最悪なチーム

「……………………しりとりとかする……?」

 しーーーん。

(いやいやいや、何故この空気の中でしりとり)

 壮大に滑ったオールマイト先生は、助けを求めるように視線をこっちに送ってくるけど……残念ながら、私は爆豪くんに「喋るな」と言われているので。

 バスの中は再び無言になった。

 爆豪くんは後ろの座席で、私とでっくんは前の横並びの席に隣同士。
 でっくんもずっと黙ったまま……というかちゃんと息してるかちょっと心配になった。(相手が憧れのヒーローだとそんなにやりづらいのかな……)
 目を閉じ、バスが着くのを静かに待つ。


 第10戦目――最終試験。

『緑谷・爆豪・結月チーム。演習試験、READY GO!』


「ついてくんな!」

 ステージは入試試験と同じ、ビルが立ち並ぶ模擬都市部だった。

 スタート早々……

「ブッ倒した方が良いに決まってんだろが!!」
「せっ戦闘は何があっても避けるべきだって!!」

 正面から戦って勝ちに行く爆豪くんと、逃げの一択と考えるでっくん。

 意見決裂。

 私はどっちでも良いけど、早いとこ決めて、計画立てて動かないと。

「終盤まで翻弄して、疲弊したとこ俺がブッ潰す!」
「うぅ……」
「その翻弄する役は私とでっくん?それとも全部爆豪くんが一人でやるの?」

 爆豪くんの隣にテレポートして聞く。

「てめェ、喋んなって言っただろうが!」
「意見ぐらい言わせてよ〜」

 いい加減、同じチームなんだって理解してくれないかなぁ。

「オールマイトを……な……何だと思ってんのさ」

 足を止めていたでっくんが、追いかけながら爆豪くんの背中に言葉をぶつける。

「いくらハンデがあっても、かっちゃんがオールマイトに勝つなんて……」

 ――GRACK!!

「っでっくん!?」

 振り向きざまに爆豪くんに殴られ、後ろに吹っ飛んだでっくんに慌てて駆け寄る。
 手榴弾を模した籠手で殴って、その口元は切れていた。

 これには見過ごせず、爆豪くんを睨む。

「ちょっと爆豪くん、味方攻撃してどうするの!?」
「これ以上、てめェら喋んな。……ちょっと調子良いからって喋んなムカツクから」

 最後はでっくんに向かって吐き捨てるように言い、爆豪くんは前を向いて歩き始める。

「ごっ……試験合格する為に僕は言ってるんだよ、聞いてってかっちゃん……!」

 私の存在に目もくれず、でっくんはその背中に叫んで追いかける。

 ……自分勝手な二人にイライラしてきた。

「だァからてめェの力なんざ合格に必要ねェつってんだ!!」
「怒鳴らないでよ!!それでいつも会話にならないんだよ!!」
「二人ともいい加減に――……」

 !?張り上げた声は、かき消された。

「「……ッ!」」

 前方から轟音と共に強烈な突風に襲われた。
 突風と形容していいのかも分からない。
 テレポートする前のほんの一瞬に感じたそれは、空気の圧に思いっきりぶん殴られたようだった。

(二人は……!?)

 咄嗟にテレポートしたのは頭上で、酷い土煙で地上の様子は分からない。
 慌てて下にテレポートして、地面に降り立つ、も。

「…………」

 例えるなら、台風がその道だけを通り抜けて行った――。

 轟音と共に、建物、車、何もかも巻き込み……コンクリートの塗装さえ剥がれ、剥き出しの地面。

 災害レベル……奇想天外過ぎて笑えてくる。

 なんてったって、私たちは今からそれに立ち向かわなければならない。

「でっくん、爆豪くん……!無事!?」

 二人は先ほどいた場所から、数メートル押し流されていた。

「はっ……は……」

 でっくんは地面にへたりと座り込み、浅い呼吸に茫然として……爆豪くんは前方を睨み付けながら立ち上がった。

 二人の視線の先――土煙の中、大きな人影がこちらに向かってくる。

「街への被害など、クソくらえだ」
「ッ…………!!」

 気付くと、震える指先は太股のホルダーにあるナイフに触れていた。(それほどまでに……っ)
 
「試験だなんだと考えてると痛い目みるぞ」

 ……なに、この……

「私はヴィランだ、ヒーローよ。真心込めてかかってこい」


 ――威圧感は!!!


 徐々に煙が晴れて現れたその姿は、紛れもなくヴィランの風格だ。こちらに目掛けて向かってくる!

「正面戦闘はマズイ、逃げよう!!」

 立ち上がったでっくんが叫びに、私も大きく頷いた。
 ここは一旦引いて戦況を立て直そう!

「俺に指図すんな!」
「かっちゃん!!」

 爆豪くんは制止を聞かず、真っ向面から籠手を構えた。(っその構えは……!)

 閃光弾スタングレネード!!

 目を瞑る。ほぼ同時に爆発音が耳をつんざく。(味方にも影響でるんだから事前に断るのが常識でしょう……!)
 瞬時に対応ができたのは、皮肉にも一度受けていた技だったからだ。
 爆豪くんは"果敢無謀"にも"敵"に飛びかかる。

「オールマイト!言われねぇでも最初ハナから――」
(っ鷲掴みした!?)
そぉつぉぃあよそのつもりだよ

 顔を鷲掴みされても、爆豪くんは一歩も怯まず両手を向けた。

 銃弾のように繰り出される爆破。超至近距離からの連続攻撃だ!

 生身の人間なら耐えきれないだろうその攻撃を、オールマイト先生は「あ痛たタタタタタ」と、情けない声を上げるだけで微動だにしない。(効いてない……!)

 どうする!?援護?救出?その隙にでっくんと逃げる……?

「そんな弱連打じゃ、ちょい痛いだけだが!私をマジで倒す気……」
(どれが正しい選択………!)
「"しか"ないようだな!」

 爆豪くんの体が、地面に叩きつけられ――

「……ってめェ!余計なことすんな!」
「っ知らないよ!」

 気が付いたら爆豪くんと共に、離れた場所にいた。

「味方の危機に、無意識で救出に入ったというところかな、結月少女。だが、君にしては随分悠長に悩んでいたようだな」
「っ……」

 その言葉は図星だった。
 
「そして……」

 オールマイト先生がそう呟いたと同時に、目の前からその巨体が一瞬で消え……消えた!?

「君も君だ、緑谷少年!」
「うわ!!」

 現れたのはでっくんの後ろ。(瞬間移動か!なんていうスピード……!)

「てめェはデクと一緒に逃げろ。足手まといだ」
「爆豪くん……!」

 口早にそう言い残し、爆豪くんが小さな爆発と共に飛び出す。

「チームを置いて逃げるのかい?」

 逃げるように、後ろへと大きく跳び引くでっくんだったけど……

「おっと、そいつは……よくない」

 その軌道には、今しがた飛び出した――

「バッどけ!!」
「かっちゃ……」

 このままじゃ二人は空中で衝突する。まったくコントか!
 助けにいこうとしたのに「ッ!?」気づいたら後ろに吹っ飛んでいた。

 剥き出しの地面に転がる。

「結月さん!?」
「……ッ……いっ……」

 脳が追いつかなかった。攻撃されたと認識した今、遅れてやってきた痛みに顔を歪ませる。
 脇腹に銃弾を撃ち込まれたような激痛。(撃たれたことないけどぉ……!)

「あーごめんごめん。私が蹴った小石が当たってしまったかな?」

 わざとらしく笑うオールマイト先生にムッとするも、たった一つの小石を蹴っただけでこの威力。とんでもないパワーに戦慄が走る。

「簡単に助けにいかせないぜ。逆に君を人質にするのも良いな。たまには新鮮だろ?」
「どこぉ見てんだあ!!?」

 すかさず後ろから爆豪くんが突撃するけど、オールマイト先生は軽くいなす。

「カッハッ」
「爆豪、くん……!」

 爆豪くんの背中が、人形のように地面を跳ねた。

(ただ闇雲に攻撃してもだめだ……!反射速度に、パワーで押しきられる……!)

「う、うあああ……!!」
「そりゃあクールじゃないぜ、緑谷少年」

 拳を振り上げ立ち向かうでっくんに、オールマイト先生は中指を曲げてぴんっと弾く。
 それは、でっくんが体育祭で焦凍くんとの戦いで見せたものだったけど、威力が桁違い過ぎる。

「ぐはっ!」
「っでっくん……!!」

 空気の圧に飛ばされ、ビルの壁に強く叩きつけられたでっくんは、そのまま壁に沿って落ちる。
 まるで、格の違いを……圧倒的な力の差を見せつけられたようだ。

 私は、見ている事しか出来なかった。

 わずか開始数分で壊滅状態。これがもし、本物の実戦だったら……

(――違う。実戦も試験も関係ない)

 私たちは問われている。
 ヒーローの本質を。

(負けたく、ない……っ)

 守りたい。誰かが、目の前で傷つくのは嫌だ。

(戦わなきゃ……!こんな所で終われない)

 いつだって、自分を奮い立たせるのは自分自身の意思だ。

(出し惜しみしている暇はない……!)


 ――とっておきの奥の手を!!


「ッ……舐めやがって……」
「一番最初に立ち上がったのは、やはり爆豪少年か。さすがのタフネス。だが、君一人で何が出来るかな」
「……っだめだ……かっちゃん……っ」

 立ち上がった爆豪くんを見据えるオールマイト先生は、こちらに背を向け無防備だ。(正直、オールマイト先生に効くか賭けだけど……)

 手の中にそれを転移させた。ここは、恐れず飛び込む――!!
 
「私もいますよ!オールマイト先生!!」
「真っ正面……!私と直にやり合うとは君らしくぅ……!?」

 ――出力最大MAX!!

 意表を突くため真っ正面にテレポートし、オールマイト先生の体に押し付けたそれはスタンガン!
 バチバチバチッと凄まじい音を立て、スパークする火花。オールマイト先生の体は、激しく感電した。

「うおぉぉ……!!?」
(っ効いてる……!?)

 だって、これはただのスタンガンじゃない。

 百ちんに《創造》で事前に創ってもらった、対オールマイト先生用の超電圧スタンガンだ!!


 ――……


「あのね、百ちん。一つお願い事してもいい?」
「ええ、なんなりと!」
「(プリプリ(?)してるな、八百万)」

 百ちんにお願い事をすると、なんか張り切って引き受けてくれた。

 私がお願いしたい事は――……

「対オールマイト先生に思い付いたんだけど、スタンガンを創ってほしいの」
「スタンガン、ですか……なるほど」
「ああ……確かに、突くとしたらそこか」

 すぐに私の意図を察した百ちんと焦凍くん。さすがの二人。皆まで言わずとも話が早い。

「分かりましたわ!確かハンデの重りは体重の約半分。オールマイト先生が装着して見せた数と相澤先生が装着していた数……体格差とおおよその推測と共にオールマイト先生の体重を割り出して、確実に効果が出る電圧のスタンガンを創りますわ……!」

 天才過ぎるよ、百ちん……!

「ネットで調べればオールマイトの公式体重が……」
「そこは空気を読むんだよ、少年」
(リカバリーガールがつっこんだ!)

 そして、腕からスタンガンを創り出す百ちん。
「?どうしたの、焦凍くん」
「いや……」
 何故かさっきから焦凍くんは気まずそうに後ろを向いている。

「――出来ましたわ!電圧は申し分ないハズです」
「ありがとう!百ちんっ」
「あとは、あのオールマイト先生に通用するかどうか、ですわね……」

 顔を曇らせる彼女に、私もそこは杞憂していた。

「……オールマイトは圧倒的パワーによる一方的な短期決着で、攻撃を受ける場面をほとんど見ねえんだよな。"個性"の推測では身体強化系と防御も固そうだが……、ヴィラン襲撃の際はそれなりにダメージは受けていた」
「試す価値はあると思うんだ。せめて……一瞬の意表を突ければ良い」

 たった一瞬でも、きっと"あの二人"なら……それを見逃さないだろうから。


「(先入観に囚われず、柔軟によく考えてるじゃないか。オールマイトよ……あの子だけに気を取られていたら、こりゃあ他の子達に足を掬われるかも知れないよ)」


「――理世さんならきっと大丈夫です。あなたは強いですから……モニター越しに応援してます」
「緑谷を頼むな、結月」

 背中を押してくれる二人の言葉に、私は笑顔で頷いた。

「ありがとう。でっくんに会ったら『傷は大丈夫だけど、体力回復するのに休んで万全な状態で望むから安心して』って伝えてもらっていい?」


 ――オールマイト先生がビリビリ状態の内に、私がすべき事は一つ。


「……は」爆豪くんの腕を掴み、飛んで。
「……あ」次はでっくんの腕を掴んで……


 二人を連れてその場から離れる!


 ***


(くぅ……!!スタンガンとは、いつの間に用意して……!結月少女にしてやられたな)

 痺れるぜ!!(二重の意味で)


 ***


 二人を連れて、一直線に脱出ゲートに向かってテレポートで飛ぶ。(まあ、このまますんなり逃がしてくれるとも思えないけど……)

「結月さん、スタンガンなんて持ってたっけ……!?」
「事前に百ちんに創ってもらったの。オールマイト先生の"個性"の弱点って思い付かないし。(そもそも謎に包まれてるけど)でも、オールマイト先生だって私たちと同じ人間でしょ?付け入る隙があるなら"個性"うんぬんより、本体かなって」
「(本体……!ある意味、鋭い!)」

 真っ先に疑問を口にしたでっくんに説明する。

「スタンガンは体内に電流を流し、筋肉を強ばらせ動けなくするのが目的だから、むしろ筋肉の塊みたいなオールマイト先生には効くんじゃないかなって!」

 半信半疑だったから上手くいって良かった。

「すごいよ、結月さん!切口が斬新というか……!!」

 若干褒められてるのか微妙な言葉の後に「僕には到底思いつかないよ……」と、でっくんは眉を下げて笑う。

(それは……相手がオールマイトだからでしょう、でっくん)

 君がどれだけヒーローオールマイトに憧れ、尊敬しているか。それは見事に先ほどの動きに現れていた。

 まるで、思いに比例した足枷だ。ステイン戦の時とは大違い――

「とりあえず。このまま脱出ゲートに向かうけど、戦うにしても逃げるにしても、まずは一団となって……」
「……放せ」

 今まで静かだった爆豪くんが、静かに口を開いた。

「放せや、てめェ!!」
「かっちゃん……っ」
「ちょっ……大人しく……!」

 こっちは手負いなんだから――暴れる爆豪くんに仕方なく、路地裏にテレポートした。

「〜〜ッ」
「結月さん、大丈夫!?」

 痛みが響いて、脇腹に手を当てその場に片膝をつく。

「てめェ、次余計なことしたらぶっ殺すからな!!」

 頭上から落ちてきた怒声にカチンと来た。顔を上げ、見下ろす顔を睨み上げる。

「大声出さないで。場所が知られる」
「知るか。迎え撃つだけだわ」

 私に背を向け、一人表通りに向かって爆豪くんは歩いていく。

「君……なんにも変わってないね」

 立ち上がり、冷ややかな声を、その身勝手な背中にぶつけた。

「結月さん……?」

 散々の勝手な行動。こっちの意図を一つも汲まない。分かっているくせにだ。

「……あ?」

 爆豪くんの足が止まる。

「君と体育祭で戦ったお茶子ちゃんはそれをきっかけに武術を学んだ。焦凍くんは自分の"個性"と向き合った。天哉くんは道を踏み外しそうになったけど……負けなかった。他のみんなも強くなってる」
「っごちゃごちゃうるせぇな!黙れよ!!」

 振り返った爆豪くんは再び声を荒らげるも、無視して続ける。

「でっくんは"個性"のコントロールが出来るようになって、戦えるようになった」
「……ッ」
「君だけだよ、あの日から何も変わってないの――」
「っダメだ、かっちゃん!!」

 でっくんが叫ぶ。殴りかかりそうな勢いで迫った爆豪くんは、私の胸ぐらを掴んだ。

 ……最初の戦闘訓練の時と同じように。

「ほらね」
「……!!」

 あの時は無抵抗だったけど、今回は違う。
 その腕を掴むと、宙に逆さまに転移してやる。爆豪くんはドサッと呆気なく地面に落ちて「って……」小さく呻いた。

「あ、あの……結月さんも落ち着いて……」

 事の成り行きを見ていたでっくんが恐る恐る言う。その反応から、思った以上に自分に余裕を失くしていたと気付いた。

(……むかむかする)

 誰に対してか、冷静さを失った自分に対してか……片手で顔を覆って息を吐いた。

「……俺は戦う。てめェらは好きにしろよ」

 ゆるりと立ち上がり、再び表通りに向かって歩き始める爆豪くんに……

「待って、かっちゃん!」

 その後をでっくんは追いかける。

「待てって!だから!正面からぶつかって勝てるハズないだろ!?」
「喋んな」

 今度は二人が言い争い。最悪なチームだ……私、含めて。

「勝つんだよ。それが……ヒーローなんだから」
「………………」

 その言葉に、思い出すのは――

『なあ!!てめェもだ……!デク!!こっからだ!!俺は……!!こっから……!!いいか!?俺はここで一番になってやる!!!』

 勝利への絶対的なこだわり。筋金入りの負けず嫌いな姿……。思えば、その言葉に今日まで何一つ偽りはなかったんだ。

(……爆豪くんは、最初から変わってない)

 掲げたその信念も。

 私には分からない――。どうして爆豪くんが、そこまで一番を目指すのか。

 きっと、理解もできないから。

(それができるとしたら……)

 幼い頃から、ずっと彼を近くで見てきた君なら。
 たとえ、理解できなくても。


『昔からすごい奴なんだよ――』


(その差を埋めることは出来るんじゃないかな)


 ――ねえ、でっくん。


「……!!」

 ドンッ!という凄まじい音が通路の向こうから響いて、慌てて二人の元へ向かう。
 感傷に浸っている場合じゃない。頬を両手でぱちんっと叩いて、意識を集中。


「逃げたい君にはこいつをプレゼントだ!」
(ガードレール!?)

 目に飛び込んだのは、身動きが取れないでっくんの姿だった。地面に伏せた所を、ガードレールで押さえ付けられている。

 すぐさまガードレールを転移!

「ム、結月少女か。てっきり二人が私の足止めで、君が脱出ゲートに向かう作戦だと思ったのだが――な!!」

 一瞬、私に気を取られたように見えたオールマイト先生は急加速して、爆豪くんの鳩尾に思いっきり拳を押し込んだ。

「かっちゃん……!」
「爆豪くん!!」

 あの反射神経の塊みたいな爆豪くんが、何も反応できないまま、数メートル先にふっ飛ぶ。

 形勢は振り出し――。

「結月さん!」

 目で訴えるでっくんに、頷き、その手を取った。
 それでも私たちは、まだ負けていない!


「わかるよ……緑谷少年の急成長だろ?でもさ。レベル1の力とレベル50の力……成長速度が同じなハズないだろう?」

 テレポートででっくんと共に忍び寄ると……。
 そこには、膝をつく爆豪くんに、静かな口調で問いかけるオールマイト先生の姿があった。さっき、私が思いっきり地雷を踏んづけた内容だ。

「もったいないんだ君は!わかるか!?わかってるんだろ!?君だってまだいくらでも成長出来るんだ!でも、それは力じゃない……」
「黙れよ、オールマイト……!」

 諭すように言う先生の言葉すらも、爆豪くんははね除ける。

「あのクソの力ぁ借りるくらいなら……負けた方がまだ……マシだ」

 その口から吐き出された言葉に、ぎゅっと唇を噛み締めた。
 あんなにこだわっていたくせに、それさえもいとも簡単に捨てるのか。

(……っ!)

 でっくん……?隣で、ぎゅうっと音が聞こえるほど強く握られる拳に気づく。

 その横顔は、初めて見るものだった。

「………………そっか。後悔はないようにな」
「っそが……!!」
「「!!」」

 緑色の閃光が走った。オールマイト先生の前から爆豪くんの姿が消える。

「負けた方がマシだなんて――……」

 その頬を、その強く握り締めた拳で思いっきり殴り飛ばしたのは、きっと誰よりもその言葉を聞きたくなかったから。


「君が言うなよ!」


 オールマイト先生が動くよりも早く、その間に割り込んだでっくんの叫ぶ声は……
 失望、悔しさ、怒り――様々な感情が交じった悲痛なものに聞こえた。


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