なりの即興チームワーク!

 ――君が言うなよ!

 そう叫んで、爆豪くんを殴り飛ばしたでっくん。その勢いは止まらず、爆豪くんの胸ぐらを掴んだ。

「「……………………」」

 予想外の展開に唖然とするのは、私だけではなくオールマイト先生もで。

「嘘でも、本気でもっ……!」
「てめ……っ放せっ」

 ……驚きつつも、動くなら今がチャンスだ。
 ちょうど良い機会。そのまま取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな二人の――その肩に同時に触れる。雨降って地固まることを願って!

「はい、二人とも。一回二人でよく話し合って、頭冷やしてくると良いよ〜」
「……………は」
「……………え」

 渾身の満面の笑みを作ってみる。

「バッ、やめ」
「結月さん待っ」

 同じような驚愕した表情を最後に、二人の姿がその場からパッと消えた。

「………………結月少女、一体」
「どこか遠くに飛ばしちゃいました〜」

 笑顔が固まったオールマイト先生の問いに、うふふとわざとらしく笑って答える。

「これで……」

 それを不敵なものに変えて、

「身軽になりました」
「……!」

 オールマイト先生を見据えて言った。

「私は、相澤先生の時とは上手く行かないぞ……」

 オールマイト先生の雰囲気もがらりと変わる。
 間近でそのオーラを受けると、ぞわりと鳥肌が立った。

「そんなの……知ってます」

 だから私は……………………逃げる!!

「…………ムムム!?」


(誰が戦うか!爆豪くんもでっくんも好き勝手したんだから私だって好き勝手するっ)

 相澤先生の時とはわけが違う。あの時は百ちんに何か策があるのを分かっていたから、足止め役を買って出た。
 その際、焦凍くんならきっと力になってくれると思ったから、彼女を託した。
 二人に信頼があったからこそ、身を削ってでも徹する覚悟だった。

 対して今回は違う。策も信頼も何もないどころかマイナスな状況で、私が体を張る理由は一切ない。(そもそも足止めは私の適材適所じゃないし)

 だったら、このまま脱出ゲートまで向かうまで……。一人でもあのゲートを通れば、条件達成だ。

 逃げるが勝ち的な!

(……ほんの少し。二人だけにして、良い方向に変化を起こしてくれれば良いと思ったけど)

 まあ、それも望みも――「結月少女ーー!!鬼ごっこかな!?先生、頑張っちゃうぞ!」

 頑張らなくて良いです!!

「追いかけてくるの速すぎでしょ!?」

 うっわ、ドン引きですね!でも、まだ建物に隠れながら移動しているから、私の居場所はバレていないはず。(遠回りだけど、迂回した方がいいかな……)

 その時――試験開始直後に起こった台風のような突風が、まさかの頭上から地上に吹き荒れた。

「〜〜ッッ!!!」

 声にならない悲鳴を上げる。――違う。暴風の中で自分の声さえも聞こえない。

 テレポートを何度しても、その一秒のタイムラグに空気の圧に押し潰される。

 だったらと自分に触れて連続テレポートを試すも、どこに飛べば良いか分からない。
 逃げ場がない――感じたそれは確かに絶望感だった。

(コントロールが……っ)

 轟音で頭が痛い。"個性"の多用で目が回る。激しい風で息が上手くできない。


 ――混乱の中、静けさを取り戻した頃には地面に伏せていた。
 何がなんだか分からないまま……

「……ッ……」

 全身が疲労と痛みで動けない。"個性"の反動もきている。
 砂利を踏む音が耳に届いた。
 揺らぐ視界に、重りを付けた白いブーツがこちらに歩いてくる。

「……めちゃくちゃ、過ぎます……」
「君がどこにいるか分からなかったからね。広範囲で巻き込みしかなかったのさ。建物の中に隠れてなくて良かったよ」

 その言葉にその手があったかと気づく。ただあの暴風の中、任意の座標にテレポートできたかは別だけど。
 コントロールには自信があったのに……。
 精神的な揺さぶりをかけられ、まんまと乱された。(……くやしい)

「……くやしい……っ」

 その感情は声にも出ていた。一人で突破するはずだったのに、一人じゃ何もできなかった。

「……そうか。その感情はやがて君を大きく……」
「くやしいから、オールマイト先生にはこちらをプレゼントします」
「え」

 最後の力を振り絞って、それをオールマイト先生の目の前に転移。

「手榴弾……!?爆豪少年のものか!!」

 ――またしてもいつの間に!!(君って子は!!!)

 爆発が起こる。思ったよりでかい爆発だ。
 自身のニトロの汗を詰めた簡易手榴弾って、この間言ってたっけ。
 これがどうか、"二人にとって"反撃の狼煙になるように――。
 そう願って、目は閉じる。(林間合宿、みんなと行きたかったな…………)


 ***


「コラアァァァ!!クソテレポ!!!てめェ勝手に人のモン使いやがって!!」
「背後から来たか――……!?」
「デク!!!――撃て!!」
「……なる程」
「ごめんなさいオールマイト!!」
「結月回収していくぞ!走れやアホが!」
「あっうん!」


 ***


 ……――凄まじい音と共に、二人の声も聞こえた気がする。

「……い……おい!結月!!」

 ……私の名前を爆豪くんが呼ぶなんて、きっと幻聴………。

「起きろ、クソ結月……!!」

 ………………。

「勝手なことしといて勝手に寝てんじゃねえわ!!」

 …………さい。

「ンなことでてめェが倒れるタマかよ!!」

 …………るさい。

「はよ起きろや!!ブッ殺すぞ!!」
「――……っうるさいなぁもう」
「結月さん!!良かった!」


 静かに気絶させてもくれやしない!


「――……つっ。私、どれぐらい意識失ってた……?」
「数分だと思う。爆発が見えて、慌てて僕ら駆けつけたから」

 隣を走っているでっくんが答える。
 気を失っているところを無理やり叩き起こすとか、なんて人だよ、まったく……。

「てめェにはまだやることがあんだよ」

 やけに声が近いと思ったら、私は爆豪くんの肩に担がれているらしい。
 通りを走る二人に、オールマイト先生の姿がないところを見ると上手く撒いたようだ。

「……。爆豪くん。私、見ての通り満身創痍なんだけどぉ」

 これ以上働かせるとか、特務課もびっくりのブラックだよ。

「死ぬ気で頑張れや」
「……。爆豪くんに担がれてるなんてついに末期」
「てめっ、本当は元気だろ!?」
「まあまあ……。 (結月さん、そういう所はタフだよなぁ……)」


 ***


「ってて……やられたな。「逃げ」と「戦闘」の折衷案……即席にしちゃいいじゃないか」

 ――これは、結果的に結月少女の思惑通りかな。

「さてと」


 ***


「もうすぐだ!もう!すぐそこ!脱出ゲート!」

 担がれたままで前を見えない私に「結月さん、見えたよ!」と、でっくんは伝えてくれる。

「なんか無駄に可愛いけど。一人でもアレくぐればクリアだ!」

 描かれた根津校長の姿が目に浮かんだ。

「ッザケやがって……」

 何やらそう小さく吐き捨てる爆豪くん。
 それはそうと、後方を監視しているけどオールマイト先生の姿はない。

「オールマイト、追ってくる様子ないね……」

 でっくんもそれに気づいてぽつりと言う。

「まさか、気絶しちゃったんじゃ……」
「てめェ散々倒せるワケねえっつっといて何いっとんだアホが。あれでくたばるハズねえだろクソ」
「確かに……でも、音沙汰ないのは不気味かも」

 さっきは頭上からだったし、今度はいきなり脱出ゲート前に現れたりして……。

「次もし追いつかれたら、今度は"俺の"籠手で吹っ飛ばす」
「うんうん」
「今度はちゃんと僕らがオールマイトを引き留めてるから、結月さんは……」
「それでそれで!?」

 !?二人の間……!?

「何を驚いてるんだ!?」
「行けッ――!!」

 爆豪くんに宙へ投げられた。次いでオールマイト先生へ籠手を向ける。

「っ、そんな……!!」

 目に映ったのは、一瞬で籠手が粉々に砕け散った光景。(っテレポート……!)

「速すぎる……!」
「これでも重りのせいでトップギアじゃないんだぜ?さァ……くたばれヒーロー共!!」

 ――瞬きする間もなく。

 宙にテレポートしたはずなのに、何故、空を仰いでいるのか。

 ……何を、

「素晴らしいぞ、少年たち!不本意ながら協力し、わたしに立ち向かう……ただ三人共!」

 一体何を……

「それは、今試験の前提だからねって話だぞ」

 何をされたのか――

「あと10分程かな……?さて……この暴れ馬たちどう拘束したものか……」

 誰も、何も、答えられない。

「いっ……ぅあ……」

 あまりの痛みに 、今度は気絶さえも出来ないで呻く。片足を押し潰しているのは、コンクリートの塊。
(本当にめちゃくちゃ過ぎる……っ)
 身動き一つはもちろん、この状態で"個性"を使うことも無理だ。

「埋めるか!」
「うっ」

 爆豪くんの上に片足を乗せていたオールマイト先生が、体重をかける。
「っそ……!!」
 でっくんは片手を捕まえられ、宙で必死に拘束から逃れようとしている。

「なんて顔だよ、少年……」
「ぎゃ!!」

 そして、無惨に放り投げられた。
 助けにいきたいのに、動けない。

「『最大火力で私を引き離しつつ、機動力を持って脱出ゲートをくぐる』これが君たちの答えだったようだが。その「最大火力」も消え「機動力」も失った」

 何か、

「終わりだ!!」

 何か、打つ手は……

「うるせえ……」
「!」

 ……爆豪、くん?

 その声が耳に届いた直後、その場に大爆発が起こった。
 爆風の中、貸すかに聞こえたのは「ってえ……」と痛みに堪えるその声。
 これだけの火力、いくらなんでもその手が無事なわけがない。

「っ……」

 爆豪くんが作ってくれたチャンスを活かさないと……!
 どうにか、この下から脱出を――……

「ブッとばす」
「え!?」
「……ん?」

 晴れた煙幕に、爆豪くんがでっくんを掴み上げる姿が。(……。いやいやいや!?)
 その光景は見覚えがある。"個性"把握テストのボール投げた。
 
「スッキリしねえが、今の実力差じゃ"まだ"こんな勝ち方しかねえ」
「ちょ、待、まさか」
「っ……死ね!!!」
「「(死ね!?)」」

 爆豪くんは物騒なかけ声と共に、思いっきりでっくんを投げた!(君のかけ声は毎回それなの――!?)

「痛っ〜!(マジか、かっちゃん!)」

 方法はでたらめだけど、この勢いならでっくんが脱出ゲートを……!

「いやいや、あまいぞ、ヒーロー共!!」

 オールマイト先生の声が聞こえたのは、空からだ。いつの間に上……!?

「ニューハンプシャ――」

 ゲートに近いでっくんを妨害する気だ。なんてしつこい!
 今一番、脱出ゲートを通る可能性が高いのは、"個性"が不安定で動けない私より彼だ。

 だったら、私がやるべきことは一つ。

(でっくんのサポート……!)

 息を深く吸って、吐く。

「転移……!」
「っここで結月少女か!!」
「……っ結月さん……!」

 攻撃対象を失ったオールマイト先生が、地面に突っ込む音が響いた。

「さすがにコントロールの甘さが出たな、結月少女!」
「……っ」

 オールマイト先生の声が高々に聞こえる。でっくんをゲートまで送り届けることは出来なかった。(託して、ごめん。それでも……それでも。でっくんと、)


 ――爆豪くんなら!
 

「籠手は「最大火力」を"ノーリスク"で撃つ為だ。バカだったぜ。リスクも取らずあんたに勝てるハズなかったわ。――行け、デク!!」

 それは、二度目の特大火力……!

「うわ!!」
「早よしろ!ニワカ仕込みのてめェよか俺のがまだ立ち回れんだ!役に立てクソカス!!」

 相変わらず暴言を吐いてるけど、それでも今、爆豪くんが戦っているのはチームの勝利のためだ。

「寝てな、爆豪少年。そういう身を滅ばすやり方は、悪いが私的先生に少しトラウマもんでね」
「っ……!!」

 爆豪くんがオールマイト先生の手によって、地面に沈められた。
 ショックを受ける暇もなく、
「った!?」
 小さく呻くオールマイト先生。

「早よ……行けやクソナード……!!」
(爆豪くん……!)
「折れて、折れて、自分捻じ曲げてでも選んだ勝ち方で。それすら、敵わねえなんて――……嫌だ……!!!」
「「…………!!!」」

 届いた爆豪くんの声。胸に感情が込み上げてくる。

(その思いに応えないのは、チームじゃない……!!)

 首に巻いていた捕縛布を、ぎゅっと握りしめた。
 素早い動きに、転移しても外すだけだと思って使わなかった技だけど、爆豪くんが抑えている今なら――!

「っと、行かせんぞ、緑谷……うぉ!?」

 でっくんの元には、絶対、行かせない!!

 意思が形になったように、その体を縛り付ける形で捕縛布をテレポートさせた。

「どいて下さい」

 気付くと……。そこにはてっきりゲートに向かっていたと思っていた、でっくんの姿。その拳は、一寸の迷いはなく……


「――オールマイト!!」


 大きく音を立て、拳はクリティカルヒット!
 その反動にバランスを崩し、地面に倒れたオールマイト先生。

「ム!動けん……!」

 縛られた状態で倒れたから手こずっている……!(今のうちに脱出ゲートへ……)

「結月さんっ今これどけるから……!」

 気を失った爆豪くんを下ろすと、コンクリートに手をかけるでっくん。驚きと共に慌てて口を開く。

「でっくん、私はいいから……!どけてもらっても動けないし、オールマイト先生が起き上がらないうちに早く――」
「い、や……だぁっ!!」
「……!」

 力を込め、でっくんはそれを持ち上げて放り投げた。
 どしんと音が辺りに響く。

「かっちゃんは君を置いていかなかった。僕だって、君を置いていくのは嫌だ……!!」

 ――三人で、ゲートを潜るんだ!

「……っ!」

 息を荒らげながら爆豪くんの腕を自分の肩に回すと、今度は私の腰に手を回し、引き上げられた。
 無茶だ。時間だって残り僅かで、二人を抱えて歩くなんて――

「でっ……」
「いいから!」

 …………。まだ何も言ってないのに強く遮られ、思わず口をつむぐ。

「僕にしっかり捕まって」
「えっ、あ、はい」
「絶対に離さないで。跳ぶから」

 ……跳ぶ!?ここから!?ゲートまで!?

 色んな疑問が浮かぶけど、あまりの剣幕に従う他ない。その腰に、ぎゅっと手を回した。

「行くよ――」

 そう合図してでっくんは、ゲートをまっすぐ強く見据える。

(ああ、でっくんも最初から変わってないなぁ)

 その瞳はいつだって――

「フル、カウル……!!」
「っわ」

 でっくんは力強く地面を蹴り上げて、飛び上がった。
 風を切りながら、そのまま弧を描くように一直線にゲートへ。

 走り幅跳びのように着地するも……

「ぅわ……!」

 その足ががくっと折れ、ドサッと三人で地面に倒れた。――でも、もうなんでも良かった。


『緑谷・爆豪・結月チーム。条件達成!!』


 そのアナウンスに。最後に見た彼の顔は――


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