
「い、いえ……」

 焦凍くんの問いかけに、八百万さんはぎこちなく首を横に振る。

「まあ、相手が相手だからな」
「うん。私たちの"個性"の性質も弱点もよく知ってるだろうしねー……」

 まあ、逆も言える事だけど……戦うより逃げる方が労力は少ない。
 私はその後、この戦い以上に難易度が高いと思われる二試験目が控えているから、消耗は控えたいところ。

「俺にも少し考えがある」
「ほぅ、轟案だね?」

 そう細かい打ち合わせをしていると、梅雨ちゃんたちが条件達成した事を告げるアナウンスが流れた。

「梅雨ちゃんたちやったぁ!」
「常闇さんと蛙吹さんはクリア……当然ですわ……」
「次は飯田たちか」

 モニタールームで見学しに行こうと誘うも「順番が近づいてますので、私は精神統一して来ます」八百万さんは一人、背を向けて行ってしまった。焦凍くんと二人で向かう事にする。


「――なぁ!俺たちの課題って何だと思う!?」

 モニタールームに入ってすぐ、目に飛び込んできたのは、切羽詰まった様子の上鳴くんと三奈ちゃんの姿だった。

「上鳴くんと芦戸さん……対戦相手は校長先生……」
「頭脳だろ」

 でっくんが答える前に身も蓋もなく答えた焦凍くん。

「轟〜っお前いい加減にしろよぉ!!」
「せめてもっとオブラートに包め!!」

 二人は強く抗議した。うん、今のは焦凍くんが悪い。「オブラート?」首を傾げてこっちを見る焦凍くんに「言い方ね」そう教えてあげた。

「まあ、間違っちゃいないね。二人とも、校長を甘く見たらいけないよ」

 不敵に笑いながら言うリカバリーガールの言葉に、二人は「うっ」と、言葉を詰まらせる。(確かに……根津校長は"個性"的に見ても頭脳派だろうな)

 モニタールームの入口が開き、入ってきたのは先ほど試験を終えた二人だ。

「あ、梅雨ちゃん常闇くん!試験クリアおめでとう〜!」
「お疲れ!」
「常闇くんも蛙吹さんも"個性"の使い方がすごいよ!」

 労いの言葉が飛び交うなか、二人は照れくさそうに笑う。

「ありがとう。常闇ちゃんたちと力合わせてなんとかクリアできたわ」
「言わば共闘」
「俺のおかげでナ」

 常闇くんから現れたダークシャドウも得意気に言った。見てない私と焦凍くんに、でっくんが詳しく(それはもう事細かくに)試験の様子を話してくれる。

 黒影と蛙、双方の"個性"を上手く使い合って、エクトプラズム先生にカフスを掛けたという。
 ……そして、第三戦。天哉くんと尾白くんの試験のステージは、周りを工事現場のようなバリケードに囲まれ、何もない土壌地帯が広がっていた。

 いや、何もないわけではない。
 二人の目の前で、次々と地面が陥没していく。

 尾白くんが何やら天哉くんに言って、徐に尻尾でその辺にあった小石を投げ込むと……
 その小さな衝撃でトラップが発動するように、また一つ地面が陥没した。

「飯田たちに不利なステージだな」
「カフスを掛けるにしても、パワーローダー先生は地面の下。脱出するにしても指定のゲートを通るには、落とし穴のトラップを飛び越えないと辿り着けない」
「対"個性"だけじゃなく、自分に不利な状況をクリアするのも課題の一つってことね」

 画面を見ながら焦凍くんとでっくんの見解に続けて言う。

(天哉くんたちはどう攻略を……)

 ……………………!?

 画面には、天哉くんの背中にコアラのようにしがみつく尾白くんの姿が映し出された。

「ブハッ!」

 堪えきれず、お茶子ちゃんは吹き出した。
 あからさまに気まずそうな尾白くんの表情がちょっとツボる。

「作戦なんでしょうけど……斬新ね、二人とも」

 作戦。梅雨ちゃんが言うように、そうこれは二人の立派な作戦だ。(たぶん)
 天哉くんは尾白くんをおんぶして、伝家の宝刀レシプロバーストで、穴が崩れるよりも早く突っ切るつもりだ。

「大地を吹き抜ける突風……」

 常闇くんが呟いた。壮大な表現だ。まあ、間違ってはいない。
 天哉くんは目にも止まらぬ速さで、地面が陥没する前に走り抜けて行く。(エスケープゲートまでもう少し。このまま行けば……!)

「まずい!!」

 その時、でっくんが叫んだ。

 突然、地面の真横から亀裂が走り、地面が派手に音を立てながら大きく陥没する。
 現れたのは、行く手を阻む谷のような大きな溝だ。

 やはり一筋縄じゃいかないらしい。

 ゲート手前でパワーローダー先生は、大がかりなトラップを用意していた。
 でも、寸前で天哉くんは地面を踏み込み、上に飛び上がった。ここからどうするかと思っていると、天哉くんの足に、尾白くんは尻尾を巻き付ける。

(……そうか!尾白くんをゲートまで……)

 誰か一人でもゲートを潜れば、条件達成だ。

 天哉くんはものすごい速さで宙で体を回転させ……(目が回りそう!)
 勢いをつけて、尾白くんをエスケープゲートに向かって投げ飛ばした!

 そこには最後の障害だろう、待ち構えるパワーローダー先生の姿があった。

 先生が操るロボのような大きな手が、尾白くんに伸びる。
 尾白くんは宙で咄嗟に身を捻り、尾でそれを叩きつけて飛び越えた。(さすがの身のこなし!)

『飯田、尾白チーム。条件達成!』

 そのまま尾白くんがゲートを潜り、試験終了のアナウンスが流れた。

 やったね、二人とも!

 ちなみにポップなデザインのエスケープゲートは、上に根津校長の姿が描かれており、潜ると吹き出しのセリフが「がんばれ!!」から「よくぞ!!」と変わる、無駄に細かい仕様。

 笑顔で振り返る尾白くんの姿が画面に映る。

 フルフェイスの天哉くんの表情は見えないけど、きっとその下の顔は誇らしげだろう。

「二人ともすごい!!」
「ええ、飯田ちゃんも尾白ちゃんも頑張ったわ」
「二人の息があったチームプレーだったね〜!」
「かっこいいよ、飯田くん……!」
「そうだな」

 でっくんの言葉に焦凍くんがふっと笑い、私も「だね!」と、同意した。
 いつもかっこいいのにかっこわるいがついてくる天哉くんが、今日はかっこいいしか――

「「生首…………!!!」」

 映像が切り替わると、そこには地面に埋まって生首状態の天哉くんがでかでかと。

「ちょっと、かっこ悪いけど……」
「埋まったのか」
「埋まったんだねぇ……」

 最後に見事なオチをつけるとは。
 さすが、個性豊かなA組の委員長である。

 ――さて。

「私たちも天哉くんたちに続かないとね、焦凍くん!」
「ああ。俺らの番だ、行こう」

 隣の焦凍くんと顔を見合わせて強く頷く。皆から応援の言葉をもらって、モニタールームを後にした。


 演習場からはここからバスだ。

 八百万さんと合流し、バス乗り場に向かうと、すでに少し猫背気味で立つ相澤先生の姿が。

「行くぞ」

 そう短い言葉に、三人でバスに乗り込んだ。
(なんだか入試試験を思い出すなぁ)
 あの時は一人だったけど、今は心強い味方が二人もいる。

「演習場はどこなんですか?」

 前に座る相澤先生に聞く。

「模擬住宅地だよ」

 という事は、周囲の損害を最小限に抑えることも大事ってことかな。そして、足場や隠れる場所も豊富。(でも、条件が有利なのは相澤先生も一緒……)

「そういえば、相澤先生。私がカフスをテレポートさせて掛けるのは条件達成になりますか?」

 反則になりそうなそれについては何も言われてないけど……

「いいよ。……出来るものならな」
「…………」

 相澤先生が……やる気だ!


 目的地にたどり着いたバス。模擬住宅地の入口に、三人で立つ。

『轟・八百万・結月チーム。演習試験――』


 第四戦。私たちの試験が始まる。


 ***


 ――青空の下。

 敵に見つからないように、住宅街の狭い路地裏を駆け抜ける二人の後を――私は追っていた。(二人とも……走るの速いっ)

「この試験――どっちが先に相手を見つけるかだ。打ち合わせ通り、視認でき次第、俺が引き付ける。そしたら結月と八百万は一緒に脱出ゲートに向かえ」

 ――それまで離れるなよ。

「ええ……。っ!」
「八百万?どうした、早く何か出してくれ」
「轟さん……っ!結月さんがいませんわ!!」
「なに!?まさか、もう――」
「っごめん、二人走るの速くて追い付けなくって」
「「………………」」

 テレポート二人の近くに現れる。……二人してそんな残念な人を見るような顔をしないでほしい。
 私が運動全般がだめな事は周知の事実でしょう……。

「……まあ、結月が"個性"使えたってことはまだ相澤先生は現れてねえってことだな」

 そう言って焦凍くんは、きょろきょろと辺りを見渡してから路地から通りに出た。

「わ、八百万さん、それ可愛い」
「八百万。何か出せって言ったが、なんだそれ」

 八百万さんの体からポコポコ生まれる小さな人形たちだ。

『始まったら八百万は何でもいい、常に何か小物を作り続けろ。作れなくなったら相澤先生が近くにいると考えろ』

 そう、それは焦凍くんが提案した相澤先生対策だ。

 目に見えて分かりやすいく、良い案だ。私の"個性"だと瞬間的な発動の上、使ってみないと使えないか分からないので、相澤先生の"個性"とはすこぶる相性が悪い。

「ロシアの人形、マトリョーシカですわ」

 そう言って、八百万さんは自身の腰のベルトに人形をしまう。

「そうか。とりあえず、"個性"に異変があったらすぐ言ってくれ」

 焦凍くんも、自身の右手に氷が生まれるのを確認しながら言った。

「焦凍くん、八百万さん。私、屋根から行くよ。相澤先生が現れるとしたら上からかもだし」
「分かった」

 本当は宙から行きたいところだけど、抹消を使われたら落下してアウトだ。

「さすがですわね、お二人は……」
「?」
「何が」

 ぽつりと聞こえた寂しそうな声に、意識をそちらに向ける。

「相澤先生への対策をすぐ打ち出すのもそうですが、ベストを即決出来る判断力です」
「……普通だろ」
「普通……ですか……」

 焦凍くんの相変わらずそっけない言葉に、八百万さんは笑ったけど……私には無理した笑顔に見えた。
 その顔は、今までも不意に八百万さんが見せていたものだ。

「雄英の推薦入学者……轟さんとはスタートは同じハズでしたのに、ヒーローとしての実技に於いて、私の方は特筆すべき結果を何も残せてません……」

 その言葉を聞いて「そんなことないでしょう」すかさず返すと、

「そんなことあるんです!」

 語気を強めて返されて、驚く。その時、初めて気づいた。
 
「騎馬戦は轟さんの指示下についただけ……本戦は常闇さんに為す術なく敗退でした……」
「…………」


 私が、勝手な思い込みをしていたことに――


「八百万、マトリョーシカ……」
「"個性"が消されてる……!?」
「!」

 八百万さんの創造が止まっているという事は……!

「来るぞ!!」
「すみませ……」
「と思ったらすぐ行動に移せ」
「……っ上!?」

 電柱に操縛布を引っかけ、逆さま状態でいつの間にかそこにいた相澤先生……!(どういう登場の仕方!?)

「ちっ!」
「この場合はまず回避を優先すべきだ。先手取られたんだから」

 焦凍くんが腕で振り払うように振り返ったその先に、先生はストン、と地面に着地した。
 動揺している「ハッ……あっ」八百万さんの手を掴む。

「結月、八百万、行け!」

 すでに焦凍くんの声は後ろに。
 使えるうちにテレポートでその場を早急に離脱。

(先手を取られたならば、取り返すまで!)
「あ、そういうアレか。なら……」


 ――好都合だ。


「八百万さん、ごめん……っ」
「……え」

 テレポートで脱出ゲートに向かう途中「私、自分のことばかりで、周りを見てなかった。八百万さんのことも」隣の困惑した表情を見ながら続けて話す。

 私は、自分の試験の事しか考えていなかった。

 八百万さんの様子がおかしかったのは、目に見えていたのに……。
 何か悩んでるように見えても、優秀な人だから大丈夫って勝手に思い込んでいたんだ。

「結月さんが謝ることではありませんわ……。私は、この試験で二人の足手まといになります。きっと……、私は轟さんと同じスタートラインにも立っていなかったんです」

 八百万さんは弱々しい声で……

「私と結月さんに推薦の話が来た時……辞退すれば良かったのは私の方――っ?」

 そう最後まで言いきる前に、民家の庭の隅に隠れるようにテレポートした。

「結月さん…?」

 しゃがんで、困惑する八百万さんの肩を掴む。

「ごめんね、八百万さん。はっきり言うから先に謝っておく」

 事前に言うと、彼女は少し怯えた表情を見せて身構えた。
 例え試験中でも。今ここで、ちゃんと伝えないとだめだって思ったから。

「八百万さんが経験したことは、自信を失くすほどのことじゃない」
「なっ……」

 八百万さんは面食らったような、ショックを受けたような混ざった顔をした。
 今まで悩んでいた事を、私は全否定したから。
 次いでむっと感情を露にして、その目が私を見る。

「……結月さんはそう言えますわよね。あなたは体育祭での成績は三位。どの種目でも活躍していて、ヒーロー基礎学でも優秀な成績を残してますから……」

 返って来た反論に、

「体育祭や授業で良い成績を残せたら、ヒーローになれるわけじゃない」
「………………」

 私もさらに返す。

「残せなかったからヒーローになれないわけでもない。そこで実力を発揮できなかったからって、人より劣るとか自分に繋げて考えるのがまず間違い」
「……でも、私は……!」
「体育祭もこの試験も、躓いても失敗してもいいんだよ。その為の過程なんだから」

 極端に言うと、例えここで赤点を取ったとしても待っているのは補習だけだ。(相澤先生には怒られそうだけど)

 辺りを窺うけど、気配はなさそうなので続ける。

「私が推薦を辞退したのはね。私より八百万さんの方が相応しいと思ったから、私の判断で自分で決めたことだよ」

 努力家で、自分に厳しくて、何事も真摯に取り組む姿に――。

「尊敬する八百万さんだったから。私は今もその判断は間違ってないと思ってる」
「それは……本当……でしょうか?」

 泣きそうな八百万さんに深く頷く。

「私も……結月さんのことを尊敬していました。中学ではいつも見る度に、笑顔で皆さんに好かれていて、困っている人がいたら簡単に手を差し伸ばすことができる……」

 続けて「文化祭でシンデレラを熱演した姿もとても素敵でした」と、言う八百万さんに「熱演ってほど熱演したわけじゃ……」そう訂正したくなるのをぐっと我慢した。

「最近では結月さんはとても轟さんと仲がよろしいですから……」
「……?」

 焦凍くん?

「とても信頼しているのが分かります。囮役に轟さんを指名されたのも、私では力不足と……」
「違うよ!?」

 すかさず否定する。いやいやいや、私が囮役なんて八百万さんにさせるわけがない!

「焦凍くんは"個性"的にも適材適所というか……」
「それです!」

 それ……!?

「私は未だに名字呼びなのに、轟さんは下の名前で呼ばれてる……!!」飯田さんも……!
「………………」

 思わぬ方向に話が飛んで、一瞬思考が停止した。

(……なるほど)

 八百万さんがここまで思い詰めたのは、私も悪かったかもしれない。
 同じ推薦入学者という立場で、意識しないという方がおかしいというもの。
 そして、私が誰かを呼ぶ時に別に深い意味はなくて。ただ八百万さんは中学から高嶺の花なイメージもあり、さん付けで呼んでいたからそれが定着しているというわけで……。

「とりあえず――、百ちん。百ちんのこの試験での意見が聞きたい」
「……っ!百……ちん?ちんはどこから来たのですか!?」
「百ちゃん略して百ちん。可愛いかなって思って……ダメかな?」
「……っいいえ!ぜひそうお呼びになってください!」

 百ちんの顔からやっと笑顔が戻って、私も一緒に笑う。

「あの、私も理世さんと下の名前でお呼びしても……」
「もちろん!」
「理世さん、私……!」

 百ちんが何か言いかけた直後、

「済んだ?」

 タイミング良く相澤先生の声が響いた。

「っ相澤先生……っ!」
「なっ!!」

 屋根の上に着地した相澤先生は、素早く操縛布を伸ばして、百ちんの腕を捕らえる。

「痛いところは突いてくぞ。手数勝負しようか」
「"個性"を!!」

 相澤先生からの視線から遮るように彼女の前に立った。見えなければ消せない!

「っ、創造!!」

 腕から物を創り出して、操縛布から解放されたその腕を再び引く。とにかく相澤先生の視界から隠れる。

 建物の影に入って……

「私が相澤先生を引き止めるから、あとは頼んだ百ちん!」
「そんなっ理世さん――」

 矢継ぎ早に一方的に話して、百ちんに触れて通りに飛ばした。

「!(八百万だけ。結月は……)」

 私は、相澤先生の後ろにテレポートして、先生の操縛布を手に転移して奪う。

「……おまえが一人で足止めなんて、適材適所じゃねえだろ」

 振り返り、私と向かい合った相澤先生は腰に手を回すと、その指の間には小型のナイフが。(投げナイフ……!)

「……っ臨機応変です。これも策の内ですよ、相澤先生……!」

 嫌でも思い出すステイン戦。戦きながらも強気に答えた。

 ――先ほど何かを言いかけた百ちん。

 きっと何か策を考えていたはずだ。私はそれを尊重したい。もし、《創造》で何かを創り出すなら、時間がいるはずだから。

(それまで、私が時間稼ぎをする!)

 この試験は、チームアップだ。
 一人で望むものじゃない。
 私がいる。そして、――もう一人。

「逆走……」ゲートとは反対に走る百ちんを見て、相澤先生が呟く。

「判断を委ねに行ったな」

 そうかも知れない。でも……!

 学級委員の時、百ちんの投票は二票だった。一票は自身が入れたもの。
 もう一票を入れた人物が誰か、私が気づいたのはつい最近。
 集計する時に直接見た字と、この間の勉強会で見た焦凍くんの字の癖は一緒だった。

(百ちんのことを頼んだ、焦凍くん!)

 私は私で、覚悟を決める。

「相澤先生。一対一の勝負、お願いできますか」
「……いいよ」

 そう言って相澤先生はニィと笑った。
 屋根の上もあって、まるで黒いチシャ猫だ。


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