※side.出久
『ホラ見ろ!見たか今の!オールマイトってやっぱカッケーよな!』
君と僕は、同じヒーローに憧れた。
――……
それは、小さい頃の思い出だ。
商店街にある小さな電気屋さん。
「4体1!絶対負ける!って思うよな!?」
テレビにヒーローオールマイトの活躍が流れる度に、僕は足を止めて夢中になって眺めていた。
「でも見ろ!ホラここ! こー避けてパンチ!と見せかけて……ホラ!!勝っちゃった!」
隣では、そうオールマイトのパンチを真似するかっちゃん。
「どんだけピンチでも、最後は絶対勝つんだよなあ!!」
(最後は絶対、勝つ……!)
その言葉と、多勢に無勢で勝利したオールマイトの姿がリンクし、僕の記憶に強く残っていた。
「でっくんはあんまり爆豪くんのことをライバル視してないよね」
――あの日、結月さんが何気なく聞いた問いに、僕は返答に困って曖昧な笑みを浮かべてしまった。
かっちゃんに対しては色んな感情を持っていて、一言では答えられないから。
「そんなこともないけど……なんていうか、かっちゃんは僕にとって身近な憧れっていうか」
「爆豪はオールマイトに全然似てねえぞ」
返答も曖昧で。でも、嘘ではない答えに、今度は轟くんが不思議そうに口を開く。僕の憧れるヒーローがオールマイトと知っているからだろう。
「そりゃあ全然似てはないし、嫌な奴だけどさ。でも、昔からすごい奴なんだよ――」
(……そうだ。どんな事だろうと、君は絶対……勝者であろうとするんだ!)
オールマイトがそうであるように。
僕が憧れた君は――……!!
「黙れよ、オールマイト……!」
――なのに。
「あのクソの力ぁ借りるくらいなら……負けた方がまだ……マシだ」
(負けた、方が――?)
その言葉を脳が認識した瞬間、カァッと頭に血が昇る。強く握り絞めた拳は、そのままその顔を殴っていた。
「君が言うなよ!」
君が、君だけは――
「嘘でも、本気でもっ……!」
今まで積み上げて来たものを、そんなことで捨てるのか……!
衝動のままその胸ぐらを掴む。
撤回しろ――そう言いかけて、撤回したところで吐き出した言葉はなかった事にはならないと気づいて。
行き場のない悔しさに歯を食い縛った。
「てめっ放せっ」
当然抵抗するかっちゃん。自分でもどうしたいか分からないのに、手を放すことも出来ない。
かっちゃんが本気で僕の腕を引き離そうとした時――ぽんっと誰かが僕の肩に触れた。
そこには花が咲くような満面の笑みを浮かべる結月さんが。……!?
「はい、二人とも。一回二人でよく話し合って、頭冷やして来ると良いよ〜」
「……………は」
「……………え」
次に発せられたその言葉に、僕もかっちゃんもぴたりと固まる。
さすが結月さん。一瞬で僕らの無意味な攻防を中断させた。(いやいや、じゃなくて!)
まさか……そのまさか、だ。
結月さんがしようとしてる事が分かった。
慌てるも彼女に触れられた今、もう遅い。
「バッ、やめ」
「結月さん待っ」
僕らの行く末はその手中に。全部言い終わる前に、一瞬で周りの景色が変わった。ここどこ!?
「あんのバカ!!一人でどうすんつもりだ……ッ!」
かっちゃんの珍しく焦燥した声が空に響く。
どこかのビルの屋上に飛ばされた僕ら。
あの場に一人残った結月さん。
相澤先生との試験時のようだけど、意味合いは全く異なるだろう。
何故、彼女がこんな無茶な事をしたのか。
先ほど、最後に言った言葉が全てだ。
「……確かに、一人では無理だ。でも、それはかっちゃんだって同じだ」
「あ!?」
「結月さんが無茶を承知でどうして僕らを飛ばしたのか。君だって分かってるんだろ!?」
「……っ、知るかよっ」
「僕にはオールマイトに勝つ算段も、逃げ切れる算段も、とても思いつかないんだ」
――でも、君は違うだろ?
「諦める前に僕を使うくらいしてみろよ!」
畳み掛けるように、僕は彼に向かって叫ぶ。
「負けていいなんて言わないでよ!」
「勝つのを諦めないのが、君じゃないか――……!!」
幼馴染みだからこそ、君は始めからそうだったって知っているんだ。
――……
「ヤロー!1年のくせに!」
通学路の小さないざこざ。今にしては子供の些細な喧嘩だけど、僕は怖くてずっと木の影に隠れて見ていた。
「上級生にぶつかったら謝れよ!」
「よっちゃんに言いつけたる!よっちゃん超ツエーんだ!」
半べそで叫ぶ子どもたち。よっちゃんはこの辺りではケンカっ早いと有名なガキ大将だ。
「ひっ……明日覚えてろ!!」
その脅しのような言葉にも怯まず、拳を上げるかっちゃん。
「俺がおまえらにぶつかったんじゃない。おまえらが俺にぶつかったんだろ」
「すげーかっちゃん!!」
「小4二人とケンカして勝っちゃった!」
ボロボロになりながらも、痛みに涙を滲ませながらも。
「わぁー……」
君は決して諦めないし、引かないんだ。いつだって。
「…………いちばんすげえヒーローは、最後に必ず勝つんだぜ」
(――最後に、必ず勝つんだろ!?)
『なあ!!てめェもだ……!デク!!こっからだ!!俺は……!!こっから……!!いいか!?俺はここで一番になってやる!!!』
(あの言葉に、僕だって……!!)
突如、大きな爆発が起こった。
僕らは慌ててその方角を見る。脱出ゲートに向かう通りから、立ち昇る灰色の煙り。――結月さん!!
真っ先に彼女の安否が脳裏に過る。
(爆発!?一体何が……車でも爆発したのか……!?)
その時。僕の目にかっちゃんの腰に付いている"それ"が映った。
「……かっちゃん。手榴弾の数、一つ足りなくない?」
「アァ!?」
……………………。
「あンのクソテレポ〜〜〜!!!(油断も隙もねェ!!)」
――つか、なんでてめェが手榴弾の数知ってんだッ!
(さ、さすが結月さんだ……!?)
いつの間に!本当に一体いつかっちゃんから……。あ、僕らを飛ばす直前か!
『よし、頭冷やさせるためにあの二人は飛ばそう!あ、でも一人じゃ心許ないから爆豪くんから手榴弾借りちゃお〜☆』
結月さんらしいや――その様子が脳裏に浮かんで、思わず口元が緩んでしまう。
(って、笑ってる場合じゃないな)
結月さんが手榴弾を使ったという事は、何かしら追い詰められたということ。(きっと、僕たちを屋上に飛ばしたのもすぐに見つけられるようにだ)
ピンチかも知れない――
「っかっちゃん!」
「クソテレポぶっ飛ばしに行く」
「本来の目的の見る影もないよ!?!?」
……結月さんはすごいな。いつの間にか、かっちゃんがいつもの調子に戻っている。
「二度は言わねぇぞ、クソナード」
その言葉に、僕は大きく頷いた。
その顔からどんだけ不本意なことか……分かるよ、かっちゃん。
(でも、今は)
僕たちは煙を目印に、急ぎその場に向かう。
彼女の一手を無駄にするものか。
それは、反撃の狼煙だ――。