――わ、もうこんな時間!
A組の皆とのショッピングに行く日。
勉強や"個性"の特訓の日々で、久々のお出かけだし、おしゃれしようとどの服を着ていこうか悩んでいたら、気がつけば家を出る予定時刻を過ぎていた。
部屋から慌てて玄関に飛ぶと、靴を履いて、再びテレポートで外に飛び出す。
私のこの"個性"で、遅刻は滅多にないけど。さらに時間短縮のため、屋根を伝いながら上から行く。
ビルとビルの間に、テレポートで現れた時だった――
「っ!龍くん!?」
「理世……!」
まさかの下から"個性"で飛び上がる龍くんと、危うく空中で衝突しそうになった。
間一髪、お互い"個性"で避ける。
「何をしている!"個性"で移動する際はしかと注意を払えと……」
「ごめんっ龍くん!急いでるからお説教はまた今度!」
「こら待たぬか、理世!」
今のは私が悪かったけど、龍くんのお説教を聞いてたら遅刻は確実……!
「――……まったく。あの様に慌てて、要らぬ事故に巻き込まれぬとよいが……」
***
「ってな感じでやってきました!」
皆と無事合流して、やって来たのは!
「県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!」
広いモールはたくさんの人で賑わっている。一度来てみたかったんだよね〜
「腕が6本のあなたにも!ふくらはぎ激ゴツのあなたにも!」
「大柄な体型のあなたにも!マッチョ体型のあなたにも!」
「尻尾があるあなたにだって!」
「「きっと見つかるオンリーワン!」」
老若男女、"個性"の特徴が体に出ている人たちもウェルカム!
「"個性"の差による多彩な形態を数でカバーするだけじゃないんだよね……ブツブツ」
辺りをきょろきょろ見渡しながら、わくわくそわそわと口を開いたのはでっくんだ。ここでも彼らしさを発揮している。
「ブツブツ……ティーンからシニアまで幅広い世代にフィットするデザインが集まっているからこの集客力……」
「幼児が怖がるぞ、よせ」
常闇くんが言う通り、街中は止めた方が良いね、でっくん……。
「広いし、どこから見て回ろうか迷っちゃうね〜」
「まずは目的の物からだな!」
私の言葉に切島くんが答えた。目的なものかぁ、私は……
「お!アレ雄英生じゃん!?1年!?」
「「体育祭ウェーーーイ!!」」
「うおお、まだ覚えてる人いるんだぁ……!」
賑やかグループの人たちに話しかけられ、思わず笑う。
驚くお茶子ちゃんとは反対に「ウェーーーイ!」と、上鳴くんと切島くんが彼らと同じようなテンションで返した。
「ノリが中学生男子だな……」
「数ヶ月前まで私たち中学生よ」
呆れる耳郎ちゃんに、ケロっと梅雨ちゃんが微笑ましそうに言った。
「入学してから色々ありすぎたのに、まだ3ヶ月ぐらいしか経ってないんだ」
すべて一学期の出来事なんだと、改めて思う。
「僕らは特にそうかもね」
怒濤の日々だったと、ひしひしと感じていたら隣のでっくんも眉を下げて笑った。
「みんなは買いたい物、決まってる?」
皆に問いかけたのは、私服もシンプルな尾白くんだ。
「とりあえずウチ、大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」
「あら、では一緒に回りましょうか」
耳郎ちゃんと百ちん。
「俺、アウトドア系の靴ねえから買いてえんだけど」
「あー私も私も――!」
「アタシも〜!」
上鳴くんに続くのは、透ちゃんと三奈ちゃんに……
「靴は履き慣れたものとしおりに書いて……あ、いや……しかし成る程、用途に合ったものを選ぶべきなのか……!?」
ビャッと三人の会話に入ったと思えば、サッと引っ込む天哉くんは忙しい。
「ピッキング用品と小型ドリルってどこ売ってんだ?」
「峰田くん、一応聞いてあげる。何に使うの?」
犯罪以外で答えるべし。
「私は峰田ちゃんが変なものを買わないように見張っておこうかしら」
「そういうことなら俺も付き合おう、蛙吹。試験でペアをしたよしみだ」
「なっなんだよぅ〜!!」
峰田くんの悪行は、梅雨ちゃんと常闇くんの監視があれば大丈夫だろう。
障子くん、砂藤くん、口田くんの三人は自分の体型にあった夏服を。
切島くんと尾白くんは、旅行用のボストンバッグがお目当てらしい。
天哉くんは何やら一人迷った末、結局靴を見に行きたいと言った。
「目的バラけてっし、時間決めて自由行動すっか!」
「じゃあ一時間後に入口で待ち合わせってことで!」
一時間後って言うと………
「皆、行動早いな」
「あれっ、いつの間に!」
腕時計の時間を確認している間に、皆の姿が忽然と消えていた。残されたのは私とお茶子ちゃんとでっくんの三人。ポツネン。
「ふ……二人はどうする?僕はウェイトリストちょっと重めの欲しいんだけど……」
ウェイトリスト……!まさか、合宿にも持っていくのでっくん!?
「私は水着と防水の腕時計が欲しいかな。あとは薬局で日焼け止めとか買いたい」
「(水着……!!うおおっ)」
「私は――……」
次にお茶子ちゃんはゆっくり口を開いて「虫よけ……」と、呟くて固まってしまった。
「?お茶っ子ちゃん……?」
「……む……」(む?)
――ガシッ。突然、お茶子ちゃんに首根っこを掴むように服の襟を捕まれた。
「へ!?」
「麗日さん!?」
「虫よけ――!――!――!!」
「え、えぇ〜〜!?」でっく〜ん!
「虫!?」結月さーん!?
私の体が宙に浮く程の勢いで走り出したお茶子ちゃん。何がなんだか……!?その前に、首が締まるぅ……!
「せっかく皆で来たのに僕一人……」麗日さんに一体何が……
「お――雄英の人だ、スゲー!サインくれよ」
***
「ご、ごめん、理世ちゃんっ!動揺してつい全速力出してしまった」
ぱちんっと顔の前に両手を合わせて謝るお茶子ちゃんに、大丈夫大丈夫とちょっと噎せながら答えた。
「でも、動揺って?」
「なっなんでも……なくはないんやけど」
全速力したせいなのか、いつもよりお茶子のほっぺは紅潮している。
「大丈夫!天才の私に話してごらん!」
おどけて言うと「……理世ちゃんには敵わんね」と、お茶子ちゃんは小さく笑った。
「理世ちゃんは……」
「うん」
「友だちを意識しちゃうことってある?」
うん?
「意識って……、異性として?」
お茶子ちゃんはこくこくと頷く。
「そりゃああるよぉ〜最近だと……そうだね、焦凍くんかな」
「え!轟くん!?」
「この間の実技テストの最後の時、私が熱を出したと勘違いした焦凍くんには焦った」
「ああ、あの時のか!」
気づいたお茶子ちゃんに、やっぱりモニターで見られてたよねぇとちょっと恥ずかしくなる。
「焦凍くん、イケメンだし。顔覗き込まれておでこ触れられた時はさすがにね……どきっとしたかな」
太宰さんという存在で耐性があるといえ。
「理世ちゃんでもドキドキするん!?」
「あはは、するよ〜かっこいいって思ったら普通にときめくと思う」
ちなみに百ちんにまさかのお姫様だっこされた時もドキッとして、ちょっとときめいていた。
「そっか……」
お茶子ちゃんは大きな目をパチパチさせて、呟くと……
「そうだよね!これって普通だぁ!」
急に何やら納得したみたいだ。
「なんかあんまり話が見えないんだけど、何があったの?」
聞くと、お茶子ちゃんは照れながら口を開く。
「実技試験の時に、突然青山くんが変なこと言うから……別にそういうのと違うのに、ちょっと意識しちゃって、さっきも突然思い出しておわぁってなってもうてね……」
つい逃げてもうた、と申し訳なさそうなお茶子ちゃん。
あ、あの青山くんと、そんな事が……!?
「でも、理世ちゃんに話したらスッキリした!」
お茶子ちゃんの気持ちが晴れたなら良かったけど……
「デクくん……わけわからんだろうから、私戻って謝ってくる!」
「じゃあ私、先に自分の買いたい物のお店見てるね。その後、一緒に回ろうか」
でっくんも一緒に。
「うんっ!」
テケテケと元気よく走って行くお茶子ちゃんを見送ると、私も水着を見にお店へ向かう事にした。
(青山くんか……)
確かに、あの青山くんにときめいたとなると、私もちょっと自分に動揺するかも知れない。
(お茶子ちゃんが意識するようなことを、青山くんなんて言ったんだろう……)
しかも、確か虫よけって言葉で思い出したとなると――……
『君に悪い虫がつかないように僕が守るよ……☆』(いやいやいや)
試験で言うようなセリフじゃないし、謎だ……。
広いショッピングモールに、マップを見ると。
EASTとWESTに分かれていて、水着売り場は二階で、ちょうど反対側のようだ。
(……あれ、でっくん?)
視線を移すと、丸ベンチに腰掛けるでっくんの姿が目に入った。
お茶子ちゃんの姿はなく、代わりに隣にぴったりと座るのはフードを被った、男の人……?
でっくんの知り合い?不思議に思い、近づいてフェンス越しに見る。
何してるんだろうと、目を凝らす。
「……!?」
自然と眉間に皺が寄った。でっくんの後ろから回された腕は、そのまま彼の首を掴んでいるように見えたから。とても友好的な状況には……。(でっくん、不良にでも絡まれて……)
……――死柄木弔。
不意に思い浮かんだ名前に、背筋がサァと冷えていく。なんで今、そう思い浮かんだのかわからない。
でも、あの細身の背格好でフードの姿。……似ている。
マスコミが雄英バリアを突破した騒動の時に、近くにいた怪しげなフードの男がいた。
あれが、死柄木なのは確定だ。
その"個性"によって、バリアを粉々にした張本人なのだから。
もし、あの男が死柄木だったら――。
(どっちにしろ、でっくんを助けに……)
突然、目の前が真っ暗になった。
ひっと息を呑み、心臓が掴まれたように呼吸が止まる。
「だーれだ?」
「……は……」
その言葉と目を塞ぐ感触に、子供のイタズラのように目隠しをされたのだと気づいた。唖然としていると、
「分からないですよェ。だって、今初めてお会いしましたから」
続いてクスクス声が背後に響く。
「だめですよー、弔くんの邪魔しちゃ」
(っ弔くん……!?)
「弔くんのお手伝いしたら、敵連合に入れてくれるよね!」
同い年ぐらいの女の子の声で、楽しげに言った似合わない言葉。
志望者――「動くな」
「……!」拘束から逃れようとしたその瞬間を、見抜いたように響いた男の声。
(っもう一人……!)
「無関係の人間、無差別に殺されたくねェだろ?」
その言葉に、動けなくなる。焦げた匂いが鼻に突いた。
「焼くより刻まれる方が理世ちゃんはもっとカアイイと思います!」
「……俺はあいつがどうするか気になったからついて来たんだ」
「無視ですか?無視はだめですよ!これから仲間になるんですから」
(っ……なんなの、こいつら……!?)
目隠しされたら、私は"個性"を使えない。動けば、無関係の人に危害が及ぶ可能性がある。
(でっくんを早く助けに行かないと……!)
……――落ち着け。騒ぎが聞こえないうちは、きっと無事なはずだ。
「……どうして、私の名前を」
会話を繋げて何か糸口を探る。くすりと耳元に声が響いた。
「雄英高校ヒーロー科一年、結月理世ちゃん。"個性"は《テレポート》体育祭では三位の成績。すごいですねェ」
って事は、体育祭で……「そして」
「ステ様に助けられた女の子」
同じ声色なのに、その言葉にぞくりと背筋に薄気味悪い悪寒が走った。
「……なんだ、ただ話しただけで終わったのか?……俺は帰るぞ」
つまらなそうな声と共に、踵を引き返す音が聞こえる。今はただ、やつらが何もせず引く事に安堵するしかない。
「もっとお話したかったけど、残念です。私の名前はトガ……トガヒミコ。次、会う時まで覚えてくれてたら嬉しいな」
――理世ちゃん。
手が放れた瞬間、バッと後ろに振り返るも。
「きゃあ!?」
「なんだ青い炎!?」
目に広がった青い炎が一瞬で消えた時には、すでに彼らと思われる姿はそこにはいなかった。
「怪我は……!お怪我はないですか!?」
「う、うん……いきなり青い炎が現れてびっくりしただけだから……」
「ええ……私も」
でっくん――!近くにいた人たちの安否を確認すると、すぐさま彼の元へ飛ぶ。
「でっくんっ!……お茶子ちゃん!」
「理世ちゃん!デクくんが……!」
解放されて喉を押さえ噎せるでっくんに、お茶子ちゃんも駆け寄って来た。
「……なんだ。テレポートもいたのかよ。知ってりゃあもうちょっと遊んだのに」
立ち去ろうとした死柄木は、ちらりこちらを振り返り、口元を歪めるように笑った。
「死柄木、弔……!」
「え…死柄木…って……」
「今は気分が良いから見逃してやるよ」
そう言って、再び背を向けて歩き出す。(……っだめだ。この民衆の中、深追いはできない……!)その姿をただ睨んで、見送る事しかできない。
「っ待て……死柄木……!!」
苦しげに噎せながら、その背中を引き留めたのはでっくんだった。
「『オール・フォー・ワン』は、何が目的なんだ」
……オール・フォー・ワン?
「…………知らないな」
しばしの沈黙の後、死柄木はそう答えた。
「それより、気を付けとけな。次、会う時は殺すと決めた時だろうから」
そして、その姿は人混みに紛れて、ついに見えなくなる――。
「!?理世ちゃんっ!髪がっ……!」
直後、悲鳴のような声を上げたお茶子ちゃんに気づいた。髪が片側だけ焦げている。(さっきの焦げた匂いはこれだったんだ……)
「怪我は!?火傷とか……!」
「大丈夫、髪だけみたい」
「結月さん……!一体何が……」
「別の、敵に……会って……」
……なんでだろう。今更ながら、手が震えてきた。
「もしもし警察ですか!?敵が!今っはいっえっと、木椰区の……」
お茶子ちゃんがすぐさま警察に電話をかけてくれて「ヒーロー呼んで下さい!」と、必死に周囲に声をかけてくれる。
「別の敵って……仲間が……!」
慌てて辺りを探すでっくんの視線に「たぶんもういない」と、首を横に振った。
「良かった……でっくんが無事で……」
力が抜けたようにその場にしゃがみ込む。目の奥から込み上げてくる痛みに、顔を俯いて、ぎゅっと瞑る。
――怖かった。
もし、次、視界が映った時に、でっくんに何かあったら……誰かが傷ついていたら。
「……大丈夫。結月さん、僕はちゃんと無事だよ」
震える手が、その言葉と共に包まれる。
「君が、無事で良かった……!」
大きくて、ごつごつしていて、傷だらけで。
でも、暖かくて優しい手。
冷えた指先を暖めてくれるように、ぎゅっと握ってくれる。
でっくんも私も。
ちゃんと今、生きている――。
「緑谷くん!結月くん!!」
「大丈夫かよ!?」
私たちの姿を見つけて、慌てて駆け寄って来る天哉くんと上鳴くん。
お茶子ちゃんは通報だけでなく、皆にも連絡してくれたようで、同じように心配そうな顔で駆けつけてくれた。
「いくら髪とはいえ、許せませんわ!」
「そーだよ!理世ちゃんの綺麗な髪を!」
「同じ目に合わしてやりたいよ!」
私の代わりのように怒りを露にしてくれる百ちん、透ちゃん、三奈ちゃん……
「でも、酷い火傷とかにならなかったのは良かったわ……」
「許せないけど、理世に怪我がなかったのは本当に良かったよ」
ほっとした顔で、寄り添ってくれる梅雨ちゃんと耳郎ちゃん。
ありがとうと、皆を見回して笑顔で答えた。
「まさか、こんな所で敵連合と遭遇するなんてな……」
「偶然のようではあるが……」
尾白くんの神妙な言葉に、同じように常闇くんが呟く。
「俺たちも注意しねえとな」
切島くんのその言葉に、砂糖くん、障子くん、口田くんがこくりと頷いた。
「緑谷〜〜!!無事で良かったよぉ〜!お前、いっつも危ない目に合うからオイラ気が気じゃねえよ!」
「いつも心配かけてごめん、峰田くん。……でも、ありがとう」
「とりあえず、二人が無事で良かったぜ……。麗日から連絡来た時はまじビビったからさ」
上鳴くんが皆と顔を見合わせながら言った。
「すまない、二人とも!俺が委員長として気を配り、二人を単独行動にさせなければ、こんなことには……!!」
突然、私とでっくんへ頭を下げた天哉くんに、二人でびっくりする。
「よしてよ、飯田くん。君のせいじゃないし、偶然だったんだから」
「そうだよ、天哉くん」
責任感が強いのが天哉くんの良い所だけど、強すぎるのが天哉くんの良くない所だ。
「飯田!」
「痛っ!」
前触れなく尾白くんが天哉くんの背中をその尻尾でばしっと叩いた。(……結構痛そう)
「それを言ったら、俺たちにだって責任があるだろ?」
「いや、それは……!」
「今回のことは誰にも予期せぬことだよ。何でもかんでもお前は背負い込み過ぎ」
「そうですわ、飯田さん。この際だから言わせてもらいますが、副委員長の私の存在を忘れすぎです」
尾白くんに続いて、ぷんっと怒る八百万さん。さすがの天哉くんも「い、いや、八百万くんを忘れているわけでは……」と、たじたじだ。
顔を上げて不自然な手の動きに、ふっと皆の顔が綻び、その場の空気が軽くなる。
「……今回、その場にすぐに麗日さんが駆けつけてくれて良かったですわ」
第一通報者として、警察に一生懸命説明するお茶子ちゃんの姿を見ながら、百ちんが言った。
「ああ!ヒーロー志望らしい的確な対応だった」
天哉くんも同じように、その背中を見つめながら誇らしげに頷く。
お茶子ちゃんの通報によって、ショッピングモールは一時的に閉鎖になり、区内のヒーローと警察がすぐに緊急捜査に入った。
けど、きっと奴らはすでに身を潜めているだろう。
「デクくん、理世ちゃん」
説明を終えて、こちらに戻って来たお茶子ちゃんは私たちに伝えてくれる。
「二人はUSJの時に担当した刑事の塚内さんと一緒に、警察署へ事情聴取を受けてほしいって……」
「うん、分かった」
でっくんと同じように私も頷いた。
「私達はUSJの件と絡んでるし、警察の人が車で家まで送ってくれる言うてた」
(そういえば、安吾さんに連絡してないな……)
警察に通報が入った時点で特務課にも情報が入るから、安吾さんの耳にももう入っているだろうけど。(また心配かけちゃったから、心苦しい……)
「じゃあ、緑谷くんに結月さん。一緒に行こうか」
すぐに塚内さんはやって来て、皆と別れの挨拶を交わしてから、でっくんと一緒に車に乗り込んだ。
「あのぅ……塚内さん。お願いがあるんですが」
車内の空気が重くならないよう、他愛ない話をしてくれている塚内さんに、控えめに切り出す。
「なんだい?」
「安吾さんに、私より現場の捜査を優先してほしいと伝えてくれませんか?」
「しかし、安吾くんは君の現保護者であるし、彼自身も一番に優先すべきは君だと考えるんじゃないかな?」
「そうですけど……私は事件の早期解決へ動いてほしいですし、今すぐに安吾さんと顔を合わせるのは心苦しくて……」
これで三回目ですし……と、つけ加えた。
「僕もだよ……」
そう横からでっくんも困った顔で同感した。でっくんのお母さんもすごく心配しているだろうな……。
「塚内さんなら安吾さんに言えるでしょう?」
「あはは、分かったよ。伝えるだけ伝えておくね」
笑う塚内さんに「ありがとうございます」と、お礼を言う。もしかしたら安吾さんの"個性"で、奴らの行方が掴めるかも知れないし。
警察署に着くと、でっくんと別々に事情聴取を受けるらしく、私は塚内さんの部下の玉川さんが担当になった。
その時の状況や会話内容……
目隠しをされていたから、私は敵の顔は見ていない。
ただ「トガヒミコ」と、名乗られた名前を伝えると――
「その少女は、確かにそう名乗ったんだね?」
その名前には聞き覚えがあるらしく、玉川さんの猫耳がぴくりと動いた。
(詳しくは教えてくれなかったな……)
空が茜色に変わる頃、私の事情聴取は終えたけど、でっくんはもう少し時間がかかるだろうと玉川さんは言った。
「ロビーで待っててくれるかい?すぐに迎えが……――あ、来たみたいだね」
玉川さんの言葉に、開かれた自動ドアの先を見る。
「ちぃーす、理世ちゃん。安吾先輩の代わりに向かえに来たっすよ」
「八千代さん!」
フーセンガムを膨らませ、相変わらず軽い調子で現れた八千代さん。
「お気をつけて!」
見送ってくれる玉川さんに軽くお辞儀をして挨拶し、警察署を後にする。
「八千代さんが迎えに来てくれるなんてちょっと意外でした」
駐車場に停めてある車に向かいながら、八千代さんに話しかけた。
大体こういう時は深月ちゃんが来てくれるから。(綾辻先生関係で手が離せなかったのかな……)
「辻村ちゃんよりこういう時はあたしの方が適任すからね」
そう言って、八千代さんは腰に差してある刀に触れる。いつも飄々とした感じだけど、八千代さんは安吾さんの側近を務めるぐらいだ。
めっちゃ強いらしい。
「……安吾さん、何か言ってました?」
走り出した車の助手席から、八千代さんに尋ねる。
「事件に巻き込まれたことっすか?それとも、迎えに来るなって言ったこと?」
「んー……、両方です」
迎えに来るなとは言ってないけど……。
「両方ともそれなりにショックを受けてたけど『僕は僕の責務を全うすることにします』って、若干どこかで聞いたことある台詞を吐いて現場に向かってったすよ」
「……ああ」
「理世ちゃんが心配かけたって気にするほど、あの先輩は柔じゃないっすよ。昔、三重スパイをやり遂げた人ですからね」
「その話、初めて聞きました!」
リアルトリプルフェイス!
「見かけによらず肉体も精神もタフっすよ、先輩は。マジでね。理世ちゃんが心配かけたぐらいで倒れないから」
からりと笑いながらも説得感ある八千代さんの言葉に、ちょっと気持ちが楽になる。
「でも、おかげであたしは理世ちゃんの護衛という楽な仕事につけたからいいっすけど」
このままドライブしながら夜景でも観に行くかー!という八千代さんの言葉に「いや、さすがに今日は大人しく家に帰りましょう」冷静に言った。
わがままだけど、もうちょっと緊張感はほしいような……。
「あ…そうだ、八千代さん。髪って切れます?安吾さんに会う前に、この髪揃えたいです」
「いいっすよ。斬るのはまかしてくださいって!」
「……あの、一応言いますけど。髪を、ハサミでですよ?」
「冗談っすよ〜!」
……。ちょっと不安が過った。
***
「安吾さん、トガヒミコって誰なの?」
――夜には帰って来た安吾さんに、私は八千代さんの言葉もあって、開き直って質問攻めをしていた。
「あと、青い炎の男の詳細も教えて」
現場に行ったのなら、安吾さんの記憶抽出の"個性"で光景を見たはず。
「理世……。あなたもご存じだと思いましたが、調査情報は教えることはできません」
「でも、私は被害者だよ。次会った時に特徴が分からなければ、すぐに逃げたり対応できない」
そうもっともな事を、もっともな風に言うと、安吾さんはため息を吐いて……
「……渡我被身子」
折れた。
「連続失血事件の容疑者です。未成年のため、名も顔も世間では伏せられています」
安吾さんが手帳から取り出した写真を、テーブルの上に滑らせるように差し出した。
写真に写るのは、セーラー服を着た、両サイドのお団子から無動作に髪がハネている女の子だ。
声からして同い年ぐらいだと思ったけど、未成年で、あの世間を騒がした連続失血事件の容疑者と驚く。
「もう一人の男はまだ詳細は掴めてませんが、監視カメラからの映像の写真です」
髪は黒髪で、顔は黒のマスクを身につけていてよくわからない。服の隙間から微かに覗く皮膚が爛れた色をしており、継ぎはぎだらけなのが印象だった。
「敵との遭遇は故意ではなく、偶然のようでしたが……。念のため、全生徒にはしばらくの間、登下校時以外の単独行動を控えてもらうことになります。とくに理世と緑谷くんには、登下校時に護衛がつくことになりました」
この事態を重く受け止め、特務課から護衛が派遣されるらしい。
「あなたには村社くんについてもらいますが、緑谷くんには護衛についてはお伝えしていないので内密にお願いします。登下校時だけとはいえ、落ち着かないでしょうから」
お母様には伝えてありますが……とつけ加える安吾さんに、わかったと私は素直に頷いた。
トガヒミコたちのように敵連合に入りたいという志願者が、かつて奴らが襲った雄英――その生徒たちに危害を加えないとも限らない。
……――電気を消した部屋で。
ベッドの中、天井を見ながらぼんやり考える。
(オール・フォー・ワン……)
その名前を聞いたら「……首謀者の名前ですね。なぜ、その名前を?」なぜか歯切れが悪く安吾さんは答えて、探るように聞いてきた。
当然、詳しくも教えてもらえず……。
(でっくんはどこで……いつから知ってたんだろう……)
たぶん、彼に聞いても教えてはくれないだろう。
(むしろ、困らせるだけかな……)
複雑な気持ちを抱えたまま、目を閉じた。
怖い夢を見ませんように――ぎゅっと白虎のぬいぐるみを抱き締めて、眠る。