終業式――。
全生徒が一同に集まるので、体育館では収まりきらず専用のホールで行う。根津校長は、いつもと変わらない落ち着いた口調で挨拶した。
『今日で1学期が終わり、いよいよ明日から長い夏休みが始まります。楽しみにしている生徒たちも多いと思いますが――』
敵の活動に伴っての行動範囲限定の要請。
ヒーロー科はともかく、心操くんから話を聞くと、やっぱり普通科からは不満が出ているようで。(またヒーロー科の風当たりが悪く……)
あくまで控えるようにというお願いで、強制力はないみたいだけど。
(去年は乱歩さんとイーハトーヴォ村に旅行に行って楽しかったな〜。旅行じゃなくてもお祭りや花火大会とか、夏休みを満喫したいな)
「残念ですわ。両親とヴェネツィアに旅行に行く予定でしたのに」
「ヴェネツィア!」
終業式が終わって、教室で女の子たちとお喋り中、百ちんががっかりとため息を吐いた。
「さすが八百万さん……家族で海外旅行なんてセレブやなぁ。理世ちゃんは海外行ったことある?」
「海外はまだ行ったことないから行ってみたい!ヴェネツィアって水の都とも呼ばれてるし、憧れるよね〜」
お茶子ちゃんとそう話していると、重いため息がもう一つ。
「あ〜あ、せっかくおニューの水着買ったのにぃ」
三奈ちゃんだ。そういえば、私は新しい水着買いそびれちゃったな。
「仕方ないよ、ウチらは一度敵連合に襲われてるし」
「それでも遊びたい!どっか行きたい〜!」
耳郎ちゃんに論された三奈ちゃんは駄々っ子みたいだ。確かに夏休みだし、遊びに行きたいのは同感。
「だったら、夏休み学校のプールに集まらない!?」
「プールか〜涼しくて良いね〜」
そう提案した透ちゃんに頷く。……あれ、プール?プールに何かあったような……。
「そうね!学校のプールだったら、先生も許可してくれると思うわ」
「いいねー!お金もかかんないし!」
「あ!そうだよ!結月の特訓一緒にしようって話してたじゃん!」
思い出した三奈ちゃんの言葉に、皆の視線が一斉に私に集まる。
私は思いっきり項垂れた。
「うわぁ〜忘れてたぁ!……私が忘れてたってことは相澤先生も忘れてる可能性高いよねっ?」
「いや、あの先生なら覚えてるでしょ」
にべもなく言った耳郎ちゃんの言葉に、皆苦笑いを浮かべながら頷く。
「思い出したくなかったなぁ」
ちょっとだけ夏休みが憂鬱に。
「家に閉じ籠ってるよりマシでしょ!」
「では、私が学校側に許可をもらってきますわ!」
***
無事に百ちんから「許可が降りましたわ!」と、時間の詳細の連絡が来て簡単に返信をする。
「安吾さん。今度、学校のプールでみんなと遊ぶことになったの」
「それは良いですね。学校内なら安全ですし」
夜ご飯を食べながら、林間合宿までの夏休みの予定を安吾さんに話す。予定って言ってもまだそんなにないけど。
「相澤先生に泳ぎの課題出されてたの忘れてて……」
「そういえば、そんな話がありましたね」
「安吾さんも苦手なことある?」
「そうですね……私もあまり運動は得意ではありませんよ」
「安吾さんって、文系だもんね」
「ええ、小さい頃から外で遊ぶより本を読む方が好きな子供でした」
安吾さんは小さい頃から頭が良くて博識だったんだろうなぁ。
――そして、当日。
「「いざ、行かん!!俺たちの楽園へ――!――!――!!」」
……ん?
プールで皆と準備運動をしていると、何やら叫びながら上鳴くんと峰田くんが駆け込んできた。
「あら、峰田ちゃん」
「上鳴も来てたんだ」
「あ、おー……(なんだよ、その水着は……ビキニ着ろよ、ビキニ)」
上鳴くんに至ってはすごい目力で見てきたと思ったら、次の瞬間には死んだような目をしている。
「スク水もええですなぁ」
「なんでもいいんじゃねえか!」
……ああ、そういうこと。
「上鳴くん!峰田くん!学校内で体力強化とは見事な提案だ。感心したよ!さあ、みんなと一緒に汗を流そうじゃないか!!」
「「いや、ちょっ……待ってくれーーーー!!」」
天哉くんに強制的に連れて行かれ、上鳴くんと峰田くんの悲鳴が青い空の下に響いた。
「天哉くん、水着とキャップとゴーグル着けてると誰?ってならない?」
「あー!超わかる!」
「私も最初誰だか分からなかった!」
「髪型かしら……」
「眼鏡じゃないからや!」
「いや、あの格好したらみんなそうなるって」
「飯田ちゃん、ちょっと暑苦しいくらい気合い入ってるわね」
男子は体力強化でプールを利用するらしい。
たまたまこの日にかぶったらしいけど、絶対峰田くんと上鳴くんの下心だ。油断も隙もねえ。そんな彼らはムキムキの天哉くんにしごかれて、空を仰いでいる。
体力強化と素で信じて、皆を呼んだらしいでっくんはぐっじょぶだ。
「(ナイスでっくん!☆)」
「!?(うひゃあ!結月さんのスク水姿……!!)」
ちょうど目が合ったのでサムズアップしたら、でっくんに挙動不審な態度を取られた。えー?
「理世ちゃーん!ボール遊びしよー!」
元気なお茶子ちゃんの声に「うん!」とプールに飛び込む。
水が冷たくて気持ちいい!
「いっくよー!えーい!」
まずはお茶子ちゃんがトス!
「ほい!」
ダイナミックに返す三奈ちゃん。
「ケロ」
器用に舌で返す梅雨ちゃん。
「んっ」
これまた器用に耳たぶのイヤホンで返す耳郎ちゃん。
「それー!」
見えないけど透ちゃん。
「はい!理世さん!」
百ちんからのトスだ。よーし、"個性"で移動して……
「えいっ」
ボールは手のひらをかすり、ぽちゃんと音を立てプールに落ちた。
……………………。
「きゅ、球技は苦手で……」
「球技「も」やね」
「…………うん」
お茶子ちゃんに麗らかな笑顔で断言され、仕方なく頷いて認めた。
「ふふっ」
「あっ、百ちん笑ってるし〜」
上品に笑う百ちんは「ごめんなさい」と言いながらも、さらにくすりと笑う。
「あの、変な言い方ですけど、理世さんっていつも堂々としてそつなくこなす人なのに、運動が苦手っておかしくて……」
「そうね。ケロケロ」
「意外な弱点だよね〜!」
「ギャップ萌えってやつだね!」
「え〜萌える?これ萌えるかなぁ」
自分で言うのもなんだけど。透ちゃんの言葉に同意しかねる。
「萌えるよ!萌え萌えだっ」
いや、お茶子ちゃん、絶対適当に言ってるでしょ〜
「あの……耳郎さん、萌えとは一体……?」
そう百ちんに聞かれてどう説明しようか困ってる耳郎ちゃんを見て、気づけば私も皆と笑っていた。
「よし、15分休憩しよう!俺からの差し入れだ。飲んでくれ!」
「「おお!」」
「女子のみんなも良かったら飲んでくれ!」
「「やったー!」」
ちゃんと泳ぎの練習もしてたから、ちょっと休憩だ。クーラーボックスの中はすべてオレンジジュースで、天哉くんチョイスで笑う。
「天哉くんってムキムキなんだね〜」
「ん?そりゃあ鍛えているからな!走るのには下半身だけでなく、上半身の筋肉も大事なのさ!何故なら〜〜……」
「へ〜」
「(すごく興味なさそうだ、結月さん……)」
「でっくんも筋トレしてるところ(空気椅子とか)よく見るけど、ちゃんと筋肉ついててすごいね!」
これぞ見た目とのギャップ。実は脱いだらすごい的な……。
「へっ!?そっそうかなぁ!一応、毎日欠かさず鍛えてはいるからかな……?ほ、ほら、僕の"個性"的に必要だし……。でも、みんなに比べたらまだまだだから……そんなに見られると、は……」恥ずかしいな……
「?緑谷くん、結月くんはもう見てないぞ?」
「結月!俺のシックスバックはどうよ!?」
「ん〜〜……」
「飯田に比べたらまだまだだね」
「飯田と比べんなよ、耳郎!」
「……………………」
「どうした、緑谷。気分が悪いなら日陰で休むといい」
「……アリガトウ、轟くん。大丈夫だよ……」
意外にも上鳴くんも筋肉ついているけど、こっちはチャラいから損してるな。
「筋肉評論家やってねえでてめェがちったぁ筋肉つけろや、クソテレポ」
「あ、爆豪くんだ」
「かっちゃん!?」
現れた爆豪くんはずかずかと、すでにキレ気味で歩いてくる。(筋肉評論家ってなに?)
「メールくれたのに遅れてわりィ!爆豪連れ出すのに手間取っちまって」
申し訳なさそうな笑顔を浮かべ、慌てて後ろから追いかけて来たのは切島くん。(ちゃんと爆豪くん連れ出す切島くん、えらい)
「おいクソデク!てめェもちっと体鍛えただけで調子に乗ってんじゃねえよ!なんなら今すぐ白黒つけるかアァ!?」
「なんで筋肉の話からそうなるの?」
「確かに……訓練ばかりじゃつまらないな」
何やら思案する天哉くんは、
「みんな!男子全員で誰が一番50メートルを泳げるか!競争しないか!?」
次にそう提案した。
「おお!」
「面白そう!」
「やろうぜ!」
上鳴くん、瀬呂くん、砂藤くんを筆頭に、他の皆も続々と賛成の声を上げる。
「面白そうだね!」
「誰が一番になるかな!?」
わくわくしている透ちゃんと三奈ちゃん。
「私たちも応援したり、サポートしましょうか」
梅雨ちゃんの言葉に、女子皆で賛成!と頷いた。
「飯田さん、私たちもお手伝いしますわ!」
「ありがとう!」
「"個性"は?使っていいの?」
尾白くんの問いに、天哉くんは少し考えてから口を開く。
「学校内だから問題はないだろう」
その返事に悪い笑みを浮かべるのは、もちろん爆豪くんだ。
「ただし!人や建物に被害を及ばさないこと!」
「人や建物に被害を及ばさないことだって、爆豪くん」
「聞こえてんわ!!」
次に爆豪くんはでっくんを睨み上げる。
「ぶっつぶしてやるよ、デク!!」
でっくんだけじゃなくて……
「もちろん、お前もなァ!半分野郎!!」
焦凍くんの二人にも宣戦布告。相変わらず闘争心激しいなぁ。
「それでは、位置について――」
審判役は百ちんで、創ったホイッスル片手に合図をする。
予選第一グループは、上鳴くん、爆豪くん、口田くん、常闇くん、峰田くんだ。
「ヨーイ」ピッ!
一番に飛び出したのは、
「爆速ターボ!!」
「「!?」」
両手を爆発させながら、プールの水面を飛ぶ爆豪くん。(いやいやいや!?)
その場がぽかんとするなか、あっという間に一位でゴールした。
「どーだ!このモブどもォ!!」
「どーだじゃねえ!!」
「泳いでねえじゃねえか!!」
ドヤる爆豪くんに、すかさずつっこむ瀬呂くんと切島くん。
「自由型っつただろーが!!」
その自由型じゃなぁい!
気を取り直して……第二グループは焦凍くん、青山くん、瀬呂くん、切島くん、砂藤くん。
まあ、初っぱなから爆豪くんがやってくれたので……
「ふっ!」
瀬呂くんは肘のテープを伸ばし。(君もかーい!)
「ハァイ!」
青山くんはネビルレーザー。(そのウィンクは誰へのサービス?)
だがしかし、レーザーが途切れて、バランスを崩した際に隣の瀬呂くんも巻き込みプールに撃沈。(瀬呂くんとばっちり)
焦凍くんに至っては氷結で滑っている。(一見サーフィンしているように見える)
最後は飛び上がって、すたっと軽やかに着地してゴールした。
「「だから泳げって!!」」
上鳴くんと峰田くんのつっこみは正しい。
キョトン顔の焦凍くんにじわる。
最後のグループは、障子くん、尾白くん、でっくん、天哉くん。
「飯田もかよ!!」
再び上鳴くんがつっこんだ。
一番ルールに厳しそうな天哉くんが、コースロープの上をいつぞやの綱渡りのように颯爽と渡ってるよ!
そこを正しい"個性"の使い方をして泳ぐでっくんが追い上げる。
「二人並んだぜ!!」
天哉くんもそれを見てエンジンをさらに加速させ、二人の一騎討ちだ。
ラストスパート――二人同時に腕を伸ばし、わずかなタッチの差で手がついたのはでっくんだった。
「すげー!」
「やるな、緑谷!」
「飯田も惜しい!」
でっくんはプールに落ちた天哉くんを引き上げる。
「やられたよ、緑谷くん」
「飯田くんもすごかったよ」
そのまま固く握手を交わす二人。ここだけ見ると、すごく良い試合をしたように見えるけど……そんなことはない。
「各予選の勝者、爆豪くん、轟、緑谷くんの三人で優勝者を決める……それでいいか?」
天哉くんの問いに「うん」とか「ああ」とか、でっくんと焦凍くんはそれぞれ頷いた。
「おい……半分野郎、手加減なんてすんじゃねえぞ。本気で来やがれ!」
「わかった」
「お前もだ!このクソデク!」
「わ、わかったよ、かっちゃん」
爆豪くんはいつだって本気だ。
「それでは!50メートル自由形の決勝を始める!」
審判役を百ちんから天哉くんに代わって……
「いったれ、爆豪!」
「相手殺すなよ!」
「轟も負けんなー!」
「デクくん頑張れー!」
「皆さんファイト!!」
青空の下、蝉時雨をかき消す熱い歓声が飛び交った。
「でっくん!焦凍くん!頑張れーー!!」
私も両手をメガホン代わりに、大声で二人を応援する。
「クソテレポ、あとでぶっ殺す」
なんでー!?
「位置について――」
天哉くんの合図に、歓声が止む。
「(一気に駆け抜ける!!)」
「(滑り抜く……!)」
「(全力で泳ぎきる!!)」
「ヨーイ」ピッ!
緊迫したスタートを切った瞬間――三人がドボンと音を立て、プールに落ちた。
……!?
「な、なんだ!?」
「"個性"が消えた!?」
上鳴くんに続き、瀬呂くん。
"個性"が消えたという事は……
「17時……」
真夏のプールに似合わないその格好。
「プールの使用時間はたった今終わった。早く家に帰れ」
現れたのは相澤先生だった。時間ぴったりにやって来たらしい。
「そんな、先生!」
「せっかくいいところなのに!」
「なんか言ったか」
上鳴くんと瀬呂くんの抗議に、さらに目を赤く光らせ、髪が逆立つ相澤先生。
「「なんでもありません!!!」」
皆の声が揃った。
「ちなみに結月は残って、泳ぎの特訓の成果を見せてもらおうか」
「………………天哉くん、水泳キャップとゴーグル貸して」
「「(あ、諦めが早い)」」
「結月くん、本気だな!」
耳郎ちゃんの言う通り相澤先生はばっちり覚えていた。(忘れてて良いのにぃ……)
ここでごねて違う日に課題を行うのも面倒なので、素直に従う。
「最後のオチは理世ちゃんだったわね」
「やっぱ相澤先生なら覚えてるって」
「結月〜終わるの待っててあげるからファイト!」
「理世ちゃんっ頑張れー!!」
「やったれ!理世ちゃんっ!」
「理世さんっ頑張ってください!」
「結月くん!君ならできる!!」
「ファイトー!結月さんっ!」
「こんなん余裕だろ……」アホか
「特訓の成果を見せてやれ!」
「足つんなよ」
「溺れたらオイラが人工呼吸してやるから安心していいぜ」
「結月さんの"個性"でそれは起きないと思うぞ、峰田……」
皆からの声援を受けながら(一部除く)私は髪を纏めて水泳キャップにしまうと、ゴーグルをつける。
まっすぐと、プールの――真ん中あたりを見据えた。