試験を終えて

「――あ、起きた」

 ゆっくり目が開き、その赤い瞳が焦点を合わすように揺らぐ。

「大丈夫?」
「……っ結月……?」
「そうそう、結月だよ〜」

 ――私の名前、やっとちゃんと呼んでくれた。

 爆豪くんは私と認識した瞬間、今まで穏やかな寝顔が嘘のように、眉間に皺を寄せた。起き上がろうと肘をつく姿を、ベッド横の椅子に座ったまま見守る。

「……リカバリーガールが治療してくれたけど、体力的な問題で一度に全部は出来ないから、酷い所を優先したって言ってたよ」

 痛む様子の彼に伝える。

「爆豪くんの場合、日常生活を考慮して手の火傷を優先したらしいから、体は痛むと思う。明日また来てって」
「……試験は」

 たぶん、一番知りたいだろうそれを爆豪くんは静かに口にした。

「脱出ゲートを突破して条件達成」
「最後、てめェはオールマイトに仕掛けてたな……その隙にデクか」
(あ、気づいてたんだ)

 その問いに、一呼吸置いてから答える。

「三人でだよ」

 爆豪くんの「は」という、怪訝そうな表情は予想通りのものだった。

「三人。でっくん戻って来て、オールマイト先生を殴って、私の上にあったコンクリートどかして、二人抱えてゲートまで跳んでね」
「………あいつ、マジで馬鹿だろ……信じらんねえ」

 心底呆れたように言う爆豪くんに「だねぇ〜」そこは同意して笑う。

 そのままゲートに走っていたら、あの距離なら安全かつ確実にクリア出来たのに。(まあ、それがでっくんか)

「ちなみにでっくんもみんなも試験終了でもう帰ったよ。私たちは怪我が酷いから家まで車で送迎してくれるって」
「……てめェは」

 そう一言。

「ん?……ああ」

 なんで私がまだいるのか聞きたかったらしい。

「私もついさっき起きたの。そしたらリカバリーガールはB組の試験に行かなきゃだし、爆豪くんが起きた時、誰もいないと状況分からないからって頼まれてね〜」

 ほら私、A組の保健委員でもあるしと続ける。……まあ、半分本当で半分嘘かな。建前的な。(本当のこと言ったら爆豪くん、嫌がるだろうから)

 私が自分の意思で残ってること。

「……かよ」

 そうかよ――小さな声でそう答えた爆豪くんに、思わずふっと笑いそうになるのを堪える。

「じゃあ、私もそろそろ帰るよ」

 そう立ち上がり、壁にかけてあった松葉杖を掴んだ。

「お前……脚……」
「これね〜。私、人より体力少ないから、歩けるようになるまで治癒できなくて」

 苦笑いを浮かべる。私の怪我で一番の重傷は、最後、コンクリートの瓦礫に潰された脚だった。
 リカバリーガールもぷんすか怒るほどで。
 取り返しがつかなくなるギリギリだったらしい。それを聞いて、さすがの私もオールマイト先生におこだ。

「まあ、脚の一本や二本や三本……」
「三本もあるんか」
「"個性"が使えれば移動に支障はないから、これぐらいどうってことないよ!」
「……。イカれてんな」

 いやいや、爆豪くんには言われたくないなぁ。

「あ――もうこんな時間だし、爆豪くんお腹空いてたらおにぎり食べてね。ランチラッシュに頼んで作ってもらったから」
「…………おう」

 ベッド隣のサイドスタンドに置いてある、おにぎりを指差す。

「じゃあ、また明日!」

 笑顔で手を振って、パッとテレポートで廊下に移動した。

「…………。(爆豪くんがあんなに大人しいなんて超レアだっ!!)」

 一人廊下で興奮ぎみに驚く。さすがの爆豪くんも、いつものキレ気味の元気はなかったらしい。

(100年に一度だな、きっと……)

 次にテレポートで移動しながら訪れたのは、職員室。
 帰る準備が出来たら顔を出すように言われていたからだ。

「すみませーん。結月です」

 ドアを開けると、いつも出迎えてくれるプレゼント・マイク先生は試験のため不在だ。

 代わりに出迎えてくれたのは……

「やあやあ、結月さん。君はとっても大変だったね。まずは試験、お疲れさま」

 根津校長だった。

「ありがとうございます。家まで車で送ってもらえるようで……」
「もちろんさ。君はテレポートで帰れるからって遠慮してたけど、学校側としては歩くのに困難な状態で、黙って帰すわけにはいかないからね」

 それもそっか。

「じゃあ、帰ろっか」
「…………はい?」

 思わず聞き返した。

「相澤くんはまだ仕事が残っているから、私がドライブがてら送ることになったのさ」

 …………………………。

「あの……、根津校長が車の運転を?」
「おやおや、何か問題でもあるのかな?」

 某有名なネズミをモチーフにしたキャラのように「ハハッ」と笑う校長先生に「とんでもないです!」と答える。

「あ、いえ……校長先生に送ってもらうなんて畏れ多いなぁ〜って……」
「私もちょうど帰るところだから気にしないでくれたまえ。校長といえど、君たち生徒と交流をしたいのさ」

 続けて「駐車場までテレポートできる?」と聞く根津校長は、アメリカンジョークではなく本気らしい。


「テレポートとは便利なものだね。私の車はあれさ」

 てっきり根津校長サイズの車かと思ったけど、一般的な大きさの車。

「さあ、乗った乗った」
「失礼しま…………!」

 ちゃんと運転席は根津校長サイズだぁ!

 車にぴょんっと乗り込み、ちょこんと運転席に座る根津校長。手も足もばっちり届く。
 松葉杖は後ろの座席に置かしてもらい、私は助手席に乗り込んだ。
 シートベルトを締める。なんか変に緊張するなぁ。

「まあまあ、そんな畏まらずに。横浜に着く頃にはぐったりしてしまうよ。私のことはただのネズミでも犬でも熊でも好きに思うといいさ」
(ただのネズミや犬や熊は車の運転はしません……!)

 そして、滑らかに発進する車。根津校長が普通に運転してらっしゃる……!(すごい……!違和感もすごいっ)

「ところで、結月さんは……」
「はい」
「私が担当した試験は見たかな?」
「いえ、次の試験に備えて仮眠を取ってたので……どんな感じだったか話には聞きました」

 えげつなかったって。

「では、特別に演習内容の解説をしてあげよう。まずは、動物行動学と深層心理についてだ」
「??」

 ……――根津校長。

「このように人間は数々の法則に囚われていて、私が彼らを誘導するのは動作もなく〜〜」

 話が長過ぎる……!!(冗長!)

「……と、ここまでが話の前置きで、ここからが本番なんだけど」

 まだあるの!?!?

 隣で船を漕ぐ、わた……し…………はっ!
 車の心地好い揺れと、校長先生の長く小難しい話による睡魔との戦い。
 試験が終わっても尚も与えられた試練。(さすが雄英……絶え間く壁を用意してくる……!!)


 プルス……ウルトラーー!!


「――さて。まだまだ話足りないが、もうすぐ横浜に到着だ」
「…………」スヤリン☆
「おや、いつの間に眠ってしまったのかな。やはり過酷な試験によっぽど疲れたみたいだね」


 ***


 某市街にある地下バー。


「生で見ると……気色悪ィなァ」
「うわぁ、ての人、ステ様の仲間だよねえ!?ねえ!?」


 彼らは、誰に知られる事なく


「私も入れてよ!ヴィラン連合!」


 動き出そうとしていた――。


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