屋根の上で、じりじりと相澤先生と対峙する。
(先生の"個性"も万能じゃないけど、消されてると考えて動かないと、こっちの足元が掬われる……!)
「先に動かねえなら、こっちから行くぞ」
その言葉を合図に投げつけられるナイフ。
(自身の反射神経で避けるしかないッ!)
右でも左でもなく、――下!!
後ろに倒れるように屋根から落ちる。"個性"を使うなら確実に、先生の視界から外れた時だ。
「で、現れる先は背後――」
二度も同じ手は通用しねえぞ、という相澤先生に。お生憎様!こっちも読まれる事は分かっている!
「これ、お返しします!」
「!」
相澤先生の顔面に、操縛布を目眩まし代わりに投げつけた。
『力がねえおまえが体術で戦うなら、戦法は一つ。"個性"使って相手の懐に入り、攻撃力が増す関節使って急所を狙え』
先生の懐に入った今、右手の拳を左手で支えてからの、肘打ちを喰らわす――!
「っ……(心臓狙いやがったな)」
「……!(しまっ……)」
先生はよろめいたけど、同時に私の足に絡まるそれ。(操縛布を返したのは失敗……!)
さすが、愛用の武器にして使い手。
相澤先生が掴んだ瞬間、塊がするりとほどけたのを見て思う。
って、感心している場合じゃない!
(回避、回避、回避……!!)
捕まれた足を軸に宙に放り出されて、遠心力をかけられる。
その僅かな間に、頭の中で何度も"個性"を発動させようとするも――「っ……!」
激しく硝子が割れる音が耳を突いた。
窓を突き破り、向かいの家に投げ飛ばされた。床に転がり、体は止まる。
本能的に閉じて守った目を開けば、映るはぼやけて歪んだ天井だ。
コスチュームを着ている部分は守られたけど、露出している肌の部分は派手に硝子で切れた。
「いっ……」
確かめるように頬に触れた瞬間、ぴりっと走った痛み。
指先には、べっとりと血が付いていた。
顔は止めてほしいなぁと思いながら、目を動かし、その人を睨む。
「受け身ぐらい取れ。"個性"にかまかけて学んでこなかったな」
長時間《抹消》を使ったからか、ここで相澤先生は目薬を点した。目を閉じ目頭を押さえてと、余裕綽々の姿がくやしくて思わず唇を噛む。
いつもならテレポート一つで回避できた状況なのに……こうも簡単に追い詰められた。
力を入れて、上半身だけでも体を起こす。
後退しようにも壁に背がついて、逃げ場がない。
「言っとくが」
――"個性"を封じられたら私は、
「"個性"を使えないおまえは、クラスで最弱」
……最弱?……誰が?私が?
その言葉を認識した瞬間、乾いた笑いが込み上げた。
「冗談でしょう?」
「!(……鏡っ?)」
忍ばせた手鏡を相澤先生に向ける。
"個性"が相殺されるかは不明だけど、結果的に私が狙った意図は起きた。
一瞬の隙。それがあれは"個性"を使える。
相澤先生の横に飛んで、その肩に触れてさらに一緒に飛ぶ。
室内で戦うには狭く、被害が及ぶから。
そして……二人が来る、そろそろ頃合いじゃないかと願って――
「逃げずに戦うか……。ずいぶん自棄になってんじゃねえか!」
「どうでしょう、……ねっ!」
場所を道路に移して、近接戦闘に持ち込む。(職場体験中で行った中也さんとの組手を活かす時!)
「筋は悪くねえ。だが、息がもう上がってる。次は反撃させてもらうぞ」
(……中也さん相手には使えないけど)
相澤先生の反撃が来た瞬間。
「!」
下にしゃがみ、相手の視界から瞬時に外れる。
身長差があるからこそ出来るトリック。
そして、私が先生の視界が外れたという事は。
その足に触れ、逆さまに先生を宙に飛ばす。
一瞬の間も与えない。同時にテレポートして、勢いをつけた回し蹴りを、その無防備な鳩尾に入った――!
…………。あれ?手応えを感じたと思ったのに。
「!なっ……腹筋で受け止めた……!?」
嘘でしょう!?驚愕していると、残念だったなと言うように、逆さまの相澤先生の口角が上がる。
手は首もとの操縛布を掴み、しゅるりと伸びたそれを伝線に絡ませて飛んだ。
軽やかに電柱の先端に膝を曲げて、着地した相澤先生。
(……忍者かっ!)
思わず心の中でつっこみながら、私も地面に立つ。
「いつもゼリー飲料で済ませてるっぽいのに……!」
「それなりに鍛えてるに決まってんだろ」
見下ろす相澤先生を見上げる。戦闘は振り出しに戻った。
対して先ほどの先生の指摘通り、私の息は既に上がっている。
さっきみたいに動けないかも知れない。
「さて、予想より時間かかっちまったが……。二人が現れねえってことは、ゴールゲートに向かったか」
相澤先生はそう言いながら首を解すように左右に倒す。
「俺はあいつらを捕まえなきゃなんねえ」
――決着着けようか、結月。
電柱から飛び上がる。まずいっ早く次の一手を――……
「「!?」」
先生目掛けて、投げられたマトリョーシカ。凛とした声が耳に届く。
「理世さん、目を閉じて!!」
瞬時に目を閉じる。「んだこれ……」相澤先生の呟きの後に、かき消すような耳をつんざく爆発音が響いた。(閃光弾!マトリョーシカの中に隠して……!)
「結月、無事か!」
「すみませんっ理世さん、遅くなって!」
「焦凍くんっ……百ちん!」
相澤先生が目を押さえている間に、駆け寄ってくる二人。
「!おまえ、傷だらけで……」
「理世さん、顔にも傷が……!」
「大丈夫っ。それより相澤先生が……!」
いつの間に先生は屋根の上に移動していた。
「……(二人が来ることを信じて、きっちり足止めをしたってわけか)」
素早く、操縛布がこちらに向かって飛ばされる。
「八百万!」焦凍くんの声に反応して動いた百ちんは、私を横に抱き上げ……「へっ!?」
「(炎で……!って消されてるか……!)」
「轟さん、一旦引きますわ!」
「まっ待って、百ちん!」
私を抱えながら走る百ちんに焦る。焦る……!
「重いから、降ろし」
「そのお怪我で私たちと同じように走れますか!?」
言い終わらない内の反論に「う……」と、言葉を詰まらせつつも。
「テレポートならぁ……」
「先生の目が少し不安定になっているといえ、上手く"個性"を使えますの!?」
「…………………」
ごもっとも。今度こそ私は黙った。
「でも、確かに重いだろ」
(!重い……!?)
「(軽そうな結月とはいえ)俺が代わる」
「いえ、そんなに走りませんし、理世さんは小柄で細いのでこのぐらい平気ですわ!」
「そうか、筋肉付いてねえもんな」
「焦凍くんん!?さっきからオブラート忘れてるから!」
自分で言うのと人から言われるのは違うし!
私だって、ちょっとぐらい筋肉ついて……
「?オブラートと言うと、デンプンで作った飲みにくい粉薬などを包む水に溶けやすい可食フィルムのことですか?」
「いや、言い方らしい」
「………………」
私のつっこみMPはもう0よ!
「……理世さん。あなたが体を張って先生を引き留めてくれたおかげで、準備ができましたの」
「準備?」
「ええ、相澤先生に勝利するとっておきのオペレーションですわ!!」
そう自信たっぷりに前を見据えたまま言った百ちんの顔には、陰りなど一切ない。
「轟さんは先ほど話した通りに、常に氷結の発動確認を!」
「分かってる」
「百ちん、イケメン」
「っ軽口を言うなら、理世さんは黙っていてください!」
思った事を素直に口にしたら、ぴしゃりと怒られた。すっかり立ち直った百ちんに、こっそり小さく笑う。
次の瞬間、焦凍くんの足が急停止したのか、地面を擦る音が響いた。
同時に、急速に冷気が辺りを包み込んで……
立ち止まって振り返った百ちんに、同じく私の目に広がるそれは――大氷壁!!
まるで体育祭の時のような……ほうと息を吐く。
「焦凍くんの"個性"なら使える瞬間がすぐに分かるし……」
「ええ。そして、轟さんならその一瞬で最大威力が出せますわ」
ぴょん、とテレポートで百ちんから降りた。
「復活した瞬間に遮った。これで"個性"使える」
焦凍くんが炎で体温調節する間、百ちんから「とっておきのオペレーション」の全容を聞く。
「――……これなら。先生から逃げ切るよりも成功確率は高いハズです!」
「なるほど〜さすが百ちん!」天才!
「理世さんがこれらを創る時間をくれたからこそですわ」
「結月、俺は何も見てねえ」
「?」
目の前にあるのは予め《創造》で創り出していた物たち。闇雲に逃げていたと思わせて、用意してあったこの場所に向かっていたのだ。
「俺は結月を助けに行くのが先決だと言ったんだが、八百万がな……」
『……いいえ!理世さんが引き止めると言ったのは、きっと私が"個性"を使う時間を作るため……!』
『理世さんがそう言ったなら、絶対に相澤先生を引き止めてくれますわ』
『彼女が私を信頼してくれたように、私も彼女を信頼します!』
「って。すげえよ、おまえら」
そう経緯を話して、ふっ焦凍くんは笑う。思わず百ちんを見ると、恥ずかしそうに頬を染めていた。
「と、轟さんだって『あいつはやる時はやるからな』って最終的には納得したではありませんか……!」
「俺はただおまえがそう考えるなら、そっちの方が良いんだろうなって思っただけだ」
そのやりとりに、先ほど二人が手当てしてくれた傷に触れる。
百ちんも焦凍くんも、同じように私を信頼してくれていた。嬉しさに、自然と顔が緩む。そして、前より仲良くなったような二人の姿に。
「推薦入学者同士、二人とも、これから良いコンビになりそうだね」
「結月ほどじゃねえだろ」
「理世さんほどじゃありませんわ」
「………………」
二人同時に真顔で返された。
「勝負は一瞬……よろしいですか?」
胸に手を当て深呼吸をして。不安からではなく、最終確認というように、百ちんは私たちに問う。
「ああ、文句なしだ」
「ばっちりだよぉ」
焦凍くんと一緒に頷きながら、手首に引っかけるようにカフスを転移させる。
(やれるものならやってみろ――その言葉の伏線回収といきましょうか、相澤先生!)
***
(脱出ゲートは俺の背後。なら下手に追撃するより、出方をじっくり伺おう)
……――とか思って、待ち伏せてるのかな、相澤先生は。
脱出ゲートの前の屋根で待機している先生の姿を遠くから視界に捉える。(まあ、そっちの方がこっちには都合が良いけど)
「百ちん」
テレポートで二人の元に戻り、相澤先生の位置を伝えた。
「では……お二方、行きますわ……!」
黒い布を被る百ちんと同様に、私も焦凍くんも布を被る。手品で使うような素材で、こちらからの視界はばっちりだ。
わざと、先生から見える位置に姿を現せば……
「!布かよ。(確かに見えなきゃ消せねえが……)」
相澤先生は屋根から降りて、向かって来た。
「デメリットのがでかいだろソレ」
「わっ」
「って!!」
かかった捕縛布がきゅっと締まり、まとめて捕まる。その際、背中合わせになった焦凍くんの痛そうな声が後ろから聞こえた。
「マネキンかい」
相澤先生はすぐに気づいた。
そう、一人はダミーの上半身だけのマネキン!
(ちなみに焦凍くんは絞め上げられた際、それに強打したらしい。私は焦凍くんがクッションになって平気だった)
布を払ったその下には、カタパルトと共に百ちんが待ち構えている。
「(やることは――……一つ!!)」
「(カタパルト……)」
その瞬間、相澤先生が後ろに飛び退く。(気づかれた……!?)
次の手はやって来ない。不自然な間に、ガチッと音が聞こえ、カタパルトから捕縛布(百ちんver.)が、相澤先生に向けて発射された。
――今だ。
それに乗じて、"個性"を使って私と焦凍くんに絡まっている捕縛布を転移する。
「轟さん!!」
百ちんの合図に焦凍くんが前に出る。
「地を這う炎熱を!!」
その左から、ごうごうと炎が吹き出した。
さて、その隙に私は――手にあるカフスを!
「先生相手に、"個性"での攻撃を決め手にするのは極めて不安……ですから」
この作戦は、百ちんの日々の努力の賜物であり、それによる膨大な知識があってこそ。
「ニチノール合金、ご存知ですか?加熱によって瞬時に元の形状を復元する……」
――形状記憶合金ですわ!
相澤先生の体に、布が何重にも巻き付いていく。
「………大したもんじゃないか」
先生は静かにそう呟いた。
***
「これで、条件達成ですね」
相澤先生の片方にだけ掛けたカフスを、もう片方の手にも掛けながら。
「いつの間に飛ばして掛けていたのか」
「相澤先生が捕縛布に巻き付かれるちょっと前に」
「抜かりねえこった」と、呟く先生ににっと笑う。
まあ、何はともあれ伏線回収成功!
「八百万の作戦通りだが、こんなすんなりいくか……」
「正直、不可解です」
腑に落ちない様子の焦凍くんに、百ちんも同様に続く。
私としては終わり良ければ全て良しだけど。
確かに……あの時、相澤先生は。
「カタパルトの発射で、私……ミスを犯しました。先生は気付いた上で距離を取った……あの隙に防げたハズなのに……」
百ちんの話に、不自然な間はそれだったのかと気付く。
「先生は、故意に策にのったよう見受けられました」
「隣の轟を警戒しただけだ。おまえは"見"えたが、轟は布を被ってたからな。凍らされると考えた」
相澤先生は淡々と答える。
「俺が最善手だと思い退いて、それがおまえの策略通りだったわけだ」
何とも先生が言うと説得力があるわけで。
(本当……相澤先生は、厳しくて優しい先生だ)
「百ちんのオペレーションが完璧だったてことね」
「ああ……あの時、八百万が言ってた通り、本当時間さえありゃ……だ。その時間を作った結月に、今回は二人に助けられた。ありがとうな」
「――……!」
私たちを見て目を見開く百ちん。徐々にその綺麗な黒目が潤んでいく。
やったねと微笑むと「……ありがとう、ございます……っ」そう口を片手で覆い、小さな声で百ちんは頷いた。
失っていた自信を百ちんは取り戻した。
一歩前に踏み出したのは、それは紛れもなく自身の力だ。
『更に向こうへ』
自然とその言葉を思い出した。(八百万ライジング……なんて)
「……どうした?気持ち悪いか」
「なっなんでもありませんわ!」
「吐き気には足の甲にあるツボが……」
「なんでもありませんからっ!」
焦凍くん、この空気でその思考回路はさすがだね……。
「まあ……おまえもよく、一人で耐え抜いたな」
「え?」
ぽつりと聞こえた言葉に振り返ると、相澤先生は何事もなく目を瞑っている。
「あの、相澤先生、よく聞こえなかったのでもう一度」
「二度は褒めん」
(……!やっぱり褒められたんだ)
滅多に褒めない厳しい相澤先生に褒められるのは嬉しくて、なんだかむずむずする。
「結月は顔が赤いな……無理して熱が出たのか」
「えっ、いや、これはぁ……」
「大変ですわ!私、救護ロボを呼んで来ます!」
「あっ待って百ちんっ違うから!」
「こら、動くな。冷やすから大人しくしてろ」
「えぇ〜……」
おでこに冷たくした手のひらを当てて冷やそうとしてくる焦凍くん。
余計顔赤くなりそう……と思いながら、事の発端の相澤先生に視線を寄越せば「俺はつっこまないぞ」と、そ知らぬ顔をしている。
元はと言えば、先生が唐突にあんなこと言ったからなのに……不満げに思いながら、大人しく救護ロボの到着を待つ事にした。
『轟・八百万・結月チーム。条件達成!!』